時の鐘   作:生崎

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幕間 武器製作者会議

 十一月某日の、とある学生寮の一室。

 

 学生寮の一室とは言え、大きさはそう小さくもない。三つの部屋をぶち抜いて、一つの部屋に改装している。学生寮の使い方として規約に引っ掛かりそうであるが、そこは暗部の力の見せ所。時の鐘、学園都市支部の客間兼、執務室兼、事務室兼、リビングの中、椅子に座る影が二つ。電源の入った一台のパソコンを背にしながら、長時間座っても疲れないらしい学園都市制の椅子の上で胡座を掻き座るマリアン=スリンゲナイヤーは、なんとも疲労感のようなものが見える空気を背負った科学者に目を向ける。

 

「法水は?」

「円周君と釣鐘君と特訓だ。円周君の狙撃をメインに見るとは言っていたが、人の少ないだろう場所を釣鐘君が探すと言っていたあたり、今日も近江さんと白井君の特訓にお邪魔でもする気なんだろう」

「武術家や肉体を用いての技術の実践派はよくもまあ飽きないもんだね。一日のうちどれだけ動けば気が済むんだか、私だったらごめんだよ」

「気が合うね、私もだ」

『私もかなー、とミサカは同意』

 

 木山春生(きやまはるみ)の声を追うように、パソコンのスピーカーから少女の声が流れる。電源の入ったパソコンが映し出しているのは、ファンシーな小物や観葉植物、絵に彩られ、違った景色を見せる大きな窓が無数にある大きな部屋。その中央に置かれた無機質な椅子には、御坂美琴(みさかみこと)と同じ顔をし、長い髪を揺らして首にヘッドホンを掛け白衣を纏った少女、電波塔(タワー)が座っていた。夏の始まりに電子生命体と化した妹達(シスターズ)の悪い姉を含めて部屋に三人。

 

 物を作り上げる技術屋三人以外部屋には今誰もいない。実態のない幽霊のような少女を見つめてマリアンは鼻を鳴らし、小さく笑いながら電波塔(タワー)は肩を竦める。

 

『そう邪険にしないでよ魔術師。君が来てくれて此方としては助かった。法水君の武器を作り上げるにはどうにも、今ある技術だけでは難しそうだったからね、とミサカは感激』

「よく言うよ。『白い山(モンブラン)』だったっけ? 図面は見せて貰ったけど、思ったよりも構造自体はそこまで難しくはないね。要は材質にこだわった馬鹿でかい狙撃銃ってだけだし、同じ物だったらすぐに作れるでしょ? 何をそんなに悩んでるのさ」

「武具製作に精通していると聞いた君なら分かるはずだ。その武器ではもう法水君には見合わない」

 

 ため息と共に木山はそう零しながら、居間の机の上に広げられた図面に目を落とした。形にして作り上げたのが、経ったの二ヶ月程前だというのに、法水孫市(のりみずまごいち)の成長速度が早過ぎる。それも法水だけに限った話ではなく、白井黒子(しらいくろこ)や他数名もそれは同じ。もし全ての武器を木山達が製作する羽目になっていたらそれこそ地獄だ。

 

「実戦が一番の経験になるとは聞くが、あれだけ修羅場を潜っていれば当然とも言えそうだがな。無論、『白い山(モンブラン)』もあればそれはそれで使えるが、法水君の技量にもう見合っていない。『白い山(モンブラン)』は元々軍楽器(リコーダー)の延長で作ったものであって、法水君の変化した感覚器官に合わせて作ったものではないからね。より広がった知覚と、あの揺れ動く格闘技に長過ぎる狙撃銃は邪魔なだけだろう」

『それに相手にする者の差もあるね。これまでは暗部やただの魔術師が多かったのに、近頃は一級を超えた魔術師や馬鹿げた技術屋に超能力者(レベル5)にも劣らない能力者や最新兵器。訳の分からないのも学園都市に混ざってるみたいだし、不在金属(シャドウメタル)製の狙撃銃をほいほい削るような相手ばっかりだよ。君も含めてだマリアン君。いつから世界はこんなに物騒になったんだか、とミサカは驚愕』

「それはアンタ達が気付いていなかっただけでしょ。自分の怠慢を他人のせいにして欲しくはないよね」

 

 見えない境界線で世界は分けられているだけだ。『資格』とでも言えばいいのか、目には見えないが、知覚できる領域は漠然と分けられている。強者は強者に気付くが、弱者は強者に気付けないとでも言うか、能力、魔術、技術の差故に、これまで知らなかった存在が居座る領域に、能力、魔術、技量が追いついたからこそ気付けるようになっただけ。ただ知識があるだけでは意味がない。持ちうるものをより上手く使えるようになってこそそういった領域には近付ける。上条当麻(かみじょうとうま)も、法水孫市も、一方通行(アクセラレータ)や御坂美琴、白井黒子に初春飾利(ういはるかざり)、誰も彼も積み上げた結果、近付こうと思っていなくても届いてしまっただけのこと。

 

「上にいる者からすれば、気にしなくてもよかった存在が、気にしなくちゃいけない存在に変わっただけでしょ。爪を隠してた連中が、爪を出さなければならないような状況に変わったからとも言えるけどさ、上条当麻も法水孫市も毎回それに逃げず突っ込んで行って挙句生き残っちゃうもんだから、そりゃあ悪目立ちするよ」

「私としては法水君達にはあまり無茶をして欲しくはないのだけどね。困った事に言って聞くような子達ではない」

『あっはっは! 木山印の技術なんて言って君の理論を形にするような者達だからね。科学者としては嬉しくても教師としてはという矛盾かな? そんな君だから彼らも慕っているんだろうけど、なんにせよ、技術屋として言わせて貰えば法水君は技術屋泣かせだ。彼の注文を形にする事程面倒な事はない、とミサカは爆笑』

 

 大変と言いながら笑う電波少女を前にマリアンも木山も肩を落とした。ある意味その通り。各々の技術をもっと詰め込んでもいいものであったならば、ただ強力な兵器なら孫市の注文よりも簡単に作る事ができる。神々の伝承を元にした武器や、機械的な兵器であるならば、ただ孫市はそれを良しとはしない。

 

『彼は自分が振るう力で自分以外の力が加わる事を嫌うからね。超電磁砲(レールガン)磁力砲(リニアガン)を用いればもっと簡単に力が手に入るのに、他人と共同で技を振るう事は悪くはないようだけど、自分一人でそういった力を振るうのは駄目らしい。効率的じゃないよ。私にはよく分からない理屈だけど』

「言っておくけど『羨望の魔王(Leviathan)』としてはその方が正しいらしいよ? 技術を必要としない強力な兵器を振るうだけなら破滅に近付くだけとかなんとか、ベルシがなんだか言ってたけど、所謂その『理屈』って言うのが彼らには大事なんだとさ」

 

 今いる世界に決まった法則があるように、人という個人の狭い世界の中に、人は誰しも各々の理屈、法則を持っている。生きるとはそれを磨く事でもあるが、既に一定以上それを磨き上げ形にしてしまっている者達は強く、それでいて面倒だ。

 

 その理屈に沿っている間は折れず曲がらず強力だが、一度逸れれば途端に脆い。マリアンが孫市の前で一般人の命を盾に取った時に、引き金から指を放したのはこれにあたる。理屈がある故に強力で、理屈がある故に脆弱。既に己で決めてしまったルールを変えることが不可能であるなら、強みを奪うような手は悪手だ。

 

『『羨望の魔王(Leviathan)』ねぇ、君は何を知っているのかな? どうにも最近法水君をその名で呼ぶ者が増えている。君の言う上にいる者なら知っている事なのかな? とミサカは疑問』

「私だってよくは知らないよ。それこそベルシかオティヌスにでも聞くんだね。ベルシが言うには太古から変わらない『理屈』を持ってる存在みたいな事言ってたけど、法水はそんな歳取ってないでしょ? 私としては同盟の約束さえ守ってくれるならなんだっていいし」

(ふーん、『木原』みたいなものなのかな? 『時の鐘(ツィットグロッゲ)』には法水君のような特異技術者が多いし、『木原』である円周君と一緒に居てお互い普通に接していられるあたり近しい存在なのかもしれないけど、影響力を考えると『木原』よりタチが悪い気もするねえ……笑える、とミサカは期待)

 

 なんであろうが電波塔(タワー)にとっては、雷神(インドラ)を加えて超能力者(レベル5)を、絶対能力者(レベル6)を馬鹿にできればなんでもいい。植え付けられた原初の感情は、もう馴染み切ってしまい削る事はできないが、それならそれで自分なりに楽しむだけ。初春飾利が北条の件に首を突っ込んでいるだけに、雷神(インドラ)を動かし孫市を突っつく機会はまだ多くある。

 

 悪巧みをしながら『まあそれはそれとして』と電波塔(タワー)は一言挟み、リビングの壁に掛けられたディスプレイの電源を入れると、そこに幾枚かの図面を浮かべた。

 

「これはまた……」

 

 木山は図面を見つめると目を細めて軽く顎を撫ぜる。映し出された新たな狙撃銃の構想案。それは銃の形をしてはいなかった。アメーバのように不定形だが、その中心となるものは銃の形をしてはいる。銃のようなものを基点に、広がる不定形の金属の水溜り。それを見つめるマリアンと木山の鼓膜を電波塔(タワー)の声が震わせる。

 

『形を力で崩されてしまうなら、そもそも形を取らなければいいとね。不定形の金属からクロスボウをマリアン君は作り上げたと聞いているよ。形状記憶合金のようなものに近い。ナノマシンのようなものを使うとなれば、法水君はいい顔をしないだろう。だから、波を手繰れる法水君に合わせて、一定の波を受けると形が変化するようにしてしまえば、法水君も納得するはずだ。科学だけでは難しくても、魔術も駆使すれば不可能ではないと思っている、とミサカは思案』

「ふむ……」

 

 小さく頷き木山は隣に座るマリアンの顔を一瞥してから、電波塔(タワー)に向けて振り返る。可能か不可能かは一旦置いておき、武器の構想自体の問題点に向けて口を挟む。

 

「悪くはないだろうが、それは一定の波の形を受ければ、法水君の意思とは無関係に形を失うと言うことでもある。それでは武器以前に物として不完全だ。必要な時に必要なパフォーマンスを発揮できないようではね。決して崩れない狙撃銃というのは魅力的かもしれないが」

『じゃあ何か考えがあるの? とミサカは質問』

「形状記憶液体合金とでも言えばいいかな? その作成が可能かは別として、基点となる物はそのままで狙撃銃として使える方が良いだろう。液体金属の部分は言ってしまえばアタッチメントのような役割だけにした方がいいと思うがね」

『でも液体部分が多い方が持ち運びも簡単だよ? 『白い山(モンブラン)』の時もそうだったけど、常備できないようなものだと、いざという時使えないんじゃないかな? とミサカは危惧」

 

 ある程度元の狙撃銃の形を残すのか否か。どちらにもメリットがありデメリットがある。技術者としてはそれを作るとなればどちらであっても形にしてみせる気概が電波塔(タワー)にも木山にもあるが、これはそれ以前の話。武器としての性能もそうだが、安全面や使い勝手も考慮しなければどうしようもない。二人の話し合いを聞きながら胡座に組んだ足を指先で小突きながらマリアンは「別に問題ないよ」と声を上げた。

 

「一定の波形で形が変わるのはいいけどさ、それに意思が加われば他人の力で勝手に形が変わるのを防げるんじゃない?」

「……どういうことかな?」

「心ないものの力を借りるのを法水は嫌うけど、意思ある相手は別でしょ? 意思ある武器にしちゃえばいいじゃん。それも法水が認めてる相手なら拒む理由もないはずだし、意思ある武器なら、狙撃銃だけじゃなくて他の形態も取れるようになるし悪くはないはずだよ」

 

 意思のある武器。生きている武器。それは理想の一つではあるが、魔術師が言っていると思えばこそ、何か禍々しい技術が含まれているのではないかと木山の眉間にシワが刻まれる。何よりマリアンには人間を家具にしている前科がある。マリアンが言うだけに意思ある武器の作成も可能であるだろうと予測でき、ただマリアンだからこそ、その素材となるものが何であるのか欲しくはない予想が浮かぶ。

 

 木山が何を考えているのか分かったのか、マリアンは大きなため息を吐き出し、自分の胸元を指で小突いた。「法水がいつも持ってるでしょ」と言葉を足しながら。

 

電子妖精(ライトちゃん)を使うのか⁉︎ なるほどなるほど、確かに元から人の形をしていない電子妖精(ライトちゃん)なら彼女達自身拒む理由もないだろうけど……いや、それなら天敵らしい天敵は妹達(シスターズ)やお姉様が筆頭か……お姉様達相手なら悪い事にはならないだろうしいいんじゃないかな? 電子妖精(ライトちゃん)が適宜武器の形を取るのなら、法水君も嫌な顔をする事はないだろう、とミサカは納得』

「ただできるのかな? ライト君達は完全に科学寄りの存在だろう? 魔術師の技術を用いて何か副作用のようなものが出るのではないかな? そうなっては元も子もない」

黒小人(ドヴェルグ)の技術舐めないでくれる? 能力者にとって魔術が毒なのは分かってるよ。だから形を取る時に魔力を必要とする物じゃなくて、後で魔力を必要としないように最初から意思で形の変わる物質を魔術を用いて作っちゃえばいいだけでしょ。作る側としてはそっちの方が大変だけど、大変な方が燃えるのが技術屋ってもんだしね」

 

 頬杖をつきながら薄く笑うマリアンにつられて、木山春生も電波塔(タワー)も小さな笑みを口元に浮かべる。不可能を可能とする為に技術がある。幻想御手(レベルアッパー)雷神(インドラ)を作り上げた時と同じ。科学者であればこそ、『不可能』という言葉に寧ろ惹きつけられる。誰かと戦うわけではないが、今こここそが彼女達にとっての戦場。敵はいつも『不可能』だ。

 

「そこまで言われてはこれを原案に進めたいとは思うが、問題はまだある。これに対してのストッパーだ。いざという時の対抗策は必要だよ。それが製作者にとっての責任でもある。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の武器はいつもそれで苦労するんだが」

 

 時の鐘の持つ武器は、使おうと思えば誰もが使える武器だからだ。その狙撃銃を握れば誰もが狙撃銃として使う事ができてしまう。異常な狙撃を可能としているのは本人達の積み重ねた技量であって、狙撃銃自体はいつも素材自体が特別でも、性能が良いだけで特殊な能力が付与されていたりする訳ではない。非特別こそが対抗策を難しいものにしてしまう。

 

『今回は電子妖精(ライトちゃん)妹達(シスターズ)をそれに当て嵌めようと思えば当て嵌められるけどね、木原幻生のようにミサカネットワークを掌握される例もないわけじゃない。別のストッパーがもう一つは欲しいんだけど、前と同じ方法でやるしかないかな。これも『時の鐘(ツィットグロッゲ)』というあり方の弊害だよね、とミサカは進言」

「前と同じ?」

 

 マリアンの言葉に電波塔(タワー)は呆れながら頷く。アルプスシリーズ以前の時の鐘の決戦用狙撃銃の在り方とも同じ。即ち兵器というより、人に対するストッパー、それは同じく人である。

 

 もしも決戦用狙撃銃を手に持った者が反旗を翻した時の為に、同等の性能を誇る決戦用狙撃銃がもう一丁存在した。アルプスシリーズが幾つか存在したのもこれと同じ理由。人を選び武器を渡す。その全員が一斉に足並み揃えて牙を向く事はないと信じるが故。

 

 アバランチシリーズをオーバード=シェリーと法水孫市に、先代の時の鐘総隊長が与えたのも、片方が裏切る事があったとしても片方は絶対に裏切らないと信じたからこそ。アルプスシリーズもこれと同じ。だからこそ今回も、絶対に裏切らないと信じる者に同様の性能を誇る武器を預ければ、いざという時のストッパーになり得る。

 

『まあ『時の鐘(ツィットグロッゲ)』はないね、とミサカは断言』

 

 そう言って即座に電波塔(タワー)は選択肢を絞った。

 

『前までなら時の鐘の総隊長に任せたけど、魔神騒動ではっきりした。法水君が裏切らず、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』として動いている限り、世界の敵になったとしても『時の鐘(ツィットグロッゲ)』はほぼ動かない。その結束力は素晴らしいと思うけど、こっちが作成に関与した武器を使っていてそれじゃあこっちも困っちゃうわけだ。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』として正しくても、人として正しいかは別なんだし、とミサカは嘲笑』

「つまりはいざという時、馬鹿野郎を問答無用でぶん殴れる者でないと駄目なわけだね。私としても幾らか候補がいるにはいるが、魔術師やある程度自分の力だけで対抗できる者を除いて、私達と関係のある者で法水君相手となると一人しかいないんじゃないかな?」

「あー……あの子?」

 

 指輪を作れ‼︎ と詰め寄って来る孫市の姿を思い出しながら、それを贈る相手だろう少女をマリアンは思い浮かべる。魔神騒動の時も、わざわざ東京からデンマークまで駆け付け立ちはだかった少女。孫市に近しいが、誰より孫市の天敵でもある小さな正義の味方。白井黒子。今も技術を積み上げ磨いている少女以外にあり得ない。

 

『お姉様も悪くはないけど、武器の意思を電子妖精(ライトちゃん)に任せる以上、お姉様自身がある種のストッパーみたいなものだし、佐天涙子(さてんるいこ)や上条当麻ならそもそも一般人だから法水君が武器を向ける事はまずないよ。初春君じゃあ自分の腕で扱う武器となると筋力的に心許ないし、とミサカは残念』

「少なくとも白井君なら必要な時以外に無闇矢鱈と武器を振るう事はないと信じられる。大能力者(レベル4)でありながら能力も過信しない。それに加えて、風紀委員(ジャッジメント)でありながら、白井君は法水君の言う時の鐘学園都市支部の理想に最も近い子でもあるだろうしね。法水君は嫌がるだろうが、だからこそ対抗は白井君の方が良い」

「超能力と技術のハイブリットね。でもこの新しい狙撃銃は法水用に完全に設える物でしょ? 法水独自の知覚に合わせた物。同じ物もう一つ作ったって、法水以上に使いこなせるとは思えないけど」

『同様の性能を誇る白井君専用の武具を作ればいいさ。そこはアルプスシリーズから引き継ごう。白井君に限って言えば、『乙女(ユングフラウ)』をよりバージョンアップさせればそれで良いんじゃないかな? 銃や剣よりその方が白井君の戦い方には合っている。白井君が今磨いている技術を含めるなら、忍者の技術も無理なく振るえるようにした方がいいのだろうけど、とミサカは提案』

 

 そう言って電波塔(タワー)は壁のディスプレイに『乙女(ユングフラウ)』の図面を浮かべる。機能としては空間移動(テレポート)の補助装置。それ以外に何もないただの丈夫な服である。身軽さが白井黒子の強みの一つである以上、重量が重過ぎては意味がなく、ただ、黒子が暗器使いに近いが故に、ある程度の武装を内に忍ばせられるようにしなければならない。「バージョンアップには賛成だが」と木山春生は呟いて、席を立つと二人分のコーヒーをカップに注ぎ、マリアンに一つを差し出し、木山は乾いてきた口をコーヒーで湿らす。

 

「ただ丈夫にするだけでは意味がない。例えばそう、法水君の共感覚性振動覚とも言える感覚を、白井君の服に代用させるようにできればいいだろう。法水君だけが見る感覚の世界こそが鬼門だ。白井君も空間移動(テレポート)の為の波の世界を見れるようになれば、より能力の精度が増すだろうし、ただそうなると上着だけでは心許ないか」

「女性の服に関しては神話や伝承の中に幾つかモデルにできそうなのはあるよ。日本の羽衣伝説とか、白鳥処女説話。竹取物語の火鼠の衣。アイルランド民話、人魚が被る潜水を可能とする魔法の帽子コホリン=ドリュー。北欧神話、フレイヤの持つ鷹の衣。ギリシア神話、アプロディーテーの魔法の宝帯、アレースの黄金の帯。衣服以外でもいいなら、シャルルマーニュ伝説のアンジェリカの指輪とか、アトロポスの鋏とかね」

『多過ぎてこっちでは何とも言えないよ。それはそっちの専門だから任せちゃうけれど、とミサカは丸投』

「本当にいいの? ふーん、なら法水への当て付けに神の傑作である完璧な獣をモチーフにしちゃおっかな。猪突猛進はあいつらの望むところだろうし、法水がそうであるなら、意外とぴたりと当て嵌まるかもしれないしね。だいたいアレは悪魔じゃないし、うん」

 

 ぶつぶつと一人言葉を並べて、マリアンは一人思考の海に埋没する。最強の被造物と対をなす者。杉のような尾と銅管や鉄の棒のような骨を持つ草食の獣。有機的な鉄杭の図面を引きながら、純白の衣装を思い浮かべる。その横で、木山春生も頭を抱えながら、星の胎動に耐えうる為の戦衣装を図面に引く。最強の被造物と最高の被造物。その行き着く先が何であろうとも、きっと悪いことにはならないはずだと信じて。

 

「……世界の終末でも来たら死ぬまで戦わせる気か? 二頭一対だか、三頭一対だかは知らないが、餌にでもなったら目も当てられないぞ」

 

 時の鐘学園都市支部の部屋に繋がる上条当麻の部屋のドアの隙間からひょっこりとオティヌスは顔を出し、盗み聞いていた話と、初春用に新たな黒金の怪鳥の図面を引く電波塔(タワー)が映る画面を見上げ肩を竦める。

 

 外見以上に危険なのは感情だ。どんな武器を設えたところで、変わらぬ感情こそが孫市達の行く末を決める。感情の根底に潜む悪魔の名を持つ本能を抱えた者達が、世界のズレの割れ目から湧き出したように出て来たおかげで、風が吹けば桶屋が儲かるかのように大きなズレを呼んでいる。

 

 感情が、本能が欲する外殻が形作られてゆくのは、誰の中にも潜む同じ感情が刺激されているが故なのか。そうであるとすればとんだ茶番だ。技術によって形作られる『最強と最高」の形。その行く末を一人見守り、何を告げる事もなく、オティヌスは部屋の中へと伸ばしていた首を引っ込めた。

 

 この世界に生きると己も決めたからこそ、オティヌスはただ静かに見守るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。次回はサンジェルマン篇です。

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