「おー、爆撃機みたいな旅客機っスね。中に入れば気にならないっスけど、これが時速七〇〇〇キロで飛ぶなんて、いやぁ、うわぁ」
「修学旅行中の学生かお前は。窓にへばりついてないでシートベルトをしろ。緊張感の欠片もねえ、五分で陸を離れるとレイヴィニアさんも言っていただろうが」
職員ゲートを飛び越し走り、電動カートから超音速旅客機に乗り込んだはいいが、楽しげに窓ガラスに頬を寄せて笑みを見せる釣鐘の子供っぽさに気が抜ける。緊張が解れるという意味ではありがたくもあるが、気が緩み過ぎるのも困る。釣鐘の襟首を引っ張り座席に座らせながら、通路を挟んで隣の座席に座る鞠亜へと前を向いたまま目だけを流し、座席の肘置きに頬杖をついた。
「おい、おい鞠亜…………おい、蛍光メイド」
「え? あー、なんだい?」
「お前もシートベルトをしておけよ。いくら俺でも超音速旅客機の離陸時のGを受けては背後に吹っ飛ぶ恐れがあるくらいだ。座席の上で潰れたカエルのようになって振り回されたくはないだろう?」
普段隙なく色々とそつなくこなしている割に俺より釣鐘よりも気の抜けている鞠亜へと言葉を投げながら、鞠亜が覚束ない手で雑にシートベルトを引く音を聞き流しながら座席に立て掛けるように持つ狙撃銃の入った弓袋に手を這わせる。鞠亜の心がここにあらずな理由は分かっている。空港から超音速旅客機に向かう間に段々と普段の柔らかさがなりを潜めてしまったのは、拳銃に弾丸を込めたように、後は引き金を引くだけというような実感を覚えてのことだろう。
「……そう思い詰めるな。お前は一人でもバゲージシティにやって来た。そして一度は辿り着いた筈だ。一度辿り着けたなら二度も三度も変わらない。それに今回は一人でもないんだ」
「そうだね……そうかもしれない。私もそう信じるよ。でもね、少し考えてしまうよ。東京が火の海になるかもしれない。それにまだ先生は関わっている。バゲージシティで命さえかけて何かを成そうとしていたのは分かっている。まあそれは君が撃ち落としてしまった訳だけど」
鼻で笑い肩を竦める鞠亜に肩を竦め返す。学園都市第二位の技術を使っていた学園都市から来た襲撃者。ベルシ先生とどういう関係だったのか詳しくは知らないが、引き金を引いた事に後悔はしない。鞠亜は少し俯くと、小さく鳥肌の立った手の甲を撫ぜる。
「それも終わったはずなのに、なぜまだ先生は『グレムリン』に協力しているのだと思う? 私が会いに行っても邪魔だと言われるかもしれない。先生が自分の意思で力を貸しているのなら、私が会いに行ったところでこれは私の我儘だ。私の想う先生を押し付けているだけなのだとしたら」
「それはないだろ」
頬杖をつきながら即答する。鞠亜の顔が僅かに俺に向いた。別に安心させる為に言っているわけではない。ただ俺が見た事実を口にする。最初バゲージシティで円周に襲撃された時も、満身創痍で雲川鞠亜を見上げていた時も、ベルシ先生の中では穏やかな波が流れていた。そうであればこそ、俺も鞠亜が望む必死を見たくなったのだ。少女の望む一ページを。
レイヴィニアさんや上条、レッサーさんといった者達が忙しなく離陸の為の準備に動いているのを漠然と眺めながら、隣でぶらぶら足を揺らして暇を潰している釣鐘を一瞥し顔を前へと戻す。僅かに瞼を落として思い出すのは少し古い記憶。
「……俺がスイスから学園都市に来てまだ日が浅かった頃の話だ。学園都市にまだ慣れなくて、頼まれた仕事をこなす為に数日掛けて準備した。仕事は当然上手くいったが、入学早々に数日欠席したのを心配して担任が部屋に訪ねて来たよ。ホームシックになったとでも思ったのか知らないが、その時は教師なんてものをよく知らないしわざわざ来る必要もないと素っ気なく追い返そうとしたんだが『教師が生徒に会いに来るのに理由はいらない』と怒られた。同じように『生徒が教師を頼るのに理由はいらない』とな。いい先生だろう? 俺の初めての先生だ。ベルシ先生もきっと同じさ」
小さな体で、俺なんかよりよっぽど強い。俺より煙草を吸う癖に俺が煙草を吸えば怒るし、俺より酒を飲む癖に俺が酒を飲めば怒るが、そういった融通の利かなさも含めて月詠小萌先生にはどうにも頭が上がらない。学園都市が本当に誇るべき強く輝かしい先生。ベルシ先生も同じはずだ。そうでなければ『グレムリン』の中にいて、『魔神』の意に反した動きなどしない。『魔神』はマリアンさんに、俺達を殺せと言っていたが、ベルシ先生は助けてくれた。にしてもわざわざ話に昔話を使うなんて、
「それにベルシ先生にはマリアンさんもついてる訳だし」
「アレは嫌いだよ」
小さく頬を膨らませて怒ったような鞠亜はそっぽを向いた。気持ちは分からなくもないが、マリアンさんもが近くにいる限り、ベルシ先生に最悪はもう訪れないだろう。『グレムリン』であってもその点は安心できそうだ。てか俺の指輪使っておいてさっさと棺桶に足を突っ込むなど許さない。曰く人生の墓場に俺より早く着地しやがって。まあ敢えてそれを俺の口から鞠亜に言う事もないが。
「どんな答えが待っていようがそれはお前の
「うん…………ずっと気になっていたんだけど、君はなんで傭兵になったんだい? なんて言うか、あまり似合わないと思うけど」
「うるせえ、悪いな傭兵っぽくなくて。俺が傭兵になった理由なんて、そりゃきっと鞠亜がメイドになった理由とおんなじさ」
自分の為に。どこまでもただそれだけ。相応しくない似合わない知った事ではない。誰に咎められようが、初めて自分で選び自分で掴んだ。例え神に奪われそうになったとしても手放しはしない。深く椅子に座り込んで身の内で渦巻く熱っぽい息を吐き出せば、隣に座る釣鐘に肘で脇腹を突かれた。
「私が忍者になったのはっスねー」
「聞いてない聞いてない。だいたい聞かなくたって、忍者やめる気ないなら聞く必要もないだろう? お前は俺に似てるから分かるよ」
「おら達似た者同士っスか? まあ普段見てれば分かるっスけど、法水さんも欲しいものを手にできたら死んでもいいタイプでしょ? それこそ命の正しい使い方ってね。『武士道とは死ぬ事と見たり』なんて言葉があっても、おら達武士じゃないっスもんね」
「お互い雇われはしても
「……君達って、とんだ馬鹿野郎だね」
知ってる。似たような台詞は耳が痛くなるくらいには聞いてきた。それでも己の芯は変えることはない。自分の望むものの為、止まらず足を出し続ける。先に待つ輝かしいものを掴む為に。ただそれが苛烈な死である釣鐘と俺ではまた別だ。呆れ返った鞠亜の言葉を笑顔で受け入れる釣鐘を横目に、動き出した超音速旅客機の加速に意識が引き戻された。
動き出せば後はぶち当たるまで止まらない。吐き出された銃弾と同じ。窓から見える国際空港の滑走路があっという間に小さくなってゆく。早送りのように変わりゆく街並みからして、『
────轟ッ!!!!
視界の端で影が横切る。窓の外、赤い糸を束ねた巨大な編みぐるみにも見える
ズルリッ。
バターにナイフを沈ませるように旅客機の胴体は滑り崩れて両断され、輪切りにされてぽっかり空いた胴体から投げ出される。視界の中を走る青い空とコンクリートの森を見つめ、今一度強く舌を打つ。始まりは待ってくれない。もう既に始まっている。飛び去る
薄暗い水底の中で燻っていた意識が目覚める。真っ暗闇の中急に暗幕を上げられたかのように視界が覚束ない。どう意識を停滞させられていたのか、学園都市第二位、垣根帝督は僅かにその瞳を動かし周囲を見回した。なんとなくではあるが置かれた状況は分かっている。ただ強引に連れ去られた。何時間? それとも数日? それとも数年? どれだけの時間を飛び越えたのかは分からないが、鼻を掠める潮風と、体に突き刺さっているケーブルの感覚が徐々に明瞭になる。
「意識があるようだぞ?」
聞こえるのは女の声。聴きなれぬ声に垣根が瞳を動かせば、絵本から取り出した魔女のような女とコートを纏う男の姿が映り込む。『魔神』オティヌスの言葉に男は表情を変える事もなく肩を竦め、何かを言おうと口を開けるも結局は何も言わずに口を閉じる。無理矢理垣根を動かそうとケーブルから送られてくる電気信号を拒絶するように垣根は舌を打ちながらゆっくり身を起こし、瞬きをする事もなく見つめてくる『魔神』の顔を睨みつけながら、繋がれたケーブルを侵食するように白で覆い、砕くように引き千切る。
「……あぁそうかよ」
目の前に立つ女達が誰でここがどこなのか、そんな事は垣根の知った事ではない。無数の船の残骸を積み重ねたようなアンバランスな地面に足を這わせて立ち上がり、垣根は強く舌を打つ。分かる事があるとすれば少女の目。垣根を学園都市第二位と知ってか知らずか、例え知っていたとしても、まるでその他大勢を眺めるような無機質な視線を払うように垣根は背から白い翼を伸ばし広げる。
「ムカつくなお前。ナンパするにしても払う最低限の礼儀もねえらしい。お高くとまってればアレコレこっちから聞いてやるとでも思ってやがるのか? 何よりその目が気に入らねえ。テメェの常識を押し付けられて、はいそうですかと俺がこれを甘受するとでも思ってたのか? 俺を引っ捕らえてどうしたいのか知らねえが、それは────」
「やめておけ、君では彼女に勝てない
六枚の白翼を広げた垣根の言葉が終わらぬ内に、静観していたベルシが静かに口を開いた。ただ事実を言っている。見下す色のない男の言葉に垣根は瞳だけを動かして男を望み、白翼の動きを止めた。
「目的のものさえ手に入れば君を解放すると約束しよう。君の命を必要としている訳ではない。手荒く連れて来たことには謝罪するが、穏便に済むのならそれに越した事はないだろう」
静かに紡がれる男の言葉は、ただ事実を述べている。淡々とした無駄のない言葉の羅列に学園都市の科学者の影をベルシから感じながら、垣根は軽く白翼を羽ばたかせ冷たい潮風を振り払う。ゴゥッ‼︎ と響く風音は優しいものではなく、男のコートをはためかせ、女のとんがり帽子のつばを波打つもベルシもオティヌスも顔色を変える事はなく、動かなさ過ぎる表情筋達に垣根は目を僅かに細めた。
垣根も何度か修羅場をくぐってはきた。だからこそもう分かっている。自分にも勝てない存在が、認めようが認めなかろうが存在する。例えば学園都市第一位。一々口に出す事などあり得ないが、唯一垣根の上に立つ能力者。無限を手にしても届くか難しい領域。そして『ドラゴン』。学園都市第一位と共闘してさえ道端の小石を蹴る程に相手にされなかった規格外の怪物。それを知っているだけに、届かぬものがある事も知っている。だがそれで諦めるかどうかは別の話だ。例えベルシの言う事が本当であったとしても、それを受け入れるかどうかは別。
「誘拐犯の吐く台詞じゃねえな。第一印象ってのは大事なもんだろ? よかったな、お前達第一印象最悪だ。これが合コンだったりするならさっさと席を立ってるとこだぜ。ただそうじゃねえから殴られても文句はねえよなあ? 穏便に? どの口が言いやがる。殴ったがそれはお前の為なんて言うDV野郎かテメェらは。コート着込んだ陰気な男と、魔女のコスプレしてる痴女の言うことなんざ聞く気はねえ」
六枚の白翼が大きく広がり、不埒な輩を三枚におろそうとその先端を震わせる。それでも男も女も顔色を変えず、垣根が翼を振り上げると同時。
────ゴゥンッ!!!!
鐘の音が響く。銃弾はどこから飛んで来る事もなく音だけが。小さく打ち鳴った時の鐘の音に眉尻を上げ、垣根は遠い空へと目を向ける。弾丸を放つ者がどこにいるのか見えはしないが音は聞こえる。今もまたどこかで白銀の槍が火を噴いている。突き出そうとしていた白翼を垣根が止めれば、聞こえてくるのはベルシのため息。顔を戻した垣根の先で困ったように男は口端を少しばかり緩めて左手に嵌められた指輪を軽く指で撫ぜた。嵌めた何かの枷をなぞるように。
「相変わらずだな彼は。戦場を呼ぶという事はこういう事か。
「だからどうした? あんなの居ても居なくても変わらない」
つまらなそうに鼻を鳴らすオティヌスの事は放っておき、知ったような事を言うベルシに垣根は小さく目を向けた。
「…………なんだテメェ、あいつの知り合いか?」
「さてね。知り合いと言っていいかどうか。私の復讐を穿ってくれた相手だ。悪魔は気紛れで困る。必要のない借りを作らされてしまったよ」
眉間にしわを寄せながらも緩めた口元を隠さないベルシと、興味なさげに垣根を見続けるオティヌスの顔を見比べて、垣根は
「暴れるのはお預けか?」
「……うるせえ。俺だって我慢のできねえガキじゃねえ。テメェらをボコるよりも俺にもやる事がある」
それはまだ学園都市に置いてきたままのもの。手にするはずだった『最高』を取り逃がすことの方がありえない。だから待つ。それもまた学んだ事の一つ。勝てないなら勝てるようになるまで待てばいい。どれだけ強大な力があっても、使い所を間違えればそれは使えないガラクタだ。驕りを捨てた第二位の姿にベルシは目を細めるも、オティヌスは気にした様子もなく、それならさっさとしろとベルシに向かって雑にオティヌスは手を振るう。
(『ドラゴン』同様このクソ女の底が見えねえ。協力するフリして多少の時間稼ぎならしてやるがそこまで保つか……ちっ、力任せに場を乱せれば楽なんだが、その常識は一先ず捨ててやる。分からねえが一番厄介だってのはよく知ってるからな)
「ふむ、
「必要ねえ。テメェらは吠え面かく準備でもしてろ」
能ある鷹が爪を隠し、白翼を広げ舞うその時を待つ。
「……無理かッ」
空を舞う
御坂さんは
「黒子は御坂さん達の方へ飛べ! 釣鐘は音を聞け合図は送る! 鞠亜はレイヴィニアさん達とあぁぁぁくそッ! 時間がッ‼︎」
届いているのかどうかも分からないが兎に角言う事を言って一人離れて行く上条へ目を向ける。この作戦でいなくてはならないのは上条だ。なのに一人でどこへ流れて行く。見ればパラシュートが上手く機能しておらず、ぐるぐる回りながら流されていた。黒子に頼もうにも上条には
「上条! 落ち着け! 落ち着いて一旦暴れるのを止めて周囲の確認をってッ! ちょっと待てぇぇぇぇッ⁉︎」
上条の後を追って行ったのにあの野郎クレーンに引っ掛かりやがった! 今ここで不幸力を発揮してどうする! 上条を通り越して下に落ち、かつ勢いがなくなる事もなく、上条の引っ掛かったクレーンの伸びる建設途中の高層ビルに突っ込む。幸いと言っていいかまだガラスの嵌っていないフロアに体を折り畳んで飛び入れば、壁にパラシュートが引っ掛かり気持ち悪い振動に襲われた。体を床に叩きつけられ口から変な吐息が漏れ出る。そのまま千切れたパラシュートの勢いに床を転がるも床に手を這わせて転がる体を止め、必要のなくなったバッグを投げ捨てフロアの端へと走り外に向けて顔を突き出せば、宙を舞っていた翼竜が上条の引っ掛かっていたクレーンを正に引き千切っているところ。
────ガシャリッ!!!!
ボルトハンドルを引いて狙撃銃を構えた先で、
「大丈夫だ受け止め────イッ!!!!」
「がァァァァああああああああああああッ!!!!」
俺と上条の衝突する音はクレーンがアスファルトを叩く音に飲み込まれ、狙撃銃を放り捨て上条を受け止めるもその衝撃に足が床を擦り床に二本の線を引く。殺し切れない分の衝撃は後方に転がって流し、上条と二人大の字に床の上に転がった。リズムの崩れた呼吸を整える為に深く息を吸って息を吐く。骨が軋む。運良く骨は折れていない。
「……っ、生きてるか?」
「……うっ……なんとか」
出だしから最悪だ。戦力は分散。しかも東京の街の真っ只中。身を起こして肩を回し、放り捨てた狙撃銃の元へとヨタヨタ歩く。あの
ライトちゃんの頭を小突いて飛び出すインカムを掴み耳に付けるも、黒子、釣鐘、鞠亜、レイヴィニアさん、誰にも電話が繋がらない。
『……現在、回線が非常に混み合っております。警察・消防など緊急連絡を優先するため、皆様には不要な通話・メールなどの使用を控えていただくようご協力お願いします。ご家族、ご友人への安否連絡には、携帯各社の災害時専用音声伝言板サービスを……』
「……早過ぎだろクソッ」
回線のパンク。学園都市内ならこんな事もないだろうに、ただ回線がパンクするような状況という事は、それだけ多くの者が急激に携帯端末を使用しているという事。学園都市を出てからそれほど時間が経っていないのにだ。いくら『グレムリン』が攻めて来たにしても早過ぎる。魔術を前に一般市民がそれほど素早く一斉に連絡網を使うか? 大型の災害のようなものではあろうが、それは誰もがこれは災害だと分かっているからこそ。そうでないのなら、この一連の動きも魔術の可能性が高い。上条に目を向ければ携帯片手に同じような状況らしく、フロアの端に歩み寄って街を眺める。瞳に写り込む景色に舌を鳴らし、背後から歩み寄って来る上条の足音を聞いてコンクリートの柱を背に取り出した煙草を咥えた。
「法水! ダメだ! 連絡が取れない!」
「……みたいだな。それよりも見ろよ上条、これじゃあ連合軍の援護も無理だろう。一手で場を掌握された。とんでもない有効打だ。あまりに有効打過ぎて反吐が出る」
顔をビルの外に向けて眼下を見つめる俺の横に、たどたどしい足取りで恐る恐る上条が並ぶ。落ちるのが怖いというよりも、眼に映る景色を見たくないといった感じだ。そしてそれは正しい。
道路や広場を埋め尽くす人、人、人、人。
車道だろうが関係なく、東京の路地という路地が人で埋め尽くされている。一定のスペースがところどころありはするが、まるで一つの生命体のように動く群衆に塗り潰されてすぐに隙間は見えなくなる。落ちたクレーンの下敷きに誰もなってないのが寧ろ不思議だ。
「……『グレムリン』の魔術?」
「さてな、人が多過ぎて波がごちゃまぜ過ぎだ。判断が難しいが何かはあるだろう。
「フランスであった『C文書』みたいなもんなのか? でもそれにしちゃ動きにまとまりがないように見えるし、方向性みたいなものを漠然と揃えてるだけ? 法水はどう思う?」
「さてね、魔術で流れを操っているのか、それとも最低限魔術を支えにしているだけで副産物的に流れを操っているのか定かではない。民間伝承なんかは俺も詳しいが、もっと根の深い魔術の話になるとさっぱりだ。レイヴィニアさんや
「にしてもこんな……こんな暴動みたいな中で『グレムリン』と学園都市がぶつかっちまったら……っ、それに連合軍も動いてるんだろ? こんな中に爆弾一つでも落ちでもしたらッ!」
その為の人質であり、わざわざ東京湾に『
「それにしたって好き勝手やられ過ぎだな。日本にも独自の魔術的、いや、呪術的と言うべきか? 専門機関があるはずだが、多様性に富み過ぎている弊害か、自由意志を尊重し過ぎているのか機能しているのを見た事がない。日本の中に学園都市の存在を許容しているだけに動けないというのが本命の理由だとは思うが」
「呪術的専門機関? そんなの日本にあるのか?」
「日本にも『帝』がいるだろう。宮内庁と呼ばれる特殊な機関を公に置くほどだぞ? とは言え英国のように王族が政治に関わっている訳でもないし、そこまで目立たないが、魔術的に見てもこれほど歴史の古い王家は珍しい。土御門だって陰陽師だしな。本来はそっちからの出なんじゃないか? 第三次世界大戦の時も、学園都市を中心としたゴタゴタも静観していたようだが、いざ巻き込まれても静観とは。ある意味一番不気味だな」
しかし、
動かないなら考えても仕方がない。舌を打ちながら取り敢えず日本の魔術機関の事は一旦置いておく。
「なんにせよ、誰と連絡が取れなかろうと行き先だけは決まってるんだ。なら向かえばどこかでレイヴィニアさん達とも会えるだろうよ。学園都市が動いても、連合軍が動いても、日本が動いても、これじゃあ民間人への被害が甚大過ぎる。ただでさえこの感じだと経済にはもう傷が付きそうな勢いだ」
「学園都市に戻ってる時間なんてないしな。『槍』の製造をくい止めて全ての元凶を叩く以外に選択肢はないか……でもこれじゃあ道路は通れそうにねえし……」
上条と目配せして小さく頷く。残された道があるとすれば地下鉄。表にこれだけ人が溢れているのは、連合軍への見せ札だ。地下に篭っていては意味がない。であれば地下は地上よりもずっと人が少ないはずだ。それに東京の地下網は広く細やか。目的地の近くまで地下道だけで近付ける。
「なら後は、先導してくれる猟犬を呼ぶとしよう。釣鐘! もう居たりする?」
居なかったら居なかったで空に向けて引き金でも引けばいいだけだ。忍者なだけに単純に釣鐘は耳がいい。レイヴィニアさんや黒子にも銃声は届くだろうが、ビル達に反響する銃声から俺と上条の位置を割り出せるかまでは怪しいが、釣鐘ならやって来れる。ボルトハンドルを引き銃弾を吐き出してゴム弾を狙撃銃に押し込みながら周囲を見回せば、撃つ必要もなくコンクリートの柱の影から忍者がひょっこり顔を出した。
「呼んだっスか?」
「マジで居たのか、速いな」
「あれだけ大きな音を立てられれば気になるっスからね」
隣に歩いて来た釣鐘はすっかり人波に飲まれているクレーンの残骸に目を落とし、腰に付けられた短刀を引き抜く。笑う釣鐘に頷けば影に溶け込むように姿を消し、撃とうと思っていたゴム弾を取り出し代わりに銃弾を狙撃銃に押し込む。
「安全な道は釣鐘が見つける。行くぞ上条。俺達がお前を『
「……忍者ってマジでいるんだな。極東の神秘だ……」
「お前も日本人だろうが……極東の神秘ね、あんまり会いたくないなぁ」
忍者以外の極東の神秘。密教系の魔術師が『学舎の園』に侵入したという土御門の嘘を信じてしまったのも、極東の神秘の不気味さ故だ。日本を掻き乱して何が出てくるのか、『グレムリン』を気にしなければならないのに不確定な要素がチラつき鬱陶しい。まあ何が立ち塞がってもやるべき事に違いはない。狙撃銃を肩に背負い、携帯をポケットに戻す上条と隣り合う。向かうべき場所さえ決まっていれば、上条と歩くのは気楽でいい。迷いなく上条と同じ方向へ足を一歩差し伸ばした。
「行くか法水」
「ああ、行こうか上条」