時の鐘   作:生崎

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サンジェルマン ⑨

 プラシーボ効果。又は偽薬効果。

 

 思い込みによって怪我や病気が治ると言うアレである。一九五五年にヘンリー=ビーチャーがプラシーボ効果の研究報告をした事によって広く世界に知られる事となった。

 

 何の効果もない偽薬を投与したにも関わらず、ただの思い込みで癌さえ改善し、『ダミー手術』という実際に手術をしていないにも関わらず、手術した者と同等の回復が見られたという結果さえあるにはある。

 

 ただ、気を付けなければいけない点があるとすれば、良い結果があればその逆も然りという事だ。

 

 副作用の起こるはずのない薬での異常な副作用の発症。健康そのものの相手に対して『余命三ヶ月』と偽の診断結果と共に伝えた結果、本当に三ヶ月で死亡した。などと、必ずしも現れる結果は改善だけではない。

 

 いずれにしても言える事は、医療行為だけの話でなく、『思い込み』というものには、生死さえも左右できるだけのパワーがあるのだ。その『思い込み』が筋力や能力、魔力に関係ない身体の内側から溢れるものであればこそ、より強大な本能を持つ者の精神が己が理性とは関係なく爆発すればどうなるか。

 

 一般的な精神でさえ生死を操れる程であるのなら、それはきっと入れ物さえも変異させる程のエネルギーがあって然るべし。

 

 

 人間の体は本能の入れ物としては脆過ぎる。強大な『原罪』と見合っていない。

 

 

 であるならば、理性の檻を破り抜き、人の体では抱え切れなくなった本能が、必要なだけ動けるように体という入れ物を捻じ曲げる。最低限本能のままに力を振るい切れるように。感情を統べる魔王達が顔を出す。その時こそが始まりで終わり。だからそれを告げる花火はできるだけ大きな方がいい。

 

 だから決して、麦野沈利が『原子崩し(メルトダウナー)』で焼き切った階段の扉の先の天井にぶら下がっている()()()()()()()()()()が本命ではないのだ。

 

 それを見上げて法水孫市は目を細め、煙草を咥えて火を点ける。

 

「ちょっと法水アンタね! 地下で煙草なんて吸ってんじゃないって訳よ! 服に匂いが付くでしょうが!」

「……ダイヤノイドの人工重力制御装置ねぇ、手を加えればブラックホール爆弾か。……フレンダさんやったの?」

「……な、なにが?」

「やったわね」

「超やりましたねフレンダ」

「……な、なにをかな〜って」

「……フレンダ」

「やめて滝壺! そんな悲しそうな目で見つめないで欲しいって訳よ! だいたい保険はどれだけあっても困らないでしょうが! なに? 私が間違ってるって訳⁉︎ 結局暗部としては正しいでしょこれは‼︎」

「急に逆ギレしてんじゃねえぞッ!」

 

 麦野のアイアンクローがフレンダ=セイヴェルンの頭蓋骨を軋ませる。少女の絶叫を聞き流しながら、孫市は天井目掛けて紫煙を吐き出す。あるものはあるのだからどうしようもない。問題はその制御権をフレンダが持っているかどうかなのであるが、炭素を操れる魔術師が相手でダイヤノイドにいる以上制御権などあってないようなものである。

 

「状況としては()()()()と言っても過言じゃないんだよ。ダイヤノイドには上条も禁書目録(インデックス)のお嬢さんも()()もいる訳だし、狙われるだけの理由を持つ者がバラエティ豊かに揃っているのだしな。上条と浜面はどこにいるのやら」

「一足先に来ているかもな。なにせサンジェルマンの狙いはお前だそうだぞ傭兵」

「……そっちでは()()()()()()になってる訳ね」

 

 小さく舌を打ち、孫市は歩きながらライトちゃんと並んで胸ポケットから顔を出している魔神オティヌスに目を落とす。孫市がどれだけ隠そうが、黒幕であるサンジェルマンが上条当麻や浜面仕上の前に出たのなら、孫市が銃撃の話を隠し通せる訳もない。だからこそ、孫市を餌に上条達も釣られた。

 

「お人好し共め、ほっとけばいいのに」

「面と向かって言ってやれ、多分怒られるだけだぞ傭兵」

「分かってるから面と向かっては何も言えないんだよ」

 

 浜面に至っては今や同じ『時の鐘(ツィットグロッゲ)』。上条はどれだけ放って置けと言っても聞くような男ではない。少なくとも二人を動かすだけの囮になれるくらいにはサンジェルマンに思われているらしい事実が少しばかり腹立たしいが、こそばゆくもある。呆れたようなため息を吐くオティヌスを見送り、孫市は戦場に第三の瞳を向ける。波を掬う本能の瞳を。

 

「支離滅裂な理由で他人を誘導して、さて本命はなにかねぇ。重力爆弾で全てを吹っ飛ばす、ではないのは確かだ。思惑が失敗したら使う予定でいるのかもしれないが、この騒動でどんな結果をサンジェルマンは欲している? どんなゴミみたいな理由でも、欲する結果は存在するはずだ」

 

 復讐、恨み、実験。なんであろうが、何かを成そうという者には、所謂動機は必ず存在する。ただ楽しみたかったからとか、面白いと思ったからとかクソみたいな理由でもいい。結果を求める必死がないなどという事はあり得ない。最も簡単に予測できるのは、超能力者(レベル5)を含めてダイヤノイドにいる重要度の高い者を鏖殺しての学園都市の混乱だが、容易く殺さないあたりそれはなし。個人を狙うにしてもサンジェルマンとダイヤノイドにいる者達には繋がりがなさ過ぎる。

 

「時の鐘を狙うにしては中途半端だし、上条を狙うにしては俺達にちょっかいかけ過ぎだ。どう思う?」

「……お前達が狙いというのはおそらく間違いではないだろうし、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』が狙いというのもおそらく間違いではないだろう。片方だけを狙うというよりも、その方が納得はできる」

「ただそうだと散漫とし過ぎるな。目的や結果、必死とは結局一つの事に集束するものだ。俺達や上条を纏めて結果何を求めるのかさ」

「それこそ奴に聞くしかないだろう。本当の事を話すとも思えないがな」

「今こそ食蜂さんの力が借りたいところだが」

 

 常盤台の女王蜂の顔を思い浮かべて、また借りが増えそうな未来を考え一人「ないな」と孫市は小さく首を振る。木原円周でさえ思考をトレースしきれないような詐欺師相手だ。精神系能力者の力が効かなかったとしても不思議ではない。

 

「まあなんにしても、悩んでいる時間はもうなさそうだ」

 

 狙撃銃のボルトハンドルを引き、孫市はゴム弾を装填する。薄っすらと押し寄せる振動と破壊音。お節介な連中が一足早く戦いを始めている音色。狙撃銃を構えてその音に鐘の音が混じる。誰がやって来たのかを戦場に告げる音を。

 

 孫市の見知った顔の二人が振り返り、その顔が第四位の破壊の閃光に照らされた。二人に殺到していた炭素の槍を焼き切り穿ち、始まっていた戦場を一度リセットしてしまう。宇宙戦艦の砲撃に巻き込まれそうになった上条と運搬着(パワーリフター)を纏った浜面、ステファニー=ゴージャスパレスは顔を青くして床を転がり、生まれた無人の空間に、多くの足が落とされた。

 

「の、法水⁉︎ 馬鹿野郎お前撃たれて重傷なんじゃないのか⁉︎ なんでいるんだ⁉︎ サンジェルマンの狙いはッ!」

「生憎と俺だけがターゲットという訳でもないらしいぞ上条。本命は未だ不明だし、それに……あぁ禁書目録(インデックス)のお嬢さんも出て来たな。相手の解明は任せたぞオティヌス。……なんか見た事ない顔がいるな。浜面の知り合いか?」

「うげぇッ⁉︎ 軍楽隊(トランペッター)⁉︎ 『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の一番隊とか……ど、どうもぉ……」

「こら傭兵! 私を摘み投げるとはぁぁぁぁ────ッ⁉︎」

 

 初対面であるはずが顔を青くしているステファニーと挨拶そこそこに、立ち上がる上条と浜面の間に孫市は足を落とす。胸ポケットから摘み上げたオティヌスをインデックスの方へと投げる孫市は、外から見る分には大怪我をしているようには見えないが、『アネリ』から(もたら)される結果に浜面は顔を歪める。孫市の行先の推奨は戦場ではなく病院だ。服の下に巻かれている包帯には朱色が滲む程に傷が開きだしている。

 

「法水……いや、ここまで来たならアンタは下がらねえな。だけどせめて(こら)えて俺よりは前に出ないでくれよ、アンタに死なれても困るし、代わりに必ず俺が届けてやる」

「お前達を失業させはしないさ。それに頼もしいがな浜面、届けるべきは俺ではない。円周と釣鐘が動いている。だから」

「……時間稼ぎか?」

「……お互いな」

 

 状況と得た情報から『アネリ』が弾いた答えを受け取った浜面の呟きを聞き流し、立ち並ぶサンジェルマン達へと孫市は目を流す。時間稼ぎはお互い様。お互いの狙いがなんであろうと、本命までの前哨戦に過ぎない。とは言え、手を抜けるような状況ではないのも確か。本命が別であろうとも、決着は結局この場でしかつかない。

 

 それがお互い分かっているからこそ誰も引かず、一様に燕尾服を纏ったサンジェルマンの群れの中から、男が一人絹張り帽子のツバを引き、足元から引き摺り出した捻れた槍を手に前に出てくる。揃い切った役者達を眺めて笑みを浮かべて。

 

「多少の個が集った程度で、強固な結晶構造である私を打倒できるとでも? 腹部の穴も塞がっていないのにあまり無理をするものではないぞ喇叭吹き(トランペッター)。それこそ狙撃手らしく遠巻きに眺めてでもいればいい」

「それこそ狙撃手に言う事ではないな詐欺師。必要である時こそ個が個を穿ち群を散らす。それこそが俺達の在り方だ。誰に喧嘩を売ったのか分かってないのか?」

「君こそ少々勘違いをしているのではないかね。何しろ私は魔術師でも『魔神』でもない、それらに肩を並べる第三の分類。絶滅を望むのであれば、魔術師や『魔神』といったカテゴリ全体を葬るだけの火力がいる。諸君は自らが一ヵ所に集い、一網打尽にされる道を選んだに過ぎん」

「いやいや、第三の分類とか知った事じゃないね。一発の弾丸があればいいんだ。目に映るサンジェルマンという脅威を穿つ一発の銀の弾丸があれば。忘れたとは言わせないぞ。その弾丸を込めたのはお前だろう? 身を晒したお前はただの的さ」

 

 僅かに笑みを深めるサンジェルマンに目を細め、孫市は狙撃銃を魔術師の群れに向けて構える。人差し指が狙撃銃の引き金に乗せられた瞬間。

 

 

 ────ゴッ!!!! 

 

 

 合図もなく三六〇度全周から『シャンボール』が殺到する。引き金に指を掛けたまま、呼吸を一定に法水孫市は動かない。迫る炭素の槍を避ける事なく、迫る切っ先は上条当麻の右腕が、浜面仕上の運搬着(パワーリフター)が、麦野沈利の破壊の閃光が、絹旗最愛の窒素装甲(オフェンスアーマー)が受け止めへし折る。

 

 押し込み引かれた引き金と吐き出されたゴム弾。狙う男の前に割り込んだ別のサンジェルマンを弾き飛ばし、孫市は銃撃の衝撃に再び僅かに開いた腹部の傷の気持ち悪さに少しばかり口端を歪める。

 

「法水、煽って標的を絞らせるのはいいけど無茶するな! 今のお前じゃあの攻撃避け切れないだろ!」

「……まあねぇ。ただ上条達がいるしそこは心配していない。それで? 上条はなんて(そそのか)されたんだ?」

(そそのか)されたって……別に、傭兵と友達なんてやってる俺の性根が知りたいとかなんとか、法水を死なせたくないなら救ってみせろ的な」

「ほっほう?」

「なんだその顔は!」

 

 笑ったような怒ったような眉を畝らせる孫市の顔を見て上条は牙を剥く。上条が今この場にいるのは、別に孫市の為でもないだろう。いや、友人の為ではあるのだろうが、別に脅威に晒されているのが友人でなくても間違いなく上条当麻は立ち塞がる。仕事でもなく使命でもない。己が衝動のままに動く上条であるからこそ、腹部の傷の事は頭の片隅から外へとほっぽり捨て、孫市は狙撃銃を構え直す。

 

 

 ────ガシャンッ‼︎

 

 

「……ん」

 

 ボルトハンドルを引いた時と同様に、孫市の頭の中で何かが嵌る。横で輝く宇宙戦艦の砲撃を避けず、焼き切られず、手にした槍で『原子崩し(メルトダウナー)』を受け止めるサンジェルマンを怪訝な顔で見つめながら、孫市は運搬着(パワーリフター)を纏う浜面の背後へと歩き身を寄せた。

 

「法水? どうかしたか?」

「諸君らが槍と呼んでいたものは『シャンボール』、そしてその『根』に過ぎん。そもそもこの名は私が使っていた実験室のそれでね。つまる所、研究テーマを追求するのに必要な器具を全て備えている。其は他者から水と栄養を奪う尖兵でありながら、しかし同時に土中にあって保護されなければ自己の維持すら困難とする脆弱な指先なり、といった感じかな」

「……あぁ、ようやく少し()()()()浜面。思えばそう、何も変わらんな」

 

 麦野の閃光を受け止め得意気に語るサンジェルマンの話を聞き流しながら、浜面の背後で孫市は数度床に狙撃銃の切っ先を落とした。過程を気にし過ぎる悪い癖。いつか言われた悪い兄貴(ゴッソ=パールマン)の忠告を思い出し舌を打ちつつ、波の世界を見つめるように事態の起伏に目を向ける。

 

「だが哀しいかな、『根』は複数を絡めればその強度を増す事もできる。まして元来からして外気、外敵に晒され続ける『枝』や『幹』ともなれば耐久性は文字通り、桁が変わるのだよ」

「『根』……? それに、『枝』、『幹』だって? テメェ、一体何を言っ……」

 

 『アネリ』がサンジェルマンの言葉を登録し関連付けて浜面に伝える横で、赤熱した槍で光の輪を描くサンジェルマンを見つめながら、孫市は狙撃銃の切っ先でリズム良く床を小突き続ける。大声で叫ばずとも、戦闘音の響く地下でさえ、聞く者が聞けば分かるモールス信号。少なくとも軍神であるオティヌスや、画面の向こうで弾丸を組み立てているだろう木原円周、超能力者(レベル5)である第四位には通じるだろうと信じて。

 

 実際のところは絹旗や釣鐘、インデックスにフレンダ、ちゃっかり『アネリ』の補佐を受けている浜面などにも通じていたりする訳だが。

 

『サンジェルマンの狙いは結局やはり上条だ。ようやっと結論が出た』

 

 話し続けているサンジェルマンから目を外し、後方で目を瞬くオティヌスを一瞥して孫市は床を小突き続ける。

 

『簡単な話、己の持つ理屈とでも言うべきか。そんな中で唯一外れている者がいる。だからそれが答えなんだよ』

 

 此度の事態の始まりが孫市であったのだとしても、極論で言えば誰でも良かった。誰であろうが脅威に晒されれば飛んで行く者がいる。孫市達『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は学園都市防衛という仕事を請け負っているからこそ、何かしらの事態が起きればどうせ仕事になるだろうと手を出す事もあるが、見知らぬ他人が襲われているのであれば、何よりそれが一般人でもないのなら、そこまで必死になって動きはしない。

 

 

 だからたまたまだ。

 

 

 上条当麻を引きつける餌として、たまたま手頃なところにいた『時の鐘(ツィットグロッゲ)』をサンジェルマンは使ったに過ぎない。顔も知らぬ他人より、その方が『理由』としておかしくないように見えるから。孫市達を釣る為にハム=レントネンと木原那由他を使ったのと理由は同じ。重ねに重ねたブラフに過ぎない。

 

 上条当麻を動かしたい。その為には、誰かが上条の知るところで『不幸』の渦に巻き込まれていればいい。罠だろうが何だろうが飛び込むのが上条当麻なのだから。

 

 サンジェルマンが何をどうしたいのか。『手段』は分からずとも、『目的』におおよその狙いはついた。誰でもいい餌と違い、餌に釣られる本命は変わらない。そして目的も、今この瞬間誰かの命を奪う事ではないのは明らか。ただ、現状の変化を望んでいるのは間違いない。

 

『さて、本命は目星付いたが、後は『手段』だな。何をどうしてどう変えたいのか。戦いの前に俺達が武器の整備をするように、使うモノの点検はするだろ。まあそうならば』

 

 サンジェルマンが関わった誰か。切り捨てるように動いたハムと那由他の可能性は低いとなれば、残ったのは円周だけ。そこまで頭を回して孫市は気怠そうにため息を吐いた。

 

「……それはそれで何も変わらんな」

「おい法水! つまり何をどうすりゃいいんだ! 俺にはさっぱり分からねえんだけど⁉︎」

「やる事は変わらないさ浜面。引き金には円周が指を添えている。今回は円周の為に道を開けるぞ」

「分かっ、た……?」

 

 前に顔を向け直した浜面の先、サンジェルマンの横に立つ柱が盛り上がり異形が外の姿を現す。第四位の閃光を身に受けても崩れず咆哮を上げて佇む巨大な炭素の昆虫。蠍のような動物質と植物質の混淆生物。反らした尻尾の先端に燕尾服の男を一人生やした魔術製の駆動鎧(パワードスーツ)とでも言うべきか。その強靭さを波の反射と浜面の表情から孫市は察し、後方にいるインデックスや滝壺の方へと身を寄せた。

 

「教えてやろう。有機と炭素と生命の三位を統べる秘法、その真髄を」

「おおおおおおおおおおおおッ‼︎」

 

 炭素の(サソリ)が前へと突っ込み、麦野の閃光と浜面の運搬着(パワーリフター)の爪がそれを受け止める為に相対する。数多の破壊光線を受けても体を赤熱させるだけで(サソリ)は止まらず、蠍の爪を抑える運搬着(パワーリフター)が押し負け床を滑る。運搬着(パワーリフター)と壁に挟まれぬ為に横合いに動く孫市達の目の前で、絹旗と上条の拳が(サソリ)の大顎を跳ね上げたと同時。

 

 停止した(サソリ)の背が大きく縦に裂け、脱ぎ捨てた表皮さえも再利用して別の混淆生物へと姿形を変形させる。崩れるより早く身を裂き形を変えるマトリョーシカのように終わりなき炭素の怪物。それを少し遠巻きに眺めながら、孫市は狙撃銃にゴム弾を込める。

 

「アレの言う通り戦線離脱か傭兵?」

「馬鹿を言え、前線に居ても今回俺にできる事はなさそうでな。とは言え傍観者はもっとごめん被るから、今回は狙撃手らしく後方支援に専念だ。そもそも、今ここにいるサンジェルマンを一人一人潰しても終わりにはなりそうにないのだし。円周の銀の弾丸を信じるさ」

「お前もある程度察しているとは思うが、アレとお前達が待っているのはおそらく同じものだぞ。木原円周が本当に銀の弾丸足り得ると信じ切れるか?」

 

 見上げてくるオティヌスに目を落とし、小さく孫市は口端を持ち上げた。不安材料があるとするならば、『木原』の気質。ただ、それでも孫市は微笑む。

 

「サンジェルマンがどういう気質なのかはある程度分かった。あれは大層な詐欺師だよ。『木原』にも何人かとはもう会っているしな。ただまぁ結局人間なんて自分が信じたいものを信じるものだろう? 何より結果が分かっていないのなら。円周は言った。信じてくれるかと。それに俺は信じると言った。他に何がいる? 俺は『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の円周を信じている」

「その結果が間違いであってもか?」

「間違えないさ。見ていれば分かる。本当に大切な事はいつも目に見えるものさ」

 

 

 ────ゴゥンッ‼︎

 

 

 引き金を引き、狙撃銃から飛び出したゴム弾がサンジェルマンの一人を床に転がす。鼻で笑う孫市の眼下で、オティヌスは小さく肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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