時の鐘   作:生崎

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Queen×3 ⑤

 食蜂操祈(しょくほうみさき)蜜蟻愛愉(みつありあゆ)の話し声が薄っすらと響く中、湖畔で寝転がったまま細く長くコーラ=マープルは息を吐き出す。加速させていた思考を元に戻し、知恵熱のおかげで熱くなった頭を体の下にした抱き枕に押し付けながら、身を起こそうと動くメイヴィスを、気怠げな目元でコーラは寝ているように制する。

 

「寝てなきゃ駄目だよぉ〜、相手と操祈ちゃんで一対一。離れられて良かったよ。わたち達は邪魔者だからね。立ち塞がってもわたち達じゃぁファイブオーバーOSには勝てない。ここまで大掛かりに仕込んで相手は操祈ちゃんを殺すつもりはないだろうけど、わたち達は別だろうしぃ〜、同じ土俵に立たす事ができただけでわたち達の仕事は終わりィ〜、ここから先は思い出の為の操祈ちゃんの戦いで、わたち達は必要じゃないの」

「……だからオメーわざわざうちの足元で抱き付くように寝てやがったのか。初めから殺さねえ殺さねえってよお、なんで分かる」

「能力の特性上さぁ〜。もしだよ? メイヴィス以外に超淫乱少女がいて、わたちは貴女ちゃんより性技得意だからって言われて殺し合う? その分野で勝負するでしょう〜? そういうことぉ〜」

 

 精神系の能力者同士、どちらが相手の精神を先にへし折れるか。おそらくそういった風に勝負の形は移行するとコーラは予測し、そういった勝負になるだろうからこそ、裏に潜んでいる者は蜜蟻に手を貸しているだろうと思考を繋げる。

 

 学園都市、超能力者(レベル5)第五位の価値は低くはない。寧ろとんでもなく高い。人間という社会を構築する生物の特性上、超能力者(レベル5)の中では一番有用であるとコーラ自身考えている。それを破壊するよりも、利用する方がずっと価値がある。学園都市に住む科学者ならば、そう考える者の方が多い。強度(レベル)の差に歯噛みしてそれを打ち破ろうと考えるのは学生であって、科学者にとってはどれが使えるのかの違いでしかなく、必要な能力さえ保持していれば、誰がその能力を持っていようがどうでもいいのだ。

 

「我慢が足りないよねぇ〜、忙しないのら。既に目前に置かれている完成品に手を伸ばしたいのは分かるけどさぁ〜、素養格付(パラメータリスト)? あれ好きじゃないんだよねぇ〜」

 

 素養格付(パラメータリスト)

 

 学園都市の学生に対して事前かつ内密に行われている、 各々の能力者としての素質調査結果を纏めた物。対象の人物が将来どの程度の強度に達する事ができるのか、その可能性を調査し、低レベルと判定された者には適当なカリキュラムしか受けさせず、超能力者(レベル5)と判定された者にはそれ相応の予算が組まれカリキュラムが準備される。ただこれは可能性の判定であり、必ずしも超能力者(レベル5)の判定を受け取った者が全員超能力者(レベル5)になれるわけではない。予算の都合上切り捨てられる者も当然のように存在する。だから学園都市には超能力者(レベル5)に至れる者がそれなりの数潜んでいるという事ではあるのだが。

 

「これって例外多いよねぇ〜、例えば第七位には関係ないと思わない? それに個人の可能性しか見ていない。この世に存在する限り、どうしても他人と関わらなければならないのに、他人から齎される影響を考慮していない。一つの答えではあると思うよ? 個人で何にも触れず一人で頑張ったらこうなるんだよぉ〜ってね。努力の否定とでも言うのかなぁ〜、それこそあり得ないのにね」

 

 宇宙に行ける訳などないと決め付けられたとして、人はロケットを作らないのか。広大な海を見て渡れる訳がないと船を作る事をしないのか。否である。未知を求めて人は技術を磨き、夢を形にする生き物だ。例え無数に失敗を重ねても、馬鹿みたいに諦めない者がいる。一ミリでも、一マイクロメートルでも進めるのなら、例え進めなくても、それが『失敗』であると分かればいいと。

 

「『怠惰』のオメーが『努力』を認めるのかよ」

「もちろん」

 

 即答しコーラは小さく身動いだ。長距離を自分の足で歩くのは怠いと人は馬車を作り、車を作り、電車を作り、飛行機を作った。物流の促進や夢の為であったとしても、『怠惰』な想いもきっと含められていただろう。快適の為。その為に労力を惜しまず、労力を減らす為に冷蔵庫を、電子レンジを、武器を、あらゆるものが作られた。より簡単に、より確実に、積み上げ鍛え磨き、物や技を築き上げる。それをコーラは否定せず、無碍にもしない。

 

「頑張るのは、努力するのは、その先に待つ快適の為なんだよぉ〜」

「はっ! 馬鹿言うぜ。自分を磨くのは相手を振り向かせる為だぜ。快適だァ? 例え苦しくても一瞬の情熱の為ならなんでも捨てられるのが人間なのさ」

 

 夢の為に、誰かの為に、捨てようと思えば人はどこまでも捨てられる。不必要な物を削り落として磨き続け、狙ったモノに向けて突き進む。例え辿り着いた先がマグマのような煮え滾る地獄のような場所であっても、その熱に悶え踊るだけ。その熱があればいい。失敗も成功も関係ない。必要なのは身を焦がす熱。素養格付(パラメータリスト)で例え決められていたとして、熱さえ握れるならば関係ない。追うのも楽しいし待つのも楽しい。熱さえあればなんでもいい。素養格付(パラメータリスト)が一つの答えであったとしても、熱さえあるならどうでもいい。

 

「まあつまり、面白ければそれでいいし、つまらねえなら捨てるだけ。その程度のものでしかねえだろ素養格付(それ)だってよォ。それがそんなに重要かァ?」

「あの傭兵集団も一笑に伏すだろうしぃ〜、所詮自分次第でしょぉよぉ〜。とは言え手札としては使えるけどね。使いようによっては誰かの足元は掬える。自分が良ければどうでもいいわたち達には関係ないけれど」

「で? 足元掬われた奴が正にそこにいる訳だ。ほっといていいのか?」

「いいのいいのぉ〜、操祈ちゃんは超能力者(レベル5)。甘くはないよぉ〜、だからわたち達が気にするのは」

 

 蜜蟻愛愉以外に食蜂操祈を狙い動く何者か。抱き枕から溢される、『心理定規(メジャーハート)』こと獄彩海美(ごくさいかいび)の報告を骨伝導で聞きながらコーラは薄っすらと笑みを浮かべ、視界の端、遥か遠くで倒れる一本の木を見つめる。主流の流れであろう蜜蟻以外の細い流れ、その内の一本が断ち切れただろう事を察して、一度ぺしりと手を叩いた。

 

「どこぞのお家騒動で操祈ちゃんを狙ってる輩はコレでおしまい。怖いねぇ〜、幽鬼の剣士は並みじゃない。アレは解脱者の一人だ。世の法則から浮いた者。下手に相手しちゃ駄目だよメイヴィス。したら死ぬから」

「オメーがそこまで言うのかよ。でもちょっとくらいの味見なら」

「百パー死ぬから」

 

 親指の爪を噛みながら、コーラは笑みを引き攣らせる。最強のカードは最強でも最高足りえない。なよ竹のかぐや姫を追う十の一族の当主が一人。己の特性上、情報を扱うコーラ自身も多少の関わりがあるが、今学園都市に置かれているのは最悪のジョーカー。かぐや姫を追い世界から消えた彼らがその通り返って来たのなら、手を出しただけ死に近付く。手を出さない事が正解だ。

 

「そっちはいいとしてぇ〜、多分他に回収班が控えてるんだよねぇ〜。どうしよっか?」

「それを考えんのがオメーの仕事だろうが。どうにかしろよ」

 

 メイヴィスの言葉に口端を苦くし、深くコーラは抱き枕に頭を押し付けた。取れる手がない訳でもないが、必要以上に目立ちたくないのがコーラの本音。心労が増えては快適から遠去かる。学園都市に散っている従業員達の声を聞きながら、コーラは思考に埋没した。目に見えた刃や銃はないが、情報こそがコーラの武器。蠢く学園都市の動きを天上から眺めるようにコーラは思考を巡らせる。

 

 取れる手が限られる。情報を手に握っていても、突き出せる己の拳が存在しない。目立たず快適に。両立のできない今を噛み締め、不機嫌にコーラは身を捩った。その耳に。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()♪ ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 風に乗って食蜂操祈の声が届き、コーラは僅かに動きを止めて、観念したように大地に両腕と両足を広げる。しばらく冷たい風に身を晒し、抱き枕の口に手を突っ込むと通信機を引っ張り出して己が耳に当てがった。

 

「ねえ、『藍花悦(あいはなえつ)』が確か近くに居たよね?……違うよぉ〜、そっちじゃなくて幾人かいる方、そう、節操なしに蜜蟻ちゃんが暗部掠め取った所為でアレが怒ってたはず。アレに情報売って、ストッパーで『第六位』にも情報売ってよ。『藍花悦』が巻き込まれるってね。どうせその『藍花悦』は、『藍花悦』自身の要件で掠め取られて怒ってる暗部の組織に突っ込んでるんだし、回収班には混沌に沈んで貰おうかなぁ〜ってね。第二一学区の側であんなのが暴れてたら回収なんて無理でしょぉ〜? よろしく海美ちゃん」

「いいのかよ、情報操作で超能力者(レベル5)を動かせば目に付くぜ? それって善意でもねえだろうに」

 

 通信機を放り捨て、呆れて肩を竦めるメイヴィスを見上げてコーラは困ったように笑う。そんな事はコーラも百も承知だ。その先に待つ心労を思えば取るべき手ではない。

 

 ────それでも。

 

「わたちは快適だからいいのぉ〜」

 

 出し渋り目立つ事を恐れて食蜂の笑顔が消えるより良い。仏頂面の者が近くにいるより笑顔の者が近くにいる方が万倍良い。必要だから近付いたとは言え、その者から恨みを向けられるのは快適ではない。だから友達にもなるし、友達の為なら多少の無茶もする。その情熱に羨ましそうに舌を打ち、メイヴィスはそっぽを向いて寝転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の街を一つの影が走る。小脇に小さな影を担いで、大きな影はビルとビルの間の影に紛れるように走っていた。手に握った携帯電話のボタンを乱暴に押し込むが、繋がる前に後方から飛んで来た瓦礫に携帯の先端が抉られ機能を失う。それを目に舌を打ちながら、携帯を放り捨て影は走る速度を上げた。

 

「おいしっかりしろ『藍花悦』! くそ、内臓潰しの横須賀さんにどれだけ働かせりゃ気が済むんだ! 時給九〇〇円じゃ割に合わねえ! 第六位の野郎聞いてねえぞ!」

 

 『藍花悦』は確かに自分の力で自分の成したい事を成した。そのはずだった。いざという時のエスケープ要員として控えていた横須賀は、それを見届け次の『藍花悦』の結果を見守る為にクールに去るはずであったのに、要らぬ横槍が『藍花悦』を打ちのめした。路地から大通りへ出た瞬間、目の前を物凄い勢いで影が横切る。それが自動販売機に突き刺さって動きを止め、飛んで来たのが人であると頭が理解するよりも早く、次の路地に呼び込む為に横須賀は足を動かし続ける。

 

 背後から迫って来る阿鼻叫喚。道路の端々に吹き飛ばされる人の影。腕がへし折れ、足があらぬ方向に曲がり、ひしゃげた拳銃の破片がパラパラ上から降って来る。竜巻に追われているのではないかと錯覚してしまうような状況に顔を青くする横須賀の目の前に、不意に青い影が降って来た。アラビア数字の『6』が刻まれた鉄仮面。暗闇に漂う海より深い青色の髪に横須賀は大きく目を見開き、喉の奥から迫り上がる文句を勢いのまま相手にぶつける。

 

「第六位⁉︎ エリート様がッ! アンタが来るなら最初から来いよクソ野郎が! なんなんだアレは!」

「……ボクゥも今聞いてすっ飛んで来たんやけどねぇ。アレはあかんわ。確か……第十学区、『ストレンジ』の王様や」

「『ストレンジ』の王ってアレ都市伝説じゃねえのかよ⁉︎」

「ボクゥも見るの初めてなんやけどねぇ。噂でしか聞いとらんし。離れといた方がええよ? ちょっと本気出すわ」

 

 青い影の狭間から、白い角が髪を掻き分け外へと飛び出る。首を傾げて足を踏み込む第六位の姿に顔を歪め、背後で響く轟音から逃げるように横須賀は一段と強く足を出す。人体の限界を超えた膂力の怪物。肉体性能だけならば、全能力者最強を誇る第六位。その本気の一撃がどういうものか横須賀も身をもって知っている。第七位を打倒する為、出会った『藍花悦』の一人を脅して辿り着いたパン屋で第六位から貰った一撃。意識を刈り取る物理的な一撃の威力を。人型の災害。それが超能力者(レベル5)。それから避難しようと抱えた『藍花悦』を背負い直して路地に飛び込もうとした刹那。

 

 

 ────ズッッッドンッ!!!! 

 

 

 ビルの壁を砕き突っ込んで来た『何か』に蓋をされ、横須賀の足が止まってしまった。『6』が刻まれた鉄仮面。風に揺れる青い髪。髪から伸びる白い角。体に纏う骨の鎧に沈み込んだ拳の形の跡は巨大で、崩れた壁に寄り掛かるようにして首を振るう第六位の姿に、思わず口が間抜けに開いた。

 

「お、おい?」

「痛たた……なんやキミィ……超人体質……よりもえげつないなぁ。本当に人間なん? どう鍛えたらそうなるん?」

 

 鉄仮面を軽く指で押し上げ、口内の血を地面に吐き捨て立ち上がる青髪ピアスに向けて伸びる一つの影。その影を追って横須賀は体を振り向かせ、数歩後ろに後退る。歩いて来る重々しい足音と、揺れ動く巨大な肉体。大きな笑みを携えて歩み寄って来る影の大きさに、口の端から笑いが漏れ出る。

 

「テメェが本物の第六位か? そうだろう? ナハハハハッ! どう鍛えたって? 別に特別な事なんかしちゃあいねえ! 戦ったら戦った分だけ強くなるのが当然だ! 闘争で磨かれた体は嘘をつかねえ! 技? 能力? いいや、この世で絶対なのは力! それが真理で真実だぁろうが! 小難しい理由なんてえのはいらねえ!」

 

 大きな口から笑い吠えて、影はぴたりと動きを止めた。

 

 それは人間の形をしていたが、同じ人間には見えなかった。

 

 背が高過ぎた。目測だけで二メートルを超えていると誰が見ても分かる。

 

 そして纏うは、広く、分厚く、圧縮してもしきれず盛り上がった筋肉の鎧。骨の上に直接鍛え切った筋肉を貼り付けたように、腕が、足が、肩が、胸板が、溝を走らせ区分けされ、各々がどこの筋肉であるのか自己主張していた。連結部を隠す程の筋肉は岩壁のようであり、それでいて生命の息吹を確かに感じる。

 

 最強の人間とは何であろうか? という問いに、取り敢えず筋肉特盛りで、と子供が自由帳に走り書きした存在がそのまま目の前にいるようなデタラメさ。これをもし人間と言うのであれば、他の人間達は未完成品であると判子を押されかねない歪な異物。

 

 鋼鉄よりもしなやかに、金剛石よりもきめ細かい筋肉の鎧を全身に搭載した大男、『剛力の魔王(Mammon)』、『ストレンジ』の奥底に潜む帝王は舌を鳴らし、第六位に人差し指を向け、招くように動かし笑う。

 

「へし折れなかった褒美だ。オレぁエルキュール=カルロフ。好きに呼んでくれていい。別にテメェらが好き勝手掠め取る分には構わねえ。結局最後は全部オレが奪うんだからなぁ。能力だの魔術だの技術だのにかまけて椅子にケツを貼っつけてる忘れん坊なんて気にするだけ無駄ってえもんだぜ」

「……忘れん坊なぁ」

「だろう? 人間だって動物だってことぉ誰もが忘れてやがるのさ。人間を高尚な生物と勘違いしてやがる。法律だの戒律だのでわざわざ自分を縛る囲いを作って、生物の宿命である弱肉強食から目を背けてるだけだ。殴られたら殴り返しもせずにポリ公の元に走るだけ。はぁ? 意味分かんねえだろう? 結局自分が強きゃあなぁ、ポリ公も法律も必要ねえのさあ」

「なんとも極論やなぁ、つまりキミは何が言いたいんや?」

 

 首を傾げる第六位の姿を目に、オールバックに整えられた金髪を一撫でして、赤っぽい瞳を細めるとカルロフは退屈そうに下顎を前に突き出しながら、心底呆れたようにため息を吐き出す。

 

「つまりだなぁ、好き勝手オレから掠め取るのは構わねえ。ただ掠め取ったんだから死ね」

 

 伸ばされた手を止める事なく、触れる事も自由に許す。ただ触れたなら、それは殴られてもいい、殺されてもいい合図でしかない。どう動くのかは相手の自由、ただそれでカルロフがどう動くのかもカルロフの自由。学園都市であろうと、どこであろうと、欲しい物は、向かって来る何者も、その豪腕をもって奪うだけ。

 

 軽く握られ振るわれる腕はそれだけで大槌。コンクリートの壁をナイフでバターを削ぐように砕きながら迫る拳。横須賀の襟首を引っ掴み、背後に飛んで壁を蹴りカルロフを跳び越え着地した第六位を追って、カルロフは身を捻りながらアスファルトの大地に爪先を埋め込み足を振り抜いた。

 

 

 ガリガリガリッ!!!! 

 

 

 削れた大地の破片が散弾銃のように飛来し、第六位の骨の鎧に突き刺さる。その衝撃に横須賀は『藍花悦』を抱えたまま地面を転がり、第六位の鉄仮面が弾かれ宙に飛んだ。顔を片手で覆う第六位の目前に影が伸びる。巨体が遅いなどということはない。カルロフに搭載されているのは、見せかけではない筋肉の鎧。

 

「ナハハハハッ!」

 

 笑い声と共に大きく振りかぶられた拳に向けて青髪ピアスが蹴りを放つ。太い二の腕に足の裏が沈む感触。ただその足にいつまで経っても固い骨を踏む感触はやって来ない。蹴りを放ったはずの青髪ピアスの方が後方に弾かれ、広がった距離に剛腕は間の空気だけを裂き、空気が無理矢理引っ張られ、掻き混ざり唸る異様な音が鳴り響いた。

 

(ミオスタチン関連筋肉肥大や超人体質だとしても、これほど筋肉付くもんなんか? 肉体操作系の能力者全員泣くでこれ……筋肉の密度も骨密度も常軌を逸しとる。ただ鍛えただけでこうはならんやろ。もしただ鍛えただけで本当にこうなったのやとしたら……)

 

 最初から持っていたものが違うだけ。筋力。ただ圧倒的な筋力。人間として持ち得る究極的な筋力の怪物。肉体を操りその究極に近付くのとは違う、ただ純粋に鍛え続けて育んだ究極の肉体。振るった腕の衝撃に服の方が負け、千切れた上着を掴みより引き千切り捨てるカルロフの露わになった上半身に、思わず青髪ピアスは目を細めた。男の体に興奮など御免だが、肉体系の能力者であるだけに、カルロフの体にどれだけ無駄がないのか嫌でも分かってしまう。効率良く、誤差なく、最大出力を出す為に必要以上に備え付けられ磨かれ整えられた肉体であると。

 

「ほらほらぁ、どうしたぁ第六位! その作り物の肉体は見せ掛けかぁ? 超能力者(レベル5)らしくせこせこ頭を回せよ! オレぁただ力任せに千切るだけだ! 手を出したなら楽しませろオレを! 殴り合おうぜぇッ! あの腐れ情報屋が寄越したのなら、オレも出向いてやったんだからよぉッ‼︎」

「話し合おういう気は」

「オレはお喋りしに来た訳じゃあねえ!」

「やろなぁ……ヨコやん本気で離れときぃ。さっさとその子連れてなぁ。これはボクゥも周りを気にはできんわ」

「バ────ッ⁉︎」

 

 息を詰まらせて横須賀は、抱えた『藍花悦』を放さぬように一心不乱にその場を離れる。腕っぷしに自信のある横須賀であるが、最早そういう次元の話ではない。想像を絶するのは第六位も同じこと。

 

 生命が膨らみ弾ける。

 

 三メートル近く膨らむ第六位の肉体を、骨と毛皮の鎧が覆う。頭から伸びた二本の白い角は捻れ長さを大きく伸ばし、骨の尻尾が大地を叩いた。学園都市という名の迷宮を闊歩する迷宮の悪魔。現代のミーノータウルス。水牛のような山羊のような頭蓋骨に覆われた第六位の顔を見つめ、『剛力の魔王(Mammon)』は深い深い笑みを浮かべた。

 

 遠近感が狂ったかのように、二人に比べて学園都市の街は些か狭い。振り被り突き出された拳同士の衝突は隕石同士の正面衝突。戦車の砲撃にも負けぬ轟音が響き、二つの影が同時に後方に大きく弾けた。止まっている車を巻き込みながら大地を転がり、潜んでいた暗部を吹き飛ばしながら二つの影が立ち上がる。質量が、規格が、性能が違う。目の前を通る巨躯を目に、拳銃を握ったまま尻餅をつき震える暗部には見向きもせずに二つの影は距離を詰める。

 

「ナハハハハッ! オレの拳を真正面から二度受けて耐えたのはテメェが初めてだうざってえ! その称号はテメェにやる。ただ勝利はオレが貰うがなぁ!」

「血気盛んやなぁキミィ、何をそんなに戦いたいんや」

「テメェがオレの前に立ってるからに決まってんだろうが! だいたいこれは戦いじゃあねえ、強奪だ。生きるとは奪う。奪うとは闘争だ! 会話なんつうのは所詮それを彩る為の付け合わせでしかあねえ! 力があるのに振るわねえのは怠慢だ! だからテメェも拳を握ってるんだぁろうが!」

 

 走りながら止まっている車のボディに腕を突き刺し、力任せに第六位に向かってカルロフは投げる。金属の破片を撒き散らし飛んでくる車を木の葉を払うように青髪ピアスは横薙ぎに砕く。降り掛かる脅威も紙吹雪のような肌を撫ぜるものでしかない。己の体が他のモノに比べて強固過ぎる。他の者にとっての脅威が脅威足りえない。その葛藤は、強者にしか分からぬもの。強者の相手は強者にしかできない。お互いの拳を再び突き立て距離を開け、カルロフの笑みに引っ張られるように青髪ピアスも微笑を浮かべ、口元を撫で付け微笑を消した。

 

「三発……ねぇ。あぁ、悪くねえが気に入らねえ。それに免じてもう少し本気で────」

 

 

 ────タァンッ‼︎

 

 

 銃声が一発。カルロフの言葉を遮り響いた。動きを止めて背後を肩越しに覗いた。その先に待つは拳銃を握る幾人かの暗部。貫通せず、表面にメリ込んだ弾丸をカルロフは指で摘み引き抜いて、親指で弾き暗部の一人の眉間を撃ち抜く。金色のオールバックが薄っすら逆立ち、カルロフの体が一回り膨らんだ。

 

「目暗かテメェら……見て分かんねえのか? 今オレぁお楽しみ中だ。殴る気概もねえ奴が、それも鉛玉を使って頭にさえ当てられねえ奴が、オレから楽しみを奪いやがったなぁ。アウトロー気取んならそのマッチ棒みてえな腕をどうにかしろよ。ふーむ、どれ、へし折れねえか試してみよう」

 

 

 ────タァンッ! 

 

 

 カルロフの肩に飛来した弾丸が、メリ込まずに圧縮された筋肉に弾かれ地に転がる。それを踏み潰し天性の肉体が躍動する。弾丸の雨を弾きながら一歩一歩足を寄せ、撃ち尽くした拳銃の引き金を引き続けながら暗部達は足を下げる。目の前で規格外の巨体が揺れた。軽く振られたカルロフの右腕が、暗部の男の背骨をへし折り飛ばし、壁に埋め貼り付ける。

 

「なん、なん……だ?」

「乞食かテメェら。答えぐらい奪ってみせろよ」

「化物……ッ」

「0点だ」

 

 二度三度雑に腕を振るい、人影を簡単に毟り散らす。最後の一人の腕を掴み、強引に第六位に向けてカルロフは暗部の男を投げ捨てた。手足がへし折れ手裏剣のように飛んでくる人影を第六位は後退ることなく柔らかく受け止め、ゆっくりと地面に横たわらせる。そんな慈悲の姿にカルロフはつまらなそうに鼻を鳴らし、逆立ったオールバックを撫でつけた。

 

「しらけちまったなぁ、帰るぜオレぁ」

「帰らせると思うんか?」

「思うねえ。オレを帰らせないメリットがテメェにはねえ。散歩がてらにもう少しマッチ棒をへし折るかもしれねえが、それはテメェには関係ねえだろ? 安心しろよこれは貸しだ。奪ったままは許さねえ。いずれオレが全てを奪ってやる。力任せに、オレの腕でな。テメェも、情報屋も、誰だろうがオレに触れたならそれが合図だ。よくある話だろう? 手を出した宝箱に喰われるなんざ。リスクを背負えよ。リスクとはオレだぜ」

 

 遠くでヘッドライトを光らせる装甲車を目に、地に横転している車を鷲掴み、ぶん投げながら、第六位の前で気にせず身を翻しエルキュール=カルロフは離れて行く。暗部達の叫び声にあくびを零しながら、銃撃も、爆薬の音も腕力をもって捻じ伏せ歩く。その大き過ぎる背中に目を細め、青髪ピアスは骨の鎧を砕き捨てると夜の街へと跳び上がった。

 

 触れさえしなければ関わることは微塵もなく、触れてしまえば掴み潰す『剛力の魔王(Mammon)』。虎穴から引き摺り出された怪物を止める為には穿つしかない。ただしそれも、穿てる『何か』があればの話。突き刺さる牙を持たぬのなら、掴み潰される事に変わりはない。単純にして明解。彼の前では力だけが真実たり得る。

 

「さぁ、オレを井の中の蛙にしてくれよ。大海を知っても泳ぐだけだがなぁ。ナハハハハッ!」

 

 足りぬのならへし折るだけ。へし折れぬならへし折れるまで試すだけ。力に溺れる。それもまた人間の特権である。ただし一度溺れても、溺れた恐怖さえ踏み越えていつかは泳ぎ切ってしまうのであろうが。

 

 酸いも甘いも強奪する為、力任せに今日もエルキュール=カルロフは井の中を泳ぐ。『ストレンジ』の帝王が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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