「…… 暴走能力の法則解析用誘爆実験、お姉さん達は知ってるかな? いや、知らないかな。興味ないだろうしね」
ダイヤノイドの中を歩き回りどれだけ時間が経ったか。勿体ぶるように時間を掛けて金色のツインテールと赤いランドセルを揺らしながら、
かつて
実験の為、子供の子細なデータを取る為という名目の元、
結果は誰もが知る通り、木山春生の生徒達は、木原那由他の友人達は昏睡状態に陥った。その快復手段を得る為に、『
「それが何か関係あるんすか?」
『
「別にないよ? いや、少しはあるのかな。……結局、絆理お姉ちゃん達は目を覚ました。覚ましてくれた。木山先生と美琴お姉さん達が頑張ったおかげでね」
「はあ」
「うん、それは本当に良かったよ。学園都市が生み出した『結果』の最高峰、
「はあ」
適当に相槌を打つ釣鐘の事など気にも留めず、少しばかり那由他は足を早めた。友人を陥れた学園都市に、木山春生に復讐する為力を求め、もう誰かが実験台にならなくても良いように己が体を実験体として数多くの実験に差し出し、生身の体を七割ほど失い力を手に入れた。
木山春生の真意を知り、『
「でもね……不純物が一つ混ざってるよね?」
薄く膨れ上がる那由他の感情の圧に釣鐘はランドセルへと目を戻す。
不純物。
「
別にいいのだ。十人十色。中にはそんな奴だっているだろう。所謂変人。ただそれだけなら変わり者だというだけで誰も気にしない。ただそれが、学園都市第四位や第三位、第二位と戦い、尚且つ死なずに時には勝ってしまうような奴でなければだ。
「お姉さん達には分かるかな? それってある種の冒涜だよね」
「能力者になる為に頑張って、結果
能力開発を受けていないはずのどこぞの寮監が『
「なにかな傭兵って」
それが全て。御坂美琴を拘束した女性も学園都市に住む大人ではある。
必要であれば相手を殺す事も普通にある白銀の槍を掲げる悪魔。木原那由他個人としても、『
「個人的な恨みはないよ? でもね、割り切れないんだよ。
「あのー、まだその話続くんすか? いい加減飽きて来たんすけど」
感情の乗り出した那由他の言葉を、釣鐘は雑に頭を掻きながらばっさりと断ち切る。ぴたりと言葉を止めた那由他に欠伸を返し、ずっと口を挟まずに静かに歩いていた円周に目を向けられても態度を変えず、釣鐘は睡魔に少しばかり沈んだ目元を擦った。
「それってただ自分の力が及ばなかっただけでしょ? 能力どうこう以前に。力がある人が好き勝手できるなんて昔から変わらないものの一つっスよ。所詮子供っスね。世界は学園都市だけだとでも思ってるんすか? 能力者云々なんて学園都市の中だけでしか使えない。能力の波の色は見てて綺麗っスけど、それよりも綺麗なものがある。見た事ないでしょ貴女。命をゴミクズのように千切り葬る嵐のような技巧の冴えを」
恍惚と小さな三日月を口元に浮かべた釣鐘を見てしまった一般人の通行人が物凄い勢いで顔を釣鐘から背ける。
常人には不可能な超能力や、奇跡を再現する魔術とも違う、磨き抜かれた技巧の殺人術。能力者だの
「好みの問題でしかないでしょうに。結局自分が気にいるか気に入らないかって話っスよね? 色々勿体つけて話してたっスけど、ようは貴女は法水さんが気に入らないってだけっスよね? 自分の気に入らない相手が自分が近くにいたい相手の近くにいるのが気に入らないなんて、見たまま子供のわがままだ。……で? 貴女はなにがしたくてここにいるんすか? 気に入らないらしい傭兵まで引き連れて」
「……ハムお姉さんは裏切ってから戻ってないから一応傭兵じゃないんだよ。
「みたいっスね」
赤いランドセルから目を外し、壁を背に立っているハム=レントネンを歩く那由他の肩越しに釣鐘は見つめる。裏切り者であったとしても、時の鐘一番隊の天才。狙撃銃も背負っていないラフな格好のハムに少しばかり残念そうに釣鐘へ肩を落とすが、小さく息を吐き出してすぐに頭を切り替える。手ぶらでも、腕一本あれば人を殺せる技術を積んだ一流の傭兵である事に変わりはない。歩く速度を上げてハムの隣に立ち振り返る那由他の姿に、釣鐘と円周は足を止める。
「……貴女がハム=レントネンすね。法水さんから天才の先輩だって聞いてるっスよ。聞いた話だと第一位と第二位を同時に相手したって。イカれてるっスね貴女っ! あはっ! 普通やろうなんて思わないっスよ!」
「……あー、そんな事もあったね。できるのにやらない理由もないでしょ」
「ふーん……でも黒子に負けたんすよね? おそろいっスね私達」
「負けたね。だから? やたら口を回すけどそれが忍者の忍術ってやつなの? わたしに聞きたい事あるんじゃない?」
「んー? 貴女が法水さんを撃ったんすか?」
「うん、わたしが撃った」
即答で肯定するハムに釣鐘は目を細め、口を開こうとした矢先、一歩円周が前へと出た為に口を閉じた。瞬きをする事なく円周の瞳がハムの波を拾い込み思考パターンを擦り合わせる。これまで考えていた予測を補強するようにハムの形を重ね合わし終え、円周は小さく横に首を振った。
「嘘だよ。ハムお姉ちゃんは撃ってないよ。ううん、正確にはちょっと違うけど」
「わたしが撃ったって言ってるんだけど」
「うん、でもね、
「敵のわたしを弁護する気?」
「うん。だって、
「ッ……今日初めて会う奴が分かったようなことッ」
「あっとー、相手が違うんじゃないんすか?」
「急に刃物をチラつかせないでよ。
短刀を掴み、僅かに刃を鞘から抜いた釣鐘を前に那由他へ小さく微笑み拳を握る。異様な空気と、居座る少女の腕に巻かれた
「茶寮お姉さんの相手は私じゃないよ? 能力者で本当なら少年院にいるはずのお姉さんの相手は裏切り者だよ。だから私の相手は」
「……那由他ちゃん」
「円周お姉さんだよ。『木原』なのに能力者にもならず『
ハムから距離を開けて横へと歩く那由他を追うように、円周も釣鐘から少しばかり距離を取る。どうしようかと釣鐘に円周は目配せするが、釣鐘は笑みを浮かべてハムから視線を逸らさない。釣鐘の名前を呼ぼうかと円周は少し思案するが、それを取り止め口を引き結ぶ。
「エリートである『木原』として不完全で、『
「……『木原』なら、
「それは円周お姉さんもだよ。円周お姉さんは誰の真似もできるけど、それは空っぽなのと一緒でしょ? いつも誰かの真似をしてるばかりで円周お姉さんはどこにいるの? どれも中途半端で『木原』にも『
「『
「なあに? 円周お姉さん怒ったの? 円周お姉さんが? それともそれも誰かの真似?」
少しばかりムッとする円周を前に、那由他は浮かべる笑みを深める。想いのベクトルの違い。ハムも那由他も釣鐘も己が為にここにいる。欲しい物が、やりたい事が、試し知りたい事が決まっている。ただ一人、円周だけがそれが薄い。銃撃された孫市の為、木山先生をあまり心配させない為、時間を共有した仲間達を大事に思う心は円周にも勿論あるが、必要なら味方でも背中から撃ち殺す『木原』足らんとする想いが、純粋な想いの引き出し方を阻害する。
他人とはモルモット。心を寄せるものではない。
それは違う。隣り合う者は尊ぶべき大切な相手。
矛盾する二つの心が摩擦を生み、円周に奥歯を噛み締めさせる。
ゴゴンッ!!!!
と、円周の中で渦巻く葛藤が具現化したかのように不気味な振動がダイヤノイドを包み不規則に揺れ、それが始まりの合図となった。
釣鐘の姿が、那由他の姿が掻き消える。
忍の身体能力と高性能義体の脚力。お互いを無視してそれぞれハム=レントネンと木原円周への距離を、踏んだ一歩で踏み潰す。
隙。人体と高性能義体。まともに一撃でも円周に入ればそれで勝負は終わる。迫る拳に円周は身動ぎせず、ただ、那由他の拳は当たらない。ただのサイボーグが相手なら、能力者が相手なら一撃が円周に入っていたかもしれないが、那由他が『木原』であればこそ、『木原』が相手なのならば、隙を突いたつもりでも読み切れる思考パターン故にどこに拳が飛んで来るのか目を瞑っていても分かる。
────じゅる。
それでも人体と義体の差故か、首を傾げた円周の頬を舐めるように那由他の拳が突き抜けた。頬を擦る摩擦熱に少しばかり眉を跳ね、半身になった円周の前を通り過ぎ、二歩目を踏んで体を反転させた那由他と円周が口を開いたのは同時。
「「
木原一族に伝わる戦闘術。木原那由他にそれを教え、これを極めた
能力者でもある那由他の能力は、『AIM拡散力場と、その力そのものを『見て』『触れる』事ができる』という円周相手には関係ないもの。同じ『木原』、同じ『技術』。思考パターンを読める円周の拳が那由他の顔に緩やかに埋まり、
────バチンッ‼︎
瞬間、顔を反らした那由他の動きに円周の拳が滑り、目を見開いた円周の腹部に衝撃が走り大きく後方に飛ばされた。軋む肋骨の痛みと、優秀な頭脳故に『結果』を分析してしまう頭から齎される事実に顔を歪める。同じ技術、同じ思考パターン、それでも生まれる差は積み重ね。
「……円周お姉さんに私と同じ動きができたとしても『質』が違うよ。他人をエミュレートできる円周お姉さんの技術は面白いけど、曲芸みたいなものだよねそれって。円周お姉さんはいつも誰かの力を借りてるだけで、自分で一族の技術を磨こうとした事あるの?」
木原数多に指南を受け、勘と経験で流れを読む領域にこそ辿り着けていないが、機械の体と己が能力で近しい領域まで自分で磨いた那由他の方が一歩先を行っている。身体能力の差さえ義体で上回っているのなら、例え思考をトレースされたところで押し負ける理由などありはしない。
「この技術は所詮下敷きで、発展の余地は多くあるんだよ? 数多おじさんや唯一お姉さんのように独自の技術にさえ積み上げられる。それを真似てるだけじゃ円周お姉さんは一生自分の技術を作れないよ」
「……うる、さい」
「怒ったフリ? それとも本当に怒ってるの? 空き箱みたいな円周お姉さんって分かりづらいから」
必要以上に円周を煽る那由他の言葉に、チリチリと円周の中で火花が散る。そんな事は円周自身が誰より分かっている。誰の模倣だって円周はできる。約五千人の木原一族の思考パターンどころか、上条当麻の善性も、
ただどんな『発想』を手にできても、その人物に完全に慣れるわけではない。どれだけ模倣をしても木原円周の思考パターンも同時に存在するからこそ。『不完全』。押された烙印を背負いそれでも続けるのは知りたいからだ。
自分が何者なのか。他人を模倣し続ければいつかはその違いから見つけられるかもしれない。善悪の境界も、何もかも、誰も教えてくれなかった。ただ必要な事を、英知を、解析し分析できる頭脳があったが為に、教わらなくても一人勝手に『結果』を手にする事ができてしまう。ただそれが正しいのか間違いか、誰も教えてはくれない。
だからせめて、一族である『木原』らしくあろうとすれば同じ『木原』であるからこそ、木原円周は『木原』になれると信じたのに。
「……お団子、あなたそれでも『
「あ……う……ッ」
「能力者の力の流れを読んで、その隙を突く。こんな感じでしょ? もう何度も見たし。難しくはないよ。『流れを読む』事が重要だから、対無能力者にも魔術師にも使おうと思えば使える面白い技術。『
飛んで来た手裏剣を避けながら、回し蹴りで掬い上げ、ハムは釣鐘へと手裏剣を返す。スカートの端を擦り床に転がる手裏剣の音に眉を跳ね上げ、釣鐘は軽く唇を舐めながら感嘆の吐息を零す。
「……いるんすよね貴女みたいな人。木山先生から『
「……まーね。そう、わたしはあなたに負ける気しないやくノ一」
「あっはは! 言うっスねー貴女! その大口どこまで続くか見ものっス!」
「だってわたし天才だもん。才能や力って悲劇だよ。なまじそれがある者なら、その差がよく分かっちゃう。でしょ? お団子」
肩越しに床に座る円周を見つめ、ハムは首の骨を鳴らして釣鐘に向けて足を出す。目で捉えたものを再現する同じ模倣者。そのはずなのに精度が異なる。作り上げられた下地の違い故か、体術の差が形作るものの差を生んでいる。才能だけではどうしようもない積み重ねた結晶。同じ場所に到達できるのだとしても、積み重ねた下地の厚み分差は縮まらない。
それでも、木原円周は立ち上がる。
「まだ……私ッ」
「円周お姉さんも木原なら分かるでしょ? 思考パターンの隙をついて木原一族の技術で勝る私と、時の鐘として円周お姉さんの先にいるハムお姉さんどっちにも勝てない。全部を手放してそれでもやるの? 誰の真似もしない円周お姉さんには残っているものがあるのかな?」
「今はなくても……きっと、作るよ。ないなら作る! 今からでもッ! その為の何かがきっとある。私の人生の中にッ。孫市お兄ちゃんならそう言ってくれるんだよね!」
「結局またあのお兄さんの真似?」
「違うよ、お兄ちゃんの思考パターンに合わせなくたって、言ってくれた事があるもん。お兄ちゃんの真似をしなくても、お兄ちゃんは隣にいてくれるから。私にはまだ残っているものがあるんだよ」
肩の力を抜き、円周はゆっくりと僅かに身を揺らす。己が鼓動を表現するように、誰の思考パターンにも合わせずに。教わり自分で積み上げた羨望の魔王の格闘術。まだほんの小さな積まれた山でも、積んだのは確かに円周自身。メトロノームのように身を振るう円周を目に、那由他は身構える事なく足を前に出す。
「付け焼き刃の技術でどうにかなるのかな?」
「それでも積み上げたのは私だもん。孫市お兄ちゃんのようにはできなくても、私にもできる事はあるよ」
「そうだね。『木原』の頭脳があれば拙い技術でも殺人術として振るえるかもね」
一歩、二歩、足を止める事なく那由他は円周の間合いへと止まる事なく踏み入った。無防備に、隙だらけで。木原謹製の高性能義体技術あればただの打撃ぐらいどうだって事はない……という事ではなく。
「でも振るえるの? 体のほとんどが義体でも、私はまだ小学生だよ? 街を守る
「……孫市お兄ちゃんは、そんな事しないもん」
「かもしれないけど、絶対って言える? 腕一本あれば無防備な相手を殺せる技術を持ってる人だよ? 必要なら、迷わず振るうんでしょ? 円周お姉さんが無事だったのだってただ運が良かっただけ。何かが少しでもズレてれば、円周お姉さんもバゲージシティで殺されてたんじゃない? 違うって言えないでしょ? そんな人から教わった不完全な技を振るって円周お姉さんは私を殺さないでいられるの? 自信はあるの? 教えてよ」
ずいっと円周の前に顔を出す那由他に、円周の足が僅かに下がる。既に拳の当たる位置。この位置からどう拳を振るえば相手の命を断ち切れるか円周の頭脳は容易に弾き出す。ただ、その通りに動けない。新しい何かを知らなければ、『木原』らしく振る舞っているだけでよかったのに。
(『木原』なら……ううん、『
「技術はあっても、手を出す為の何かが、どうしたいかがないんだよね? お姉さんて、いったい誰なの?」
ピキリッ。
ヒビが入ったような音が円周の中で響き、ヒビから感情の滴が垂れる。顔を歪ませて拳を握り込む円周からスキップするように遠去かる那由他を追って、円周が一歩を踏み締めた。
「円周‼︎」
直後、釣鐘の叫びと共に、円周の足が床に
円周が目を瞬いたところで、天井や床に開いていたはずの大穴は幻のように消え去ってしまっており、現実に頭が追い付かない。体が気怠く、上手く力も入らない。
「……茶寮ちゃん」
それでも、まだ釣鐘茶寮が戦場にいる。
ただ一人、ハム=レントネンと木原那由他の前に残されている。この隙を二人が見逃すはずもなく、元の場所へと戻るまでに掛かるだろう時間を円周はすぐに弾き出し、辿り着いた時に待ち受けているだろう結果を予測する。予測してしまう。予測できてしまうからこそ、円周の中で何かが揺れ動いた。
「────茶寮ちゃんッ」
「おや、こんなところで寝ては風邪を引くぞ。どうかしたのかなお嬢さん?」
立ち上がろうとした円周の視界に影が差す。円周を見下ろすように、燕尾服の男が立っていた。