サンジェルマン ①
十二月一日。日本の十二月一日は日本ではじめて映画が一般公開されたことを記念した映画の日であるという、だっていうのに映画を見る暇がない。部屋を事務所に改装してからというもの、本棚は埃しか被っていない。
ため息を吐きながら空を見上げれば、夜空に浮かんでいる月の姿。『グレムリン』関係で世界を巡り、デンマークで力尽き入院したツケが来たのか、食蜂さんは蜜蟻愛愉とか言う奴を筆頭に暗部に狙われるし、学園都市が魔神へと意識を向けていた間に活発になった暗部を潰す為に夜闇に紛れて毎日毎日暗部狩り。
なんなんだこの生活はッ。
ゲルニカM-003を背負い直し、懐から煙草を取り出し咥え火を点けた。他人の目などこの時間気にしなくていい。風に流れて行く紫煙を目で追いながら、ビルの間に伸びる路地の奥を見つめて足を止めた。
暗闇の奥で何かが蠢いている。
今日か、数日前に潰した暗部組織の報復か。自業自得に自業自得を重ねに来たのか知らないが、向けられる必死には必死を返す。魔神相手だろうが、暗部相手だろうがやるべき事は変わらない。
背負う狙撃銃に手を伸ばすその先で、揺れ動いた暗闇の奥から這い出て来るストロベリーブロンドの長い髪。
「…………ハム」
「イチ……元気そーだね」
ハム=レントネンが立っている。森色の軍服ではなく、ジーンズに無地のTシャツ。適当に服屋から引っ張り取って来たような何処ででも見るような何でもない服に身を包むかつての同僚であり親友の姿に、狙撃銃に伸ばしていた手が下がる。
「……撃たないの?」
「もうお前は黒子に撃たれたんだろ? なら俺が撃つ必要はない」
「……イチも変わったね。半年前なら問答無用で撃ってるでしょ?」
「今が変われば嫌でも変わる。瑞西も変わったし、カレンの奴も変わりやがった。変わる余裕ができたとでも言えばいいのかね? ドライヴィーも、お前はどうだ?」
「どーかな? どー見える?」
「お前に服のセンスが相変わらずないのは分かった」
小さく笑えば、ハムも僅かに口角を上げる。昔からそんなに変わらぬ会話。会話を楽しもうという気がないのか、着れればいい、食えればいい、そういった事に楽しみをそこまで見出さない。復讐こそがハムの全て。いざという時に重きを置き、普段ほとんど時の鐘の軍服に身を包んでいるハムの私服を見るのは久し振りだ。相変わらず顔は悪くないのに、身なりに気を使っていない。それでも狙撃銃を背負っていないだけ、黒子に負けてハムも何かが変わったのか。
「イチは忙しそーだね。魔神に手を貸すし、学園都市支部の支部長になるし、出世した?」
「したように見えるか?」
「見えないね」
即答しながら、ハムは路地の奥から歩いて来ると俺の隣に並んだ。肩を竦めて歩き出せば、ハムも続けて隣を歩く。その横顔に目を向ければ、目の下の隈は相変わらずで、何でもない洋服に身を包んでも心労が消え去っている訳ではないらしい。ハムから溢れる波紋を拾い、それを吹き散らすように紫煙を吐き出す。
「イチは変わっても、根元は変わらないね。わたしに何か聞く事ないの?」
「んー? ハムはいつまで学園都市にいるんだ? 瑞西から学園都市に来てからずっといるんだろう? 瑞西も落ち着いたし、時の鐘本隊は休止中。お前の今の処遇がどうなってるのか知らないけど、一度フィンランドに帰ったらどうだ? たまにはさ」
生まれた場所は変えようがない。育った場所は変わっても、生まれだけは変えられない。学園都市に仕事で来るまで日本に戻ろうと俺も考えた事などなかったが、一度戻れば意外と新たな発見があったりするものだ。実家は相変わらずやっぱり糞だったとか、母親とは仲直りできたとか、良いも悪いも。
「……戻ったって何にもない」
「友達とかいるだろお前にも。前にお前に案内された時だって色々あったじゃんか」
「……イチは? スイスに戻ろうと思わないの? イチにとっての故郷はスイスでしょ?」
「俺はまだ仕事中だぞ。スイスの復興とか俺も手伝いたくはあるが、スイス傭兵の、スイスの武力の復興としては俺が働いていた方がいいんだろうさ。それに今は学園都市を離れる訳にもいかないしな。くそったれな実家が面倒くさい動きをしてるもんでね」
「……黒子のため?」
「いいや、俺のため」
そう言えば、驚いた顔をする事もなく、「知ってた」と口にして、ハムはため息を吐き出す。変わらなさ過ぎて呆れたと言うように。
変化と不変。
それを確認するようにハムは小さく頷くが、関心がないのかハムの鼓動は乱れる事なく一定だ。しばらく足音だけがビルの間に響き、足音に押し出されるように、「過去も変わらない」とツインテールを揺らしながらそう絞り出す。
「わたしは裏切り者で、学園都市で少し過ごしてみたけど、やりたい事は変わらない。過去が変わらないから。イチ、わたしはまた裏切るよ。きっとそー。ねえイチ……わたしはいつまで続ければいいの?」
顔を俯かせて少し足取りを重くしたハムに合わせて歩幅を短くし、大きく息を吸って息を吐く。
終わらないハムの旅路。それはハムの物語であるからこそ、終わりはハムだけにしか決められない。
ゆっくり響く足音が時間の流れを遅延させたように間延びし、身の内に渦巻く波が想いを言葉に変えるまで時間を掛ける。慰めは哀れみでしかなく、アドバイスできるようなものもない。ただ、それでも今の俺に言える事があるとしたならば。
「気が済むまで続けろよ」
結局それ以外に言葉はない。
「俺も瑞西から一度学園都市に戻ってから考えてな。考えて考えた結果、どうにも確かな答えが出なかった。仕事上の一時の付き合いなら裏切り者はさようならなんだが、そうでないとなるとなぁ、積み重ねた思い出が邪魔をする」
「それは……甘いだけなんじゃないの?」
「かもね、ただ……そう、思った訳だ。ハム以外にも学園都市支部にはいつか裏切る宣言かましてるやばい奴がいるんだけどな。最初から裏切ると思ってた奴が裏切るのは裏切りなのか? そいつがそいつでしかないと分かっていて、裏切ることが織り込み済みで隣にいるなら俺がどうにかすればいいだけの話。それを気に入らないと思うなら。つまり、ハムは裏切るだろうなと思っていた俺の予想の範疇であったんだから、ハムは結局裏切ってないんじゃないかとね」
復讐の為ならハムはそれぐらいするだろうと考えその通りだった。予想的中と小さくガッツポーズする俺に目を瞬くと、ようやく凍っていたかのように不動だったハムの鼓動が揺れ動き、口から笑い声を零す。足音が止み、立ち止まったハムは小さく肩を震わせて一頻り笑うと、口元を指で拭い笑みを消した。
あぁ……ハムの目が馬鹿を見る目になっている。いつもの無愛想な顔が数段増で冷たい。馬鹿じゃないのとか言い出しそう。
「それってすごい調子いーね。馬鹿じゃないの?」
言いやがったッ。この野郎ッ。
「裏切りは裏切りだよイチ。イチ達といるのは、悪くないの。悪くないと思っちゃう。でもね、悪くないと思っていても、わたしはね……わたしは駄目なんだよ……平和に、能天気に暮らしていても、いつかそれが奪われるんじゃないかって、わたしの日常を奪ったクソ野郎がいる限り、それがわたしは……それだから、平和に身を浸していられない。それが、間違っていたとしても、嫌だとしても。……わたし、疲れちゃったよ」
「ハム……お前」
立ち止まったまま、音もなくハムは腰の背に差していた小さな拳銃を手に取ると、ゆっくりって銃口を俺に向ける。笑みはなく、目の奥に光も灯っていない。銃を握る手は小刻みに揺れ、カタカタ情けない金属音を撒き散らす。銃を握る右手の震えを潰すようにハムは左手で右手を掴み、小さく舌を打ち鳴らした。
「……驚かないね」
「……銃を持ってるのは分かってたしな」
「……そー」
────タァンッ。
夜の闇を斬り裂いて、銀の閃光が空を走った。その弾丸を追うのは赤い雫。銃弾が擦り切れた頬を親指で拭い、咥えていた煙草を手に取り握り潰す。乾いた銃声を目で追って、変わらず小さく震えている銃口を見つめて目を細めた。
「天才の名が泣いてるぞ。時の鐘なら、引き金を引いたら外すなよ。俺よりもずっと、ハム、お前は俺より上手くできただろ? なのに何を泣く事がある?」
揺れる銃口がハムの心の底の波紋と同じ。ポタポタと雨垂れが地を小突くように揺れる銃口の覇気のなさにため息も出ない。想いも定まらず、引き金に沿わされている指はその実何に触れているのか。歯を一度食い縛り、瞳を揺り動かしてハムの顔が持ち上がった。
「こんな才能……本当なら気付く必要なんてなかったのにね。ねえイチ、わたしに聞く事あるでしょ? だから聞いてよ。お願いだからッ」
「……聞く事はねえよ」
「聞いてよッ!」
────タァンッ。
二発目の銃弾が肩を擦る。目と鼻の先にいるのに、幾度も引いて来ただろう引き金とは裏腹に、舞う弾丸は目的地を見失って
誰がハムを雇ったのか、何がハムに拳銃を握らせているのか、銃口を差し向ける理由、どれも今更聞く事ではない。ハムが銃を握るのは出会った頃から変わらない。ただそれが、ハムの必死に沿っていないのだ。きっと、ただ仇をうちたいわけではない。消えぬ脅威。過去からやって来る恐怖を振り払う為。今ならそれが俺にも分かる。変わらず消えぬ脅威が躙り寄って来る。どこにいるかも分からない、ただ確かに近くにいるそんな脅威が。人生と切り離す事のできない過去が。
「……ハム、俺は多分お前の復讐の力にはなれない。それはお前の人生だから。決めるのはハムだ。ただそれでも、隣にいる事はできるぜ。だからただ吐き出せ。誰がお前を
「イチッ…………助けてよっ」
────タァンッ。
「お兄ちゃん遅いねー」
「学生にあるまじき不良振りっスよね」
「そう思うならいい加減君達も寝てはどうかな? 美容にも良くないだろうし、今から油断していると将来どうなるか分からないぞ」
ソファーの上で寝そべっている
「法水君が帰って来ても、どうせすぐにシャワーを浴びてベッドに直行するだけだよ。土産話は明日や休日にでもゆっくり聞けばいいさ」
「休日どころか、学校に行ってもいない私や円周にとっては毎日が休日みたいなもんすよ。法水さんもよくやるっスよねー。学校行きながら仕事もしてって、ちゃんと寝てるんスかあの人?」
「
「彼らにとっては日常を再確認する大事な行為なのだろうさ。君達だって殺伐としている法水君よりもそっちの方がいいだろう?」
そんな事ないっス! と言いたげに妖しく笑う釣鐘に呆れて木山は肩を竦め、もう一口コーヒーを喉の奥へと流し込む。青髪ピアスも土御門元春も法水孫市も、前日にどんな仕事をしても、時間が許すなら次の日学校にはきっちりと行く。出席日数がやばいと地獄のような出席簿を確認する事はないが、回数どうこうではなく、学校へ行くという行為自体に意味がある。そもそも、上条当麻も含めて普通の学生とは大分変わった者達であろうに、学校に行きたいと思わせる学校が変わっているのかもしれないが。量の減ったコーヒーへと木山はミルクを垂らしながら、薄くなった黒色を静かに見つめ、再びカップを口に傾ける。
「そんなに暇なら君達も学校に行けばいい。法水君がそれを止める事はないだろうさ」
「今更っスかー? 学校って自分のやりたい事を見つける場所でしょ? もう決まってる私が学校に行ってもなーって感じっスね。第三者の目を欺く為に必要ならやるっスけど」
「学校で授業受けるくらいならここにいた方が色々知れるし、孫市お兄ちゃんの学校なら通ってもいいかな?」
「あーいいっスねー! 確か二人いたっスよね『
教室を戦場に塗り替える気なのか知らないが、それをやれば寧ろ相手の得意分野。釣鐘の思うようにはならないだろうと察しながら木山は何も言わずにコーヒーを舐め、パソコンの画面に映した図面を見つめる。その横にスッと立ち上がり歩み寄った円周が顔を伸ばすと、鼻歌を口遊みながらキーボードのキーを押し込んだ。
「おいおい」
「もうちょっと見せてよ。いいでしょ木山先生。ふーん、へー、こんな技術を真面目に形にしようなんて、木山先生も孫市お兄ちゃんも『木原』みたいなのに何が違うんだろう? 私も孫市お兄ちゃんの技術を磨けば分かるのかな? 私にはまだ見えないや」
首から下げた携帯端末の波を掬い取りながら円周はパソコンの画面を見つめ首を傾げる。どの技術も使う時は戦いの為。もっと効率良く使えば科学の発展にも役立つだろうが、そんな事を孫市は気にしない。誰かの為の技術ではなく、己の為の技術。そんなものであるはずなのに、誰かの為になっている。不必要で非生産的。それに未来を見るとはどういうことなのか。円周の呟きに、釣鐘は鼻を鳴らしてソファーに深く沈み込んだ。
「それって結局科学者の意見っスね。技術に理由を求める必要ってあるんすか? そんなのは振るう自分が分かってればいい。良いも悪いもそんなのは他人が勝手に決めるだけ、なら自分が良ければそれで良いんすよ。円周って意外と小難しい事考えるっスよね」
「茶寮ちゃんは分かるの?」
「『
どんな答えが返って来るのか、そんな事は思考パターンを重ねれば円周にだって分かっている。ただそれは表面的な事だけで、奥底の想いまでもは汲み取れない。孫市の衝動が何か分かっていても、それさえ押さえ付けている理性が何を想っているのかなど。何の為に技術を磨き振るう。必死の中身をこそ知りたいと首を捻る円周の顔の先で、釣鐘は鼻をひくつかせると、勢いよく身を起こした。
それに続く玄関の扉が開く音。法水孫市の帰還。
円周もそれを察するが、笑顔を浮かべずに目を鋭くさせる釣鐘の顔を見て動きを止めた。玄関の方へと顔を向けた木山春生が、座っていた椅子を倒して立ち上がる。思考パターンを読まなくても、顔色の悪い木山の顔を見れば、何か良くないものがあるだろう事は円周にも察せられた。
ポタリと床に垂れる水音が円周の鼓膜を叩き、円周が振り返るよりも早く、ソファーから跳び上がった釣鐘が玄関の方へ小走りに歩き、強く大きく舌を打った。
「ただいま……」
「ただいまじゃないっスよ、下手打ったっスね。傷は?」
「……致命傷ギリギリだ。目の前に集中し過ぎたよ。いやぁ参った。素人かお前はってボスが見たら怒るかな?」
「だから私もついてくって言ったっスのに。これじゃあ
「それは呼ぶな……公式の記録で残したくない」
「……なら針と糸を。それと包帯。弾は出てるっスか? 相手は?」
「弾は……今出た」
傷に自分で指を突っ込み、体内にあった弾丸を取り出し床へと投げる。軽く跳ねた金属音に肩を小さく跳ね、救急箱を手に横を通り過ぎた木山を追って孫市へと円周も顔を向けた。壁を背に座り、脂汗を顔に浮かべ、手で抑えた腹部からはポタポタ赤い雫が垂れている。腹部に開いた穴を消毒し、釣鐘は慣れた手つきで傷を縫い合わせる。その現実味の薄い光景に円周は目を瞬くと、とてとて足を動かして孫市に隣へと腰を下ろした。
「……お兄ちゃん? 大丈夫だよね?」
「んー? 大丈夫だよ。……死にはしないさ。当たりどころは良くはないが」
「それで相手は?」
「……さて」
とぼけたように遠くを見つめる孫市に釣鐘は小さく舌を打つ。ただの暗部が相手なら、孫市がこんな反応をするはずがないと、付き合いがそう長くはない釣鐘であってもそれは分かる。十中八九孫市の知り合いか、それに近しい誰か。孫市の思考パターンを拾おうと目を瞬く円周の前で孫市は指を弾くと、僅かに口端を緩めた。
「必要ないよ円周。それは……必要ない」
「ならッ!」
立ち上がり玄関の方へと身を向ける円周の腕を孫市は握り引き止めると、ホッと小さく息を吐いた。鼻先を擽る血の匂いに、円周は顔を少し歪めて孫市へと振り返る。
血の匂い。
別にこれまで気にしても来なかった生々しい匂いが、どうにも今は鼻に付く。その匂いを溢れさせた者に嫌悪の表情を浮かべる今に、円周自身が理解追いつかないとより強く顔を歪める姿を見上げながら、孫市はゆっくり口を開いた。
「深夜に叫ぶと……怒られるぞ円周。そう難しい顔をするな」
「でも……私、まだ」
全てを教わった訳ではない。新しい何かを、自分自身を知る為に円周はここにいる。その新しい何かがどうにも居心地悪く暴れ心が落ち着かない。人間とはただの研究材料であると割り切れていたのならそれも変わっただろうが、不完全な『木原』故か、羨望の導きか。それさえ多少揺れ動いてしまう。動くようになってしまった。それも日常を占める何らかの割合が変わったからか。
ならばどうする? どうしたい?
幸いと言っていいか、円周には取れる手だけは無数にある。それをぶつけられる相手がいるのなら。大きく揺れる円周の波紋を見つめて、孫市は今一度円周の気を引くように円周の顔の前で指を弾くと、弱々しく唇を小さく舐めた。
「……円周、ハムと……を追え」
「……なに?」
「…………裏で、ほくそ笑んでいる奴がいる。それが誰か……どこまで手が伸びるのかも……分からない」
円周の前で、釣鐘を掴み引き寄せて軽く目配せし、孫市は円周へと目を戻す。
「どれだけの奴が、動いてるか分からない以上……垣根と……浜面は……いいか……これは……任せたぞ。多分時間が……これが……」
ぺたりと釣鐘を掴んでいた孫市の手が下へと落ち、孫市は細く息を吐き出した。意識を手放した孫市に向けて舌を打ちながら、釣鐘は孫市の首筋に指を添えて、しばらくすると立ち上がる。
「血を流し過ぎたんスね、輸血はしなきゃマズいっスよこれ。取り敢えず傷は塞いだっスけど……どうするっスか?」
釣鐘は木山と円周に目を流し、これ見よがしに肩を竦めた。少しの間沈黙が流れ、口を開こうとした木山の横で円周は孫市の手の形に血の付いた手首を一度摩ると携帯端末に映された波を瞳で拾う。
「……
「怒りはしないってよく言うっスよ。だってそれって」
仲間と認めてはいるものの、ある意味信頼し切ってはいないということ。勝手に孫市が引っ張って来た二人だからか、孫市は未だに浜面や垣根と違い二人に一線を引いている。お前ら見習いと意識があれば言っていただろう意識のない孫市の横顔を見つめ、釣鐘は強く鼻を鳴らした。ついでに頬を指で突っついて。必要のない気遣いを咎めるように。
「……私にそこまで期待するの法水さんだけっスよ? 裏切るって言ってるのに、どうすればそこまで信じられるもんなんスかね? 気に入らないなー……ほんと」
「……うん。
「……やるんすか?」
「私が選んでいいんだったら、だって……気に入らないんだもん。『木原』だったら笑って済ますかな? 『木原』だったら気にしないかな? でも『
口をムニムニと歪ませて、上手く言葉にならず円周は歯を軋ませる。誰かの想いなら簡単に代弁できるのに、自分の想いが上手く言語化できない。スカートの端を握り締めて動かない円周に肩を落とし、釣鐘へ居間の方へとつかつか歩くと床を引っぺがして一丁の狙撃銃を引っ張り出すと、動かない円周に投げ渡す。狙撃銃の重みに数歩足を下げて狙撃銃と釣鐘の顔を見比べる木原に釣鐘は微笑を差し向けると、盛大に大きなため息を吐いた。
「仕方ないっスねー。一応私先輩っスし? こんな法水さんと遊んでも面白くないっスし……私も今は『
「……うん」
「なら法水さんは木山先生に任せるっスよ、クロシュを叩き起こせば簡単な治療もしてくれるでしょ。二人だけの初仕事っスね」
「……うん、うんッ。頑張ろうね茶寮ちゃん!」
狙撃銃を握り締める円周と、肩を竦めて笑う釣鐘の顔を眺めて木山も立ち上がり携帯を手に取った。治療のできるクロシュへの呼び出しと、二人に必要な装備を揃える為に。
「円周君、釣鐘君。二人が動く時のために必要だろう物を法水君から言われて既に準備している。止めても止まらないだろうから、せめてこれだけは言わせてくれ。きっと二人なら」
「大丈夫っスよ、私も傭兵なんだしね木山先生」
「うん! 孫市お兄ちゃんの事よろしくね木山先生!」
木山先生。先生などと言うのは似合わないだろうに、それでも先生と呼ぶ円周と釣鐘の言葉に目を細めて木山春生は細く息を吐き出した。教職には復帰できずとも、未だに新しく先生と呼んでくれる子達がいる。それが形式的なものだけではないと思うからこそ、普通とは形が違くとも教師である事に変わりはない。例え届かなかったとしても、常識を口にして日常を届ける。
「気を付けて。円周君、釣鐘君。無事に帰って来てくれ。君達にとっては……ここがきっと学校なのだから」