時の鐘   作:生崎

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幕間 夏休み最終日

  ゆっくり腰に差されたリボルバーに手を伸ばす。掴むか掴まないか緩く手を開き、その時を待った。呼吸は乱さず一定の間隔を保ち、瞬きはせずに的を見る。広く、しかし同時に狭く視野を保ち、その時が来た。僅かに耳に届く体を叩いた高い音のブザー音。全身の動きをただリボルバーを引き抜く為に動かし、左手で撃鉄を一度弾いた。

 

  ブザーが鳴り終わったと共に銃声も消え、残ったのは薄く煙をあげる銃口と穴の空いた的。

 

『0.97秒。判定大能力者(レベル4)

「おー!」

「いや、おーってこれモーションの速度しか測ってないからね」

 

  いつもなら寮の屋上や部屋でモーションの修練しかしないのだが、学園都市にところどころ置いてある簡易能力測定器、それを使って早撃ちの特訓をしてみようとなったわけだが、たかが早撃ちで大能力者(レベル4)判定とは。本来ならこれにAIM拡散力場の強度や、威力など細かな判定をされるため、本当ならもっと判定レベルは下がるだろう。というか俺からはAIM拡散力場が出ていないため、本来ならどれだけ頑張っても無能力者(レベル0)だ。

 

  声を上げて手を叩く初春さんや佐天さんに是非と言われて練習も兼ねて測定器を使ってみたが、0.97秒。全然速くならない。俺の体の構造的にこれが限界なのか。しかし、一年前スイスで測った時と比べると実に0.02秒だけ速くなっている。まだ俺も成長期であるため、諦めるにはまだ早い。

 

  夏休みの後半から木山先生が俺の部屋から全く出て行く気配がないおかげで、初春さんを筆頭に佐天さんや春上さん、枝先さんが度々上がり込み、白井さんや初春さんが捕まえないことの条件にスペシャルアドバイザーのような立ち位置になったおかげで、白井さんや御坂さんまでたまに来る。唯一助かったのは、俺のお隣さんが上条だと知った後日御坂さんの来る頻度が格段と減った事か。

 

  近くのベンチに座りこちらを見て来る五人の女子中学生。白井さん、初春さん、佐天さん、春上さん、枝先さん。なんで夏休みの最終日だというのに俺はこんなところで女子中学生相手に銃の腕前を披露しなければならないのか。それもこれも、退院した上条を捕まえ、久しぶりに上条、土御門、青髪ピアス、俺の四人で夏休みの一日を謳歌しようとしていたというのに、どこからともなくやって来た御坂さんに上条を拉致られた為にご破算となったためだ。その衝撃に青筋を浮かべる青髪ピアスと土御門。俺は巻き込まれたくないので退散しようと思ったのだが、場所がよくなかった。常盤台中学の学生寮の前であった。上条が拉致られる前から騒いでいたせいか、度重なる騒音被害で補導されていた俺だけが寮から飛び出して来た白井さんに捕縛。絶対八つ当たりである。青髪ピアスと土御門に簡単に見捨てられ売り渡された俺は風紀委員の支部まで連行され、色々あってこうなった。夏休み最終日だぞ。おかしい。

 

  肩を落として足取り重く白井さん達の方へと歩いていけば、苦い顔の白井さんと楽しそうにしている柵川中学四人組。

 

「見事な腕前ですこと」

 

  ため息を溢すようにそっぽを向きながら白井さんに嫌味を言われる。ただ言わせて欲しい。佐天さん達が是非見たいというから、特訓も兼ねて使った事のない計測器を試しただけだ。俺が見せたがったわけでもなく、一人だけぶーたれてないで、まだ楽しんでいる初春さん達の方がありがたい。

 

「法水さん凄い! 私早撃ち初めて見ました! ねえねえ教えて下さいよ!」

「別に銃を早く抜いて引き金引いたり、撃鉄弾くだけだよ。佐天さんでも練習積めばすぐに形にはなるさ。ただ佐天さんは超能力の特訓を頑張った方がいいんじゃないかな」

「はーい! ちゃんとやってますよ! 毎日初春のスカートを使って!」

「もう佐天さん! 法水さんにそんなこと言わないで下さい‼︎」

「今日はシマシマだったの」

「春上さん⁉︎」

 

  別に言わなくていい。俺の肩身が狭くなる。ただでさえ女子中学生集団の中に一人ほっぽかれて肩身が狭いのだ。枝先さんも佐天さんも笑っているが、初春さんが睨んで来る。

 

「佐天さんがこんな能力になったのは法水さんのせいなんですからね‼︎」

「えぇぇ、それを言ったら木山先生のせいだろう。まあ俺もちょびっとだけ実験はしたけど」

「まあまあいいじゃないの初春! 法水さんと木山先生のおかげで私は晴れて能力者に! これからバンバンレベルを上げていずれ超能力者(レベル5)なんかになっちゃったりして!」

「はあ、佐天さん。そこからの道がまた長く険しいですのよ」

 

  大能力者(レベル4)の白井さんが言うと説得力がある。しかし、低能力者(レベル1)から努力で超能力者(レベル5)になったお手本が彼女達の身近にはいるのだ。自分もと憧れるのも分かる。俺だって同じだ。だが、白井さんの言った通りそこからが厳しい。自分の道を決め、進んでいくうちに自分の限界がどうしても見えて来る。才能の限界、どうしようもない限界だ。きっとそれを超えるには、もう骨格を入れ替えるとか、筋肉を交換するとかそんなレベルの話になる。だがそれで自分と言えるのか? そこまで手を加えては生物としての在り方まで変わって来る。俺は人間でいたいからそれはしないが、中にはそこまでして力を求める者もいる。佐天さんが自分の限界にぶつかった時にどうするのか。人の道を外れるか否か。それは、佐天さんの周りにいる子達を見ればなんとなく大丈夫な気がする。何より佐天さんには初春さんと白井さんがいるのだ。この二人が佐天さんを放っておくはずがない。

 

「白井さん分かってるって! でも木山先生も法水さんも初春もアドバイスくれるし、最近絶好調!」

「あはは、そうだった法水さん、先生は最近どうですか?」

「木山先生? 相も変わらず人の家で寛いでるよ。全然出て行ってくれないし、どうしたものやら」

「前に行った時先生の私物で溢れてましたもんね。もう絶対出て行く気ないですよ」

 

  枝先さんがそんな薄々勘付いているが絶対そうであって欲しくない事を言う。土御門のおかげで先日やっとセーフハウスが一つ手に入ったのだ。だからそこに行って欲しかったのに拒否された。引越し代も出すと言ったのに。俺よりも俺の部屋に長くいる木山先生は、すっかりあの部屋の住人として定着し、今では俺の方が居候っぽい。あれでは寮の部屋ではなく俺にとっては武器保管庫と変わらない。木山先生がいると家事はしなくていいから楽ではあるのだが、木山先生が部屋にいる事がバレた時を考えれば、爆弾を抱えているのと変わらない。それを思ってため息を溢す俺にジロリと白井さんから白い目を向けられる。

 

「貴方まさかいかがわしい事をしてたりしませんわよね。木山先生を助けたのをいいことにあんな事やこんな事を」

「え、ええ⁉︎ 法水さんそれはダメですよ! 逮捕、逮捕しちゃいますから‼︎」

「するかあ‼︎ 俺を一体何だと思ってんだ!」

「白井さんと初春さんの気になる人?」

「先生のカレシ?」

 

  違う、そうじゃない。春上さんと枝先さんのコンビは一体どこを見たらそう見えるのだ。見ろ。白井さんと初春さんの俺を殺さんばかりの鬼の顔を。それに木山先生に関しては絶対動くのが面倒なだけだ。枝先さん達が快復したおかげか、すっかり目的を達成して落ち着いた木山先生は、初めて見た時の研究者の姿ではなく、最近はすっかり先生であり、保母さんみたいな雰囲気になってしまっている。質問したり話を聞けばやっぱり研究者なんだなと分かるが、それ以外では趣味で俺に協力してくれている主婦だ。木山先生のやる気はポルターガイストに会ったかのようにどこかに行ってしまった。

 

「で? で? 実際そこのところどうなんですか法水さん?」

「どうもこうも、俺と木山先生は協力者でそれ以上も以下もない。最近じゃすっかり気の良い居候だよ」

「また何か怪しい企みをしてるんじゃないでしょうね?」

「俺から何かする事はないさ、絶対ね」

「なら良いのですけれど、お姉様と同じで貴方は何をするか分かりませんから」

 

  いや、少なくとも俺は御坂さん程無鉄砲じゃない。暗部に狙われたり俺の方に仕事が来るほどに、御坂さんはいざやるとなるととんでもない事をする。俺が何かをする時は、基本誰かが盛大にやらかした場合がほとんどだ。そういう意味では白井さんが俺に注意するのは筋違いというもので、世界が平和なら俺はお役御免だ。

 

「じゃあそろそろ行っていいか? 折角の夏休み最終日なんだ。せいぜい最後の休みを楽しみたい」

「えー、今まさに楽しんでるじゃないですか、女子中学生を五人も侍らせてー」

「侍らせてるんじゃなくて捕まってるが正しいよ佐天さん。もうすぐお昼だしお腹も空いたしな」

「あ、そう言えば初春から聞いたんですけど、法水さん私が能力者になったお祝いしてくれるんですよね! ご飯奢ってくれるって!」

 

  嫌な予感がする。

 

「枝先さんも快復したし、『ポルターガイスト』事件も『幻想御手(レベルアッパー)』事件も終わったお祝いも兼ねて、これからご飯奢ってください‼︎」

 

  おいおい、これは断れない。他でもない俺が言ったことだ。女子中学生の純真さが込められたキラキラした目で見つめて来る佐天さんたちを見回して、俺は力なく頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

  が、それが良くなかった。御坂さんに連絡した白井さん曰く御坂さんは遅れて来るそうなのだが、事件に関わった人達を呼ぼうということで人数が凄いことになっている。木山先生には俺が連絡を取ることになり、あっさり了承した木山先生は今は枝先さんや春上さんと楽しそうに話している。それはいい。集まった店は俺が贔屓にしているスイス料理の店。これもいい。問題はさらに増えた三人。いずれも常盤台中学の制服を着た女子中学生。これが問題だ。マジで問題だ。やばい本当にどうしようっていうかこれ帰れねえし詰んだ。

 

「初めまして、常盤台中学の湾内絹保と申します。本日はお呼び頂き光栄ですわ」

「初めまして、同じく常盤台中学の泡浮万彬と申します。白井さんに聞きましたわ、とても射撃がお上手だと」

 

  白井さんは何を言っているんだ。いやそんな事はいい。そんな事は問題じゃない。

 

「わたくし婚后光子と申しますの! 貴方もなかなかの活躍をしたそうですわね!」

 

  こいつだ! なんで学園都市にいやがる!名門婚后家の跡取り娘。仕事で知り合った訳ではない。仕事で日本に来たのは国際連合に頼まれた今回が初めて。寧ろ仕事で知り合った方が良かった。湾内さんも泡浮さんも婚后さんも不思議そうな顔で俺を見ている。良かったバレてない。ふーっと息を吐こうとしたところで、白井さんが寄って来る。

 

「あらどうしましたの変な顔して、のりみ」

「うわああ! っと、白井さんどうかしましたか?」

「いやどうって、あなたがどうしましたの?」

 

  片眉上げた白井さんが俺を見る。声を荒げてしまったせいで木山先生達までこっちを気にしだした。いかん。冷静になれ冷静になれ。ボスにもいつも言われている。狙撃手たる者いつも冷静に。だから相棒を握ればいつも心が勝手に落ち着いていく。相棒があれば……今相棒なかった。

 

「んー、貴方どこかでお会いした事あったかしら? なんとなく見覚えが」

 

  やめろお、なんで覚えているんだ! あの時俺はまだ七歳だったから婚后さんは四歳だろうが。しかも会ったのなんてたった一回だぞ。まあ俺もあの頃は知り合いも友人も皆無だったから婚后さんの事は覚えている。俺の小さい頃の数少ない悪くなかった記憶だ。顔を覗き込んで来る婚后さんから顔を反らすように逃げていると、痛恨の一撃が飛んで来る。

 

「あの、お名前を教えていただけますでしょうか?」

 

  終わった。詰んだ。終了。俺はあの頃から名前が変わっていない。唯一の持ち物なのだからとボスがそのままにしろと言ったから。だいたい家の名を名乗るなと母方の姓を名乗らせるからこうなるのだ。あの時家の名を使えていれば今こんな風に慌てたりしない。変におちゃらけたりした瞬間俺の名がどこからか飛んで来る。とはいえ黙っていてもどこからか俺の名前が飛んで来る。もうダメだ。腹を括ろう。

 

「ワタシハノリミズマゴイチとイイマース。スイスジンデース。ヨロシクネ」

「何でカタコトなんですの?」

 

  白井さんうるさい! 婚后さんの方を見ると「のりみず、のりみず」ぶつぶつ繰り返している。怖い。ここはもう湾内さんにも泡浮さんにも自己紹介が済んだ事だしずらかろう。折角のスイス料理専門店だ。故郷の味に沈み込みアルプスの山々に想いを馳せよう。急いで身を翻しチーズフォンデュの鍋の元へカツカツ歩いて行く俺だったが、柔らかいものが背中に飛び込んで来たせいでそうもいかなくなった。いや俺は止まらんぞ。背中に張り付いた誰かしらを引きずりながら俺はチーズフォンデュの鍋の前まで歩く。フォンデュフォークを手に俺を見て固まる佐天さんと初春さん。何ですか? 何か変ですか?

 

「あのー法水さん? その背中の婚后さんはどうしたんですか?」

「え? 何初春さん背中がどうかした?」

「いや、あの、婚后さん?」

「孫市様! 思い出しましたわ! もうわたくしったら一目で気がつかないなんて。ふっふーん、白井さん。皆さんに紹介しましょう。この方は何とわたくしの初めてのお友達なのですわ!」

 

  場が白けた。「へ、へ〜〜」と何処からか気の抜けた声が飛んで来る。それはいいんだよ別に。何かありそうな雰囲気を出しながら、婚后さんの微妙すぎる告白に、全員の目が死んでいく。特に常盤台組の白け具合がやばい。白井さんの顔から表情が抜け落ち無表情となった。凄い興味なさそう。ただ一人婚后さんだけはすっごいハイテンションで俺の背中を引っ張って来る。引っ張るな。俺はチーズフォンデュを食べるのだ。

 

「孫市様今までどちらにいましたの? 一度わたくしのお誕生会に来てくださった後一度も来てくださらなかったから。わたくしまた会える日を楽しみにしていましたのに」

「えー、あの後急遽家族でスイスに引っ越す事になりまして、そんな感じです」

「そうだったんですか、でも北条家の」

「はーい、婚后さんそこまで」

 

  チーズでフォンデュされたパンを婚后さんの口に突っ込んであげると、熱かったのか飛び去っていく。久し振りに聞きたくない家の名前を聞いた。まさかあの頃の俺を知っている者に会う事になるとは。世界は狭い。いそいそパンをフォンデュして口に運ぶ俺の顔をポカンとした顔で初春さん達が見て来る。まあそうなるわな。だから嫌だったのに。

 

「北条家は俺がスイスに行く前にいた家なんだ。結構格式の高い家でな、繋がりのあった婚后家の娘さんの誕生会にお呼ばれした事があった。で、その時お祝いに行ったのが当時歳が近かった俺ってわけさ」

 

  まあ俺を行かせるくらいだからあの家は婚后家の事をそこまで重く見ていなかったのだろう。あの家は閉鎖的な家だからな。ただおかげで俺は久し振りに楽しいという時間を過ごした。料理は美味しかったし、婚后さんの相手も悪くなかった。なかなか自尊心の高い子だったが、優しかったし、あの家の者の百倍はマシだ。いや、千倍はマシだ。

 

「知らなかったろう、俺実は旧家の出。スイス人だけど」

「いや、それは別にいいんですけど、なんていうか法水さんのプロフィールを作ると打ち切り漫画の設定を切り貼りしたみたいですよね」

「おい、それは最大の侮辱と受け取った。初春さんでも許さんぞ。俺は英雄譚を生きるのだ」

「何ですか英雄譚って。あんまり言いたくなかったですけど法水さんて仕事してる時以外思ったよりもポンコツですよね。パソコンのウィルス対策ソフトみたいに」

 

  ねえなんで初春さんは俺にそんなに毒舌なの。白井さんや佐天さんには弱いのに。俺にだけやたら辛辣過ぎやしないだろうか。最初が悪かったから? でも佐天さん今は隣で腹を抱えて笑っているよ。遠くでも木山先生が静かに笑っている。後ろへ振り向くと白井さんまで笑っていた。なんだよもう。

 

「ああ、すいませんわね。初春があまりに的確な事を言いましたから」

「なんだよそれ、俺は自暴自棄になった時だけ飲む度数の高い酒か?」

「あら、それもいい例えですわね」

 

  良くないです。やはり俺が傭兵だという事が白井さん達にバレたのは良くなかった。扱いが雑過ぎる。俺は時の鐘だぞ、とイキッたところで「だから?」と返されそうなのでただ肩を落とす。ただ生活する一般人からすれば傭兵なんて無価値だ。そしてそれはそれでいい。

 

「孫市様! なんだか良く分からないですけれど、急に何しますの!」

「婚后さんに俺の故郷の味を知って欲しかったのさ。俺は日本よりスイス暮らしの方が長くてね。お口に合ったかな?」

「え、あ、まあそういう事でしたら……特別ですわよ? 孫市様はわたくしの初めてのお友達なのですから」

 

  なんだろう罪悪感がやばい。というか婚后さん何があったらこんな風に成長するんだ。体つきもそうだが、どうしてこんなちょろい感じになった。婚后さんの将来が心配だ。それに婚后さんが言った通り、婚后さんは確かに俺と友人で、俺にとって初めての友人でもある。うーん、少しくらいサービスしてあげても良いだろう。舌の火傷だけプレゼントでは甲斐性が無さすぎる。

 

「店長」

 

  そう呼ぶと店長は分かっていたのか小さく頷いた。流石店長。スイス人なだけある。茹でたジャガイモの乗った皿を婚后さんに渡し、店長から半分に切られた大きなチーズを受け取った。店内にある暖炉にそのチーズの断面をかざす。

 

「ラクレットと呼ばれるスイス料理がある。スイスと言うとチーズフォンデュなんていうイメージが一般的だけど、コレもまたスイスの代表的な料理だ。茹でたジャガイモに溶けたばかりのチーズをかけて食べる。婚后さんもきっと気にいる」

 

  手に持つ皿に目を落とす婚后さんの目の前で、チーズの表面をこそぎ落とすようにナイフでチーズをかけていく。白い運河がジャガイモを包み、とろりと真っ白い皿の上にゆっくりと広がった。たったこれだけ。だがこれが最高に美味い。本当に美味いものとはシンプルなのだ。ジャガイモとチーズの舌触りと、口の中に広がる強い濃厚な香り。食べながらも涎が止まらない。

 

「さあ婚后さん、チーズが固まる前に食べると良い。俺のイチオシ。きっとスイスが好きになる」

「は、はい。いただきますわ」

 

  ナイフとフォークを使って恐る恐る口に運ぶ婚后さん。だが、一口その小さな口に含んで瞬間パッと顔が華やぎ二口目を口にした。完璧だ。俺スイス大使にでもなろうかな。時の鐘を引退することにでもなったら考えてみよう。

 

「法水さん! 私も! 私も欲しいです!」

「はいはーい! 法水さん私もー!」

「私も食べてみたいの!」

「ま、まあわたくしも一口くらいなら食べてみても良いですの」

 

  ラクレット大人気! これも婚后さんが美味しそうに食べてくれたおかげだ。おかげであの家の話をせずに済んだ。御坂さんが来るまで俺はチーズ片手にかけて周り、すっかり全員と打ち解ける事ができた。ただ悲劇だったのはクラスメイトに見られていたらしく、二学期始まって早々俺は女子中学生相手にチーズをかけて回る変態という噂が学校中に広まっていた。なんだよ女子中学生マスターって。このあだ名をつけた上条、土御門、青髪ピアスの三人。俺は絶対お前達を許さない。その台詞を最後に、俺は二学期初日の朝小萌先生に生徒指導室へと連行された。

 

 

 

 

 

 


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