時の鐘   作:生崎

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人的資源 ⑦

「のわぁッと⁉︎」

 

 フレメア=セイヴェルンを抱えてフレンダ=セイヴェルンは前へと転がる。頭上を通り越す黒い翼。分かって避けた訳ではない。ただ運良く避けられたにすぎず、少し前に黒い翼の一撃を貰い壁にめり込みひしゃげ、上条に振るわれた一撃から守る為に身を呈し更に捻れたカブトムシは痙攣するように動くだけで立つ事はなく、超能力者(レベル5)等の能力を振るう恋査の暴力に奪われぬように、フレンダはフレメアを抱き締めた。

 

「フレンダお姉ちゃん!」

「ふ、ふっふーん、よ、余裕よこのくらい! 安心しなさいフレメア! お姉ちゃんがついてるんだから!」

「アンタがついてると何か変わんのか?」

 

 黒い翼が振るわれる。突き付けられる訳でもないお遊びのような一撃はフレンダに向かう事もなく、ただその余波だけで少女二人を軽く床に転がす。絶対的な力量差。吹けば飛ぶ塵と同じ。それを言葉ではなく行動で示すかのように、恋査は力の片鱗を垣間見せる。サイボーグ。人間とは作りからして違う強固な体。能力者が焦がれても早々届かない能力者の頂点たる者達の能力。備えているスペックがそもそも違う。

 

「『ヒーロー』でさえどうにもならねえってのに、『ヒーロー』でもないアンタに何ができんだ? しょうもない肉壁が一枚増えただけだろ?」

「ちッ!」

 

 起き上がりながらフレンダはポケットへと手を突っ込み、その中から小型の爆弾を鷲掴み投げた。つまらなそうに能面のような顔を傾げる恋査の前で爆弾は弾け、多くの爆煙が空間を塞ぎ、その衝撃に乗って転がるように場を離れる。

 

(勝てそうもない奴と戦ったって意味ないし! 結局逃げるのが最善て訳ね! あの第二位を一方的に打ちのめすような奴、私にどうにかできる訳ないし! 外にさえ出れば! 外にさえ逃げ切れれば!)

 

 麦野沈利が、絹旗最愛が、滝壺理后がそこにはいる。ついでに何だかんだお節介な第六位と傭兵が。フレンダが手放したくない友人達が。どれだけ強大な相手であっても、麦野達なら。きっと理不尽を理不尽で塗り替えるそんな姿を見せてくれると抱くフレメアに力を込めて走り出すが、土煙を吹き飛ばして伸びた閃光がフレンダの太腿を削り床へと転がす。見慣れた閃光。第四位の破壊の閃光がフレンダの足を止めさせる。

 

「これ……って⁉︎」

「第四位の能力も使えるに決まってんだろうが! ひひひ☆ 第一位の力ばかり使ってるから使えねえとでも思ったか? いい加減そのガキを追うのも面倒だしな、痛い思いしたくなきゃ、そのガキ置いてさっさと逃げろよ」

「テメェッ‼︎」

「喚くな『ヒーロー』、アンタの封殺は終わってんだよ。前兆の感知も効かねえアンタは吊るされた肉と変わらねえ。先に穴を開けて欲しいなら構わねえがな」

 

 人としての機微を消し、表情さえも作らずにただ機械的に力を行使するサイボーグの動きは、幻想殺し(イマジンブレイカー)に対して勘レベルでも察知させない。機械だからこそできる芸当に幻想は否定され、幻想を砕く右手の向かう先を霧散させる。浮かぶ光球を恋査は指で弾くように閃光を飛ばし、フレメアを抱えて丸くなるフレンダの頬を一撃が擦るが、続く二撃目は伸びた上条の右手に叩き落とされた。

 

「向かう先が分かってんなら!」

「あぁ、やっぱスピードはネックだよな。溜めが邪魔だ。最強のカードを出し続ける方が楽っちゃあ楽か」

「痛──ッ⁉︎」

 

 拳を握り前に踏み出そうとする上条の横を黒い翼が走り抜け、その切っ先がフレンダの肩先を削る。余波で転げ飛ぶ三つの影を見下ろしながら、恋査は一歩足を出した。

 

「この世には限界ってのがある。関わった人間は誰も彼も片っ端から救えるような『ヒーロー』がいるとでも? だとすりゃお門違いも良いトコだ。ノーミスクリアの道は、すでに閉じているんだよ」

 

 背後で燻る長い髪へと手を差し入れ、小指ほどの太さの透明な円筒容器を恋査は引き出すと、上条に向けて弾き出した。上条の足元に転がった赤い色をした何かが詰まった小さな容器。それが何であるのか掬い取れる者がいれば眉を顰めるか目を見開くかしたのだろうが、中身を当てられる者はおらず、答えを恋査が口にする。

 

「分からねえか? #028。前の恋査ってヤツだよ。より正確には人間の視床下部を切り取って詰め直したもんだ。生命の最小単位ってか? どうも、ここだけはまだ学園都市の技術でも機械化できねえらしくてな。ま、いつまで聖域が保たれるかは知った事じゃねーけど」

 

 負の遺産。普段絶対目を向けない、気付いたとしても目を向ける事もないだろう泥の底。上条の息が詰まり、フレメアは悲鳴を上げ、フレンダは薄っすらと顔から血の気を引かせる。削り削って削り尽くし、僅かに残った肉に破片を、それでも生物として残し使う技術。

 

「前の恋査って聞いて、この体が三つも四つもあると思ったか? そりゃ違う。ボディはこの世に一つだけだ。結構ピーキーなもんだから、甲体を扱える人間は限られるのさ。ま、ワゴンセールのクローンと違ってあまりにも製造費用がお高くて、統括理事会の先生でも一体しか用意できねえってのもあるが。ひひひ☆ これ一体を製造するのに学園都市の総資産の一角がまるっと呑み干され、整備維持費用を確保するためにお偉い先生が直接裏稼業を請け負っているって聞きゃあ、どれだけ無茶しているかは分かるだろ? そりゃ駆動鎧(パワードスーツ)ベースのファイブオーバーに高位能力者対策のお株を奪われるってもんだよなあ!!」

 

 莫大な費用を掛けて作られた入れ物を動かすだけの小さな命。超能力者(レベル5)を作り上げながらも、それを恐れて怯えいざという時消し切れるだけの戦力を欲した結果。

 

「もう分かってんだろ。オレ達に個性は求められちゃいない。現在主流になってる能力者と違って、適合条件さえ満たしていりゃあ、誰が恋査を操ったって同じスペックを獲得できるもんなのさ。だから脳が駄目になるたびに、新しいものへと交換されていく。恋査っていう、たった一つしかない高火力を常に回し続けるために。恋査にとって、脳なんて手足やバッテリーと大して変わらねーのさ」

 

 消耗品である事を理解しながらも、それならそれでいいと言うように恋査は笑う。恋査と呼ばれる高性能なボディがなければ、透明な容器の中で一生を終えるかもしない人生。それが分かっていても尚。人間として生きているのか死んでいるのか、心臓が止まれば死んでいる、そんな生死の境界線を鼻で笑う。上条の足元に転がる小さな容器はそれでも命。

 

「何で……こんな……。ひょっとして、お前の『上』にいる人間が……?」

「まーな。つってもオレだって哀れな被害者って訳じゃねえぜ。こういう道を選んでいなければ、きっとさらに酷い行き止まりが待っていた。オレは自ら望んで志願して、自ら望んだ未来を切り開いた。……世の中にはな、これが最後の希望だって思えるくらい悲惨な人生ってのもあるもんなのさ、ひひひ☆」

 

 幸せな道を歩んでいる者もいれば、そうでない者もいる。それが何であるのか語りはせずとも、これが希望であると恋査は言い切った。憐れんでくれなどと思ってはいない。可哀想など以ての外だ。それでも恋査は上条やフレメアを見つめて目を細める。羨望の色を瞳に覗かせて。

 

「それで良いんだよ、それが幸せな人生を歩んで幸せな人生を守る幸せなヒーローってヤツさ。『闇』に浸かり過ぎた人間ってのはよ、勝負に勝てても人を救う事はできなくなるもんだ。だからそれくらい世間知らずなくらいがちょうど良い。アンタがこれまでどんな人生を歩んできたかは知らねえが、五体満足で五臓六腑も揃ってる時点でオレから言わせりゃ甘ちゃんだよ。……アンタは、人を救えるかもしれねえが、勝負には勝てねえ。根本的に、オレとは歩んできた道のりが違い過ぎるのさ」

 

 普通などとそんなものは既にない。悲惨だけを詰め込んだような恋査の存在が、平穏や理想を否定する。夢見る子供に現実を叩きつけるかのように。

 

「分かるだろ? 最初っから、ノーミスクリアの道なんてなかったのさ。『人的資源(アジテートハレーション)』が始まる前から犠牲はあった。下拵えでも、今日一日でも。外で遊んでやがる『ヒーロー』達が、ここに来るまでどれだけの破壊を撒き散らしてきたと思う?」

 

 だから、と一言恋査は挟み、変えようのない答えを口にした。

 

「もう、毎度お馴染み奇麗ごとじゃ終われねえんだ。今さら、一人二人救った所で取り返しはつかねえんだ。……だったら、いちいち助けたって意味ねえだろ。たとえお前がどれだけ歯ぁ食いしばってそこにいるフレメアとかいうガキ守ったって、『守れなかった』事実は覆せねえんだからよ」

 

 フレメアを助けるどうこう以前に、既に誰かしらの命は失われている。ゼロから始まりゼロで終わる事はもうあり得ない。人知れず始まった瞬間から数を重ねて今がある。今それをへし折ったところで、決してゼロには戻らない。もう戻らないものがある。それは上条にとって言いようのない言葉であって、覆せるものではない。

 

「……ふざけてんのか。そんなのは、努力をやめる理由にはならねえだろ」

 

 それでも上条当麻は否定する。

 

「人を助けられなかったからって、努力をやめればわずかな可能性だって消えてしまうんだ。完全なヒーローなんていないから、みんなで小さな力を積み重ねなくちゃ誰も守れないんだよ!」

 

 ゼロではないからと諦めてしまえば、見たくはない数が増え続けるだけ。そもそもノーミスクリアなど目指していない。間違えない者などこの世にいない。間違えてしまっても、それを諦めるのか、それを正すために努力するのかの違いだ。恋査が口にするのは諦めであって、今まだ終わっていない事に対して先に結果を決めつけているだけだ。

 

 これまでは間に合わなかったのかもしれない。そこにいなかった。それでも今上条はここにいる。恋査は強大なサイボーグ。それが終わっていない事を諦める理由にはなり得ない。

 

「矛盾してるぜえ。気づいてるん?」

「だとしても、そいつは俺が抱えりゃ良い事だ。助けられる側の人間に押し付けるような事じゃない。噓も矛盾も間違いも、そんなの俺が勝手に呑み込みゃ良いんだ! 俺は! 別に!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 目にした者の盾となる為、力の差も関係なく拳を握る。名乗りはせず、自分が見れずとも誰かの笑顔が守れるならば。平穏が崩れた時に破壊の幻想を握りつぶして拳を握る者。仮初めの英雄ではない。少なくとも人はそれを『ヒーロー』と呼ぶ。

 

「ひひひ☆ 良いぜえ、これでも今のはオレなりの『譲歩(すくい)』だったんだがな。突っぱねるんならそれで構わねえ。だったら死体がもう一個増えるだけだ。フレメア=セイヴェルンの隣で、彩りでも足してりゃ良いだろうさ。そこの姉と同じように」

 

 舌を舐め一歩恋査は足を伸ばす。上条に向けて、その先に座るフレンダと、姉に抱えられたフレメアに向けて。ただその足が僅かに鈍った。現実を受け止めきれないのか呆然としたフレメアではなく、半壊し床に広がっているカブトムシ05でもない。眠た気にどうでもよさそうな顔を浮かべるフレンダに。

 

「……どう、して……私のせい?」

 

 自分が助けを願ったから。願ってしまったから多くの者がフレメアを守る為に立ち上がり、流さなくていい血を流しているのか。フレメアが願っていただけで、カブトムシも、フレンダも、大事なものが傷ついていく。浜面も、麦野も、絹旗も、滝壺も、打ち止めも、フロイライン=クロイトゥーネも、新しく増えた幸せな者も傷ついてしまうのか。自らを掻き毟るようなフレメアの頭をフレンダはぺしりと叩いてため息を吐いた。場違いに重く盛大なため息に、恋査も、上条も動きを止める。

 

「もう長ったらしい話は終わった? 結局さ、アンタの話とかどうぉぉぉぉだっていい訳よ。恋査だっけ? アンタの事なんて知らないし、知りたくないし、不幸自慢したいなら他所でやってれば? アンタがやってる事って結局アレでしょ、要は手に入った力を振り回して格下(なぶ)って楽しんでるだけでしょ? 分かるわよ」

 

 どちらかと言えば私もそのタイプだし、とは言わずにフレンダは肩を竦める。

 

「一々目にした奴の事情とか聞くだけ疲れるし、誰にだって事情はあるでしょ。何が重くて何が軽いかなんて人それぞれだし、だからフレメア! アンタのせいなんかじゃないっつうの! 勝手に助けに来る奴なんて、あーご苦労様とでも思っときゃいいのよ! そう言うお人好しはね、助ける事が好きな、訳分からない奴なのよ! そこで転がってる第二位の模造品みたいなのも、そこに立ってるツンツン頭も!」

 

 カブトムシと上条を次々指差し、「そうでしょ!」と叩きつけられたフレンダの言葉に上条は小さく肩を跳ねさせる。別に自分が狙われている訳でもないのに、勝手に助けに動いているそのイチとその二、フレンダにとってはその程度でしかない。感謝の気持ちも多少はありはするが、別に面と向かって助けてくれなどと頼んでいる訳でもない。ここにいるのはその者の譲れぬ性分なのであって、フレンダからすれば理解できない慈善事業だ。

 

「別に私は全部綺麗事で片付けられるなんて思ってないしね。私だって元暗部だし、強い相手となんて戦いたくないし、楽ができるならそれに越した事はない訳よ。できる事なら今日だって、鯖缶開けてテレビでも見ながらゆっくりしてたいし」

「ならなんでアンタはここにいんだよ」

「フレメアがいるから」

 

 それがフレンダの今ある全て。言い連ねた自分の想いも塗り潰す理由。

 

「『ヒーロー』じゃないとか、『ヒーロー』だとか知った事じゃないわ。私はフレメアの『お姉ちゃん』よ」

 

 他人など知った事ではない。不良に絡まれ馬鹿を見る学生など、そんなのはそいつが弱いから悪いのだ。友人ならまだしも、名も知らぬ他人まで気遣うような心の広さはフレンダにはない。ただ妹は違う。数少ない血を分けた家族。暗部になって一緒に住む事もなく疎遠になっても、姉妹である事実までは消え去らない。暗部から抜けた。それなりにフレンダの肌に合ってはいたが、それも『アイテム』が居てくれたからこそ。大事な者が変わらないなら、暗部である必要もなく、暗部でないなら、フレメアと大手を振るって歩く、そんな日々を送る事もできる。これまで一緒にいられなかった分。

 

 だからフレンダは血の流れる足を踏み締めて立ち上がる。敵わないとか、勝負の行方も関係なく、黒い翼を広げる恋査の前に。

 

「私には立つ理由がある。それにアンタの理由は関係ないでしょ。好き勝手やるのは自由だけどね、好き勝手やって誰が来るかアンタ考えた事ある? 客観的に見てやってる事が間違ってるかどうか分かるなら、さっさと辞めた方が身の為ね。私も前は誰が来ようが私達は負けないと思ってたけど、いるところにはいるのよ」

「誰がだよ、それこそ『ヒーロー』がか?」

 

 恋査の疑問にフレンダは笑う。『ヒーロー』なんて眩くないし、可愛げもない。ただ、やり過ぎて目に付けば親父の拳骨のように必ず降ってくる。拳骨なんて優しいものであるわけでもないが。ただ運が良かっただけ。時や場所や状況が違えば、フレンダもどうなっていたか分からない。それでもあの時あの場所でやって来た。気に入らない幕を引き千切り新たな幕を落としたお人好し達。律儀に約束を守った悪魔達。悪魔の契約は絶対だ。間違いのない必死なら、並び同じものを見てくれる。

 

「『ヒーロー』なんて信じないけど、『悪魔』なら信じてる。お天道様が見てるって、いるのかも分からない神様ぐらい気まぐれだけど。少なくとも、無条件に誰かを助けるなんて言う奴より信じられる。結局ね、やり過ぎたのよアンタ達」

 

 暗部にだって暗黙の了解がある。一般人にむやみやたらと手を出さない。普段街中にいて、麦野沈利だってそこらを歩く無垢な一般人に閃光を吐き出す事はないし、絹旗もフレンダも暴れはしない。垣根帝督とぶつかった時も、アレは暗部同士の衝突であり、その時の垣根さえ最低限気を配ってはいた。それを無視すればどうなるか。一般人の多くを踊らせ街を壊し、上からさえ何の命もない。運もなければ、あるのはただ力だけ。剥き出しの脅威には別の脅威が寄って来る。血の匂いを嗅ぎ付ける鮫のように。

 

「結局アンタが誰とかどうでもいい。小さな子供を追い回すしょうもない奴らでしょ? そんな奴の前で命乞いとか、蹲ってたらそれこそ麦野に殺されそうだし、絹旗や滝壺には笑われそうだしね。それに妹の前でくらいカッコいいお姉ちゃんでいたいでしょ」

 

 フレンダはそう言い胸を張る。精一杯の虚勢。上条のような右手もなければ、カブトムシのように未元物質(ダークマター)を使える訳でもない。誰か新たに助けに来るのか、そんな未来が来るかも分からず、ただ大言を吐いて立つフレンダの膝の震えを恋査は見逃さない。立っているだけでいっぱいいっぱいの姉の後ろ姿をフレメアも眺めた。

 

「……にゃあ」

 

 だからフレメアも立ち上がる。目の前に広がる姉の背を追って。涙が溢れそうになる目元を拭い、次の瞬間には消えてしまうかもしれない背中が消えてしまう前に。フレンダは気にするなと言うけれど、フレメアにはそう思えない。誰かが前に立ってくれる。自分の代わりに血を流している。浜面が、フレンダが、カブトムシが。

 

「……もう、私は『ヒーロー』なんて待ち焦がれない」

 

 待っているだけでは永遠に見れない。フレメアを背に背負い立つ者達はどんな顔をしているのか。傷付いて、血を流し、無理でも無謀でも立ち向き合う者達の顔を。そんな英雄達の顔を忘れない為には、見つめる為には、一歩を踏み出すしかないのだ。

 

「今度は、私がみんなを守れるような私になってやる!!」

 

 崩れそうな姉の背中に手を添えて、フレメアは精一杯の力で姉を支える。見上げるフレメアの目に、僅かに振り返ったフレンダの笑みが映った。柔らかな姉の微笑を守る為に、フレメアは姉を支えて並び立つ。

 

 その瞬間、ピシリと空に亀裂の走る乾いた音が響いた。ただ眺める観客を照らし出す庇護対象の殻を破ったフレメア=セイヴェルンの輝きに、観客であったはずの者が舞台の上に引き摺り出される。そしてその輝きを追うように、巨大な魚影の気配がゆったりと舞台の上に泳ぎ出した。

 

 

 ぬるり────と。

 

 

 助ける為ではなく脅威を挫く為に。フレメアの見つめる先、人の形さえ捨てたはずの黒幕の瞳を、幼い少女の瞳とその背後、暗闇から、波の世界から、第三の瞳が見つめ返す。

 

「……そうだよなぁ、拳は悔しさを握る為にあるんじゃないよなぁ……見たぞ黒幕、見つけたぞ。よく見つけてくれたフレメアさん。テメェがそうなんだろう? 人型に浮き上がった波とは初めて見たな。さてさてさて、さぁて、どう終止符を打てばいい? どこに打てばいいだろうか? 穴だらけになっても文句ねえよなあ?」

 

 軍楽器(リコーダー)の銃身が地面を擦る甲高い音が寄って来る。金属の鋭い音にフレンダとフレメアは背筋を強張らせて伸ばし、二人の少女が振り向くよりも早く、ゆらりと少女達の背後に背筋を舐めるような冷たい気配が滑り寄った。軽くフレメアの肩に手を置いて横を通り抜ける『ヒーロー』とは違う者の顔をフレメアは真正面から見据えれば、暗い暗い底の底から顔を覗かせる大罪の牙。それを目にしても、後退る事なくフレメアは生唾を飲み込み小さく頷く。

 

「自分の人生(物語)を描き始めたのかお嬢さん、そりゃ素敵だ。きっといいものになるさ。想いを握ったなら振り被って突き出せばいい。ぶち当たろうが、受け止められようが、へし折られようが、振るう事は自分にしか選べない。自分の望む輝かしい自分を、そうじゃないと否定する者など気にするな。それがお嬢さんの必死ならば!」

 

 フレメアにしか聞こえないはずのAIM思念体となった薬味久子の言葉を揺らがせるように波が渦巻く。助ける。守る。そんな言葉を吐かずにフレメアを否定しない羨望の悪魔。その言葉に、フレメアは今度こそ大きく頷き一歩を踏む。

 

「たとえどれだけ小さくたって。たとえどれだけくだらなくたって。……私は、無能力者(わたしたち)の力は、ゼロなんかじゃない!! できる事は一つもないなんて、そんな事は絶対にない!! 私は立てるし、自分で歩ける! あなたの計画なんか、一ミリだって興味はない! 私と、お姉ちゃんと、浜面と、カブトムシと、みんなの!! 元あった笑顔を返して‼︎」

 

 フレメア=セイヴェルンの咆哮が薬味久子を押し返す。刹那の間に交わされたらしい薬味久子とフレメア=セイヴェルンの問答に何があったのか孫市には分からない。何故急に薬味久子が浮上したのか? 守られるべき少女の眩い輝きはどういうことか? それら全てどうでもよろしい。穿つ者。幕を引く者。救いに来た訳ではない。助けに来た訳ではない。薬味久子が押し込められるよりも早く、脅威に向けて足を差し出す。並ぶ上条の横さえ通り過ぎて。

 

「法水、お前ッ」

「法水孫市ッ‼︎ 傭兵風情が! 急にやって来てアンタまでオレの邪魔をするのか?」

「急にぃ? お互い様だろ、主観の問題だ。俺からすれば急に湧いて出て来たのはテメェらなんだよ。土御門、浜面、カブ。よくも手を出してくれたな、フレンダさんにフレメアさんの言う通り、テメェらには一ミリの興味も慈悲もない。話は薄っすら聞いてたが、テメェで選んだ道なら文句ないだろう? 誰が敵になるのかなんて、そりゃその道を選んだお前達の選択の結果だ。お前達が負けるとすればそれは、土御門や浜面、カブにフレンダさんにフレメアさんを舐め過ぎていただけに過ぎない。自分の積み重ねたものでもない他人の世界を掠め取り振るうインスタント野郎に、負ける道理も、負ける訳にもいかないだろうが!」

 

 揺らめく黒い翼に目を細め、同じように孫市は身を振るう。第三の瞳で世界を見つめ、孫市は聞こえないくらいの大きさで忌々しそうに舌を打つ。

 

 あぁこりゃダメだ。と。

 

 持ち得るエネルギーの差が馬鹿にならない。全能神となったトールを目にした時と同じ。限界だ。どうしようもなく届かないものはある。狙撃、腕力、速度で。どれだけ磨いたところで届かない頂き。ただ分かっているからこそ、それでも手に残っている手札も分かる。自分は足が出せるし手も出せる。残った手札は切る事ができる。避けれて一撃。それでいい。速度で敵わないならば、攻撃のポイントを先に予測し極限まで取るべき選択肢を削り縮め合わせる。ゆらりと狙撃銃を手放す半身に動いた孫市の額を掠めて肩先を削ぎ、黒い翼が振り落とされた。

 

 鮮血の舞う視界に呼吸を乱す事もなく、黒翼の余波に乗るように滑り飛び込んだ孫市の右拳後突き立てられ、拳の割れる音が響く。ヒビの入った右拳から血が噴き出し、僅かに孫市の眉が歪む。

 

「自滅だ馬鹿が!」

「でも少しは通ったろう? ハムの野郎初見で成功させたって嘘だろあの野郎……」

 

 一方通行(アクセラレータ)の殴り方。孫市だって聞いてはいたが、上手くできる訳もなく、反射によって砕かれた拳を握り直して首を傾げる。

 

「死んどけ」

「お前は上条を知らなさ過ぎる」

「は? ────ぶッ⁉︎」

 

 孫市の首を刈ろうと動こうとした恋査の顔が跳ね上がった。脅威に対する僅かな脅威として孫市を認識したが最後、出来た死角に間髪入れずに飛び込んでいた上条の右拳が振り抜かれる。力量差を教えようが、封殺しようが、そこに悲劇を振り撒く者がいるのなら、上条当麻は必ず止まらず足を出す。能力の途切れた恋査の体に孫市は砕けた右拳を振り落とし、サイボーグを床へと叩き付けた。

 

「法水! お前なら飛び込むと思ったけど無茶し過ぎだろ!」

「俺も上条なら飛び込むと思った。以心伝心だな。そして、もうお前に能力を使わせる暇は与えない。能力が使えなきゃ、タイミングが悪ければ呆気ないとか思いながら死ね」

 

 能力が使われれば勝てないのならば、使われる前に壊せばいい。再び能力を展開しようと揺らめくAIM拡散力場の揺らぎを拾い込み、それが形となる前に恋査の頭へと拳を落とす。衝撃に衝撃を重ねて拳、拳。割れた拳から血が舞い散るのも気にせずに恋査の体を殴り起こして殴り倒す。

 

 倒すと同時に膝を踏み折る勢いで足を落とし、殴り起こすと同時に肘で鎖骨をへし折るが如くカチ上げる。能力使用に思考を割かせぬように、AIM拡散力場の隙を突いて。無慈悲に、淡々と、ただ壊す。もう一度能力を展開されれば同じ手はおよそ使えない。ここが唯一の勝機と察するが故に。身に刻み積み上げた破壊の技術を冷淡に吐き出し続ける。相手に叩きつけた衝撃の波を掬い取り、それを増幅し相手の思考ごと掻き混ぜるような打撃の渦に恋査は薄っすらとヒビ割れ、同じように穿とうと動く孫市の手足も、一撃一撃が全力だからこそ、恋査の頑丈さ故にヒビ割れる。

 

「お、おい法水ッ!」

「止めるな上条ッ、これは喧嘩ではなく戦争だ! ならこれをお前が、フレメアさんが、フレンダさんが背負う事は、呑み込む事はない! 俺は誰かを助ける為にここに来た訳じゃない!」

「でもお前ッ、手がッ、足もッ!」

「生憎痛みを感じづらい体だ。このくらい慣れてる!」

「こ、の野郎ッ‼︎」

 

 殴られながらも伸ばされる恋査の腕。揺れ動く能力の波に孫市が眉間に皺を刻むその先で、一度上条に押し止められようとも、再度フレメアさんの意思に押し込められた薬味久子が恋査の元へと滑り込み、バギリッ‼︎ と孫市の拳を受ける以上の破壊音が恋査の体から響き渡る。AIM思念体となった薬味久子の質量に耐え切れず、恋査の体が内側から外へと膨張する。

 

「あぶ、がぼ……。ま、なん……こりゃ、がうげ!! ごう!!」

「ふ、うふふ。ぐじゅ……わ、たし……こん、な、終わり方……ふふふふふふ!!」

 

 恋査の口から二つの声が重なり外へと飛び出す。だがそれに拳を緩める事もなく、好機とばかりに孫市は恋査を蹴り飛ばしその膨らんだ体に飛び掛かる。放たれた弾丸はただ敵を穿つだけ。慈悲のない暴力が恋査と薬味久子を跳ね上げた。

 

「ひひひ☆ 何だこりゃ。こりゃ何だ!? お前がオレを殺すかよ?」

「ああ殺す、俺は綺麗事を尊ぶが、俺自身綺麗事ではできていない。この道を決めたお前なら分かるだろう? 俺を見ろ、俺も見てやる。お前を殺すのは俺だ」

「おい待て法水! それはッ!」

「触んなッ!!!!」

 

 恋査の叫びが手を伸ばそうとする上条の身を叩く。AIM思念体となった薬味久子を叩き込まれて恋査の中に渦巻いている『異変』を、上条の右手なら打ち消せるだろう。それを恋査自身が否定する。

 

「前に言っただろう、オレは望んでこうなった。統括理事会の一人、薬味久子はこんなになってもオレの恩人って訳だ! それを、差し出す? それを、手放す? ありえねえ。それはこの世でも指折り数える程度しかない、死ぬより辛い事の一角ってヤツだぜ!!」

 

 誰にだって譲れぬ何かがある。事ここに至る理由がある。その僅かな輝きを飲み込んで、孫市は軋む程に拳を握った。

 

「……そうか、それがお前の必死なら、せめてそれは汲み取ってやる。必死には必死を返してやるよ」

「待てッ!」

 

 待たない。上条の声を遮るように、状況が変わってしまう前に打つべき終止符を打ち付ける。

 

 空気人形のように膨らんだ恋査の胸へと拳を突き入れ、機械の破片が突き刺さった手を開き、恋査の心臓を全力を込めて握り潰した。弾けた破壊の色に上条もフレメアも目を見開き、伝う振動から場所に当たりを付けて#029である円筒容器を孫市は引き抜いた。髪色と同じく赤に染まった孫市がゆらりと立ち上がるのに合わせ、スプラッタ過ぎる光景にフレメアは目を回してフレンダにしがみ付き、フレンダは呆れて肩を落とす。

 

「……それしかなかったのかよ……褒められた奴らじゃないけど、それでもあいつらにも……」

「違えるなよ上条、恋査を助けるか、薬味久子を助けるか、そんな面倒な命の選択なんて何が正解なのかも分からない。……ただ少なくとも恋査とかいうのはサイボーグで本体はこれなんだろう? それに薬味久子も死んではいない。逃げやがった。……電波塔(タワー)、お前なら捕らえられるな? 追え、俺も向かう。カブ、無事だな? ここは任せた」

『お任せを』

「法水、お前……」

「だから違えるなよ、こいつらにも薬味久子にも死んでもらっちゃ困るんだよ。土御門達に、一般人達にふっかけたツケを払って貰わなきゃならない。表の流儀と裏の流儀で社会的には死んでもらうがな」

 

 舌を打ちながら手当てをする暇もなく歩いて行く孫市を誰も止める事はなく、感謝の言葉もなく、得たのは傷だけでもそれでも孫市は歩き続ける。狙撃銃を拾い上げ、『避雷針』の壁をぶち破って飛んで来た『雷神(インドラ)』に掴まり飛んで行く孫市を見上げてへたり込んだフレンダは、フレメアの頭にやさしく手を添えた。

 

 ヒーロー達のお祭りもおしまいだ。

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