「世の中には……どうやっても、救えない人がいる」
絞り出すように吐き出されるフレイヤの言葉に呼応するように、トンネルの天井が低く狭まる。片膝をつき腰を落とすも狙撃銃の構えは崩さず、狭い箱に押し込まれたように、フレイヤの頭頂部スレスレをトンネルの天井が走り抜けるがフレイヤは目もくれない。
「一〇年の努力も、一〇〇年の研究も。そこまでしたって一欠片の慰めにもならないほど、絶望的に終わってしまった人間というのが確かに存在する。あたしはそれを知っているのよ……あなただって知っているんじゃない喇叭吹き? 傭兵として世界を巡るあなたなら」
引き金に置いた指に僅かに力が入る。
トルコの路地裏を歩いていた頃、同い年くらいの子が次の日には動かなくなっていた事があった。戦場で出会った同い年くらいの少年兵と仲良くなったが、テロリスト側でどうしようもなく撃たねばならない時があった。結局撃てずとも、狙撃を受け目の前で少年兵の頭は吹き飛んだ。
どれだけ『最高』を望んでも、掴み掛けても少しの違いで真逆に変わる。運と言ってはそこまでだが、人にはどうしようもなく届かない何かがあるのは知っている。
フレイヤの母もそうだと言うのか……。舌を打つ。列車の下に一瞬目を落とし、引き金を引き絞ろうと震える指先の行き先を迷っていると、隣に並ぶ上条が叫んだ。思わず少し引き金から指を放す。
「それが、あれだけの破壊を撒き散らす『グレムリン』とどう関係がある? 世界を丸ごとぶっ壊せば、その中には元凶も混じっている。そんな考えで従っているとでも言うのかよ!?」
元凶とはなにを指す? 胎児が母親を操らねばならぬ程にフレイヤの母に何かをした相手なのか、それとも魔術を使い母を操っているそれ自体か。復讐。その為にこれまでを投げ捨てて『
「根本的に、『グレムリン』が見えていないようね。一〇年の努力や一〇〇年の研究が、始める前から無意味だって突き付けられても。……あの魔神だけは、そんな制約を無視できる。あれがどれだけ悪意に満ちているかは関係ない。『槍』さえ完成すれば! どう進んだってどこかで行き止まりにぶち当たってしまう悪夢の状況から、あの人を助け出す事だってできるのよ!!」
求めるのは破壊ではない。それは手段でしかなく、目的はどこまでも救う為。その手段こそが問題なのであるが……行き止まりを穿つ為に、不可能を可能に。フレイヤの望んでいるだろうモノが眩いだけに指先に力が上手く入らず歯噛みする。だから、これだから一々敵の事情など聞かない方がいい。僅かでも情が湧いてしまえば、指先が鈍る。上条の息を飲む音が聞こえる。列車の揺れる音だけが数瞬続き、上条が再び口を開いた。
「……ハワイ諸島、バゲージシティ。あれだけの事をやって顔色一つ変えずに大成功なんて言っている人間に、そんな真っ当な心なんてあるはずがない。そもそも、『槍』さえ完成してしまえばオティヌスは誰の言う事を聞く必要もなくなるんだ!!」
「それでも良い。どっちみち、こんなその場しのぎだっていつまでもは続かない。今はあたしがへその緒を通して母さんを操っているけど、そのせいで遊離状態にある母さんの自我は少しずつ薄らいでいる。どこかで必ず限界を迎えて霧散する。かと言って、あたしを摘出したら母さんは自分で内臓を動かす事さえできなくなる。どっちみちおしまい。遠からずやってくる破滅から、母さんを守れる方法はもう一つしかない。矛盾を丸ごと吞み込んで成立させる、あの『魔神』の力を借りるしかない!!」
可能性とは甘美な毒だ。それが良いものであろうがよくないものであろうが、届かない程遠くてもその輝きが見えるだけで意味がある。後は手を伸ばすか立ち止まるかは自分次第。上条とフレイヤの問答を聞き流しながら、息を吸って息を吐く。回る思考を止めたくても、一度回り出せば止まってくれない。できれば素晴らしいものを。その可能性を探してしまう。それが年端もいかぬ少女の叫びだからなのか、情があるから人としても、こんな時だけは身を削るような葛藤を捨てたくなる。……捨てられる筈もないが。
「あたしの母さんは!! あたしを庇って倒れたんだ! 見捨ててさえいれば、何事もなく元の世界へ帰れたのに、あたしなんかに執着したばっかりに!!」
奥歯を噛んだ。若狭さんの顔がチラついてしょうがない。俺を身篭った時の若狭さんは何を想っていたのだろうか。ようやく顔を合わせられるようになっても、そんな事を聞いた事はない。そもそも聞けない。
「……法水さん、殺るっスか?」
「い……そりゃ……」
「仕事っスよ?」
顔を寄せ小声で告げられる釣鐘の言葉に一瞬目を閉じる。殺れ、とでも言えば釣鐘は躊躇なく短刀を投げるのか。それができるのか。忍者や傭兵としてはおそらくその方が正しいのだろう。ただその分何かが削れ消える。必死には必死を。命を奪う必死に必死を返すのは慣れている。ただ命を救う必死に必死を返すのは不慣れだ。なによりも、小さな命の終焉が待っていたとして、今俺が目の前にしているのにそれを釣鐘には背負って貰いたくはない。胎児をこの世から消す為に釣鐘を誘った訳ではない。例えどうしようもない結末が待っていたとしても、それを背負うのは俺だ。
「……ハムみたいな事言うなよ釣鐘。お前って意外と優しいよな」
「はい? な、なんすか急に?」
「いや……なあフレイヤ、もったいないことするなよ。折角追っているものが眩しいのに、俺よりずっと凄い事をもうやっているのに。お嬢さんが思ってるほど、世界は暗いだけじゃないよ。消えぬ輝きがどこかにあるよ。ふとした時に手を引いてくれるよ。俺もそれは知っているんだ……」
所詮は運。そう言ってしまえばそこまでの話。ただそれはどこにでもあり、誰にでも伸ばされる。これまでは不運であっても、次はそうではないと。伸ばされる手がどこかにある。ただ破壊を望んでいるのでないのであれば、それは脅威などではなく、泣きじゃくっている赤子に等しい。スイスで泣きたくなる事があっても、ガラ爺ちゃんが頭を撫でてくれた。無言でボスが隣に座ってくれた。前の総隊長が散歩に連れてってくれた。カレンとは殴り合った。俺もそうなりたいと思ったから。
「俺が母親の顔を初めて見たのは写真でだった。親孝行なんて全然できてない。母さんの為にやった事なんてとんとない。でもお嬢さんは違うだろう? 母親ってのが強いって知ったのもつい最近だ。でもだからってそんな母親の手を拳に握らせる事はないだろう? 一人じゃ思いつかない事も、二人、三人ならそれも変わるさ。手は伸ばすから掴んでくれよ。だからよせ」
足先で列車の天井を小突く。特別な詠唱など必要ないのか、列車内で蠢いている魔力の波には気付いている。引き金を引く理由がそこに存在してしまっている。できるならそれを動かさないで欲しい。目を細めたフレイヤは口を引き結び、頭を大きく左右に振った。
「それなら! 分かるって言うなら邪魔しないで‼︎ 口先だけの優しさなんていらない‼︎ 『その時』が来るまで、体を返す時が来るまで、この母体だけは絶対に傷つけさせない!!」
「生憎と……俺が吐けるのは弾丸だけだ。俺は良い人じゃないし、優しくもないし、ただ俺が嫌なだけ。だからその破壊に終止符を打とう。俺も穿つ事しか上手くできない。出せよ、俺は穿つ。それだけを積み上げて来た男だ。お嬢さんの眩い必死に並んでやる」
「ッ‼︎ コスト70・ブラック・シフト//『
列車がトンネルから外に飛び出す。太陽の輝きを求めるかのように、鋼鉄の列車の腹を喰い破り赤い龍の顎が伸びる。前方車両に立つフレイヤの姿を隠すように車両から生まれ出た竜はそのまま、最後尾の車両を含めた後方車両を力に任せて俺達ごと空中へと放り出す。
背後に射撃する勢いで無事に残った列車に戻るか。勢いが足りない。釣鐘が短刀を列車に向けて投げるが、竜の軽い羽ばたきで弾かれる。宙に浮く残骸を足場に宙を走る……無理だ。手札が手から溢れ落ちる。特殊振動弾で車両を吹き飛ばしたとして、フレイヤが無事か分からない。ただ、車両の頭を刎ね上げるように特殊振動弾を当てられれば、此方側に飛んで来るだろうフレイヤを受け止められる可能性はある。
それに賭ける。
ボルトハンドルを引いて狙撃銃に残った弾を吐き出し特殊振動弾を押し込んだ。
当てる。当たるか? いや、当てる。
息を吸って息を吐く。息を吸って呼吸を止める。
見たくない必死は必要ない。見たい必死にこそ当てる。
「…………ッ」
狙撃銃を構えた先で、思わず手が緩んだ。
口から押し留めていた吐息が漏れる。
「……消えない輝きがここにあるよ」
視界の端でツインテールが泳ぐ。
見慣れた緑色の腕章が、陽光を反射し輝いた。
どこにいようと必ず追ってくる。
零しそうになるものを掴み取る小さな手。
暗闇から手を引いてくれる華奢で逞しい腕を追い、どうしようもなく目を惹かれる少女の顔を見つめる。
視界が切り替わるように飛び、残っていた二両の後方に黒子と釣鐘と共に着地する。少し遅れて
「貴方は……何を笑っているんですの? 貴方の事ですからどうせ最短で目的地を目指しているだろうと思えば案の定。宙に投げ出されたまま引き金を引く事にだけ集中するなどと、着地を考えていなかったでしょう? 貴方らしいと言いますか、もう少しご自分の身も大事にして欲しいですわね。わたくしが間に合わなかったらどうする気だったのかしら?」
「あぁいや、ほんと、愛してるよ黒子」
「ちょ……ッ、んん‼︎ 話を聞いてまして? わたくし怒っているのですけれど! 何を聞けばそんな返事になるんですの!」
できることなら戦場に居て欲しくはないが、側に居てくれるとどうしようもなく嬉しくなってしまう。この矛盾はこの先もきっと晴れる事はないだろうが、黒子が隣に居てくれるだけで細かな事はどうでもよくなってくる。俺の必死。消えぬ眩い光が目の前にいるそれだけで、できない事もできるような気がしてしまう。目尻を吊り上げため息を零す黒子を見つめ、前方車両に立つフレイヤへと目を移す。
「……彼女はフレイヤ、お腹の中にいる赤ん坊が本体だ。母親を助ける為に一時的に母親の体を操り動かしているらしい。その輝きが形をなすところを俺は見たい。届くか? 俺は穿つ事しか……」
黒子の人差し指に口を塞がれ、紡ごうとした言葉が押し込められる。口を閉ざし惚ける俺の前で肩を竦め、黒子は右腕の緑色の腕章を軽く引っ張り上げた。
「届きますし、届かせますわよ。わたくしを誰だと思ってますの?」
「頼む。黒子の全てを信じてる」
「その言葉をこそ待ってましたわ」
口元に強い三日月を貼り付ける黒子に笑みを返し、俺と黒子がフレイヤを見つめる横で、二つの影が前に出た。「任せて」と力強い言葉を口にしながら足を出す
再びトンネルへと突っ込んだ列車の後方から、ガリガリと大地を削り取るような音を奏でて『
「御坂さん電力貸してくれよ。お互い力任せに叩き潰す方が性に合ってるだろう? 弾丸は俺が」
「人を撃ち殺すような事じゃなきゃ力は貸すけど。外さないでよ」
「誰に言ってる? 遠慮は要らんぞ、俺も今ちょっとテンションがおかしい。乱れたテレビを治すような感じでバリバリ頼む」
「なにそれ。アンタといると調子狂うわ。私も今我慢できそうにないから泣いても止めないわよ」
「全部壊しなさい、『
「うるっさいッ!!!!」
俺の構えた狙撃銃を御坂さんの手が掴む。心の底から湧き上がる何かをそのまま電力に変換したかのように、狙撃銃の表面を生きているかのように稲妻が這った。痺れる体に強引に力を込め、熱せられた吐息を口から吐き出しながら指を押し込む。空間を震わせるスイスの結晶が音速の三倍以上で空を裂く。稲妻で溝を作るように走る歪んだ空間は、捻れた槍のような空間を『
特殊振動弾による
『
「
魔力の波を針で直接縫い止めたような、言葉だけで魔術の制御を乗っ取り縫い付ける
「考えてみれば、おかしかったんだ。お前は母親を守るため、母親の腹の中にいた時から努力を続けてきたって言う。でも、お前は具体的に、一体どこでどんな資料を読んで魔術を学んだんだ? 母親が、元々魔術師だった? かもしれないけど、『仔』を産む事にだけ特化した魔術を見ていると、一つの大きな基盤があるのが推測できる。何だかは分かるよな?」
上条の声が静かに響く。一つの大きな基盤。それは即ち『自分の子供を安全に生む為の魔術』。お腹の中の赤子が魔術に必要なものを準備できるとは考えづらい。元々母親が準備していたものを強い想いだけでなんとか使ったと考えた方が納得できる。これまでフレイヤに何があったのか詳しくは知らないし、わざわざ知ろうとは思わないが、ただ、今に繋がる始まりは、子を想う母の優しさ。誰の優しさも必要なかろうと、初めからフレイヤは母の優しさだけは受け取っている。それを壊そうとは流石に思えない。子を想う母の強さにはきっと勝てない。
「だったら何よ。たとえ元が何であっても、結局それは成功も完成もしなかった!! あたしが母体から外へ出れば、支えを失った母さんは自分で呼吸する事もできずに死んでしまう。かと言って、あたしがこのまま留まり続ければ母さんの自我はゆっくりと薄まっていく。何にしても、いずれにしても! 普通の方法じゃ母さんは守れない!! 不可能を可能にする魔神の力でもない限り、どん詰まりの状況からは抜けられない!!」
「だから、インデックスが完成させる。全て使えば『魔神』に届くとされる叡知の山で!!」
フレイヤの不安を即答する上条が搔き消す。その為の禁書目録。ひょっとすると本来はこういった形で力を振るって貰うのが正しいのかもしれない。誰も彼も己が欲望を形とする為に禁書目録を求めるが、世界を歪める異能を『
「……あたしは、どんな方法を使ってもこの母体を……母さんを守るって決めたのよ。魔神に魂を売ってでも、『グレムリン』の駒として多くの血を流しても、これだけは、これだけは絶対に、あたしがこの手で……っ!!」
「良いんだ……もう良いんだ。剝き出しの敵意を武器に、たった一人で母親を守らなくちゃならないようなくそったれな理不尽は、もう終わったんだよ、フレイヤ。お前は、もう、人を信じたって良いんだ」
「手は伸びたぞ。後はお嬢さんが選べ。俺は待つのは苦じゃないが、他のお人好し達は違うらしい。あんまり待たせるようだと無理矢理手を掴まれちまう。最悪殴られたりしてな」
「いや……いくら俺でも殴らないぞ……」
「本当に?」
苦い顔をする上条を前に、敵対者を屠ろうと蠢く怪物達を指差せば上条に小さく笑われた。フレイヤに迷いがあるからか動きの乱れていた怪物達だったが、拳を握る上条を目に、その足が幻想を砕く少年へと向く。
「……やっぱ殴るか。……邪魔なものは全て俺が薙ぎ払う。準備に必要な時間はこっちで稼いでみせる。インデックスは、何も心配せずに一つの事にだけ集中していれば大丈夫なようにする。だから、やっちまえ」
走り出す上条と怪物達を目に痺れた体の腰を落とし、列車の上に転がっている狙撃銃に指を這わせる。結末は変わらない。上条や
「終わりだよ、フレイヤ。だからさっさと終わらせて、次の時代にやってこい。広い世界で、少し先で、俺達はお前を待っている!!」
「お嬢さんならきっと素敵な
「……どうなんだそれは?」
呆れ笑いながら拳を振るう上条に手を振って、取り出した煙草を咥えて手を止める。咥えていた煙草を列車の外に投げ捨てて少し寂しい唇を舌で舐めた。妊婦に煙草は宜しくない。もし俺に子供が出来るような日が来たとしたら、流石に俺も禁煙だな。
ボロボロの列車が辿り着いた東京駅から電車を乗り換え先を急ぐ。幸いと言っていいか東京駅には人影がなく、オンボロ列車が停車しても咎められる事もなかった。そんな状況でも動いている列車が幾らかあるというのは不気味ではあるものの、移動手段が死んでないというのはありがたい。乗り換えた列車は湾岸地帯に突入すると、駅に止まる事もなく、トンネルを潜り抜け地上に出る。操車場らしき場所まで列車は走ると、そこで動きを止めた。
「降りるぞ。法水はフレイヤを頼む」
「あいよ」
「……またお前達は知らない間に妙な女を引っ掛けたのか。しかも今度は妊婦だと……?」
「だってさ上条。責任取れよ」
「なんで俺だけ⁉︎ バードウェイはお前
「いいじゃん。お前年上がタイプなんだろ? 良かったね」
「そういう事じゃねえぇぇぇぇッ‼︎」
上条は年上がタイプと零した言葉に、
お姫様抱っこでマタニティドレスの女性を抱えたままゴムボートへと乗り込み静かに横に寝かせる。どうにも煙草を咥えたい口をムニムニと動かし誤魔化していると、東京駅の売店ででも取って来たのか、買って来たのか、黒子に口へと飴を突っ込まれた。
「口が寂しいのでしたらそれで我慢なさいな」
「……無駄に甘え」
「ちなみに私は思わず妊婦に手を出しちゃう人でもおーけーです」
「俺がオーケーじゃない!!」
上条に笑い掛けるレッサーさんの言葉に、上条は強く首を左右に振って否定する。超どうでもいい……。よく分からないストライクゾーンに豪速球を投げるレッサーさんに続き、鞠亜は上条から目を逸らした。
「……私はちょっとアウトかな。価値観は多様であるべきだが、それは、うーん……」
「俺もしっかりアウトですが!! だいたいここまでお姫様抱っこでフレイヤを運んで来たのは法水だぞ‼︎ なんで爛れた矢印が上条さんに突き刺さっているのか説明求む‼︎」
「一言目には仕事、二言目には必死しか喋らないような男にそういった話題を投げるだけつまらんだろうが」
「……あれ? なんか遠回しにレイヴィニアさんに蔑まれてる?」
「ちなみに私は気にしないっスよ!」
「今の流れでなぜそれを俺に言う? ちょっと釣鐘、お前今回の仕事終わったら反省会な」
グッとサムズアップして釣鐘にエールを送る。
「法水さんも気にしないっスよね! それが必死なら!」
「お前減給」
親指を下に下げる。釣鐘お前許さんぞマジで。
「孫市さん? 妊婦の方に手など出したら死刑ですわよ? そんなに子供がお好きなのか知りませんけれど」
「逮捕通り越して死刑⁉︎ まだ何もやってないのに冤罪どころの話じゃねえ! ……だいたい子供とか、深く考えた事もないよ。父親がアレだしなぁ、野球チーム作れるくらい子供が欲しいなんて言うのは夢があるとは思うけど」
「や、きゅッ⁉︎ …………九人、費用的に孫市さんは問題ないかもしれませんけれど、体が保つかどうか…………て、何をわたくしは真面目に……ッ‼︎ ウガァァァァ────ッ!!!!」
「どうしたっスか黒子。ゴムボートに頭なんて打ち付けても跳ねるだけっスよ?」
「お黙りなさいッ‼︎」
なんか面白いので放っておこう。百面相を浮かべて面白い動きで畝っている黒子を
「まあ、狙い通りに合流を果たせて何よりだ。『グレムリン』の本拠地である『
「魔神オティヌス、か」
「真正面からの力技であの怪物を殺せるかどうかはかなり怪しい。が、今は『槍』の製造の真っ最中だ。『グレムリン』という一組織が全力を注いで実行している大規模儀式に横槍を入れて破綻させれば、行き場を失ったエネルギーは翻って術者へ牙を剝く。私達には殺せなくても、ヤツ自身の力でもって殺せる可能性は少なくない」
「要は銃を暴発させましょうって具合な訳だ。圧力の掛かっている機関のネジを緩めるような事が出来ればそこから噴き出すと」
言葉にすれば簡単に思えるが、控えているのが『魔神』である事を思えばこそ容易ではない。『グレムリン』が何人いようが、オティヌスこそが全ての要。
「分かったら乗れ、時間が惜しい。……それより、まさかと思うがその妊婦も連れて行くつもりか?」
レイヴィニアさんに目を向けられ肩を竦める。『グレムリン』から抜けたのならフレイヤさんはもう関係なく、フレイヤさんの母親は一般人だ。戦場に置いておく訳にもいかない。が、『
「正直、正解が見えない。今ってまともに病院やってると思うか? そこまで安全に運ぶルートは? 聞いた話じゃお腹の子供は二年も入っているらしい。いつ何が起こるか分からないから、暖かい場所で寝かせておけば良いって訳にもいかな……」
上条が言葉を並べ終える。それより早く駆け抜けた烈風が上条の話を遮った。俺達を覆う黒い影。学園都市を飛び出した際に、超音速旅客機を真っ二つに輪切りにして見せた赤い
────ゴゥンッ!!!!
「……くそ、駄目だアレ」
突っ込んでくる大質量の
振動弾を装填しスコープを覗く。
その先で白い羽根が舞った。コートがはためく。
スコープの中心に居座る
「あ……っ」と嬉しそうに声を漏らす鞠亜の声を聞きながら、スコープから顔を外しゆっくりと空から降りて来る影を見上げる。
「…………よう垣根、散歩か?」
「これだけ天気がいいからなぁ、お前は仕事か? 付き合うぜ」