時の鐘   作:生崎

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神浄討魔と羨望の魔王 ③

「待てッ!」

 

 怒号が響く。学園都市に似た街の中、破壊の女神の改変の結果、魔術と科学の諍いがなくなった世界であるのか、街を取り囲んでいる壁はなく、物騒な施設も見当たらない。目を向けた先では誰もが笑顔を浮かべているような世界の中に漂う追い立てるような荒い声。その声の向かう先、アスファルトの上を赤い魚影が泳いで行く。

 

「ちょ、な、なに⁉︎」

「ひっ、なにあれ? 気持ち悪いッ」

 

 上条とオティヌスにしか見えなかったはずの赤い魚影を視認して、多くの者が獰猛な顔をした赤い魚影を避け、追い立てるように超能力や魔術を投げつけてくる。赤い魚影が特に何をしなくても、その心の底を掻き毟るような赤い魚影から滲む空気が不安を刺激し、拒絶する。

 

「どうした? いつものように悪目立ちしないのか? 別に何をされようがお前は消える訳ではないだろう。特別私はお前を襲うように世界を弄った訳ではないぞ。ただお前を見えるようにした。ただそれだけだ。この結果はあるべくしてあるだけなんだよ。脅威のない世界で自分の本質でも噛み締めろ」

 

 泳ぎ逃げる赤い魚影の隣に立ち並んだビルのショーウィンドウの中で魔神オティヌスはそれだけ告げると姿を消した。赤い魚影を放っておいてももう何の心配もないと言うように。目に付き無垢な一般市民達に恐れられ追い立てられている赤い魚影が先程と変わらず上条の元に行ったところで、上条共々巻き込まれてしまうだけ。降り注ぐ火種をどれだけ耐える事が出来たとしても、火種を呼び込むのはまた別だ。

 

 柔らかな陽の光が当たる街中。笑い声の溢れる空間。ただその中を赤い魚影が過ぎ去るだけで描かれていた世界が変わる。例え何をしなかろうが、その凶悪な見た目と鮮血を垂らしたような赤い見た目が驚愕と恐怖を奮い起こし狂騒を呼ぶ。

 

 上条が共に居てくれたのも、言ってしまえば出会う前に赤い魚影以上の驚愕に身を浸していたからだ。そうでなければ初め相対した時にもっと取り乱していたはずだ。何の脅威も不安もない世界では、赤い魚影は異物でしかない。科学も魔術も関係ない不安を煽る赤い影。

 

 

 ────ゴゥンッ!!!! 

 

 

 ビルの角を曲がろうと赤い影に弾丸が落ちる。体に穴は開かずとも、その空を震わせる音に赤い魚影は動きを止めた。銃声の残響がひっそりと消え、静寂に支配された中で赤い影は動かない。いや、動けない。周囲に血玉のような赤い瞳を這わせた先、ビルの屋上に伸びる白銀の槍。赤い水溜りのように蹲っていた赤い影は、ゆっくりと首を別の道へと伸ばし、赤く細長い体を追っていくつもの銃弾が落とされる。

 

「変な生き物ね。物理攻撃が効かないのかしら? 狩り甲斐はありそうだけれど死なない獲物だとしたら面白みに欠けるわね。毒はどう?」

 

 ビルの壁際からアッシュブロンドの長い髪が泳ぎ歩いてくる。深緑の軍服を靡かせて甲高い足音を響かせ向かって来る時のかの総隊長の姿に赤い魚影が身を捩った途端。その体に鋼鉄の爪先が落とされる。アスファルトに突き刺さるクランビットナイフの切っ尖。影が人の形をして這い出て来たような漆黒の肌を目に留めて、赤い魚影は身を捻りながら路地の奥へと泳ぎ逃げる。

 

「面倒ね。追いなさいなドライヴィー」

 

 鈴を転がしたような総隊長の冷たい声を聞きながら赤い魚影は迷路のような路地の中を走る。足音は聞こえずとも追って来ている気配を感じ、狙撃されないようにビルの根元に沿うように泳ぎ続ける。右へ左へ暗闇の中を滑り、陽の光が差し込む出口へと差し掛かった時。

 

「ほら、口元を拭えはしたない」

 

 路地の先で紫陽花色の髪が舞う。サンドイッチを手に持ち、髪をいくつもの細い三つ編みに纏めた少女の口を拭うカレン=ハラー。剣を手に握る事もなく、若い二組の夫婦の前で少女が二人笑顔で並んでいた。赤い魚影の外装だった者が、いつか写真で見た事しかないカレンの親の顔を見つめ、その動きを鈍らせ飛び出そうとしていた路地の中へと頭を引っ込めた。近寄れない。飛び出せない。今は隣に並べない。路地裏仲間と幼馴染の欲しかった未来がそこにはある。せめて目に映らぬなら側まで泳ぎに行ったかもしれないが、今そこに赤い魚影は必要ではない。

 

 必死を前に悶える赤い魚影のその横に影のような足が落とされる。続けて落とされる鋼鉄の爪の感触や音に赤い影は身動ぐ事もなく黒い手を追いつまらなそうな表情を貼り付けた外装と親友だった男の顔を見上げる。

 

 ドライヴィーの足元を通り抜け、再び赤い魚影は路地の中へと身を戻す。遠く、遠くへ。飛び出せね先があったとしても、今尚脅威に立ち向かう少年は消えずに今もいる。ならばこそ、進む足を止める理由はない。進み続けていればいつかは抜け出せる。だから先へ。ただ先へ。

 

「今夜はステーキ……うん、素敵」

 

 飛び出そうとした路地の先でストロベリーブロンドの髪が揺れる。白衣を纏った若い男女に挟まれて楽しそうに繋いだ手を揺らすツインテールの少女がいた。軍服も纏わず、復讐になど目を向けず、目を向けるのは両親に。初めて見るふやけそうな柔らかな少女の笑みに首を大きく左右に振って赤い魚影は路地の奥へと身を返す。その先で。

 

「ほらほら軸がぶれてるょ」

 

 空降星の狂人が木刀で素振りをする子供達に笑い掛けながら剣の指導をしていた。ひん曲がった刃を誰に向ける事もなく、誰を刈る訳でもない。鎧も着ずに毒も吐かず、年齢に見合った笑い皺の刻まれた顔を目に、赤い魚影はまた身を返す。

 

「今日は陽射しが心地いい。昼寝日和だ……zzz」

 

 別の路地の先で。

 

「見ろ釣鐘! 遂に分身の術が完成したぞ!」

「近江様! 今日こそ一本取るっスよ! 終わったらショッピングに行きましょう!」

 

 また別の路地の先で。

 

「科学で遊べさえするのなら、こんな風に生きるのも悪くはないよね。……『木原』ならそう言うだろうし、私もその方がいいな」

 

 また別の路地の先で。

 

「私様はお兄様に会いに来たのであって、貴女様に会いに来たのではないのですけれど?」

「あーうるさいうるさい。どうせ今日も飯食ってくんだろ? だったら母さんを邪険にするなよ。『北条』の家が嫌ならこっち来りゃいいのに。なあ母さん、今日の晩飯はどうするよ?」

「晩御飯は私に任せて。貴方は気にしなくていいわ。私は貴方の母親だもの。お母さんに全部任せなさい」

「いや、そういう訳にも────」

 

 また別の路地の先で。

 

「垣根、私アレ食べたい」

「あぁ? んな食ってばっかいたら太るぞ。誉望、テメェ買って来い」

「俺っスか⁉︎」

「ハァ、過保護な男ってどうなのかしら?」

 

 また別の路地の先で。また別の路地の先で。

 

 ハム=レントネンが、ラルコ=シェックが、ボンドール=ザミルが、近江手裏と釣鐘茶寮、甲賀達が、『木原』に囲まれた木原円周が、法水若狭とその子供、半分血の繋がった妹が、見慣れぬ黒髪の少女と垣根帝督達が、手を伸ばしたくなるような光の中に佇むが故に赤い影は飛び出せない。それを壊す己でいたくはない。穿つ事しかできないから。せめてそれを必要としてくれるだろう者の元へ。

 

 飛び込んだ路地の先、光の差すその先で立っている者は誰もおらず、飛び出そうと尾を跳ねさせる赤い魚影は、ただ真横へと突き立てられた鉄杭の振動を目に動きを止めた。

 

 目の前で艶やかなツインテールが踊る。一瞬前にはそこにいなかろうと、瞬きより早く世界を飛び越える少女が一人。腕に巻かれた緑の腕章を引っ張り上げ、暗闇の這いずる路地の中、尾を振るい見上げて来る奇妙な赤い魚影を見つめた。

 

「コレが通報にあった赤い影ですか。まったくこんな日に仕事を増やさないで欲しいですわね。輸入され捨てられた違法なペットなのか知りませんけれど、お願いだから動かないで欲しいですの」

「白井さん油断しちゃダメですよ。通報では学生達がどんな能力ぶつけても平気な顔で泳いでたそうですから」

「まるで怪獣映画のモンスターですわね。ほら、悪いようにはしませんから。元々住んでた土地があるなら帰してあげますわよ」

 

 なるべく優しく見えるように微笑む白井黒子と、その後ろで顔を引き攣らせながらも微笑みを浮かべようとしている初春飾利の言葉に赤い魚影は大きく円を描くように動くが、赤い影が動いた途端二人の少女は肩を跳ねさせ身構えた。害があるのかないのか分からずとも、見た目だけなら害があるようにしか見えない。輝きに吸い寄せられ噛み付く怪物。その本質にどうにも誰の心の底も騒めく。黒子と初春を通り越して泳ごうとする赤い魚影の前に空間移動(テレポート)した鉄杭が突き立てられ、赤い魚影は小さく首を左右に振って、黒子を一瞥した後路地の奥へとまた舞い戻る。

 

「あっ! 白井さん油断しちゃダメって言ったじゃないですか!」

「油断も何もないでしょうが! なんなんですのアレは! 折角のお祭りの日にあんなのが街中に泳ぎ出せば台無しですの! 初春! 追いますわよ!」

 

 追っ手の数がただ増える。路地の中から抜け出せない。輝きが行く手を塞ぎ、焦がれるが故に壊せず押し通れない。眺める事しか許されず、手を伸ばし這わせれば阿鼻叫喚。外に出れず、何より焦がれた輝きが摘み取る為に追って来る心地悪さに、赤い魚影は身を捩りながら暗闇の中をひた走った。例え今届かなくても、走り続ければいつか。並び同じ方へ進もうという者が、並びたい輝きが何処かにいる。どれだけ暗闇の迷宮を泳いだのか、陽が傾き夕日に染まった路地の先の道をツンツン頭に少年が横切る。

 

「荳頑擅!」

 

 赤い魚影に叫びは少年に当然のように届かず気付かなかったようであり、通り過ぎ去って行く少年を追って赤い魚影は路地の奥から飛び出した。俯き歩いていた上条当麻は、赤い魚影が飛び出したのと同時に顔を上げる。場を白い少女の声が満たしたから。その声に引っ張られるように。

 

「ステイルー、かおりー。こんな食べ物パラダイスの中で三つまでしか選べないとか絶対に間違ってる!! 私はもう全体的にお腹がぺこぺこなんだよ!!」

 

 人混みの中を銀髪が駆け抜ける。三毛猫を抱え、ツンツン頭の少年の顔を見上げることもなく走り去る。禁書目録の少女が積み重ねた記憶を失う事もなく辿り着いた未来。走り去る少女の背を上条当麻は振り向き見つめる事もなく、僅かに手を握り締め、どこか満足気な表情を顔に張り付け、足元で蜷局を巻いている赤い魚影に気がつくと小さく息を吐き出した。

 

「お前か……」

 

 その言葉に覇気はなかった。ギラつくような輝きはなりを潜め、遠くを見つめるような少年の空虚な瞳に赤い魚影は身を震わせる。パクパク口を動かすが、少年に聞こえる音にはならず、パントマイムと変わらない。ただそこにいるだけで、小石を転がす事すらできない。

 

「俺さ……もう、拳を握る理由がなくなっちまった」

 

 緩く握っていた手からさえ力を抜いて微笑む上条に赤い魚影は体を跳ねる。大きく首を左右に振るが、上条の言葉は止まらない。誰もが笑っている世界。死んだ者さえも。それを砕く事はできないと、間違っているとは言えないと、諦めたような、満足したような、納得したような、そんな空気を滲ませる上条に赤い魚影は力なく水面に浮いた死んだ魚のように固まった。言葉の先を聞きたくなくても耳を塞ぐ手さえない。

 

「だからさ……もういいんだ」

 

 足が止まる。楔が打たれる。

 

「もういいんだよ……お前が何かは分からないけど、これまで一緒に居てくれてありがとな。……元気でやれよ」

 

 それだけ言って上条は歩き出す。少しの間理解できずに固まっていた赤い魚影は、我にかえると慌てて泳ぎ上条を引っ張ろうと体を動かすが、影の体が触れられるはずもなく赤い牙も尾も虚空を薙ぐだけ。視界の端でちらつく赤色に上条も気付いているだろうが、それでも足を止める事はない。疲れたのか諦めたのか、やがて足元で赤い影がちらつく事がなくなっても止まる事なく、上条当麻は終わりに向けて歩き続ける。

 

「縺昴l縺後♀蜑阪?蠢?ュサ縺ェ縺ョ縺具シ」

 

 魚影の呟きは泡と同じ、誰に拾われる事もない。そんな輝きもない終わりを求める事が必死なのか。そんなものと並ぶ為に赤い魚影は泳いでいた訳ではない。お礼が欲しかった訳じゃない。謝罪が欲しい訳でもない。熱のないぬるま湯のような少年を追う事ができず、赤い魚影は夕焼けに染まった街に押されるかのようにその体を徐々に路地裏へと押し込めた。

 

 暗闇に後退った赤い魚影に再びクランビットナイフの刃が落とされた。アスファルトを削る音を響かせ、身を跳ね止まった赤い魚影が血さえ流さずそこにいるのを目に留めて、暗闇から浮き出るようにドライヴィーは投げ放った鋼鉄の爪を拾い上げると、手の中で回し踵を返す。

 

「……死なねえ奴はつまらねえ。お互いな」

 

 それだけ言って影に塗れて漆黒の男は消え失せる。脅威としての興味さえなくしてと言うように。そうであるなら、赤い魚影は何の為にここにいるのか。並びたかった者に必要とされず、そこにいるだけで平穏を乱すだけ。体の端々が千切られたかのように体が崩れる。小さく、小さく、その身を削って路地の奥へと泳いで行く。やがて泳ぐ元気もなくし、路地の隅で蜷局を巻いた。暗闇の中で誰に気付かれる事もなく、時間に体を摩耗して少しずつ赤い水溜りは小さくなる。路地の先、夕焼けに染まった輝かしい街を見つめながら。

 

 輝かしい世界が目の前にある。だがそこに踏み出す事ができない。柔らかな笑い声が心地いい風に乗って流れてくる。戦いとは無縁そうな優しい世界。そんな中で脅威に牙を剥く者は必要ではない。これまで積んできた。削り作ってきたのはただ脅威と戦う為の技術。平穏の中ではただ孤独だ。無数に隣り合う世界があるが故の絶対的な孤独。研いできた牙こそが隣り合う者を忌避させ遠去ける。それならば、誰に気付かれる事もなくこのままひっそりと水溜りが干上がるように消えてしまった方がいいのではないか? 動かなくなった赤い魚影は静かにその赤色を暗闇に混ぜ込ませるように崩し、

 

 

 

「あの……大丈夫?」

 

 

 

 降り注いで来た声に僅かに頭を持ち上げた。血の色に染まった瞳。立ち並び無数の鋭い牙。泳ぎ出せば波が渦巻き、鎧のような鱗で体を覆った冷酷無情を絵に描いたような獰猛な顔。その姿に声を掛けてきた者は小さな悲鳴をあげ、その反応を当たり前のように気にする事もなく弱々しく赤い魚影は持ち上げていた頭を再び丸める。

 

 どれだけ時間が経ったのか。長い時間なのか一瞬なのか定かではないが、赤い魚影は違和感に首を捻る。悲鳴をあげた人影が遠去かる音が聞こえない。とはいえだからなんだとより縮こまるように身を捻る赤い魚影に暗闇の上から伸びた人影が重なった。

 

「……どこか悪いの? 怪我……とか? なんか触れない……」

 

 逃げるどころか目の前でしゃがみ込み指で軽く突っついてくる人影。お節介焼きなのか何なのか。誰の目にも映るようになってしまった赤い魚影にわざわざ話し掛ける理由などない。弱々しく目に映っても、鋭い牙は消える訳じゃない。威嚇するように大口を開ける赤い魚影に人影は尻餅をつくが、それ以上何もしてこないと察してか、「こ、怖くないよー」と安心させる為か、自己暗示か、佐天涙子は引き攣った笑みを浮かべて手を伸ばす。

 

「あなたは街の新しい都市伝説か何か? 近道しようと路地裏通ってラッキーみたいな? ……あはは……お腹空いてるの? わ、私は食べても美味しくないと思うけど……」

 

 好奇心故か、お節介焼きな少女に微妙な顔を赤い魚影が浮かべ向ければ、佐天涙子は息を詰まらせ小さく仰け反る。

 

「うっ、そんな顔しなくてもッ。無駄に表情豊かだなあ。ねえ、あなたはどこから来たの? 迷子? それともUMAとか? 謎の研究施設から逃げ出して……だからそんな顔しなくてもッ」

 

 疲れた顔を赤い魚影が浮かべても佐天涙子はどこにも行かず、相手をする事もやめて赤い魚影はそっぽを向く。どうしようかと涙子は頭を掻いて右を見て左を見て、誰も周囲にいない事を確認すると赤い魚影の横にしゃがみ込む。何がしたいのか、あっちに行けと夕焼けが差し込む路地の先へと頭を振った先を見て、赤い魚影は羨ましそうに視線を固めた。赤い魚影の頭の向く先へと涙子は顔を向けて、固まる赤い魚影と路地の先を見比べるとしゃがみ折り畳んだ足の上で頬杖をつき薄く笑う。

 

「……分かるよ。いいよね楽しそうで。あんな風に超能力使えたら楽しいんだろうなって。混ざりたくても混ざれないんだよね。踏み出せない自分が、友達でも羨んじゃう自分が情けなくてさ」

 

 夕焼けに染まる世界で誰を傷つける事もなく超能力で遊び他人を笑わせる集団を涙子は赤い魚影と同じような顔で見つめる。目を小さく見開き涙子へと顔を勢いよく向けた赤い魚影の怖い顔に涙子は僅かに身を反らせながらも、困ったように笑う。

 

「あはは……うん、私は無能力者(レベル0)なんだ。言っても分からないかもしれないけど……。超能力なんてなくても毎日楽しいよ? でもね、どこかでふとした時にちょっと思っちゃうんだよね。ズバーンッって凄い能力使っちゃう自分とかさ。そうでなくてもちょっとくらいさ」

「……縺ェ繧後k縺」

「うん? なあに? 励ましてくれてるの? 大丈夫! 例え無能力者(レベル0)でもちゃんと私友達いるから! だからあなたも大丈夫だよ。なんなら私が友達になってあげよっか?」

 

 少女の笑顔を赤い魚影は見つめ、大きく顔を俯かせる。差し向けられる『普通の優しさ』に身を焦がすように赤い魚影は叫びにならない声を口から吐き出して路地の裏から空を見つめた。その先からツインテールが降ってくる。地を踏む風紀委員(ジャッジメント)の背後から、花冠を頭に乗せた少女も走り寄った。

 

「さ、佐天さん⁉︎ もうどこにいるかと思えば! また路地裏探索なんてしてたんですか? 危ないから離れてください!」

「いやぁ、初春も白井さんも急に仕事だって行っちゃうし。それに危ないってこの子のこと? そんなに危なくないと思うけど」

「そうでないとしても多くの通報を受けてますの。保護するにしても何にしても、兎に角捕まえませんと。こんな日に騒ぎは御免ですし」

 

 赤い影から離れろと手を振るう少女達の前で、涙子は赤い影に目を落とすと弁明するようにワタワタと手を振るう。その横で、壁を伝い紫電が走った。黒子や涙子、飾利は気付いていないのか、それとも目に見えないように妨害電波でも発しているのか、赤い影の目の前で、常盤台中学の制服の上に白衣を纏った長い茶髪の少女が足を落とす。赤い影に目を落とし、その顔を満面の笑みに変えて。

 

『お兄ちゃーん! 良かっTAー、やっと見つけTAよ! 通報はいっぱいあっTAけどお兄ちゃんかくれんぼ上手DAから時間かかっちゃっTA! ふぃーっ、でもセーフ、セーフDAよね! まDA時間切れなんかじゃないよねー?』

「……髮サ豕「蝪?」

『ちがーうよ! アレじゃないもん。私達見た目はアレDAからちょちょ〜っTO体は借りTEるけDO。お姉ちゃん達の総意は上条お兄ちゃんの方に行くから、私達はお兄ちゃんの方に行ってもいいよーっTE。いっつも胸元に指しTEるDEしょ? 私達はね、えーっTO、あの、なに? 難しい事はさっぱりDAけDO! だってまだ0歳DAし! それはお姉ちゃん達にDEも聞いて!』

 

 生まれては使い捨てられた胎児のバッテリー。積み上げられた生と死の小さな総意が赤い水溜りを覗き込む。かと思えば面白そうに『ツンツン』と口に出して指先で突っつき、路地の先から滑り込んでくる祭囃子を聞いて、『楽しそう!』と目を向ける。与えられる情報に素直に反応を返す子供っぽさに赤い魚影は固まっていると、『いけないいけない』とライトちゃん達は頭を振った。

 

『こんなTOころで止まっTEるのはお兄ちゃんらしくないよ。遊びTAいなら遠慮せずに混ざらなきゃ! あっTAかもしれない過去なんTE、思い描いても振り返っTEる暇なんTEないっTE。学園都市しか知らない私達はお兄ちゃんのおかげDEいっぱいいろんなTOころに行けTAよ! お兄ちゃんが並びTAいように、私達も並びTAいよ。上条お兄ちゃんDAってきっTOそう、偶にはお兄ちゃんが先に行かなきゃ! そうすればきっTO並んでくれるよ、それが輝かしいものに繋がっTEいるなら。それに分かっTEるでしょ? この世界はこれまDE積み上げられTE来た必死のない世界DAよ。失くしたものがあっTEも、戻らないものがあっTEも、それはこれまDE世界中の誰かが必死に頑張っTEきTA結果DAよ。お兄ちゃんはそれを許せるの?」

 

 赤い影が小さく身動ぎ、声にならない泡を吐き出す。それを掬い上げてライトちゃん達は優しく笑う。

 

『我儘DAっTEいいじゃん。どうせこの世界DAっTEおてぃぬすとかいう子の我儘DEしょー? 我儘じゃない子なんTEいないもん。ほら我儘万歳! 私達はお兄ちゃんTOずっTO世界中を周っTE TAいの! これ私達の我儘ね! DAからお兄ちゃんももっTO我儘になっTE! 行けるTOころまDE行っTE見ようよ! 我儘貫きTOおしTE行けるTOころまDE行っTAなら、DOんな結末DEも納得DEきる! 私達TO遊ぼうよ! お兄ちゃんも必死になっTE!』

 

 声を押し殺すように唸り、赤い魚影は頭を持ち上げる。ただ影でしかない自分の体を見回して、ライトちゃん達の瞳に映る拒絶を呼び込む獰猛な己が見た目を見つめると、力なく尻尾を揺らした。

 

『あっ! 大丈夫だいじょ〜ブイ! 考える頭はあんまりないけDO! 純粋な本能DE固められTA私達ならお兄ちゃんにぱわーを分けられるTO思うんDAよね! ……えっちな意味じゃないからね! それー! ビビビビビビッ!』

 

 間抜けな掛け声と共に、脳神経を揺さぶるような毒電波がライトちゃん達の指先から触れる赤い水溜りに送られる。身悶え収縮し膨張する乱れた挙動の赤い水溜りからライトちゃん達は自分の指先へと目を移して目を瞬くと、微妙な笑みを浮かべて赤い水溜りから遠去かる。

 

『……ぱわー送り過ぎちゃTA? ……お兄ちゃーん?』

 

 

 

 ────ズルリッ、と。

 

 

 

 咆哮を上げるかのように天に顔を向けた赤い魚影の頭を突き破るように真っ赤な腕が大地に突き出る。赤い水溜りを引き摺ながら魚影が人影に変貌する。全身を鮮血に染め上げたようにも見える赤い人影。真っ赤な軍服のような服をはためかせ、具合悪そうにあるかも分からない首の骨を鳴らし、口の中に溜まっていた赤い煙を空に吐き出した。

 

 固まるライトちゃん達と黒子、涙子、飾利の三人を順番に眺め、笑いながら赤い人影が一歩を出す。その赤い体に空間を飛び越えた鉄杭が突き刺さる。が、そのまま摺り抜け鉄杭は路地の上へと転がった。鉄杭の通過した箇所を指先で撫で、赤い人影は鮫のような瞳を持ったタレ目をひん曲げる。

 

『そんな変わらねぇですなぁ。But、躊躇がない。よく分からないものを前に仲間のため取り敢えず撃てば分かるの精神かい? bravo! 流石はワタシの今の外装が心惹かれたFrauleinだ。うん。急所も外れていますしねー。キスやハグの一つでもプレゼントしたいところだが、ただねー、小さな電波の子供達。何事も全力は素晴らしいのだけれども、残っていた外装の意識まで吹き飛ばすようなのはちょっとお茶目過ぎますなぁ。元々心の殻が弱ってはいたし、ワタシは全部覚えてるからいいけどね。ってな訳でお仕事ご苦労様だMesdames。それに助かったぜ師匠! じゃなかった佐天涙子! 暇潰しに感謝する! お礼は後で外装にでも届けさせるよ。危うく羨望にabnutzen(擦り切れちまう)ところだった! まあよくある事なんだけどね。ではお嬢様方、Ci vediamo dopo(また会いましょう)

 

 呆けた女子中学生三人組の手を掬い上げてその甲へと口をつけると、制止の声を待つ事もなく、赤い人影は路地の中からひとっ飛びで手近のビルの屋上へと足を落とす。傍に立つついて来たライトちゃん達に赤い人影は獰猛な瞳でウィンクすると、ゴム人形のように関節のない程に体の調子を確かめ身を捻り、口から赤い煙を吹く。

 

『さてさてさーてっと、麗しの神浄討魔殿は何処にいるのやーら、あー、いた。あっちだな。いい呼び名ですよね。神を浄い討つ。ニヤけ見下す能天気で感情的なあいつらには親父の拳骨が必要さ。無感情を気取っててもあれほど感情的な奴らはいないよ。だから揶揄(からか)い甲斐があるってなもんだがよ。小さな子供達もついて来るかい?』

『えーっTO、お兄ちゃん?』

『痒い! 痒いなその呼ばれ方は! お兄ちゃんって程ワタシ若く見える? こう見えて結構長生きと言うか、いやまあ無意識な意識みたいなものだから生きていると言うのも違う気がしますけども、取り敢えずアレだ。他の奴らが呼ぶから、『嫉妬(リヴァイアサン)』とでも呼べよ今は。さあGODとやらに弓を引きに行こうじゃねえか』

 

 鋭い牙の並んだ夜には一足早い三日月を口元に浮かべ、鮮血色の人影が夕焼けに混じる。

 

 

 

 

 




•リヴァイアさん

 有史以前から、感情というものの中に巣食う寄生虫のようなもの。感情を持つ何かがいる限り消える事はない原初の欲望である大罪の一つ。あらゆる宗教、神話、道徳の中に身を潜め、勝手に名前をつけられたりしているので、リヴァイアサンでさえ本当の名前ではない。神でさえ嫉妬に狂い他の神を殺したりしている事を思えば、忌避される存在である事には間違いなく、ただこれがいないと爆発的な競争も発展も望めず緩やかになる事を思えば完全な毒とも言い切れない。人に寄り添い、いつも隣にいる魔王の一人。

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