時の鐘   作:生崎

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サンジェルマン ⑪

「しかし、よくサンジェルマンだけを選り分けられたな円周。ようやっと思考パターンを掬ったのか?」

 

 僅かに身を震わせてマネキンのように動かないサンジェルマン達を眺めながら、孫市は重々しい息を吐き出す。手に持っていた狙撃銃の先端を僅かに下げ、震える指先を握り込んだ。

 

『癪だけどおじさんの思考パターンを読み取るのは簡単じゃないからね。どれが本当の思考パターンか読み切れないから、『木原』や『時の鐘(ツィットグロッゲ)』と同じ、象徴となりそうな物を探したの』

 

 画面の一つに木原円周が映し出され、その手には黒い丸薬が摘まれている。『木原』が科学を悪用するように、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が深緑の軍服に身を包み白銀の槍を掲げるように、『サンジェルマン』足らしめる何物か。その黒い丸薬が何でできているのか孫市の知った事ではないが、固有振動数さえ分かったならば、波を扱う孫市や円周なら共振させられる。

 

『茶寮ちゃんが被検体をたくさん残してくれたからね。服の中を漁ったら幾人かのポケットの中から出てきたよ。穿つ為の核さえ見つけられたなら、合わせる為の思考パターンはおおまかにでも構わない。『嘘』塗れの思考パターンでも、掬い取れなくても、その『嘘』だけを取り出せば、後は核まで流れてくれるんだよね』

 

 誰にでも他人との違い、己を己としているものが存在する。例え『嘘』しかなかったとしても、ならばその『嘘』こそがサンジェルマンをサンジェルマン足らしめるもの。穿つ先を見定めたなら、放った弾丸は外れない。『嘘』のレールがサンジェルマンの核を揺さ振るところまで届けてくれる。

 

 孫市は手近の動かないサンジェルマンに歩み寄ると、ポケットへと手を突っ込み、黒々とした丸薬の入ったピルケースを取り出した。それを見つめる事もなく、後方で気絶したサンジェルマンの傍に座っているインデックス達に歩み寄ると、その目の前にピルケースを落とした。

 

「これが核だそうだ。さて禁書目録(インデックス)のお嬢さん、音による共鳴は何も俺や円周だけの専売特許ではあるまい? これだけ揃えば奴を崩せるな」

「うん! 後は任せて欲しいんだよ!」

「おい傭兵、別に歩いて来なくても投げて寄越せば……」

 

 そこまで言ってオティヌスは言葉を切った。孫市の服の裏から(したた)る朱は止まる事なく、顔は青白く狙撃銃の先端は小刻みに震えている。大丈夫そうに振る舞っているが、既に限界に近い。フレンダを天井の人工重力制御装置に放り投げたのが最後の精一杯。狙撃銃を満足に持ち上げるだけの力も絞り出せていない。サンジェルマンを読み合いに引き摺り込んだのは、もう満足に狙撃もできないから。孫市とオティヌスは数瞬見つめ合い、「後は任せておけ」とオティヌスが吐き出したのを最後に、孫市はサンジェルマンの方へと身を翻した。

 

 背後から奏でられる修道女の凛とした歌声に第三の瞳を浸し、背筋をなんとか伸ばして孫市は上条の隣まで歩き足を止める。ギリギリとぎこちなく身動ぐサンジェルマン達の瞳を覗き込み、細長い吐息を吐き出した。

 

「手を出す相手を間違えたなサンジェルマン。時の鐘(ツィットグロッゲ)風紀委員(ジャッジメント)を巻き込んだのは失敗だ。お前の嘘に合わせるのなら、お前自身が争いの火種を生んだのだから、それを消すべき俺達の前にやって来て無事で済むはずもないだろう」

「ふ、ふっ。力を持つ者が争いを生み、それに対抗して力を求め、それに負けぬようまた誰かが力を求める。終わりなきイタチごっこがそんなに、好きかね? どこかで終わりにした方が、いいとは思わないか?」

「それには賛成だが、それは今じゃないだろう」

 

 一人、また一人とマネキンのように動かなかったサンジェルマンが床に倒れてゆく。ネットワークの網が端から崩れていくかのように、純白の修道女の歌声が金剛石にヒビを走らせる。

 

「法水孫市、上条当麻、君達は、自分の事をどこまで知っている? 知りたいとは思わないのか? この不毛なイタチごっこを終わらせる手が、君達の中には眠っているかもしれないぞ? それに気付けなければ、いずれお互いを喰らい合う事になるかもしれないと言うのに」

「どうでもいいな。俺が上条を撃つ事になるのなら、そんな日は来ないと思いたいが、その時はその時だ。だいたい不毛な争いを終わらせる手なんてのは誰もが持っているものだ。第三次世界大戦が終わったようにな。その時は喜んで俺は退役するよ。傭兵は廃業。その日まで俺は変わらない」

「法水が本気で馬鹿やるなら俺は止めるし、俺が本気で馬鹿やるなら法水が止めるだろ。なあサンジェルマン、世界中の人間がお前になれば世界が平和になると思うか? 俺はそうは思わない。生き方も考え方も違うけど、だからいざという時に頼れる仲間が俺にはいる。何十人も、何百人もサンジェルマンがいたとして、お前には信頼できる誰かが一人でもいるのかよ? 自分さえも信じずに嘘で塗りたくったそれがお前の敗因だ。誰かが隣にいるから諦めずに前に歩いてられる」

「諦めずに、か。ふっ、それには賛成だ」

「お前ッ!」

 

 バキバキバキバキッ‼︎

 

 上条の叫びを掻き消して、硬質な音が響き渡る。床から新たに伸びた炭素の槍。『シャンボール』を無理に腕を動かして辿々しく掴み取り振りかぶろうとするサンジェルマンの槍を、横に振られた上条の右手が粉々に砕く。

 

「浜面ッ!」

 

 炭素の破片が宙を踊る中、その奥で笑みを浮かべるサンジェルマンを一目見て孫市が叫んだ。倒れゆくサンジェルマンの輪の奥で、ガクガクぎこちなく手を動かしてポケットから何かを取り出そうと動いている一人のサンジェルマン。何を取り出そうとしているのかは考えなくても分かる。一手で戦況をひっくり返し、道連れに全てを吹き飛ばす人工重力制御装置の起爆装置。最後の抵抗とばかりに上条にしなだれ掛かるように崩れるサンジェルマンを横目に孫市は舌を打ち、浜面達がサンジェルマンを止めようと動く前で、他のサンジェルマンが炭素の鎧を着込み立ち塞がった。

 

 ろくに動かずただの邪魔な壁でしかないが、起爆装置を押し込む。その一手の為の時間稼ぎには十分過ぎる。

 

「読み切ったぞ喇叭吹き(トランペッター)、もう君からの狙撃はない」

 

 これ見よがしに孫市の狙撃のラインは塞がずに、他の者達の進路だけをサンジェルマン達は塞ぐ。孫市は歯を噛み締めて狙撃銃を持ち上げるが、銃の先端がぶれて狙いが定まらない。狙撃銃をなんとか支え、孫市は呼吸を繰り返す。フレンダの解体も間に合わず、起爆装置を握るサンジェルマンの腕がゆっくりと持ち上げられる。浜面の運搬着(パワーリフター)がサンジェルマンを横に押し除けた。

 

「チェックメイトだ」

 

 起爆装置のスイッチへとサンジェルマンの親指が落とされ、

 

 

 ────キィンッ!!!! 

 

 

 甲高い音が鳴り響く。

 

 スイッチを押し込む音とは異なる金属音。サンジェルマンの手から起爆装置が弾かれる。床に転がる起爆装置の間抜けな音に返されるのは、スピーカーからの少女の声。

 

『私は言ったんだよね。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は外さない!』

 

 画面の中で円周が微笑む。その瞳が見つめるのはサンジェルマンではなく、孫市でもない。画面に映るのは円周一人。その瞳が追うのは、影の間を擦り抜ける影。浜面がサンジェルマンを押し除け生まれた隙間に身を滑らせて、手裏剣を放った極東の傭兵。呆気にとられたサンジェルマンの側頭部に蹴りを放って床に転がし、釣鐘茶寮が振り返る。

 

「ほら法水さん、私が一緒の方がいいでしょ?」

「釣鐘お前……」

「まあ私も今は『時の鐘(ツィットグロッゲ)』っスし? これが私なりの狙撃って事で!」

「いいとこ取りの間違いだろこいつめ」

 

 孫市が狙撃銃の握る腕を下に垂れ下げ、残るサンジェルマン達が床に転がった。意識の外からの忍びの一撃。おそらくサンジェルマンが最も気にしていなかっただろう極東の傭兵。嵌まらぬピースを放っておいたばかりに、自ら無理矢理嵌りに来た。陰に潜み忍び耐える。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』のもう一人。

 

「これも、全て手の内かね法水孫市?」

「……もちろん、当たり前だろう?」

「こ、の、嘘つきめ……」

 

 呆れ笑うサンジェルマンに法水孫市は笑みを送る。動かなくなったサンジェルマン達を見渡して、ようやっと孫市は狙撃銃を放り出し床に大の字に転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「茶寮ちゃーん!」

「円周お疲れ様っスねー」

 

 ダイヤノイド最下層へと走って来た円周は、抱き付く勢いで釣鐘へと飛び込み、呆れた笑みを浮かべながら釣鐘は渋々それを受け止める。いい笑顔で円周はくっ付いていた釣鐘から離れるとハイタッチを一つ。誰の笑顔でもない己自身の笑顔を浮かべる円周に、釣鐘は肩を竦めてため息を零した。

 

「二人で始めた仕事は大成功だよねって!」

「服はお互いボロボロで道中何度も苦渋を舐めたっすけどね。いいんすか大成功で?」

「いいんだよ! こういう時は、終わり良ければ全てよしって言うんだよね!」

 

 倒れ伏しているサンジェルマン達を見回して、円周は満足気に鼻を鳴らす。円周が組み上げた己の理論がぴたりと嵌ったのが嬉しいのか、誰の技でもない自身の技術を形にできたのが嬉しいのか、どれにしても共通するのは、円周が己を見つけた事。『木原』や『時の鐘(ツィットグロッゲ)』という外から他者が見て呼ぶ名ではない。自らが名乗れる己を。

 

「私だけの弾丸だよ! 私だけの弾丸! 私は木原円周! こういう時、私はとっても喜ぶんだよ!」

「はいはい分かったっスから、魔術でも超能力でもなく、一足飛びに忍術みたいなの身に付けちゃって、なんか悔しいっスねー。少し唆られるっスけど。次からの円周との組手は楽しめそうっス。ねえ法水さん?」

「おう、そうな。それには賛成するがそれ今言う必要ある?」

 

 寝転がりながら、起き上がるのも気怠く傍で喜び叫ぶ円周と妖しく笑う釣鐘を見上げて孫市は横になったまま深い息を吐き出した。腹部の傷が開いてしまい、今なおポタポタと血が滴っている。とは言えいつまでも横になってはいられない。戦闘の余波の所為なのか、サンジェルマンが消滅してダイヤノイドを覆っていた魔術が解けた所為なのか、天井にぶら下がっている人工重力制御装置が不気味な音を立てているからだ。

 

 よく分からない蒸気の噴き出す音と、装置の軋む音に混ざって響く少女と少年の叫びを聞き流しながら、ない力を振り絞って、狙撃銃を杖代わりに孫市はなんとか身を起こして立ち上がる。

 

「いやもうこれ解体とかそんな事やってる状況じゃないって訳よ⁉︎ 完全に私は無駄骨じゃないの⁉︎ 浜面ァァァァッ‼︎ もっとしっかり抑えなさいよアンタ! ホースから蒸気が漏れてるでしょうが!」

「無茶言うな俺は専門家じゃねえんだよおおおお⁉︎ どうせ登ってるんだからフレンダさっさと解体してくんないこれ⁉︎ 法水! 多分これお前とかの方が上手くできるって‼︎ 手伝ってくれぇ‼︎」

「腹から元気が逃げ出しちゃってて無理無理。それにもう仕事は終わりだ。後は専門家に任せるよ。ここに俺達『時の鐘(ツィットグロッゲ)』がいると色々まずいかもしれない。さっさと逃げ帰る」

「いや俺も『時の鐘(ツィットグロッゲ)』なんだけどおおおお⁉︎」

「浜面お前は私服だろう? どうとでもなるって『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の二代目鍵開け師。それに大丈夫だってそれそんな爆発するような感じじゃないし」

「ちょっとそれ本当でしょうね法水アンタ‼︎ …………ちょっと何とか言いなさいよ嘘だったら承知しないわよコラァッ‼︎」

「……嘘じゃないよ多分」

 

 よろよろと歩き、浜面とフレンダの方には振り返らずに孫市は最下層を後にする。上条やインデックス達も各々既に脱出の為に最下層を後にしているらしい。ならば此方は此方でと歩き去る孫市の両脇に円周と釣鐘は並び歩くと、軽く孫市を支えてくれる。

 

「怪我してるのに誰にも気にされないなんて可哀想っスね」

「うっせ。寧ろ気を遣ってくれてるんだよ。上条には多分オティヌスあたりが気を利かせてくれたんだろ。浜面やフレンダさんはなんだかんだ元暗部だしな。俺への銃撃事件なんてなかったのさ」

「いいんすかそれで?」

「いいんだよ」

 

 木原那由他がどんな想いで銃を手にハム=レントネンと共に孫市の前に現れたのかなど、全て分かるはずもない。謀略に巻き込まれ、孫市を結果として撃った事は事実であるが、撃った時も、撃った後も木原那由他が風紀委員(ジャッジメント)の腕章を外さなかったのも事実。風紀委員(ジャッジメント)である以上、その行動には誰かの為がきっとある。ただ孫市を害したかった訳ではない。風紀委員(ジャッジメント)が素晴らしい集団であると孫市自身見て知っているだけに、その必死に傷は付けたくない。

 

「木原那由他自身殺す気がなかろうと俺を撃ったことに何か思うことがあったとして、風紀委員(ジャッジメント)として、風紀委員(ジャッジメント)同士きっと黒子が上手くやるさ。風紀委員(ジャッジメント)の事は風紀委員(ジャッジメント)に任せる。それに俺は撃たれるの慣れてるしな。他国の治安部隊に銃を向けられるのなんて珍しくもない。今回は避けられなかった俺が間抜けだっただけだ」

「そんなこと言ってるといつか民間人に撃ち殺されるっスよ」

「それは嫌だなぁ」

 

 でもそうなったらなったでそんな結果を積み重ねた自分の所為だな。と苦笑する孫市から視線を切って釣鐘は唇を尖らせ、円周は小さく微笑んだ。きっとそうはならないだろうと言うように。

 

「大丈夫だよ。戦場でどれだけ嫌われても、その分戦場で助かってる人達もいるよ! 私は戦場で孫市お兄ちゃんに殴られて私になれたもん!」

「その言い方は非常に誤解を生むからよそう」

「本当だよ?」

「そんな事実はない!」

 

 初めて出会った時は敵同士。日本から遠く離れたバゲージシティで、色々と要因があったとはいえ今は仲間。出会い方は決して良かったとは言えないが、それもまた積み重ねの一つで間違いはない。軽く引いている釣鐘を他所に笑顔の円周に孫市は苦い顔を返して、円周と釣鐘の肩を小突いた。

 

「さあお二人さん。今日でもう見習いとは言えそうもないな」

「それってっ!」

「あぁ、どうする? この先も続けるか?」

 

 そう孫市は聞き、三人の足がぴたりと止まった。明日から本格的に仕事だぞ! などといった言葉ではなく、このまま『時の鐘(ツィットグロッゲ)』でいるのか抜けるのか。そんな質問に二人の少女の顔から表情が消える。冗談の類ではないと、孫市と同じ波を掬える円周と、空気を読める釣鐘には分かる。

 

「必要に迫られて釣鐘は急遽少年院から引っ張り出したのだし、円周は無理矢理引き入れただけだ。『グレムリン』の件では大分力を借りたしなぁ、この先サンジェルマンのような相手も増えるかもしれない」

 

 淡々と言葉を紡ぎ、孫市は眉を歪ませる。元々どこかで釣鐘と円周には聞こうと思っていた事であるが、サンジェルマンとの会合で、その時を孫市は少しばかり早める。無論仕事の事を考えれば居てくれた方がずっといいのだが、サンジェルマンの零した『魔神達』という言葉が、どうにも引っ掛かる。それに告げられた原罪の魔王達の名前。未だ終わっていない北条の暗躍。気にしなければならない事は少なくない。

 

「別に少年院に送り返したりしないし、それだけの力を二人には借りている。これまでの給金も保管している。好きにしていいぞ。釣鐘も円周も『時の鐘(ツィットグロッゲ)』でいる事にこだわりはないだろう? 鞠亜が必死を掴み旅立ったように、心良く見送るから気にするな」

「まあ確かにこだわりはないっスけど」

「お兄ちゃんは、それでもいいの?」

「元々『時の鐘(ツィットグロッゲ)』は入れ替わりが激しいしな。何十年も『時の鐘(ツィットグロッゲ)』でいる者なんてまずそういない。別に俺は慣れているさ」

 

 伊達に『時の鐘(ツィットグロッゲ)』で三番目の古株ではない。退役した者、故郷の軍に帰った者、戦場で死別した者。出会いだけでなく多くの別れも経験はしている。この先も多くの出会いと別れがあるだろう中で、孫市がこの先も『時の鐘(ツィットグロッゲ)』であろうと間違いなく言えるのは、己を含めて孫市よりも古株の二人だけ。

 

 釣鐘茶寮にはもう十分助けてもらい、木原円周は己を掴んだ。

 

 だからこれはいい機会。

 

 どこか柔らかい顔をして取り出した煙草を咥える孫市の顔をムッとした顔で円周は覗き込み、ふらついている孫市の手から狙撃銃を奪い取った。

 

「おい円周」

「私はなったよお兄ちゃん、『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の木原円周になったんだよ。なのになった途端にさようならは酷いと思うんだよね! 孫市お兄ちゃんは私を拾った責任を取らなきゃ駄目だって思うな! それに私、今が楽しいんだもん。ね、茶寮ちゃん!」

「私っスか? いやぁ、私には『時の鐘(ツィットグロッゲ)』でい続ける義理は確かにないんすけどねー」

 

 ぐっと手を握り締める円周とは裏腹に、釣鐘は少し冷めた目で孫市と円周を見つめる。何を言おうと気にしないと身動ぎもしない孫市と、何かを確信したような円周の顔を見比べて釣鐘は気の抜けた吐息を零す。

 

「でもアレっスね。『時の鐘(ツィットグロッゲ)』でいないと法水さんを裏切れませんし」

「お前マジかよ。何その最低な理由」

「そんなこと言いながら本当は嬉しい癖に」

「今の俺の顔を見てよくそんな言葉が出てくるな。責任だとか裏切るだとか適当な事ばかり言いやがって、なら存分にこき使ってくれる! 『時の鐘(ツィットグロッゲ)』へようこそ、釣鐘茶寮、木原円周。最後のチャンスを棒に振ったぞ、長い付き合いになりそうで残念だよ!」

「孫市お兄ちゃんの嘘つき! でもそういう事にしといてあげるんだよね!」

 

 煙草に火を点け、のらりくらりと法水孫市は足を出す。旅立つ者がいれば留まる者もいる。その者がいつまでそこに留まるのかは分からないが、少なくとも留まる限りは絶えず孫市は隣にいる。嘘を吐こうが、本音を紡ごうが。必死を羨望し追い求めて。

 

 

 ただ、今追い求めて向かうのは病院だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()とは、笑い草だな。怒りのピークは長くて六秒という話だが」

 

 酒の詰まった酒瓶を傾けて、ガラ=スピトルはテンガロンハットの頭を抑える。よく知る友人とダイヤノイドから少しばかり離れた公園に佇む魔神達の会話を遠く離れた場所で盗み聞き、傍に佇むゴールデンレトリバーと、全身縫い目だらけの少女がくくり付けられている巨大な十字架を望む。

 

「手を貸してくれた事に感謝するべきかな?」

「必要はない。報酬はアレイスターの奴から貰っているのだしな。これも仕事と言うやつだ。一応は私も学園都市の創立に関わってはいるのだし、偶にはこういうのも悪くはないさ。見た目少女の相手を撃つのは気が引けるがな」

「よく言う」

 

 木原脳幹(きはらのうかん)から金属の小型アームで葉巻を手渡され、ガラは受け取ると口に咥えて火を点けた。気怠げに床に腰を落としているガラと、大量のタングステン鋼を打ち付けられ、有刺鉄線で雁字搦めにされているゾンビ少女の体に空いた無数の穴を脳幹は見比べる。刹那よりも尚短な時を刻む『弾指の魔王(Satan)』。肉体的な全盛期はとうに過ぎていようが、感情の鋭さに衰えはなく寧ろ増すばかり。酒瓶をプラプラと揺らしながら、ガラは痛む体の節々を雑に手でさすった。

 

「お前に言われたくはないな脳幹。どちらかと言えば私はお前の玩具の見物に来ただけだ。私にできる得意な事は狙撃よりも早撃ちだけなのだし。それぐらいしか能がないのでな。私の助けなど実際は必要なかっただろう?」

「一芸は道に通ずるとでも言えばいいかな? それだけで君は脅威だろうに。三十秒ばかりよくも怒りのピークが持続する。コツはなんだね?」

「絶えず怒っていればいい。人間生きていれば気に食わない事は数多くあるものだ。老いとは忌々しく、自分よりも偉そうな者にも腹が立つ。上手く動かぬ体にもな。だから人生とは面白いのだが、あぁ見ろ、酒が終わりそうだ、これもまた気に食わない」

「駄々っ子よりも堪え性のない男だ」

 

 呆れて葉巻を吹かすゴールデンレトリバーにガラは肩を竦めると、合図が来たと指を鳴らし、電磁カタパルトが遠く魔神達の佇む公園に向けて少女をくくり付けた十字架を射出する。その輝きを見つめてガラは口笛を吹き、瓶に残る酒を飲み干した。

 

「そう言うな、相手の事を知りたければ何で怒るのかを知ればいいと言うぞ。まあその理論で言うのなら私を理解できる者などどこにもいないのだろうがな」

 

 立ち上がりガラが空に向けて酒瓶を放り投げ、腰に手を添えたと同時。一発の銃声が鳴り響き、六発の銃弾に撃ち抜かれ酒瓶が粉々に砕け散る。それを見る事もなくガラは握るシングルアクションリボルバーを手の中で回し腰へと戻すと、肩を大きく回してその場を離れた。

 

「魔神達と戦争とは、めんどくさく、面白そうで、ただただ忌々しい」

 

 

 

 

 

 

 




サンジェルマン篇、終わり。ここまで読んでいただきありがとうございます。
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