時の鐘   作:生崎

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サンジェルマン ⑦

 目を鋭く尖らせる木原那由他と向かい合い、法水孫市は肩を落とす。小学生で風紀委員(ジャッジメント)。これほどやり辛い相手もいない。

 

 『時の鐘(ツィットグロッゲ)』として学園都市の防衛を請け負っているだけに、上からの指示がなかろうともダイヤノイドが封鎖される明らかな異常事態に加えて魔術師にハム=レントネンまで関わっている案件を見過ごせるはずもなく、ただ状況をある程度整理したところで未だ問題の核心も見えない。

 

(釣鐘はなんか狸寝入りしてるし、円周はなんだか身の内の波長が変わった感じだが……無事ではあるか。狙いはこの二人のどちらかだと思ったが当てが外れたかな? 俺を餌に二人を誘き出し、二人を餌に俺を誘き出した? まどろっこしいな。目的が読めん)

「……それで? お兄さんは『時の鐘(ツィットグロッゲ)』のなにを教えてくれるのかな? 『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が人殺し集団だってこと? 超能力者(レベル5)にも劣らない素晴らしいものがあるってお兄さんも言うのかな? ただの異常者集団の癖に」

 

 向けられる那由他の敵意は釣鐘や円周にはもう向かず、孫市だけを強く射抜く。その視線の強さに孫市は口を引き結ぶと、肘で隣に立つ黒子を小突いた。

 

 那由他の相手は自分であるらしいと言葉には出さずに一歩を踏み出し、肩を竦めた黒子はハムの方へと向かい合う。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』と『風紀委員(ジャッジメント)』が二組。目指すものは同じでも、過程がまるで異なる者同士が顔を突き付け合う。

 

「まあ、人殺し集団というのは否定しないがな。傭兵とは言え軍隊だ。戦争するのが仕事なんだからな。ただ超能力者(レベル5)に劣らないかどうかは俺の決める事ではない」

「じゃあ誰が決めるの?」

「それこそ超能力者(レベル5)が決めるのだろうさ。能力者の頂点。そこに至った者達にしか分からない事もあるだろう。能力者としての積み重ねを持たない俺が彼らの素晴らしさを否定できるはずもないし、比べる事自体おこがましい。俺が言えるのは、劣っていようがそうでなかろうが必要ならば向かい合うという事だけだ。今お嬢さんと向かい合っているように。誰が相手でも変わらない。それがお嬢さんの知りたかった事なのか?」

「……ううん。私が知りたいのはね、無能力者(レベル0)の能力者も目指さない人がどこまで届くか。証明してよ私にッ」

 

 那由他の体が搔き消え、振るわれた拳が孫市の顔に埋まる。硬い音は響かず、ぐにゃりと孫市の体が折れ曲がると、腹部の傷が僅かに開く感触に歯噛みして、無限の字を全身で描き吹き飛ぶ事なく元の位置へと足を落とした。腕を振り切った那由他の肩に左手を置き、右手で腹を摩りながら首の骨を鳴らす。

 

「それがお嬢さんの必死なのか? 証明しろか。生憎方程式みたいな便利なものは持ってないからな。お嬢さん自身が勝手に知ればいい。俺自身は変わらないのだし……あぁ腹が……」

「なんなのそれッ」

「技だよ。誰にでもやろうと思い磨けばできる俺の積み上げたただの技術さ」

 

 瞳を那由他に流す孫市に牙を剥き、那由他の右目が閃光を瞬く。フラッシュ発生機能を用いての視覚を潰しての死角からの一撃。それを避ける事なく孫市は身に受け、再び蜷局を巻いて元の位置に足を落とした。腕を振り、足を振るう。叩き付けられる那由他の拳や蹴りに渦を巻き、孫市は一歩も元の位置から動かない。右手から弛緩剤の注射器を伸ばし突き刺そうと動けば、注射器の針が振り上げられた孫市の肘にへし折られ、肘から伸ばしたケーブル切断用のブレードは落とされた踵にへし折られる。

 

(隙……ッ、流れの隙がッ)

 

 存在しない。波を巻き込み渦巻く中心点。手の届く打撃の応酬では、木原那由他の一撃では、一歩も孫市を動かせない。ただ戦いの為に磨かれた肉体と技術。能力者であったならそれを暴発させる事もできるのに、無能力者(レベル0)だからこそ那由他の超能力は役に立たない。能力者とは別の積み重ね。その厚みに弾かれる。

 

 ゆらりゆらりゆらゆらと、海の中に漂う海藻のように体を左右に泳がせる孫市を前に、那由他の足が一歩下がった。暴力の化身。脅威に脅威で向かい合い立ちはだかる者。足を下げた那由他を追う事なくその場に佇み変わらぬリズムで息を吸い込み吐き出す。懐から軍楽器(リコーダー)を取り出し連結させて、軽く孫市は床を一度小突いた。

 

「やめておけよお嬢さん。それを引いても変わらないよ。お嬢さんに殺す気はないんだろうし。そんなお嬢さんを俺だって殺す気はない」

 

 懐から拳銃を取り出そうと手を動かす那由他を諫め、孫市はフラッシュに潰された視界を、瞼を瞬き安定させる。視界を奪われようとも動きは変わらず、その事実に那由他は強く目を見開いた。目にしているのは同じ人間のはずなのに、まるで生物として異なる。体が機械という訳でもなく、能力者という訳でもない。ただ積み上げ続けた技術だけが城壁のように立ち塞がる。

 

 

 ────タァンッ! 

 

 

 ────キィンッ! 

 

 

 そんな間の抜けた音が二つ。拳銃から吐き出された弾丸を、間に差し込まれた軍楽器(リコーダー)が弾いた音。偶然ではない。銃口の向きから弾丸の走る道を予測して軍楽器(リコーダー)を道筋に置かれただけ。迷う事なく。当たり前のように。ただそれだけ。

 

「試したいなら幾らでも試せ。俺はなんであろうと並んでやる。その代わり終わったなら話してもらうぞ。お前達の目的を」

「こん……なのッ⁉︎」

 

 どう止める? 一歩を踏み出す孫市に合わせて一歩那由他の足が下がる。孫市が何をやっているのか那由他にも理論は分かっている。分かるからこそ、それを形にしている異常さまでもよく分かる。何をどう積み上げればそこまで辿り着けるのか。魔術師、超能力者(レベル5)、聖人、トール。並び合いたい者達を追い続け、磨かれ削られ生まれた技術の結晶。その積み上げられたものの分厚さを穿てるイメージが那由他には湧かない。

 

 眠っていた獅子が起き、その牙を納めさせる事はできるのか。眠っているならそのままにしておけばいいものを、一度起きてしまったならば、止める為の手など存在しないのではないか。平穏な世界に生きる者はただ蹂躙され、いつか大事な人にも魔の手が伸びてしまう。本人にその気がなかろうとも、破壊の為に磨かれた力が何に向くのか。それが恐ろしく不安なのだ。

 

「……お兄さんはッ、なんでそこまで上ったの? どうやってッ」

「輝かしい者達がそこに居たから。足を引っ張るような暇があるのなら、自分を磨き追いつく以外にやるべき事などないだろう。『才能』とか『魔術師』とか『超能力者(レベル5)』とかそんな事は知ったこっちゃない。望む場所がそこにあるのなら、輝かしいものが消えてしまう前に必死に前に進むしかない。お嬢さんは違うのか?」

「違くない! ……違くないのにッ! エリートである木原ならッ、実験体として私はッ、なのにッ! 誰の力も借りずにッ」

「それは違うな」

 

 吐き出される那由他の言葉を受け止めて、孫市は構えを解くと軍楽器(リコーダー)で己の肩を数度叩いた。絶賛狸寝入り中の釣鐘や座り見つめてくる円周に目を流して那由他へと顔を戻す。

 

「誰かがいるから俺はここに立っている。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』という形式もそれにはあまり関係ない。お嬢さんは木原だから、実験体だからそこに立っているのか? 違うだろう? お嬢さんが木原那由他だからだろう? それ以外に理由はないはずだ。釣鐘も円周も、釣鐘茶寮であり木原円周だからここにいるんだ。そうであるから俺はお嬢さんに並ぶんだよ。個人でもなく大きな名前に引っ張られ過ぎだ」

「そうだとしてもッ、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が危険な集団である事には変わりない。この学園都市で、頂点にいる超能力者(レベル5)にも平気で牙を剥くようなお兄さん達が暴れたら、誰が止めるって言うの? それだけの力を身に付けてッ」

「ん? ……ん⁉︎」

 

 なんだか超能力者(レベル5)と殺り合うような話になっているが、孫市としてはできれば超能力者(レベル5)なんて化物みたいな者達とは、技を競い合うだけならまだしも殺り合いたくはない。暴れるも何も仕事でもなければ暴れる事など早々ないのであるが、那由他の中ではただの戦闘狂の荒くれ者ぐらいにしか思われていないらしい事実に孫市は頭を痛めた。誰が止めるも何も、必要がなければ牙を剥く事なんてないし、牙を剥く気もない。

 

 そんな孫市の背後で影が伸び、那由他は奥歯を噛み締めた。

 

 ハム=レントネン。法水孫市と同じ『時の鐘(ツィットグロッゲ)』。

 

 研ぎ澄まされた暴力が、孫市と違い殺気さえ孕み孫市に伸びる。相手を壊し殺す。超能力以上に単純な磨かれた暴力。その鋭さこそ、容易に受け止められる訳もないと理解できるからこそ項垂れる那由他の先、孫市の背後でツインテールが鏡合わせのように重なり合い、身動ぎすらしない孫市の横へと振り落とされたハムの蹴りを黒子が逸らした。

 

「馬鹿ですの貴女は。自分の腕に巻かれた腕章に一度目を向けなさい。誰が止める? そんな事決まっているでしょう。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』であろうと『超能力者(レベル5)』であろうと、間違っていると目にしたのなら」

「……黒子ッ、邪魔!」

「邪険にされるのも風紀委員(ジャッジメント)の役目ですわね。またお暴れになって、理由はなんとなく察しますけれど、我慢のできない猟犬ですの貴女は」

「……なんで来たの?」

「鏡でご自分の顔をご覧なさい。理由はそこにありますの」

 

 苦い顔を浮かべるハムは、廊下に並ぶ窓へと目を流そうとして途中で止める。どんな顔をしているのか、見なくてもなんとなく分かるから。疑心に蝕まれ、矛盾に心を焦がした顔。間違っているかもしれないと分かっていても止められない。欲するものが目の前にあるかもしれないのだから。

 

「黒子は退いててよ、今来られても黒子にできることなんてない。私はイチに聞かなきゃならないの」

「何をですの?」

「わたしの両親を殺したのは、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』なんじゃないかって」

「はぁぁぁぁッ⁉︎ なんでそうなったッ⁉︎ おいハム、幾らなんでも」

「孫市さんは口を閉じていてくださいまし」

 

 背を向けあったまま、振り返ろうとする孫市に黒子は後ろ蹴りを放ち、その衝撃に軋む腹部の傷を孫市は摩る。ハムの目が冗談ではないと告げるからこそ、黒子は大きなため息を吐き、親指で孫市の背を指差した。

 

「本気で言ってますの? コレがそれに関わっていると? 貴女のご両親を殺したと?」

「……『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は外さない。わたしだって分かってる。だからこそ護衛についていたはずなのにわたしの両親を殺した相手の尻尾も掴めないなんて」

「言いたい事は分かりますけれど、常に物事を完璧にこなせる者などいませんわよ。だから人は努力を続ける。本気でその与太話を信じたのなら、貴女は『時の鐘(ツィットグロッゲ)』失格ですわね。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は自分が目で見たものしか信じないのでしょう? 貴女はこれまで何を目にしてきましたの? 言葉以上に、それが貴女の真実なんじゃありませんこと?」

「でも……」

「面倒くさいですわねまったく。孫市さん?」

「え? 俺が悪いの?」

 

 苦々しく絞り出された黒子の声を背に受けて、孫市は冷ややかな汗を垂らす。那由他やハム以上に背にする風紀委員(ジャッジメント)が恐ろしい。肩を落とし顔を青くする『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の姿に那由他は目を瞬き、黒子の腕に嵌められた風紀委員(ジャッジメント)の腕章を見つめた。

 

「疑ってばかりいては本当のことなんて何も見つかりませんわよ。そうやって身を削って、もし本当の復讐相手に辿り着いたとして、それさえ本当なのかと疑心に明け暮れるだけでしょう。ハムさんのこれまではそんなに疑心塗れの軽いものですの? 一ヶ月近く何をしていたのか知りませんけれど、わたくしは約束通り来ましたわ」

「……黒子ッ」

「わたくしは貴女が迷っている間、ちゃんと前に進みましたから」

 

 振るわれるハムの拳を捌き、黒子は横へと受け止めず流す。相手を穿つ為に効率よく急所に向けて振るわれる暴力。孫市との、何より忍者として隙あらば必殺を差し向ける近江手裏(おうみしゅり)との組み手のおかげで、身をもってその軌道を体に叩き込まれた。横に流された勢いのまま身を捻り放たれるハムの肘打ちに、黒子は背後に跳んで避け、孫市の背を踏み台にハムを飛び越えるように飛び上がる。

 

「えぇぇっ」

 

 前に突っ伏す孫市の情けない声を聞き流しながらハムが上を見上げるように振り返った先に黒子の影はない。死角から死角への空間移動(テレポート)。目に見える距離を狂わせるのではなく、そもそも位置を把握させない。それならそれで顔を向けずとも死角に向けて拳を伸ばせば事足りる。背後へ振り切るハムの拳が虚空を薙ぎ、拳一つ分離れた位置に黒子が立っていた。

 

 二つの足が同時に踏み出される。お互いに距離を詰め、空間移動(テレポート)するならしてみろと周囲に意識を散らしながら踏み込まれたハムの足に合わせ、黒子はスライディングするかのように身を滑らせ、踏み込まれてはいない残った足を掴み引く。つんのめるように前へと身を崩したハムはそのまま体を横に回して黒子の手を外そうと回るが。

 

 ひゅるり。

 

 勢いに逆らわず同じ方向に体を捻りながら、そのままハムの体を黒子は投げ捨てる。鍛えられた体。膂力の差はどうしようもない。だから力ではぶつからない。足りない分は相手の力で補い埋める。空中で身を捻り着地するハムへと黒子は突っ込み、それに拳を振るうハムの目の前で、拳一個分黒子の体が後方に跳ぶ。

 

 間を合わせられれば空間移動(テレポート)であっても関係ない。攻撃は必ず通る。だからこそ間を外す。刹那の取り合いこそが黒子の戦場。間合いを制する。一撃を通す為の空間移動(テレポート)ではなく、一撃を通す為の布石としての空間移動(テレポート)。黒子の目の前を通り過ぎるハムの拳を追い足を踏み切って腕を掴み、それを振り払おうと動くハムの動きを利用してハムの体を再び投げる。

 

 床を転がり身を起こそうと動くハムの体が、差し押さえられるように一瞬固まった。空間移動(テレポート)の早撃ち。ジーンズの裾を穿つように刺さっている鉄杭に奥歯を噛み、力任せに立ち上がろうとするハムの体を掴み、そのまま上へと力の流れに逆らわず黒子は投げ捨てた。

 

「……あれは、なんなの?」

「なにって風紀委員(ジャッジメント)だろ」

 

 那由他の零す疑問に身を起こしながら孫市が零し微笑む。風紀委員(ジャッジメント)。命を決して奪うことなく力を統制する。学園都市に居座る正しき審判者。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』だろうが『超能力者(レベル5)』だろうが『木原』だろうが『忍者』だろうが関係ない。学園都市の平穏を守る事こそが役目。

 

 投げ捨てられたまま少しの間ハムは寝転がり、小さく息を吐き出すと身を起こす。約束を破らない黒子の力の感触を確かめるように緩く手を握り締めて。

 

「……うん、そんな感じ。()()()

「もったいない力の使い方しますわね貴女は。奪うよりも素敵な事ができるでしょうに」

「……黒子は裏切らないね。イチも……きっと同じ。そーだとしても、じゃあわたしは? わたしは二人みたいには」

「なぜそこで諦めるんですの? 復讐を諦めない貴女なら、それを諦めない事もできるでしょう? 前を見なさい。わたくしも孫市さんも貴女の側にいるのですから。それもちゃんと忘れず覚えなさいな」

「……黒子って、ちょっとボスに似てる」

「どこが⁉︎」

 

 ひゃっほー狩りの時間だ万歳! と、どこぞの総隊長の癖にデスクワーク大嫌いな戦闘狂教師と似ているなど御免だとツインテールを畝らせる黒子の背後で、孫市は腕を組んでしばらく唸ると小さく頷く。それを察して刃のような視線を差し向けてくる黒子から孫市は大きく顔を背けると一度誤魔化すように咳払いをした。ただ突き刺さる視線は外れてはくれない。

 

「ねえイチ、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は」

「言っておくが、お前の両親殺すぐらいだったら俺は自分の頭を撃ち抜くね。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』舐めんな。そんなものに俺が並びたいと思うと思うか? 寧ろ本当にそうだったら、俺はお前の味方をするよ」

「……そー。そーだと思った」

「ならこんな事しないで欲しいですわね」

「え? なに? 満足した感じなの? 俺超絶撃たれ損じゃね?」

「いやいや、そんな事もないさ」

 

 低い男の声が空間を揺さぶる。

 

「ッ⁉︎」

 

 声のする方へと孫市が振り向く間もなく、壁が、天井が、床が波打つ。身に流れる魔力に沿うように形を変えて伸びる尖端から逃れるよりも早く、呆けている那由他を引き寄せ転がる孫市の肩や腕に槍の先端が僅かに突き刺さり朱線を引いた。

 

「……お兄さん、なんで」

「なんでもクソもあるか! 市民の安全が第一だからな。黒子ッ!」

「……えぇ、取り敢えずはさっさと撤退した方が良さそうですわね」

 

 完全なる不意打ち。掠ったのか、黒子だけでなくハムさえも巻き込んで伸びた針の筵が、腕や足を擦り血を垂らす。建物全体を覆う魔力の檻。ダイヤノイドの中に逃げ場はない。燕尾服を着た男を睨み付ける孫市の腕の中で、那由他が、少し離れた先でハムと円周が各々驚愕と苦い顔を浮かべて燕尾服の男を見やる。

 

「なんで? 話が違う! おじさんは場を整えるだけで何もしないって! 今殺す気だった?」

「別に餌は彼女達でなくとも構わないのだよ。君達でもね。『風紀委員(ジャッジメント)』にとっても、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』にとっても、無垢なる者がいればそれが餌となり得る。関わりがある者の方が効率がよかっただけの話さ」

「……おじさん? どうして……」

「また会う事になると言っただろうお嬢さん。君がちゃんとここに辿り着いてくれて良かった。バラバラに散っているままだと彼らがどこに向かうか分からなかったからね。お嬢さんには言っていなかったな。私はサンジェルマン。私が黒幕だ」

「そ……んな……」

「サンジェルマンだと? サンジェルマン伯爵? お前が?」

 

 手を垂れ下げる円周を一瞥し、孫市は目を戻して頭を回す。

 

 サンジェルマン伯爵。

 

 十八世紀のヨーロッパで活動していた貴族であり、音楽家であり、錬金術師であり、タイムトラベラー。ソロモン王やシバの女王らと面識があったとか、十字軍に加わったとか、不老不死であるとか、金剛石(ダイヤモンド)の傷を消せるなど、兎に角話題に事欠かないが、それはサンジェルマンが生前に敢えて否定しなかったが故の与太話。そうであるはずだった。世界的に有名なただの詐欺師。本物が目の前にいさえしなければ。

 

「急にやって来てサンジェルマン? ほう、なら教えてくれよ。未来はどうなってるのかな?」

「ふむ、そうだね。君達のおかげで酷いことになっている。と言ったところで君は信じないだろう?」

「俺は自分が見たものしか信じない。つまりお前が敵だと言うなら、それさえ分かっていればいい。目的はなんだ?」

 

 孫市の問いにサンジェルマンは絹張り帽子のツバを軽く引くと、手に握る杖で床を小突く。その波紋に揺らめく魔力の波は牽制であるのか、孫市は動かずサンジェルマンを見据えた。

 

「なかなかせっかちだな君は。私は一〇〇年単位で時を渡り、そうして世界を眺めてきた。そんな中で争いの基点になる者がいる。例えば『時の鐘(ツィットグロッゲ)』、例えば『木原』、上条当麻、超能力者(レベル5)。本人にその気がなかったとしても争いとなる大火を生む者。私も君達と同じだよ。平和を憂いている。そんな君達を纏めて潰せれば手っ取り早いと思わんかね?」

「……どうにもお前は大義名分を掲げた殺人鬼にしか見えないんだが? だからハムと木原那由他を(そそのか)し、釣鐘と円周を誘き出し、学園都市で時の鐘の支部長をやっている俺を誘き出したのか? それを始まりに次は俺達の死を餌に次々と争いの種火になる奴を殺すのが目的?」

「まあそんなところかな」

「うそ……そんなの……」

 

 項垂れる那由他に目を落とし、孫市は小さく舌を打つ。サンジェルマンの波紋に乱れはないが、言っている事がチグハグだ。本当にそうであるのなら、那由他に撃たれた段階で孫市を殺しておけばいいだけの話。ここまで引っ張り『木原』に『時の鐘(ツィットグロッゲ)』を纏めて潰すのが目的だとしても、餌にしたって潰す相手がどうにもしょぼい。『木原』にも『時の鐘(ツィットグロッゲ)』にもまだ上がいる。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』を潰すなら総隊長でも部隊長でもない支部長を真っ先に狙う必要性は薄く、『木原』に至っては一人二人潰したところでは意味もない。つまり言っている事は嘘っぱちで本命は別。そこまで考え、孫市は抱えていた那由他を黒子へと投げ渡した。

 

「跳べ黒子! 人命救助が最優先だろ! 出入り口に避難の為に纏めてる奴らも任せたぞ! だから脅威は俺達に任せろ!」

「孫市さんそれは!」

「ふむ、君なら分かるだろう? ダイヤノイドから逃げ場はないぞ?」

「お前は平和を憂いているんじゃないのか? 一般市民や風紀委員(ジャッジメント)は関係ないだろう?」

「私が逃すと思うのかね?」

 

 間違いなく逃す。孫市は笑い言葉にはせずにサンジェルマンの前から動かない。背後で消える黒子とハム、那由他の気配を感じながら、孫市は小さく息を吐き出した。例え嘘でも、そういうことにしているのなら、無理に追うことはしない。始まりが孫市を餌にしている事に違いはないなら、本命の目的はこの場にこそある。釣鐘か、円周か、孫市か。いずれにしろ、黒幕が目の前にいるのならやる事は同じ。

 

「円周、立てるか?」

「お兄ちゃん……私、あの人が黒幕だって知らなくて」

「何があったか知らないが気にするな。今できることをやればいい」

「二対一で私に勝てるかな? 『魔神』であるこの私に」

「魔神? お前が? そりゃ気づかなかったな。ただお前も気付いてないようだから言っておくが、二対一じゃあなく、三対一だ」

 

 ズルリとサンジェルマンの足から鉄の針が伸びる。棒手裏剣。寝転がっていた釣鐘は含み笑いを零しながら起き上がり、緩やかに跳び上がり身を翻すと、円周と孫市の間に降り立つ。

 

「私が起きてるって気付いてたのかと思ったら気付いてなかったんスね。ちょっと拍子抜けっスよ。法水さん手錠外してくれません?」

「痺れ薬を仕込んだ釣鐘の手裏剣は魔神に効くのか気になるなぁ? なあ釣鐘」

「そうっスね。あの手錠外してくれません?」

「同じ事が言えるのか? 魔神相手に三対一で勝てるのかってな」

「あの手錠……」

「……ふむ、では言おうか? 三対一で勝てるのかね?」

 

 かつりッ、と靴が床を蹴る音がする。それも一つや二つではない。通路の先から、前から後ろから、年齢も性別も体格も違う癖に、全員が同じ燕尾服に身を包んだ集団。手の指では数えるのにも足りない。それも誰もが同じ波紋を浮かべている。

 

「……サンジェルマンは大家族の代名詞じゃないよな? ダイヤノイドを操るだけでなく精神系の魔術まで使うのか? 嫌いなタイプだお前。だがお前さえ打ち崩せば」

「それは意味のない事だ。私はサンジェルマン。そして()()()

()()()()()()()だ。よろしく少年』

 

 誰もが同じ言葉を発し、それを合図とするように床や天井から槍が伸びる。孫市達を取り囲むように蠢く槍を見つめ、それが伸び切る前に孫市は背負っていた狙撃銃と軍楽器を連結させるとボルトハンドルを強く引いた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 孫市の動きを察して円周が逸早く思考を読み取り、取り出した一発の弾丸を放り込む。

 

 ────ガシャリッ! 

 

「走れ」

 

 短く告げると共に火を噴く狙撃銃。炸裂弾が槍の檻の一部を吹き飛ばし、迷う事なく三つの影が空いた穴へと滑り込んだ。振り返る事なく足を出す。立ちはだかるサンジェルマンの体勢を先頭を駆ける釣鐘が崩し、その道を押し拡げるように孫市は走った。

 

「二人ともあまり離れるなよ! 魔力の波は俺が読んでやる! 指示するから避けろ!」

「それはいいっスけどどうするっスか! あの技多分床に大穴開けるように無茶苦茶な奴っスよ! 逃げ場なんて」

「大穴ッ⁉︎ ……なるほど、かもしれないが、大きく構造を弄り動かすには時間がいるんだろ。多分あの槍みたいに一点に向けて伸ばすのが一番簡単で手っ取り早いんだ。強度はお察しみたいだが、そうでないならもっとダイヤノイドを自由自在に操っているはずだ! 壁や天井で俺達を押し潰すとかな!」

「でもそれって時間を掛ければできるかもって事っスよね?」

「……多分」

「じゃあここ化け物の腹の中と変わらないじゃないっスか! くうッ、そんなのッ」

「なあお前まさか喜んでないよね? この状況楽しんでないよね? 手錠壊してやらんぞ」

「それは勘弁」

 

 真顔に戻る釣鐘に肩を竦め、捻り突き出した銃身で孫市は釣鐘の手錠の鎖を断ち切る。両腕が自由になったと手を揺らす釣鐘と、力なく走る円周を見比べて孫市は円周の背を軽く叩いた。

 

「円周、あいつの思考パターンを探れるか? 何を考えてるのか目的が知りたい」

「もうやってる。やってるんだけど……薄っぺらい思考を常に塗り重ねてるみたいで読み切れないんだよ。ただ確かに分かるのは、自分はサンジェルマンだって信じてる事だけ」

「これも稀代の詐欺師のなせる技か? 面倒な……。ミサカネットワークのように意識を共有してるのか……レーシーの魔術のような隷属化か……それともジャン=デュポンの奴が使うような魔術なのだとしたら最悪だな。全員が本体で本物だ。全員を一度に叩ければ別なんだろうが」

「全員を一度に……? お兄ちゃん! 孫市お兄ちゃん! それできちゃうかも!」

「……マジで?」

 

 嬉しそうに顔を華やかせる円周の表情を目に、孫市と釣鐘へ顔を見合わせると首を捻る。円周が何を思い付いたのか、二人にはさっぱり分からない。無数のサンジェルマンを一度に叩き潰す方法。それを一人、思い付きを煮詰めるように円周はぶつぶつと口遊む。

 

「ダイヤノイドにはテレビ局があるから……制御盤を弄って光と音を使って視覚か聴覚から感情を打ち込めるはず。感情のバランスを崩せれば一時的でも動きが止まるのは確認済み。打撃で伝えるのはまだ不完全だけど……テレビ局を学習装置(テスタメント)の代わりにして電気的に情報を入力すれば完全に通るはずだよね? より強力な感情をぶつけられれば、動きを止めるだけじゃなくってきっと……」

「円周?」

「お兄ちゃん、テレビ局に向かいたいの。できるか分からないけれど、信じてくれる?」

「当たり前だろ円周。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』なら外さない。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』ならそう言うんだって『木原円周』ならそう言うんだろ? だからできるって言え。並んでやる」

「面白そうな事なら歓迎っスよ。テレビ局はダイヤノイド中層。地獄の道のりになりそうっスけどね」

 

 笑う二人に並び円周も前を向いて走る。追って来るサンジェルマン達には目を向けず、目的地が決まったのなら迷わない。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』なら外さない。引き金を引いたら外してはならない。今は隣り合う誰かがいる、手を強く握り締め、吐き出す為に必要なものを円周は手の中に握り込む。

 

 

 

 

 

 




創約の方で遂に第六位が出たそうでね……へへへっ。

そこまで辿り着いたら上手く擦り合わせよう……別に問題の先送りじゃないよ?本当だよ?

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