御使堕し ①
「嘘お」
「なにイチ、気持ち悪い声出して」
窓の外を見てみる。
雄大なアルプス山脈が目に映り、爽やかな朝日に照らされる青々とした葉っぱは、風に靡いてそのさざめきを時の鐘の本部まで届けてくれるようだ。
そう、ここはスイスだ。時の鐘本部だ。
つい昨日久々に帰って来たのに、本部でボスから小言を言われ続けて倒れた結果朝になってしまった。倒れた時に頭でも打ったのだろうか。頭に手を置いてみてもどこも怪我をした様子はない。それとも『
もう一度今まさに時の鐘本部にやって来た者を見る。見慣れすぎた時の鐘の軍服を着た見知った顔。学園都市が誇る特A級のハッカー少女。頭には見目麗しい花かんむりを乗せて片眉を上げている。
「初春さん? スイスに来たの? 遂に時の鐘に入る気になったとか?」
「はあ? イチ頭にお花でも咲いたの? お花畑?」
花が咲いてるのはお前だ。初春さんが見たこともない表情を浮かべてハムみたいな事を言っている。
待て待て、少し待て。
目頭を押さえて考えてみるがさっぱり分からない。昨日は酒を飲んでいるわけでもないし二日酔いはありえない。だが鈍器で頭を殴られたように、今頭の中はぐわんぐわんと揺れている。
「
理解の追いつかない俺の前で初春さんはそんなことを言って後ろを向く。
痛ててて、この力はロイ
「なんだよ
「佐天さ──ん⁉︎」
いつもと違ってやたら低い位置で首を絞められたと思えば見覚えのある少女がロイ姐さんみたいなことを言いながら絡んで来ている。ここはスイスの時の鐘本部のはずだ。
古っぽい石造りの床。室内でさえ伸びた蔓が巻きついている柱に壁。間違いない。決して柵川中学の中に迷い込んでしまっていたりするわけではない。なのになぜ初春さんと佐天さんがここにいるのだろうか?
「なになに佐天て誰? 新しい女?
「やらねえわ⁉︎ 俺まだ捕まりたくねえもん! 中学生に手を出すのなんていくらアウトローな傭兵でもアウトぉ⁉︎」
「中学生⁉︎ わっほ!
「中学生はお前だあ‼︎」
俺の渾身の叫びにポカンとした顔の佐天さんが手の力を緩めたので急いで脱出する。初春さんと佐天さんは不思議な顔で俺を見ると顔を見合わせ、なにやら話し出した。
「おー……なに
「全然、イチは目の病気、もしくは頭の病気」
「こんにゃろ、ハムあたしはそんな老けて見えんのかー」
初春さんが佐天さんのヘッドロックの餌食となった。みしみしと頭蓋骨の軋む音が石造りの部屋の中に響く。漠然と光景だけ見るといつもの時の鐘での日常だ。ただそれが初春さんと佐天さんでなければの話である。まるで強い酒を一気飲みしたかのような状況に頭痛がしてくる。
そんな俺を置いてきぼりにして、また入り口の方から新たな声が聞こえて来た。
「痛たた、今朝は腰にくるな。歳ってのには人間勝てんよ、おう孫市、話には聞いてたが帰ってたんだな。日本酒を土産に持って来てくれたんだろう? 若い時に日本に行った時はよく飲んだもんだ。アレイスターの奢りでな」
木山先生だ、木山先生がいる。ポルターガイスト事件の恩赦だかなんだかで罪が多少は軽くなったから出て行ったら? と言ったのに、最高の用心棒がいるのに出てくわけないとか言って未だに俺の部屋に居座るせいで最近女子中学生の溜まり場と俺の部屋を化してくれた木山先生がいる。
「木山先生?」
「ん? どうした孫市、若いのにもうボケが来たのか? いくら私でもまだだぞ、銃を手に取れば不思議と色々思い出すからな」
「爺ちゃん?」
「ああ」
ああじゃない。どこがガラ爺ちゃんなんだ。爺ちゃん要素が消えたぞ。髪は長いし意外にテンガロンハット似合うな木山先生、でもそれはいいから帰ってきてよカウボーイ。佐天さんと顔を見合わせて「どうしたんだ孫市は」とか聞かないでくれ。
身体の力がごっそり抜けて来た俺の肩にポンと手が置かれた。振り向いても誰もおらず、肩に置かれた小さな手。それを辿って下を見下ろすと最近よく見る顔が俺の方を見ている。
「……平気?」
平気じゃないです春上さん。なんでそんな無表情なの? なんでそんなドライヴィーみたいな感じの喋り方になってんの?
「昔俺の弟がよお。朝起きて来たと思ったら俺の顔を見るなり姉ちゃん? とか言ってきた事がある。俺が女に見えるかよ。精神が異世界にでもぶっ飛んだんか知らねえが寝ぼけていたって奴だ。つまりそれだぜ孫市」
なんで枝先さんはゴッソみたいな事を言って登場してるの? 枝先ゴッソさん?
おかしいでしょ。おかしいでしょ……。
ここは柵川中学かな? 見知った顔が全員時の鐘の軍服を着て俺を見てくる。
窓の外を見てみる。変わらずアルプスの山々はそこにある。
「おかしいでしょぉぉぉぉッ⁉︎」
「なんだ
姐さんみたいな事を言う佐天さんを置き去りにしてその場を去る。頭がどうにかなりそうだ。
俺はまだ夢を見ているのか? それとも精神を学園都市に置いてきてしまったのだろうか。
折角スイスに帰って来たのにこれじゃあスイスに帰って来た意味がねえよ!
本部の中を走り回り目当ての部屋の扉をバカンと蹴り開けた。行儀が悪いとか知った事ではない。
そこには……、
「なんだい孫市そんなに慌てて、日本には早起きは三文の徳という言葉があるそうだが、慌てるのは違うんじゃないかな」
見慣れた顔に長い茶髪。大きなヘッドホンを首から下げた学園都市第三位と同じ顔の者がそこにいた。
「『
「わ、ちょ、どうしたんだ?」
「どうしたじゃない! たまに急にテレビに映りこみやがって! 心霊映像なんていらないんだよ! 悪霊退散! 悪霊退散‼︎」
首に摑みかかる勢の俺の頭に拳が落とされる。『
「悪いわねクリス、外して頂戴。少し孫市とお話ししなければいけないみたいだわ」
「ボス……」
アッシュブロンドの長い髪。人形のように綺麗な顔。他の者は見た目がガラリと変わってしまったのに、ボスだけは変わらずにそこにいた。良かったここはスイスだ。「ぁあ、ご愁傷様」と『
「ボスぅ‼︎」
とボスの胸に思い切り飛び込もうとして、ボスの蹴りが俺の意識を断ち切った。
***
「『
「そうよ」
疲れた顔でボスはそう言った。ボスに説教されて気絶してから、起きるまでの間になんらかの魔術が世界規模で巻き起こったらしい。どんな魔術師がやったのかは知らないがものすごい腕だ。これまで誰にも気がつかれずにここまでの魔術を行使するとは。今全世界では人々の見た目が入れ替わっているというのに、当の本人達は全くそれに気がついていない。
「私にも詳しい事は分からないわ。魔術の専門家というわけではないからよ。ただこれが
そりゃあてんやわんやにもなるだろう。俺自身頭がどうにかなりそうだった。俺やボスのようにその
「どうして俺とボスには効かなかったんでしょうね」
「ここのおかげね。時の鐘本部であるここは元々スイス傭兵の重要拠点の一つ。何百年も前に建てられた物で当時まだ魔術を扱えていた時代の遺産だからよ。ローマ教皇の護衛に活かされたという対魔術性能は未だ万全と言ったところかしら。昨日貴方とのお話に一夜を使ったからこそ助かったってことよ」
「なるほど、俺のおかげですね」
ボスにぶたれた。酷い。
だが、助かったとはいえ、俺にどうにかする手立てはない。魔術の基礎知識くらいならば俺にもあるが、魔術が使えるわけではないのだ。それも世界規模の魔術なんて到底俺にどうにかできる代物ではない。そう考えてやる気のない顔をしていたのだが、それを見たボスから盛大に冷ややかな吐息を吐かれる。
「なに気を抜いているのかしら。孫市、こんな状況でも仕事よ」
「え?」
思わず聞き返してしまう。真顔で「仕事」と短く答えてくれるボス。ボスの碧色をした瞳はブレることなく俺を居抜き、冗談の類ではないと訴えていた。
「こんな状況ですよ。防衛だろうが制圧だろうが顔が変わってたら無理でしょう。それとも近寄る者は皆殺せみたいな仕事ですか?」
「そんな物騒な仕事受けるわけないでしょ。珍しく個人を殺せという仕事が来たわ。バチカンからよ。貴方もよく知る相手が標的」
そこまで言ってボスは少しの間言葉を切ると、一度言い辛そうに唇を舐めてから口を開いた。
「上条当麻を殺せ、それが仕事」
あまりの衝撃に肺は呼吸をする事を止め、変な吐息が口から漏れる。言葉は発せられず、鯉のように俺の口は虚空を撫でるだけだ。何か言おうとしているのに何も言わない俺を見て、ボスは身動ぎ一つせずに理由を感情の起伏なく続けてくれる。
「この
「いや」
ようやっと口が動き言葉が出た。
「いやいや待ってくださいよボス。上条が原因は無いですって」
「何故かしら?」
「だって上条の右手はどんな異能だろうと握りつぶせる『
「つまり?」
「魔術を使う事が出来ない上条に
我ながら少し熱くなってしまった。傭兵としては落第だ。だが、だが上条が原因でないだろう事は学園都市で過ごした四ヶ月で嫌という程分かる。
勘だの多分などと言った憶測ではない。
上条ならやらない。
学園都市の監視という名目のつまらない日常の中で、最も多く見て、まあ数少ない楽しかったことに分類される薬にも毒にもならないような学校生活。
その隣にいつも居たのが上条だ。
いくら仕事と言われても、善人という存在を絵に描いたような男を殺す事は俺の
「信じていいのね」
「はい! こればかりは間違いなく!」
「本当に? 上条当麻だって人間でしょう? 急な心変わりでもあったのかもしれないわ、右手を切り落としてまで魔術を使ったのかも」
「上条に限っては絶対ないですッ! その …………友人ですから」
「は? ……ふくく」
なんだろう。ボスが急に大きく笑い出した。なんだろうこの気持ち。
恥ずかしいっていうか、なんか黒歴史が築かれた瞬間っていうか、ボス笑い過ぎじゃないですか?
うわ、お腹まで抱え出した‼︎ ボスがこんなに笑ってんの見るの初めてなんだけど⁉︎ 幸せだけどなんかやだッ‼︎
「はー、久々に笑えたわ。ロイにも聞かせたかったっていうか部隊の全員かしら。貴方が学園都市に行ったのは良かったみたいね」
「あーそうですか、なんだっていいですけど、兎に角この仕事は受けないので俺はもう今日は部屋に帰って寝ますおやすみなさい」
「待ちなさい。それならもう一つ仕事があるのよ、そっちなら貴方も受けるでしょう?」
「何ですか?」という肩を落として俺が答える前に部屋の扉が勢いよく開いた。誰が来たのかは顔を見なくてもツンツン逆立てた金髪とサングラスですぐに分かる。
「話はついたようだにゃー孫っち! なら代わりにカミやんの護衛の仕事はいかがだぜい? いいだろ、なんてったって……友人だからな!」
「死ねえ‼︎」
くそ避けられた! この野郎盗み聞きしてやがったな『
一番、ある意味一番聞かれたくない奴に聞かれちまったよくそッ! ボスを見るとまた笑っていやがる! ボスめ謀ったなッ! 上条の護衛引き受けてやるよ! まずは一番近くに居る曲者から狩ってやるッ!
「待て待て孫っち‼︎ 今回オレは味方だぜい? オレだってカミやんの友人だしな、ここは友人三人の力を合わせてサクッと事件解決ですたい」
「うるせえ! お前は信用ならねえんだよ! 『
「オレだって多重スパイだからな、裏取りが上手くできなかった孫っちの落ち度だろそれ」
「ぐう、くっ、反論できねぇ」
すっとぼけた顔でニヤつく土御門は最高にウザイ。ニヤついた顔のまま震えて動けない俺の肩を強引に組んでくる。離れろ。
「まあ仲良く行こうぜい、クラスメイトだろ。他人行儀はやめて仕事の時もそんな風に喋ってくれるとオレとしてはありがたいんだが」
「いいだろう、その代わり今日から背後には気をつけろよな」
「うー怖い怖い」
「それに怪我してるんだったら無理に動くんじゃない、これから上条の護衛だっていうのに到着する前に使い物にならなくなったら遠慮なく撃ち殺すぞ」
「なんだバレてたのか」
バレるわ。土御門が入って来たときにいつもと動きが僅かに違った。おそらく怪我をした場所を庇って動いているんだろう。俺の予想通り土御門の着ているアロハシャツの下に見える大きな
「話は済んだようね」
いつまでもグチグチやっている俺と土御門の会話を遮るようにボスが口を挟んだ。ボスの方を見れば、珍しくゲルニカM-003を背負い臨戦態勢だ。まさか、
「ボスも行くんですか?」
「こんな状況よ? 私が出て行ったところで誰も気にしないわ。それに、歪みの元凶には天使がいるかもしれないそうよ、流石の私もまだ天使は狩った事がないのよ。まさか孫市止めないわよね?」
ボスの低い声が俺の腹の底を震わせた。土御門をちらりと見れば、苦笑いを浮かべて固まっている。これじゃあ確認ではなく脅迫だ。止めたところで片手で薙ぎ払われる事が見えているのにわざわざ止める事など俺には出来ない。「お前のボスおっかないにゃー」とか耳元で土御門が伝えてくるが、土御門が仕事を持ってきたからボスはやる気になっているのだ。どうせなら俺にだけ言えば良かったのに。
ボスと一緒の仕事などいつぶりだろうか、自然と気分が上がって行く。
「ああ、そうそう。孫市、言い忘れていたけれど奴らが上条当麻討伐に動いたわ。おそらくかち合う事になるでしょうね。日本に向かったのは貴方と仲良しのカレンよ。良かったわね」
良くない。良くないです。上がっていたはずの気分が急降下して行く。あいつ来んの? マジで? もうこの仕事受けるの辞めよう。そうしよう。ニヤついた土御門と同じようにニヤついたボスに引き摺られて、俺は日本行きの飛行機に押し込められた。
俺スイスに一日もいれなかったんですけれども……。
***
日本に降り立ち神奈川の某駅に着いてから一分もせずに、土御門は神裂さんが上条に突貫しに行っているので止めてくると居なくなってしまった。おかげでボスと二人きり。
それはいい。それはいいのだが、全く外に出てみて驚いた。
子供が交番に立っているし、ガタイのいいお兄さんがセーラー服を着て歩いている。人間の第一印象は見た目で決まるというが、無性に納得してしまった。もし正気の警察官が一人でもいれば、目につくほとんどの者がお縄につくだろう。しかし、そんなことよりも重大な事がある。
「お姉ちゃん達マジで激マブじゃんね、暇なら俺と遊ばない?」
これだ。
チャラい格好をした婆さんが俺の胸元を見ながら擦り寄って来る。俺の格好は夏休みであり外という事もあって空色のワイシャツにジーパン、持ち物は弓袋というラフなもの。決して肌の露出が多いわけではない。長袖のワイシャツの袖を捲っているくらいだ。だというのに、日本に来るまで数十人にナンパされている。
下は赤ん坊から上はお婆さんまで。一体彼らには俺がどう見えているのか。俺はもうため息を吐くのも面倒になり、軽く手で追い払う。
「ボスっていつもこんな生活送ってるんですか?」
「さあ? 言い寄られる事が多いのは確かね、いつもは声をかけようと寄って来る男に視線をやると寄ってこないんだけれど、私はどんな見た目に見えているのかしらね」
少なくとも男や子供ではないだろう。誰も彼も擦り寄るように俺とボスに寄って来る。中身は女性だと思われる者達さえも俺とボスに視線を投げて来るあたり、相当な美人に見えているらしい。容姿が良いというのは羨ましいと思っていたが、いざ容姿が良くなってみると人の目が鬱陶しい。実際に容姿が良くなったわけではないが、こんなの今回だけで十分だ。
「それで、確か海岸に今は護衛対象が居るんだったわね。こんな時に呑気なものだわ」
「まあ上条の事ですから今頃騒いでますよ。不幸だーってね」
「あらなら彼は幸福ね。不幸ではないから不幸を感じられるのよ」
「流石ですボス」
典型的な太鼓持ちになりながら海岸への道を急ぐ。普段未来都市のような学園都市や山に囲まれたスイスにいるため、日本の海岸通りを通るのはかなり久しぶりだ。簡素な木で組み立てられた海の家を眺めながらボスと二人で少し涼しくなってきた夏の日差しの中を歩く。これで仕事がなければ最高のシチュエーションなのだが、残念ながらそうではない。礫岩を固めたような階段を下りて灼熱の砂の上に足を乗せれば、波打ち際で騒いでいる目立つ一団。
今まさにポニーテールを振り回しながら神裂さんが上条の海パンに手を掛けひん剥こうとしていた。やっぱりこの人痴女だよ。
「あらここはヌーディストビーチだったのかしら。日本にもあるのね」
「ないですよ、捕まりますから。お願いですからボスは脱がないでくださいよ。そういうのは二人っきりの時に」
「死になさい」
ボスの綺麗に弧を描いた蹴りが俺の後頭部に直撃する。視界の中で星が瞬き、次の瞬間目の前にウニ頭が現れる。
──ゴンッ!
上条を巻き込んで海に落ちる。塩辛い液体が鼻の穴から俺の喉を焼いていった。歪んだ視界の先には仁王立ちするボスに呆れた顔の神裂さん。歪んでいてもニヤついていると分かる土御門。
それが無性に苛つくので、何でもないと言うようにすぐに立ち上がった。
「痛たた、酷いですよボス。着替え持ってきてないのに。相棒まで濡れちゃいました」
「どこで育て方を間違えたのかしらね、もっと痛みが必要かしら」
「誰かと思えば時の鐘ですか。土御門、また貴方は勝手にこんな」
「まあまあ今回は味方同士なんだ。仲良くやるにゃー」
「ボコボコボコ⁉︎」
ようやっと役者は全員揃った。神裂さんの様子を見るに土御門はしっかりと説得を済ませたようだ。聖人まで味方にいるというのは心強い。というかボスと聖人がいればどんな相手でも負けないのではないだろうか。おそらく上条史上最恐の味方達だろう。
だというのに辺りを見回しても見慣れたツンツン頭の姿がない。どこに行ったのか。
「おい孫っち、護衛対象踏んでるぜい。時の鐘の名に傷が付くんじゃないかにゃー?」
「ん? あ、ごめん」
「ごめんじゃね──ッ⁉︎ 危うく死ぬとこだったぞ! 海パンは奪われそうになるし! 法水は飛んで来るし! 一体何なんですか!」
「あー」
なるほど、上条にはちゃんと俺が俺に見えているらしい。海水を口からドバドバ吐きながら海坊主のように上条は海面からせり上がって来る。
「っていうかなんで法水までいるんだよ! ……お前法水だよな? 」
「スイスの時の鐘本部に居て難を逃れたのさ」
本当時の鐘様々だよ。歴史とは強さだ。魔術師でなくたってそれは分かる。
「って言うかおい法水! 土御門は」
「知ってる」
「でええ⁉︎ じゃあ土御門は法水のこと」
「勿論知ってるぜい。オレがカミやんの護衛を依頼したのさ、禁書目録の時みたいににゃー」
「インデックスの……アレお前だったのかよ!」
「酷いんだぜ上条さん。土御門さんめっちゃぼってくるからな、気を付けろー」
「いや三十万ドルも払わせといてぼってるはないぜい」
「いやいや絶対見合わないし情報の横流ししたクセにそれはない」
「っていうか何だよ! 俺の隣人が『
「え、土御門さんバラしたの?」
「まあな……友人だからにゃー‼︎」
「死ねえええ‼︎」
「ちょ、危ねえええええ‼︎」
くそ避けられた! 怪我してるくせに身軽な奴だ。振り回した弓袋は上条の髪を数本宙に散らしただけで当たらなかった。絶対いつか一発殴る。砂浜に突っ伏すように避けた上条は、砂浜の暑さに転げ回り、顔に砂を貼り付けながらよろよろと立ち上がる。護衛もまだなのに疲労困憊とは勘弁して欲しい。
「はあ、まあお前達は味方って事でいいんだよな。土御門も法水も」
「おうカミやん。オレも孫っちもカミやんがこんな事する奴じゃないって知ってるからにゃー、心強いだろ?」
「まあ今回も仕事ってわけだから、よろしく頼むよ上条さん」
そう言ってやるといつもの能天気そうな笑みを上条は俺と土御門に向けて来る。俺は傭兵だし土御門はスパイだ。あまり全幅の信頼を寄せられても困るのだが、上条にそれを言っても「だから?」と俺と土御門が本気で困る答えを言うだろう。
こんな上条だから、俺も土御門も上条と友人でいたいのだ。全く困った友人だ。
そんな青春の一ページを描く俺達三人を、聖人もボスも呆れたような顔で眺めている。ボスに至っては煙草まで吸い出した。
「貴方達、そろそろ茶番は終わりにしなさい。退屈だわ」
「おぉう、この大変綺麗なお姉さんは誰?」
「うちのボスだよ、おっかないから手は出さない方がいいぞ」
「うちのねーちんもにゃー、まあカミやんはよく知ってると思うけど」
「……頼もしいような、そうじゃないような」
兎に角これで役者は揃った。上条の事をよく知りもしない魔術師連中はこぞって上条を狙ってやって来るだろう。癪な事だが、そういう意味では今回本当に信頼できるのは上条と土御門の二人だけだ。ボスは上条の事をよく知らないし神裂さんもそうだろう。普段学校でおちゃらけている連中でつるむことになるとは人生とは分からない。意外と青髪ピアスの奴も何か隠しているのかもしれない。そうなるとなんと秘密の多い集団だろう。
英雄にスパイに傭兵。青髪ピアスはなんであろうか。
俺達三人で集まってしまったせいなのか、砂浜の遠くの方から海で染めたような青い髪の男が走ってくる。ピンクのタンキニを着て。
「とうまー」
なるほど、最後の一人は変態だ。間違いない。