時の鐘   作:生崎

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船の墓場 ③

 水着。それも派手な。レッサーさんは寒中水泳が趣味なのか、それとも魔術の触媒に必要なのか知らないが果てしなく眉尻が下がる。『船の墓場(サルガッソー)』と名付けられた敵の本拠地に行く為に必要なのか知らないが、それなら水着よりも潜水服を準備した方がまだ使いどころがありそうなものだ。わざわざ布面積を減らして防御力を下げる理由が分からない。

 

「ねえ!! アンタの周りにゃ一体どんな時空が展開されてんの!? なんかブラックホールみたいに世界のルールを桃色にねじ曲げる特殊体質でも持ってんのかアンタは!?」

「おーれーにーっ! 言ーわーれーてーもーこーまーるーっっっ!!」

 

 御坂さんに襟首を引っ掴まれてまだ飛行機に乗る前なのに乱気流に巻き込まれたように揺らされている上条をわざわざ視界に入れる事はせず、微妙な空気に巻き込まれぬ為に一人素知らぬ顔で煙草を咥えて逃げようと試みるも、ノールックで咥えた煙草を黒子の手に掻っ攫われて目尻を落とした。俺から煙草を奪い取る黒子の技術が段々達人の領域に踏み込んでいる事はさて置いて、仕方がないのでレッサーさんの主張を聞く。

 

「あ・の・ねー。私達は今、利害の関係でイギリス清教だのローマ正教だのと一時的に共闘していますけど、それだって永遠に仲良しこよしができる訳じゃあありません。さっき瑞西傭兵が似たような事を言っていたでしょう? それは学園都市だけの問題という訳でもありませんし」

 

 お互いがお互いを目の上のたんこぶと思っている。歴史的に見ればまだ浅い学園都市よりも、そういう意味ではイギリス清教やローマ正教達の方が根は深い。魔術師同士勝手知ったるが故に何が邪魔なのかもよく分かっているのだろう。第三次世界大戦を通しても変わらないところは結局変わらない。

 

「連合勢力とやらが総攻撃で『グレムリン』との決着をつけたら、彼らの次の敵は? 協力関係を維持していられる間に、目の上のたんこぶを倒せるだけ倒しておきたいと思うのが人情でしょう。……特に、居場所の分かっている『敵』については、行方を(くら)ましてしまう前に、確実に」

 

 レッサーさんの言葉にレイヴィニアさんは面倒臭そうに舌を打つ。居場所が固定されている学園都市や、雇えれば誰の味方にもなる『時の鐘』とも違い、そういう意味でなら『明け色の陽射し』はその上位に来るだろう。今はまだいいが、対『グレムリン』においてこれまで最も貢献して来た魔術組織であり、尚且つ特定の国に属している訳でもない。第二の『グレムリン』になるとでも不安を抱いた者が動かないとも限らない。もしそんな理不尽な動きになったのなら、俺としては今の所レイヴィニアさんの味方をしたいところだ。この小さなカリスマは嫌いじゃない。

 

「そうだな。どのみち、ほとぼりが冷めるまで『世界の裏側』に身を隠すなら、南国のリゾートも悪い話ではなさそうだ」

「あっ、私の旅行プランですよ! 下手についてきて、変なヘマして追っ手をこっちにまで連れてこないでくださいよ!!」

「てか『新たなる光』はバックに英国がついてるだろう? キャーリサさんにでも匿って貰えばいいじゃないか。それともスイスにでも亡命するか? 喜んで匿ってやるぜ?」

「どっちにお願いしても絶対後で色々頼まれる気しかしませんね! だいたい選択肢が英国製のキラーマシンと瑞西製のキラーマシンとか‼︎ 戦場万歳な貴方達に関わっていたら命がいくつあっても足りやがりませんから‼︎」

 

 そんな俺達を戦闘狂のように。問題に直面した際に『軍事』に対してのカードを多く持っているだけであって、嬉々としてその手を切りまくる訳でもないのに。ある意味で使い所を間違わないだろう事を考えれば最悪キャーリサさんを頼るのも悪くはないと思うのだが。そう考えてしまう辺りがもう駄目なのか。佐天さんあたりと話していると普通の基準が分かりやすいのだが。

 

 なんだかんだと騒ぎながら集団の足が緩やかにショッピングモールの方へと伸びてゆく。俺は今水着など全く欲しくないのだが、連絡が来るまでは暇なのも事実。ただ空港にいるとどうにもハワイでの一件が頭を過ぎり『襲撃』の線を考えてしまう。攻めるつもりでその前に攻められるのが最も不意を突かれる。少しばかり集団から外れて周囲を警戒しながら足を進めていると、大量の店舗の名が書かれた見取り図が待っている。十、百を超えて一〇〇〇種類を超えそうな程。店舗が多過ぎて目的もなければ見取り図を眺めて一日が終わってしまいそうだ。

 

「……そもそも世の中に一〇〇〇種類もお店のジャンルがあるとは思えない……。一体どんだけ内部で骨肉の争いをしているんだ……?」

「まあ競争が技術なんかを進歩させるがな。これだけ種類多いとその中で目立つのは大変だし、凡庸な店から消えていくってなもんで、世界の縮図見てるみたいだよな」

「法水……現実的な話は今はやめよう。なんだか悲しくなってくる」

「あっ、ここ閉店セールだってよ」

「そんなの見つけんな! 何か特別な理由があるかもしれないだろ!」

「なんでもミックスジュース。貴方だけの特別なドリンクを作ってみませんか? 大根に納豆、昆布に蜜柑、組み合わせは自由自在だって」

「んー! 駄目だ、フォローできねえ! これは閉店‼︎」

 

 なんでも尖らせればいいという訳でもない。需要と供給。頭を捻り捻った結果、斜め上の発想を披露したところでシャッターが落ちる事になると。結局人気なのは学園都市ならではの店であって、そういった所を外してしまうと相手にされづらい。時の鐘学園都市支部の運営に関しては見取り図を見るだけでも勉強になる。学園都市の中で戦力を売るとしても、学園都市の住人が分かりやすい指標としてやはり能力者を外す事はできないだろう。そういう意味では垣根が参入してくれて万々歳だ。早く迎えに行ってやらなければ。

 

「刑務所の監房ブロックみたいな見取り図ですね」

「最低限のカメラで施設全域をカバーしようとすると、自然と形が似通うんだろう」

「そうなると死角はこことここと、いや、隠しカメラがある事も考えればこっちかな?」

「こっちじゃないっスか? 通気ダクトにここから侵入できそうっスね。警備ロボットの動きも考えるとこっちからの方が楽そうですけどねー」

「……貴方達会話が襲撃犯みたいになってますわよ?」

 

 自分達の居る場所の把握を最低限考えてしまう最早これは職業病。レッサーさん、レイヴィニアさん、釣鐘と顔を見合わせて肩を竦める。なんというかこういった細かな所で普段の癖が出てしまうというか、住んでいる世界の違いを見せつけられているようだ。仕事前から仕事のような話はしたくないとレッサーさんが少し声を張り上げて案内板をタッチする。

 

「で、どこから回ってみます? 気になるお店の名前とかあります?」

「『布面積五〇%減』」

「別段清楚じゃなかった!? 根本的に紛れるつもりもなさそうだ!!」

「馬鹿者め。遊び倒せばそれでよしの国際リゾートでイモ全開の布の塊なんぞ身に纏ってみろ。照りつける太陽よりも悪目立ちするに決まっているだろう」

「い、いやあ、もう十一月に水着なんて手相のナントカ線を直角に折り曲げるような超展開には抵抗する気力はない上条さんですが、せめて、その、お店のチョイスくらいはまともな方向にするという所で折り合いをつけんかね? ほ、ほら、『トロピカルブライトガール』ていう店なんかいかにも……」

「イモ」

「店員さんに謝ろう!! 俺も一緒に頭を下げると約束するから!!」

「まあ冬に買えばセールで安そうではあるがな。おい見ろ! 軍事用の水着専門店とかありやがるぞ!『今日から魚雷ガール』‼︎」

「だから⁉︎ 俺達別に海兵隊員や海軍じゃないんだけど⁉︎」

「じゃあもうヌーディストビーチにでも行けば水着なんていらんぞ」

「急にテンション下がり過ぎだろ! てか法水お前そういった場所によく行くの?」

「……孫市さん?」

「あれえ? なぜか追い詰められてるんだけど? 別に行った事あるとか言ってないのに? 行ったことあるけど」

「あんのかよ⁉︎」

 

 別に楽しい訳でもない。ヌーディストビーチにどんな夢を見ているのか知らないが、そもそも仕事で行ったのだし、話にならねえ! と頭を抱える上条を横目に、ジトッとした目を送ってくる黒子の顔を逆に見つめる。やましい事などありませんと視線を送るも、『私は分かっている』と理解あるような顔で鞠亜に肩を叩かれるだけで終わった。多分何も理解していない。水着と下着の違いは? などと聞かれたところで、泳げるか泳げないかであって、下着で海に飛び込める事を思えばその差などと微々たるものであるからして、あんな布面積の少ない装備では防御力も期待できないのであれば、そもそもあってもなくても変わらない的な、つまり何が言いたいのか分からなくなってきた。

 

「ハッ!? そうだ、はいはいはいはい!! 上条さんは民主的な多数決を提案したいと思います! 具体的には『布面積五〇%減』と『トロピカルブライトガール』、どちらに行きたいかの‼︎」

「え? 『今日から魚雷ガール』は?」

「そんな今日は来ねえ‼︎ マニアック過ぎるんだよ!」

「照れるなよ少年。……本当は肌色全開な方向へ邁進したいんだけど、自分から堂々と乗っかるのは躊躇われるって事だろう? だったら大義名分を与えてやろうじゃないか。な?」

「一八〇度真逆の心遣いを!?」

「ていうか、何だったら私は今ここで意味もなく脱ぎ始めてもまあ構わないと思っているんですが」

「なんという事でしょう! 本当に意味がないなんて!!」

「おっとそれは流石に悪目立ち過ぎる。やばいよ黒子、痴女がいるよ痴女が、レッサーさんを逮捕した方が世の為だぞ」

「仕方ありませんわね、お姉様が望まれるならわたくしが‼︎」

「望んでないわよ‼︎」

「あっと痴女がこっちにも……てかおい黒子こんなところでくそッ目が離せねえ! 手に汗握る瞬間だぞおい‼︎ カメラを持て‼︎」

「アンタも変態か‼︎ そもそも黒子はアンタが止めなさいよ‼︎」

「これを止める理由が分からない」

「法水さんが残念な感じに……くっ、アレが上司だなんてたまに不意打ちで来るこの感じッ。いい具合にプライドが」

「私はもう慣れたっスねー、だいたい水着なんてスクール水着あればよくないっスか?」

「それはそれでマニアックか‼︎」

 

 上条の叫びを皮切りに、運命を分ける多数決が始まった。まったくもってどうだっていい。上条の説得? によって御坂さんと禁書目録のお嬢さんは仲間に引き込めたようだが、レッサーさん、レイヴィニアさん、黒子が『布面積五〇%減』に手を挙げて三対三。完全に黒子は御坂さん狙いだ。面白そうという理由で釣鐘はレイヴィニアさん側に付き、拮抗した方が面白そうという理由で鞠亜は上条側に。何を俺を残してくれちゃっているのか。この決定権は嬉しくない。

 

「法水、私は分かっている。なんだかんだでお前も男だからな。欲求には素直になるべきだ」

「馬鹿法水それは罠だ! 行けば結局エロしか頭にないんですねみたいな目で見られるに違いないから! ロクでもない未来しかそっちの道には待ってないぞ!」

 

 二手に分かれるという選択肢は存在しないのか、最早どんな水着が欲しいのかよりも多数決に力が入っている始末。続くレイヴィニアさんと上条の演説を聞き流しながら明後日の方へと顔を上げ、黒子に目を落として上条側へと足を寄せる。

 

「法水! 俺は信じてたぞ!」

「要は黒子がどんな水着を着るのかって話だろう? なら俺はこっちで。普通のが見たい」

「そんな理由⁉︎ 結局エロしか頭にねえんじゃねえか‼︎」

「布面積を減らせばエロいなんていうのは安易な発想なんだよ。なら結局全裸が一番エロいんですか? みたいな話になるが、そんな事はないと敢えて言っておこう。そもそも着エロなんてジャンルが存在するのだから」

「ストップ! ストップだ法水‼︎ 青ピみたいになってるぞ! ここにはいないはずの青ピに憑依されてるから! 話せば話すだけお前のイメージダウンにしか繋がらないから‼︎」

「は! そんな今更」

「開き直ってんじゃねえ‼︎」

「アンタと黒子ってそういうとこ本当に似てるわよね……」

「孫市さん⁉︎ 貴方は見たくないんですの? お姉様のエロエロな水着姿を‼︎」

「全く見たくない。俺は黒子のが見たい」

「本当にそういうところがね……アンタはそれだけやってればいいのに」

「俺それじゃあただの変態じゃね?」

 

 自覚はあるのかと言いたげな呆れた顔を御坂さんに送られ、鼻を鳴らし答える。かくして多数決は終わり行き先は決まったはずなのであるが、負けたはずのレイヴィニアさんは余裕の笑みを崩さない。どこからその自信は沸いているのか、勝負はまだ終わっていないと言いたげだ。

 

「はぁん? 勝ったと思うのはまだ早い。お前の提案には一つ、抜け穴があるのを忘れてはいないか」

「……まさか、三毛猫が前脚を挙げたから五対五、みたいな事は言わないだろうな?」

「それ以前の問題だ」

 

 レイヴィニアさんはそう言うと指を鳴らし、スカートのポケットから携帯電話を抜き放ちくるくると回す。

 

「お前は多数決とは言ったが、参加メンバーがどこからどこまでの合計何人かとは言及しなかった! つまり『増援』なんぞ電話一本でいくらでもかき集められる! 英国、いや欧州、いやいや世界有数の魔術結社『明け色の陽射し』の人的ネットワークを舐めるなよ小僧‼︎」

「はァあ!? そ、そんなのが許されるなら俺だって電話を……」

「学校の友人知人にでも頼るのか? それで世界を渡り歩いて根を張り巡らせる『明け色の陽射し』の規模に追い着けるとでも思ったか! 民主主義の多数決とは基本的に数の暴力。そんな土俵で魔術結社のボスに勝負を挑むとは、随分と耄碌(もうろく)したものだなあ、ははははは!!」

「ぐぅっ、それならそれでこっちにも『時の鐘』がいるんだぜ! てな訳で助けて法水‼︎」

「えぇ俺? こんなことに巻き込んだらボスに殺されそうな気しかしないんだが、ただ負けを待つというのも気分が悪い。数の暴力? ならこっちはアニェーゼ部隊にでも協力して貰うとしよう。アンジェレネさんの番号なら知っているしな。『明け色の陽射し』と『時の鐘』の人的ネットワーク勝負といこうか?」

「はっは! 私に勝つ気か瑞西傭兵‼︎ 組織のトップを舐めるなよ‼︎」

 

 携帯を凄い勢いで叩くレイヴィニアさんの高笑いを聞きながら、ライトちゃんの頭を小突いて此方もメールを送信する。お互いに世界を練り歩いているが故に、連絡を取る相手には苦労しない。十数秒も経たない内にレイヴィニアさんの携帯が鳴り、いくつものメール着信を知らせる音が響く。やって来たメールを確認しようと携帯を覗き込んだレイヴィニアさんは震えて固まる。色良い返事が来なかったのか、少しして俺の方にも返信があり、勝利を確信して空間に返って来たメールを映した。

 

 

『FROM・シスター=アンジェレネ

 TO・法水 孫市

 SUB・仕事しろ

 本文 馬鹿じゃねえんですか? ぶち殺しますよ? by アニェーゼ=サンクティス』

 

 

 うん……めっちゃ怒られた。

 

「じゃ、じゃあ多数決をはじめまーす」

 

 なけなしの優しさを使って見なかった事にしてくれた上条が進めてくれる。勝負はついた。俺とレイヴィニアさんの痛み分けで。行き先は『トロピカルブライトガール』だ。

 

「……ていうか、そもそも、その水着専門店に上条さんや法水の出番なんてある訳ないんじゃないんですかね? な、何だったらわたくし達めはここで待機という方向でも……」

「今更ぁ? ノリノリで進行役してたのに? もう喫茶店を選んで探す時間もねえよ」

「連絡があれば即座にお前を超音速旅客機に詰め込んで世界中にぶっ込むための作戦だと言っているだろう愚か者めが! いざという段になって迷子だ何だでバタバタしないようにするためには、常に一塊となって動くのが最適に決まっている!!」

「……ねえ。アンタっていっつもこんなムチャクチャなのに付き合ってきた訳? この圧倒的理不尽に何の疑問も持たなかったの?」

「とうまの大連鎖ハプニングはこんなものでは済まされないんだよ。具体的にはまだここは三連鎖くらい」

 

 積み重ねって大事だねほんと。それがいいものか悪いものかは置いておき、上条の女難の相によって積み上げられたものは崩しようもないらしい。レイヴィニアさんに引き摺られている哀れな上条から一歩下がり、水着店に向かう道すがら並ぶ店達へと目を流す。お土産の店が多くはあるが、学園都市であるだけに電子機器を取り扱っている店も多い。ただ並んだ商品達はどれも学園都市で使われているものよりも幾らか型の落ちたものばかり。手に取る気もなく目を細めていると、隣に並んだ黒子に肩を小突かれた。

 

「外向けですからね。技術流失の危険性も考えれば外に漏れても安心なものに限られてしまいますし。どうかしましたの?」

「……外の協力者に幾らか学園都市の機器を流す約束をしていてな。それは木山先生やクロシュに頼んでいるから、これらより良い物を送っているんだが」

「ちょっと、それは大丈夫ですの? 貴方の事だから相手はちゃんと選んでいるのでしょうけど」

「勿論。聞けばきっと黒子も笑うぞ。浪漫ある技術の話さ。『北条』の件を探って貰ってる相手だ」

「……どういう方なんですの? わたくしの知らない方ですわよね?」

「頼りになる人だよ。俺としてもこの先関係を崩したくないな」

 

 唇の動きを読まれない為に手で隠しながら、黒子の耳元に顔を寄せる。どこかで教えるとしても、釣鐘にはまだ教える時ではない。小さく眉を顰める黒子へと協力者の正体を小声で告げた。

 

「甲賀の忍者だ。名前は近江手裏さん。元釣鐘の上司。黒子には伝えておこう。黒子は投げ技主体だが、打撃を習うなら俺より近江さんに習った方がいいかもな。多分黒子に合ってる。これは黒子の中だけに留めておいてくれ。この先顔を合わせることもあるかもしれない」

「また面倒そうな方を……でも、わたくしに教えるという事はそういう事ですわね?」

 

 俺自身単体で裏で動く分には全く問題はないが、黒子の真価は表でこそ光る眼だ。俺の見えないところも黒子でなら見える部分がある。そうなった時に取り零しがあっては困る。近江さんとは一時的ではない長期の関係であるだけに、伝えるべき相手には伝えておかなければどこかで拗れかねない。黒子に近江さんの事を伝える事は既に近江さんに伝えている。その分近江さんにも黒子のことはバゲージシティの帰りに話しているが、何故か近江さんには疲れた顔をされた。

 

「それで? 『北条』の事は何か?」

「まだだ。と言うか『グレムリン』の件が間近に迫っているだけに此方では追い切れない。その分外の協力者に『グレムリン』はそっちのけで追って貰ってはいるがな。何分『北条』の件は世界の命運なんかとはまるで関係のない事だしな。それを気にしているなんてイギリス清教やローマ正教に知られたところであちらさん達にとっては全く関係のない話だ。風紀委員(ジャッジメント)の方は?」

「それこそ業務が変わる事はないですの。不審者が居れば捕まえはしますけれど、『北条』かどうかなんてそれこそ関係ないのですしね。ただ先程もお姉様が言ったように今学園都市に『穴』があるのでしたら、不法侵入者がいてもおかしくはないでしょうね。風紀委員(ジャッジメント)としてはあまり認めたくはないですけれど、一定以上の者にとっては学園都市のセキュリティはあってないようなもののようですし」

 

 夏から幾度となくあった侵入者騒ぎ。何よりそれを見て来た黒子にも分かっているのだろう。魔術師、時の鐘、それに限らず。今もホイホイと学園都市の中に居たりするレイヴィニアさんとレッサーさんの背中へと黒子は目を流し肩を竦める。学園都市が絶対に安全などというのはまやかしだ。ただ安全を確保し日常を守る為に黒子達が尽力しているおかげで、多くの者にとっては平和が成り立っている。その努力が必要ないなどと誰が言ってもいけないが、それだけの者が尽力しても『穴』はある。それを埋めるのが俺や土御門である訳なのだが。

 

「簡単ではないな。それに侵入者達の中から目当ての者を狙い撃つというのがより一層。どれだけ網を広げても顔さえ分からないが故に特定も難しい」

「孫市さんに来そうな方で心当たりは?」

「あったら言ってる。そもそも十年も前の記憶でアテになるかよ。お互いに自己紹介でもすれば別だろうがな。話せる事があるとすれば『北条』の技の話くらいだ」

「技……ですか」

「『北条』の刃は壁を透ける。受け止める事はできない。どうにも……俺は剣士と相性が悪い。いや、日本なら侍か? 当主に至っては刃どころか体まで透けるって話だ。そう言うとナルシス=ギーガーに近いように聞こえるかもしれないが、アレとはまるで別だ」

 

 技と魔術の違い。確か『北条』の技は『トンネル効果』だかの応用だったか。俺は習う事はなかったが技の練習台にはされたので覚えてはいる。『空降星(エーデルワイス)』といい『北条』といい剣を扱う者にいい知り合いが全然いない。少し考えるように黒子は目を細め、手を緩く握り締めた。

 

「人である以上技が外せないのは分かっていますの。わたくしだって能力だけで戦っている訳ではないのですしね。能力者、魔術師、それに技術者まで。第三次世界大戦を通して感じた事ですけど、わたくしにもまだ足りないものが多い。ここ最近のお姉様を見る限り、ハワイの件でもそうですけれど、お姉様もロシアの件から自ら首を突っ込む事を決めたご様子。……このままではわたくしの危惧している通りになるでしょう。わたくしの知らないところで貴方やお姉様が走って行ってしまう」

 

 「ですから」と一言挟む黒子は強く手を握った。今決めた訳でもないのだろう。ずっと前から、病院で誓った事を違えない為。

 

「能力者として強度(レベル)はそう簡単に上がるものでもありませんし、能力者のわたくしは魔術を使えない。積めるものは能力と技術。空間移動(テレポート)能力の事はわたくしがどうにかする他ないですけれど、孫市さん?」

「……俺の特訓にいつも付き合って貰ってるんだ。俺の技術を教える事は吝かじゃないが、黒子も薄々分かっていると思うが狙撃は別として時の鐘の技術はあまり黒子に合ってはいないだろう。特に格闘技術がな。黒子は空間移動(テレポート)能力をこれまで使っていたおかげか、戦い方がどちらかと言えば俺よりも」

 

 言いながら釣鐘に向けて目を流す。空間移動(テレポート)で相手の隙を誘発し一撃で刺す。忍者の戦い方の方が黒子には近い。黒子もそれが分かっているのか小さく頷く。それを磨く為に必要なものは既にある。

 

「釣鐘に相手して貰えればいいんだが、性格がアレだからな。モノを教えるのには向かないだろう。常盤台には幸い彩鈴がいるし、今は協力関係にあるのだから話してみるといい、近江さんが来た時も頼んでみよう。特訓方法なんかはすぐに聞けるだろうが、実戦とかは実際に会って教えて貰えた方がずっといいしな。だがいいのか? 風紀委員(ジャッジメント)の仕事もあるのに」

「生憎とそんな事でへこたれませんの。わたくしは孫市さんのようにはなれませんしお姉様のようにはなれませんけれど、わたくしはわたくしに積めるものを積んで望むわたくしになってみせますわ。その為の努力を惜しむなどと、それこそ馬鹿でしょう? それとも孫市さんにはわたくしがそんな安い女に見えますの?」

「いいや……それこそありえないさ」

 

 黒子の微笑みの眩しさに目を細める。緩む口元が抑えきれずに口元を撫ぜるが直ってくれず、歩む事をやめない黒子だからこそ、どうしてもその隣を歩いていたい。納めた技術の使い方を間違えず、磨かれた天賦の才能がどこまで行くのか。きっと俺よりも遠くまで行ける。それが嬉しく、羨ましく、どうしようもなく手が伸びる。泳ぐツインテールの毛先に指を這わせれば、俺と黒子の間を割るように釣鐘が首を伸ばして大きく笑った。

 

「なんスか二人とも内緒話っスか? 除け者は悲しいっスね、それに暇ですし」

「出動要請が来れば忙しくなるさ。だからそう目をギラつかせるな。ここで暴れるようなら病院で留守番してて貰うぞ?」

「前の時もそうでしたけど、貴女にはもう少し自重して欲しいですわね。そのすぐに噛み付こうとする癖治した方がいいですわよ?」

「黒子や法水さんが悪いんスよ。だいたい弱い相手に噛み付いたって楽しくないですし、なら何か面白い話でもありません?」

「そうだな、次からお前との組手に黒子も参加するとかか? 楽しみが増えてよかったな」

「えー! 嬉しいっスけどそれなら今やりたいっスね! どうっスか黒子、ここはひとつ」

「我慢するのも修行なのでは? 忍者にあるまじき忍耐不足ですわね。だからその狂犬じみた笑顔を向けないでくださいな」

「うん、まあ水着専門店を前にする会話じゃないね。物騒な話をするなとは言わないが場所くらいは選んではどうかな」

 

 いつのまにか辿り着いてしまっている水着専門店を前に、ほとほと呆れたと言いたげに鞠亜は肩を竦めて見せる。小綺麗に並んだカラフルな水着達の姿は『トロピカルブライトガール』という店の名の通り南国めいた空気を感じる。一足先に到着していた上条はレイヴィニアさんにそのまま引き摺り込まれており、上条が抵抗して身動ぎ騒いでいるだけに逆に目立ってしまっていた。アレならまだ抵抗せずに着いて行けば妹と一緒に買い物に来た兄に見えなくも……いや、見えないな! レイヴィニアさん金髪だし、禁書目録(インデックス)のお嬢さんは銀髪だし、血の繋がりは感じられんな!

 

「うーん、水着なんて特別選んだりしないんスけど、どうせ買うなら絶対に着ないようなのがいいっスね! そうじゃないと買う意味ってなくないっスか?」

「考え方の違いじゃないかな? 私達の場合普段やるべき事があるだけに、遊びや休日には強い特別性を見出してしまうものだし……うん、我ながら話していて思うけど学生のする話じゃないね」

「まったくですの。普段の鬱憤を発散できるようなTHE・開放的☆なもの以外欲しくありませんわね。布の多い窮屈なものなどノーサンキューですの」

 

 仕事のストレスを買い物にぶつけるOLのような会話を繰り広げながら店へと歩いて行く黒子達を見送って店の端に立つ。なんだかんだと歳が近いだけに辿り着いてしまえば忍者だのメイドだの風紀委員(ジャッジメント)だのは関係ないらしい。弓袋を背負い直し店同士を隔てている壁に背を付けていると、水着専門店から黒子達の顔が伸び手招きされてしまう。

 

「何をやっているんですの貴方は。そんないかにも軍人ですと言うような歩く広告塔が店先に立っていては他の方に迷惑でしょう」

「法水さんがそこにいるとここが何のお店か分からなくなっちゃうスよ? マネキンの真似をしようにもそれじゃあ威圧感あり過ぎっス」

「君もたまには羽目を外した方がいいんじゃないかな? 私から見ても君は普段仕事しかしていないように見えるし、男の意見を聞くのも悪くはない」

「……その中で俺はどう羽目を外せばいいんだ? 急に謎のチームワークを発揮するんじゃない。いいか、そういう役目は上条に任せてある」

「ふざけんな法水! お前も早くこのきゃっきゃうふふな疎外感まみれの地獄に来い! ふはははは!」

 

 店の中から響いてくる悲しき男の叫びは聞かなかった事にして、顔を水着専門店から通路に戻す。忙しなく動いているビジネスマン達のほとんどは目もくれず歩いているが、一度視界に入ると気にはなるのか幾人かに目を向けられた。あまり周囲から目を外したくないのだが、肝心のレイヴィニアさんがあの調子。店の中を覗き込めば、水着を手に上条の股間に膝蹴りしている。何やってんの? ストッパー役などあまり上手くもないのだが、仕方がないと頭を掻きながら水着専門店の中へと足を運ぶ。

 

「法水さんこれなんかどうっスか?」

「はっ! 迷彩柄なんて安易なんだよ! 必要なのは機能性とデザインのバランスであって迷彩柄の意味が全くないものを迷彩柄にしたところで意味もないってな!」

「ならこれなんてどうだい?」

「お前黄色好きだな蛍光メイド……てかそれほとんど紐じゃねえの? そこまで布面積減らして着る意味あんの? 自分に自信があるのかただの痴女なのか分からんぞ。てか高え! 布の量と値段が見合ってねえだろ! なんの値段? 技術料? 俺でも作れそうなんだけどこれ!」

「なんだかんだとしっかり羽目を外してるじゃないですの……」

「えー……黒子お前それは……もう全裸で海に行った方が早いんじゃないの? 何でもかんでも布の量を減らせばいいってもんじゃないってこと。過激さや派手さと布の量は比例する訳じゃないっていうか、見たいか見たくないかで言えば当然見たくはある訳なのだが水着で覆い隠す神秘を投げうってまで肌を晒すメリットがあるのかないのか、深海同様謎が多い方が想像力を掻き立てるってなもんであってなぜ地球が青いのか理由は知らずとも誰もが知っているが故の漠然とした事実と幻想の両立こそが果てしない夢を抱かせる的なアレであって、つまり海の底の底に何が眠っているのかなんて誰も知らないって事だ!」

「これは……どう見る?」

「駄目っスね。法水さんは黒子に弱過ぎっス」

 

 うるせえほっとけ。




なんて言うか……平和だなぁ。

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