時の鐘   作:生崎

193 / 251
グレムリンの夢想曲 ⑦

 Billund(ビルン).

 

 デンマーク、ユトランド半島中央、南デンマークの北端に位置する小さな町。誰もが一度は見た事があるだろう『LEGO』発祥の町である。

 

 『Legoland Billund Resort(レゴランド=ビルン=リゾート)』と呼ばれる世界初のLEGOをテーマとしたテーマパークが置かれ、街のあちこちに点在しているLEGO社の施設。LEGO社の本社も立地しており、デンマーク国内第二の国際空港、ビルン空港は事実上LEGO社関連専用空港と言われるほどの企業城下町。

 

 LEGOの聖地とも言える町であるが、人口は約六〇〇〇程と多くはなく、LEGOと自然に囲まれた静かな町だ。

 

 普段なら。

 

 バッテリーを交換し、立て続けにラジオから流れた隕石騒ぎやUFO墜落のニュースにぼやいた運転手の言葉を聞き流しながら、一〇〇キロ以上走りビルンの町に辿り着いたまでは良かったのだが、そこで運転手と別れ新たな車を探す作戦は早々に頓挫した。

 

「まずいな。あっちもこっちも物々しい連中ばっかり。ハリウッド映画に出てくる特殊部隊ですって感じだな。何だろう、アメリカ軍とか?」

「彼らに要請されたデンマーク軍だろう。その内、主要な道路に検問を敷かれるな。こうなるとヒッチハイクも難しいか」

 

 上条が呟き、オティヌスが答える。二人の会話を聞き流しながら聞こえないくらい小さく舌を打った。ライトちゃんとデンマークにいる妹達(シスターズ)がくれた情報通り、既にデンマーク軍が動いている。物陰の中でマリアンさんが製造したクロスボウと矢筒を背負い直し、遠方に佇むデンマーク軍人に目を這わす。軍服に縫い付けられている部隊章を目に、おもてに顔を伸ばそうと動く上条とオティヌスの首根っこを掴み引っ張る。

 

「うおッ⁉︎ の、法水? どうかしたのか? 」

「……猟兵中隊だ。顔を出し過ぎるな」

「な、に? 猟犬?」

「猟犬じゃない。猟兵中隊だよ。オールボー空軍基地に本部を置くデンマーク陸軍特殊部隊。通称猟兵中隊。隕石騒ぎやらで空路は封鎖されているから考える必要なかったんだが、米国にせっつかれて出てきたか。ビルン空港はデンマーク国内第二の国際空港だ。オールボー空軍基地から一直線にやって来やがったな」

「……やばいのか?」

「対テロ戦や破壊工作はお手の物。アメリカ陸軍特殊部隊とも協力関係にある。『時の鐘(ツィッドグロッゲ)』とも何度か合同訓練してるしな。軍曹以上の階級の者しかいないデンマークの切り札、精鋭部隊の一つ。……ちと困った」

 

 この状況。猟兵中隊が動いているということは、まず間違いなくアメリカ陸軍特殊部隊も動いている。イーエスコウ城まではおよそ残り一〇〇キロ。イーエスコウ城のあるフュン島には橋を通らなければならない為、フレデリシアに向かわなければならないのだが、運転手の目的地がビルンだったのだから仕方ない。にしたって猟兵中隊のお出ましとは相手も手段を選ばない。一人一人が一定以上の技術を収めた軍人だ。一対一で負ける事はないだろうが、中隊として動かれれば厳しい。壁を背にして舌を打ち、インカムを小突いて取り敢えず防犯カメラの映像をライトちゃんに乱して貰う。

 

「傭兵、これはお前の領分だ。どうするのがいい? 引き返すか?」

「それはない。一度でも回り道をすれば絶えず遠回りする羽目になる。時間を掛けるだけ動けなくなるしな。猟兵中隊まで動いているなら、遠回りして海岸沿いに動こうにも、おそらくデンマーク海軍の潜水部隊、フロッグマン中隊も動いてる。そっちの方がやばい。水辺で引き摺り込まれ水中戦にでもなれば、フロッグマン中隊にいる一握り、一流のフロッグマンには、この装備じゃ俺でも勝てん」

「……なあ、それ人間の話だよな?」

「今度世界の特殊部隊講座でもしてやろうか上条。技術の世界もなかなか広いぞ。時の鐘は傭兵部隊だが、時の鐘のように特化した特殊部隊を持つ国々はそこそこある。デンマークのフロッグマン中隊は正にそれだ。噂じゃ蛙の魔術を使う奴が紛れ込んでるとかな。海から遠い今を幸運に思った方がいい」

「ケルト神話か?」

「海と山で俺達とは区分が違うから詳しくは知らん」

 

 顎を指でなぜ考え込むオティヌスを一瞥し、血が乾き固まった髪をほぐすように掻く。猟兵中隊とフロッグマン中隊。やり合うなら猟兵中隊の方がまだマシだ。

 

 トルコが誇る世界最古の軍楽隊(メフテルハーネ)

 イスラエル諜報特務庁、並びにサイェレット・マトカル。

 イランの不死隊(アタナトイ)

 ネパールのグルカ兵。

 南アフリカのズールー族。

 ジプシー傭兵占術部隊。

 

 長い歴史の中で魔術さえ見知っている特殊部隊、戦闘民族。どれも真正面からやりたくないし、お互い技術軍事側に属しているだけに殺りあった者もいる。

 

「でも軍隊が魔術を使うなんて、ハワイ諸島での『トライデント』だかが最初じゃないのか?」

「アレは急に奴らが魔術を使い始めたから目に付いただけだ。使うにしても他のはもっと上手くやってる。時の鐘だって古くは魔術を使っていたし、『空降星(エーデルワイス)』はローマ正教に染まっているが、傭兵部隊である事に変わりない。筋道通して話すならだ。デンマークのフロッグマン中隊はデンマーク海軍の作戦指揮本部直属の特殊部隊。デンマーク海軍の元を辿ればヴァイキング時代まで遡り、デンマーク軍は憲法上、国家元首たる国王を最高司令官としているわけだ。で、そのデンマークは世界で二番目に古い君主国。これ以上必要な要素あるか? もっと分かりやすく言うのなら、デンマークのフロッグマン中隊の一部は英国の『騎士派』みたいなものだと思ってくれ」

「なるほど、ようやっと分かった」

「おい」

 

 英国に置き換えれば分かるのかよ。デンマークの説明した意味ねえじゃねえか。禁書目録(インデックス)のお嬢さんと同棲している事など関係なしに、上条は大分英国に染まっているんじゃないのか。まあイギリス清教に知り合いが多い事を思えば仕方ないのかもしれないが、上条は一度隣で目をジトらせているオティヌスの方へ顔を向けた方が良いと思う。

 

 なんであれ説明は終わりだ。相手のことを知るのは大事だが、問題はそういった相手をどう掻い潜るのか。わざわざ目に付くところに猟兵中隊の人員を置くのは、捜索の為だけではないはずだ。プロだろうが素人だろうが、上条が一目見て特殊部隊みたいだと思うような風貌。敢えて目に付くところに立つ事で、此方の動きを制限する気だ。

 

 なら選ぶべきは────それに乗るか乗らないか。

 

 オティヌスは魔術を使えないし、死角をつき動くのにも限界がある。だいたいその死角に入る動きこそを選ばせるつもりのはずだ。一般人に対して広く周知していないあたり、街中の大通りでいきなりズドンッ! はないだろう。が、急に堂々と姿を見せてもおそらく怪しまれる。

 

「なあ法水、合同で訓練した事あるならさ。その猟兵中隊だかフロッグマン中隊だかに知り合いとかいないのか? 手を貸してくれそうな」

「…………いない」

「なんだよその意味深な間は」

「いたとして言いたくない。だいたい他国の軍人や戦士となんて仲良いわけないだろ。この状況抜きにしても、顔合わせただけで下手すりゃ殺し合いだぞ」

「なんでそんな殺伐としてんだよ⁉︎」

「上条も知らない訳じゃないだろう。時の鐘は戦場の嫌われ者だぞ。御使堕し(エンゼルフォール)の時にカレンと会った時もそんな感じだっただろう?」

「アレがデフォルトだって言いたいのか? 兵士相手でも、英国の時は違ったのに」

 

 言いたい事は分からなくもないが、初顔合わせが戦場で敵同士ならそんなものだ。それに英国王室などの国の中枢機関部隊相手となれば礼は払う。好き好んで敵対したくはない。……今はしちまってるけど。

 

 カレンとは古くからの知り合いという事もあるのでまだアレでも話になっていた方である事を思えば、ジャン=デュポンなんかと顔を合わせるのに近い。とは言え基本が軍人である為、傭兵である俺達よりも魔術サイドに突っ込んでくる事は稀であり、基本国からも出て行かない。だからこそそこまで会うような機会などないのだが。

 

「……じゃあ時の鐘の学園都市支部はどうなんだ?」

「一応協力してくれそうな知り合いには既にデンマークに着いた段階で話は投げてるが、時の鐘学園都市支部はすぐにカレンから情報の開示を要求されたらしい。すぐに時の鐘を頼るとはカレンも変わったもんだ。おかげであっちも下手に動けん。時間稼ぎはしてくれているだろうが、情報さえあまり期待はしない方がいい」

 

 どんどん旗色が悪くなるような話に顔を苦くする上条の横で、オティヌスはとんがり帽子のツバを指で押し上げると、「そんなことより」と一言挟み俺と上条の意識を引いた。

 

「敵が増えるという事は、鹵獲物資も増えるという事だ。軍用車両でもかっぱらえば運頼みのヒッチハイクに賭ける必要もなくなるぞ」

「このつるんつるんの雪道の中、誰がどうやってそんなゴツい車を運転するんだよ! ゴーカート感覚でトライしてみろ、一〇分もしない内にスピンして木に激突するのがオチだ」

「だそうだが、どうなんだ傭兵」

「免許ならあるし戦車も動かした事はある」

「いや……法水は、な? 運転はやめよう」

「俺が運転をミスるとでも?」

「学園都市を思い出せ!」

 

 そう言われて思い出しながら指を折る。青髮ピアスと横転。青髮ピアスとフレンダさんと横転。上条とトールと消防車で吹っ飛んだと。なんだ三回くらいしか事故ってないじゃないか。だいたいアレは学園都市が悪い。どうも学園都市の道路と俺の相性が悪いのがいけない。

 

「あんなの学園都市でだけだ。何故か学園都市でだけ事故りやすいってだけ。いろんな区画をガンガン工事しまくってるのが悪い」

「……英国でも駅に突っ込まなかったか?」

「いいか、アレは事故じゃない。俺自ら突っ込んだんだ」

「オティヌスはそんな運転で安心できるか?」

「イーエスコウ城まで行っても城に衝突しそうな勢いだな。貴様の運転だけはなしだ」

「馬鹿なッ」

「悔しがれるお前はすげえよ」

 

 そんなまるで俺が運転下手みたいにッ。なんともない時はなんともないのに、こう悪いタイミングが重なっただけなはずが、そりゃ浜面やグレゴリーさんの方が運転上手いだろうがあんまりだ。肩が勝手に落ちてしまうが、頭を小さく振って思考を切り替える。すっかり奪えた後の話になっているが、そもそも奪えるかどうか怪しい。僅かでも目に付けばそれで終わりだ。

 

「なら徒歩か、気付かれずに進めるか?」

「先導はしよう。……ただ、絶対に見つからないとは思わない方がいいぞ」

「なに、お前がいるだけまだマシだ傭兵」

 

 そう言ってくれるのは嬉しいが────悪いが今回は多少相手の誘いに乗る。

 

 猟兵中隊の死角を歩き続けビルンの町から出てしばらく。どうにも歩きづらくて仕方ない。所々に点在している軍人もそうであるが、基本平野ばかりのデンマークで、軍部が出張って来た為に狙撃を警戒して歩くのに神経を使う。狙われようが弾丸の当たらない位置を選びなるべく動いているが、その歩みも少しして止まった。

 

 遠巻きに上る雪煙。雪原を走る戦車の足音。「まずいな、伏せろ」と呟くオティヌスの声に合わせて身を屈め、クロスボウを手に取り引き金には指をつけずにその肌を撫ぜた。

 

「米製の第三・五世代で雪景色が埋め尽くされているぞ。デカいアンテナがついているから、きっとC4Iである程度の照準情報を共有できるタイプだ。まだこちらには気づいていないようだが、あの調子で前進と走査を繰り返されればいずれは熱源を掴まれる」

「米製? って事は……次の相手は……」

「まだ決まった訳じゃない。元々デンマークは米製兵器を色々輸入していたし、第三次世界大戦じゃ学園都市主導だったせいで、欧州に運び込まれたメイドインUSAは軒並みだぶついていた。返却前のレンタル品を引っ張り出しただけなら、デンマーク軍の可能性もありえる」

「どっちだろうがそれは問題じゃない……今度の敵は、魔術も超能力も使わない、純粋な鉛弾の大戦力だ。そんなもん、ある意味一番かち合っちゃまずい相手だろ!! ……法水ッ」

 

 自分の右手を一度見やり、俺の名を呼ぶ上条を横目に、雪の上に腰を落としクロスボウの感触を確かめる。上条とオティヌスが戦車の方へ向ける顔と同じ方へ顔を向けながら座り、語り掛けてくるライトちゃんの口を閉じて貰う為にインカムを軽く小突いた。

 

「……傭兵、そのクロスボウは使えるのか?」

「ん? ああ、流石に良い出来だ。巻上げ機の滑りも良いし、まだ撃ってみていないが、多分射程は四〇〇から五〇〇メートル。クロスボウとしては破格だ。時の鐘の振動矢は特殊振動弾と違ってハジけない分貫通力だけなら寧ろこっちの方がある。俺が自信を持ってなにがあろうと絶対に外さないと言える距離が約五〇〇メートルである事を考えると、このクロスボウとの相性はかなりいい」

 

 オティヌスにクロスボウの説明をしながら軽く弦を指で弾き、広がる波の世界に感覚を沿わせる。後方十メートル付近。背後から迫る影が二つ。顔を後ろに向けない俺達の背後に最小限の音を立ててにじり寄ってくる。雪の擦る音を隠す為に戦車を使っている訳か。目に見える脅威である戦車は囮であり、本命は静かに別方向から。俺が気付いていると分かっているのかどうかが問題だ。わざわざ尾行は撒かずにデンマーク軍を避けるように動いて来たのだ。狙撃を警戒するのは狙撃手の俺がいるだけに織り込み済みのはず。少しぐらい油断して欲しくはあるのだが、なんにせよこれは賭けだ。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、背後から影がにじり寄ってくる。オティヌスと上条はまるで気が付いていない。上条はまだしも、あの魔神までこの距離で気付かないとは、本当に力が衰えている。二人が多少安心しているように見えるのは、レーダー役の俺がいるからか。その役目を半分放棄している現状に少し申し訳なくなるが、米軍、合衆国大統領と直接コンタクトを取るには、俺達を餌に相手に近付いて来て貰うしかない。

 

 隠密行動に力を割き過ぎては、相手は強硬手段に出るだろう。力で向かい合ってもそれは同じ。狙撃は警戒し、隙を作り、俺達に接近できるだけの場は整えた。銃の類でも取り出されれば流石に動くしかないが、それ以外ならば、気付いていれば取れる手もある。

 

 息を吸って息を吐く。息を吸って────。

 

「……上条、俺を信じてくれるか?」

「なんだ急に? 当たり前だろ」

「そうか、なら安心していてくれ」

 

 息を吐く。

 

 

 ────のそり、と。

 

 

 背後で影が立ち上がった。向かう先は隣の上条。クロスボウを背負い直す。俺の方へ顔を向けて首を傾げる上条には目を向けず、前を向いたまま上条の首に影の腕が巻き付いた。肉と骨の軋む音。だが襲撃者に首の骨を折る気はない。筋肉の軋む音でそれは分かる。

 

「貴様ッ‼︎」

 

 オティヌスが叫んだ。影が上条の頚動脈を圧迫して締め落とし、叫び振り返るオティヌスに向けて上条の体を盾にした。その体を捻る影の動きに合わせて顔を前に向けたまま背後に突き出した腕を上条とその首を絞める影の腕の間に突き出し滑り込ませる。

 

 

 一瞬。

 

 

 上条を人質に、残るのはオティヌスと俺。俺の事を知っていても、相手はオティヌスの事はよく分かっていないはず。どれだけ長距離を穿てても俺は狙撃手。理解の外側であろう魔術を振るうオティヌスと俺では、どちらにより意識を裂くかは明白だ。なによりも、上条を人質に取れたと一瞬でも気が緩む。締め落としたならそれ以上腕に余分な力を加える必要もない。ゲルニカもなく、アンティーク調のクロスボウしか持たない俺ならば、よく知るだけにより脅威としてのランクは下がるだろう。

 

 

 だからこそ生まれうる一瞬が必要だった。

 

 

 僅かに呼吸の詰まった影の元へと背後に飛び下がりながら、差し込んだ腕を肩まで入れ込み相手の腕を押し広げる。そのまま相手の首へと腕を回し、上条の首に巻かれた腕とは逆方向に身を捻りながら、襲撃者を上条から引き剥がした。視界の端に映る白いギリースーツ。雪の上を転がりながら、相手の胸元に備え付けられているナイフを引き抜き、大地に押さえつけて首元に沿わせる。

 

「来てくれて感謝だ。殺す気はないので動かないでいただきたい。ただロベルト=カッツェ合衆国大統領と交渉がしたい。大統領が指揮しているなら通信装置を持っているはずだ。それともこの会話ももう筒抜けかな?」

「貴様私達を囮にしたのか⁉︎」

「俺も含めてな」

 

 牙を剥き立ち上がろうとするオティヌスへ、襲撃者の首元にナイフを沿わせたまま、もう片方の手で制し、上条の方を指差す。

 

「オティヌスあまり離れるな。立ち上がらず上条の側で伏せていろ。必要だった。物量で合衆国に勝てる訳もない。時間を掛けるだけ危険度が増すのは此方も相手も同じ事。合衆国が動き出したなら早期に決着を付けなければ、見つからない俺達の危険度は増すばかりで、際限なく人員を送られ続けいずれ数で潰される。そして何より俺達の勝利とは、各国の特務機関を潰す事じゃない。戦わずに済むのが最も良い。組織の動きを止めるには、組織の頭と話をつけるしかない。合衆国大統領はそんな話の通じる人だ」

 

 魔術に染まっておらず、宗教間の確執も関係ない。言ってしまえば国としての利益だけで話ができる。水面下では色々な思惑があるだろうが、全てに通じる大問題は、オティヌスが世界を壊す程の力を有しているという一点。その力のまま世界を砕くと誰もが思っているからこそこの状況がある。そうではないと説明し、宗教的な思想を抜きに話ができるのは、連合軍の中で唯一魔術組織を動かしていない合衆国だけだ。

 

「狙撃ポイントをズラし続け、隙を作り動き続ければ、いつかは痺れを切らして接近して来ると思っていた。思ったより早かったがな。この策を伝えれば上条とオティヌスの動きにムラができ気付かれると思ったから言えなかった。それはすまない。にしても異能を使わない米軍からすれば上条が穴とでも映ったのか、実際に手際よく絞め落とされてしまった訳だし、なんにせよ特殊部隊のお姉さんには悪、い、が────」

 

 

 ────────()()ッ。

 

 

 ────────()()()()

 

 

 押さえつけている特殊部隊員はなぜ身動ぎもしない? 相手の狙撃手が既に俺達を狙える位置に移動した? だとして、時間稼ぎをするなら会話するなり抵抗の意思を見せるなりした方がいいはずだ。押さえつけている相手の鼓動は速い。が、迷いがない。何を待っている? 何を見ている?

 

 ……いや、()()()()()()()()()()()()()()? 

 

 

 ギャリンッ!!!! 

 

 

 ナイフを真横に滑らせる。鉄同士の擦り合う音に続き、響くのは奪った特殊部隊のナイフがへし折れる音。右肩に背負っていたクロスボウの負い紐が、コートが、皮膚が、肉が裂かれ鮮血が舞った。空を滑る鋼鉄の爪(クランビットナイフ)。ギリースーツの下から露わになる見慣れすぎた深緑の軍服。その色に目を見開くと同時。脇腹に後ろ蹴りを放たれ雪の上を転がった。

 

「……援護ご苦労『時の鐘(ツィットグロッゲ)』、おかげで助かった」

「……構わねぇ、ただ約束は守れ。手出し無用だ」

 

 息を吐き切り蹴られた脇腹に指を這わす。折れてはいないが、僅かにヒビが入ったか? クソッ。顔を持ち上げた先に立つ漆黒の肌を持つ男。学園都市に辿り着くまで、いつも隣にいた戦友で親友だったそんな一人。

 

「時間を掛けずに接近して来た理由はお前か……ドライヴィー」

「……街まで引っ張られればもっと好き勝手やられるからな。それによぅ、とうまはハワイを救った英雄の一人。米国からも多少の弁明を聞くように言われてる。おかげでその時間はできそうだ」

「俺もハワイには居たんだがな」

「……傭兵が功績を誇る必要があるか? まごいちよぅ」

「違いない。……オティヌス、預かっててくれ。下手に動くなよ。上条を起こして大統領との話し合いの席に着かせろ」

 

 へし折れたナイフを放り捨て、肩口の血を親指で拭うが、すぐにまた滲んでくる。そこそこ深く斬り裂かれた。手前に落ちているクロスボウに手を伸ばすが、ドライヴィーは動かない。が、隙もない。クロスボウをオティヌスへ投げ渡し、背負う矢筒から一本矢を手に取って左手に握り、矢筒もオティヌスへと渡す。

 

「……お前は?」

「上条が話し合っている間、俺を見逃す気はないらしい。アレはスイスから俺への刺客だ。オティヌスや上条よりもまず、俺を消す為にやって来た。だろうドライヴィー? 裏切りは許されたのか?」

「他の裏切り者、残党を狩る事でな。だからおれがここにいる。一番デンマークに近かったおれが」

「お前が裏切った理由は土御門と青ピから聞いてるよ……本気か?」

「もとはるとえつか……間違いはねぇ。まさか次はおまえが裏切り者になるとは思わなかったがなぁ。立場が逆だ。おもれぇ」

「俺は全然面白くねえよ」

 

 舌を打ってドライヴィーの握る鋼鉄の爪(クランビットナイフ)へ目を落とす。先に一撃入れられた。最悪だ。未だ気分は悪くないが、ドライヴィーは毒をよく使う。今回は何を用意して来たのか。致死性の高い毒であったら時間はなく、時間を掛けるだけ俺の死が確定的になる。事故で自分を傷付けてしまった時の際に解毒剤をドライヴィーが持っているはず。それを奪わなければ……。

 

「気にするな。毒は塗ってねぇ」

「……なに?」

「狙撃も気にしねぇでいい。それは無粋だ。分かるだろうまごいち。ようやく巡って来た機会。必要なのは力だけだ。おれを殺してみせろ。でなきゃぁ、おれがおまえを殺す。それがおれ達の闘争だろう?」

「……ドライヴィー」

 

 表情乏しい黒い瞳を細め、ドライヴィーが鋼鉄の爪(クランビットナイフ)を握り直す。手にした矢を握り直してその切っ先をドライヴィーに向けた。時の鐘の氷柱(ナイフ)が突き刺す事に特化していただけに、矢でも一応は代用になる。呼吸を整え身を僅かに屈める。

 

 

 一歩、二歩。

 

 

 足を滑らせるように足を出せば、ドライヴィーも同じように足を出す。クロスボウを握り、上条裏切りぶっ叩き起こそうとするオティヌスへと特殊部隊の女性は足を向けた。俺達の事には手を出さない決まりになっているのか、ありがたくはあるが、相手が相手だ。

 

「……海岸沿いに動かなくて助かったぞまごいち。(フロッグマン)の群れが控えていたからなぁ。よかったぜ、あの蛙女を選んでくれねぇでよぅ」

「……それを聞いて安心、とは言えないな。お前が居たんじゃ……どうしてもやるのか?」

「オティヌスととうまと動きを共にすると決めた段階で分かっていたはずだ。カレンが来ないだけマシだと思え。アレも上に立ち苦労してるんだろう。おれには分からねぇ事だがなぁ。上に立ちたいとは思えねぇ」

「……俺もそう思っていたが悪くはないぞ。融通は利かないが、後輩ってのもな。それを思えばこそ、負ける訳にはいかん」

「それでいい」

 

 首を軽く傾げたドライヴィーが勢いよく足を蹴り上げる。足元の雪を足先で掬い上げ、柔らかな白いベールが視界を覆った。視界を塞がれようが関係ない。第三の瞳で波の世界を覗く。

 

「ッ!」

 

 だというのにッ、こんなのありかッ⁉︎ ドライヴィーの居場所が分からねえッ!

 

 舞い上がった雪が過ぎ去った先にドライヴィーの姿は既にない。影の中に身を潜めたのか、戦車の履帯が地面を噛む音が邪魔だ。放り込まれる振動が本来ならドライヴィーの姿を映し出すはずが、波の中に埋没したかのように姿が掴み辛い。息を吐き出し息を吸う。その動きに合わせるかのようにより深く波の世界に感覚を這わせる。

 

 

 …………()()ッ! 

 

 

 突き出した矢の先端が、背後で浮かび上がった像を射抜いた。矢が肉に沈む感触……が存在しないッ。ただ虚空を貫いただけ。目の端で銀閃が瞬く。矢を振るった勢いに乗り首を傾げ、風を斬る音が鼓膜を揺らした。

 

 

 ぶちりッ。

 

 

 耳の端が鋼鉄の爪(クランビットナイフ)に引き千切られる。小さな耳鳴りを感じながら視界の端に黒い影を捉え身を揺らし、雪の上を滑り身を寄せるが、獣のように身を丸め、同じようにドライヴィーが後ろに滑った。そのままずるずると横に転がり視界の外へと消えていく。

 

「ドライヴィーお前ッ! お前まさか‼︎ そういうことかッ‼︎」

「……一歩深く世界に踏み込んだというのは本当か? 今なら分かるんだろう? おれ達の世界が」

 

 無音暗殺術(サイレントキリング)の天才。間違いない。ドライヴィーも波の世界を知っている。だがそれはおそらく俺やボスとも異なる世界。特異な共感覚を持つ訳ではなく、人とは違う色が見える程異常に目が良い訳でもない。おそらくドライヴィーは、異常な程に耳が良い。どういう音を出せばどういう風に聞こえるか。音を出さない為にはどうすればいいのか。ドライヴィーは多分それを誰より知っている。それも耳が良いからだろう。

 

 ただ、だからといってここまで音の中に身を潜められるものなのか? 俺の見える世界が変わり、変わったからこそ、今まで分からなかった事が分かってしまう。ドライヴィーの技術の大元。アイソレーションや死角を渡る移動術だけではない。それを支える大前提がドライヴィーの聴覚だ。俺が波の世界に踏み込んだと分かっていて、戦車の駆動音が場を満たす今を戦場に選んだ。それもッ。

 

「……クソッ」

 

 周囲に浮かび残されるドライヴィーの波。己の波の強弱を操り、居場所さえ誤魔化している。無闇に矢を突き出せず足を緩めれば、横合いから伸びた鋼鉄の爪(クランビットナイフ)が頬を擦り、飛び下がったところで太腿を軽く削り通り越される。

 

 これは、己だけが見れる世界を知った歳月の長さ。その差が形として現れているだけ。

 

 これまで追って追って追いつけなかった背中へと一歩を踏みしめたからこそ、何が違い、相手が何をやっているのか分かってしまう。多分ドライヴィーだけじゃない。ボスも、ハムも、ロイ姐さんもスゥも、クリスさんも、ゴッソも、今なら彼らの何が技術を支えているのかよりよく理解できるはず。

 

 俺は波の増幅する技術や鼓動に鼓動を合わせる技術。波を拾う技術なら得意だが、音の波の中に身を潜め、居場所を誤認させ、己の波紋を世界に溶け込ませる技術は不得手。そもそもやった事がない。ドライヴィーの無音暗殺術(サイレントキリング)の絡繰。今理解したんじゃ遅過ぎるッ。どうする? どうやって居場所を掴む? 波を吸い込んでもそれに紛れるドライヴィーを掬い上げるのは困難だ。闇雲に動いても隙になるだけ、相手のリズムを掌握するにも、まずは相手に触れなければならないッ。いったいどう────。

 

「法水ッ‼︎」

 

 

 ボギリッ!!!! 

 

 

 目を覚ましたらしい上条が叫んだ。僅かに瞳を動かした刹那。矢を握っていた左手の親指を掴む漆黒の手。親指が反対方向にへし折れる。握っていた矢が雪の上に落ち、振るわれる鋼鉄の爪(クランビットナイフ)を握るドライヴィーの腕を肘で上に掬い上げるように弾く。鼻柱の上を僅かに走り通過した爪を目で追う事なく、膝蹴りを放つが、親指から手を放したドライヴィーが再び視界の端へと滑り消えた。

 

「お、おい法水ッ⁉︎ お前ッ、ドライヴィー何やってんだ⁉︎」

「…………喚くな上条、起きたなら、お前には大統領との話し合いが待っている。これまでと同じように話してやれ。相手が納得してくれなければ、この状況はもう詰みなのだからな。狙撃で頭を弾かれるぞ」

「でも!」

「俺を信じてくれるんだろう? だから大統領は任せたぞ」

 

 そう言って小さく笑って見せれば、上条は歯噛みし、隣に佇む特殊部隊員にさっさと通信機を寄越せと催促する。それを見送り息を吐き出し、頭の中で渦巻く熱を外に出す。冷静に冷徹に。クールになれ。焦っても泥沼に嵌るだけ。これまでが通じないのに同じ事を繰り返しても意味がない。壁にぶち当たったなら、積み上げたこれまでの中に新しい何かを見い出さなければ、より深い一歩を踏み出さなければ追い付けない。だがどうする? どうすればいい? どうすれば────。

 

 通信機を掴む上条の声が響く。その横。クロスボウを握るオティヌスの顔が動かない。何かを見ている。何を見ている?

 

 

 …………なるほど、一発分感謝するッ! 

 

 

 息を吐き出し軽く身を屈め、その動きを捻る動きに変えて背後の頭上へと横薙ぎに右肘を折り畳み振るった。

 

 

 ゴジュッ!!!! 

 

 

 骨同士のぶつかり合う音と肉の裂ける音。雪の上を転がるドライヴィーを目で追いながら、へし折れた親指を掴み元の位置へと戻し、右腕に突き刺さっている鋼鉄の爪(クランビットナイフ)を引き抜き雪の上に放り捨てる。俺の目からドライヴィーの姿が見えずとも、遠巻きに眺めるオティヌス達は違う。小狡い手だが、これで一発。雪の上に落ちた鋼鉄の爪(クランビットナイフ)を一瞥し、細く鋭く息を吐き出す。

 

 鼻柱の上を一閃し垂れる血を指で掬い取った手を振るった。雪の上で弾ける朱滴。その波紋を目で追い、ドライヴィーへと目を戻す。

 

「……何か掴んだのか?」

「……さてね。これまでが通じなかろうと、新たな一歩のヒントはこれまでの中にしかない。俺は、ドライヴィー、次は並ぶぞ」

「……見せてみろ。もとはるやえつのようによぅ。おまえの力を。おまえは俺の死神だろう?」

「俺は神様ほど偉くないよ。ドライヴィー、羨ましがるのも終わりにしなきゃならない時がある」

 

 頭を振って立ち上がり、雪を足で払い視界を覆う壁を作るドライヴィーをそもそも見ない。

 

 一度、同じように波が追い切れなかった時がある。人的資源プロジェクトの最中、集まった超能力者(レベル5)達。その圧倒的な破壊の渦を前に、波を追う事をやめた。大き過ぎる波紋が他の波紋を塗り潰したが故。今はドライヴィーの波が静か過ぎて追い切れないが、要は同じだ。

 

 合わせるだけが隣り合うという事ではない。

 

 俺はどうしても無意識に追い並ぶ事を選ぶ傾向にある。受け身になって相手の波が膨らむまで待ってしまう。それをやめる。いつも癖のように繰り返しているもう一つ。波を追う為に軍楽器(リコーダー)で地を小突くのと同じ。

 

 お前を見るから俺を見ろ。

 

 波を吸い込むのではなく吐く。己から溢れる波紋にこそ感覚を這わせ、それを受け止める相手を追う。

 

 発せられる他の波紋を追うな。

 

 いつも本能が吸い込む波を理性で選別しているが、その真逆。意識的に自分を中心に波を渦巻き、本能にそれを選別させる。絶えず一定で俺から溢れる波がある。

 

 即ち心音。他の波が押し返そうと俺の鼓動音を侵食するがそれでも消えぬ僅かな範囲、狭い俺の世界が確かにここにはある。波を手繰るな。俺の鼓動で波の世界を塗り潰す。

 

 そうであればこそ、他の音に紛れて強弱をつけて己の波を振り撒き居場所を隠すドライヴィーの動きも関係ない。なぜなら紛れてもそれは、俺の世界だ。

 

 

 ゴンッ!!!! 

 

 

「……今度こそ本当の一発だ」

 

 真横に突き出した右拳が、ドライヴィーの腹部を捉えた。腕を振って体を揺らし、自らの世界を押し広げる。狙撃にはまだ使えない。だが、手の届く範囲だけは完全に掌握できる。これが波を喰い千切る本質。波を掴むとはこういう事か。超能力者(レベル5)達に囲まれた時は、眩い輝きが多過ぎて理解し切れなかったが、ようやく今掴み取った。

 

「これで並んだ。だから後は」

「……最初に言ったぞ、必要なのは力だけだと。他のものは必要ねぇ。ここまでおまえが来ることぐらい分かっていた。お互い技術の底は分かったはずだ。格闘戦でおれに勝てるか?」

「いつまでも勝てないなんて言ってられないんだよドライヴィー」

「……必死か。おぅ、ならば、これ以上これは野暮と言うものだ」

 

 ドライヴィーが残るもう一本の鋼鉄の爪(クランビットナイフ)を引き抜き掲げ、雪の上へと放り捨てる。

 

 雪を鋼鉄の爪(クランビットナイフ)が踏む。

 

 それと同時に足を踏み込み、二つの拳が交差した。骨の軋む音はしない。お互い首を捻り虚空に拳が突き抜けた。お互い拳の届く距離。折れた左手の親指を無理矢理握り込み拳を振るう。ドライヴィーの顔を刎ね上げる腕の下に潜り込んだ死角から、伸びたドライヴィーの右拳が俺の顎を跳ね上げた。

 

 勢いに逆らわず背後に仰け反り、体を横に振る勢いに変えて右拳を振るう。虚空を薙ぐ。既にそこにいやがらねえッ!

 

 獣のように身を落とし体を回して放たれる蹴りを同じく腕を振るった勢いのまま体を回して受け流す。ヒビの入った肋が軋む。視界から消えるように身を滑らせるドライヴィーの先へと一歩足を落として動きを止め、息を吐き切りながら左拳を振り落とした。

 

 額で受け止めようと頭を突き出すドライヴィーの骨の軋む音を掬い取り、腕を折り畳み左肘でドライヴィーの額を切る。起き上がりながら放たれるドライヴィーの膝が腹部にめり込む。

 

 身を落とし雪の上を滑って威力を緩和し、起き上がった先に待つ黒い瞳。突き出した拳がドライヴィーの顔を弾き、同じくドライヴィーの拳が俺の顔を弾いた。顔を一閃した爪の傷跡から血が噴き出す。垂れる血を舌で舐めとり吐き捨てながら、再びお互いの顔を拳が薙いだ。

 

「何が野暮だテメェッ‼︎ 余裕か‼︎ わざわざ俺に俺の技術の使い方を教えに来たのか‼︎ 何しに来やがったんだドライヴィーテメェッ‼︎」

「うるせぇばか! なにを急に手のひら返してやがるまごいち! 魔神と仲良くするのがおまえの仕事かぁ? おまえは『時の鐘(ツィットグロッゲ)』だろう!」

「そうだ! 今もそれは変わらない! だから俺はここにいる!」

「意味が分からねぇ! ふざけてやがる! 必死を追うおまえのそれが! 戦場に居ていつしか隣にいるのが当たり前になったおまえが! なんでだまごいち!」

「知るかそんなの! 悪いのかそれが‼︎」

「知るかぁッ‼︎ だからそれが知りたかった‼︎」

 

 力任せに顔に振られたドライヴィーの拳が、俺の顔から垂れる血に滑り顔の横へと通り抜ける。その腕と絡めるように放った拳がドライヴィーの顳顬(こめかみ)を貫き、漆黒の体が雪の上に転がった。荒い息を吐き出して口元の血を腕で拭い、ドライヴィーは立ち上がる。

 

「……戦場で死なない奴はいねぇ、いつしか必ず消えていく。なのに、一年も、二年も、もっと長く、おまえもハムも、おれの隣から消えやがらねえ。だからおまえ達のどっちかがおれの死神だと思ってた」

「だったらもっと必死になれ! 毒使いのお前がなんで毒を使わない! 狙撃手としてお前が動いていた方がずっと脅威だった! なのになんで俺の前にやって来た!」

「それは…………怖かったからだ」

「魔神がか?」

「おまえが消えるのがだぁくそッ!」

 

 ドライヴィーに殴られ雪の上を転がる。赤く染まった視界を手で掬った雪で落とし、頭を振って立ち上がる。

 

「隣にいるのが当たり前になっちまった! 死だけが隣にいたはずがッ! これまでそんな奴はいなかったのにだ! おれは親の顔さえ知らねぇのにッ、おまえやハムの顔はもう忘れられねえ! 死んでもきっと消えねぇんだ! だからッ!」

「そのまま終わりにしようと思ったのか? そんな理由で裏切ったのかテメェッ! 馬鹿かお前はッ! そんなの俺だって同じだクソッ! ハムの奴は復讐に生きてる! だから裏切った理由も分かるつもりだ! だけどお前はッ! お前は裏切らないと俺は思ってた!」

「それはまごいちおまえだ! そしてその通りだった! おまえは裏切らねぇ! だからボスも誰も、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』はここには来ねえッ! おまえは裏切らねぇから! でもおれは裏切った! カレンから報告を受けた時おれは悟った! これはおれにしかできねぇことだと! カレンの奴も内心おまえを信じている。信じ切れなかったのはおれだけだ!」

「ならこれから信じろ馬鹿野郎ッ!」

 

 拳が舞う。拳が舞う。雪が血に染まっていく。痛覚なんて随分前に失くしたはずなのに、不思議と拳が痛む。親指の骨が折れているのはきっと関係ない。骨じゃない。その内側の何かが痛む。

 

「俺は、裏切らないッ、消えてやらないッ、俺は俺だッ。いつも隣にいてやるよッ。輝きに俺は必ず並んでやるッ。俺も前は死ぬのは怖くなかった、一度トルコの路地裏で死んだようなもんだったからッ、でも今は、俺も怖いよッ、手にしたものが多過ぎて、こんな俺でも、追ってくれる奴がいて、待ってくれる奴がいる、お前もその一人だ兄弟」

「……おまえはなんで、オティヌスと、とうまと共にいる」

「そこに必死があったから」

「……どこまで裏切らねえんだ兄弟ッ…………おもれぇ」

 

 

 お互いの拳が今一度交差する。

 

 

 仰向けにゆっくりとドライヴィーは雪の上に倒れ、俺も雪の上に転がる。いつも隣にいる者が、いつまでも隣にいるとは限らない。そんな事は知っている。それでも隣にいる今が何より大事で輝かしいから。一度灯った輝きは、血で染めたところで消えてくれない。積み上げた思い出はなくならない。例えあるのが戦場の中での思い出だけでも。

 

「……ドライヴィー、お前、うちの学校に来い。きっと戦場が俺達の全てじゃない。どうせ『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は休止中なんだ。俺はな、俺は、お前とハムと、学校に行ってみたかったんだ。学園都市を知ってからずっと」

「……学園都市か、おまえと学校か、学校なんて行ったこともねぇ。ハムにまごいちに、もとはるにえつに、とうまもいるなら、そりゃあ退屈はしなそうだなぁ」

「クリスさんとガスパルさんが先生だぞ、何より担任が最高だ」

「……あの二人が先生か……それを差し置いて担任を最高たぁ」

「いいだろうが『日常』を知るのも。きっとそれこそが、俺達に必要なものだ。それに学園都市支部の連中にもお前を紹介したいしな」

 

 身を起こし立ち上がる。ポタポタ垂れる血が鬱陶しい。一度肩を回して足を動かし、ドライヴィーの前へと手を伸ばした。親友で戦友で兄弟である男の前に。

 

「……前に学園都市に行ったが、悪くなかったしなぁ、もう一度くらい、行ってもいい」

「そうかよ」

「……メイド喫茶、ありゃあ悪くなかったぜ」

「お前学園都市で何されたんだ⁉︎」

 

 思わず手を放してしまい、慌てて掴み直しドライヴィーを引き立たせる。ドライヴィーの口からメイド喫茶が出てくるとか学園都市で開発でも受けたのか? これこそ異常事態だ。どんな顔をしていいか分からん。口を引き結んで唸っていると、なにかを察してかドライヴィーは目を数回瞬いた。

 

「……ただアレだ。くノ一だったか、ジャパニーズアサシン。忍装束が一番だな」

「よし、お前は敵だ。軍人の癖に軍服の良さを投げ捨てるような奴は知らねえ」

 

 ドライヴィーに足払いをして雪の上に転がし上条の方へと足を向ける。忍装束が一番だと? 悲しい事だが俺の知るドライヴィーは死んだ。誰の所為だ? 青髮ピアスか? 青髮ピアスの野郎の所為だな。帰ったら絶対に殴ろう。上条は歩み寄る俺を見ると一瞬口端を引き()らせるが、ギリースーツを着直す特殊部隊員に通信機を返しすぐに顔を緩めた。

 

「よう法水、大統領と話はついたぞ。アメリカは条件付きだけど、この件から一時中断して手を引いてくれる。そっちは?」

「ダメだ。ドライヴィーの奴が忍装束が最高だと吐かしてやがる。青髮ピアスの所為に違いない」

「マニアック過ぎんだろ‼︎ 青ピの魔の手がこんなところまで⁉︎ メイドにバニーガールに看護婦に軍服? なんで俺の周りにはマニアックな野郎しかいないんだ!」

「お前も敵だこの野郎! 軍服が一番に決まってんだろ! なにをトチ狂ってやがる!」

「狂っているのはお前達だ! なんの話をしているんだいったいッ‼︎」

「痴女はお呼びじゃねえんだよ!」

「オティヌス! 止めてくれるな! これは深刻な問題だ!」

「いやクソみたいな問題だ! お前ら全員そこに並べ! 私の心配を返せ! 一発殴らせろ!」

 

 オティヌスが手を振り上げ立ち上がった刹那。

 

 ドガッ!!!! と、戦車隊が白煙を上げて吹き飛ぶ。

 

 舞い上がった雪と爆風に体を転がされ、身を起こす間も無く二度三度と爆発が続く。紙屑のように戦車が舞う。間一髪脱出した兵士達が白い大地の上に投げ出される。雪のカーテンの向こうに奇妙な影が浮かび上がった。巨大な蟷螂のような形状は、一度学園都市で見た事がある。その腹部に刻み込まれた文字も。

 

 

 Five_OVER.

 Model_Case_RAIL_GUN.

 

 

「……まごいち、アレでも学園都市に来いと言うか?」

「……今はなにも言うなッ、マジで」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。