時の鐘   作:生崎

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Queen×3 ⑥

「おい、あれやばくねえか?」

「やばいねぇ〜」

 

 間延びした口調とは裏腹に、コーラ=マープルは冷や汗を滲ませる。食蜂操祈(しょくほうみさき)蜜蟻愛愉(みつありあゆ)の決着に、コーラとメイヴィス=ド=メリクールの力は必要ではない。食蜂操祈の過去。食蜂操祈の思い出。それは食蜂だけのものであって、既に通り過ぎた過去と向き合う事は、それに関わった者だけの特権だ。

 

 ファイブオーバーOSとファイブオーバー。

 

 持ち出された二つの超兵器を前に、『派閥』の面々を操り、ファイブオーバーOSを使った磁性制御モニターによる風景の描き換え、その為に蜜蟻が用意していた外部の『視点』協力者の位置を特定、叩き潰し、ファイブオーバーOSの制御権を奪い抵抗する。『派閥』を使った群れの動き。超能力者第五位の手腕の練度の高さにコーラもメイヴィスも関心したが、()()()()()()()()()()()

 

 兵器同士潰し合い、武器を失い王手を掛けられた蜜蟻が、食蜂が即座に模倣し、身に浮かべた『恐怖の源泉』たる瞳をスマートフォンを使って迂回させ、食蜂操祈を自爆させた執念。ファイブオーバーの内に食蜂を捕らえ、その想いのままに食蜂の首を蜜蟻が両の手をもって締め上げる。()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()────。

 

 

『そんな訳、ない。だって、ここは第二一学区で、第七学区とは離れていて、深い山中にある無人の発電所で、ただの散歩でたまたまやってくるような場所じゃない!』

 

 目の前に迫る光景を蜜蟻が言葉で否定する。言っている事は分かる。それは正しい。ただ、目にしてしまった事実に嘘はない。どこぞの『忌まわしきブレイン』の一人が、普段見せない善意を見せただけのこと。それがコーラやメイヴィスの望まぬ事態であったとしても、向けられた矢印の先は食蜂操祈に向けて。超能力者(レベル5)という立場が人を引き寄せるのか。食蜂操祈の人徳故か。ただ偶然に数多の善意が重なっただけなのか。その理由がどれであったとしても関係ない。

 

「私の時だって、そうだったわぁ」

『私もあなたも記憶の中から消えていて、助けに来ようなんて思えるはずもなくて、こんな事件の話なんて情報を集めるどころか起きた経緯を想像する事さえできないはずなのにい!!』

「最初から順を追う必要なんかない。途中参加で人を助ける事だって珍しくないものねぇ」

『私の時は、間に合わなかった。ヒントが断たれたから届かなかった』

「でもぉ」

『なのに』

「それが、彼の全てじゃないわぁ」

『なのに、何で……何で今回は間に合ってしまうのよォォォおおおおッ!!!!』

 

 過去を一歩で踏み越えて、少年が一人向かって来る。拒むように広がった、上限を超えた蜜蟻の能力の津波を前に身を背ける事もなく、確かな一歩を踏み締めて、ギプスに包まれた右腕を少年が振るい、カーテンを押し除けるように、砕けたギプスの内側から伸びた右手が津波を跡形もなく消滅させる。それに重なるどこからともなく飛来した弾丸が、食蜂を捕らえていたファイブオーバーの頭を穿つ音。

 

 やばいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……だから、助けてもらいなさいよぉ。今度こそ、納得力を満たすまで存分に」

 

 微笑みを浮かべて拳を握る上条当麻(かみじょうとうま)を見つめる食蜂操祈の言葉を遠巻きに耳にしながら、大地に溶け消える勢いでコーラとメイヴィスは大地に身を押し付ける。

 

「あいつら入院してんじゃねえのかよマジかァッ、燃えるなおいッ。どうする⁉︎」

「喜ぶか嘆くかどっちかにしてよねぇ〜、はぁ、敵対する理由がないとは言えね、顔を合わせたくはないんだよねぇ〜、『嫉妬』は多分数キロは離れてるからこのままやり過ごせばいいだろうけど、これだから戦闘系の住人はさぁ〜……まぁ最後の最後で来てくれたおかげで、他の者の意識も全部二人が持ってってくれるだろうけどね。第六位を動かしちゃったけど、あの二人も動いたなら『シグナル』が動いたって事で決着つきそうだし」

「……そこまで読んでやがったのか?」

「まっさかぁ〜、わたちは神様じゃないんだからそこまでは読めないよ。ただほら、善意で動く者へのご褒美じゃない?」

 

 可能性としては当然考慮してはいた。食蜂操祈と上条当麻、法水孫市(のりみずまごいち)は関わりがある。過去と今。食蜂操祈が積み重ねた結果がこれなのだとしたら、例え想定していた中で可能性の低かった最悪の結果なのだとしても、正しいとコーラは断じる。正直者が馬鹿を見る。良い奴から死んでいく。そんな事実はきっと正しくないのだから。情報屋として、食蜂操祈がどんな少女であるのかはコーラ=マープルも多少は知っている。だからこそ、自分にとって悪手であっても、友が笑顔でいるのなら『最悪』だなんて口にする程野暮ではない。快適ではなくなってしまうから。

 

「あらぁ? 二人揃って下手なかくれんぼ?」

 

 寝転がる二人の間に蜂蜜色の髪が寝転がる。喇叭吹きに壊されたファイブオーバーから這いずり出てやって来た常盤台の女王の晴れやかな顔をコーラとメイヴィスは少しの間見つめ、メイヴィスは鼻を鳴らして蜜蟻に殴られている上条当麻を見上げる。

 

「……いいのかよここに居て、待ってた王子様が来たんだろう? その胸に飛び込んでもバチは当たらないんじゃなァい?」

「嫌ねぇ情報屋って。デリカシー力が足りないんだゾ。……いいのよ、もうずっと前に私の為に走ってくれたんだもの。だから今回はあの子に譲るわぁ。妬けるけどねぇ」

「うちなら蹴落として飛び込むがねェ、健気過ぎるのも問題だぜ」

「あらぁ、お姫様は王子様を待つものよぉ? 例えそれが叶わぬ夢でも、奇跡でも、信じて待つ事は誰にでもできるものぉ。過去は変わらなくても、未来は変わるものなのだから」

「白馬の代わりに大鮫に乗ってるけどそれはいいんだぁ〜」

「それこそ、どんな壁も穿ってくれそうじゃない? だから今は、偶にはできたばかりの友人と夜空を見上げるのもいいんじゃないかしらぁ?」

 

 そこまで言い切られては何も言えず、メイヴィスは鼻を鳴らし、コーラは一度口を引き結ぶとその端を持ち上げ微笑を浮かべる。英雄が少女の想いを受け止める拳の音をBGM代わりに、コーラはポツリとただ一つ、聞いておかなければならない事を常盤台の女王に聞いた。

 

「操祈ちゃんは今快適?」

「……ええ、これまでよりも。そしてきっと、この先はもっと」

 

 首から下げた銀色の防災用ホイッスルを握り込み食蜂操祈は柔らかく微笑む。しばらくして衝突の音は止み、夜の静寂が人造湖の湖畔を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話し合いは終わったか脳幹」

 

 第十五学区の街中で、嗄れた低い声が静かに響く。アレイスター=クロウリーの不在を狙い、蜜蟻愛愉に気付かれる事なく裏から手を回していた事態の黒幕、『心理掌握(メンタルアウト)』の強奪を謀った蠢動俊三(しゅんどうとしぞう)への粛清を終えてアレイスターとの通信を終えて歩いていたゴールデンレトリバーは、テンガロンハットの頭を抑えて佇む老人を目にするとため息を吐いたように首を傾げる。ゴールデンレトリバーの横を歩くリクルートスーツを身に纏った女性、木原唯一(きはらゆいいつ)がこれ見よがしに舌を打つのを気にした様子もなく、ガラ=スピトルは目の前を横切ろうとするゴールデンレトリバーに並んで歩く。

 

「ハワード、いやガラだったか。相変わらずロマンの欠片もない偽名を使うな」

「若い頃にはっちゃけ過ぎた弊害というやつだ。帰って来たんだろうあいつは。また容器に引き篭る為に。生憎と私はキャロルやアレイスター程死んだフリが上手くないからな。それに偽名というもの自体にロマンがあるとは思わないか?」

「そういうものかね。本当の経歴さえ嘘塗れで何が本当かも分からないのだから、名前くらい本名を名乗ってもバチは当たらないと思うがな」

「違うな。バチが当たっているから今があるんだ」

「違いない」

 

 低く怪しげな笑い声を二つ並べ、老人達は笑い合う。その気安い会話に木原唯一はまた一つ舌を打ち、さり気なく隣を歩き続けているガラを強く睨みつけた。学園都市設立から木原脳幹(きはらのうかん)とも古馴染みである男。例えそうであったとしても、アレイスターとの話し合いを終え、師と二人きりの時間を邪魔されて心穏やかなはずもない。

 

「何の用でしょうか? 悪魔の首領が。部下も統制できない者が先生に気安い口を叩かないでいただきたいですね」

「おかしな事を言うなお嬢さん。私に部下などいないと言うのに。言う事を聞くような真面目なのはな。それに私は今休暇中だ。古い友人と話をするのがそんなにおかしいか? だからそんなに睨んでくれるな。思わず引き金に指が掛かりそうだ」

「やめておいた方がいい」

 

 目の端をナイフのように尖らせる木原唯一にため息を零しながら、木原脳幹は言葉で木原唯一を制する。それに頬を膨らませぶーたれる木原唯一にガラは微笑を浮かべると、腰に伸ばそうとしていた腕から力を抜いた。

 

「スタートの合図から君は手が早過ぎる。気を遣うこちらの身にもなって貰いたいものだ」

「馬鹿を言え、全盛期の動きなんて無理をして三十秒保てば良い方だ」

()()()()()()()()()()()

 

 煙草を咥えて紫煙を吐き出すゴールデンレトリバーの言葉にガラは戯けたように肩を竦め、テンガロンハットの頭に手を置く。『憤怒(Satan)』、その感情に火が点けば、何者もその手を抑える事はできない。かつて始まりの科学者達を守ったその腕が、どれだけ速いのか嫌と言うほど木原脳幹は知っている。早撃ち。シングルアクションリボルバーからナイフまで。手品のように現れ舞う弾丸を。

 

「要件は分かっている。『原罪』達の動向だろう? 『娼館』に『ストレンジ』の王、あれらには手を出さない方が吉だ。君達『時の鐘』同様手を出さなければ火傷をする心配もない。『喇叭吹き』に関しては君の方が詳しいだろうがな。だが、夏以降会ってもいないのだろう?」

「英国以降鮫が浮上したからな。顔を合わせるともうバレる。『暴食』にはゴッソを付けているが、『傲慢』は所在分からないしな。状況はあまり良いとは言えんな」

「アレイスターが魔神と顔を合わせた所為か。君達の賭け事にあまり巻き込まれたくはないのだが」

「巻き込んでいるつもりはないさ。ただ世界がそれを許さないだけだ」

 

 発展と競争。突き進む文明の栄華が、その輝きが否応なしに影を呼ぶ。世界のうねり、歴史の中心地。そうであると定められてしまった場所に、どうしようもなく引き寄せられてしまう者達。強大な力はそれに伴う感情を呼び、膨れ上がった感情がより大きな感情を呼ぶ。どれだけ世界を切り分けようとも切り離せぬもの。世界に名だたる戦争の中で、必ず生まれ出る英雄と同じ。存在しないという事がまずありえない。

 

「事態がより大きく動くなら、あれらもまた動くだろう。一先ず先に叩き潰してもいいかもしれないが」

「それでは別の者に移るだけだろう? 人が人である限り、感情を手放す事はできない。もし手放せばそれは心ない人形だ。居場所が分からない方があれらは面倒だろう。できれば隔離したいところだが、不必要な柵を立てれば食い破られるだけだしな。それに魔王を討つのは英雄と相場が決まっている。アレイスターのお気に入りの餌として放っておいた方が良さそうだ。あれらの相手は私の役割ではないしな。魔王同士食い合うか? 見せ物としては悪くはないだろうが」

「それでは決着がつかん。魔神を相手にしても同じ事だ。強過ぎる輝きに並べたとしても勝てないのが私達だ。忌々しいがな。破滅の呪いからは逃れられない。だから『友』が必要なのだ。そんな訳でどうだこれから一杯……と言いたいところだったが、隣のお嬢さんが睨んでくるのでやめておこう」

 

 残念そうにテンガロンハットのツバを引き、ガラ=スピトルはその場を離れた。話したい事は多くあれど、アレイスターも冥土帰し(ヘブンキャンセラー)も木原脳幹も、積み上げて来た立場が容易にそれを許してくれない。それを少しばかり寂しく思いつつ、体の三分の一を魔神に焼き焦がされたアレイスターを笑ってやろうと、ガラは『窓のないビル』に向けて足を動かす。当たり前のように中に入る前に門前払いをくらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ」

 

 何度目かも分からなため息を零し、初春飾利(ういはるかざり)はノートパソコンのキーボードを叩く。柵川中学の自分の席の上、今は昼休みだというのに、事後処理をやってもやっても終わらない。夏から始まり数ヶ月、知ってしまった色々に、見て見ぬフリをすることができない人のよさが悪いのか。『時の鐘』、『電脳娼館』、『暗部』、『北条』と、先日の深夜に繰り広げられた事態を騙し騙し報告書に書き込みながら、また初春はため息を零す。できるならこの厄介ごとをまるっと投げ捨てたいところであるが、見過ごした途端何が起こるのかも分からない。誰も知らないところで一人せかせか平和の為に指を動かす初春の背後に影が忍び寄り、その両肩に優しく手が置かれた。

 

天埜(あまの)さんからの報告書が届いたよ飾利。上から見れるだけにこれで全体の動きも把握できる。魔神騒動といい、学園都市も暇しないね」

「……黴さん」

 

 棒付きキャンディーを口の中で転がし笑顔を見せるクラスメイトに、初春は苦い笑みを浮かべて顔を向ける。

 

 (かび) 鈴蘭(すずらん)。初春飾利のクラスメイトの一人。冬になって長かった黒髪をばっさりと切り、失恋でもしたのかと噂になっていたのが記憶に久しい。どこの学校にも一人はいるだろう優等生というイメージしか初春は持っていなかったが、そのイメージがつい先日百八十度変わってしまった。街の中でふと出会った怪しげな男が零した黴製薬会社について初春が探ったところ、次の日にすぐ鈴蘭に声を掛けられた。差し出された『黴製薬会社名誉会長、黴藤(かびふじ)』と書かれた名刺と共に。

 

「魔神騒動のおかげで『北条』以外にもいろいろよくないのが入り込んでるみたいだけど、全部を全部追う必要はないよ。ある程度は警備員(アンチスキル)とかに投げちゃった方が良いだろうね」

「そういう訳にもいきませんよ。風紀委員(ジャッジメント)として知ってしまったなら」

「……気持ちは分かるけどさ、気負い過ぎだね。飾利が思ってる程世界って言うのは脆くはないんだよ」

 

 口の中の飴を転がして、鈴蘭へ初春の前の座席の椅子へと腰を下ろす。才色兼備、文武両道。無能力者(レベル0)であるものの、柵川中学が誇る優等生。これまでそんな一面しか初春も見てこなかったが、その雰囲気がガラリと変わる。不敵な笑みを携えて初春に微笑む鈴蘭の顔は、髪をばっさりと切ってから見せるようになったもの。その顔のまま飴を転がしながら鈴蘭は初春へと話を続ける。

 

「見逃せば学園都市が揺らぐかもしれない個が溢れていたとして、それが暴れた時に立ち向かおうとする人達が意外と隠れてたりするんだよ。人的資源プロジェクトはそれをよくない方向に使ってたけど、そういう人達がいるんだって事を飾利自身も知ったでしょ?」

「だとしても……それをあてにして良いわけないじゃないですか。それでは風紀委員(ジャッジメント)が存在する意義があやふやになってしまいます」

「あーんとね、それはそれって感じ? この世界が一つの組織に支配されているような簡単な構造をしているのならそれで良いかもしれないけど、人ひとりでは追い切れないくらいこの世は複雑にできてるでしょ。無数の組織や団体、個人がいて、その無数の想いで危うく世界は回っている」

 

 学園都市を動かしている統括理事会がいたとしても、その思惑とはズレた暗部やスキルアウト集団、魔術師、外からやって来る特殊なあれこれ。陸の孤島のようであったとしても、地続きで世界と繋がっている以上、何かしらの影響が必ずある。そんな世界にいる以上一都市の一組織には当然限界がある。だからこそ無理をするものではないと鈴蘭は笑い、初春の前に置かれたノートパソコンを閉じると、その上に頬杖をつく。

 

「飾利のその姿勢は素晴らしいと思うけど、どれもこれも結局はスキルアウトの抗争とそうは変わらないよ? 規模の違いこそあるけどね。だから飾利も馬鹿やってるなぁって多くは見逃しちゃって良いと思うんだ」

「それを黴さんが言うんですか? 『北条』の件だって黴さんもそこまで関係ないじゃないですか。見逃しちゃっても」

「私はそういう訳にもいかないんだなぁ。黴家百六十五代目当主、黴藤としてね。飾利にバレちゃうなんて思わなかったけど、中にはいるんだよねー……ほんと」

 

 頬杖の上から頭を滑らせて二の腕を枕にしながらゴロゴロって口の中の飴を転がし鈴蘭は項垂れる。

 

「長い歴史を辿り一族や組織の中で幾人かの傑物が出る事はよくあるけど、中には一代で突然変異のように出て来る突出した存在がいる。飾利はそれだね。ちょっとばかりその才能が羨ましい。我が一族の先代やその親友達もそうだった。長い歴史の中で磨かれ突出した一代。それを継ぐ私が見逃すのはありえないよ。例え別の一族の問題だったとしてもね。モデルケースの一つだとも言える事だし」

「……『平城十傑』ですか」

 

 奈良時代からかぐや姫を追い、現代に至り探し見つけ月の軍勢と戦った十の一族。とは言え戦ったのは十の一族の当主だけ。仕事を終えて、夢物語を追っていたが為に、当主を嫌悪し当主を村八分していた一族が当主に向けて牙を向いた。完全なるお家騒動。学園都市は関係ないはずが、当主を討つための手を探す為に、『北条』の一族が学園都市で暗躍し人知れず平穏が崩れている。とは言えそれも学園都市の普通の学生には関係なく、一族と中の悪くない黴にとっても関係ない話。だが、当主である鈴蘭にとってはそうではない。

 

「歴史は重荷でもあるけれど、それを背負うと決めたからには無視できない。私は遥か昔から当主が名を継いで来た『黴藤』になる。なるって決めた。飾利が風紀委員(ジャッジメント)になるって決めたようにね。手を出せる立場にいるのなら、せいぜい苛烈に手を出さないと」

「なら黴さんも分かるでしょう? 私は風紀委員(ジャッジメント)です。学園都市の平穏が脅かされているのなら、私だって手を出します」

「能力者が相手でもないのに?」

「関係ありません。私も少し、決めた事があるんです」

 

 そう言って初春は乾いた唇を一度舐めた。

 

「白井さんや法水さんがたまに未来の話をするんですよ。だから私も、少し未来を考えてみたんです。今はいいですけど、未来はもっと混沌としているかもしれません。例えば私達が大人になったら」

 

 能力者も今はまだその多くが学生だ。ただ年を重ねるごとに、社会に出て行く能力者は多くなる。学園都市という箱庭の中に、いつまで経っても増え続ける能力者を留め置き続けることは不可能だ。近い未来、学園都市の外に今以上に能力者が出て行く事にもなるだろう。そうなれば間違いなく、学生としてではない能力者が能力者を取り締まる時代がやってくる。学園都市の中だけではなく、その為の組織が必ず作られる。

 

「それがいつかは分かりませんが、私はきっと、そんな組織の一員になります。風紀委員(ジャッジメント)と志し変わらずに。だからこれはその予行演習みたいなものなんですよ。学園都市以外にも不思議な能力を使う者がいる事はもう知っています。今はそんな方々は上手く裏に隠れていますけど、世界によく知られる能力者が溢れた時、きっとそれも変わってしまう。隠れていた者達が日の下に出て来ますよ。黴さんのように、これまで気付かなくても、気付くような世界になったら」

 

『平城十傑』、『時の鐘』、『必要悪の教会(ネセサリウス)』、『殲滅白書』。知ろうと思わなければ、見ようと思わなければ一生知る事も気付く事もないような集団。初春も多くを目にしてきたが、目にしてきたからこそ、世界の裏にはまだ名も知らない者達が多くいるだろうと分かっている。第三次世界大戦、魔神騒動、多くの問題の所為でそれも少なからず表に浮上してきている。学園都市の能力者が数を増やし、学生が社会人となり外へと進出するようになった時、裏にいる者達もより表に近付くだろう。既に表にいるものはより一般的な常識の領域に近付く。初春が鈴蘭の秘密を知ったように、身近に潜んでいる何かしらに気付く時がやって来る。

 

「気付いた時に、私は正しい事ができる自分でいたい。黴さんが普通ではないと気付いたところで、別に私は変わりません。友達の泣き顔なんて見たくありませんから。その為に、これまでも、より多くを知ったこれからも。私は変わりません。私は風紀委員(ジャッジメント)ですから」

 

 白井黒子がそうであるように。法水孫市がそうであるように。決めた道は違えない。一時の気の迷いで初春飾利は風紀委員(ジャッジメント)になった訳ではない。風紀委員(ジャッジメント)になったのは、どれだけ日々を重ねても譲れぬ想いがあるからこそ。表だの裏だの人が勝手に決めているだけで、知人に脅威が忍び寄るのなら、表も裏も関係ない。

 

「……それが飾利の夢なんだね」

 

 コロリと口の中の飴を転がしながら、甘ったるく鈴蘭は微笑む。己が道を決めた者の姿は苛烈であって美しい。鈴蘭もいつもそうなりたいと切に願っている。問題に誰がどう関わっているかなど小事。問題が大きかろうが小さかろうが、己が道に転がり込み、見つけてしまったならばやるべき事は変わらない。

 

「やるからには苛烈にやるしかないか。どんな立場にいようとも、ここに住んでいる以上相手は招かれざる客人に違いないんだしね。我らが一族達の問題に手を貸してもらっている以上、黴藤の名をもって黴製薬会社は風紀委員(ジャッジメント)に力を貸すよ。私は飾利程才能に溢れてる訳じゃないけれど、私にしかできないこともある」

「そんな、私は低能力者(レベル1)ですよ?」

「私だって無能力者(レベル0)だよ。学園都市の基準で言うならね。上条勢力、時の鐘、娼館、ストレンジ、魔術師、超能力者(レベル5)、木原、北条、忍者、気にしなければならない相手は数多いよ。組織の相手をするのなら、此方も組織で当たるしかない。上手く立ち回るには自分が何ができるか分かってないとね。私は私として、飾利も飾利としてね」

「……それでまずは」

「天埜さんの報告書を基に手を突っ込める相手とそうでない相手を選り分けよっか。同時に手を出し過ぎれば目に付くだけだし、正しく動く者の邪魔にもなりかねない。まずは目先の平穏の為に動くとしよ。各勢力の牽制するにもそれからね。風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)の目は、監視の目としてある程度は機能するけれど、一定以上の力を持つ者にとっては潰せてしまうから被害が増えるだけ。北条の件は楠さんに投げればどうにかしてくれるだろうから、私達が気にするべきはそれ以外かな」

「暗部や魔術師の件は法水さんに投げちゃいます。此方からただ頼むと報酬を要求されてしまいますから、情報だけを流して扱き使いましょう。それ以外の細かな勢力は取り敢えず出方を窺うしか今は」

「初春にらんちゃん、二人揃って珍しいね、どうしたの?」

 

 顔を突き合わせる二人の視界の端に長い黒髪が揺れる。佐天涙子(さてんるいこ)の言葉を受けて、僅かに細めていた目を柔らかく曲げると、初春も鈴蘭も背負う空気を柔らかくして顔を向けた。友人達が平和に過ごせる日常の為に。それが密かに脅かされているなど気取らせぬように。怪しげな話をパタリと止め、二人は女子中学生の顔に戻った。

 

「最近ちょっと物騒だよねって話。通り魔事件が最近多いみたいだし、涙子も気を付けた方がいいよ? 都市伝説を追う涙子の趣味は素敵だとは思うけど、路地裏探検は少し控えた方がいいんじゃないかな?」

「大丈夫! 最近はもう控えてるし、フレンダさんと師匠のおかげですっごい調子いいんだから! 心配なら、らんちゃんと初春に私の新しいとっておき見せてあげる!」

「いや、あの、佐天さん?」

 

 初めからそのつもりで話し掛けたなと、修行の成果を見せつけたいらしい佐天の笑顔に顔を引き攣らせて初春は席を立ち、足を下げて距離を取る。佐天涙子の能力が能力だけに、大抵ろくな事にならない。スカートめくりに特化した空力使い(エアロハンド)。鈴蘭も堪らず距離を取り、それを目にしても佐天は顔色を変えずに、自分の席に立て掛けていた鉄バットを手に取ると、袖を軽く引いてバットを構えた。

 

 両手を軽く握り締め、ふっと軽く佐天涙子は息を吐き出す。

 

「あ、あのー佐天さん?」

 

 ────ゴゥン! 

 

 バットを振るい、掻き混ぜられ、地を這うようにそよそよと伸びた風が、教室の中で立っている女子生徒のスカートを全て捲り上げた。話し声がぴたりと止み、スカートを抑える手の音と女子生徒の叫び声が教室の中を支配する。

 

「へっへーん! どう! すごくない! バットを握った腕をバットを含めて大きな一本の腕と見立てて、えーっと、そんな感じで能力の補強をすれば異能力者(レベル2)くらいの出力なら瞬間的に出せるってね! 苦労したんだよここまで、フレンダさんと師匠と一緒にあーでもないこうでもないって話し合ってようやっと形になったんだから! これが能力を技術で補強すると言うことッ! くぅ〜私もちゃんと成長しちゃってる! どうよ!」

「佐天さぁぁぁぁんッ!!!!」

「あ〜っと……ヘッヘッヘ……ごめーん!」

 

 突き刺さる数多の鋭い視線を前に、顔を苦くして、立ち上がった暴徒達を前に佐天は逃走を図る。「逃すなぁッ!」「涙子殺す!」「エロ親父系女子中学生がッ‼︎」と口々に叫び佐天を追い駆ける女子生徒達を目に、初春と鈴蘭はスカートの裾を手で払いつつ小さな笑みを浮かべる。こんな日常を壊さぬ為に今一度己が想いを誓い直して。

 

「涙子ったらぁ、今日という今日は許さないぞー。多少やり過ぎてもうちの病院でどうにかするわ。飾利」

「防火シャッターを下ろして退路を断ちました。ふっふっふ、もう逃げ場はありませんよ佐天さん。日頃の恨みを晴らさせてもらいましょうかねー」

 

 ただそれとこれとは話が別。女性の神秘のベールを剥ぐ愚行を許す訳もない。防火シャッターを背に躙り寄る女子中学生を前にした佐天涙子はいとも簡単に膝を屈した。

 

 

 

 

 

 




Queen×3 篇、終わり。ここまで読んでいただきありがとうございます! 次回は幕間です。あとサンジェルマン篇のメインは円周と釣鐘です。ハムも出ますかね。そんな感じで。


結局アンケートの内容全部書けたってアンケートを取った意味があんまりないような……ヘッヘッヘ。

幕間 アンケート

  • 『暴食』の探偵事務所
  • 武器製作者会議

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