時の鐘   作:生崎

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船の墓場 ④

 ニューヨークの国際本部ビル。その小会議室の一室に集まっている者達の面子をパパラッチが捉えでもしたら、カメラのシャッターを切る事も忘れて顔を青褪めさせるだろう。

 

 米国(アメリカ)英国(イギリス)、バチカン、露西亞(ロシア)仏国(フランス)瑞西(スイス)

 

 国のトップ、国の頭脳、影の首領、軍事の象徴。誰も彼もが国を背負う支柱。冗談でもなく世界を動かしている者達。その重圧に一般人は耐えられるものではないが、ここに集っている者達は別だ。『グレムリン』という共通の敵を掃討する為に集まっていても、隙を見せれば付け込まれるそんな関係でしかない。

 

 合衆国大統領補佐官、ローズライン=クラックハルトはそんな者達の顔を見回して静かに口を開いた。

 

「つまり、『グレムリン』なる非合法勢力は、七つの海のどこかにある『船の墓場(サルガッソー)』と呼ばれる隠れ家に潜み、『槍』と呼ばれる何かしらの大量破壊兵器の開発を進めている。彼らはその使用を躊躇うつもりはなく、完成と同時に対外交渉抜きでいきなり攻撃を行う危険性が高い、と。……これまでの議論は、このように情報をまとめさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 これまでの話合いを軽くまとめながらも、喋っているローズライン自身混じっている不可解な情報に、周りに気取られないくらい僅かに眉を顰める。

 

 魔術、魔力、術式、霊装、地脈、龍脈、魔神。『黒小人(ドヴェルグ)』に『全体論超能力者』に『主神の槍(グングニル)』。

 

 まるで御伽噺やゲームの中の事を糞真面目に話し合っているような有様だ。魔術に明るいならまだしも、その世界からは一歩遠い位置にいる米国からすれば、ふざけているんじゃないとテーブルに拳でも叩きつける勢いではあるが、合衆国大統領ロベルト=カッツェもローズラインもハワイで実際に魔術絡みの案件に巻き込まれているだけに否定する事もない。

 

 ないが、関わった経験が少な過ぎるが故に全てを鵜呑みにするには現実味がなさ過ぎた。何かはあると分かってはいても、その何かを具体的なものとして差し出された時に、それをそのまま受け取る事はできない。ただ、だからこそ全体のまとめ役としては、一般的な常識を失わずに持っているからこそ相応しいと言えなくもないのだが。

 

「概ね、間違ってはいないな。『グレムリン』の中に投じてある間者からの情報だ。かなり腕が立つ。……正直、我々でも御しきれないほどにな。その上で重要なのは、『船の墓場(サルガッソー)』で行われている『槍』の製造だ。率直に言おう。かなりヤバい。放置しておけば、半日もしない内に完成してしまう。そうなったら……七十億人に勝ち目はないだろうな」

 

 纏められた話を聞き終え、英国王室のトップ、女王エリザードが言葉を付け足す。本人にとってあまり好ましくはないドレスに身を包んでいるのは、流石に各国の重鎮がいる前で気の抜けた姿を見せる事はできないからだ。何が最も問題なのか、腕を組んだ威厳ある女王の話に合衆国大統領ロベルト=カッツェは顎を撫ぜて深く椅子に座り直す。

 

「……良く分からねえんだが、その『槍』ってのは、核兵器みてえなもんをイメージすりゃ良いのか?」

「一発の核兵器で、七十億人を隅々までくまなく殺し尽くせるか? できなければ、それ以上の新兵器とでも解釈しておいてくれ。超新星爆発ミサイルでもブラックホール砲弾でも何でも良いが、ヤツはその夢物語を片っ端から実現できる力を手に入れる事になる」

 

 英国女王エリザードの話に小さく頷き、会話のバトンを受け取るようにロシア成教のトップ、総大主教の少年が続く。見た目は年端もいかぬ少年であるが、その見た目に騙されてはならない。トップに座すという事は、それ相応の何かを持っている。事実少年は厳ついおじさんおばさんに囲まれても顔色一つ変える事はなく、淀みなく言葉を紡ぎ出した。

 

「あまりにも取り扱うものが大きすぎるため、実感が追い着かないかもしれませんが、オティヌスなる者が『魔神』として完成すれば、そこまでの力を個人の裁量で振るわれる世界がやってきます。彼女が気に入った人間は巨万の富を手に入れ、彼女の癇に障った人間はそれだけで虐殺される。……そもそも、『グレムリン』の最終目標がどこにあるのかも分からない状態ですが、何にせよ、個人の思想が世界を覆う時代がやってくるでしょう。そこから少しでも外れれば、それだけで広場に首を晒されるような時代が」

「莫大な力は永遠に残るが、個人の思想はいつまで形を保つか分かったものではない」

 

 そう話を引き継ぐように続けるのは、ローマ正教教皇ペテロ=ヨグディス。第三次世界大戦の最中で代替わりした教皇は、その重さを引き継いだ故か、落ち着き払い淀みは微塵も見受けられない。ローマ正教の総意ではないにしても、世界を混乱させて原因を作ったが故か、誰よりも個の思想に対して警鐘を鳴らす。

 

「最初は理想論の実現から始まるかもしれない。一時的に悪は一掃され、人々のわだかまりは解け、化石資源の残量や環境破壊などの惑星的問題も奇跡のように解決されるかもしれない。……だが、それはいつまで保てる? 五年後、一〇年後、五〇年後、一〇〇年後。どこかで一点でも歯車がズレれば、そこから個人的享楽と大虐殺の時代が永遠に続く可能性も否定できない。教義なき個の精神とは、意志の強弱に拘らずブレやすいようにできているものだ。普通であれば、それは大多数の外的要因によって軌道修正されるようにできているはずなのだがな」

「そして、仮に力持つ者の方針がねじれた場合、誰にも『魔神』を諫める事はできない、と。純真無垢な幼子に世界の決定権を渡した所で、世界が純真無垢に回るとは限らない、という話ですね」

「可能性の話で決め付けたくはないが、危険過ぎる武器がのさばるのは看過できんとな。仮に『グレムリン』の手には渡らなかったとしても、自分なら上手く扱えると傲慢に手を伸ばす者が出ないはずもない。火種になるようなものは燃え盛る前に消すに限る。『魔神』も問題ではあるが、そちらをこそ気に掛けたいところだな」

 

 ローマ教皇にフランスの首脳が続き、スイスの将軍がそれに続く。危険性の話をどこに向けるか。瑞西将軍(ジェネラル)の証である『将軍の赤十字(レッドクロス)』を持つが故に振るわれるだろう兵器にこそ、『瑞西五代目将軍(ジェネラル)』カレン=ハラーは目を向ける。

 

「だから、『手の付けられない赤ん坊』が決定的に肥大する前に、止められる内に止めなくてはならない。どこかで言えの誰かがな。重要なのは『船の墓場(サルガッソー)』の位置だ。猶予は半日とはいえ、未だ『グレムリン』達は『槍』の製造を終わらせていない。つまり、ここが最後のチャンス。『魔神』の力を制御するために使われる、専門の霊装。……作業はとてもデリケートなものになるはず。世界中の力を結集して『船の墓場(サルガッソー)』を叩けば、その震動で『槍』の製造を失敗に追い込む事だって十分に可能だろう」

「……それをどうやって探すっつーんだ? 魔術ってのの詳しい仕組みはどうにも頭に入ってこねえが、ようは、普通の衛星や無人偵察機のカメラには引っかからねえようにできてんだろ? 魔術師……とかいう、人の手だけが頼り。それで、地球の隅々までどう探す。七つの海は、地表の七割を占めるほどに広大だ。地球をぐるっと一周すると何万メートルあると思う? その全てを、たった一二時間でくまなく調べるのは流石に不可能だぜ」

 

 現実的な話。それこそ電子の目は幾らでもあるにはあるが、例えば海の底にまで届く訳もなく、相手は科学に対しても決して暗くはない魔術組織。ハワイでも、バゲージシティでも、科学を相手に魔術で十全に対応している。だがそこを埋めるものこそ魔術。だからこそアメリカ以外魔術に明るい者達が集っている。「手はないことはない」と英国女王エリザードは即答し、目を丸くする合衆国大統領と補佐官に答えを差し出す。

 

「地表の七十%とやらをおよそ千のブロックに切り分け、そのブロック一つにつき五人ずつ魔術師を送り込んでいる。魔術大国イギリスなら人員調達はそう難しい事じゃない。地球全土をくまなく覆い尽くす探査魔術なんていうのは困難を極めるが、限定された領域を調べるありふれた術式でもって、数で覆い尽くすのなら実現は可能だ。これも、『国家的』と呼ばれる規模の強みだな」

 

 単純な人海戦術。それができてしまう。国同士が協力するというのはこういうこと。阻む者がいないのならば、国境は関係なしにどこまでも手が広げられる。そしてその最大手こそがローマ正教。信徒二十億人。訳も分からぬ戦争に加担していた時と違い、全員が同じ方向に動き出した時、これほど大きな人の流れは存在しない。「えげつなさで言ったらローマ正教の方がはるかに上だぞ」と紡がれる英国女王の口から出たローマ正教の情報網を肯定しながらも、ローマ教皇は小さく首を左右に振った。

 

「……いくつか心当たりはあるが、あれらは『神の右席』壊滅後に完全凍結してある。少なくとも、私の目が黒い内は再び世に出る事はない。それが、受け継いだ者としての使命だ」

「つまり、今は限定的に世界を覆う索敵システムを構築済み、と。そう捉えてよろしいのでしょうか?」

 

 ローズラインからの問いにローマ教皇は頷き答える。後ろ暗いものを使わなかったとしても、余りある数の力は嘘ではない。

 

「ああ。……ただ、これもプロの魔術師レベルでの話。『グレムリン』の採算度外視ぶりを見ると、外からの索敵だけで『船の墓場(サルガッソー)』を追い求めても、すり抜けられるリスクはもちろんある」

「だからこその……間者、ですか。特殊な結界で隠匿されているであろう『船の墓場(サルガッソー)』の内側からサインを発し、それを世界各地に散ったイギリス式の魔術師達が感知する。そういう訳ですね?」

 

 確認するロシア成教総大主教の言葉に、僅かにカレンは眉の端を動かした。間者。どのように入り込んだのか定かではないが、学園都市にいる時の鐘から正体不明の何某かに学園都市第二位を連れ去られたとカレンも報告を受けている。それも『グレムリン』関係で。『グレムリン』が連れ去ったのではないなら誰なのか。取り入るには『手土産』を用意するのが最も楽だ。

 

 ただ、疑念はあってもカレンはわざわざ確認は取らない。まず、はぐらかされるのがオチであろうし、もしそうであったとして学園都市の時の鐘に伝えた時にその支部長がどう動くか。『グレムリン』を目の前に、内輪で揉め事を起こす方が馬鹿らしい。学園都市の時の鐘に伝えればただでさえ微妙な関係が崩れかねない。出そうになった舌打ちを飲み込み、トップである責任の気怠さを握り潰すようにカレンは腕を組んで疑念を押し込めた。

 

「通常戦力はアメリカ、ロシア、イギリス、フランスを中心に。魔術についてはイギリス、ローマ、ロシア、フランスが担当する。……ところによっては役割が重複する国もある。調整は必要か?」

「問題ありません」

「そこまでやわな国家構造にした覚えはありませんので」

「スイスはもう今打てる手は打った。あまり戦力にならなくて悪いが、スイスが誇る最高峰の銃弾を一発用意したと明言しておこう」

 

 第三次世界大戦中、何よりも国としてのダメージを負ったのはスイスだ。それも自業自得ではあるのだが、それでも対象を穿つには銃弾一発あれば事足りるとロシア、フランスに続いてカレンは言い切る。群衆に紛れた狙撃手が一人。時に一発の銃弾が世界を変えるように、それだけの能力は有していると自信を崩さないカレンの姿に、英国女王と合衆国大統領は僅かに目を細める。独立して今学園都市で動いている者達こそが本命。銀の弾丸。誰が動いているのか分かっている者達は何も言わずに、魔術側からの了承を得られた事で、エリザードは合衆国大統領に目を向けた。

 

「仮に『船の墓場(サルガッソー)』が発見できたとして、そちらはどこまで火薬庫の中身を取り出せる?」

「ハワイ諸島の一件で、下院じゃ今も報復論で沸騰してる。俺の所で押し留めているが、ヤツらのガスを抜いてやる形で、『船の墓場(サルガッソー)』への攻撃は即時認可できる状況だ。同盟国にある在外基地の四軍は『公式』に動かす事ができるし、公海上、米国領海、EU圏を始めとする同盟国の海域であれば、発射実験と称して弾道ミサイルの運用も可能。流石にNBC兵器は持ち出せないが、バンカークラスターくらいまでなら弾頭部分に積み込めるぞ」

 

 単純な軍事力ならば米国こそが最大である事に変わりはない。バンカークラスターと、イギリス清教やどこぞのツンツン頭、どこぞのタレ目が聞けば顔を苦くさせるだろう単語に、エリザードは眉を顰めた。

 

「そいつは禁止条約がなかったか? 前に、うちの軍オタ娘が金切り声を上げていたような気がするんだが」

「ただし世界最大の所有国は批准していません、ってヤツだ。毎度お馴染みだな。……あとその娘さん今度俺に紹介してくんない? 絶対に話が弾むと思うんだよなー、エリア51巡りとかしたら両手叩いて喜びそう」

「カラダ目当ては部屋の隅で右手に相手でもしてもらえ。だいたいエリア51は前に侵入者騒ぎがあったと思うのだが? まったく警備はどうなっているのか……ごほん、まあただし、通常戦力の難として、中立、または敵対気味の国や地域に面する海域に『船の墓場(サルガッソー)』があると面倒だな。キツネとタヌキの化かし合いなんてしている暇はないぞ」

「その場合は対象国の外交、軍事、貿易、主要産業、民衆感情、それらを徹底的に網羅した『CIAのひみつノート☆』に頼るしかなさそうだ」

 

 何が書かれているのやら、聞いて嬉しがるのは諜報員や国の重鎮ぐらいのもの。バラされた方は堪ったものではなさそうな情報の話にローズラインは頬を引き攣らせ、後で補佐官に怒られたくはないので、ロベルト=カッツェは話を反らす。

 

「ここにいるのは、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、スイス、さらにバチカンのお偉いさん。どこか一つとは仲が悪くても、どこか一つとは密接に結びついているだろう。対象国にとって、ここを折られたら国家が立ち行かなくなるってほど太い柱と密接に……。後は、誰が汚れ役になるかだ。太い柱に亀裂を入れて、無理を通させてもらう。相手がどんな国であってもだ」

「……『一〇〇年の遺恨』にならなければ良いんだが」

「今日世界の滅びが決定するのとどっちが良いかって話だな。正直、答えは出ねえよ」

 

 ローズラインの呻くような言葉に、ロベルト=カッツェは気取らずに迷いなく答えた。そんな心配を掬い取るようにカレンは組んでいた腕を解くとテーブルを指で小突く。僅かな微笑みを言葉に添えて。

 

「なに、戦力では力になれずとも汚れ役は買ってやろう。此方は傭兵国家だ。どこの国に飛び込もうが私達には関係ない。民衆を巻き込む事はしないと確約してくれるのであれば、幾らでもスイス印の傭兵であると太鼓判を押してやる」

「おいおい、そりゃ、あのボーイがまた泣くんじゃないか?」

「私達に気兼ねは必要ない。悪目立ちする事には慣れている。アレが泣き喚こうが知った事か、無垢なる誰かの為になるのであればこそアレも泣いて喜ぶというものだ」

 

 唯一喜ぶ事があるとすれば、敵のいるだろう場が陸地ではなく海上であるという点だ。民間人を巻き込む事はまずないと言える。それでも不評を買えば瑞西将軍(ジェネラル)の右腕が忙しなく動く事になりかねない話に、スイスの将軍(ジェネラル)は誇らしげな顔を浮かべ、それを見たら将軍(ジェネラル)の右腕と思われている男は絶対に泣く。

 

「その上で……問題の『船の墓場(サルガッソー)』、一体どこにあると推測しています?」

「北欧神話と密接に関わっている海域。それでいて、ハワイ諸島での目的が火山性エネルギーの取得にあった所から考えて、そういった大きな海底火山が全く存在しないか、存在しているとしても休眠状態にある海域」

 

 ロシア成教総大主教の問いに、英国女王は条件を並べながらあるべき場所を絞り込む。

 

「当ててやる。北海、またはアイスランド近海だ」

 

 エリザードが答えを叩き出すのと、小会議室の内線用電話が鳴り、ローズラインが受話器を手に取ったのはほぼ同時。答え合わせを待つ時間は必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来たぞ。ようやくの出番だ」

 

 ところ変わって喫茶店。水着の購入に際して最早恒例行事と言いたくなる程に上条に不幸が襲い掛かった訳であるが、そんな事はいつもの光景である為どうでもよろしい。喫茶店を選ぶのにも余計な労力を割いてようやく腰を落ち着けられたと思えば、カップにまだ半分以上もコーヒーが残っているにも関わらずお呼び出しだ。なんとも今日は色々と間が悪い。

 

「場所はどこだって? レイヴィニアさん」

「北海」

「英国の目と鼻の先か。そりゃまたずっとそこにあったのだとしたら、キャーリサさんあたりはお冠だろうな。英国軍事の象徴がお相手とは『グレムリン』も苦労する。で? 旅客機の準備は? もうできているんだろう確か」

「ああ、早速学園都市を立つぞ。先制で叩けたとしてもどれほど保つか分からない。まあ英国達も意地でも保たせるだろうが」

「遅いと怒られるのは勘弁だ。向かうとしようか」

 

 カップに残っていたコーヒーを一口で飲み干し席を立つ。仕事の時間がやって来た。それ以外必要ない事は深く考える必要はない。学園都市は浜面達に任せている。飛び立つ事に憂いはない。携帯を閉じるレイヴィニアさんを横目に狙撃銃の入っている弓袋を肩に背負えば、全員が立ち上がったところでレイヴィニアさんの携帯が再び鳴った。一歩を踏み出す靴音が空港内に響く中、レイヴィニアさんは携帯を耳に押し付けたまま足を止める。動きを止めたまとめ役に後ろ髪を引かれるように振り返れば、レイヴィニアさんの顔から表情が滑り落ちていた。笑えない冗談を聞いたように。

 

「……おい……」

『ですから、第二報があったんです。ヤツらの中に潜り込んだ協力者は敵の罠に気づいて、情報を修正してきた。『グレムリン』の本拠地とされる、本当の『船の墓場(サルガッソー)』の位置は……』

 

 レイヴィニアさんの携帯から漏れ出るマーク=スペースさんの慌てた声を拾う。胸が騒つく。レイヴィニアさんの心の畝りに呼応したように緊張の糸が急激に引っ張られる。なんでもないところであるのなら、レイヴィニアさんはここまで慌てない。それが分かるからこその事態の変容に、急いで頭を追いつかせる為に一定のリズムで呼吸を繰り返し無理矢理に頭を冷やす。

 

『日本。東京湾のほぼ中央です!! ヤツらはもう動いている!!』

「冗談じゃない……冗談じゃないぞ、くそ!! 地脈や龍脈の配置も、歴史的な下地も一切合財関係なかった、だと……? あいつら、『グレムリン』め!! そういった立地条件を解除する事も含めて、世界各地で下準備をしていたという事か!?」

「おいバードウェイ、一体何が……?」

「……釣鐘、鞠亜、備えろ。裏目裏目か……ちくしょうが、いつもの事ではあるがここまで裏目だと笑えないな」

 

 ズズッ!!!! と、空港内の騒音を掻き消すような低い振動が身を襲う。地震ではない。が、振動の強さを手繰り寄せ、その大きさに舌を打ちながら押し寄せた振動の中心地があるであろう方向に目を向ける。

 

「ヤツら、よりにもよって本拠地の『船の墓場(サルガッソー)』を学園都市間近の東京湾に設置していやがった!! 学園都市は、今回の『グレムリン』掃討について公式見解を述べていない。ニューヨークの国際会議にも参加していない! 世界中、ありとあらゆる場所に部隊を派遣する手はずを整えていたはずだが、学園都市の周辺だけは普通の軍事パワーバランスは通用しない。何しろ一都市で世界大戦を起こせたほどだからな! 『グレムリン』はそこを突いてきた!!」

「おい、ちょっと待て……」

「悪い知らせを並べ続けても意味はない。相手の狙いがなんであろうが、幸いにと言っていいかどうかアレだが、これなら此方の移動時間もほとんど考えなくていい。どうせ向かうのは決まっていた事だ。やるべき事は変わらない」

「ちょっと待てってバードウェイ!! 法水‼︎ 東京湾? 『グレムリン』が!? でも、その位置関係はまずい……。東京湾の『グレムリン』と西部の学園都市がまともにかち合う事になっちまったら、主戦場になるのは……っ!!」

 

 わざわざ確認しなくても分かっている。学園都市と東京湾の間に広がるのは東京二三区。学園都市単体でも世界大戦を戦い抜ける戦力と『グレムリン』がかち合えば、間にある東京は火の海だ。なによりも陸地と近過ぎる。世界の軍隊が下手に援護しようものなら流れ弾がどこへ飛んで行くか分からない。

 

「とにかく超音速旅客機だ。職員ゲートを通って電動カートの所まで向かえ!!」

「ここから逃げろっていうのか!? これから流血が起きるのがもう分かっているのに!!」

「それを止められる唯一の手段は、二つの勢力が本格的にぶつかる前に速攻で『グレムリン』を沈める事だけだ! そして現状、『槍』の製造を止められるのはお前の右手しかない! 何としても『船の墓場(サルガッソー)』まで向かえ。パラシュートで途中下車でも何でも良い!! 今後の選択一つでこの国の首都が、いや国の形自体が失われる可能性も考慮して動け!!」

「くそ……」

 

 歯を食い縛って走り出そうとする上条の背中を引っ掴む。何だ‼︎ と言いたげな顔で振り返ると上条の顔を見つめて煙草を咥え、上条が走り出そうとしていた反対方向へと上条を軽く投げ隣に並んだ。

 

「方向が逆だ。一旦落ち着け上条。職員ゲートはあっち。急ぐのと闇雲に焦るのは違う。いいか、やるべき事を今一度思い返せ。こうなってしまえば、戦いが激化する前に最短最速で『船の墓場(サルガッソー)』に突っ込み『槍』の製造を阻止する事。いいな? お前一人で行けという訳じゃない。レイヴィニアさん先に行ってるぞ」

 

 輪から外れて上条を先導するように足を出す。ライターで火を点けようにも上手く煙草に火が点かず、安物の百円ライターと煙草を歩きながらほっぽり捨てる。上条には焦るなと言いはしたが、流石に東京が戦場になるとは思いもしなかった。第三次世界大戦の時は欧州にロシア。アレはアレで気が立ったが、スイスが巻き込まれた時と同じくらいに肌が騒つく。火の海となり崩れ去ったスイスと同じ景色を学園都市でまで見たくはない。

 

「……くそ、空気がピリピリしてきやがったな」

「……不安は一気に伝染するものだ。『何かある』と関係ない者達も察してはいる。不安に駆られて人々が動き出せばそれだけ俺達も動きづらくなる」

 

 自分にも言い聞かせながら兎に角足を出す。早歩きだった足が走る形へと変化していき、職員ゲートに突っ込み間際、後ろから追いかけて来たらしい御坂さんの声が背を叩き、続けて幾つかの足音が聞こえてくる。

 

「ちょっと、ちょっと待ちなさいよアンタ達!! 東京が戦場になる? あのハワイの時みたいに!? 冗談でしょ。何とか言いなさいよ、ねえってば!!」

「俺だって何も知らない!! でもヤバい状況なのは何となく匂いで分かるだろ!!」

「あそこにはママが住んでいるの! 何となくとかじゃ済ませられない!!」

「とうま! 魔術師と集団で戦うっていう時に専門家に頼らないとか一体どういうつもりなんだよ!?」

「私達置いてってどうするんスか? 優秀な斥候がいるんでしょ?」

「側に置くなんて言いながら君から離れて行ってどうする気だい? まったく困ったご主人様だね」

 

 怒ったような呆れたような少女達の姿に面くらい少しの間上条と二人で固まっていると、拾って来たのか、黒子に口に煙草を突っ込まれ火を点けられる。呆れ返って肩を竦める黒子はツインテールを手で払いながら、右腕に嵌っている風紀委員(ジャッジメント)の腕章を引っ張り上げた。

 

「落ち着きまして? 喫煙を見逃すのは特別ですわよ。東京が戦場になるのでしたらわたくし達にも行くべき理由ができてしまいますからね。向かうべき先が戦場なら頼りにしてますわよ傭兵さん」

「……話し合っている時間はないな」

 

 自分が思う以上に俺も慌てていたのか、黒子の笑みに笑みを返し咥えていた煙草を握り潰す。黒子のおかげで少なからず落ち着いた。笑う釣鐘と手を固く握る鞠亜に目を向け、上条と目配せし合う。向かうべき理由ができてしまった者を止める事はできない。

 

「ついて来い! 黙って見ているよりゃマシだろ!!」

 

 上条の叫びを合図とするように職員ゲートを飛び越える。役者は揃った。欠ける事なく。後はもう『船の墓場(サルガッソー)』に向けて突っ込むだけだ。

 

 

 

 

 


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