時の鐘   作:生崎

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人的資源 ④

 日は落ちすっかり夜になってしまった。

 

 肌寒い空気に腕を摩る事もなく、手に握った携帯端末を握り砕く。パラパラと砕けた破片が床を叩き、その音に床に転がり蹲った男が顔を上げた。

 

 荒い呼吸のまま立ち上がる事もなく這うように逃げようと男は身を翻すが、男の振り向いた先に音もなく足が落とされ、男の目前に短刀が揺れる。その鉛色の輝きに慌てて男は顔の向きを変えるが、そんな男の頬をグラフの描かれた携帯端末が撫ぜ、しゃがみ顔を覗き込む円周の笑顔に息の詰まったような悲鳴を上げて後退るも、背後に浮き出るように現れた風紀委員(ジャッジメント)の少女とぶつかり動きを止める。

 

 前後左右逃げ場なく、諦めたのか瞳が激しく泳ぐ男の意識を引き付けるように指を弾いた。

 

「お前でもう四人目だ。そろそろ打ち止めだろう? 『シグナル』の一人を嵌め、今学園都市を引っ掻き回している黒幕は誰だ?」

「……喋ると思うか?」

「気丈だな。だが無駄だ。そんな悪い顔色で鼓動が乱れに乱れているぞ? 極東の傭兵と欧州の傭兵、どちらの流儀の拷問を受けたい? 此方を選ぶなら指先から綺麗に骨を砕いていってやろう。女の子がいいならそれでもいいぞ」

「取り敢えず爪を剥いで指先に釘を刺すっス!」

 

 こんこん! と態とらしく口に出して足先で床を小突く釣鐘の笑顔に男は口元を痙攣らせれて黒子を押し退け逃げようとするが、肩に黒子が手を添えたと同時に男の体は俺の目の前に空間移動(テレポート)し、目を見開く男の襟元を引っ掴み壁に向けて投げ付ける。壁に小さなヒビを走らせて壁と床に跳ねた男は強く咳き込み、ため息を吐く俺の横で黒子は小さく咳払いをした。やり過ぎるなと釘を刺されて仕方なく頭を掻く。

 

「どちらも嫌なら学園都市の流儀でいこう。円周」

「うん! ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「な……ん……ッ⁉︎」

 

 男の顔を覗き込み、携帯端末の代わりに目にする男の鼓動をその瞳に写し、男の思考パターンを取り入れる円周に嘘は通じない。他人の技術をパクる一歩手前。高位の精神系能力者も舌を巻く程に、相手の思考の表層を掠め取る事など円周にはお手の物だ。

 

「さあそれじゃあお話ししようか。言いたくないならそれでもいいが、お前が考え得る最悪を全て受けるハメになるがね」

「なんだクソッ! 時の鐘! そいつらいったい⁉︎」

「時の鐘だよ、それ以上でも以下でもない。さあ、骨で時の鐘の音を聞け」

 

 伸びる俺と釣鐘、円周の手を見て、男の喉から悲鳴が溢れた。軋み骨の音が響き、少しして夜の静寂が辺りを包んだ。

 

 

 

 

 

「……わたくしは時の鐘ではないのですけれど」

「そこはほら、まあ気分の問題というやつだ」

 

 手近の鉄パイプと手錠で繋がれ燃え尽きている男を横目に、肩を竦める黒子の視線を手で払う。俺が直接波の世界からモノを望むのとは違い、細かな癖や機微から相手の思考パターンを拾っているのか、技術をパクるのはあまり好ましくないが、ただ相手を拾い込むだけなら円周の方が腕は上だ。のほほんと窓辺に腰掛け手を振ってくる円周に手を振り返し、引き摺り出せた情報に舌を打つ。

 

「本当に予想の通りだったっスねー、統括理事会の一人が黒幕っスか、こんなホイホイ裏の重鎮と繋がるなんて、法水さん日頃の行いが悪いんじゃないんスか?」

「余計なお世話だ。だが予想通りが必ずしも良い訳でもないな」

 

 裏で手を引いているらしい者。統括理事会のメンバーの一人、薬味久子(やくみひさこ)。特に医療分野に強い影響力を持つ老人。

 

 俺の知る統括理事会のメンバーはアレイスターさんを除けば親船最中さんぐらいのものだが、統括理事会のメンバーが全員善人という訳でもない。潮岸とかいう危ないのもいるというのは黒子や土御門から聞いている。何より学園都市を動かしている一人だ。警備も戦力も高く見積もってバチは当たらない。どんな相手でどんな思惑で動いているのか、悩んでも答えが出る訳もないので、黒子に目を向ければ、黒子は耳に付けたインカムを小突いた。少しすると俺のインカムから飾利さんの声が響く。黒子のインカムにも同じように飾利さんの声が流れているはずだ。

 

『統括理事会、またとんでもない面倒事に首を突っ込みましたね』

「悪いな飾利さん、久し振りに顔も合わせてないのにこんな事を頼んで」

『もう慣れましたよ、私も蚊帳の外は嫌ですし、こうほら、映画に出てくる有能なオペレーターみたいでちょっと楽しいですし』

「あぁそぅ……」

 

 普段おどおどする事の多い印象はあるが、一度踏ん切り肝が座ると飾利さんはなんとも図太い。そういった面がどうにも傭兵向きだと俺は思ってしまうのだが、それを言えば飾利さんに怒られるのでやめておく。インカムから聞こえてくるキーボードを叩く音に耳を這わせ、僅かに眉尻を持ち上げた。

 

「飾利さんキーボードを打つリズムを変えたか? 何というか前よりも」

『あ、分かっちゃいますか? 流石法水さん目敏い……いえ、耳聡いですね。日々成長しているのは白井さんや法水さんだけじゃないんですからね! 法水さんがお土産にくれた椅子のおかげで気分はお嬢様ですし!』

「お、いいだろうあれ、背もたれが飾利さんの体格に合うと思ったんだよ」

『背もたれもいいですけど、こう肘置きの滑らかさが』

「初春?」

 

 鋭い黒子の声に飾利さんは小さく咳き込み、俺も黒子に睨まれる。視線から『わたくしはお土産貰ってない』という空気を感じる。これはいけないッ。俺も同じく咳き込んでインカムを小突く。マリアンさんマジで早くしてくれ。俺の肩身が押しつぶされそうなぐらい狭い。壁を見つめて肩を落とす耳に、慌てた飾利さんの声が続いた。

 

『統括理事会の通信網になら一度潜ってますからね、一度繋がる溝を引いてしまえば二度も三度も変わりません。簡単な情報なら引き出せますから少し待ってください』

「……聞いてはいたがマジで潜ったのか? 大丈夫か?」

『問題ありません、狙撃では私は法水さんに勝てません。運動でも能力でも私は白井さんに勝てません。でもこれだけは、私は、私も負けませんよ。これが私の必死ですから』

 

 飾利さんの、飾利さんだけの技。研ぎ澄まされた技と才能。他の追随を許さない輝かしい才能と気概に目が眩む。飾利さんが十の指で描く狭い世界は飾利さんこそが絶対の主。見つめる世界は違くとも、腕力がなかろうと足が遅かろうと、その世界でだけは飾利さんはきっと頂点に君臨できるだけの可能性をきっと秘めている。俺とは違う、ボスやナルシスと同じように、向いた先と才能が合致した姿は見た目以上に大きく見える。それが今目に見えない事が歯痒く、持ち上がる口端を指で撫ぜる。

 

 羨ましいぜ。鄒ィ縺セ縺励>(うらやましい)

 

 能力者以上に望む世界を描ける事が。才能がある者には才能があるなりの葛藤があるのだろう。だとしても、それは持っているからこそ掴める悩みであり、きっと俺には永遠に掴めぬ感情の起伏。能力者が幅を利かせる科学の都。そんな中で技術で輝く俺より幼い少女が道を描いてくれるのであれば、それを踏み外すことこそ罪だ。

 

「の、法水さんなに笑ってるんスか? 気味悪いっスよ」

「羨望だよ! 孫市お兄ちゃんは欲しがりさんなの!」

「……孫市さんのことよく分かってますのね」

「うん! だって私孫市お兄ちゃんの弟子だもんね!」

「また弟子⁉︎ ちょっと孫市さん!」

「な、なんだ引っ張るな⁉︎ 押し倒して欲しいならそう言ってくれ!」

「そんなこと言ってませんの‼︎」

 

 ぐぁぁッ⁉︎ 首が締まる⁉︎ 服を引っ張らないで欲しい⁉︎ 思考パターンを拾う円周と何を張り合っているのか知らないが、不毛な争いはやめて貰いたい! 黒子を一度抱き上げ引き剥がして下ろし、笑う円周に肩を落としていると釣鐘に肩を叩かれる。

 

「なんだ、法水さんもそういう感じっスかー? 分かるっスよ私は! どうにも届かないものに全力で向かって壊される快感は!」

「おう、全然分かってねえな! それ最後やられてんじゃねえか! 釣鐘! それお前の悪癖だからな!」

「やるっスか?」

「やらねえわ!」

 

 腰を落とし刃を構える釣鐘に呆れ手を振り、にらめっこをしている小難しい顔の黒子と笑顔の円周から一歩距離を取る。何とも触れづらい空気だ。突っ込んだと同時に何故かぶっ飛ばされる未来しか見えない。未だに短刀を構えたままの釣鐘に目を細めれば、笑みを深めた釣鐘が細く息を吐く。

 

「お前そんな事してる場合じゃ」

「やりましょ?」

 

 笑みを消して瞳から光を零した釣鐘の気配に肌が軽く粟立つ。本気。遊びでもなく、この一瞬に命を賭ける程に短刀を握り息を潜める釣鐘を目にして手から力を抜いた。ゆらりと腕を泳がせ肩に背負っていた狙撃銃を床に滑り落とす。

 

「もうずっとお預けくらってて辛抱堪らないっスよ、雑草抜きみたいな仕事は退屈なんス。法水さんなら近江様みたいに私に見せてくれるでしょ?」

「……何をだ?」

「分かってる癖に」

 

 唇を舌先で舐める釣鐘の目を見据え、首の骨を鳴らす。裏切り、ではない。初めから分かっていた事。強者に向かい死に向かう釣鐘の危うさと儚さは。ある種の同族嫌悪、それとも同気相求か。欲しい一瞬が見れたのなら命も必要ない。それが分かるからこそ。それを知り尚釣鐘を誘ったのだから。

 

「此度の報酬は先払いか? まあこの仕事も俺の我儘だ。釣鐘、お前に対して俺も決めた事がある。俺はお前を絶対死なせてやらん。それでもやるか?」

「当然」

 

 必死には必死を。如何なる時でもそれは変わらない。折角甲賀と盟を結んだ。どうせなら近江さんと会ってからでも釣鐘は遅くないだろう。釣鐘は追い求めている者の陰になにかを重ね合わせて欲求不満をごまかしているだけだ。より深く己に埋没できるようになった今なら、釣鐘の鼓動の僅かなズレさえ手に取れるからこそ。釣鐘の必死の代わりに選んでくれるのは光栄ではあるがそれは突き詰めれば偽物でしかない。そんな必死を受け入れて死なせてやるなど。

 

「あまり俺を舐めるなよ釣鐘」

「……孫市さん?」

 

 張られる俺と釣鐘の緊張の糸に黒子が振り向いたのを合図に足を踏みしめ体を大きくしならせる。振り子の動き、体の重さで地を擦るように肉薄する俺に目を細め、突き出される釣鐘の短刀に指を這わせようとした瞬間、指先は虚空を撫ぜた。短刀から手を放し、宙で持ち替え振られる釣鐘の腕に体の勢いを緩めずに叩きつけるように腕を抑え込む。

 

 ズズッ‼︎ 筋力ではなく骨で己を固定し俺を受け止めた釣鐘の足がコンクリートの床を僅かに削り、俺に腕を掴まれたまま、刃を握る手を体をバネとして押し込もうとする釣鐘の力を逃すように力を抜き、身を落として押し込めた。生まれるは拮抗。であるなら単純な膂力さで押しつぶすのみ。

 

 ────ふっ。

 

 腕に力を込めると同時に空を揺らす気の抜けた音に、首を大きく背けてその勢いのまま釣鐘を捻り投げて距離を取る。口から含み針とかッ。薄皮一枚切れた頬を拭い、懐から軍楽器(リコーダー)を抜き出し連結する。

 

「わざわざ獲物を組み立てさせると思うっスか!」

「思わないよ、だが組み立てる」

 

 二つ組み、虚空に腕を振るい何かを投げる釣鐘の姿を目に、懐から軍楽器(リコーダー)を一つ抜き放つ。宙でぶつかり金属音を奏で落ちる軍楽器(リコーダー)を掬い上げるように連結し、再び飛来する鉄の刃を打ち払いながら四つ目を。そのまま釣鐘の足を払うように軍楽器(リコーダー)を振るい、飛び上がった釣鐘に向けて五つ目を投げ弾かれた五つ目に軍楽器(リコーダー)を突き出し捻り連結。残りの三つを指で挟むように引き出し放り、軍楽器(リコーダー)に連結しながら釣鐘に向けて切っ先を突き出す。避けられ壁にめり込む切っ先を追って軍楽器(リコーダー)から手を放し一歩。切っ先の根元を掴み引き抜きながら、釣鐘の腹部めがけて横に薙ぐ。刃と鉄筒の衝突音が響く中、床に転がる釣鐘を目で追い、軍楽器(リコーダー)の切っ先で床を小突いた。

 

「ちょっと貴方達‼︎」

「報酬の前払いだ。落ち着け黒子」

「それとも黒子が相手してくれるっスか?」

 

 キィィィィン。と響く金属音の鳴き声に混じる黒子の怒号を聞き流し、俺と釣鐘が身を倒した先で、金属音さえ掻き消してガラスの破片が間を走った。割れた窓ガラスを追い転がる影。木刀のような物を握る襲撃者は、そのまま立ち上がり煌びやかに光る目を薄暗い空間に走らせる。

 

「見つけたぞ悪党‼︎ お前達が()()()に繋がる手掛かり」

「誰だお前」「誰っスか貴女」

「か────ッ⁉︎」

 

 木刀を振るおうとする影に俺と釣鐘の蹴りがめり込み、襲撃者はコンクリートの壁にめり込んだ。手から獲物を滑らし落とし意識を手放す襲撃者は何者であるのか聞く前に終わってしまい、どうにも、釣鐘と顔を見合わせ肩を竦める。

 

「なんだ俺達の居場所が黒幕にバレたか? 誰だこいつは? クソ、釣鐘」

「ああいいっスよ、なんだか気分が萎えましたし。どこの誰っスかこいつ。なんだか悪党とか言ってったっスけど」

「なんなんですの貴方達は! 急に暴れたと思ったら! もう、初春!」

『はい! 黒幕の居場所は第十三学区の大学付属病院です!』

「そうではなくて! 襲撃されましたの! 相手の動きがどうなってるか分かりませんの?」

『え? あ! なんだか急に通報の数が⁉︎ 学園都市中から⁉︎』

 

 切羽詰まった飾利さんの声に舌を打ち、襲撃者が飛び込み割れた窓へと歩み寄る。すれば遠く街中で上がる幾つかの黒煙が目に付き、思わず噴き出した。

 

「おいおい、なんだ急に⁉︎ 相手はひっそりと動くのをやめたのか⁉︎ 学園都市が急に世紀末に片足突っ込んでるぞ!」

『わわ! まだ増えます! 至る所で学生が暴れてると通報が⁉︎』

「なんですのそれは! 精神系能力者の仕業? でもそれほどの規模で能力の使える学生など……孫市さん」

「よく分からないが、これは兎に角先を急いだ方が良さそうだな。ちッ、土御門が追っていたのは────」

「待たせたなぁッ!!!!」

「今度はなんだ⁉︎」

 

 聞き慣れない声を叩きつけられ声のする方を見上げれば、向かいのビルの屋上に男が一人立っている。名前も知らなければ初めて見る男。何が待たせたなのか全く分からず、訝しんで男を見上げていると、ビルの縁に足を掛けて男は俺達に指を突き付ける。

 

「金を貰い動く傭兵! 学園都市の暗部に潜むお前も()()()()=()()()()()()()を狙うんだろうが、そんな事を許しちゃヒーローの名が廃る! ここがお前の終点だ! 俺が必ず守ってみせる! 男なら誰かを守ってやらなきゃよ!」

「ん……おう、なにあれ? ってかなんでフレメアさんの名前が出る? なに言ってんのアレは? いや……待て待て待て、アレは……」

「知り合いですの?」

「違う。その上だ。学園都市を包んでるAIM拡散力場が少し……」

「行くぞぉッ!!!!」

 

 ビルから飛び降りた男の背後で風が逆巻く、その風に乗り突っ込んでくる男を目に、ぺしりッ。風を掬うように軍楽器(リコーダー)を回し男を地面に向けて叩き落とす。地に落ちても風のクッションで無事なのか、起き上がろうと動く男の服を空間移動(テレポート)した鉄杭が繋ぎ止め、男の叫び声が流れてくるのを聞き流す。

 

「なんなんだアレは?」

 

 軍楽器(リコーダー)が拾う振動が、男の意思を拾い上げる。別に男は操られている訳ではない。己が意思で迷いなく此方に向かって来ている。あの事実と男の叫んだ言葉の意味不明さに頭を捻り、強く大きく舌を打つ。

 

「暗部でもなさそうだ。血生臭い薄暗さを感じない。が、だからこそ意味が分からない。飾利さん」

『聞かれても分かりませんよ! ただ……これは動いてる? 通報の動きを見るに、暴徒とも呼べそうなその動きには方向性があるように見えます。まるで何かを目指してるような……」

「何かってなんだ?」

『……さあ?』

 

 結局分かったのは分からないということだけか。ただこのタイミングでのこの惨事。今追っているものが全く関わっていないという事はないだろう。飾利さんはこの動きに方向性があると言っていた。キーボードを叩く音を聞く限り、目指している何かを今まさに飾利さんは調べてくれているのだろうが、それを待つ時間が惜しい。騒動の中心に何かはいる。それが黒幕なのか、別の何かか。第十三学区の大学付属病院が薬味久子の根城である事は分かっている。ただ、この騒動の黒幕であるなら、今もそこにいるのか否か。

 

「……状況は変わるものだが、これまたガラリと変わったもんだな」

 

 ヒーロー。助ける。軍楽器を伝い流れてくる多くの似たような声は、誰かの無事を祈るもの。素晴らしい想いで溢れているはずなのに、目に見えて街の被害が増している。

 

 誰かの為に。少女の為に。

 

 何故助ける? 何を助ける? 街に渦巻く声はどれも変わらず、ただ言えるのは、きっと土御門はこうならない為に動いていた。爆発しそうな何かを押さえつけていた時間は過ぎ去り、必要のない何かが弾けた。己の道を邁進しているらしい者達を遠巻きに眺めながら舌を打ち、軍楽器(リコーダー)で軽く床を小突く。街に渦巻く声を散らすように。

 

「……黒子、釣鐘と円周を連れて跳べ、例え黒幕がそこにいようがいなかろうが、何かしらの重要なデータは残っているはずだ」

「それはそうかもしれませんけど、孫市さんは?」

「いくら黒子でも今俺まで抱えて跳べはしないだろう? 二つの別の方向から追うとしよう。お前達は最短で目的地を目指せ。その分目を引く役目は俺がやる。街に溢れる暴力を暴力で穿ち俺は奴らが追っているらしい何かを追う。これだけの動きだ。よく分からない動きだが、目指す中心点の方にも重要な何かがあるのだろうよ。問題を収束させる為に黒幕の全てを掻っ攫うぞ」

「ですがそれでは孫市さんの負担が‼︎」

 

 暴徒達は烏合の衆でも、無垢な一般人には残念ながら見えない。誰も彼も能力と暴力を撒き散らしている学園都市製の英雄達。無傷で済むかは怪しく、黒子を先に行かせる言葉を探す中で、俺より早く飾利さんの声が響く。

 

『法水さんには私が付きます! 通信の中継役も担いますから白井さんは行ってください! これが薬味久子の思惑であるなら、動かされている人達の無実を証明できる可能性があるのは私達だけです! 白井さん、私達は風紀委員(ジャッジメント)です。法水さんは時の鐘。私達は時の鐘にはできないことをやりましょう!』

 

 飾利さんに応えるようにインカムを小突き、黒子もインカムを小突き少し間を開けると細く息を吐く。俺より御坂さんよりも尚、黒子の頭に張る霞を晴らせるのは同じ風紀委員(ジャッジメント)である飾利さん。それを少し羨ましく思うが、きっとそれは飾利さんと黒子にしかなれない関係性だ。

 

「……孫市さん」

「分かっている。任せたぞ黒子、釣鐘、円周。戦場で目立つ役は俺に譲れ」

「孫市お兄ちゃん! ()()()()()()()()()()()()()()=()()()()()()()()()()()()()()! 同じような波がいっぱいだよ!」

「みたいだなぁ、はぁあ……どう思う釣鐘」

「疲れる生き方っスねー、法水さん、終わったら続き頼みますっス!」

「お前の方が分かりやすくてある意味楽だよ。終わったらな」

「孫市さん、わたくしも微力を尽くしますの、だから、しっかり追って来てくださいましよ」

「ああ」

 

 円周と釣鐘の肩に手を置き消える黒子達を見送って、軽くインカムを小突いた。一人残され静かになった空間に軽く目を伏せ、電子の世界を掌握する少女の名を口遊む。

 

「……飾利さん、何か気付いたな?」

『……この暴徒と言える流れ。彼らが追っているのは一人の少女みたいです。名前はフレメア=セイヴェルン』

「それ以外に」

『……統括理事会の通信網に手を突っ込んだところ、薬味久子から同じ統括理事会の貝積継敏にメッセージが送られていたようなのでその場所を学園都市のカメラ網で追った結果、件の土御門さんの撃破を確認しました。命に別状はないようですけど……』

「そうか……嵌められた結果がそれかよ土御門……お前って奴は……」

 

 ビルの根元。磔にされていた男子学生が拘束を引き千切り、能力をもって瓦礫と共に飛翔する。飛んで来る瓦礫を避ける事なく、致命傷は避けて肌を削ってくる風の塊に腕を強引に突っ込み男の首を鷲掴んだ。

 

「俺だって……友人に何かしてやりたいって気はあるぜ……助けられっぱなしは俺だって嫌だしな……せめて一言……いや、だから友人になれたのかね。だから俺も勝手に背負うよ」

「お前……何言ってッ⁉︎」

 

 鷲掴んだ男を背後の壁へと力任せに投げつけ狙撃銃を拾い、ビルから大地に飛び降りる。軍楽器(リコーダー)をビルの外壁に突き立て勢いを殺し、地に足を突き立て大地にめり込む足を強引に引き抜く。

 

「これ以上土御門に勝手に背負われるのは胸糞悪い。飾利さん、そこまで辿り着けたなら、他に何か拾えたか?」

「土御門さんが追っていたのは『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトと呼ばれる計画のようです。庇護対象となるべき人材を人工的に作り出す事により、偶発的、突発的に出現する予測困難なヒーローと呼ばれる者達を、最少の犠牲で迅速に共倒れさせるための消滅計画だと』

「またヒーローか」

 

 レイヴィニアさんも、ベルシ先生も口にしていたヒーローがどうたらこうたら。そんなに人間を区別したいのか知らないが、勝手に役割を押し付けられるのなど溜まったものではない。ヒーローとは甘美な称号だ。俺はそれを必要となどしないが、英雄と呼びたい知り合いならいる。

 

「『私が』助ける! 邪魔をするな!」

「正義の名の下に悪を討つべし!」

「『俺こそが』救いの道だ! 例え誰が相手でも!」

 

 輝かしい言葉を吐きながら、力を振るう者達の声を削ぎ落とすように頭を掻く。庇護対象となるべき人材。彼らが助けると動きを同じくして追う先にきっとフレメアさんがいるのだろう。浜面が連れていた幼い少女。フレンダさんの妹さん。しかも続く飾利さんの言葉を聞くに、多くの者が一般人。誰が為に。素晴らしいそれを牙として突き立てる不毛さに、どうしようもなく喉が乾く。心の底から巨大な魚影が顔を出す。

 

「『俺がやる』、それは正しい。俺は否定しないがな。己が為。自分の人生(物語)なんだからなぁ。ただ今描いてるそれが描きたい人生(物語)だと言うのなら、そりゃあ……」

 

 軍楽器(リコーダー)と狙撃銃を連結しボルトハンドルを引き弾丸を込める。ガシャリ、と。躊躇なく銃口からゴム弾を吐き出す。避ける者。吹き飛ぶ者。それを目で追いながら、懐から取り出した煙草を咥え火を点ける。

 

「勝手に描かれた物語に悪役も居なきゃ締まらないだろうさ……悪者になるのは馴れてる。ここは戦場、俺を見ろ。その無駄な輝かしさを全て吸い込み飲み干してやろう。ヒーローとやら、戦場の悪を教えてやる。ちょっとだけな。戦場には英雄は居てもヒーローはいないってなぁ! 純粋な暴力で黒幕まで食い千切ってやる‼︎」

 

 白銀の槍を天に突き立て、顔を向けて来るヒーロー達を睨み返す。飛んで来るは『学舎の園』とは比較にならない破壊を突き詰めて能力の波。ビルを削り、アスファルトを砕き、空気を裂き、空間を弾く能力達を前に目を細めた先で、黒鉄の礫が空から飛来し破壊の波を穿ち砕く。

 

 ────カツカツカツッ! 

 

 煙草から立ち上る紫煙を散らし、黒鉄の細い羽が俺を取り囲むように広がり羽先が大地を細やかに小突いた。閉じて行く羽は獣のような腕を形成し、細くしなやかな鋼鉄の体を丸め、狼を模した刃に似た角の伸びる鉄の頭に開いた六つの目が明滅し、俺の瞳を覗き込む。『雷神(インドラ)』。口から出そうになった言葉を、聞きなれた少女の声が塗り潰す。

 

『お待たせしました法水さん! 腕力では力になれませんが、私もこれからは力になります! この新しい』

雷神(インドラ)でね! 帰って来て挨拶もなしとは私は悲しいよ法水君! 相手はヒーロー! 狩人には猟犬がつきものだろう? 製作はこの私! 出力はライトちゃん! そして動作は初春君が。君に見合う猟獣を整える条件はクリアした! 私からの復帰祝いだ! とミサカは進呈‼︎』

「た、電波塔(タワー)⁉︎ お前ッ⁉︎ 飾利さんが操作してんの⁉︎ 待て待て頭が追いつかんぞ⁉︎」

 

 三メートル近い黒鉄の猟犬の姿に固まっていると、『雷神(インドラ)』は厳つい顔で飾利さんの声を吐き出す。それと同時に吐き出される「お兄ちゃん(Hey! brother!)!」と言うライトちゃんの声に口端を痙攣らせ、『雷神(インドラ)』から感じる飾利さんの鼓動に目を見開いた。

 

「おいその『雷神(インドラ)』……駆動鎧(パワードスーツ)か⁉︎ って事は中に……」

『椅子の上で座ってるだけで、待つだけは私ももう嫌です! 白井さんにも、法水さんにも、私も追いてかれたくありません。だからッ』

「……今日は過激に暴徒鎮圧か? なら、黒子の代わりに俺がやり過ぎないよう側にいてくれ。やろうか飾利さん。せいぜい悪者らしく」

『私も得意だよそれはね! さあ通り魔の悪魔の再来だ! 獣二匹、ヒーローに獲らえられるかな? とミサカは嘲笑!』

電波塔(タワー)! テメェはやり過ぎんなよ! ああくそッ、飾利さんと並ぶ日が来るとはよ、これだから人生ってやつは!」

 

 ボルトハンドルを引く。雷神が吼える。緩やかに身を落とす雷神を傍らに引き金を押し込む。ヒーローの独善と俺達の独善。どちらが上か。積み上げて来た暴力と技術の差を見せてやろう。

 


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