時の鐘   作:生崎

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グレムリンの夢想曲 篇
グレムリンの夢想曲 ①


「で、具体的に何をどうするつもりだ? 当座、至近の目標と言えば、まずは海に囲まれた『船の墓場(サルガッソー)』から、どうやって安全に隠密に逃げ出すか、という所だが」

 

 船、船、船。無数の漂流船が積み重なった『船の墓場(サルガッソー)』内部にオティヌスの声が響く。迷路のような内部はどこまで広いのか定かでないが、通路に反響するオティヌスの声からして少なくとも想像よりも広いらしい。連合軍の魔術爆撃の影響か、身に降りかかる揺れと天井から落ちてくる埃を払う事もなく、狙撃銃の中にゴム弾を装填しながら小さく舌を打つ。

 

 やっちまったなぁ……。

 

 後先考えはしたが、仕事を引き受けたことによる後悔がない訳ではない。普段ならそう深く考える事もないのだが、黒子やカレンの顔をまともに見れそうにない。オティヌスの疑問もさる事ながら、オティヌスを『救う』という上条の依頼上向かってくる敵を殺すのはご法度。ただでさえもう罪塗れなのに、これ以上罪を重ねても仕方ないし、何より世間的に見ればオティヌスは世界の敵だ。足抜けしようにもその事実は変わらない。ここまで来る間に上条と少し話はしたが、目的の達成条件としては、オティヌスが弁明の余地なく殺される事を防ぎ、正当に裁かれるようになるまで切り抜けると。

 

 はっきり言って不可能に近い注文だ。

 

 例え目にしたら射殺という事態ではなくなったとしても、ハワイ、バゲージシティ、学園都市で『グレムリン』が暗躍していた中で、中核をなしていたオティヌスの行為を危険とし、二度あることは三度あるだろうから怖いし処刑な! が、最も可能性としては高いだろう。行き着く結果が同じだとしてこんな事に意味はあるのか。真面目に考える程馬鹿らしくなってくるが、意味はある。ただ破壊の結果破壊があるという戦場から降りる事にきっと意味はある。その為に戦わなければならないというのは矛盾であるが、矛盾を気にして生きていては疲れるだけだ。

 

 この世はプラマイゼロでできている。俺はそう信じている。これまでやってきたことがマイナスだったとして、破壊ではなく平穏を望むという願いはきっとプラスだろう。これまでがマイナスだったとしても、プラスに向かおうという意志までへし折っていては、この世は平穏から遠ざかるばかりだ。

 

 ただなんにせよ時間がなさ過ぎる。オティヌスの言う通り、今は『船の墓場』からの脱出が第一。既に王の周りを飛車角金銀で囲まれているような今から切り抜けなくては、深く考える時間さえできない。時間だ。兎に角時間が今最も必要なものである。オティヌスの問いを受けて上条は────。

 

 

「……………………あれ? そういえばどうしよう」

「おい……まさか、何にも考えていなかったのか……?」

 

 

 上条の鼓動が大きく乱れ、全身に汗を浮かべた上条が俺の方へチラチラ視線を送ってくる。なんだよ。見てんじゃないよ。俺に手があるように見えるか? やっぱり作戦もクソもないんじゃないか。ノリと勢いで雇った挙句後は全部任せますどうにかして、みたいな感じの視線を送られても、これからやる事に対して前情報も事前準備もないのに手がある訳がない。だいたい弾薬の残弾さえ心許ないし、やばいな今から帰りたくなってきたぞ。この後悔の洪水をどうすればいいのだ。頭が冷えれば冷える程に現実の無情さが心に染みる。

 

「おまっ、あれだけ堂々と見得を切っておいてそれか!? そもそもここを出てどうするつもりだった。幻想殺し(イマジンブレイカー)は異能に頼らない巡航ミサイルの雨には通じない。私は『妖精化』のおかげで現在進行形で死に続けている身の上だ。それを!! どうやって!! 助けるつもりだったんだ!? ああん!?」

「待って待ってオティちゃん馬乗りは待って!! 自分がどんな派手な格好しているか自覚がないのか!?」

「オティちゃんじゃねえよ!! いくら『理解者』だからってその呼び方は気安すぎるぞ人間!! それになんか『おじちゃん』に通ずる語感があって嫌だ!!」

「いやね、神様を愚弄するつもりはないんだけど、語感の話を持ち出したらさ、オとティとヌが一直線に並んだ時点であれをああして思い浮かべてしまう人も少なくないかもしれないよ。ほらおちん……」

「ぶん殴ってやる! お前もう本気でぶん殴ってやる!!」

「お前らその調子なら俺はマジで帰るぞ。ドタバタ上条一座を俺は見にきた訳じゃないんだよ。連合軍が相手だよ? 合衆国に? 露西亞に? 英国だよ? 見てよ俺の腕、鳥肌がやばいよ。このままじゃ数という名の暴力で焼き鳥になる未来しか……聞けやあッ‼︎」

 

 この野郎『魔神』ッ、意気揚々と上条をサンドバッグよろしくタコ殴りにしてんじゃねえ! 俺の話を聞け! こっち見ろ! 何が死に続けてるだよメッチャ元気じゃねえか‼︎ これ助けいるの? いらないんじゃね? 『理解者』だかなんだか知らないけど、仲よさそうでよかったね。

 

 ため息を吐きながら耳にはめ込んでいるインカムを小突く。『なーに(What)?』と声を掛けてくれる小さな相棒に笑みを送り、これまで使わなかった回線に合わせて貰う。その横で上条をフルボッコにして一先ず満足したのか、オティヌスはまだ何も始まっていないのにリタイア一歩手前のようになっている上条の襟首を掴んで身を起こし、荒い息を吐き出した。

 

「論点をまとめるぞ。一つ目の問題は、言うまでもなく私が世界全人類から追われている点だ。どんな形で終わらせるにせよ、どこかで『区切り』を設ける必要がある。そして二つ目。先ほども言った通り、私の体はオッレルス達がぶち込んだ『妖精化』のおかげで、現在進行形で内部崩壊を続けている。この進行を食い止める必要があるだろうな」

「……解決策があるのか?」

「……一つ目に関しては、俺に少し考えがある」

「マジでか⁉︎ 流石だ法水‼︎」

 

 手放しに上条が褒めてくれるが、逆に俺の肩は落ちる。考えはあるが、あまり取りたくない手というか、どんな手を使ったところで運の要素が抜け切らない。結局は『保険』でしかないが、何もしないよりはマシ程度の手だ。俺の顔色を見て察したのか、上条の笑顔が引き攣ってゆく。ただでさえ状況が悪い中で、ネガティヴに突っ込んでも仕方ないので一つ咳払いを挟んでオティヌスへと顔を向けた。

 

「二つ目はオティヌス、お前に頼るしかないだろうな。俺も上条も魔術絡みの案件にはそこそこ関わってるが専門家じゃない。オッレルスとかいう奴も名前しか知らないし、手はあるのか?」

「まあな、二つ目については当てがない事もない。『妖精化』は、対魔神用に組み上げられた術式だ。人の身には通じない」

「……あれ、待てよ……つまり、お前が神様から人間に戻れば……」

「内部崩壊は止まる。多くの力を犠牲にする羽目に陥るがな」

「今更それが必要なのか?」

 

 そう言えばオティヌスに肩を竦められた。戦場から離れる事を決めたのならば、兵士が手に持つ銃を捨てるように、力は必要ではなくなる。『当て』とやらを提示するように、持つ銃はこれだと指し示すように、オティヌスは黒い革製の眼帯に手を添えた。

 

「私は人の身から魔神へ昇華するため、自らの目を抉って泉に捧げている。儀礼的な破壊行為……システム化された贄だ。『目』は今も冷たい泉の底にある。そいつを回収して眼窩に収めれば、私の特別性も霧散してしまうだろうな。前に一度力を捨てた時も、あれは使わなかった。今にしてみれば未練があったのさ」

「やった!!」

「え、えぇぇ…………」

 

 手があるのは確かに喜ばしいが、そんな喜んで抱きしめる程なのか。俺は何を見せられているんだ? オティヌスを抱きしめる上条に冷ややかな目を送り、ライトちゃんの頭を小突いて写真を撮ってやる。そのシャッター音にオティヌスは顔を赤くして噴き出すが、上条はまったく気付いていないらしい。この写真絶対後で禁書目録(インデックス)のお嬢さんに送り付けてやる。俺を雇った癖に蚊帳の外だよ。どんな目で俺は上条とオティヌスを見てりゃいいんだ? 仲良過ぎじゃね? 何があったの? もうなんなの? しまいには俺は泣くぞ。

 

「それなら助かる!! ただの夢物語じゃない、これから無理矢理にゴールを作らなくちゃならない訳でもない。ほんとに、最初っからゴールは用意されているんだ! だったら!!」

「あっ、ああもう、気安いぞ人間!! それと傭兵‼︎ その写真は消せ! 天罰が下るぞ!」

「断る。これも大事な人質だ。しかし、自分で抑止の手を持ってるとは、分からなくもないがな。時の鐘も旧決戦用狙撃銃はいざという時の為に二丁あったし、基地に自爆スイッチ付けるようなものだろう? 自分の意志とは無関係に力が暴れた時の為の保険という訳だ」

「ああ、全く気づかなかったな。そんな弱点があるなら、何万回も何億回もくたばらなくたって、もっと穏便に決着をつけられたかもしれなかったのに」

「死に損については私の責任じゃない。それに、世界で唯一の対暴走用自己セーフティだ。同じ『グレムリン』であっても明かせる訳がないだろう」

 

 『グレムリン』には明かさないのに、上条には明かすのか。二人がどういう関係なのかさっぱり理解できないが、多大に信用だけはしているらしい。それにしたって何万、何億回だの意味不明なお互いの合言葉のような台詞をちょいちょい挟んでくるのが気になるのだが、しかも法水も知ってんだろ? みたいな空気を時折出すのはなんだ。知らねえよ。上条とオティヌスが揃って誰かに頭を弄られたとか言われた方がまだ納得できる。この噛み合わない感じどうすりゃいいんだ。仕事に関係ないのならそこまで気にする事でもないのかもしれないが。

 

「となると、当座の目標は『目』の回収か。その泉ってのはどこにあるんだ?」

「デンマーク。オーディンをオティヌスと呼ぶかの地の深くに、ミミルの泉はある。今も私の目が沈み続けている知恵の泉さ」

「……デンマーク? 遠いなぁおい。約八五〇〇キロ向こうか」

 

 数字にしてしまうと途方もなさに嫌気がさす。超音速旅客機を使えれば半日と掛からないのだが、学園都市にあるから使えないし、目的地が分かったところでそもそも脱出しなければどうしようもない。

 

「それより法水、一つ目に対する考えってなんなんだ?」

 

 現実を直視しても暗くなるだけだと思ったのか、小さく頭を左右に振って、上条が話題を変える為に口を開く。なんにせよ二つ目に対する答えは出た。だから残るは一つ目だ。若干目を向けてくるオティヌスと上条の目を見比べて、懐から煙草を抜いて咥えインカムを小突いて見せる。胸元のペン型携帯電話から小さな稲妻が散り、煙草に火を点けてくれた。

 

「なにから話すか……今や東京の通信網は詰まっててロクに連絡もできないが、だからこれまで使ってこなかった世界中どこにいても使える回線に切り替え中だ。逃げるにしたってこの情報社会でなんの情報も得られない原始人的な動きでは足早に動く事もままならないからな。釣鐘と垣根を先に学園都市に帰らせた理由はそれだ。時の鐘学園都市支部から情報を貰う」

「それができるなら頼もしいけど使える回線て」

「ミサカネットワーク」

 

 その短な答えに上条は目を丸くする。時の鐘学園都市支部にはミサカ一七八九二号であるクロシュがいる。どこで回線が詰まっていようが、ミカサネットワークさえ健在ならば時の鐘学園都市支部と連絡を取る事は可能だ。ただその答えに、オティヌスは僅かに眉をひそめる。

 

「それは大丈夫なのか?」

「勿論大丈夫な訳がない」

 

 オティヌスが心配しているのは盗聴の類だろうが、普通にバリバリ盗聴されるだろう。他でもない妹達(シスターズ)に。即答する俺にオティヌスは眉間に皺を刻むが、少し考えるように顎に手を置くと「そういうことか」と諦めたように息を零した。

 

「そういうことって?」

「いいか上条、ミサカネットワークを使って連絡を取り合うということは、ある程度此方の居場所さえ筒抜けになるって事だよ。つまり防犯カメラもないようなところに逃げたとしても、捕捉される危険性と絶えず隣り合わせとなる」

「お、おい! それって不味いんじゃ」

「当然不味い。が、なにをしても不味い状況から変わる事はないのだからこそ敢えて捕捉させる。罠だと思って警戒し手をこまねくようなら御の字だし、本当に必要なのは別の理由だ」

 

 こっそりオティヌスを人間に戻して万々歳という訳にはいかないだろう。寧ろ急にオティヌスの力が消失したとなれば、今が好機だ殺せオラァッ! となりかねない。だから敢えて此方の情報や会話をリークさせる。その情報がブラフだと警戒されるようならそれまで。相手が訝しんでる間にこっちは目標へ一直線。そうではなく齎される情報が本物であると信じたならば。

 

「上条、オティヌス、お前達になにがあったのか詳しくは聞かない。それを聞いても仕事を受けると決めた以上やる事には変わりないしな。ただこの先は別だ。元々連合軍の動きはオティヌスという個人が世界を変える程の莫大な力を手にしてしまう事への危惧から始まった。だからこの先力を捨てて平穏を望む。それに嘘がないなら、こちらの動きを多少なりとも差し出した方がいい。失敗するにしろ、成功するにしろ、抱えているだけでは意味ないし、それで世界に軌跡は残る。第三次世界大戦の終焉と同様に、争いを望まない者がいるのなら、わざわざ国々に爆弾の雨を降らせるような事をしないさ。それでも殺しに来る程殺意高いなら、諦めるしかない。どうする?」

「でもそれって御坂妹達を巻き込む事になるだろ」

「今更だな。悪いが俺は自分にできることはそこまで知らずとも、できないことが多くあることは知っている。だから仕事の為に使えるものは使うぞ。分かっていて俺に依頼したんだろうに。それに最悪妹達(シスターズ)の方で盗聴に成功したとでも言ってくれれば妹達(シスターズ)に危険が及ぶこともないだろう。そこは妹達(シスターズ)の、クロシュの裁量に任せるしかないがな。建前として、俺はスパイとして上条とオティヌス側に身を置く事にしたとでもすれば、色々面目は立つかなぁ? 微妙なところだけど」

 

 ここから先は全てが綱渡りだ。一般人を戦域に巻き込みたくはないが、ほぼほぼ戦闘は避けられない。急に方針を変えた此方の動きを信じてくれるかどうかさえ怪しい。ただ、やってみなければどうにかなる訳もない。綱の上に立っているだけでは突風や揺れにいつか叩き落されるだけだろう。綱を渡り切る為には、足を出すしかないのだ。オティヌスは特に何も言わずに鼻を鳴らすだけなあたり一応は了承してくれたのか、上条は少しの間押し黙るも小さく頷いた。反対しないとは少し意外だ。

 

「では堂々巡りと行こうか。まずはどうやって『船の墓場(サルガッソー)』を抜け出す? 周囲は海に囲まれ、魔術でも科学でもありとあらゆる包囲網を築いているだろうな。何か名案は?」

「水死体の真似でもするか?」

「本当に水死体になって終わりだろうな。ふざけるなよ傭兵」

「……たすけてオティヌスちゃん」

「口先ばかりで、本当に神頼みしかしないヤツだなお前は……」

 

 呆れた目を上条共々オティヌスに向けられるが、そこは元々任せると言っているだろうに。寧ろノープランノー準備で一つ目の打開策を絞り出した俺を褒めろ。勉強を教わるように魔神に縋る上条にも驚くが、魔神とこんな会話をしている今もなんとも変な気分だ、バゲージシティの時とは最早別人だよ。

 

「いいか、これが本当に最後の手段だ。『魔神』としてかろうじて残っている力を全て注ぐ。以降は私に頼るなよ。この身が内部崩壊で粉々に砕け散る」

「おい、今それ言って大丈夫だよな?」

「まだ通信繋がってないから平気だよ」

 

 ライトちゃん達のネットワークと妹達(シスターズ)のネットワークには多少のズレのようなものがあるらしいからな。ライトちゃんが元々胎児の集合体だからなのか、チューニングに少しばかり時間が掛かる。電波塔(タワー)に頼めばそういった事は簡単に済むのだが、アレに頼ると後が怖い。オティヌスはトンガリ帽子の中から何かの生物の大腿骨のような骨を取り出す。文字の綴られた骨は霊装であるらしい。

 

「『骨船(こつせん)』という。『(いしゆみ)』同様、オーディンではなくオティヌスしか手にする事のない魔術の品だ。その大きさは変幻自在、世界中のあらゆる海を一瞬で渡る便利グッズだな」

「一瞬で……? おい待ってくれ、空間移動系なら俺は付き合えない。右手のせいで無効化されちまうんだよ」

「しかも海に大腿骨とか、あと髑髏でもあれば海賊旗の出来上がりだな。海を渡った、踏破した的な結果だけを持ってくるって事か? ああちょっと待て、通信がようやく繋がった」

 

 骨の側面に綴られた文字をオティヌスがなぞるのを横目に見ながら、ノイズの走ったインカムを小突く。そこまで感度がよくはないが、ただ会話する分には問題なさそうだ。クロシュの名前を呼べば、なんとも重々しい言葉が返ってくる。

 

『先輩、ご無事で何よりです、とクロシュは安堵の息を吐きます。ただその……学園都市から帰って来た第二位の元に魔神オティヌスと、共に行動する上条当麻、先輩両名の殺害依頼が届きました、とクロシュは言い澱みながら報告します』

 

 景色が歪む。物理的に。これが『骨船(こつせん)』とやらの霊装の効果なのか、俺達を取り巻く波が滑るようにズレてゆく。いや、そんな事はいい。……今なんて? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニューヨーク、国際本部ビル。

 

 日本より遠く離れた国のビルの一室で、現地にいないながらも国を動かす重鎮達は揃いも揃って頭を抱えた。遠くにいても誰より情報が集まる場にいるが故に。「まずいな……」と合衆国大統領ロベルト=カッツェの呻くような声が会議室の中に広がる。魔神オティヌスと用意していたはずの銀の弾丸の消失。準備を重ねて撃ち込んだはずの一発が、あらぬ方向に飛んで行った。そんな事誰が予想できたか。隠して銃を向けていたはずが、いつの間にか銃を奪われ向けられているような状況。どんな秀才であろうと予測できるはずもない。

 

「これまでの上条当麻達の行動原理と一致していませんが、どなたか心当たりは?」

 

 とは言え考えたところで答えが降って湧いてくるはずもなく、ロシア成教の総大主教が話を進めようと声を上げる。律儀に手を上げ発言する少年へとロベルト=カッツェは小さく目を向け、頭を抱える手で雑に頭を掻く。

 

「そりゃお前、あいつらは過去に何度か『グレムリン』と接触してるからな。ハワイ諸島、バゲージシティ、未確認だが学園都市でもそれらしい動きはあったらしい。絶対的な力を持っていたはずの魔神オティヌスは、何故バゲージシティで上条当麻と法水孫市両名を見逃した? ……そこには『複雑』な理由があったって訳なのか」

「……その真偽は問題ではないのでしょう」

「周囲からそうした疑惑が生じた場合、『彼らは知り合いだから』では納得させられない、という訳か。世界の狂乱を食い止めるには、現実問題として元凶を撃破して取り除くしかない」

 

 ロベルト=カッツェの言葉に仏国の首脳と英国女王エリザードが続く。オティヌスを撃破する為にこれほどの戦力を投入し、撃破できませんでしたなどとなったらどうなるか。合衆国も英国も露西亞も仏国も、所詮はその程度なのかといらない不穏分子を煽る事にもなり兼ねない。それに何よりも、机の上に項垂れ張り付くように身を倒している紫陽花色の髪を持つ少女へと各国の指導者達の目が集中した。

 

(……瑞西連邦。第三次世界大戦で最もダメージを負っただけに、戦力としての形を著しく崩してやがる。それを補う為に『グレムリン』と手を組んだ、と見えなくもねえ。とはいえそれで軍事のトップをここに放っておくってのも変な話だが、それに『時の鐘(ツィッドグロッゲ)』は一度瑞西のクーデターの際に国を裏切った前科があるからな。あまり考えたくはねえが……)

 

 怪しさだけならどこまでも積み上げる事ができる。死人のように動かない瑞西の『将軍(ジェネラル)』がなにより不気味だ。集中する視線に気付いてか、僅かに肩を震わせて瑞西五代目『将軍』カレン=ハラーは拳を握る。拳の乗せられた机がミシミシ軋み、徐々にカレンの体の震えが増す姿に誰もが机から距離を少し取ったと同時。勢いよく蹴り上げられたカレンの蹴りに机が粉々に弾け飛ぶ。

 

 

 

「……な、に、をやってるんだあの馬鹿者はッ!!!! 

 

 

 

 紫陽花色の長い髪が畝り逆立ち、その鋭い剣気にロベルト=カッツェは口端を引き攣らせた。沸点超えるにしても場所を選べと言う暇もない。頭から角でも突き出すような勢いでカレンは立ち上がると、頭を乱雑に掻き歯をカチ鳴らす。

 

「今動かせる瑞西の最大戦力の一人が寝返ってどうするッ‼︎ 建て直そうとするその土台を打ち崩すやつがあるか‼︎ 休止中の『時の鐘(ツィッドグロッゲ)』に連絡を入れるぞ! これだからあの馬鹿者は本当に……ッ、どうせいつもの刹那快楽主義者のどうしようもない病気だ! 何を見たのか知らないがその性根を叩き直してやる! 連絡ぐらい先に寄越せ! 英国女王! すまないがアニェーゼ部隊を借りるぞ! 私が直接叩き斬る!」

「待て待て瑞西の嬢ちゃん。その意気込みは買うが、瑞西の『将軍(ジェネラル)』は動かない方がいいと思うぜ? 瑞西の最大戦力の嬢ちゃんが動けば嫌でも目につき過ぎるし、ある意味人質としてここで大人しくしてて貰った方が俺達としても安心できる。瑞西ではなく法水孫市個人の動きとしておく為にも、嬢ちゃんは動かない方がいいだろうな」

「だがそれではッ、くそ、立場とは面倒なものだ。……取り乱してすまない合衆国大統領」

 

 肩を落とし椅子に座りなおす『将軍(ジェネラル)』の姿に、ロベルト=カッツェは冷や汗を垂らす。大きくはないカレンの体躯からどうすれば戦車みたいな馬力が出るのか。肉体戦闘能力だけで言えば、カレンの駆動力は群を抜いている。聖人も側にいないのであれば、無闇矢鱈と暴れて欲しい存在ではない。僅かでも落ち着いたらしい『将軍(ジェネラル)』の姿にエリザードは小さく頷いた。

 

「戦力を貸すのは構わん。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が相手なら下手に『表』の戦力を動かしても狩られるだけだろうからな。休止中の『時の鐘(ツィットグロッゲ)』を動かしてくれると言うならありがたくはある」

「それでは足りないだろう。あの馬鹿が本気なら尚更だ。前に進むと決めた時ほど厄介だ。此方に残っている他の手も貸そう。隠し事はなしだ。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の学園都市支部にも繋げ」

「結局、通常運転しかねえか。世界をかき分けて『オティヌス一派』を見つけ出し、平等に破壊する。これ以上の社会不安を抑えるには、これしかねえだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばっ、ばばばばばばばばうばっふばうはばっふ!!」

「やべえよ……手が早過ぎだよ……殺す気満々過ぎるよ……これまで静観してた癖にふざけんなよ……普段からそれぐらい機敏に動いてよ……狙撃銃一丁でどうしろってんだよ……」

「おい、会話を求めるなら人の言葉でしゃべれ。神にも理解できない言語など創作するものじゃない。世界の法則が壊れるぞ。それにうるさいぞ傭兵。項垂れるなら他所でやれ」

 

 真っ白な銀世界の中で冷淡にオティヌス側に告げる。上条はさっきからはしゃいだ犬みたいな声しか出さないし、どこで見ていたのか知らないが、学園都市の手の早さが早過ぎて驚いてる暇もない。敵認定が早過ぎるよ。言い訳をする時間さえくれないとか。殺意の高さに笑えない。もう元々俺と上条もまとめて殺そうとか考えてたんじゃないかといらぬ陰謀論が頭を過ってしまうほどだ。

 

 デンマーク。正式名称はデンマーク王国。北欧諸国の一つであり、ヴァイキングやアンデルセン童話の著者、ハンス=クリスチャン=アンデルセンの母国として有名だ。世界で二番目に古い王室を持ち*1、千年以上積み上げられた歴史ある国のスモーブローやフリカデラといったデンマーク料理に舌鼓を打っている時間もない。

 

「はっ、吐く息がキラキラしているんだけどこれ何? 少女漫画時空にでも迷い込んだの!?」

「それはダイヤモンドダストだ。写真撮るか?」

「だっ、だだだだだだめだっ、どっかでコート買えないか尋ねてくるっ。だ、大丈夫、きっと日本円はこの国でだって信用されているさ!!」

「何でも良いが目立つなよ。そしてデンマーク人が何語で話しているか分かっているのか?」

「海外旅行なんて身振り手振りで何とかなるっ! ビーフオアフィッシュ、サイトシーイング!!」

「その逞しさは見習いたいな。ちなみにデンマークの母国語はデンマーク語だぞ。俺は少し苦手だ。英語でも通じるからそっちを使え」

「てか法水は寒くないのか⁉︎」

「こういうのって慣れとかあるにはあるし、俺より短パン小僧よりも開放的な格好をしてるお嬢さんに言ってやれよ。倒れられても困るし上着使うか?」

「使ってやらないこともない」

「なんでそんな偉そうなの? おい上条、この子どうにかしてくれ」

「この寒さをどうにかしてくれッ!」

「神にでも頼め」

「無理だな」

「無理だって」

「ちくしょーッ!!!!」

 

 気温、マイナス十五度。魔術の神に無理だと軽く言われ、自分の肩を抱きながら、煉瓦造りの家屋の屋根の上で雪掻きをしている男性に向けて上条は走った。デンマーク語どころか英語も無理だぁ! などと普段は言っている癖に、こういう時の上条のアグレッシブさはどこから来ているのか。隣に立つオティヌスに目配せもせずに軍服の上着を投げ渡せば、顔で受け止めるでもなく普通にキャッチされた。得意げに鼻を鳴らすオマケ付きで。なんとも苦手な奴だ。

 

 遠くでロボットダンスでも踊るかのようなジェスチャーをしている上条をオティヌスと会話することもなく見つめて数分。肩を落とし、歯をカチ鳴らしながら、上条はトボトボと歩き帰ってきた。

 

「何と言っていたんだ?」

「若いのは良いけど今年の冬は寒すぎる。外でハメを外すならカー●ックスにしておきなさいって」

「こっ!! こんな世界もう滅ぼしてやるっっっ!!!!」

「あの男の目は腐ってるのか? 大前提として車があるように見えるのか? まず車を持ってこい! いや、奪ってくれって事でいいな! 狙撃銃とFUCKさせてやるよ!」

「待ってぇぇぇぇッ⁉︎ お前達が揃ってそうなると上条さんには止めようがないから⁉︎ 逃げて! 男の人超逃げて! デンマークに着いて早速儚い命を散らせようとしてんじゃねえ!」

 

 俺とオティヌスにへばりつくように張り付いてくる上条が邪魔だ。何を勘違いしているのか屋根の上で雪掻きをしている男性は大声で笑いスコップを掲げている。世界はエロで回っているとでも言うのか。そんな必死嫌だ。

*1
世界最古は日本皇室

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