200話記念幕間 法水孫市のデート大作戦
「お前達に頼みがある。上条、青髮ピアス、土御門。まずは落ち着いて聞いてくれ。いいか? いいな? 今度の休日、まあ明日のことなんだが、黒子とデートする事になった」
「よし吊るそう」
「それより病院送りの方が早いやろ」
「賛成だにゃー」
「Wait! WaitWait‼︎」
あっという間にリア充撲滅部隊に入隊を表明しだす三人に待ったを掛ける。早過ぎるんだよ決断がさあ。落ち着いて聞けと言っているのに、落ち着いて拳を握り即座に席を立つ奴があるか。
とある高校の教室。四つの机をくっつけている俺達に向く、クラスメイト達からの、「あいつらまた馬鹿始めたぞ」といった、くだらないバラエティ番組を適当に眺めているような呆れた視線は流しつつ、取り敢えず座れと人差し指で机を小突いた。悪友達三人は目配せし合うと、放つ拳をより強固に固める為か、それとも撃つべきタイミングを測るためか、一応は話を聞いてくれるらしく各々の椅子の上に腰を戻す。
「よし、ええよ? 殴る準備はもうできたしな。さっさと話を終えて殴ろうやないか」
「カミやんは左から行け、オレは右から行く。外すんじゃねーぜい。同時に殴れば渦も巻けねーだろうしにゃー」
「任せとけ。これまで何度も振るってきた右腕だ。絶対に俺は外したりしねえ」
「お前ら友情って知ってる?」
急にテレパスにでも目覚めたのか知らないが、言葉は不要と言わんばかりのその連携はなんだ? お前ら全員普段とやってる事が真逆なんだよ。なんなの? 見ず知らずの他人の為には頑張れても友達の為には頑張れないの? ストレスの発散とばかりに、こう言う時に限って悪人面を浮かべやがる。畜生道の住人かなにかかな?
「俺だってお前達にできることなら話したくはなかった。的になるようなものだからな。狙撃手の前で脳天気にラジオ体操でもするようなもんだ」
「なんだよ、ポンコツ化してなくて安心したぞ。しっかりと的になるって分かってんじゃねえか」
「孫っちが拳何発まで耐えられるか賭けようぜい」
「お? もう話は終わりでええんやね」
「悪魔か己ら」
まだ何も始まっちゃいねえよ。イントロクイズやってんじゃないんだぞ。なんで本題に入る前の出だしの挨拶みたいな部分でぶっ叩かれねばならないのだ。目の前の虚空を相手にシャドーボクシングをする青髪ピアスの拳が空気を弾く。おい第六位、正体隠すのやめたのか。
「悪いが真面目な相談だ。本当だったら俺だって一人でどうにかしたいんだがな、だいたいにして俺は初めてやる事ってのが上手くいかない。ちゃんとしたデートなんてこれまでしたことないからよ、そこで知恵を借りたい訳だ」
「なるほどにゃー、ただ孫っち、それには大きな問題が一つあるぜい。オレ達がちゃんとしたデートってやつをしたことあるように見えるかどうかだ」
「ッ⁉︎ なんてこった‼︎」
カッコをつけてサングラスを指で押し上げる参謀の忠言に、強く掌で膝を叩く。腕を組んで不敵に笑う上条と、前髪を掻き上げ口元に微笑を携えている青髪ピアスの、その自信たっぷりといった感じがどこから来ているのか是非知りたい。お前ら全員何を自分を『したことある』側にねじ込もうとしてるんだ。俺達全員忙し過ぎてそんな暇ほとんどないってちゃんと知ってるよ。……だがここは敢えて乗る。
「いやぁ、見える見えるもんすっごい見える。しかもそれが三人もだ。これ以上何が必要なのか探す方が難しいぜ。……なぁ、そろそろいいだろう? お前達のモテ力の高さ……今こそ世界に見せつけてやってくれよ」
「はっ! 困った親友やなぁ、そんなにボクゥらの本気が見たいん?」
「明日は吉日だ。東の方角が良い感じですたい」
「安心しろよ、俺達がお前のその幻想を守ってやるぜ」
あぁ、そう、こんなんでいいんだ……。
「でもよ法水。スイスに居た時だって女の子の知り合いいただろお前。シェリーさんとか、カレンとか」
「ハムちゃんもやね」
「普段休日とかどこ行ってたんだ?」
「狩りとか──射撃演習場とか──公園で組み手したり──とか?」
「……え? マジで言ってる?」
「全然楽しくなさそうなんやけど……ハムちゃんとかに怒られなかったん?」
「いいや全く、寧ろスゥとかロイ姐さんとか組み手の時は俺以上にノリノリだぞ。姉さんの機嫌が良くない時とかな、だいたいひと狩行けばどうにかなるんだよ」
そう言えば、三人が頭を抱えて天を仰ぐ。おい、さっきまでの自信満々が一分保たずお亡くなりになられたぞ。上条達三人は顔を寄せ合うとコソコソ話し、しばらくするとひと段落ついたのか、屈めていた身を戻し椅子に座り直した。言っておくが「これはどうしようもねえ」とか聞こえてたからな。俺の目の前で会話を隠せると思うなかれ。
「大丈夫だ孫っち。オレに考えがある。実はここにメイド喫茶の割引券があったり────」
「土御門お前一回休みな」
「馬鹿なッ⁉︎」
馬鹿なじゃねえよおい参謀ッ。常盤台はお嬢様学校だぞ。黒子は土御門の義妹、舞夏さんも在籍してる繚乱家政女学校の研修先の一つでもあるような学校なのに、本物のメイドと接している相手をメイド喫茶に連れて行く意味が分からない。流石の俺でもそれは悪手だと分かる。困ったらメイド喫茶を勧めるのをまずやめろ。
「つっちーも浅はかやね。孫っち、ボクのとっておきを教えようやないか」
「いや、やめておこう。上条なんかいいとこない?」
「ちょっと待とうや」
待たんわ。聞かなくても嫌な予感しかしねえもん。
「別にぶらぶら散歩するだけでもいいんじゃないか? 法水ってゆっくり学園都市歩いたことあんまりなさそうだし、喫茶店とかでゆったり話すだけでも大分違うだろ」
「流石上条! 俺は信じてたぜ! 確かにそう言われればそうだ! 普段
「馬鹿野郎法水! お前なに言っちゃってんの⁉︎ クラスメイト達の目が尖っちゃってるじゃねえか! 違うから! ただ外食してるだけだから! ……でもインデックスの料理の方が」
「裁判長判決は?」
「有罪に決まっとるやろボケェッ!」
突き出される青髪ピアスの拳を上条は椅子ごと背後に転がって紙一重で避け、すぐに立ち上がると拳を握る。上条が喧嘩に異様に強いのは、多分第六位や多重スパイと日夜殴り合っているからだ間違いない。不毛なドロドロのいつもの殴り合いが開幕するよりも早く、一回休みから復活した土御門が「それよりも」と声を上げた。
「問題は服じゃないか? 孫っちの私服とかオレはほとんど見たことないぜい。だいたいは学ランかアレだしな」
「夏休み期間中にそう言えば一度見た気がするけど、どうなんだ?」
「どうもなにも、俺は学ランとアレしか持ってないぞ。夏のだって急遽買った奴だしもう捨てた」
椅子に座り直した上条が顔を手で覆い、ノートを一枚破くと、『散歩』、『服』とデートの内容らしいものを書いていく。そんな感じの決め方でいいのか分からないが、俺達の中で一番普通に近いのは、自称普通の高校生上条である事には間違いない。ペンを握り『メイド服』と書こうとする土御門の腕を掴み差し押さえ、青髪ピアスが『ラ●ホ』と書き終わらぬうちにぶん殴り止める。
「う、うそやん。デートの終点なんてここしかないやろ」
「人生の終点になる気しかしねえよ。俺そんなんで死にたくない。てか黒子はまだ十三だぞ馬鹿か!」
「良かった! 法水の倫理観はまだ死んじゃいねえぞ!」
「孫っち、そう思えている内が華だにゃー……」
遠い目をした土御門の手が肩に置かれる。おい誰か警察に連絡しろ。こいつこそ百パーセント有罪だ。知りたくないんだよそんな事は。この先、舞夏さんの顔が見れなくなるだろ。クリスさんとロイ姐さんを
「まあいい、問題は当日だ。当日俺はインカムをつけて戦場に赴く。俺では何がアウトでセーフかぶっちゃけ分からない可能性があるからな。適宜アドバイスをくれ」
「……デートにインカムをつけていくなんて聞いた事ないのですよ。だいたいすぐバレると思いますし、先生やめた方がいいんじゃないのかなって」
「そこは俺に考えがあるから大丈夫です。この日の為にいろいろ手を回して来たからな。当日は俺の部屋に来てくれれば問題ない。頼んだぞ!」
「いやまあ、折角法水が頼ってくれたんだしそれはいいけど」
上条が何かを言い掛けたが、チャイムが鳴り響き、その先の上条の言葉を掻き消した。並べた四つの机の前にひょっこり顔を出している小萌先生。黒板に書かれたグループディスカッション。『法水孫市のデート大作戦(仮)』と書いた一枚のノートの切れ端を先生に渡せば、小萌先生は小さく頷きにっこりと笑った。
「四人とも補習なのですよー! 今日はこのプランをきっちり詰める事にしましょー! 法水ちゃん、ここは
「流石先生! 小萌先生は世界一の先生だぜ‼︎」
ズガンッ! と机に吹寄さんの額が落とされる音が響き、姫神さんが窓の外を眺め遠い目をして一日が終わった。明日は決戦の日。未知の領域の戦場だ。尚、持ち物に狙撃銃を書き足したら却下された。なぜだ。
十一月某日。この日、時の鐘学園都市支部の事務所には見知った顔が並んでいた。事務所の中に何故か置いてある自動販売機。クロシュはパソコンのキーボードを叩きながら、小銭を入れ、自動販売機の最上段に並んでいるブラックコーヒーのボタンを押し込む
上条当麻。
土御門元春。
藍花悦(青髪ピアス)。
垣根帝督。
浜面仕上。
並ぶ面子を目に上条は天を仰いで顔を手で覆い、目にする者達が偽物なのではないかと考えるが、不機嫌そうに椅子に座る
「いや……お前らなんでいんの?」
「それは俺の方が聞きてェなァ、俺は貸しの取り立てとかメール送られて呼び付けられただけだ」
「第一位様がそんなんで来るのかよ。随分と丸くなったじゃねえか」
「オマエにだけは言われたくねェぞメルヘン野郎」
「こっちは緊急の呼び出しだ。一応は俺もここの住人らしいからな」
「いや俺もそうだけどよ。大将に第六位、土御門までいるとかなんなんだよこの危ない面子は、また厄介事なのか? 『グレムリン』の件も片付いたはずだろ?」
法水がデートするからアドバイス欲しいんだってと言い出せる空気ではなく、ただ上条はげっそりと頭を抱える。呼び出す人員を激しく間違っているのではないか。この面子の相手をできる気がしない上条は土御門を肘で小突き、どうにかしてくれと視線を投げるが、諦めたように笑うだけで動いてくれない。青髪ピアスも現実逃避しているのか、笑みの口端を引き攣らせて動かない中、「準備ができました。とクロシュは報告します」と時の鐘学園都市支部の事務員、ミサカ一七八九二号がキーボードを叩いた途端、壁に備え付けられているディスプレイがブゥンと音を立て映像が流れる。
第七学区の駅前で立つ学ラン姿の法水孫市と、その下に描かれた『デート大作戦』の無駄にポップな字を見つめ、六つの影がピシリッ、と固まった。
「学園都市の防犯カメラを使い先輩の姿を追っています。悪い方のお姉様が協力してくれていますので、音声も映像も心配は要りません。とクロシュは他のミサカに実況しつつ、先輩との通信を繋ぎます」
『よく来てくれた。今日は頼むぞマジでな。三人揃えば文殊の知恵。六人揃えば怖いものなどありはしない!』
画面の中で大きく孫市は頷き、二つの影が音を立てて席を立った。
「「帰る」」
「まあまあまあ、待て待て待った」
「待ったじゃねェ! ふざけてンのか? 何が嬉しくて法水の野郎のデートを眺めなきゃなンねェンだ? 新手の拷問かなにかですかァ? だからその右手を離しやがれ! 椅子に押し付けてンじゃねェぞヒーロー!」
「ここまで来たら一蓮托生だろ! 俺達だけ貧乏くじを引くとか、そうはいくかあ!」
「一生やってろ。なんで俺が貴重な休日を割いてんな事しなきゃなんねえんだ? テメェが支部長でも、馬鹿な命令を聞く気はねえ」
『杠さんに垣根のある事ない事吹き込みたくなってきたなぁ』
「テメェなあ‼︎」
「やべえよ、呆れ過ぎて逆に立てねえ。法水の奴無駄に労力かけ過ぎだろ! どんだけデートに懸けてんだ!」
「負けたで孫っち。まさかここまで懸けてるとは……」
「こんなんでいいのかにゃー、時の鐘」
「問題ありません。
「……あの野郎マジか。後で殺す」
戦々恐々としだす事務所の光景にクロシュは含み笑いを浮かべつつ、「来たようです」と短く告げた。休日でごった返す駅前の人混みの中から歩いて来るツインテールの少女。いつもの常盤台の制服ではなく、ワンピースの上に『
「なんであっちも時の鐘の決戦用狙撃銃持ち出してるんだよ! まさかとは思うけど先輩達OK出したのか⁉︎ 法水が軍服好きだったとしてもアレは駄目だろ!」
「法水が軍服着てこうとしたの止めた意味が……てかちょっと待て! 白井までなんか耳にインカム付けてねえか? なんなんだよこのカップル⁉︎ 仕事中の一幕にしか見えねえぞ!」
「はぁ、めんどくせえ、まあ思いのほか面白くなりそうだから少しぐらいは乗ってやるよ仕方ねえ。まずは服でも褒めときゃどうにかなるだろ常識的に考えて」
そう言って椅子に座り直した垣根が口遊む。決して杠林檎にあらぬ事を吹き込まれるのが面倒くさいからではない。そのはずだ。大人しくなった垣根の姿に上条達は目を丸くするも、垣根のアドバイスが届いているだろう孫市はピクリとも動かない。呼吸だけを繰り返す彫像のようになっている傭兵を目に、上条は何かに気付いて頬をぺしりと手で叩いた。
「法水のやつッ、間違いない! 白井の私服姿の威力が高過ぎたんだ! ポンコツ化してやがる!」
「マジでなンなンだあの野郎、一方的に呼び出した癖にもう詰ンでンじゃァねェか」
「好きな相手といると性格が似る言うからなぁ、あの子のお姉様病が孫っちに感染って変異でもしたんやないの? 愛の力やね!」
「どうしようもないにゃーこれは、取り敢えず声を掛けるしかないか……孫っち! 兎に角褒めろ! 褒めるんだぜい!」
『す……素敵なインカムだな』
『ど、どうも。ま、孫市さんも素敵なインカムですわね』
「あいつらお互いのインカム褒めだしたぞ! どうすりゃいいってんだこれ⁉︎」
「ひ、ひでえ地獄絵図だ……」
上条が机を拳で叩き、再び浜面が椅子からずり落ちそうになる。アドバイスどうこう以前の問題だ。しかもそれ以上言葉はなく、孫市も黒子も指でインカムを小突くばかり。異様な二人組に通行人達は奇怪なものを見る目を送り、それに気づく事もなく、孫市と黒子は無駄にソワソワと周囲に目を走らせる。ツボにでも入ったのか垣根は噴き出し、青髪ピアスは笑いながら腹を抱えた。
『そ、それにしても孫市さんはどうしてデートなのにインカムなんてつけているんですの?』
「あ、やばいわこれ。突っ込まれてしもうた」
『……いつ仕事の連絡があるか分からないからな。黒子もそうだろう?』
『ま、まあそうですの。行きましょうか?』
「いやそれでええんかーいッ⁉︎ 二人とも仕事人間過ぎるやろ! なんやッ、なんやのこれは! これをデートと言ってええんか? 世のカップルに失礼やろ!」
青髪ピアスのツッコミ虚しく、孫市も黒子もそれ以上互いのインカムを気にした様子はない。二人の中ではそれで全く問題ないらしく、男達六人の肩が落ち、そして気付いた。これはマトモなデートになるはずがないと。取り敢えず駅から離れて歩き出す二人を眺め、垣根は頬杖をつきながら、もう片方の手の指で机を叩き、二人を眺めた結果常識を飛ばす。
「おい法水、そいつのバッグくらい持ってやれ。女は持ち物が多いからな。それが常識ってもんだ」
なんだかんだ一番垢抜けた風貌をしているだけにこういった事に慣れているのか、垣根のアドバイスを受け、孫市はインカムを小突くと大真面目に小声で告げる。
『待て垣根、もし護身用の拳銃でも鞄に忍ばせていたなら俺が持っていて意味があるのか?』
「どこにただのデートでバッグに護身用の銃を忍ばせる女がいるんだよテメェ……」
『俺の知り合いはほとんど』
「オマエの知り合いの頭がおかしいだけだそれは。だいたい波だか見ればバッグに何が入ってンのか分かるだろオマエならよォ」
『俺自身の鼓動がうるさ過ぎて波が拾えん』
「オマエはまず病院に行け」
ブラックの缶コーヒーを口へと傾けながら、
「法水手だ! 手を繋げ! 折角のデートなんだろ? 恋人らしく手を繋いでも損はねえって!」
『手を、繋ぐ、だと? 今手を繋いだら黒子の手を握り潰す自信しかないぞ俺は』
「いやそこは加減しろよ⁉︎ アガリ過ぎだ! 大丈夫だって! その子もきっとそれを望んでるはずだ!」
『よし……浜面を信じよう! 命を懸けて手を繋いでやる!』
「……それは懸け過ぎじゃね?」
「にしてもそれだけ話しててよく相手にバレないにゃー」
「だから手ですって! ここは手を繋ぐべきです! 出だしの失敗をそれで帳消しにしちゃいましょう!」
べしべし手のひらで炬燵の天板を叩きながら、佐天涙子は声を張る。某時の鐘学園都市支部の事務所から一枚壁を隔てたツンツン頭の少年の部屋には、見知った顔が並んでいた。
インデックス。
御坂美琴。
初春飾利。
佐天涙子。
滝壺理后。
釣鐘茶寮。
木原円周。
とある学生寮の狭い一室で、炬燵を中心に腰を下ろし、円周が事務所からかっぱらって来たディスプレイを前に涙子がゲキを飛ばす。「殿方とのデートは専門外ですの」と零した黒子のお姉様用デートプランを孫市相手に使える訳もなく、黒子から相談され、クロシュから又聞き、結集した真・女子中学生同盟の声は、事務所の防音性高い壁によって阻まれ上条達に届く事はない。
出だしで何故かインカムを褒め合うという茶番を繰り広げてしまった黒子のポンコツ化に美琴は大いに頭を抱え、緊張のし過ぎで普段の優雅さが死んでしまっている黒子に初春も頭を抱える。
「それにしても、法水さんもデートならバッグくらい持ってあげればいいのに」
「孫市お兄ちゃんなら、
「どこまで傭兵脳なのよそれ……黒子もガチガチに固くなっちゃって……普段の私に対するアレはなんなのよ」
「お姉様への好き好き度が一二〇パーセントだからだと思う! ってミサカはミサカは頑張れってマゴイチにエールを送ってみる!」
「白井さんここが勝負ですよ! ガッといっちゃいましょう! 御坂さんの手を掴み取る感じで!」
『……お姉様の?』
「そうですよ! 折角恋人同士になれたんですから手ぐらい握らないともったいないですって!」
『そ、そそそ、そうですわね。せ、折角こ、こここ恋人に……』
「く、くろこがポンコツになっちゃてるんだよ⁉︎ もう、こういう時こそまごいちが頑張らなきゃって!」
「あ、法水さんの手も動いたっスよ」
ベッドで横になりながら、至極どうだってよさそうに釣鐘がそう零した矢先、孫市と黒子の手が揺れ動き、ガッと手が固く熱く結ばれた。足を止めてお互い向き合い、肘を曲げ、親指同士を絡めて手を握り込むその形は、肘の下に台でも置けば腕相撲でも始まりそうな程の熱さを孕んでいた。恋人というより相棒同士がするような熱いシェイクハンドを披露され、美琴と飾利が座っていたベッドからずり落ちる。
「なんなのよそれは! アンタら揃って戦闘民族か⁉︎」
「恋人同士の甘さが一瞬で消えましたね……」
『……孫市さん、また手の傷が増えましたわね……』
『……黒子の手は小さいな』
「あれ? でもなんかいい感じっスよ?」
「なんでだ⁉︎ あの二人にしか分からない何か得体の知れないものでも流れてんじゃないでしょうね!」
「まさか……新手の魔術師の攻撃?」
「お二人とも流石にそれは失礼なんじゃ……」
「いいなあって、ミサカはミサカは羨んでみたり!」
「アホ毛ちゃんはなかなか逞しいですね……」
「アホ毛ちゃん⁉︎」
ドタバタと騒がしい中でただ二人、涙子はぐっと両手を握り締め、恋人の逢瀬を応援しながら、二人の機微を見逃さぬように目を走らせ、円周も孫市のパターンを吸い込みながら小さく頷く。そんな中一人離れて画面を見つめていた滝壺は、小さく肩を跳ねさせて身動いだ。
「南南東から信号が来てる」
その呟きと共に画面の中に映り込んだ長い茶髪。第四位麦野沈利の登場に、美琴は固まり、飾利もあっと声を出す。別に何も問題ないはずなのだが、今は孫市どころか黒子まで頭がポンコツ化の真っ最中。宇宙戦艦が着港できるような心の広さはありはしない。下手に揶揄い突っつけば、黒子と孫市から何が出るやら、不確定要素が今は一番必要ない。どうしようかと、フレンダを助けて貰った事もあり滝壺が携帯電話を取り出したところで、画面の先で暴風が吹き荒れた。
画面を横切る青い閃光。大地にヒビを走らせ、麦野の隣に突き刺さる一人の男。まるで
『む、麦野ちゃんデートせえへん?』
『あなたが? 私と? ……ふーん』
その言葉を最後に麦野に引き摺られて青髪ピアスの姿が画面の端へと消える。
「……いや、なんなのよ今の」
「よっしゃああああ! 成功! 青髪ピアス! お前の勇姿は忘れないぞ!」
「てか法水の奴、第六位が地面に突き刺さったのに微動だにしないぞ……
「まあオレに掛かればこれぐらい造作もないぜい! はっはっは!」
「オマエらその前に俺に何か言う事ねェのか?」
「カタパルト役ご苦労じゃねえか第一位」
「オマエには言ってねえ」
ベランダに続く窓をいそいそとクロシュは閉め、ミサイルと化した青髪ピアスの冥福を祈る。不確定要素が必要ないのは、上条達にしても同じこと。ただでさえ面倒くさい状況を、これ以上面倒にしたくはない。孫市になるべく恩を売っておけば、魔神討伐で世界を敵に回した時の未だ開示されていない報酬を和らげる事ができるかもしれないと上条が頑張った結果、
「急に腕相撲でも始めるかのように手を握り合った時はどうなることかと思ったけど、思ったより法水も白井も上手くいってるな」
「いや、問題は寧ろこれからだぜい。なんてったってこの先は」
服を買わねばならない。いつまでも孫市を学ランのままにしておけない。学生らしくはあるだろうが、折角のデート。しかも服を買うとしたらお互いのセンスや好みも分かる。ここで下手な服でも選ぼうものなら、それだけで好感度は大きく下がると言っていい。寧ろ本当にアドバイスが必要なのはここから先。画面を見守る上条達の目の前で、孫市達は迷いなく女性用のランジェリーショップへと足を踏み入れた。
「いやなんでそこ⁉︎ 急にレベルアップし過ぎだろ⁉︎ なに買う気なんだ法水は⁉︎ おい法水! 聞こえてるんだろ!」
『任せろ黒子、これでもそういった類のやつはスイスで見慣れている! 問題ない!』
「問題しかねえよ‼︎ てか俺の声届いてないだろこれ! 引き返すんだまだ間に合う! そこは男の居ていいところじゃない!」
上条の叫び虚しく、戦場の中に佇むように真剣な顔をした孫市は、女性用の派手な下着を鋭く見つめるだけで返事もない。デートプランの予定にないはずの秘密の花園。昨日の小萌先生との話し合いも一瞬で水泡に帰した。「アレどうだ?」「悪くねえ」と下着の好み談義に花を咲かせている浜面と垣根は放っておき、終わったと上条が白く燃え尽きていると、画面の中で黒子が強く拳を握った。
『これですの! これでしたらきっとお姉様を一発で悩殺できるはず‼︎ 黒は女を美しく見せるとは良く言ったものですわね!』
「この店白井のチョイスかよ⁉︎ デートの目的それでいいのか⁉︎」
「良い訳ないでしょ! 何やってんのよあの馬鹿はぁぁぁぁッ‼︎」
『待て黒子、布の面積が少なければエロいなんてのは幻想だ。大事なのはバランスと色合い。黒一色も悪くはないが、この白のラインが入っているものの方が黒子のスタイルに合っていると俺は思う。綺麗系も悪くはないだろう、だがしかし、可愛い系に近い方が御坂さんの好みに合うんじゃね?』
『孫市さん……やりますわね!』
「何をだ‼︎」
美琴の叫びもまるで届かず、やたら真剣な眼差しで下着を眺め続ける若い男女二人。生暖かいような、微妙な顔をしている女性客達の目は二人に全く効果ないらしい。孫市は孫市で黒子のお姉様好きは黒子にとっての別腹と既に諦めているのか、選ぶ下着の過激さに全く遠慮がない。どこか死んだような空気が部屋に流れる中、ただ一人、若干引きながらも、涙子は強く拳を握った。
「白井さんチャンス! これは師匠の好みを聞くチャンスですよ! 女の下着とかただの三角形とか言っちゃう師匠ですけど、今ならさり気なく好みを聞き出せるはずです!」
『‼︎ ちち、ちなみに孫市さんはその、わ、わたくしに着て欲しい下着とかあるんですの?』
「……さり気なく?」
「うん、今のはさり気なかったね」
「嘘でしょ⁉︎」
さり気ないと頷き納得している滝壺が、浜面と普段どんな会話をしているのかはさて置き、美琴のツッコミを他所に、気にしていないのか孫市は顎に手を置いて店内を見回した。あまりに真剣な顔過ぎて、いる場所がランジェリーショップには見えない。普段だらしない時の鐘の女性陣のおかげで麻痺しているが、孫市だって高校生。一応好みはありはする。並ぶ下着の一つに指を弾いて人差し指を伸ばした。
『……ガーターベルトとか嫌いじゃない』
「孫市お兄ちゃんのこういう時の嫌いじゃないは、結構好きって事だよね!」
「いやぁ、師匠それはちょっと」
「いや、白井さん普通にこれはガーターベルトも買う気ですね」
「ねえ、これスキップ機能とかついてないの?必要ない情報が飛び交い過ぎてるんだけど」
「ガーターベルトかぁ、あの人は何が好きなのかなって、ミサカはミサカは気にしてみる」
「最近の若い子は進んでるっスねー、おいろけの術でも教えるっスか?」
「お、おいろけの術⁉︎ ……ちょっと興味あるかもなんだよ」
「……初春さん、
「バニーでガーター、それで浜面を応援すればこれはいける」
「あ、法水さんいつの間にか着替えましたね。いや、でもアレはちょっと……法水さんが私服を着ない理由分かった気がします」
「初春さん?」
美琴の要請を全スルーし、タートルネックシャツの上にワイシャツを着込み、ジーンズを履いた孫市の姿に、飾利は眉尻をへにょりと下げる。体を鍛え過ぎているせいで、服が張り、無駄のない筋肉が搭載されていると分かってしまうせいで、学生の休日というよりも休暇中の軍人にしか見えない。まだ学生服の方が黒子と釣り合いが取れていた。身長差も合わさって、少しばかり犯罪臭すらする。
「法水さん、ああいった格好するとやっぱり学園都市で浮くっスねー、立ち姿も軍人のそれですし……ただ店を出た途端にスキルアウトっぽい奴らに絡まれてるんすけど。命知らずっスねー」
「能力があるからどうにでもなるとからかってるんじゃない? でも『
「普通に秒で制圧しましたね……あの二人もうデートのこと忘れてるんじゃ……」
「師匠にぶっ飛ばされた人数メートルくらい吹っ飛んでたけど大丈夫だよね?」
「大丈夫じゃないっスかー? あ、おせんべい切れたんで持ってくるっス」
「アンタ一人で食べ切ってんじゃないわよ」
自分が戦わないのであればどうでもいいと興味なさげに釣鐘はベッドから立ち上がると、事務所に続く扉を開けた。途端に滑り込んでくる「いやぁ⁉︎ 傷害事件⁉︎」と叫ぶ上条の声。その声に肩を跳ねさせて、美琴とインデックスは事務所へと足を踏み入れた。椅子に座り並ぶ男達と、ディスプレイに映し出されている黒子と孫市。それを目に全てを察し、クロシュは一人いそいそと事務所の外へと逃げ出した。
「やっべえ、とクロシュは脱兎の如く逃げ出します。…………まあ後はお若い方々でお好きにどうぞって感じ? とミサカは爆笑」
静かに事務所出入り口の扉を後ろ手に閉め、
「服が軽くて落ち着かねえ……」
「たまにはいいんじゃないですか? 私服の孫市さんというのも新鮮ですし」
「そうかなぁ、まあ俺は私服の黒子が見れたからもう今日は満足なんだが」
「バカおっしゃい。こんなのいつでも見れますわよ。このくらいで満足して欲しくはありませんわね」
「別に満足しても良いと思うがなぁ。俺にとってはそれこそ新鮮だ」
ただの休日。誰もが当たり前に過ごす休日でも、孫市と黒子にとってはそこそこ貴重だ。普段仕事で休む日があること自体二人とも少ない。学生らしからぬ忙しさ。
(ダメダメですわね……)
買い物袋と黒子のバッグを手に、隣を歩く何も気にした様子のない孫市を黒子は見上げる。店で会計をする時も、スキルアウトに絡まれた時も、言われた言葉。悪意でも善意でも結果は同じ。『お兄さんとお買い物?』と言われた言葉が妙に黒子の胸に刺さった。そんな事は気にする必要もないのだが、一八〇を超える鍛え込まれた孫市の風貌と、黒子の風貌はどうしようにも噛み合わない。
まだ成長期。黒子の身長も伸びる余地はあるが、それは孫市も同じこと。その縮まらない差が、これからも変わらない絶対的な距離のように目に映り、どうしようにも気に掛かってしまう。気にする方が馬鹿を見るのだとしても、必要なら世界の敵になっても構わず己の為に前へと進む男。隣にいると誓ってくれても、周囲の目はまた違う。
「どうかしたのか?」
「……なんでもありませんの」
少しでも心を乱せば、その機微を孫市に察せられてしまう。暗い顔をしてしまっていたかと少し足早に孫市を少し追い越して、黒子はムニムニと頬をさすった。そんな黒子の背にかかる小さなため息。それが孫市のものであると黒子は察し、黒子の肩が小さく落ちる。
生き方の違う二人。必要ならば相手を穿ち。必要だとしても相手を捕らえるだけの少女との間には、目に見える溝がある。価値観の違いこそが人の素晴らしい美点の一つではあるとお互いに分かってはいるが、その溝はどうにも埋まらないもの。黒子と孫市の身長差と同じ。お互いが必要とされている区分を認め、尊重し合ってこそ今の形があるが、ボタンを掛け違えるように、何かがズレればすぐに敵になってしまう。
諦める。などという事はないが、その溝が亀裂となって、いつ繋がれた手錠を引き裂いてしまうか分からない。近付き過ぎれば過ぎる程にその溝は寧ろ浮き彫りとなり、目を逸せなくなってくる。違いの重さに黒子の肩はどんどんと落ち、
「ッ⁉︎ ちょ、ちょっと⁉︎」
黒子の体が不意に掬い上げられた。目の前に近付く孫市の顔。お姫様抱っこの形に黒子を抱え、孫市の足取りは緩やかに早まる。
「俺は満足なんだけどなぁ、まったく、黒子の彼氏だと言ったのに誰も信じやがらないとはどういう了見なんだかな。どうにも俺は浮いて見えるらしい」
「それは……違いますわよ。わたくしが」
「そんな事はないさ。俺はいっつも何かが足りない。初めての事はだいたい上手くいかなくてな……今日も実はインカムから上条達にアドバイス貰ってたりしたんだけどさ、失敗したくなくて、でも結局駄目みたいだ。俺は、黒子にそんな顔して欲しくないんだ」
歯噛みして、首を傾げながら足を止めない孫市を見上げ、ゆっくりと手を伸ばし黒子は孫市の頬に触れると、そのまま指を這わせて孫市の耳からインカムを外す。それを握り締め俯く黒子に、やっぱりどうにも初めての事は上手くいかないとばつ悪そうに眉を畝らせる孫市の腕の中で、黒子はくすくすと小さく笑った。自らの耳につけていたインカムを外しながら。
「……黒子?」
「ええ……ええ、なんでもないですの。ただわたくしも、実はお姉様達にアドバイスを貰っていましたから。これでも、緊張してたんですのよ? 今日が楽しみ過ぎて寝不足ですし、貴方にだけですのよ、困った殿方」
「おいおい、よしてくれよ。そんな事言われると黒子の顔が見れなくなっちまう」
「まだわたくしは身長も足りませんし、色々と世間知らずでもありますけれど、きっといつか、隣に立って、誰が見てもお似合いにだってなれますの。同じモノを見つけましたから。どんな声を掛けられても、もう離れられる気しませんもの」
「……なあ黒子、次はどこに行く?」
「どこへでも……そしてきっと、貴方のもとに」
足を止め、静かに持ち上げられる黒子の顔に孫市は顔を埋める。閉じぬ溝が広がっていようとも、それを飛び越えて感じる熱はお互いだけのもの。触れ合う唇は離れる事なく紡がれて、吐き出し続けても熱が冷める事はない。往来の真ん中に伸びる繋がった影に、休日に街に繰り出していた小さな子供達は目を瞬き、好奇心のままに投げ掛けられた『お兄さんとお姉さんは恋人なの?』という問いに、孫市と黒子はゆっくり赤くなった顔を向けると柔らかな笑みを返した。
その答えに言葉は不要だ。
【二百話記念、ここだけの話】
時の鐘以外にも書きたい話は色々あるのですが、手と頭と時間が足りず、アシュラマンか千手観音にでも転生したい今日この頃。皆様どのようにお過ごしでしょうか。
皆様のおかげで二百話です。まさかここまで続くとは……誤字脱字修正の報告、感想評価等々いただきまして、誠にありがとうございます。相変わらずノリと勢いで走り書き、更新も深夜が多くすいません。普段皆様にお礼を届ける機会があまりないので、こういった区切りで色々書けることを嬉しく思います。あんまり毎話前書きや後書きでぐだぐだ書くのも鬱陶しいでしょうしね。
さて二百話、オティヌスの問題が片付いたものの、ばら撒き過ぎた要素を全然回収できていないというこの有り様。グレムリン関連が終わるまで、オリジナルストーリーを挟む余地のない過密スケジュール。そしてチラッと見えている『創約』の影。フルマラソンを走った後に、またフルマラソンを走り、そしてフルマラソンが待っているマラソン地獄。ゴールできる日は来るのだろうか。
そして増えていくオリキャラ達がね。オリキャラ塗れになるのは私の悪い癖なのですが、話を力任せに広げたい時にオリキャラは大変便利なんですよね。殺したとしても良心があまり痛みませんし、原作キャラを殺るよりさっぱり殺れます。殺ったぜ! 私としてもオリキャラの練習なので色々試したいのです。オリジナル作品の方で似たようなキャラを見かけたら、元ネタはアレのアレだなと思ってください。
大罪の悪魔関連はひょっとするともっと引っ張るかもしれませんが、北条関連は新約の中でケリをつけます。対北条キラーマシンの楠はあんまり出てこないかもしれませんが、基本物語の裏で、勝手に動いてる北条達をボコボコにボコっていると思ってください。
少し長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。ひょっとすると今度から幾らか幕間のアンケートを取ったりするかもしれませんが、その時はよろしくお願い致します。少しでも皆様の暇が楽しく潰せるように、これからも微力を尽くせれば良いなと思います。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。次は二五〇話ででも、辿り着けたら何か書ければいいなと思います。
ちなみに原作的に次は食蜂さんが主人公の話ですが、孫市が入院中でほぼほぼ絡まないため、11巻、12巻直前までの日常の話しを交えながら食蜂さんの話をかければいいなってな具合です。11巻をまるっとぶっ飛ばさないのは、『怠惰』と『色欲』が動くからと、そろそろ日常パートが欲しいなって……。どのキャラのどんな日常を交えるかはまだ決めてませんが、次の章中に『北条』と『原罪』の現状はまとめておきたいですね。