Queen×3 ①
学園都市のとあるバーに一人の少女の姿があった。
少女、と言っても高校生には見えず、大学生に程近い。だが少女の年齢など、見る者は誰も気になどしない。乗馬服に身を包み、後ろに流されている亜麻色の短い髪。服装だけを見れば男と勘違いしてしまうかもしれないが、どうにも隠しようのない妖艶なシルエットが、男女関係なく生唾を飲ませる。カウンターの上に置かれたグラスに収まったアイスボールをゆっくりと指で掻き回す動きを客も店員も目で追い、少女が熱っぽい吐息を吐けば、それを追って感嘆の吐息が幾つも零れる。
そんな少女の背後から近寄る一つの影。迷わず少女に近付いて行く影に、少女とお近づきになろうかと距離を測っていた影が一斉に散る。音を立てぬように影は少女の横、カウンターの上に手を置くと微笑を浮かべる。
「やあ、男装の麗人。君が噂のメイヴィス=ド=メリクールさんだろう? シルエットを見てピンときたよ」
確信して少女の名を呼ぶ男に目を向ける事もなく、メイヴィスはグラスの中に漂うアイスボールをカクテルの海に指先をつけながら回し続ける。長い
ただいつまでもそうしていればただの間抜けな珍客だ。男は一度急速に乾いた唇を舌で舐め、動かない少女の横顔に顔を近付ける。
「よければ僕と付き合わないか?」
そう零された男の言葉に、ようやくゆっくりとメイヴィスの瞳が動いた。カウンターに置かれた手を追ってメイヴィスの見上げた先には、なかなかに整った男の顔が待っている。「ふ〜ん」と小さく唸りながら、メイヴィスはカクテルの海に浸していた指を掲げて長い舌で舐めとると男に向けて艶美に口を横に持ち上げた。
「……そうだね、オメーは今欲しいものとかある? 無数の宝石? 高級車? それとも────」
「もちろん僕は君が欲しい」
「うちは美女と野獣が欲しい。しなやかな足、巌のような腕。躍動する肉体は芸術品だろう? だろうが。生命溢れる指先に触れられると高揚するんだ。分かる? どんな至宝も命にゃ追いつけねえ。分かるゥ?」
「あ、ああ」
思い切り顔を寄せて来るメイヴィスの雅な目尻と、容姿に似合わぬ口調の乱暴さに、男は堪らず少しばかり身を引くが、目の前に浮かべられる疲れたような美少女の笑みを見ると、なんとか顔を笑みに戻した。
「な、ならきっと満足できるよ。僕は長点上機学園、肉体操作の
「オメーを?」
「ああ、大覇星祭でも大活躍だったこの市女島りょu」
────ビッ‼︎
メイヴィスへ微笑みながら男の自己紹介を聞き流し、鋭く手を横薙ぎに振るった。鞭のようにしなったビンタはその鋭さを存分に発揮して空を裂き、男を床に張り倒す。あまりの鋭さに頬が薄っすら裂け、痛みのあまり床を転がる男に目を向けず、グラスの中を漂う酒を一口に飲み干すと、転げる男の頬へ細く長い指を伸ばし、片手でもって掴み掬い上げた。
「駄目だぜぼーや。心の底からうちを欲さねえような奴にうちが靡くと思うのかあ? うちを装飾品のように扱おうとする奴と付き合う訳ねえだろう? 甘い言葉を吐くのなら、熟してから出直しなよ、ぼーや」
「ッ、誰が」
「おいたは駄目だぜ? 力を抜きなよ」
頬を掴まれたまま口を開こうとする男の肉体が隆起し、それを目に瞳の奥の炎を瞬かせ、口を横に引き裂いたメイヴィスの口が男の口を塞ぐ。のたうち絡む長い舌と、口の中に広がり、脳を溶かすような重く澄んだ甘い香り。
ちゅぽんっ!と音を立てて銀糸を引きながらメイヴィスが口を男から放せば、腰砕けに男は床に転がり、メイヴィスは男の頬を手の甲で撫でる。
「これも技だぜ一応なァ。ベッドの上でプロレスしたけりゃ技を磨いて出直しな」
男に軽く手を振って、メイヴィスはカウンターの椅子へと座り直す。快楽を吹き込まれ、力を吸いとられたかのように昇天している男など既にメイヴィスの眼中にはなく、『
「なんだよ海美ぃ、盗み見か? そんな事しなくてもうちがシーツの上で優しく手解きしてあげるよん。どれがお好みだい? うちの必殺技は四十八手まである! 飽きさせはしないさァ、最高の夜を過ごそうじゃないか」
「絡まないでちょうだい。誰にでもそんなことを言っている癖に」
「うちは誰かの恋人じゃないからねェ、うちは世界誰しもの恋人なんだよ。うちを心の底から欲するなら、どんな女でも演じてやるぜ? 服装も性格も……うちになれない女はいない」
「そんなカメレオンみたいな貴女にプレゼントよ」
スッと『
「娼館の姫からの招待状とは穏やかじゃないねェ。しかもうち宛てなんて厄いじゃないの。誰を堕とせってェ? また統括理事会のお偉いさんかァ? 駄目だよアレは、頭は良くても体がねェ」
カウンターに寄り掛かりながらうんざりとメイヴィスが指を鳴らせば、客の一人が艶女の口へと葉巻を運び、また別の客が火を点ける。籠絡させた統括理事会の一人を思い浮かべなら、つまらない夜だったと紫煙を吐くメイヴィスに目を細め、肩を竦めて海美は口を開く。
「常盤台、ビーハイブの女王様」
「うっそ⁉︎ マジで? いいの⁉︎ やったァ! あのクソ餓鬼もたまには良いことするじゃなァい! あの首筋に舌を這わせてみたかったんだァ」
「馬鹿言わないで、コーラ=マープルが動いたのなら分かるでしょ?」
ため息と共に吐き出された海美の言葉に、メイヴィスは舌を強く打ち鳴らしながら椅子の上に沈み込む。自分は動かないくせに、快適の為に偽善を振り撒き微睡む少女。つまりYES女王様ノータッチである。メイヴィスの中で燻る熱が艶っぽく肌を赤く染め、熱を逃す為か、服の第一ボタンをメイヴィスが外した途端、店の中に重く澄み切った甘美な香りが薄っすらと這い回り、客の何人かが崩れ落ちた。「弱ェなお〜い」と昇天している客の数人に目を流し、メイヴィスはつまらなそうに目尻を細める。
「快適の為、快適の為……これまで
「法水孫市は今病院。そしてどうも暗部が細々と動いているそうよ? 魔神騒動が終わったばかりで、今周囲の目は上条当麻と法水孫市に向いている。少しくらい派手に動いても大丈夫なんですって」
「善意で動けば敵対しないって方針の中でかァ? 娼婦のうちにやらせることかよォ」
「英雄と悪魔のお見舞いに行ってとかそんな仕事よりいいんじゃない?」
「当たり前だろ。あいつらとうちらの相性は良くねェ。ガチ戦闘系のあいつらと顔合わせたら死ねるからなァ。何よりうちは『
「でしょうね」
理性を飲み込む程の本能の源泉も関係なく、傭兵と娼婦の相性が良くないだろう事くらい海美にだって考えなくても分かる。一途に必死を追う男と、際限なく恋を飲み干す夜の女。水と油どころではない。時の鐘学園都市支部長の顔を思い浮かべてうげっとメイヴィスは顔を顰め、同じ電脳娼館に属する看板娘の顔へと目を戻す。
「それで、この混乱時に蜂の女王様にちょっかい出そうとしてる奴がいるってわけね。そういうことだろォ? しかも遠回りに動けって?」
「ええそう、ビーハイブの女王様を電脳娼館に招待したいんですって」
「おいおいそれはァ」
「大丈夫じゃない? だってアレがそう言っているのだし」
「なら自分で動けよあのクソ餓鬼」
「散々言っているわよ私もね。でも仕方ないのでしょう? だって貴女達はそうなんだから」
「分かってるじゃなァい! だから海美は好きだぜェ? chu☆ chu☆」
「唇を尖らせてないでさっさと行きなさいよ。バーなんかに篭らないで」
「海美は?」
「私は先に別の仕事があるのよ。頼むわよメイヴィス。暗部を離れて動く暗部を寝取るくらい貴女にとっては簡単でしょ?」
椅子から立ち上がり店を出て行く海美の背に柔らかな手を振り、メイヴィスはカウンターに向き直ると、差し出される酒を一口で飲み干し、空になったグラスの底に葉巻を押し付ける。天井へと登って行く紫煙を目で追いカウンターに頬杖をつくと、目の前に立つバーテンダーに向けて笑みを浮かべた。
「仕事の前に準備運動でもいかが?」
背後から聞こえる背を舐め上げるような娼婦の声を聞き、ゾワゾワと海美は肩を強張らせると足早にバーを後にした。
夜の公園のベンチに体を沈め、
いや、変わっている事が一つあった。
他でもない己が記憶。一年前、ツンツン頭の少年と出会い積み上げた記憶が侵されている。精神系能力者の頂点に立つ食蜂の記憶を誰がどうやって弄ったのか、そもそも思い出が本物なのか。思い出を追って第二一学区にある山の山頂から、わざわざ自分の記憶を弄れるかもしれない相手のいる第七学区まで歩き続け、道すがら『派閥』の者達から情報を集めようとSNSで質問してみたが、掴めたものは何もなし。
「しっ、死ぬ……陰謀力がどうのこうのの前に普通に死ぬぅ……」
ただそんな事よりも、底を尽きそうな体力の方がやばい。普段の運動不足がたたってか、新しくスイスから常盤台にやってきた教員二人に見られでもしたら何を言われるか分かったものではない。「補習で貴女山籠りよ」と言いかねない鬼教官の無駄に整った顔を思い浮かべて、食蜂は体をより深くベンチの上に投げ出す。
そんな食蜂に向けて、ペタペタと軽い足音が近寄った。その音に食蜂は顔を上げ、目にした異様に首を傾げた。大きな綿菓子のようなものがふらふらと歩いてくる。いや、良く見ればそれには顔がついていた。眠たげな目をした小学生低学年くらいの小さな少女が長過ぎる髪をぐるぐると体に巻き付けたまま歩いて来る。手には青い人形の大きな抱き枕を持ち引き摺りながら。
このタイミングでの不思議生物の登場。その異様さに食蜂は鞄の中からリモコンを抜き出し構えるが、ボタンを押し込むより早く、食蜂の目の前まで歩いて来た人影が抱き枕を下敷きにパタリと倒れる。
「し……ぬ、死ぬぅ〜、歩く、なんて概念、消滅しないかなぁ〜」
体力のない食蜂よりも更に虫の息で息も絶え絶えに、綿菓子少女は抱き枕の上に仰向けに寝転がり、胸の前に両手を重ねて鎮まった。御臨終です。そんなテロップが頭の中に浮かび、訳も分からないまま、思わず食蜂はベンチから飛び起きると、地面の上に横たわる哀れな少女に近寄った。白過ぎる少女の肌は月光を弾いて光り輝き、マネキンのように見えなくもない。その浮ついた風貌に一瞬食蜂の足が鈍るが、それよりもマジで死体と化しそうな動かない少女を目に、鈍った足をなんとか押し出す。
「ちょっとぉ⁉︎ なんでこんな時に限って訳の分からない事態が巻き起こっているのかしらぁ⁉︎ 理不尽力高過ぎじゃないのぉ⁉︎」
「……生きてるよぉ〜」
「でしょうけどぉ! ならもう少し元気に返事をして欲しいのだけどぉ!」
「……ダッリィ」
「ちょっと」
ゴロリと横に寝返りを打ち欠伸をする少女に、食蜂の助けてあげようかなというやる気が削がれる。ただ変人に絡まれただけなのか、見た目幼い少女がなぜ完全下校時刻も過ぎた夜に一人で出歩いているのかも気に掛かるが、それ以上に少女の身に纏うやる気のなさがひどい。全身汗だくで背に似合わぬ大きなシャツを一枚着ているだけの少女は家出か何かか。能力を使うタイミングを逃し、尽きそうな体力のまま道の上にへにゃへにゃと座り込む食蜂へと顔を上げる少女を見つめ、食蜂はため息を吐きながら首を傾げた。
「誰かは知らないけど、子供がこんな時間に出歩いてちゃ危ないわよぉ? 狼さんに拐われても、どうにかできるなら別でしょうけれど」
「子供ってもぉ〜、わたち貴女ちゃんと同い年だよぉ〜?」
「…………冗談?」
「ひどいなぁ〜、悲しくなっちゃう」
食蜂も中学生とは思えないとよく言われるが、少女もまた中学生とは思えない。見た目小学生低学年にしか見えないのだが、実際に食蜂も見た目小学生にしか見えない教師を一人知っているだけに、嘘とも強く言えない。
「それであなた」
「わたちは食蜂ちゃんに用があって来たんだよぉ〜、テクテク歩いてね。海美ちゃんにも偶には動けって言われたから動いてみたけどさぁ〜」
「……ッ」
ポチリッ。と少女にリモコンを向けてボタンを押し込み、呼吸を整えて食蜂は顎に手を当て考える。偶然だったとしても重なり過ぎだ。不確かな記憶。それを追い始めた途端に現れた見知らぬ少女。それに食蜂操祈に用があると口にした。何かを知っているのは確実。敵なのか味方なのか、それが分からないが、どちらにしても頭の中を覗けば分かる事。そう考えてリモコンの別のボタンへと食蜂が指を伸ばし押し込むより早く、「……ダッリィ」と気怠げな声が響いた。
「……っ⁉︎」
「それはオススメしないなぁ〜、わたちの場合あいつらよりも強過ぎる本能に塗り潰されちゃうし、ちょっと弄るだけならバグった思考を切り捨てるだけで済んじゃうからさぁ〜。食蜂ちゃんも疲れる事はやめてお話ししよ?」
無言で食蜂は再びリモコンを押し込む。止まれ、立て、行動に対する命令を受けても、気怠そうに寝転がったまま少女は動かず、考えを読もうにも、なぜか『ベッドの上で寝たい』、『明日の朝食どうしよう』、『食蜂ちゃん可愛い』と必要のなさそうな無数の思考が防壁のように立ち塞がって上手く読めない。まるで一人の人間に何人もの思考を詰め込んだように。
「心とは頭の中にあるのか、それとも別の場所にあるのか永遠の命題の一つだよねぇ〜。科学的には脳髄なんだろうけどさぁ〜。それはちょっと面白くないよねって。脳味噌まるっと取り出したら、本能はどっちに宿るんだろうね? わたちとしては体が勝手に動き出したりした方が愉快かなぁ〜って思ったり」
食蜂の命令を聞かず、口を休める事なく回し、少女は服の内側から一枚の名刺を取り出すと、食蜂に向けてずいっと差し出す。それを受け取る事はなく、目を瞬いて食蜂が覗き込めば、待ち受けているのは『
「……娼館? ……コーラ?」
「まあ売るのは体じゃなくて情報なんだけどねぇ〜、のはずなのに一人やたら体を売ろうとする従業員がいたりするけど、まあ気にしないでくれたまえよ」
「……私にいったいなんの用なのかしら? 脅迫? それとも交渉? あなたが誰であっても、わざわざ今姿を見せたという事はそういう事でしょう?」
「どれでもないよぉ〜?」
笑顔を浮かべて仰向けに寝転がったまま、パタパタと手を振るうコーラを目に、ずるりとその場に滑りそうになるのをなんとか堪え、食蜂はリモコンを向ける。が、どれを押そうが意味がないのは試した通り、怠惰に溺れる少女はうんともすんとも動かない。もうほっといて先を進もうかとも思ったが、見逃せる程小さな存在でもない。難しい顔で悶える食蜂を目にし、コーラは一度ゴロリと抱き枕の上で寝返りをうつ。
「わたちは偽善の配達人。我が快適の為にビーハイブの女王様に知恵を貸してあげようと思ってねぇ〜、アレが今学園都市にはいないから、差し込めるタイミングが今だけなのだよ」
「あー、つまり親切の押し売りに来たのかしらぁ?」
「そういうことぉ〜、食蜂ちゃんとは仲良くしたくてね、良い繋がりを構築する為に無償で手を貸してあげようと思ってやって来た小人さんなのら!」
「そう無償でねぇ……信用できないわねぇ、小人さん? 私以上に私の現状を知っているのなら尚更に。罠にしか思えないかしら。それも私の能力が効かないような相手の言う事よぉ?」
「別に効いてない訳じゃないんだけどねぇ〜」
訝しむ食蜂に笑みを返し、無防備な体勢で迷う事なくコーラは告げる。怪しまれる事など想定内。信用を得る為には、手札を伏せていても仕方がない。眉を顰める食蜂を見上げ、コーラは自分の頭に人差し指を当て答えた。
「わたちは常に思考を分割してるんだよぉ〜、細胞が増殖するみたいにさぁ〜、なんでそんな事ができるのかって? 考えるのもめんどくさいと判断したわたちが、なら自分の代わりに考えてくれる自分を作り出せばいいじゃないかと無意識のうちに判断した結果、絶えず新しい人格を生み出しているから」
多重人格。その答えに食蜂も話を聞きながら行き着くが、もしそうなのだとして、人格の一つが食蜂の能力により停止して、別人格が出ているのだとしても、コーラに違いがなさ過ぎる。その疑問を察していたかのようにコーラは笑いながら言葉を続けた。
「違う人格を構築するのもめんどくさいって同じ人格を生み出してるからだよぉ〜、よくアニメとかでさぁ〜、登場人物が脳内会議してる場面とかあるでしょ? アレに近いんだよねぇ〜、食蜂ちゃんの能力を受けたわたちは、勝手に命令受けた面倒な異物だと判断されて他の人格達に蹴り出されちゃうの。常に増え続けてる人格の方が早いからそれに飲み込まれて消されてしまう」
「例えあなたが変わった多重人格者なのだとしても、脳は一つじゃない。なによそのデタラメ力はッ」
「だから言ったでしょぉ〜、心は、本能とは、脳味噌に宿るのか別の場所に宿るのか? わたち達は後者みたいでね、寧ろ理性が首輪なのだよ」
「……余計に意味が分からないのだけれど?」
「完全に分かったなんて言われるよりはいいかなぁ〜」
寧ろ理解されるとコーラの心労が増えるだけだ。一つの感情の最大の噴出点。『
「それで? 情報力を売ると言っていたわね? 無償で私にどんな情報をくれるのかしらぁ?」
「うーん、そこが少し難しい。だってさぁ〜、情報の信憑性を高める為にも、食蜂ちゃん自身の目で見て、耳で聞かないと納得しないでしょ〜? だから取り敢えず、わたちも一緒に行こうかなぁ〜って。それからでも遅くないだろうしぃ〜」
「はぁ? あなた私がどこに行こうとしてるか分かっているのかしらぁ?」
「わたちは情報屋だよぉ〜? 第二一学区であんなに叫んじゃって、勿論知ってる。見ようによってはだよぉ〜? 切り捨ててもそんなに心が痛まない肉壁を一つ食蜂ちゃんは手に入れられる訳だ。やったね! 地雷原にほっぽり捨てて、地雷があるのかの確認にも使えるよ?」
「あなた全然動かないじゃないの……」
物騒な事を笑顔で吐く少女から視線を切り、苦く歪みそうになる口元を食蜂はリモコンで隠す。食蜂が向かおうとしている相手。近似値にあり、同時にある種の天敵。同じ過去を共有して、かつそれを悪用する具体的な技術を持った人物。
学園都市統括理事会の一人、
「そうだなぁ〜、信用に足るか分からないけど、癪だけどあのおばさん、メイヴィス=ド=メリクールはうちの従業員だったり」
「ッ⁉︎ あの男も女も節操なしに食い漁ってる女が? そう言えば統括理事会にも接触してるって話があったかしらぁ? そう……つまりあなたがそうなのねぇ?」
「分かってくれたぁ〜?」
「ええ、より信用できないってことが」
そう食蜂が吐き捨てれば、唸りコーラはゴロゴロ転がる。統括理事会の一人の愛人と呼ばれる女の背後に潜む者。警戒度が一気に跳ね上がりはするが、それを隠さず口にする少女の意図が変わらず読めない。相手を安心させる為であっても手札を切り過ぎだ。どこぞの傭兵もそうであるが、違いがあるとすれば、それを晒しても構わぬ程に膨大な手札をコーラが持っているだけのこと。駄々っ子のように転がる少女に警戒心が多少削がれ、食蜂の肩が小さく落ちる。なんにせよ、いざ少女を切り捨てても心はそんなに傷まなそうだと結論を弾いて。それならば今は使えるものは使う。
「まあ……いいわぁ。捨て駒を持てるというのも悪くはなさそうだしぃ。せいぜいあなたの情報力を私の為に使い潰してあげるわぁ」
「捨て駒なんてぇ〜、優しい食蜂ちゃんはそんな事しないでしょぉ〜?」
「だと良いわねぇ」
「うん! はい、じゃあおんぶして? レッツゴー!」
「うん?」と食蜂が首を傾げれば、「うん?」とコーラも笑顔で首を傾げて両手を広げ差し伸ばす。今なんて言ったの? とも聞かずに、聞き間違いだろうと踵を返そうとする食蜂の背に、「おんぶして?」と再び告げて少女の影が張り付いた。
「ちょ、ちょっとあなたッ」
「動く分のエネルギーも頭に回してるから、わたちは動くのが苦手なのらぁ〜。食蜂ちゃんと喧嘩すれば負けちゃうくらいにひ弱なの。旅は道連れ世は情け。スパコン背負っていると思えばあら不思議! 重くなぁ〜い!」
「普通に重いわよ! ……重い……重、くないわねあんまり。あなた体重いくつなのかしらぁ? ちょっと心配になるのだけれど」
「りんご三個分!」
「どこのマスコットよ……」
同い年とは思えない程軽い少女を背に張り付け、軽く身動いでも剥がれない少女にため息を零し、仕方なくそのまま食蜂は足を出す。考えても仕方ない少女の事を気にするよりも、今は思い出の真偽を確かめる為に進むのが先。情報屋のおかげで休憩の為の時間は潰せたと揚々と食蜂は歩き出したのだが…………。
「じょ、女王……?」
「はぁ、ひぃ、もっ、もう、無理よぉ。ほ、本気で死ぬぅ。いい加減、自分で、歩きなさいよあなたっ。私の親切力の方が高いんじゃないかしらぁこれ⁉︎」
「……わたちの今を見て言ってぇ〜」
最早おんぶの体勢は崩れ、抱き枕と共にズリズリとコーラを引き摺りながら、息も絶え絶えに汗だくの食蜂がガニ股で歩いてくる。顔面を雑巾に、鼻血を垂らしながら地面に引き摺られている少女と、あられもない女王の姿に、思わず見なかった事にして縦ロールの少女、