「お前、痛覚どころか温度感覚も喪失したって? いくらなんでも鈍過ぎだろう。もっと早く気付けよ」
「お前に言われたくはない」
キャンピングカーを改造した屋台車両の中で、時の鐘の軍服の上着を羽織り座っているオティヌスに鼻で笑われる。
学園都市の策によって飛来して来た
「にしても法水、狙撃銃持っててよくヒッチハイクに成功できたな。なんて言ったんだ?」
「熊猟の最中に降って来た隕石の衝撃に巻き込まれた。久々に軍基地から出ての休日なのに最悪だ。同僚なんて衝撃波に服を剥ぎ取られたってな具合だ。オティヌスが痴女みたいな格好をしていたおかげで楽に同情が引けたぞ」
「あぁ……それは、まあ、なあ?」
「なんだその目はお前達」
死んだ魚みたいな目にもなるわ。極寒の地でとんがり帽子に下着みたいな格好してる女の子とか、どこからどう見ても頭おかしいもん。寒さに頭をやられちまったと言っておかなければ、警察署に連行されかねない。それでも病院はオススメされたがな。魔術の為だかなんだか知らないが、言い訳のしづらい格好はやめてもらいたい。オティヌスの血色が戻ってくるのに合わせて、屋台車両は大きな街に到着した。
イーエスコウ城に向かうまでに通らなければならない通過点の一つ。デンマーク第四の都市オールボー。人口およそ十二万人の石造りの街。屋台車両から降りて乗せてくれた店員に礼を言い離れて早速寒さに震え出す上条を横目に、石造りの街並みへと目を走らせる。
……
無機質な機械の目などではない。戦場の中で、無人となった一区画に足を踏み入れた時と同じ。遠く建物の屋上に影がちらつく。狙撃手ではない。真実は学園都市からの攻撃だが、大気圏外から何かが落ちて来たとなれば、空路は一時的に麻痺するはず。何より軍人を送り込むとなると手続きが超絶怠い。パニックを恐れてデンマークに魔神がいると、連合軍に参加していないデンマークにわざわざそんな話が行っていないだろう事を思えば、デンマーク軍もまだ動いてはいないはずだ。俺は気付いていませんよとアピールする事も含めて懐から煙草を取り出し咥えて火を点ける。
「……何でヨーロッパはみんなこうなの? 三〇〇年ものとか五〇〇年もののアパートって敷金礼金とかどうなってんだ? この人達消防法とか気にしないの?」
「保証金な。というより、全体的に見れば日本の方が異質なんだ。2×4と鉄筋コンクリートしかない国など世界中見回してもあそこくらいだ」
「第二次世界大戦と地震と噴火の所為だよ言ってやるな。その分歴史の闇は深いぞ。どちらかといえばそれを真新しさで隠してる国さ」
「……法水、お前も日本人だよな一応。それにしても、海底トンネル通った時は絶対なんかあるって思ったのに何にもなかったな。てっきり途中でトンネル吹っ飛ばされて大波に追われながらアクセル全開くらいはあるんじゃねえのって覚悟していたのに……」
「連中は一〇〇%全力の魔神と戦う事を想定しているんだ。海に沈めた程度で殺せるなどとは思っていないのだろう」
「それだけじゃないさ。気にせず今も一般人が走ってる交通の為のラインを破壊できるか。被害もそうだし、デンマークにどれだけ賠償金を払う事になるやら」
他にも理由があるだろうがな。ヴェンシュセルチュー島からユトランド半島の北端に位置するオールボーまでの海底トンネルに入ったとなれば、出口はもう決まっている。オールボーで潰す為に準備していた方が確実だ。ただ一般人達が普通に道を行き交っているあたり、大々的な動きだろうが、どこか一線を引いている。そここそが付け入る隙だ。
「……さて、上条達は防寒具を買いに行くんだろう? じゃあオティヌス上着を返せ。銃身を外して狙撃銃の本体に巻いて隠すのに使う。カードは貸してやるから好きに使えよ、島とか急に買わなければ足りるはずだ」
「お、おう。いいのか?」
「居場所は割れてるし使っても構わないさ。それに仕事が成功すれば莫大な収入が約束されているからな」
「おう……おう? あれ? 俺いったいお前にいくら支払えばいいのでしょうか?」
「サラリーマンの人生何回分なんだろうな……」
「ちょっと待て、少し話し合おうぜ法水」
「そんな時間はない。次はお前の番だぞ上条、引き金は俺が引いてやる。合流場所は、まあなるようにしかならんさ」
狙撃銃から銃身を外してバラシ腰に差し込み、狙撃銃の本体に軍服の上着を巻きつけ背負う。こうでもしないと光を反射してすぐに居場所がバレるからな。ついでにインカムを小突いてライトちゃんに通信をOFFにして貰い、上条とオティヌスに手を振った。
「法水?」
「俺の事は気にせずに動いてくれ、その方が俺も助かる。上条はデンマークが初めてだし、エスコートは任せたぞお嬢さん」
「……お前も、まあなんだ、死にはするなよ」
オティヌスが俺の心配をするとは驚いたな。力を失い優しさでも手に入れたのか。
『妖精化』のおかげで現在進行形で死に続けている身の上とオティヌスが言っていた通りならば、此方の切れる手札は俺と上条の二枚だけ。一枚ずつ出すのか、二枚出すのかは別として、敵を前にしたならば、必ずどちらかは切らなければならない。突発的な戦闘ではなく、準備された戦場が相手であるなら、オティヌスという手札が切れない以上、俺を切るしかない。
何よりローマ正教が予想の通り相手であるなら、まだなんとかなる。これがロシア成教やイギリス清教ではそうはいかない。スイスに本部を置く魔術結社『
『
「魔術師は基本機械に弱いからそこまで気にしなくてもいいとは思うが、頼む。悪いなライトちゃん付き合わせて」
『
「それはそれでどうなんだろうか……」
呆れて小さく笑いながら、手近な食料品店目掛けて足を向ける。適当に歩き缶詰の並んだ棚の前で足を止め、手に取り戻しを繰り返しながら再び足を出して従業員用の扉を開けて素知らぬ顔で路地裏へと抜ける。石造りの外壁の窪みへと手を伸ばし引っ掛けた指を体を振って持ち上げながら上って行く。屋上へと身を滑らせて寝転がり見つめる遠方の大通りに見える幾つかの黒い修道服。
「Bingoッ、ローマ正教の修道女だな。これで作戦を経験通り組み立てればいい」
「
「魔術戦をある程度想定はするが、相手は魔術の専門家だ。わざわざ相手の土俵で戦ってやる必要はない。相手の特性と此方の経験。戦場を『魔術』ではなくまずは『軍事』に置き換えて整理するとしよう」
路地裏へと向けて這いずり、一箇所に留まらずすぐにビルの屋上から降りる。インカムから聞こえてくるライトちゃんの声と会話しながら手と足を動かす。一人の思考では癖が出るし、会話しながら考えを組み立てる。俺の思考に疑問をくれるライトちゃんがいて助かった。
「ローマ正教の武器は勿論数だ。『神の右席』や『
大覇星祭の時に持ち出された『
「数の力で大きな力を生むには、それを束ねる楔のようなものが必要だ。『
『
「それを無力化できれば早い。ただ問題があるんだがな」
『
オティヌスが言っていた通り、オティヌスが魔神の力を失ったと相手は思っていない。つまり、万全ではなくても、『魔神』に通じるだろう何かを準備してきているはずだ。そんなものと真正面からぶつかっては勝負にならない。一対一で俺が勝てたとしても、此方が三人であるのに対し、相手はどれだけオールボーにいるのかも分からない。そもそも楔をどうにかしなければ、数をどれだけ削っても微々たるものだ。俺は一撃で数百人を倒すような技は持っていないのだから。
路地裏の中から外の通りへと足を伸ばし、一般人達から付かず離れず、人混みに紛れるように足を出す。
「全体を無視して楔の元へ一直線で行くしかない。そうなると相手の場所がね」
『
「学園都市じゃないからそれは厳しい。……が、ある程度の目星はつける事ができる」
網を張るとしても、何を準備するにしても拠点がいる。動きの基点となるところ。軍人が軍基地に、諜報員がホテルに泊まるように、そこにいてもおかしく思われないところ。デンマークに広く通達もしておらず、一般人が周知していないのであれば、間違いなく宗教関連施設のどこかだ。そしてローマ正教である事を加味するのなら。
『オールボー城とか?』
「そういった有名な場所に張られてたら一苦労なんだが、おそらくそれはないよ」
それでは人目につき過ぎる。何よりデンマークの宗教は新教が中心。ローマ正教がそう出張って目立ち動いては、デンマークの勢力からして面白くないだろうし、いらぬ誤解を与えかねない。何よりも『オールボー城』やオールボー最古の広場である『ガメルトーヴ広場』などでは、観光客なども多いため、大きな動きが制限されてしまう。だからこそ狙いはそう有名でもなく、ローマ正教の修道女がいても怪しまれない場所。時間もないなら尚更隠蔽工作をしているような時間もない。
「……カトリック教会最古の修道会、ベネディクト会。ベネディクト派の信徒の中にその昔『北欧の使徒』と呼ばれた宣教師がいたりした。聖アンスガーと言うんだが、そのアンスガーの名を冠する教会が北欧には幾つかある。このオールボーにもな」
『
「とはいえ馬鹿正直にそこに置くような事はしないだろうさ。それじゃあ簡単に割り出せ過ぎる。その周辺のどこかの方が可能性としては高いだろうな」
とはいえ『魔神』が相手、少しでも魔術の効果を高めたいのであれば、偶像崇拝の力も借りるとして、宗教関連施設にいるはずだ。さてさてさてさて、そうなのだとすると、まず置いているだろう戦力から少し離れたところが第一候補だ。下手に戦力を密集させては『魔神』の一撃で諸共吹っ飛ぶ危険性を孕むと普通なら考える。魔術で連絡取れるならインカム持ってるのと変わらない。だから距離をとっても問題ない。
「さて……『
『えーと、
ライトちゃんの唸る声を聞きながら、アンスガー教会方面に向けて足を出す。悪いが使える手は使わせて貰う。一般人に周知されていないからこそ、一般人の壁を盾に目的地を目指す。『善』の為に相手が動いているのであればこそ、周りを巻き込むような手は取れないはず。まるで『悪党』であるが、立場的に間違いでもないので『悪』さえも使う。再び周囲の視線から消えるように路地裏へと足を出し、その中で足を止める。足元のマンホールに
『
「よし! …………ん? 赤毛の? シスター? ……髪は?」
『三つ編みいっぱい!』
「へー……身長は?」
『ちっちゃかった!』
「へー……ちなみにだけど名前知ってる?」
『アニェーゼ=サンクティス!』
……ですよねぇ。そうか、つまりアレだ。来てるのはアニェーゼ部隊だ。だとすると楔であるのも間違いなく部隊長であるアニェーゼさんと。一方通行といい知り合いばかりやって来るな……。しかもアニェーゼ部隊とは、英国でその優秀さはよく知っている。デンマークに一番乗りして来たローマ正教関連の勢力として予測しておくんだった。
「……ライトちゃん、教会までの案内を頼む」
『いいの?
「下水道ほど音が響く方が俺としてはやりやすい。近付かれればすぐに分かる。それに欲しいのはオールボーを通ったという結果だ。誰が相手でもそれは変わらないんだが……」
殺すのはそもそもご法度。知り合いだし一方的にボコっていいものか。下手に暴力を磨いてきたからこそ、難題に対して暴力で対する事が解答の第一にきてしまう。戦いは避けられないとしても、そもそもこれは戦いの為の旅ではない。正確にはその戦いを終わらせる為の旅。オティヌスが力を捨てたように、
ライトちゃんの指示を聞きながら下水道からマンホールを開けて地上に出る。周囲に目を走らせて教会を見上げてため息を吐いた。それはもう盛大に。胸の内に燻るなにかを吐き出すように。
「確かに修道女は密集してないっていうか……一人も居ないとか……逆に怪しいだろうが」
『
「……寧ろその方が気が楽だな。どちらにせよ」
行くしかない。腰に差していた
「来やがりましたね」
「……俺が来るだろうと分かっていて一人なのか? それはまあ随分と……それだけ用意した物に自信があるのか?」
「いいからさっさと入って扉を閉めてくださいよ。誰に見られているかも分からねえんですからね」
教会の扉を閉めて
「あなたがそっちにいる段階で本気で敵に回ったならもっとえげつない動きをするはずですし、未だに誰も狙撃されてない辺りで私も少し考えますよ。シスターアンジェレネなんて顔真っ青にしてましたからね。まあ執行猶予とでも思ってください」
「とはいえ俺はここに来たわけだが」
「一応は敵同士という形なんですからそりゃ来るでしょ。何をやってやがるんだか、カレンとか超怒ってましたからね。どうなっても知りませんよ私」
「……やめようよ、それは考えないようにしてるんだから。だいたいこっちが情報をやる前から超絶殺す気で手を打ってくるから悪いのさ」
「『魔神』相手になに言ってんですかまったく」
アニェーゼさんと見つめ合い、小さく息を吐いて
「おいおい、武器を手放していいのか? アニェーゼさんの体格と体つき見るに、格闘戦なら俺はアニェーゼさんを容易に撲殺できるぞ」
「ご忠告どうも。そもそもあのツンツン頭もそうですが、仕事で動いていたあなたがそう簡単に寝返るとも思えませんし。洗脳系の魔術も疑いましたけど、あの右手がありますからね。ある程度場を整えればあなたなら目星を付けて周囲に気取られず喰い破って来ると見越したわけです。正気のままなのだとすれば、武器も持ってもいない女の子に弾丸をプレゼントしたりしないでしょう? 見当違いであったならそれこそ、あなた達に容赦する者はいなくなる訳ですしね」
「……ある程度信用はあるって?」
「まあこれまでの行いに感謝でもしてください。それで? 訳があるので?」
足を組むアニェーゼさんを目を細め、頭を掻いて少しの間天井を見上げる。
「あぁー……仕事?」
「馬鹿ですかあなた?」
めっちゃ馬鹿を見るような目で見られた。いや、客観的に見ればやっている事がそもそも馬鹿らしいのは事実だが。改めてそんな目で見られると心痛い。ただ間違いでもないのでそうとしか言えない。アニェーゼさんのジトッとした目が深まっていくのを目に、慌てて言葉を足していく。
「俺だってクソ野郎からの仕事だったらそもそも受けないさ。上からの命ならいざ知らず、俺が選べるのならな。俺の雇い主はオティヌスではなく上条だ。仕事の内容は、オティヌスが『魔神』としての力を放棄するまでの護衛とでも言ったところか。戦闘がない方が此方としてはありがたいんだがねぇ」
「そりゃこちらとしても戦いは避けたいですけど、魔神が力を放棄? 本気で言ってんですか? また難しい事を……あなたはそれを信じたと?」
「どうかなぁ、だって俺詳しく知らないし」
そう言えばまた馬鹿を見るような目で見られる。やめようよその目。あぁ追加で舌まで打たれた。顳顬に青筋まで浮かんでいる。そんな顔されても、おっとー、席から立ち上がりアニェーゼさんの手を掴む。
「こらこら、杖に手を伸ばそうとするんじゃない。俺ちゃんと話してるよ?」
「ええ、あなたがミラクルアホ野郎になったのは分かりました。もうバラしてもいいですよね?」
「なにをだよ! ちょっと待ってくれよ! 口先で
アニェーゼさんの手を放し、再び椅子に腰を落とす。懐から煙草を取り出し火を点けて、天井に向けて紫煙を吐き出す。
「アニェーゼさんは今持つ力を手放そうと思えるか?」
「それは……」
「ああ俺も難しい。戦場を知っていて、自分になにができるか少しでも知っているからな。だからそれを手放すと決めたのなら、それは素直に尊敬するよ。誰もがそうなら争いなんてなくなるんだろうが。そんな甘い訳もないと俺もアニェーゼさんも知っているからこそ手放せない。それでも、そんな甘ささえ否定するようなら、俺もアニェーゼさんもここにはいないだろう?」
「魔神の甘さを信じろと?」
「俺は自分が目にしたものしか信じない。神も天使も知ったこっちゃないんだよ」
絶対的な力を振るう『魔神』と、上条と馬鹿をやっているオティヌス。どちらが嘘なんて事はない。どちらも本当なのだろう。そして前者を捨てようという少女の道を邪魔するのか否か。嘘がないのなら邪魔をしたくはない。
「馬鹿をやっている今を見せられると何となく分かる。魔神は孤独を恐れたんじゃないか? 絶対的な力もまた孤独の一つではあるだろう。そんな暗闇の中から手を引いてくれる奴にでも会ったのさ。俺が路地裏でボスに手を引かれたように。アニェーゼさんが路地裏で……まあなんだ、そんな感じ」
「……いつも通りお人好しがお人好しやってるって話ですか。戦いを終わらせる為にあなた達はデンマークにやって来たと?」
「魔神の力を捨てる為の手段がデンマークにあるんだと。だから見逃してくれるとありがたいんだがなぁ」
「……難しいですね。例えそれが本当だとして、誰もがそう簡単に信じる訳もないでしょう。『魔神』にはこれまでの前科がある」
「だろうな。それは俺も分かってる」
「一部隊の部隊長でしかない私やあなたは別として、より多くの者を背負っている上に立つ者達はそんな曖昧なもので納得しないでしょうね。危険の芽は摘むに越した事ないですし、前科があるなら尚更です。だいたい、いいんですか? あなただって部隊長でしょ?」
「個人を尊重し、そして自由度の高さが『
「馬鹿ですね」
そんな馬鹿馬鹿言わないでくれよ。自分でもそう思っているだけに否定もできない。椅子に深く沈み込んで煙を吐いていると、ため息を吐いたアニェーゼさんと目が合う。
「話はまあ一応飲み込みましょう。不可解な点があるのは事実ですし、ただ、見逃すかどうかは別ですけど」
「……そうか、なら、まあ痛くないように絞め落としてやる」
「待ちやがりなさい。こちらにも果たさなければならない責任がありますからね。さて、なんて呼び掛けるのがいいですかね?」
通信用の霊装であるストラップの付いた携帯を掲げるアニェーゼさんを目に顎に手を添え考える。何もしなかったという結果はアニェーゼさん達にとって良くない訳だ。呼び掛けるのが上条達にだとすれば。よし。
『上条当麻、及び魔神オティヌスに向けて警告します。あなた達が市内に潜伏している事はすでに把握しています。一〇分以内に武装解除し、同市内のアンスガー教会へ投降してください。いかなる理由があろうとも、同条件が達成されなかった場合は敵対の意思ありとみなして、上条当麻がどう魔神を誑かしたのか、既に捕らえている法水孫市から聞き出しぶちまけます。上条当麻は修道女の服剥ぎ魔の一人ですので修道女達は気を付けて……』
「よし、こんな感じならあいつは慌てて走ってくるぞ。馴れ初めはオティヌスのあの痴女的な格好に上条が欲情してしまった的な感じで始めるとしよう」
「……楽しそうですねあなた」
何にせよ建前でも俺も含めた上条一行へと警告は送れたし、これで集合場所も問題ない。後は急ぎやって来るだろう上条と合流してオールボーから出て行けばいい。日本語の放送だし上条が聞き間違える事もないだろう。
「悪いなアニェーゼさん、協力して貰って。知り合いが優しくて優秀な人達ばかりで俺は嬉しいぜ」
「あのツンツン頭には借りもありますし、シスターアンジェレネもあなたに何故か懐いてますしね。それに、見逃すにしてももうこんな手次は使えませんよ。こちらにも立場がありますから、あなた達は明確な敵で、こちらの警告も無視して逃げられたという事にでもしないと」
「分かっているさ、この借りはいずれ返すよ」
席から立ち上がり置いていた狙撃銃を背負う。軍楽器を手に教会から出ようとしたところで、アニェーゼさんの咳払いに足を止められた。振り返った先で『
「あなたを逃すにしても一度捕らえたという事にしているのに無傷というのもおかしな話でしょう? 上条当麻が来るまでまだ時間はあるんですし、さあ、あなたはどう嬲られたいですか? リクエストを聞いてやってもいいですけれど?」
「ちょ、ちょっと? 何でここ一番楽しそうな顔してんの? 何で杖をくるくる回してんの? それ必要? 必要なの? 待ってくれよ! 俺にそんな趣味はない! だいたい俺は痛覚ほぼほぼないんだぜ?」
「大丈夫ですって、やりようはいくらでもありますから。世界最高峰の傭兵の一人がよがるところなんて滅多に見られねーんですし♪」
く、くそ、逃げ場はないのか? こうなったらアンジェレネさん式のあの手を使うしかないッ‼︎
はい、正気に戻ってくださーいっ‼︎
「なあ法水、なんでお前そんなぼろぼろなの?」
「いいか、それは聞くんじゃねえ。お前に分かるか? 逃げようのない受けるしかないSMプレイを強要される悲惨さが。好き勝手ボコボコと。アンジェレネさん式の手を使ったら逆に被害が増したわ。アニェーゼさんの下着の色とか興味ねえんだよ。それを言ったら更に被害が増した。骨が折れてないのが唯一の救いだ」
「お前はその前にその頬の紅葉マークをどうにかしろ。隣を歩いていたくないぞ」
「にしてもアニェーゼも見逃してくれるなんてな」
「……ま、路地裏仲間にしか分からない事っていうのもあるのさ」
ちらっとオティヌスに目を向けて鼻を鳴らす。オールボーを何とか通過する事は叶った訳だが、その分危険度はより増したとも言える。曖昧であった俺と上条の立場が明確になってしまった訳だからな。オティヌスに操られている訳でもなく、オティヌスと共にいる上条と俺は完全に敵役となった訳だ。これ以降オティヌス共々多くの相手は正真正銘殺す気でやって来るだろう。見逃して貰った代わりに差し出した情報がどれだけ役に立つのやら。次どこの勢力がやって来るのか予測もできない。まあそれはいい。考えても仕方ない。それよりも俺は言いたいことがある。
「俺がアニェーゼさんと話し合ってた間、お前達は何やってたの? 何で防寒具買ってないの? 俺がカード貸した意味」
「お前があんな放送させたからだろうが! 慌てて店から出たわ! 俺がオティヌスに悩殺されたってなんだあれ!」
「お前は私をなんだと思っているんだ?」
「『魔神』という要素を抜いて見るなら、上条と乳繰り合ってるただの痴女」
べきりッ! と痛い音が響く。オティヌスに蹴られた。こいつ見た目より全然元気だろ。
寒さに変わらず震える上条に、一〇キロ程南下すれば次の街があるとオティヌスが言っているのを聞き流し、蹴られた場所を摩りながら歩き続ける。野次馬達が一方通行の落ちて来たヴェンシュセルチュー島の方へと流れている為か、ヒッチハイクをしようにも全く車が通ってくれない。そうして歩き続け五キロ。道端に捨てられていた廃車を目に上条が白旗を迷わず上げたため、廃車の中に避難する。
「だっだぶっ! ダメだったじゃん。やっぱりたかが一〇キロなんかじゃなかったじゃん!!」
「最大の敵は寒さになってきてるな」
「なんかね、もう災害に巻き込まれる系のゲームみたいになってきてるんだって! その内なけなしのお札を燃やして暖を取るようになったりするんじゃねえだろうな!?」
「上条、これが終わったら冬の時の鐘の訓練を試してみるか? 一〇キロなんて散歩ぐらいにしか思えなくなるぞ」
「俺をそっちの道に引き摺り込もうとするんじゃない。それは色々と人間をやめてる」
「じゃあ俺はいったいなんだと言うんだ?」
「そうか、法水は人間じゃなかったんだな……」
「喧嘩なら買うぞこの野郎」
殴り合えば暖が取れるのではないかと拳を握り真剣な顔で考え始める上条に、アニェーゼさんにも向けられた馬鹿を見る目を送る。必要のない消耗をしては意味もない。後部座席に座る上条とオティヌスの姿を、運転席からバックミラーで確認していると、ゆらりゆらりと力なく揺れているとんがり帽子。
「オティヌス」
「ああ白状するよ。何だかさっきからすごく眠い……だがこの先安心して長時間睡眠を取れる機会はほぼないと考えるべきだろう。ここデンマークに押し寄せる追っ手の数は時間と共に加速度的に増加していくだろうし、闇雲に捜すだけでなく、情報面の精度も増してくるだろう。五分、一〇分の間隔で短く休憩を取っていくべきだろうな」
「……確認するけど、大丈夫なんだよな?」
「別にこのまま死ぬ訳じゃないさ。むしろ休憩を取らない方が追い詰められるぞ」
そう上条と短い会話を終えてしばらくすると、すぐにオティヌスは夢の世界へと旅立った。俺と上条のいる中で眠れるとは、俺が想像するよりもずっと気を許しているという事か。時間を掛けるだけ追い詰められるが、どうしても体力という問題がある。俺や上条だけでイーエスコウ城に辿り着いても仕方ない。『妖精化』というものがどういったものか俺も詳しくは知らないが、絶えずその影響を受けているのなら、一番身を削られているのは、なんだかんだでオティヌスではあるのだろう。オティヌスの寝顔を見つめて微笑む上条の顔をバックミラーで確認し、ほっと小さく息を吐く。
「おい上条、顔が舞夏さんを見てる時の土御門みたいになってるぞ」
「マジか……法水ちょっと殴ってくれ」
「そこまで嫌か……それにしたって普通の寝顔だな」
「あぁ、切り捨てたくねえな。守ってやりたい」
背筋が痒くなり小さく伸びをする。愛だの恋だの、そういった要素なしにほいほいとそういう事を口にするから上条はまったく。
「……上条、もう寒くないか?」
「おう…………あぁいや、やっぱり少し寒いな。運動でもすればあったまるか?」
温度差で結露し曇ったフロントガラスの先に映る赤い点が二つ。それが修道服であると気付いた上条が、寝息を立てるオティヌスをゆり起こす事もなく、静かにドアを開けて表に出る。助手席に銃身を外し置いていた狙撃銃を手に掴み、俺も上条に続いて外に出た。上条の隣で狙撃銃を連結させる。
「さて、暖を取りに行くとするか」
「おしくらまんじゅうって訳にはいかないだろうけどな」