時の鐘   作:生崎

172 / 251
船の墓場 篇
船の墓場 ①


「依頼主はG14、国連も目を丸くするような世界の首脳達からの依頼だ。本来ならば『時の鐘(ツィットグロッゲ)』総出で取り掛かるような案件だがな、時の鐘本部は休止中、本部の人員が動く事はない。魔術組織『グレムリン』の捜索、及び殲滅が此度の仕事となる。掃討作戦に協力しろとのお達しだ。受ける受けないは選ぶ事ができるが────」

 

 言葉を並べ続けながら目の前に並ぶ時の鐘学園都市支部の面々を眺める。

 

 木山春生(きやまはるみ)

 美鐘(クロシュ)

 浜面仕上(はまずらしあげ)

 釣鐘茶寮(つりがねさりょう)

 木原円周(きはらえんしゅう)

 垣根帝督(カブトムシ05)

 雲川鞠亜(くもかわまりあ)

 

 学園都市に帰って来てから、よくもまあこれだけ揃ってくれた。時に勧誘し、いつの間にか参入していたり、以前からの協力者であったり様々であるが、誰も彼も能力を磨き、もしくは技術を納めた技能者達。誰一人掻い摘んでも不満はなく(性格は別として)、頼りになる連中だ。レイヴィニアさんからメールを受け取り早数日。色々と準備をして来たが、それも最終段階。全員を集める事ができた。各々好きなように事務所の居間の椅子に座り、一人立つ俺を眺めている。俺の背後に積み上げられた弾薬箱と立て掛けられている狙撃銃の姿はもう全員見慣れている為か眉を顰める事もなく、いつになく静かに耳を傾けてくれていた。

 

「まあ長々と語ったが、断りたくても首脳陣に『将軍(ジェネラル)』がいる都合上俺は断る事ができない。一応はスイス軍人でもあるからな。とは言えお前達は別だ。降りたい者はこの件から降りてくれても構わない。準備を手伝って貰ったしこれ以上は酷だろうからな」

 

 戦力としては申し分ないのだが、相手が魔術師であるが故に前提が異なる。この中で魔術師を目の前にして十全に動ける者がどれだけいるか。能力者の相手も、魔術師の相手も経験が結局はモノを言う。魔術なんて知らねえやという者が大半である中で、未知の勢力に突っ込んでくれとは俺も流石に言えない。僅かばかり知っていたとしても、巻き込まれるのと自ら前に立つのはまた違う。少しばかり口を閉ざして反応を待っていると、浜面が小さく手を挙げた。

 

「仕事は分かったけどよ、こんな事態で『時の鐘(ツィットグロッゲ)』本隊はそれでも動かないのか? 言っちゃあれだけどさ、こういった案件は先輩達の方がお手の物だろ? なのにまだ休止中なのか?」

「ごもっともではある。浜面の言う通りな。瑞西が第三次世界大戦でやらかしたと言っても、無視するには惜しい戦力だ。実際に俺もボスと連絡は取った。取りはしたが、残念ながら動かない」

「それはなぜだい?」

「政治の問題と言えばそこまでなんだけどな」

 

 首を傾げる鞠亜に目を向けて、懐から取り出した煙草を咥える。世界の重鎮達が顔を揃えて同じ『脅威』に向けて力を合わせようとしている。それはいい。だがそれも今は『グレムリン』が居るからこそだ。世界の代表がいる訳でもなく、各々の思惑もありながら『グレムリン』を討った場合、その後世界がどう動くか。

 

 功を競っている訳ではないが、多くの勢力が入り乱れているだけに、当然そういった話が出て来る。表では大した変化がないように見えても裏では違う。何よりも、瑞西軍部が大打撃を受けた後の今となっては、休止中の『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が瑞西の持つ一定の集団の中では最大戦力でもある。馬車馬のように働かされた結果、時の鐘が潰れでもしたら瑞西の守りはおしまいだ。故に瑞西が残せる最後の手は残しておかねばならない。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』動かねえの? と言われても、言い返せる手札は今ここにある。

 

「時の鐘本部が動かなかろうが、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』自体は動いている。まあ俺達の事だ。大前提として時の鐘は瑞西の軍隊でもある。他の傭兵団や軍部がほぼ機能していない事を思えば、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の本隊には残って欲しいんだよ。まあその分俺達が割りを食っている訳でもあるんだが。だからこそ降りるなら降りて貰って構わない」

 

 そもそも時の鐘学園都市支部は、その名の通り学園都市で動く事を目的として立ち上げられた支部だからな。外の事情とか知ったこっちゃないと言おうと思えば言える訳だ。こんな状況で何言ってんの? と思うかもしれないが、ゲームのように『グレムリン』を倒せばエンディングが流れるみたいな構造を人生がしてないのが悪い。

 

 グレムリンを倒してハッピーエンド。そこで人生終わりなら出し惜しむ理由などそれこそないし、誰も彼も聖人君子のような者達であるのなら、こんな気遣いもしなくていい。ただ困った事に、首脳達が途轍もない善人の集団であったとしても、その周りがそうであるとは限らず、今集まっているだろう首脳達だけで世界が回っている訳でもない。最低限の『保険』は誰もが欲しい。俺としても『時の鐘』本部が健在であるなら多少の無理もできるというものだ。

 

「んで、降りる? 別に減給とかしないから安心していいぞ。咎めもしない。動くとしたって世界中の軍隊が味方してくれるって話でもないんだ。だから────」

「大丈夫だよ孫市お兄ちゃん、ここで降りるようならハナからここにはいないって。 ()()()()()()()()()()

 

 総意であると言うように円周が声を上げ、他の者達は総じて肩を竦めて想い想いに頷く。煙草に火を点け一度息を吐き、雑に頭を描いて口端を緩めた。それぞれがどんな考えでそう結論付けたのかまでは分からないが、そう言うのならば、一々お礼など言うこともなく全員を見回す。

 

「それなら話を詰めるとしようか。受けると決めたならこれは仕事だ。俺も手を抜かん。が、受けた仕事とは別にこっちもこっちでやるべき事があるのだしな。相手が『グレムリン』と言うのなら、これは垣根を奪還するまたとない好機だ。別に俺達だけで『グレムリン』を殲滅しろという話ではない。ゆえに俺達にとっての第一目標は垣根奪還にある訳なんだが……カブ」

「残念ながら垣根帝督の居場所は未だ特定できていません。相手がどのように垣根帝督を保持しているのか不明ですが、少なくとも垣根帝督の意思が働かないようにされている恐れがあります」

「……命に別状はないか?」

「私は垣根帝督とは別の意思で動く事を許されてはいますが、絶対の権限は垣根帝督が有しています。もしも本体に命の危険があり能力が完全に停止していれば私もここにはいないでしょう」

 

 カブの存在が垣根生存の証明という訳か。それを聞けて少し安心する。ならば第一目標はぶらす必要もなく、二本指を立てて見つめて来る仲間たちに向けて掲げた。

 

「そういう事なら、やる気があるところ申し訳ないが支部の人員は二つに分ける。要は学園都市に残る者と、『グレムリン』殲滅の為に外に出る者。俺は後者から動く訳にはいかないんだが、できれば残る者が多い方が好ましい」

 

 殲滅の仕事を請け負っておいて、そんなに人員を割かない理由が何なのか。首を捻る幾つかの顔を見送りながら、その疑問に答えるように言葉を続ける。

 

「世界の国々が動いている中で、何故か学園都市は静観を決め込んでいる。この動きを利益として見ていないのか知らないが、不気味な事この上ない。学園都市の上から俺に特別話も来てないしな。どう動こうが木山先生とクロシュは学園都市を離れない。俺達が総出で出て行った事でここが狙われる可能性もある。それに……」

「まだあるんスか?」

「……少し個人的な事も含むから詳しい言葉は避けるが、学園都市の守りを手薄にしたくない理由があってな。『グレムリン』を追って動く、それはいい。だが他の事に全く目を向けないでいい理由にはならない。この動きに合わせてどこの誰が動くか分かったものじゃないからな」

「ただでさえ前の件で目を付けられている訳だしね」

 

 鞠亜の言葉に頷いて肩を竦める。『人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトを細部まで叩き潰したのはいいのだが、お陰でここ最近は『時の鐘』の名が裏で蠢き過ぎだ。一時的な流行のようなものであったとしても、ヒーロー達の暴動騒動含めてそこまでまだ日が経ってないが故に、世界の動きとは違う動きをしている学園都市の中で未だ警戒を緩める訳にもいかない。俺達『時の鐘(ツィットグロッゲ)』学園都市支部の戦闘部隊に目が向いている分にはいいのだが、これが関係ない一般人まで巻き込み始めるようでは困る。

 

 その土地に根を張ると決めた以上はある程度目立たなければしょうがないが、悪目立ちし過ぎるようでは要らない騒動を呼び込むだけだ。この隙を突いて『北条』や関係ない魔術師が学園都市に侵入して来る可能性もない訳じゃない。だからこそ、この時期に動かせる人員は最小限。分けるにしても学園都市支部の残る者を多くし、隙を潰して動きを小さくする他ない。

 

「まあ嬉しい事にできたばかりの学園都市支部の人員が何人居て誰がそうなのか多くの顔が割れてない。学園都市内でも世界でもそうだ。最悪出て行くのは俺だけでもいいんだが」

「えーまたっスか〜、自分ばっかり海外旅行してー」

「ああそぅ、じゃあお前用に用意したこの偽造パスポートは必要ねえな。勿体無いけど。クロシュ、これシュレッダーに」

「今日から何でも言ってくれていいっスよ! 言うこと聞くっス! 私良い子!」

 

 今日からという発言には目を瞑り、大変良い笑顔を浮かべる釣鐘に偽造パスポートを投げ渡す。敵の人数も分からない殲滅作戦などと、優秀な斥候には居て貰わなければ困る。外は学園都市のように蜘蛛の巣の如く防犯カメラが張り巡らされている訳ではないのだ。魔術も使えず、電子の目もそこまで機能しないのであれば、どうしてもアナログな手に頼るしかなく、俺もどちらかと言えばそっちの手合いであるだけに信頼できる。

 

「別に暗殺を頼むような事はないと思うがな。お前の技は信じてる。それに外に出れば俺の個人的な情報網もあるからそっちとの連携を釣鐘は取ってくれ。その相手との連携ならお前の方が勝手知ってるだろうしこの先も考えるとな」

「法水さん学園都市以外に日本に知り合いいるんスね」

「……一応日本人の血が流れてるもんでね。それと────」

 

 一言挟んで釣鐘から目を外す。軽く拳を握る浜面、笑みを崩さない円周、微笑むカブへと目を流し、小さく唇を引き結んだ鞠亜で目を止める。

 

「────鞠亜、お前にパスポートの準備は必要ないな?」

「……いいのかい?」

「お前はその為にここにいるんだろう? 残したって付いて来そうだからな。だったら最初から側に置く。それに俺は英語、フランス語、ドイツ語なんかは喋れてもロシア語なんかは苦手だし、相手側の妨害がある事も思えば、魔術使って何もかも賄える訳でもない。俺だけで情報を全て捌ける訳でもないからな。問題あるか?」

「……私はメイドだよ? この服が飾りだとでも?」

「……飾りにしか見えない」

 

 蛍光イエローの目に痛いメイド服の胸を張って笑顔に戻った鞠亜にため息を吐きながら、俺の目からは見えない位置で握られている鞠亜の拳を、波紋を手繰り寄せ第三の目で捉える。ベルシ先生を探す為にわざわざ単身バゲージシティにやって来た鞠亜だ。放っておいても間違いなく『グレムリン』を追う。素知らぬ軍人が突っ込む分には極論どうでもいいが、もう見知った相手。それが勝手やって死ぬような光景は見たくはない。一般人が相手でも己が目的で飛び込む鞠亜は、例えトールが相手でも見逃すはずがないだろうし、俺自身それが鞠亜の必死なら止められるものでもない。ってか見るなら見るで近くで見たい。

 

 笑顔の少女二人に頷いて、「後は留守番」と手を叩いた。

 

「いいのかよ法水それで?」

「俺が分からないと思うか? 『 人的資源(アジテートハレーション)』プロジェクトだかでフレメアさん狙われたばかりで浜面もカブも気が気じゃないだろう? それで学園都市を離れても学園都市が気になって身が入らないはずだ。だったらここを守って貰ってた方がいい。学園都市なら麦野さん達も居るから浜面が頼れる相手もいる事だしな」

 

 カブはカブで現在抜けている垣根の穴を埋めていてくれているだけで、垣根とカブは姿能力は同じだとしても別の存在と見た方がいい。垣根がフレメアさんの為に身を粉にして動くとは思えないが、カブは動いた。カブがどういう経緯で生み出されて今に至るのか聞いた事はないが、既にカブにはカブの人生があるのだろうし、垣根の居場所をカブが感知できたとして、そんなのは通信ででも教えて貰えばいいのであるし。この二人には学園都市に残る理由がある。

 

「孫市お兄ちゃん?」

 

 だから残る笑みを消した円周に目を向けて、首を左右に振った。

 

「円周は留守番」

「なんで? 連れてってくれないの? 色々教えてくれるって言ったよね?」

「だからこの数日は付きっ切りで色々と教えただろう」

「全然足りないもん。私も茶寮ちゃんとお兄ちゃんと一緒がいい」

「そりゃ嬉しいが、円周は待機だ」

「でも私はお兄ちゃんの弟子なんだよね?」

「だからだよ」

 

 椅子から立ち上がろうとする円周から視線を切り、背後に立て掛けてある狙撃銃を手に取って円周に投げ渡す。受け取った狙撃銃の重みに椅子に腰を落とす円周の見上げて来る瞳を覗き込んだ。

 

「この中で俺の次に狙撃が上手いのはお前だ。休止中の時の鐘や俺が居なくても、これまでの時の鐘の代わりができるのはお前だ円周。この数日でよく分かった」

 

 スポンジが水を吸うように、教えた事を自分なりに噛み砕いて円周は齎された技術をすぐに自分の身に落とし込む。未だ拙かろうが、素人と比べれば十分過ぎる。それが『木原』としての木原円周の才能なのか、俺にはない眩しさが羨ましい。もう少し時間を与えれば、間違いなく俺よりもずっと早く狙撃が上手くなる。誰の真似をしなくても、円周自身の意志と技で。

 

「私まだお兄ちゃんみたいに動けないし……足の速さでだって勝てないよ……」

「別に俺になる訳じゃないんだ。お前なりにお前を貫け。お前が必死を絞り出すなら、周りにはそれに応えてくれる者がいる。右を見ろ。そして左を。浜面はどんな場所にでもお前をきっと連れてってくれるし、カブがどんな奴からも守ってくれる。そしてお前が引き金を引いたなら、手の届かない遠くまでお前は届く。それにバゲージシティで初めて会った時に言ってただろう円周? …………全部言わなくても円周になら分かるだろう?」

 

 戦わずに済むならそれが一番。でも、『木原』なんだから仕方がない。バゲージシティで円周が零した言葉が全てで本音なのだろう。『木原』としての自分と自分の望む自分の差異。円周は『木原』の為なら己を殺す事ができる。俺にとっての仕事と同義。だがここで望むのはそれではない。仕事が全てでないように、『木原』もまた全てではない。

 

「寝て起きて望む自分に成れていれば苦労しない。何かが足りないなんて毎日だ。何かに直面した時に、十全じゃないなんて当たり前よ。究極的に俺が完成するまで、円周が完成するまで事態も世界も待ってくれない。これも勉強だ円周。その時までに積み上げたものを吐き出すしかない。戦う為の技術を磨き使うには切り離せない問題だ」

 

 同じ技術者であっても、円周は傭兵ではなく科学者寄り。元々磨いている技術は戦う為の技術ではない。技術にも区分がある。円周が近いのは寧ろ木山先生だ。技術者としては俺と釣鐘が近く、超能力の技術に聡いクロシュと垣根がまた別。俺や木山先生、垣根とも違う技術者として特殊技能という面で浜面と鞠亜が同じ区分か。

 

 戦闘技術を振るうという点で、命の取り合いは必ずある。超能力より、科学技術より、密接に関わっているそれが人の精神を削る。その点俺や釣鐘は一般人よりも大分麻痺してしまっているが、『木原』として動くならまだしも、ただ自分として動く分には些か厳しいのか。紫煙を吐き出しながら首を小さく傾げていると、円周は指先で狙撃銃の側面を撫でながら呟く。

 

「仲間って、よく分からないよ。同じ『木原』なら、必要なら仲間だって背中から撃ち抜くし、囮にだって使うよ。分かるんだ、だって『木原』だから。そうじゃない人達の中で満足に使えない『木原』以外の技術を使うのは……お兄ちゃんにとっての仲間ってなあに?」

「俺にとってか? そうだなぁ、俺自身を絞り出せる相手だな」

「何スかそれ?」

 

 意味が分からないと噛み付いて来る釣鐘に苦い顔を返しながら、煙草を咥えて一呼吸置く。

 

「弾丸を吐くには火薬がいる。俺にとっての仲間はそれに近い。土台となる技術が弾丸を吐く為の銃だとしてだ。弾丸は俺の結晶だ。それを飛ばすのは己の為よ。誰かが居るから俺は俺でいられる」

 

 友人、親友、悪友、宿敵。憧れた者達に並ぶ為、隣り合ってくれる者と共に進む為、そんな自分でありたい。北条の家の隅で燻っていた時よりもマシな自分になりたい。俺はただ蹲っていたなんて人生(物語)を描きたくない。俺が俺である為に、俺でいさせてくれるモノが壊されないように俺は脅威の前に立つ。

 

「ボス達、姐さん兄さん、木山先生、学校の友人や先生、円周、お前達がいるから俺は迷わずに引き金を引いていられる。俺が見たい俺でいさせてくれるお前達こそが仲間だ」

「裏切られても?」

「そうだな……」

 

 それは俺の課題だ。未だに確かな答えはでない。裏切り者には弾丸を。それが暗黙の了解。ただそうだとしても言える事が一つある。

 

「……例え誰が裏切っても、俺は絶対に裏切らない。それだけは約束しよう。円周がここに居ると決めている間は、俺が必ず並んでやる。お前の必死に並んでやるぜ。だから円周、留守を頼めるか?」

「……しょうがないなあ、そこまで言うなら……頼まれてあげてもいいよ?」

「ああ頼む。大丈夫さ、木原印の技術はどうか知らないが、木山印の技術も負けちゃいない。ねえ木山先生?」

「まあ既に実践してくれている子がいるからね、法水君の武器はまだできてはいないが、円周君の為にこんな物を作ってみた。不在金属(シャドウメタル)製の補聴器だ。インカムにもなるが、円周君が波を拾う手助けをしてくれる筈だよ」

「バックアップはクロシュにお任せください。私も『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の一員です。狙撃でもまだ後輩に負ける気はありません、とクロシュはちょっぴり張り合います」

 

 狙撃銃を一丁寄越せと手を伸ばすクロシュに苦笑して、壁に立て掛けてある狙撃銃をまた一つ手に取りクロシュに投げ渡す。妹達の演算能力含めての狙撃技術を考えれば、実際俺の次に狙撃が上手いのはクロシュだろう。唇を尖らせるクロシュにウィンクを返しながら手で謝り、咥えていた煙草を握り潰す。

 

「さあこれで憂いはなくなった。釣鐘、鞠亜、準備はもう済ませているな? なら早速向かうとしようか。時間も惜しい」

「ついに初海外っス! 腕が鳴るっスよ!」

「さて、それじゃあ先生を取り戻しに行くとしようか!」

「取り戻したいのは垣根なんだがまあいい、行くぞ!」

 

 笑顔の少女二人から目を外して身を翻す。俺の前で仲間を掻っ攫ってくれたトール擬きを含めてぶっ飛ばし、時の鐘学園都市支部を全員揃える日がやって来た。壁にある扉の取っ手を勢いよく掴み捻り、蹴破る勢いで押し開ける。

 

「おはよう! 待たせたな! こっちはもう準備バッチリだぞ!」

「って大将の部屋にかよ⁉︎」

 

 浜面の叫びが背後で響くが、だってレイヴィニアさんからは上条も一緒だってメールで来てたし、上条の部屋が合流場所だ。最早一般人と言うよりも上条は魔術師専属の傭兵のような有様な気もするが、ほっといてもバゲージシティに来たように、鞠亜と同じくどうせ行くんなら側に置いていた方が安心できるとレイヴィニアさんも思っているのだろう。壁一枚挟んだ最寄りの合流地点への扉を開ければ、ツンツン頭の友人が大きなベッドの上でのたうち回っている。

 

「待て⁉︎ 待ってインデックス⁉︎ 俺絶対悪くないって⁉︎ これまであったどの誤解よりもエグイ昼ドラ並の誤解だから‼︎ バードウェイ寝ぼけてないでどうにかしてくれ⁉︎ レッサーも手を離してくれ‼︎ インデックス? インデックスさん⁉︎ 布団に潜り込んで来た不法侵入者はこっちであって俺が連れ込んだ訳じゃ────⁉︎」

 

 ……あぁ、そうですか。

 

「……どうやら強烈な目覚ましがいるらしい。狙撃銃を寄越せ。派手に目を覚まさせてやる」

「いやそれ洒落になんねえから⁉︎ おい法水? 何をボルトハンドル引いてんの? それ特殊振動弾じゃないの⁉︎ 上条さんの部屋がお亡くなりになっちまう⁉︎ うぉぉぉぉぉい────ッ⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減、『グレムリン』のやり口が目障りだと考える連中が一堂に会している。イギリス清教、ローマ正教、ロシア成教、それに通常軍事力を有するアメリカ軍だのロシア軍だの、まあ、色々な。時の鐘も間に合ったようでなによりだ」

「ようやく目が覚めたようでなによりだレイヴィニアさん。一応此方のまとめ役はレイヴィニアさんなんだ。あのままじゃあこっちとしても困る」

「………………あの、俺は関係ないよね?」

 

 口の端を引き攣らせながら、炬燵に足を突っ込んでいる禁書目録のお嬢さん、レッサーさん、レイヴィニアさんを見回して俺へと顔を向けた上条は、学生服ではない時の鐘の軍服の深緑を目にするとより大きく口端を落とす。俺の隣に座る釣鐘と鞠亜を交互に見て、炬燵の上の上半身を崩した。『関係ない』なんて言葉がよく出てくる。俺関係ないですよといった顔をしながら一番に飛んでく天邪鬼のどの口が言うのか。

 

「何で意味もなくこの私がこんな狭苦しい部屋までやって来ないといけないんだ……? まさかと思うがあのくだりは近所の幼馴染みが起こしに来たとかそういうのでまとめようとしていたのか馬鹿者め」

「現実を見たいなら俺の部屋に繋がる扉を開けてみるといい。今まさにクロシュや木山先生が世界中と連絡取りながらガチャガチャやっている。さっさと食事を口に突っ込んで頭を動かせ。年末にはまだ早いぞ」

「何で俺が巻き込まれる話になってんのさ!?」

「お前が以前それで不貞腐れたからだろうが……ッッッ!! 世界で一番危険なトコに俺を放り込まないと拗ねちゃうぞと言ったのはどこのどいつだ!?」

「おぉい? 俺は漫才見に来てるんじゃないんだぞ? フロイライン=クロイトゥーネさん助けたり、バゲージシティに突っ込んだり今更〜? どうせ除け者にしたらそれならそれで怒るくせに? この幻想かまってちゃんめッ‼︎」

「いや意味が分からない⁉︎ お前達の脳の翻訳がおかしッ……ちょッ、杖と狙撃銃で突っつくな⁉︎ それはそこに入る大きさじゃ⁉︎ 話なら聞くから冷静になるんだ‼︎」

 

 なんとも日常的な喧しさに力が抜ける。さっきまで隣室でこっちはブリーフィングを終わらせたばかりだと言うのに、肝心の『切り札』とまとめ役がご覧の有様とは。壁際へとアクションスターのように転がり退避する上条に呆れて引き戻した狙撃銃で肩を叩く。

 

「……いや、ていうか、なんか、いきなりとんでもない話になってないか?」

「連合勢力はこうしている今も『グレムリン』の本拠地を全力で捜索している。そいつが発見され次第、総攻撃を仕掛ける手はずになっている。『グレムリン』は個々の戦力は極めて強大だが、一方で世界的勢力と呼ばれるほどの組織的基盤はないと推測されているからな。自らの本拠地を隠し続けている事からも、見つかって総攻撃を受ければ不利になる、と連中も認めているようなもんだ」

「世界を敵に回すという事はこういう事だ。見つかり次第袋叩きの包囲戦。国同士のように広大な大地を埋め合う陣取り合戦とは訳が違う。派手に動いたツケがいよいよ奴らにもやって来たという事だよ。俺だったらさっさと白旗振るね」

「やっぱりとんでもない話になってきた!? ……でも、連中と正面切ってやり合うって事は、魔神とかいうのとまともにかち合うって訳だろ?」

 

 上条の一言に伸ばしていた足を組んで動きを止める。一度その目で見た鞠亜の顔色が悪くなり、一度も会っていない釣鐘は魔神という単語に首を傾げるのみ。バゲージシティで相対した波を掴むのさえ難しい巨大な質量の塊。目下最大の脅威。人ではなく魔神と呼ぶ程に抱えている世界の大きさが異なる。戦略兵器を直接相手取るのと変わらない。もう一度やれと言われたところで、攻略法など未だ考え付かない。気合や根性だけでどうにかなる相手ではない事くらい分かっている。

 

「まあ、相手は底が知れない『グレムリン』と、魔神の域に足を突っ込んだオティヌス。しかも『主神の槍(グングニル)』とかいう極めて面倒臭い霊装を組み上げている最中とも聞く。並の方法で撃破しようとすると相当の労力を必要とするだろう。……だから、手っ取り早く問題解決を狙える裏技をキープしておきたい、という話が出てきた訳だ」

「上条の気持ちも分からなくはないが、核兵器を撃ち合うような事態には誰もなって欲しくはないのさ。敵は倒せました。ただ地球は不毛な星にじゃ元も子もない」

「何もお前をオティヌスの前に放り出すって話じゃない。そんな事すれば即死だろうからな。が、作戦の要所ってものがある。例えば、『槍』が完成するか否かの瀬戸際とかな。そうした場面でお前を投入して、一発で『グレムリン』の関節をへし折ってもらう。長期の戦闘を一から十までこなすんじゃなくて、一発限りの楔として幻想殺し(イマジンブレイカー)を使う。そういう種類の戦いなら生き残れるだろう。その為のプロも雇った訳だしな」

「無敵も不可能もない。その為に策があり技がある。必要な時、必要な場所で、必要な事を必要なだけ絞り出せれば、だが」

「もう戦う事は決定している雰囲気だし!?」

 

 上条に叫びを聞き流し、懐に納められた煙草に手を伸ばしそうになり手を引き戻す。どうあがいても、誰が参加しようがしなかろうが戦いは始まる。それに言うなら、戦いの火蓋はずっと前に切られている。始めたのは『グレムリン』。その誘いに世界がようやく乗っかったに過ぎない。

 

「……やっぱり、どうにかするしかない、ない、のか……」

「他に使える手があれば、魔術の素人を大規模襲撃作戦の要に置いたりしない」

「俺だっていい加減に身の程は弁えているつもりだ。言っておくが、俺は絶対にオティヌスなんかには勝てないぞ。世界が違う。雷神トールにもしっかり負けた。……平たく言えば、まともに勝てた試しがない。そんな野郎に命を預ける覚悟はあるんだろうな?」

「……それを言うなら俺はマリアンさんにも負けている。それでもいいなら俺は立つぞ。問題ない」

 

 オティヌス、トール、マリアン=スリンゲナイヤー。全員に一度ずつ負けた。が、生きている限り絶対の敗北はない。向けられた脅威の壁として立ちはだかってこその傭兵。誰も立てないから立てる者を雇う。その為の戦力として俺達は存在する。負け続ける事にはある程度慣れてはいるが、敵を、脅威を前に負け続けるなど許されない。例え勝てずとも、負けもしない。そうでなければならない。脅威を阻み、幻想殺し(イマジンブレイカー)という名の弾丸が当たるように飛ばす。それが求められている結果だ。上条もやるべき事は分かっているのか、言葉を飲み込むように一度息を吐き出した。

 

「……で、俺はどこまで連れて行かれるんだ?」

「明確な場所は、今、連合勢力が世界中を洗っていると言っただろう。北は北極から南は南極まで、あらゆる可能性を考えた方が良い。正式名称なんて『グレムリン』でもあるかどうか分からない。そもそも名前なんてつける意味があるかも含めて疑問だな」

「変に型に嵌めてしまう事態にもなり兼ねないからだが、全体の意志を統一する為には必要なのさ。じゃないと何処を目指せばいいのかアレだのそれじゃあ分かりづらいだろう? 誰が最初に名付けたか、便宜上の呼び名はある」

 

 世界で最も透明度の高い海と同じ呼び名。世界を覆う暗雲を払う為に名付けられたようなそれは短く、かつて遥か海の向こうを夢見た冒険家達の成れの果て。即ち────

 

 

船の墓場(サルガッソー)

 

 

 俺とレイヴィニアさんの声が重なり合い、一度目配せして肩を竦め合う。どちらにとってもそこが終点。光も届かぬ水底だ。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。