時の鐘   作:生崎

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サンジェルマン ④

「…… 暴走能力の法則解析用誘爆実験、お姉さん達は知ってるかな? いや、知らないかな。興味ないだろうしね」

 

 ダイヤノイドの中を歩き回りどれだけ時間が経ったか。勿体ぶるように時間を掛けて金色のツインテールと赤いランドセルを揺らしながら、木原那由他(きはらなゆた)釣鐘茶寮(つりがねさりょう)木原円周(きはらえんしゅう)の前を歩き独り言を口遊むように告げる。

 

 かつて木原幻生(きはらげんせい)が主導し、木山春生(きやまはるみ)も携わった『AIM拡散力場制御実験』と表向き称されていた実験。綺麗事で整えられたその裏にあったものは、AIM拡散力場を刺激し暴走の条件を探る為の物であった。

 

 実験の為、子供の子細なデータを取る為という名目の元、置き去り(チャイルドエラー)の子供達の教師に木山春生はなり、その生徒達を被験者として行われた実験。

 

 結果は誰もが知る通り、木山春生の生徒達は、木原那由他の友人達は昏睡状態に陥った。その快復手段を得る為に、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用申請を却下された木山春生は『幻想御手(レベルアッパー)』を作り上げ、枝先絆理(えださきばんり)達の信頼を結果として裏切った木山に恨みを向けて、木原那由他は復讐する為の力を欲した。

 

「それが何か関係あるんすか?」

 

 『幻想御手(レベルアッパー)』が結果として生み出した怪物、『幻想猛獣(AIMバースト)』と『超電磁砲(レールガン)』の激突くらいは釣鐘も知ってはいるが、細かい事は知らず、そして知らなくてもいいと素っ気なく返す。どうにも面倒臭そうな話に釣鐘は目を赤いランドセルから外し、さっさと拘束でもして尋問したいと頭を回すが、人の多い場所を選んで歩く那由他のおかげで派手な動きもできない。背後の二人が話を聞いているのかどうかも関係なく、那由他は一人言葉を続ける。

 

「別にないよ? いや、少しはあるのかな。……結局、絆理お姉ちゃん達は目を覚ました。覚ましてくれた。木山先生と美琴お姉さん達が頑張ったおかげでね」

「はあ」

「うん、それは本当に良かったよ。学園都市が生み出した『結果』の最高峰、超能力者(レベル5)が尋常じゃない人達だって事も少し無茶して知れたしね。個人的にはそこはもうある程度納得できたんだよ」

「はあ」

 

 適当に相槌を打つ釣鐘の事など気にも留めず、少しばかり那由他は足を早めた。友人を陥れた学園都市に、木山春生に復讐する為力を求め、もう誰かが実験台にならなくても良いように己が体を実験体として数多くの実験に差し出し、生身の体を七割ほど失い力を手に入れた。

 

 木山春生の真意を知り、『幻想御手(レベルアッパー)』を用いた計画を叩き潰した『超電磁砲(レールガン)』。その力と正当性を試す為に、友人との約束でなった風紀委員(ジャッジメント)として御坂美琴(みさかみこと)に立ち向かい、結果は敗北。思うところが那由他にもあるにはあるが、それでも一応の決着を付けた。

 

「でもね……不純物が一つ混ざってるよね?」

 

 薄く膨れ上がる那由他の感情の圧に釣鐘はランドセルへと目を戻す。

 

 不純物。

 

 風紀委員(ジャッジメント)として木山春生を追った初春飾利(ういはるかざり)白井黒子(しらいくろこ)超能力者(レベル5)として能力へのコンプレックスの結晶であった『幻想猛獣(AIMバースト)』と向かい合った御坂美琴以外にもう一人。隣り合っていた奴がいる。特に何かした訳ではないが、降って湧いたように現れた瑞西からやって来た傭兵が一人。

 

置き去り(チャイルドエラー)は欠陥品。でも……欠陥品を蔑む事は許さない。みんなは犠牲者なんかじゃない。学園都市が生み出した最高峰である超能力者(レベル5)。私を私にしてくれたみんながいたから、きっと私はそれに近付けるって、学園都市の誰もがそれを目指してる。なのにそんなの関係ないって言うみたいに超能力者(レベル5)にさえ向かい合う奴が一人いる」

 

 超能力者(レベル5)が学園都市に住まう学生達の夢である。その為に誰もが能力を磨き、時には不条理な実験の犠牲になっている。それなのに一人、それはそれ、俺は俺。能力者達の街にいながら開発も受けずに能力ではなく技術を磨いている頭のおかしい奴がいる。

 

 別にいいのだ。十人十色。中にはそんな奴だっているだろう。所謂変人。ただそれだけなら変わり者だというだけで誰も気にしない。ただそれが、学園都市第四位や第三位、第二位と戦い、尚且つ死なずに時には勝ってしまうような奴でなければだ。

 

「お姉さん達には分かるかな? それってある種の冒涜だよね」

 

 超能力者(レベル5)を目指し身を犠牲にしている者達が少なからずいる中で、能力の一文字も磨かずに、開発も受けない真に無能力者(レベル0)のまま学園都市の最高峰たる超能力者(レベル5)に並んでいる理不尽。それでは何の為に実験の犠牲になったものがいるのか、能力を磨いているのか分からない。行き着く先が超能力者(レベル5)であればこそ、どんな実験も必要だったと少なからず言うことはできる。それは犠牲ではなく、確かに超能力者(レベル5)に近付く為に必要だった功績だと。ただある種の者達の存在がそれを台無しにしている。

 

「能力者になる為に頑張って、結果無能力者(レベル0)ならまだいいよ、能力者になろうともしない人が何で学園都市にいるのかなって。それでいて超能力者(レベル5)と対等にやり合える、学園都市とは異質の力さえも使わずにってなあに? いや、うん、いいんだよ? そんな人もいるにはいるんだって知りはしたけど」

 

 能力開発を受けていないはずのどこぞの寮監が『超電磁砲(レールガン)』を拘束する様を、那由他自身見ているから。そういう人種もいるらしいと無理矢理飲み込みはした。飲み込みはしたが。

 

「なにかな傭兵って」

 

 それが全て。御坂美琴を拘束した女性も学園都市に住む大人ではある。超能力者(レベル5)を作り上げた科学者が能力者より先にいる以上、超能力者(レベル5)第一位を一方的に殴れる『木原』の男がいたりするのだから、そんな者もいるだろう。だが誰もが学園都市に関わりがある。どこぞの外から急にやって来た傭兵ではない。

 

 必要であれば相手を殺す事も普通にある白銀の槍を掲げる悪魔。木原那由他個人としても、『風紀委員(ジャッジメント)』としても早々見過ごせる相手ではない。正義の為に正しく力を振るうならまだしも、金を貰い、悪目立ちし、能力でも魔術でもなく磨いた技術で脅威を叩き潰す敵に望まれぬ来訪者。その存在が鼻に付く。

 

「個人的な恨みはないよ? でもね、割り切れないんだよ。風紀委員(ジャッジメント)としても、能力者としても、だから────」

「あのー、まだその話続くんすか? いい加減飽きて来たんすけど」

 

 感情の乗り出した那由他の言葉を、釣鐘は雑に頭を掻きながらばっさりと断ち切る。ぴたりと言葉を止めた那由他に欠伸を返し、ずっと口を挟まずに静かに歩いていた円周に目を向けられても態度を変えず、釣鐘は睡魔に少しばかり沈んだ目元を擦った。

 

「それってただ自分の力が及ばなかっただけでしょ? 能力どうこう以前に。力がある人が好き勝手できるなんて昔から変わらないものの一つっスよ。所詮子供っスね。世界は学園都市だけだとでも思ってるんすか? 能力者云々なんて学園都市の中だけでしか使えない。能力の波の色は見てて綺麗っスけど、それよりも綺麗なものがある。見た事ないでしょ貴女。命をゴミクズのように千切り葬る嵐のような技巧の冴えを」

 

 恍惚と小さな三日月を口元に浮かべた釣鐘を見てしまった一般人の通行人が物凄い勢いで顔を釣鐘から背ける。

 

 常人には不可能な超能力や、奇跡を再現する魔術とも違う、磨き抜かれた技巧の殺人術。能力者だの風紀委員(ジャッジメント)だの無数の肩書を削り落とした生物の根幹にある『死』と『生』。それに直接手を伸ばすような、近江手裏(おうみしゅり)の短刀術に忍者組手や法水孫市の狙撃や格闘術こそが釣鐘の欲するところ。人生を掛けて磨かれた死を振り撒く技で命を奪われる快感はどれほどか。それと比べれば、ただ普通とは違う事ができるんだと振るわれる方向性の定かでない超能力など、釣鐘にとっては駄菓子も同じだ。メインディッシュは別にある。

 

「好みの問題でしかないでしょうに。結局自分が気にいるか気に入らないかって話っスよね? 色々勿体つけて話してたっスけど、ようは貴女は法水さんが気に入らないってだけっスよね? 自分の気に入らない相手が自分が近くにいたい相手の近くにいるのが気に入らないなんて、見たまま子供のわがままだ。……で? 貴女はなにがしたくてここにいるんすか? 気に入らないらしい傭兵まで引き連れて」

「……ハムお姉さんは裏切ってから戻ってないから一応傭兵じゃないんだよ。風紀委員(ジャッジメント)として、色々理由が必要なの。それで何がしたいって試したいんだよ。お兄さん達の中身を。能力を必要としない、戦いしかできないお兄さん達がなんで……なんでッ…………だから茶寮お姉さんの相手は私じゃないの」

「みたいっスね」

 

 赤いランドセルから目を外し、壁を背に立っているハム=レントネンを歩く那由他の肩越しに釣鐘は見つめる。裏切り者であったとしても、時の鐘一番隊の天才。狙撃銃も背負っていないラフな格好のハムに少しばかり残念そうに釣鐘へ肩を落とすが、小さく息を吐き出してすぐに頭を切り替える。手ぶらでも、腕一本あれば人を殺せる技術を積んだ一流の傭兵である事に変わりはない。歩く速度を上げてハムの隣に立ち振り返る那由他の姿に、釣鐘と円周は足を止める。

 

「……貴女がハム=レントネンすね。法水さんから天才の先輩だって聞いてるっスよ。聞いた話だと第一位と第二位を同時に相手したって。イカれてるっスね貴女っ! あはっ! 普通やろうなんて思わないっスよ!」

「……あー、そんな事もあったね。できるのにやらない理由もないでしょ」

「ふーん……でも黒子に負けたんすよね? おそろいっスね私達」

「負けたね。だから? やたら口を回すけどそれが忍者の忍術ってやつなの? わたしに聞きたい事あるんじゃない?」

「んー? 貴女が法水さんを撃ったんすか?」

「うん、わたしが撃った」

 

 即答で肯定するハムに釣鐘は目を細め、口を開こうとした矢先、一歩円周が前へと出た為に口を閉じた。瞬きをする事なく円周の瞳がハムの波を拾い込み思考パターンを擦り合わせる。これまで考えていた予測を補強するようにハムの形を重ね合わし終え、円周は小さく横に首を振った。

 

「嘘だよ。ハムお姉ちゃんは撃ってないよ。ううん、正確にはちょっと違うけど」

「わたしが撃ったって言ってるんだけど」

「うん、でもね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。怪我の具合からして孫市お兄ちゃんの受けた銃弾は三発。一発目が腹部で残りをお兄ちゃんが避けて掠ったのなら分かるけど、転げ回った跡がなかったから二発が掠って三発目が腹部でしょ? それに時の鐘が本気で引き金を引いたなら、孫市お兄ちゃんは死んじゃってるはずだもん」

「敵のわたしを弁護する気?」

「うん。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうハムお姉ちゃんなら言うよね。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()とも言うんだよね。だからハムお姉ちゃんの弾丸は」

「ッ……今日初めて会う奴が分かったようなことッ」

「あっとー、相手が違うんじゃないんすか?」

「急に刃物をチラつかせないでよ。風紀委員(ジャッジメント)として、銃刀法違反で拘束しないと。お仲間の円周お姉さんもね?」

 

 短刀を掴み、僅かに刃を鞘から抜いた釣鐘を前に那由他へ小さく微笑み拳を握る。異様な空気と、居座る少女の腕に巻かれた風紀委員(ジャッジメント)の腕章を目に、通行人達は面倒ごとかとそそくさとその場を離れだす。

 

「茶寮お姉さんの相手は私じゃないよ? 能力者で本当なら少年院にいるはずのお姉さんの相手は裏切り者だよ。だから私の相手は」

「……那由他ちゃん」

「円周お姉さんだよ。『木原』なのに能力者にもならず『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の技術を掴もうとしてる欠陥品」

 

 ハムから距離を開けて横へと歩く那由他を追うように、円周も釣鐘から少しばかり距離を取る。どうしようかと釣鐘に円周は目配せするが、釣鐘は笑みを浮かべてハムから視線を逸らさない。釣鐘の名前を呼ぼうかと円周は少し思案するが、それを取り止め口を引き結ぶ。

 

「エリートである『木原』として不完全で、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』としても不完全。円周お姉さんが一番なにがしたいのか分からないよ」

「……『木原』なら、()()()()()()()()()()()()って那由他ちゃんのこと言うんだよね」

「それは円周お姉さんもだよ。円周お姉さんは誰の真似もできるけど、それは空っぽなのと一緒でしょ? いつも誰かの真似をしてるばかりで円周お姉さんはどこにいるの? どれも中途半端で『木原』にも『時の鐘(ツィットグロッゲ)』にもなり切れない癖に」

「『()()()()()()()、取ってつけたようにそんなこと言う那由他ちゃんに言われたくないよね。風紀委員(ジャッジメント)の知り合いなら私もいるけど、その子は同じ言葉でもそんな中身のない事は言わないもん」

「なあに? 円周お姉さん怒ったの? 円周お姉さんが? それともそれも誰かの真似?」

 

 少しばかりムッとする円周を前に、那由他は浮かべる笑みを深める。想いのベクトルの違い。ハムも那由他も釣鐘も己が為にここにいる。欲しい物が、やりたい事が、試し知りたい事が決まっている。ただ一人、円周だけがそれが薄い。銃撃された孫市の為、木山先生をあまり心配させない為、時間を共有した仲間達を大事に思う心は円周にも勿論あるが、必要なら味方でも背中から撃ち殺す『木原』足らんとする想いが、純粋な想いの引き出し方を阻害する。

 

 他人とはモルモット。心を寄せるものではない。

 

 それは違う。隣り合う者は尊ぶべき大切な相手。

 

 矛盾する二つの心が摩擦を生み、円周に奥歯を噛み締めさせる。

 

 

 ゴゴンッ!!!! 

 

 

 と、円周の中で渦巻く葛藤が具現化したかのように不気味な振動がダイヤノイドを包み不規則に揺れ、それが始まりの合図となった。

 

 釣鐘の姿が、那由他の姿が掻き消える。

 

 忍の身体能力と高性能義体の脚力。お互いを無視してそれぞれハム=レントネンと木原円周への距離を、踏んだ一歩で踏み潰す。

 

 隙。人体と高性能義体。まともに一撃でも円周に入ればそれで勝負は終わる。迫る拳に円周は身動ぎせず、ただ、那由他の拳は当たらない。ただのサイボーグが相手なら、能力者が相手なら一撃が円周に入っていたかもしれないが、那由他が『木原』であればこそ、『木原』が相手なのならば、隙を突いたつもりでも読み切れる思考パターン故にどこに拳が飛んで来るのか目を瞑っていても分かる。

 

 

 ────じゅる。

 

 

 それでも人体と義体の差故か、首を傾げた円周の頬を舐めるように那由他の拳が突き抜けた。頬を擦る摩擦熱に少しばかり眉を跳ね、半身になった円周の前を通り過ぎ、二歩目を踏んで体を反転させた那由他と円周が口を開いたのは同時。

 

「「()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが」」

 

 木原一族に伝わる戦闘術。木原那由他にそれを教え、これを極めた木原数多(きはらあまた)は、学園都市、超能力者(レベル5)第一位、一方通行(アクセラレータ)を一方的に殴る事さえ可能とした。対能力者に特化した体術であるからこそ、木原円周には当て嵌まらない。が、この技術の肝は相手の思考を読み切り攻撃を通す事にある。例え相手が能力者でなかろうが、流れを読んで隙を貫ければいい。

 

 能力者でもある那由他の能力は、『AIM拡散力場と、その力そのものを『見て』『触れる』事ができる』という円周相手には関係ないもの。同じ『木原』、同じ『技術』。思考パターンを読める円周の拳が那由他の顔に緩やかに埋まり、

 

 

 ────バチンッ‼︎

 

 

 瞬間、顔を反らした那由他の動きに円周の拳が滑り、目を見開いた円周の腹部に衝撃が走り大きく後方に飛ばされた。軋む肋骨の痛みと、優秀な頭脳故に『結果』を分析してしまう頭から齎される事実に顔を歪める。同じ技術、同じ思考パターン、それでも生まれる差は積み重ね。

 

「……円周お姉さんに私と同じ動きができたとしても『質』が違うよ。他人をエミュレートできる円周お姉さんの技術は面白いけど、曲芸みたいなものだよねそれって。円周お姉さんはいつも誰かの力を借りてるだけで、自分で一族の技術を磨こうとした事あるの?」

 

 木原数多に指南を受け、勘と経験で流れを読む領域にこそ辿り着けていないが、機械の体と己が能力で近しい領域まで自分で磨いた那由他の方が一歩先を行っている。身体能力の差さえ義体で上回っているのなら、例え思考をトレースされたところで押し負ける理由などありはしない。

 

「この技術は所詮下敷きで、発展の余地は多くあるんだよ? 数多おじさんや唯一お姉さんのように独自の技術にさえ積み上げられる。それを真似てるだけじゃ円周お姉さんは一生自分の技術を作れないよ」

「……うる、さい」

「怒ったフリ? それとも本当に怒ってるの? 空き箱みたいな円周お姉さんって分かりづらいから」

 

 必要以上に円周を煽る那由他の言葉に、チリチリと円周の中で火花が散る。そんな事は円周自身が誰より分かっている。誰の模倣だって円周はできる。約五千人の木原一族の思考パターンどころか、上条当麻の善性も、雲川鞠亜(くもかわまりあ)の可憐さも、法水孫市の羨望も。

 

 ただどんな『発想』を手にできても、その人物に完全に慣れるわけではない。どれだけ模倣をしても木原円周の思考パターンも同時に存在するからこそ。『不完全』。押された烙印を背負いそれでも続けるのは知りたいからだ。

 

 自分が何者なのか。他人を模倣し続ければいつかはその違いから見つけられるかもしれない。善悪の境界も、何もかも、誰も教えてくれなかった。ただ必要な事を、英知を、解析し分析できる頭脳があったが為に、教わらなくても一人勝手に『結果』を手にする事ができてしまう。ただそれが正しいのか間違いか、誰も教えてはくれない。

 

 だからせめて、一族である『木原』らしくあろうとすれば同じ『木原』であるからこそ、木原円周は『木原』になれると信じたのに。木原加群(きはらかぐん)にも木原那由他にも『不完全』、『なり切れていない』と判子を押される。

 

「……お団子、あなたそれでも『時の鐘(ツィットグロッゲ)』?」

「あ……う……ッ」

「能力者の力の流れを読んで、その隙を突く。こんな感じでしょ? もう何度も見たし。難しくはないよ。『流れを読む』事が重要だから、対無能力者にも魔術師にも使おうと思えば使える面白い技術。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の狙撃の技術と組み合わせたら、こんな感じにも使えるかな」

 

 飛んで来た手裏剣を避けながら、回し蹴りで掬い上げ、ハムは釣鐘へと手裏剣を返す。スカートの端を擦り床に転がる手裏剣の音に眉を跳ね上げ、釣鐘は軽く唇を舐めながら感嘆の吐息を零す。

 

「……いるんすよね貴女みたいな人。木山先生から『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は異常な知覚を持つ者が多いって聞いてはいたっスけど……異常な動体視力っスか? 見えれば別っスけど、空間移動能力者(テレポーター)の黒子の相手は苦労したんじゃないっスかね」

「……まーね。そう、わたしはあなたに負ける気しないやくノ一」

「あっはは! 言うっスねー貴女! その大口どこまで続くか見ものっス!」

「だってわたし天才だもん。才能や力って悲劇だよ。なまじそれがある者なら、その差がよく分かっちゃう。でしょ? お団子」

 

 肩越しに床に座る円周を見つめ、ハムは首の骨を鳴らして釣鐘に向けて足を出す。目で捉えたものを再現する同じ模倣者。そのはずなのに精度が異なる。作り上げられた下地の違い故か、体術の差が形作るものの差を生んでいる。才能だけではどうしようもない積み重ねた結晶。同じ場所に到達できるのだとしても、積み重ねた下地の厚み分差は縮まらない。

 

 それでも、木原円周は立ち上がる。

 

「まだ……私ッ」

「円周お姉さんも木原なら分かるでしょ? 思考パターンの隙をついて木原一族の技術で勝る私と、時の鐘として円周お姉さんの先にいるハムお姉さんどっちにも勝てない。全部を手放してそれでもやるの? 誰の真似もしない円周お姉さんには残っているものがあるのかな?」

「今はなくても……きっと、作るよ。ないなら作る! 今からでもッ! その為の何かがきっとある。私の人生の中にッ。孫市お兄ちゃんならそう言ってくれるんだよね!」

「結局またあのお兄さんの真似?」

「違うよ、お兄ちゃんの思考パターンに合わせなくたって、言ってくれた事があるもん。お兄ちゃんの真似をしなくても、お兄ちゃんは隣にいてくれるから。私にはまだ残っているものがあるんだよ」

 

 肩の力を抜き、円周はゆっくりと僅かに身を揺らす。己が鼓動を表現するように、誰の思考パターンにも合わせずに。教わり自分で積み上げた羨望の魔王の格闘術。まだほんの小さな積まれた山でも、積んだのは確かに円周自身。メトロノームのように身を振るう円周を目に、那由他は身構える事なく足を前に出す。

 

「付け焼き刃の技術でどうにかなるのかな?」

「それでも積み上げたのは私だもん。孫市お兄ちゃんのようにはできなくても、私にもできる事はあるよ」

「そうだね。『木原』の頭脳があれば拙い技術でも殺人術として振るえるかもね」

 

 一歩、二歩、足を止める事なく那由他は円周の間合いへと止まる事なく踏み入った。無防備に、隙だらけで。木原謹製の高性能義体技術あればただの打撃ぐらいどうだって事はない……という事ではなく。

 

「でも振るえるの? 体のほとんどが義体でも、私はまだ小学生だよ? 街を守る風紀委員(ジャッジメント)だよ? 好き勝手銃を持ち出して引き金を引く相手を止める理由なら幾らでも並べられるよ? …………孫市お兄さんを撃ったのだって、あのままじゃ今は傭兵じゃないハムお姉さんが、死んじゃってたかもしれないから」

「……孫市お兄ちゃんは、そんな事しないもん」

「かもしれないけど、絶対って言える? 腕一本あれば無防備な相手を殺せる技術を持ってる人だよ? 必要なら、迷わず振るうんでしょ? 円周お姉さんが無事だったのだってただ運が良かっただけ。何かが少しでもズレてれば、円周お姉さんもバゲージシティで殺されてたんじゃない? 違うって言えないでしょ? そんな人から教わった不完全な技を振るって円周お姉さんは私を殺さないでいられるの? 自信はあるの? 教えてよ」

 

 ずいっと円周の前に顔を出す那由他に、円周の足が僅かに下がる。既に拳の当たる位置。この位置からどう拳を振るえば相手の命を断ち切れるか円周の頭脳は容易に弾き出す。ただ、その通りに動けない。新しい何かを知らなければ、『木原』らしく振る舞っているだけでよかったのに。

 

(『木原』なら……ううん、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』なら……違う。『木原円周』ならどうするの? 『木原』らしく振る舞うの? 『時の鐘(ツィットグロッゲ)』らしく振る舞うの? どっちなの? 取り敢えず意識を断つ? それとも殺しちゃう? 何が正しいの? 何が間違ってるの? 私は……誰かの……いや、私は……)

「技術はあっても、手を出す為の何かが、どうしたいかがないんだよね? お姉さんて、いったい誰なの?」

 

 ピキリッ。

 

 ヒビが入ったような音が円周の中で響き、ヒビから感情の滴が垂れる。顔を歪ませて拳を握り込む円周からスキップするように遠去かる那由他を追って、円周が一歩を踏み締めた。

 

「円周‼︎」

 

 直後、釣鐘の叫びと共に、円周の足が床に()()。炭素系の物質でできているはずの堅固なはずの床が水面のように波打ち、開いた大穴が円周の体を飲み込んだ。足は虚空を踏むばかりで、円周の体が下へと落ちる。スライドするように視界の上へと消えてゆく那由他、ハム、釣鐘を見つめて数階分下へと落ちた途端、ぼちゃんと水溜りに足音を落としたような音が響き、円周の体が大の字に床の上に浮かび上がる。

 

 円周が目を瞬いたところで、天井や床に開いていたはずの大穴は幻のように消え去ってしまっており、現実に頭が追い付かない。体が気怠く、上手く力も入らない。

 

「……茶寮ちゃん」

 

 それでも、まだ釣鐘茶寮が戦場にいる。

 

 ただ一人、ハム=レントネンと木原那由他の前に残されている。この隙を二人が見逃すはずもなく、元の場所へと戻るまでに掛かるだろう時間を円周はすぐに弾き出し、辿り着いた時に待ち受けているだろう結果を予測する。予測してしまう。予測できてしまうからこそ、円周の中で何かが揺れ動いた。

 

「────茶寮ちゃんッ」

「おや、こんなところで寝ては風邪を引くぞ。どうかしたのかなお嬢さん?」

 

 立ち上がろうとした円周の視界に影が差す。円周を見下ろすように、燕尾服の男が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

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