時の鐘   作:生崎

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前回の感想おおいに笑った。みんなマニアックだなぁ。ちなみに私は浴衣が好きです。異論は認める。







グレムリンの夢想曲 ⑧

『これより標的オティヌス、上条当麻、法水孫市に対する生体認証走査行動を開始します。本作業を阻害する因子については物理的排除を実行します。非戦闘員の皆様は速やかに武装解除の意思を表明してください』

 

 ライトちゃんのような意思を感じない合成音声での警告が発せられる。戦車を吹き飛ばし、銀世界を炎の海へと変貌させたにも関わらず告げられる警告。味方の筈の兵士達は邪魔者であると言わんばかりの暴挙は、己達以外基本敵と言わんばかりの学園都市らしさであるが、学園都市の負の側面をこんなところで披露しなくてもいいのではないか。敵の前に味方を攻撃していては世話ない。

 

 ファイブオーバー、モデルケースレールガン。

 

 露西亞から学園都市へと帰ってすぐに仕事として相対する羽目になった『新入生』。騒動をばら撒くために浜面を狙い現れた御坂さんの模倣兵器。技術で『超電磁砲(レールガン)』を再現でき、(あまつさ)超能力者(レベル5)以上であると豪語する傲慢さ。形とする技術の高さは素晴らしいが、使い方を間違えている。『超電磁砲(レールガン)』は御坂さんが引き金を引く事で成り立っているのだ。引き金を機械に引かせてなんとする。『超電磁砲(レールガン)』を撃ち出す御坂さんの高潔さと、人の身でそれを組み上げた積み重ねを否定しているようで気分は悪い。ぶっ壊してやりたいところだが────。

 

「……ドライヴィー、……八〇、……九〇、……一〇〇幾つだ?」

「……一四〇、いや一五〇近い。蜂の巣突っついたみてえだなぁ」

 

 波の世界に漂う影の数が一〇〇をゆうに超えている。前回相手したのはたったの一機。それも狙撃手として意識外からの一撃で落としただけ。向かい合い同時に引き金を引いたとして、弾速の差で此方が殺られる。一五〇機を同時に落とす手など持っている訳がない。

 

 警告を発するのは、空飛ぶ兵器からではなく、地上に転がっている戦車のスピーカーから。学園都市製の兵器から人の鼓動を感じない為無人機。遠隔でハッキングまでこなしやがるか。自分の領分に手を伸ばされたからか、インカムから『あの野郎(Damn it)!』とライトちゃんの声が聞こえてくる。日に日にライトちゃんの口調が悪くなってきている気がするが、俺の所為じゃないと信じてる。じゃないとまた御坂さんに怒られる。

 

「おい! 大統領との話はついたはずだろう。何で学園都市が戦車隊を襲っているんだ!?」

 

 軽く現実逃避をしようと回る頭を、特殊部隊員の女性の叫び声が叩き正させる。燃え盛る戦車。逃げ出した兵士達は軒並み手を挙げるか地に伏せるか白旗を振り、それを気にすることなく異形の兵器は悠々と飛び、邪魔らしい戦車を壊している。

 

「あれが俺達の味方に見えるのか!? こっちは学園都市に住んでいるって言ったってただの高校生だぞ!」

「喚くな。冷静に考察しよう」

 

 オティヌスが口を開き、オティヌスやドライヴィーと軽く目配せして頷き、痴女の軍神を中心に身を寄せた。

 

「あの馬鹿げた警告が真実なら、とりあえず私とこいつとそこの傭兵は抹殺対象で確定。そして武装解除しない限りアメリカ軍もスイス傭兵も排除の対象だ。その気はあるのか?」

「我々はいかなる環境・条件においても敵方の手で捕虜に取られる事を禁じられている。捕まる時は死ぬ時だ。その場合は胸ポケットに収めた『お守り(だんがん)』を使うしかない」

「……おれ達が理不尽な力に折れるとでも? ありえねぇ」

「では我々は手を結ぶべきだな、どうもよろしく。学園都市についての情報はそいつらが出す。お前達は生き残る手段を提供しろ」

 

 オティヌスに顎で差され、拙くも上条が学園都市の兵器について説明をするのを聞き流しながらドライヴィーを肘で小突く。ファイブオーバーは学園都市の中でも機密の一つ。俺もそこまで詳しくは知らない。てか知れなかった。飾利さんなどを頼りに探れれば可能性はあったが、藪を突いて出るのは蛇よりも陰気で気味悪いもののはず。それを考えれば、不用意に手を突っ込むようなものではない。

 

「ドライヴィー、狙撃銃は?」

「……持ってねぇ、目立つからな。隠密行動の際は邪魔だ」

「だろうな。そうなると使えそうなのは特殊部隊員のお姉さんが持ってる拳銃に、クロスボウが一挺」

 

 対して相手は毎分数千発も超電磁砲(レールガン)を放てる兵器が一五〇機。ふざけんな一機でいいから俺達に分けろ。数どころか戦力差が赤子と大人以上に離れている。黒小人製のクロスボウの肌を指で撫ぜ、巻き上げ機を掴み弦を張る。

 

 キリキリキリキリッ。

 

 張られる弦の音に合わせて目を細め、矢筒から一本矢を抜き放ちクロスボウに番える。リロードの手間を考えれば、アレらに向けて放てて一発。クロスボウの利点として射撃音を気にする必要はないのだが、幾らか落とせても数で潰されるのが目に見えている。上条の説明を聞き終えた特殊部隊員の女性と、狙撃の為に近くに控えていた幾人かのアメリカ特殊部隊員は馬鹿馬鹿しいと天を仰ぎ舌を打つ。その気持ちは分からなくもないが、学園都市に一度でも住めば価値観は変わる。舌を打つ気も失せてくる。

 

「学園都市が積極的に我々米国を攻撃する理由は? 連中の内情は不気味なくらい不明だが、オティヌス掃討という目的については一致していたはずだろう」

「……それなんだけど、そもそも『多国籍連合軍』に学園都市は加わっていたっけ? 東京湾の戦いの時には独自に行動していた気がするんだけど」

「協調よりも功績を取った結果だろうよ。目的は同じでも、辿りたい過程が異なるのさ。それもおそらく、上条と大統領との会話が決定的となった」

 

 全員の目が一斉に俺へと向き、鼻を鳴らすドライヴィーに目を向けて二人で肩を竦め合う。他の勢力の事をアテにしていないのもそうだろうだ、『多国籍連合軍』の中でも中核をなすだろう大統領がこの件に対して保留の手を打った事で、事態は変わった。見ようによっては、『多国籍連合軍』じゃどうしようもありませんと。

 

 そこに来て『多国籍連合軍』を意に介さぬ攻勢。最初の一手。一方通行の動きが不発に終わった事で、おそらく方針を多少変えた。戦況を注視し、『多国籍連合軍』が手を引いたところで学園都市がオティヌスの撃破に成功すれば功績は学園都市の総取りだ。合衆国(アメリカ)英国(イギリス)露西亞(ロシア)仏国(フランス)瑞西(スイス)、ローマ正教。それらを差し置いて自分達が上であると世界に宣伝できる好機。

 

「待て傭兵、今大統領との会話で決定的となったと言ったか? 気になる事は他にもある。そもそも例のファイブオーバーの走査能力は未知数だが、何故この場所を走査範囲に指定した? 人工衛星なんかで私達の位置が捕捉されているとしたら、戦車隊なんて放っておいて、真っ先にこっちへ来るはずだろう。回線の傍受には此方もかなりの注意を払っていた。ハワイ諸島でのメディア王の件があったからだ。だがそれではまるで」

「F.C.E.でしょう? よくできたシステムだが、学園都市は外の数十年先をゆく技術を使う。それよりもっとエゲツないシステムを保持していると思った方がいい。デンマークという限られた範囲に俺達が潜伏している事が分かっていて、それを暴く為に動いている、科学を利用する軍隊の動きを追う事など造作もないでしょう」

「おい傭兵、お前は故意に此方の位置をある程度開示し発信するとデンマークに来る前に言っていたな? その線は?」

「連合軍や学園都市が殺す気満々だと分かった時点で取り止めてる。会話なんかのバックアップは妹達(シスターズ)に取って貰ってはいるが、もし俺達の位置がもっと早くにバレていたら、ヒッチハイクで移動中に狙われてるよ。ライトちゃん舐めんな。学園都市製の兵器が相手だろうが、位置情報を悟らせないくらい造作もない」

 

 学園都市には滞空回線(アンダーライン)がある為に身を隠すのも会話を傍受されないようにするのも容易ではないが、学園都市製の防犯カメラ相手に『雷神(インドラ)』として通り魔事件を隠し続けていたライトちゃんだ。学園都市の外ならば機械相手に身を隠すのなど容易。此方からは居場所をバラしていないと宣言すれば、頷いたオティヌスはアメリカの特殊部隊員達に向けて指を鳴らし、手で拳銃のような形を作ると、人差し指を差し向ける。

 

「貸し一だぞ」

「ああん!? 元はと言えば全部お前達が元凶だろテロリスト!!」

「責任の是非は今はどうでもいいでしょう。どうせいつかはやって来た。街中でないだけ御の字だ。一般市民を気にしなくていい」

「それに、あいつらはこの辺りが怪しいと知りながら、まだ俺達の居場所までは掴んでいないって事だろ。今なら逃げれば何とかなる。鋼の豪雨で全身くまなくスポンジみたいにされなくても済むかもしれないって訳だ」

 

 上条の言葉に頷き、立ち上がり影の中をひた走る。これまで徒歩であったが、オティヌスは走る元気がもうなかったが故か、上条が肩を貸し、ドライヴィーと隣り合い、先頭を駆け先導する。向かうは針葉樹の林。響き続ける学園都市からの警告。遠くで蠢く影達の動きを感覚の目で見つめながらドライヴィーの肩を小突く。

 

「……あの動きどう見る? 無機質な兵器なだけに心情なんて察せられないが」

「……包囲」

「しかないだろうなクソ」

 

 後方に控えていた機影が横に広がる。全体を見るに明らか此方の場所を察知している。俺達の体温でも追っているのか、警告は手間を省く為と合衆国へのものであって、そもそも俺達に向けたものではない訳か。一応は警告したという形が欲しいだけ。戦車が沈黙し切ったあたり、多分それももう終わる。合衆国に力の差を見せつけ、オティヌスも狩ると。多くの方向に手を伸ばし過ぎだ。一石二鳥、いやそれ以上を夢見るか。

 

「……来るぞ」

 

 ドライヴィーの耳が何かを拾ったのか、呟いたと同時にその言葉は破壊の音に掻き消される。へし折れ薙ぎ倒される針葉樹の林。轟音に身を叩かれ、押し寄せる衝撃に身を伏せた途端、針葉樹の木々が斬り飛ばされた。降り注ぐ木片を掻き分けて立ち上がり、オティヌスを庇い覆い被さっている上条の服を引っ張り起こし、ドライヴィーと二人でオティヌスと上条を掴んで足を動かす。

 

 背後から衝撃が襲って来る。横殴りに放たれる弾丸の嵐。音速を超えた弾丸が壁のように追って来る。

 

「……何だ? さっきから一発も当たらないぞ。威嚇射撃のつもりなのか?」

 

 逃げ切れるはずもない不可思議な現象に特殊部隊員の女性は疑問を口にするが、「破壊力が高過ぎるんだ」とオティヌスを支え、自分の足で走り出した上条が答えた。

 

「第三位の超電磁砲(レールガン)は五〇メートルくらいで弾丸が焼き切れていた。今はキロ単位だ。あれもきっと一定以上の距離が開くと空気摩擦で弾丸の表面が溶けて、軌道がブレるんじゃないか。そうじゃなければとっくにバラバラにされてる」

「連射性に技術を割いた結果だろうな。命中精度はそもそも良くない可能性がある。その分制圧力には長けているんだろうが、だから走れ! 穿てずとも壁で押しつぶすように寄って来るぞ!」

 

 舌を打ち速度を僅かに上げるが、上条とオティヌスを追い越し、特殊部隊員達を追い越してしまい、ドライヴィーと目配せして速度を落とす。俺とドライヴィーだけならもっと速く走る事はできるが、それではオティヌスや上条、特殊部隊員達を置いていってしまう。空を最短で飛んで来る兵器達と俺達の速度を考えるに、数分逃げられるかも怪しい。握るクロスボウに力を込める。射程距離は五〇〇メートル。キロ単位離れた相手には届いてくれない。

 

「アンタ達は投降しろ! これ以上付き合う必要はない!!」

「できたらとっくにやってる。私達が何故レンジャーでなくコマンドと呼ばれているか知っているか。正規番号を割り振れないからだ。年中無休で越境作戦やってる私達が捕虜になれるはずないだろ! 亡命したCIA局員以上のスキャンダルになる!!」

「あいつらは捕虜には取らない。両手を挙げたヤツはそのまま素通りしてる。プライドを捨てて生き残るなら今しかないぞ。五〇両の戦車を数分で黙らせたあの戦力がどれくらいの脅威なのかは、銃器の素人の俺なんかよりよっぽど分かっているんじゃないのか!?」

 

 背後からそんな会話が飛んで来た。空から追って来る兵器と、地上に降り立ち走って来る兵器の足音。逃げ切るのは難しいと上条も察してか、無関係な特殊部隊員達に白旗を振れと言葉でせっつく。舌打ちと共に背後で止まるいくつかの影。手を挙げ止まった兵士達を追い抜いて、上条達が走って来る。「お前も私を見捨てろ!」とオティヌスが上条へ叫びながら。

 

「……ドライヴィー」

「……おれが戦場から離れると思うか?」

「物好きな野郎だ……こう、思い出すな。学園都市でお前と二人、電波塔(タワー)達との鬼ごっこを」

「……あの時は車があったがなぁ」

鬼ごっこ楽しかったね(enjoyed playing tag)またしたい(again)!』

「だとさ」

「……笑えるねぇ。が、また今度だ」

 

 ドライヴィーと笑い合い、ライトちゃんの笑い声を聞きながら、踏み込む足を滑らせて反転する。その先で待つ景色に思わず笑い、隣に立つドライヴィーも頬を緩めた。迫り来る兵器の津波。それに追われオティヌスを支え走る上条は笑っていた。あぁ、笑っていた。

 

 何度見ても間違いではない。その笑顔が俺の向かうべき行き先を示す。

 

「どっかの泉で『目』を取り返して、強すぎる力を捨てて、両手を挙げて投降して、牢獄の中で長い時間をかけて全部の罪をきちんと償って……。そうしたら、その先は、お前の人生だろ! だったらお前が決めろ。パン屋さんになりたいでもお花屋さんになりたいでも何でも良いよ!! 全部終わったその先まで、世界だの平和だのそんなお題目にお前が何かを奪われる理由なんか一個もねえんだ!!」

 

 上条の言葉を聞きながら、ドライヴィーと足を止める。上条とオティヌスが俺達を抜き去り、名を叫ぶ上条の声が聞こえたが振り返らない。脅威と相対するのが傭兵の役目。俺を囮に斬り捨てるのはここしかない。

 

 胸ポケットからペン型携帯電話の本体を引き抜きドライヴィーに投げた。クロスボウの銃身を曲げた左腕の上に乗せて支えに、右手で引き金に指を掛ける。五〇〇メートル。近寄って来てくれるのなら是非もない。呼吸を整え、未だ塞がらない、鼻柱の上を一閃した傷から垂れる血を舌で舐め取る。

 

「……どんな時も血の味は変わらないな……ライトちゃん、一番手前の奴を撃ち抜く。ハッキングして制御を奪え。ドライヴィー、そのペンがライトちゃんの本体の一つ。撃ち抜いた奴らのどれかに突き刺せ。直の方がハッキングも早い。撃ち抜けば勢いのまま滑って来るぞ、後ろの奴をつかえさせたままな。チャンスは一度。ミスれば死ぬ。成功しても生存率が僅かに上がる事しかないが」

「……数パーセントもありゃ十分だ。そんな作戦、これまでも何度かあったろうよぅ」

「こんな時に嫌な事思い出させるなってえのッ!」

 

 息を吸って息を吐く。動きを止めた俺を特殊部隊員達を抜き去ったように動く訳もなく、細かな機械音を耳にしながら、相手を待つ事なく引き金を押し込む。

 

 

 ギャッコッ!!!! 

 

 

 クロスボウから放たれた矢が空間を噛む音が響く。舞い散る雪を巻き込みながら突き進む白い閃光がファイブオーバーの頭部に突き刺さり鋼鉄の肉体を捻り巻き込みながら突き抜ける。その背後に続く兵器の群れの腕や体を次々に巻き込んで突き抜ける矢は、巻き込み引きずる空間の摩擦に耐え切れず、機械の破片を空にばら撒きながら焼失した。

 

 

 ガリガリガリガリッ‼︎

 

 

 先頭の機体が足を止め、倒れ込んだ鋼鉄の体が地面を削り滑りながら突っ込んで来る。後続の機体が頭部をなくし足を止めた機体にぶつかり、派手に転がりながら向かって来る。それを目に視界に滑り込む漆黒の影。ペン型携帯電話を握り締め、転がり滑りながら向かって来る兵器達の隙間へと体を滑り込ませながら、ドライヴィーが兵器の一帯の頭部、機械の瞳へとペンの切っ先を突き刺した。

 

 身を屈めて地を滑りながら俺も隙間へ滑り込み、ライトちゃんの名を叫ぶ。地面を転げ衝突し合う兵器達の轟音が邪魔をするが関係ない。耳に取り付いたインカムが飛ばないように手で押さえ、立ち上がった先に待つ向けられる無数の銃口。

 

「横に薙ぎ払うように撃て! 地上は気にするな上空の奴らだ! 上条達を追わせるんじゃない! 例えこれが最後でもッ!」

 

 上条とオティヌスがイーエスコウ城までたどり着けば此方の勝ちだ。戦場の中に埋もれ消える傭兵など、数としてあってないようなもの。目の前に立つファイブオーバーへと矢筒から矢を一本抜き握り締めて飛び掛かり、機械の瞳へ突き刺し腕を回して体を振り、全身の力でファイブオーバーの首を捻る。

 

 一機だろうが二機だろうができる限り数を減らす! 

 

お兄ちゃん(brother)‼︎』

「俺とドライヴィーは気にするな! 弾薬尽きるまで撃ち続けろ‼︎」

お兄ちゃん(brother)‼︎』

「なんだ! もう会話してるような時間はッ!」

そうじゃないよ(No)お兄ちゃん前(Look ahead)ッ‼︎』

 

 眉を顰めた視界を影が覆う。波さえ拾っている暇はなく、首を捻り顔を上げた先、揃えられた二つの足の裏が俺の顔を弾き飛ばした。ファイブオーバーから引き剥がされ床に転がりぼやけた視界。俺達を覆うように空に広がる兵器群がよく見える。口から漏れ出る白い吐息を撃ち抜くように銃口を向ける無数の兵器に笑みを向け、不意に空を漂う兵器の一つがバランスを崩した。

 

 ぼやけた視界が見せる幻影か。

 

 一機に続き二機三機、鋼鉄の体が雨のように降って来る。ガシャガシャ大地にぶつかる鉄の雨音が、夢や幻の類ではないと告げている。身を起こす事もなく突如様変わりした天気の様相に呼吸を止めて目を細めた。台風の日にはしゃぐようなライトちゃんの声が鼓膜を小突く。雨音が止み、ライトちゃんの声だけが残される。その声があまりに嬉しそうで、胸の内に溜まった熱を吐き出し、舞い昇る白い吐息を見つめた口端が釣り上がる。

 

来てくれた(came)お姉ちゃんが来てくれた(My sister came)私達のお姉ちゃんが(Our sister)ッ‼︎』

 

 仰向けに転がったままの視界に、兵器の山を掻き分けて歩み寄って来た上条とオティヌス、ドライヴィーの影が差し込む。ただその顔は俺に向けられてはいない。誰もが同じ一点を見つめている。大地に降って来た兵器達もそれは同じ。身を起こし、顔を上げ、鉄を踏む音に目を向ける。

 

「…………ほらな、ファイブオーバーなんて名前だろうが、この輝きに勝る訳もないって……俺は知ってるんだ」

 

 茶色い髪が風に揺れる。電気使い(エレクトロマスター)の頂点。常盤台の電気姫。学園都市で俺を初めて穿った少女。『超電磁砲(レールガン)』はその少女ただ一人だけのもの。積み上げ削り出された稲妻の弾丸は、彼女にこそ相応しい。

 

 

 ────御坂美琴にこそ。

 

 

「あ、言っておくけど私、無条件でアンタ達の味方するって訳じゃないから。そこまで都合の良い女じゃないわよ」

 

 ただ零されたのは無慈悲な言葉。持ち上げていた口端が引き攣る。クロスボウを握り締めて立ち上がり、上条とオティヌス、ドライヴィーの間に立つ。ファイブオーバーの兵器群を我が物と見せつけるように両手を広げる稲妻の女王に目を細めた刹那。

 

 

 

 ()()()()()()

 

 

 

 周りを取り囲み『超電磁砲(レールガン)』の主からの命を待っていた兵器群が目の前に広がり、その中央に居座るファイブオーバーの上に立つ御坂さんとの距離が離れる。上条もオティヌスもドライヴィーも、兵器群の中に埋もれて姿は見えない。背後で聞こえる小さなため息。ファイブオーバーにしがみついていた際に受けたドロップキックの感触をなぞるように顔に一度触れ、背後へ振り向く。

 

 ツインテールが風に舞う。白銀の中でも目立つV字を描く銀色のボタン。(なび)く白銀色のミリタリージャケット。時の鐘の新型決戦用狙撃銃が一つ『乙女(ユングフラウ)』。その右腕に巻かれた緑の腕章を見つめて、目尻を尖らせる少女と向き合う。

 

 例えどれだけ離れていようとも、必ず世界を飛び越えやって来る正義の味方。悪を取り締まる風紀委員(ジャッジメント)。その精神を表すかのような、曇りない白銀の衣装に身を包んだma cherie.

 

 

 ────白井黒子と。

 

 

「少し見ない間に、随分とまあ素敵なお顔になられましたわね」

 

 アニェーゼさんに虐められ、サーシャ=クロイツェフに金槌で殴られ、マリアンさんにぶっ飛ばされ、ドライヴィーに鋼鉄の爪で引っかかれ殴り合った顔を見て黒子が微笑を浮かべる。すげえ皮肉だ。肩を竦めて鼻柱を一閃している傷と額の傷から垂れる血を左腕で拭い、親指が折れて腫れている左手を雑に振る。

 

「……来たのか黒子」

「来たのかですって? ええ、ええそうですわね。お姉様がどうしても類人猿を追うと言って聞きませんから仕方なく。……とでも言って欲しいのなら違うと言って差し上げますわ。わたくしは、貴方を追って来ましたの。お姉様とは利害が一致しましたからここまで共に」

 

 御坂さんの方にちらりと目を向け、黒子は困ったように鼻を鳴らす。ハッキングが解けたのか、一斉に兵器群が身動ぐが、轟音に続き、雪の下から這い上って来た砂鉄がしなり動く刃となって鋼鉄の塊を斬り裂いてゆく。その光景を見続ける事もなく黒子は俺に顔を戻すと、上条に向けられているだろう御坂さんの怒号を聞き流しながら一度唇を舐めた。

 

「何をしているんですの貴方は。『船の墓場(サルガッソー)』でわたくしは貴方の背を確かに押しましたの。引き止める事も、戦場から離れる事もできたでしょうけれど、それが貴方だと知っているから。で? 行った先で急に向く方向を変えた理由は? 『グレムリン』の殲滅が、『槍』の製造を食い止める事が貴方の仕事だったはずですの」

「……これも仕事だ」

「世界を敵に回すのが? ……貴方はいったい、あの場で何を見ましたの? 魔神からの依頼を受ける程の何かを見たと?」

「魔神からじゃなく上条からだ。細かな理由なんて俺は知らない。ただ日常を望む、否定できない必死があった。だから俺はここにいる」

「……そうですか……そうですのね」

 

 黒子が小さく微笑んだ。それに合わせて背後に体の向きを変える。

 

「わたくしは、そんな事の為に貴方の背を押した訳ではないですのよ!」

 

 突き出される黒子の拳を腕で払う。背後で揺れ消える黒子の残像。乙女の残像を残す戦衣装。揺れ動く空間移動(テレポート)の波を押し拡げる白銀のミリタリージャケットを翻し、空間を細やかに動く黒子の残像が俺の周りを取り囲む。

 

「貴方が無茶するのはもう諦めましたけれど、それで世界を敵に回すような仕事を引き受ける愚行を、わたくしが黙って見過ごすとお思いですか! 血に塗れてッ、怪我をしてッ、自分の為だとどれだけ言ってもそれはッ、結局誰かの為でしょう! 今だってお姉様がいなければ、貴方死ぬ気だったでしょうが! 貴方がそこまでする価値がオティヌスにあると言うんですの? その為に貴方の日常を捧げる価値がッ!」

 

 四方八方から居場所を変えて紡がれる黒子の言葉が叩きつけられる。俺の日常を捧げる価値など、必死に勝るものでもない。俺の日常の大部分は戦場であり、誰かの平和の為に傭兵がいるのだから。口を開きかけ、空間移動(テレポート)で飛んで来た鉄杭が頬を擦る。言葉を縫い止められたところで、黒子の指先が突きつけられた。

 

「喋らなくてもその目を見れば分かりますわ。貴方の日常に価値がないなどと言う気なのでしたら口を開かずとも結構。それを大事に思うのでしたら、それこそ、ここから先に行かせる訳にはいきませんの。どうしても先に進むと言うのなら、わたくしを越えて行きなさい」

 

 残像が消え去り、雪の上に立つ黒子を目に、握っていたクロスボウを雪の上に置いた。響き続ける上条と御坂さんの戦闘音が、他人事のように耳に届く。『どうするの(what's now)?』と呟くライトちゃんに答えず耳からインカムを外し、兵器群の影から出てこようとするドライヴィーへと投げ渡し目でこっちに来るなと釘を刺す。

 

 これは、これだけは俺がやらねばならない事だ。俺の背を押してくれた黒子に、そして追って来てくれた黒子に。俺が手放したくない日常に。向き合うのは俺でなければならないから。

 

「……『乙女(ユングフラウ)』まで引っ張り出してくるとは、それ一応『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の決戦用狙撃銃なんだけどな」

「カレンさんにはもう許可を取ってますの。ついでに貴方をぶちのめせとも。木山先生とインデックスからも、シェリーさんとゴリラ女からも、初春からも、お姉様からも、他にもまだまだいますけれど?」

「拳まで運んで来たわけか……そりゃ痛そうだ」

「痛いで済めばいいですけれどね。必死さが足りないんじゃありません?」

「そう思うか?」

 

 黒子が軽く手を振るうのに合わせて足を下げる。空間移動(テレポート)の早撃ち。足のあった位置に落とされる鉄杭に目を落とす事もなく、黒子だけを見つめて小さく息を吐き出し身を揺らす。

 

「必死が欲しいのでしょう? ならば絞り出しなさい。孫市さん、いいえ……孫市。わたくしは風紀委員(ジャッジメント)ですの。学園都市まで貴方を引き摺って差し上げますわ。貴方に言いたかった事がそれはもう溜まっていますから。今日ここでそれを知りなさい」

「すまないが黒子、今日だけはその手錠喰い千切らせて貰うぞ。……スイス特殊山岳射撃部隊、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』一番隊所属、学園都市支部長、法水孫市」

風紀委員(ジャッジメント)第一七七支部所属、白井黒子。貴方を逮捕しますわ、黙秘は許しませんから。今日だけはどこへも逃がしませんの」

 

 黒子が腕章を軽く引き上げる。稲妻を走らせるような派手さも、響く轟音もありはしない静かな戦いが、兵器の群れの傍で幕を上げる。

 

 傷から垂れた血を舌で舐め取れば、味は何もしなかった。

 

 

 

 


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