走り去って行く蛍光灯の光達を見送りながら、肘で上条の背を押し、車両前方に立つフレイヤの前へと押し出す。
前門の虎、後門の狼。
挟まれ場所はトンネルの中。逃げ場はない。俺達の動きを想定していた事を思えばこそ、最優先で確実に潰せる手を打って来たという事か。それにしたって『北条』か。『グレムリン』とどういう関係なのか分からないが、敵である事に変わりはない。肘で押し出した上条と軽く背を合わせながら、胸元の
「……背後は気にするな上条。前だけ見てろ。代わりに魔術師を頼む」
「分かった……だけどあいつ……大丈夫なのか?」
「……心配ない。……『北条』が『グレムリン』と組んでるとは驚きだな!
「あらあら、お兄様口がお悪くなりましたね。分かっておられるでしょうに。お父様なら欲しがるかもしれませんけれど、『北条』にとっては『槍』などどうでもよろしい。必要なのはその殿方。正確にはその右手。幻想を砕く右手なんて素敵ですよね? その右手があれば当主様を永遠に追放できるかもしれませんから。お兄様も『北条』の人間なのでしたら、ご協力くださいません?」
釣れれば
「『北条』の人間てなに? 俺スイス人ですけど何か?」
「あらあらあら、交渉決裂? 随分手グセの悪い方をお連れしていますね。その動き……忍びの方ですか?」
「よく分かるっスねー、貴女もこっち界隈の人? あっはっは! …………法水さん、場所が悪いっス」
「分かっている。釣鐘、『北条』の刃は受けようとするな。避けろ。魔術師の方は基本上条に任せていい。下手に混ざると動きがズレるぞ。お互いな」
北条八重に語り掛け、笑みを消した釣鐘の小声の進言に頷き、俺も小声で釘を刺す。全長一〇〇メートルもない列車の上。横の動きが大きく取れず、前後の動きしか幅のない中での挟撃。
それも片や魔術師で片や剣士。
間合いで見た時一番厄介なのは『北条』だ。上条が徒手の達人なら別だがそうではなく、釣鐘の最も優れている点はスピードであり、視界に映り、それも場を広く使えないとなると、近接では北条八重と釣鐘の地力差で決まる。北条八重の底が見えぬ今、安易に釣鐘に突っ込めとも言えない。わざわざ『北条』が送って来たのなら、それこそ弱くはない筈だ。
魔術師は上条なら一撃で魔術を相殺できるが、俺達には無理。上条に魔術師を、俺達は剣士を。この相手を交換した途端、単純な力で追い込まれる事請け合いだ。場のアドバンテージは相手にある。誘い込まれたというなら当然の事だが。後手後手後手後手…………偶には有利に事を運びたいぞ。
にしても『北条』も当主を永遠に追放するとは訳の分からない事を言う。『
「……最初お前上条の足を狙いやがったな? 殺す気はないか」
「死んで能力が消えでもしたらやって来た意味ないですし、お話をして断られるのも面倒じゃないですか。でしたらさっさと引き摺って行った方が楽でしょう? 『
「あぁ……そう言う」
一級の武人集団が己が為に何かを探している。その情報を提供する代わりに『北条』の戦力を借りているのか。それとも理由のある『北条』がただ『グレムリン』の邪魔となる上条の力尽くでの引き取りを了承しただけか。どう繋がっているのかは分からないが、兎に角上条が『北条』に目を付けられたと。まるで魔術師に狙われる
「一族の為に世界を敵に回す『グレムリン』に与するか。他に『北条』は誰かいるのか? そうじゃなきゃあお前は蜥蜴の尻尾だな」
「蜥蜴の尻尾? 『北条』でそれ以下だったお兄様が言いますかそれ? 身長もお伸びになって、そんな銃などを公に振り回すようになって気も大きくなられたのですか? お顔もあの女に似てきてしまって……、知ってますぅ? 前にあの女、お兄様がトルコに送られた後のこのこ本家にやって来たんですよ。お兄様がいないと知った時の顔、お兄様にも見ていただきたかったなって」
「……Ferme ta bouche」
「はい? なんですか?」
「分からないならいい。俺の事も『グレムリン』にでも聞いたのか知らないが、ならいいんだろう? 分かってそこに立っているんだろう? 『北条』の目的も、『グレムリン』の目的も、なんであろうが全部轢き潰せばいいだけだ」
連結を終えた
「おいで、ブリーシガメン。コスト1・ブラック・コール//スバジルファリ」
フレイヤが宙に石のようなものを放ったと同時。それに魔力の波が渦巻き、糸のようなものが馬のようなものを形作る。
背後は上条に任せると言った。上条は一般人。故にどうしても気にしてしまうが、正直上条は一般人からはズレている。レイヴィニアさんに焚き付けられようが、ここに上条がいる事を上条自身決めたのだから、俺も俺をブラさない。
ブラしてはならない。
ゆらりゆらゆら腕を揺らし身を落とす北条八重の姿は剣士と言うよりも獣に近い。巨馬が上条に突撃する為に足を踏み込むと同時。身を滑らせるように北条八重も前へと出た。
突きの形に構えられた刃。受けては駄目だ。だが大きく避ければ上条の所まで抜かれる。
「……ッ、お兄様!」
「貰ったっス」
「バカ‼︎ 釣鐘受けるなッ!!!!」
俺の横から飛び出し短刀を握る釣鐘を迎撃するように両手で刀を握る北条八重。慌てて手を釣鐘に伸ばすその先で、振り落とされる北条八重の一撃と、受け流し斬り込もうと振られる釣鐘の短刀の一撃がカチ合った。
────ズルリッ。
硬い音はならず、刃同士火花も散らない。ぶつかったように見えたと同時、北条八重の刃が釣鐘の短刀を擦り抜ける。
「づぐ────ッ‼︎ ズアァッ‼︎」
僅かに指先で釣鐘の服の端を摘み引っ張る。縦に走った銀線を追って朱い水滴が散った。釣鐘の肩を掠めて落とされた北条の刃はそのまま列車の天井を縦に裂き、それを易々と北条八重は引き抜き構える。ヨタヨタと数歩足を下げる釣鐘を受け止め前に出ながら、釣鐘の肩へと目を落とした。傷はそう深くないように見えるが。
「受けるなと言っただろう。骨は? 筋は平気か?」
「……傷は浅いっスよ。ただなんなんすかアレ?」
「北条が千年掛けて磨いた技だ。トンネル効果の応用だか、ボールを壁に投げ続ければ、壁を擦り抜ける事がある。その透ける一回を再現する為に磨かれた技。鎧通しの凄い版だとでも思っておけ」
「まるで壁抜けの術っスね、近江様が居たら手を叩いて喜びそうっすけど……んひひ、参るっスねほんと」
北条の刃が通過しても別に斬り離されてはいない短刀に目を落とし、肩から垂れる血を拭い舐め取りながら釣鐘は小さく笑う。まったく参っているようには見えない戦闘狂が無事ならそれでいい。あまり抱えていたくもないので釣鐘の背を軽く押し出す。北条の剣士。放っておける程弱くはないが、ただ分かった事がある。今の一撃で理解できた。
「……釣鐘、次で終わらせる。機を読めよ。下手に突っ込むな」
「あらあら? お兄様? なんですかそれ? 勝利宣言とか……へー、そういう事しちゃうんですか? お兄様が? あのお兄様が? 私様じゃなくそんな女を庇って? ふーん」
「事実を口にしただけだ。どうにも剣士の知り合いは多くてね」
カレン=ハラー。ナルシス=ギーガー。『
「お前……帰れ。お前が『北条』でどの位置にいるのかは知らないが、お前に負ける俺ではないし、お前より強い奴はまだまだいる。列車の上のような狭い場所でさえなければ、もう『北条』の技を知った釣鐘にも勝てないだろうさ。帰ってあのクソ野郎に泣き付け。お前の話ならアレも聞くだろ」
「…………帰れと言われて帰るとお思いですか? まさかまさか。お兄様は変わられましたね。見た目だけではなく、優しくなくなりました。今のお兄様嫌い」
「そりゃどうも。帰る気がないなら別にいいけど」
背後で生まれては弾ける魔力の波を感じながら、
どちらにしても、今この場での勝利条件は、俺達が北条八重を倒すか、上条がフレイヤを倒すかだ。挟撃の形さえ崩す事が出来れば戦況は大きく傾く。北条八重もただ勝利を目指すのなら上条を狙う事に集中すればいい。それを此方も容易にさせる気はないが、それにしても北条八重の意識は俺に向いている。そもそもそれが間違いだ。上条の方が拮抗しているのなら、俺と釣鐘が北条八重を撃破した方が早い。
「釣鐘、俺が先に出る。タイミングをズラして突っ込め。刃の動きに注意しろ。この場で二対一という今俺達の持つ数少ないアドバンテージを存分に使う」
「ッ、私様に聞こえるように作戦会議ですか? 余裕ですわねお兄様! そんな体でおくたばりになられても後悔なさいますよ? お兄様の癖に!」
「寧ろ本気で潰しに行くという宣言だ。お前にバレても問題ない。だいたい俺の癖にって何だ? お前は俺の何を知ってる? 知ったような事を言いやがって」
「知ってますもの。お兄様塩むすびとかがお好きでしょう? 私様はちゃんと知ってますもの。覚えてますもの」
「いや、黒パンとかの方が好きだけど?」
「…………貴方様誰です?」
「何なのお前」
会話が噛み合わない。どうにも気が抜けそうになるこれは心理攻撃の一種なのか何なのか。喋りたがりらしい北条八重の相手をしていては、『槍』が完成するまで、いつ切れるかも分からない時間だけが減っていく。ムッとしたような顔で糸のように細い目を吊り上げて刀を強く握る剣士の姿に目を細め、背負う狙撃銃を背負い直し、緩く
呼吸を整えて一歩を踏む。息を吸って息を吐く。北条八重の波に合わせづらいなら、合わせるのは寧ろ足で踏んでいる列車。列車が揺れるにも細長い車両。列車前方が揺れ、足元が揺れるまでにはタイムラグがある。わざわざ勝利宣言をしたおかげで北条八重は慎重になったのか構えたまま動かず、煽ったおかげで上条にも目を向けない。突っ込むタイミングは……列車が大きく揺れたと同時。
牽制の意味でにじり寄りながら、列車と呼吸を合わせる。ガタガタと足から伝わる振動を平すように足を滑らせ、列車が揺れる。それを合図に腰を落とし、列車の揺れを更に強い揺れが塗り潰す。上条が相手取る魔力の塊である何かが、上条の右腕に押し倒されるように列車から転がり落ち車体を押して列車を揺らす。伝わる大きな畝りに足を取られて固まった北条八重を見つめ、踏みしめていた足を大きな畝りに乗せるように滑らせる。
大きな揺れの中でなら、小さな揺れは寧ろ関係ない。列車の上を削るように足を滑らせ
「なんで振り向きもせずに背後の状況をッ⁉︎ お兄様は背中に目でもッ⁉︎」
「此方の情報が全部筒抜けな訳じゃないのか。体の底に三つ目の瞳があるだけだ」
「ッ、まだです! まだ私様はッ!」
「遅いっスよ」
体勢を戻そうと後方に仰け反った体を前に起こす北条八重に少し遅れてついてくる右腕の肘を釣鐘の足が蹴り上げた。手放され列車の後方に投げ出されて消えて行く刀を目で追うように北条八重の体がくるりと一回転し、再び正面に戻って来た北条八重の首を左手で鷲掴み軽く持ち上げる。膂力に差があるのなら、力任せに抑え込んだ方が楽でいい。気道さえ押さえてしまえばろくに力も絞り出せない。右手に握る
「お、兄様ッ、実の妹を、お殴りになるのですか?」
「……馬鹿やってる奴は妹だろうが関係ない。だからなぐ────あっ」
電車が今一度大きく揺れ、掴んでいた北条八重が手から滑り落ち
「法水さん……わざとっスか?」
「んなわけないだろ手が滑った。車上でのバランスの取り方のコツ、折角学校にいるしクリスさんに習い直すか」
「まあそういう事にしてあげてもいいっスけど、それよりアレが妹? 本当に? 全然似てないっスね」
「ほっとけ、それよりこれで戦況の秤は傾いた」
なんにしても後門の狼は去った。間合いという意味でも広がった。
「王手だ魔術師‼︎ …………王手だよね? …………ひょっとして王手じゃない?」
「……なんすかアレ。『北条』と言い法水さん達の相手って……魔術師っていったい」
フレイヤの前に立つ上条が僅かに後ろに足を下げる。異能に対して一撃決殺。魔力で怪物を生み出すらしいフレイヤと上条の相性は、背後で漠然とした戦況を拾い込んでいるだけでも悪くない事は分かっていた。上条と魔術師の相性は悪くない。故に『北条』さえ撃破できれば勝負は決まると思っていたのだが。
トンネルを埋め尽くす程の巨大な猪が立っている。先程までそんな気配を感じる事もなかったのに、この短い間にどうなるとそこまで膨れ上がる? 魔術の波の総量が変わっていないだけに気付かなかったのか、波の世界の難点の一つか。集中しなければ見えてこない部分も把握しているのが自分だけなだけにどうしても出てくる。北条八重が『北条』の中で上から数えた方が早かったとしても一流ではないとすれば、フレイヤはおそらく一流の魔術師だ。急ぎ弾丸を装填し引き金を引く。
────ゴゥンッ!!!!
ペシッ。
気の抜けた音だった。反響する鐘の音と比べて、強靭な束ねた繊維に弾かれたかのような軽い音を上げて猪に当たった銃弾はトンネルの壁へと向かいめり込む。そのデタラメな光景に上条の足が止まり、釣鐘も口端を痙攣らせる。
「あはは!! なによそれは喇叭吹き? ペシって! 思いの外『北条』は役にたたなかったみたいだけど話になんない。何しろこのあたし、豊穣神フレイヤが生み出した自慢の『仔』なんだしね。コスト5まで膨らんじゃったら、もう精神論が通じるような甘い世界の話じゃなくなるわ」
くそッ、ただの銃弾じゃほとんど効果がねえッ‼︎ 特殊振動弾を狙撃銃に突っ込む為にポケットへと手を伸ばすが、特殊振動弾をこんな閉所でただ撃っては自滅する。かといって炸裂弾や冷凍弾も効果があるようには見えない。デカイは強いと言うべきか、フレイヤの姿さえ背に隠し立つ巨大な猪を止められそうな手立てがほとんどない。ボルトハンドルを引いて残りの銃弾を吐き出そうと動く手が止まる。どうする?
「『仔』……?」
僅かに焦りが顔を覗かせ出す中、フレイヤの言葉が気に掛かったのか上条が呟いた。わざわざそれをフレイヤがバラすとも思えなかったが、勝利を確信したからか、笑いながらフレイヤは話を続ける。考える時間ができたなら、その間に頭を回す!
「だよ。あたしは別にこの『仔』達をどこか別の場所から呼び出している訳じゃない。この手で即興で作っているの。ま、自分の魔力を一度子宮に誘導して各種の『萌芽の方向性』を与えた上でブリーシンガメンっていう宝石にぶち込む事で、同じ宝石を核にしながらも全く違うデザインを実現しているんだけどね☆」
フレイヤの言葉に絹の擦れるような音が続いた。回そうとしていた思考が乱れる。北条八重に集中していた時と違いすぎてフレイヤに集中してしまったからこそ、空に伝わる波がフレイヤの動きまで捉えてしまう。それ故に……、どうにも心の底が渦を巻く。
己の膨らんだ腹部を摩るフレイヤの手の動きに掻き混ぜられるかのように。
「でも、それを言ったらこの『子』もそうなのかしら。あはは! そもそもあたしには魔術を取り扱うセンスが絶望的になくってね。仕方がないからこの『子』の頭と体に肩代わりさせる形で魔術を使っているって訳」
「……テ、メェ」
「もう丸々二年も閉じ込めてるし、この中って一体どうなってるのか、実はあたしも良く分かってないんだよねえ。あはは、なんていうのかな。そういえばー? 冷蔵庫の奥の方にずーっと残り物突っ込んでなかったっけえ、あれもうどうなっちゃったのかな確かめるの怖いなーっていうか???」
「あのクソ野郎と同じか? 我が子さえも蒐集品か? これだから────ッ、クソッ‼︎」
「法水さん?」
「なんでもないッ!!!!」
思考が一気に吹き飛び、心の奥底で抱えきれなくなったモノが言葉として外に漏れ出てしまう。押し殺し小声として出た筈のそれを、釣鐘に拾われてしまいバツ悪く舌を強く打った。心の底で蠢きだす本能の影を止められない。なにも羨む必要はないと大口を開けて呑み込もうと穴のように波紋を吸い込み出すそれに対してのブレーキは理性だけ。今お前は必要ないとなんとか理性の檻に押し込めようと深く息を吐き出すが、拾ってしまうフレイヤの世界の波紋の形に眉間に皺を刻んでしまう。
波は二つ。ただそれが歪だ。波の強弱関係がおかしい。
「人の命を……何だと思ってやがるんだ!!」
「考えてどうするの、かな?」
上条が叫び、フレイヤが答える。それに合わせて空間が震える。壁のように佇む猪が前に足を出す。それだけで、密閉された空間が押し出されたかのようにぶち当たり体が浮く。上条も釣鐘もそれは同じ。過ぎ去ろうとする列車の天井に慌てて狙撃銃を力を振り絞り突き立てる。
「釣鐘ッ!!!!」
「うわぁっとッ⁉︎」
列車から投げ出された釣鐘が短刀を投げた。それを掴みなんとか手繰り寄せようと腕を動かすが、猪が前に出るだけで体が押される。列車から飛び出し紐一本で宙を泳いでいる釣鐘をどうする事もできず、列車から俺が引き剥がされないようにするだけで精一杯だ。しかも同じように俺達に向けて宙に浮き上がっている上条を受け止めるだけの余裕もない。列車の天井を蹴り抜こうにも、鋼鉄の天井。足で突き破れるか怪しく、足を突き立てられても上条を受け止めれば最悪足が千切れかねない。
取れる選択肢がどんどん悪いものしかなくなっていく。上条を受け止め足が千切れずとも結局は猪の餌食。万事休す。空間に押されて背後に滑る上条と突撃してくる猪を視界に収め、滲む冷や汗を振り払うように足を振り上げる。こうなったら兎に角上条を受け止める。足が千切れようが、そうなれば最悪サイボーグのお世話になる!
「法水ッ‼︎ 行くぞ‼︎」
「ハァッ⁉︎ 行くってなに……ッ」
足を突き落とそうとする前に、前方にいた上条が寧ろ俺に向けて突っ込んで来た。学生服のボタンを外し、はためかせて滑空するように飛んで来た上条が俺の肩を掴む。引っ張る上条に狙撃銃も引き抜けてしまい、車両最後尾まで体が滑った。
「掴まれッ‼︎」
「掴ま……あぁ、脅威には立ち向かうべしってな仕事の弊害だな。よしきた‼︎」
「いやちょっと⁉︎ なにもきてないっス‼︎ 待って待って⁉︎」
列車の横へと転がるように動き、短刀を手放し、捻る体で紐を巻き取るように釣鐘を手繰り寄せながら上条と共に列車から横に飛び出す。ただし片手でしっかりと列車の縁を掴んで。すぐに列車の上を轟音が通過し、壁を削りながら列車最後尾から飛び出した猪が線路に突っ込んだ。窮地の中での上条の発想には時たま本当に驚かされる。ピンチになればなるほど頭が柔らかくなる構造でもしているのか。破壊の残響が消えるより前に、腕に力を込めて列車の上に転がり出る。
その音を聞きつけてフレイヤが顔を向けるのと列車の上に出たのは同時。上条のおかげで障害物はなくなった。なら後はただ積み上げたこれまでを繰り返すだけ。
「やるじゃん……」
「────よし」
ニヤリと笑い手を前に伸ばすフレイヤの指の間に挟まれた宝石を銃弾で穿つ。砕けた宝石の欠片がフレイヤの肌を撫ぜ、暗闇へと消えた。蛍光灯の明かりに照らされたトンネルの中で、狙撃銃を構える俺と動かないフレイヤ。電車の揺れだけが響く中、列車の上に登り切った上条と釣鐘が歩み寄り、釣鐘が俺に絡まっている紐をいそいそと取り外してくれる。今取り外す必要ある?
「動くなよ。あと変な詠唱も禁止だ。今度こそ王手だ魔術師。銃弾に対する対策をしていないのであれば、お前が宝石を取り出すよりも俺の方が速い。お前がトール同様に格闘の達者でもあるなら別だが」
「……なにそれ? 余裕? もう勝った気でいるなんて」
「余裕? まさかまさか。口が滑るのは寧ろ余裕じゃない証拠だよ。内心冷や汗ダラダラだ。相手が見たままのお前なら迷わずに引き金も引けるというものだが、違うんだろう? その腹部に演算装置となる脳髄がただ詰まってる訳でもないなら、俺の見た通りなら、ここでただ撃つのは俺のポリシーに反する。まだ外に出てもいない、自分の世界を描く前の奴を穿つのは。傭兵として俺の引く一番の一線だ。とは言え奇妙な気分が拭えないが……頼むからまだ俺に撃たせないでくれ。動けば撃つが、いい気分じゃない」
「法水……? お前なに言って……」
上条の怪訝な顔を受け、フレイヤから顔は外さずに顎でフレイヤを差す。正確にはフレイヤの膨らんだ腹部を。妊婦を撃ち殺すなんてそもそもあまりやりたくないが、波の世界を見つめたところで、それがより深まっただけだ。鋼鉄の通り魔、『
「……ま、さか。お前、なのか? お前がフレイヤだったのか⁉︎」
『