「はい、皆さんおはようございまーす」
返事はない。休日の学生寮の時の鐘学園都市支部の事務室に響く声は俺だけ。これでは事務所で俺がただ一人独り言を言っているようではないか。ソファーに座る垣根帝督は完全スルーして雑誌を捲っており、浜面と木山先生、クロシュはなんとも微妙な顔を浮かべている。釣鐘は欠伸を一つし、円周はニコニコ笑っていた。
恐るべき協調性のなさよ。
正式に釣鐘茶寮と木原円周が『
「あの、聞こえてる? 俺の声届いてる?」
「そんな事よりなんでわざわざ召集したんだ法水。大した用事もないなら帰るぞ」
「辛辣な返事をどうもありがとさんよ。今の時の鐘学園都市支部の全人員が確定したから今一度の顔合わせというやつだ」
「支部の全人員が確定しただ? 別に顔ぶれ変わってねえじゃねえか」
全くもってその通りではあるのだが、アレだ。心構えが違うと言うやつだ。雑誌を閉じて面倒くさそうな顔を返してくる垣根に言葉を返し、咳払いを一つ。ぶっちゃけ大した用事はないのであるが、何もない訳ではない。作戦会議でもなければやる気を見せない面々を見渡し、手を一度叩き合わせて注意を引く。
「まあそう言うな。新人の歓迎会を開くような趣味は俺達にはないだろうが、一度こうして落ち着いた事だし、俺から全員に入隊祝いがある」
「入隊祝いっスか〜? バトルロワイアルとか?」
「きっと新しい狙撃銃とか、爆薬とかだよね!」
「お前らテンションおかしくね? そんな入隊祝いあるか?」
誰も喜びの声をあげねえな。もう少し喜ぼうという気概はないのか。だいたい入隊祝いがバトルロワイアルってなんだよ。早速人員減らしてどうすんだよマジで。ため息を零しながら上条の部屋へと続く扉を開け、すぐ手前に置かれているダンボール箱を掴み上げる。
「隊長さんお話終わった?」
「
「いや法水さん⁉︎ 俺の部屋は待合所でも物置でもないっていうか、女子会に男が一人置き去りにされてるような状況どうにかしてくれ⁉︎」
「さあこれが入隊祝いだ」
「話を聞けぇぇぇぇッ⁉︎ てか隣で物騒な話をしてるんじゃねえ!」
扉を閉めれば上条の叫び声は搔き消える。上条の部屋で時間を潰している杠さんに滝壺さん。浜面と垣根の話が終わるまで外に放り出しておくのもアレなんだから仕方ない。杠さんは内臓のほとんどを垣根の
事務所の机の上にダンボール箱を置き中身を広げる。すれば幾人かの顔から表情が滑り落ち無表情となった。森の色で染めたような深緑の軍服。V字を描く白銀のボタン。『
「法水これ……いいのかよ」
「勿論だ浜面。この先必要になる事もあるだろう。『
「これは、少し困ったな」
「くっそ、なんだかんだでちょっとテンション上がるぜ」
「いや、別にいらねえだろ」
「私も別に必要ないっスね」
「お前ら両極端か! 喜べ! 馬鹿! これで晴れてちゃんと『
「孫市お兄ちゃん! 私はちゃんと嬉しいよ!」
「はい円周百点満点!」
軍服を手に掲げる円周と、軍服を手に笑みを浮かべる浜面、木山先生、クロシュには笑みを送るが、垣根と釣鐘はもう少し喜べ! ばっちい物を持つように持つんじゃねえ! 世界中の狙撃手の何割かはこれを着る事を目指してたりするんだぞ! 学園都市支部に狙撃手は俺と円周とクロシュぐらいのものだけども!
「まあそれに、幾らか話がない訳でもない。少し前のサンジェルマンの一件で気にかかる事があってな。そうだとすると少し忙しくなるかもしれん」
治りかけの腹部の傷を摩りながら思い返すのはサンジェルマンの吐いた『魔神達』という言葉。今上条の部屋にいるオティヌス一人を巡って世界の連合軍が動いたように、魔神が動けば小さくない世界のうねりが再びやってくるかもしれない。世界に脅威が這い寄って来るのならば、雇われ傭兵である『
「サンジェルマンが言った魔神達。魔神というのが誰しもオティヌスのような力を振るえるのかはさて置いて、『
「おう、任せとけよ隊長。血を流す時は一緒にだ。行き止まりでも俺が道を開けてやる。そんな俺になってみせるって約束したからな」
軍服を握り締める浜面に笑みを返す。瑞西で約束した通り。時の鐘学園都市支部の始まり、瑞西動乱が終わったあの日、チューリヒの病院で。事務所も何もまだなかったが、浜面仕上が隣に立ってくれ、時の鐘学園都市支部は始まった。忍者、科学者、能力者と随分バラエティ豊かになったが、『
「そんな訳で話はそれだけ。何かあれば連絡するが、今日は解散としようか。まあ円周と釣鐘はここに住んでる訳だし解散と言っても変な感じだが────」
────ビィィィィッ‼︎
渡す物は渡したしこれで終わり。そうなるはずが、パソコンから警報音が鳴り響き、全員の目が一斉にそちらへと向いた。パソコンに駆け寄ったクロシュが画面を見つめ、急ぎ俺の方へと振り返る。ライトちゃんに張って貰っていた網に何者かが掛かったらしい。
「先輩! コードホワイトです! 遂に来ましたとクロシュは慌てて報告します!」
「マジで今か⁉︎ 急に来たなくそ‼︎」
「おうなんすか? 早速仕事っスか?」
「いやてかコードホワイトってなに⁉︎ なんも聞いてないんだけど⁉︎ なんの警報なんだこれ⁉︎」
「馬鹿野郎浜面! コードホワイトって言うのはな、ボスがやって来たって事だ!」
沈黙。クロシュがキーボードを押し込み警報が止まり、静寂が事務所の中を流れる。反応に困ると言うように円周と釣鐘は動きを止めて、慌ただしくクロシュは棚へと走りお茶請けを皿に盛ってゆく。苦い顔をして浜面は固まり、垣根は口元を一撫ですると上条の部屋に通じる扉の前まで歩き扉を開けた。
「帰るぞ林檎、めんどくせえ奴が来る」
「そそくさ帰ろうとしてんじゃねえ!」
「ふざけんな、テメェのボスだろうが、テメェがどうにかしろ」
「今はお前にとってもボスではあるんだよ‼︎ こら扉を閉めるんじゃない‼︎」
クソ開かねえ! 垣根の野郎反対側で扉を抑えてやがるな! 「やめてえ⁉︎ 上条さんの部屋の扉が⁉︎」とか薄っすら聞こえるが知った事じゃねえ! こんな時に限って戦線離脱など許してなるものか! だって言うのにもうインターホンが鳴ってるよお⁉︎ 出なかったら出なかったでそれはそれで死ぬ!
壁に足をついて扉を引っ張ったまま、顎で浜面に出てくれと合図を送るが、全力で首を左右に振られる。お前マジか。前に会った時のがトラウマになってんじゃねえかこの野郎ッ。顎で合図を送る。首を振られる。合図を送る。首を振られる。どうせ首を振るなら縦に振れ!
そんな事をしていると、俺と浜面を見比べてパタパタと玄関に向かって行ってくれる一つの影。釣鐘が玄関の扉を開けてくれる。馬鹿やめろお前は行くんじゃない! 嫌な予感が止まってくれない! せめて円周かクロシュが行ってくれってもう遅いか……。
「あら元気そうね茶寮」
「どうもお久しぶりっス! 『
扉の先に立つスーツ姿のオーバード=シェリー。首を傾げるボスの前で笑顔を向ける釣鐘は、挨拶とばかりに緩やかに右腕を持ち上げて、袖から滑り出した苦無を握る。
……あの阿呆やりやがった。
意表をついてボスの首元に伸びる釣鐘の腕は虚空を薙ぐ。ボスに見られているのに死角などあってないようなもの。苦無が振り切られるよりも早くボスの前蹴りが釣鐘の腹部を捉え、事務所の中へと弾き飛ばす。
扉を掴む俺へと向けて。
受け止められるはずもなく釣鐘が体に打ち当たり、握っていた扉が捥げて扉を抑えていた垣根ごと事務所の床の上に転がり倒れる。風通しの良くなった上条の部屋の壁から上条の悲鳴が雪崩れ込み、上条はひょっこりと扉のなくなった穴から顔を出すと、ボスを見ると部屋へと戻った。逃げてんじゃないぞ……。
「久しぶりね春生、今度食事でもどうかしら?」
「是非ご一緒させて貰おう。それで今日はどうしたんだい? 急な来訪だね。いつも来る前は連絡をくれるのに」
なにそれ、ボスって俺がいない時木山先生に会いに遊びに来てるの? 扉のない穴から今度は
「お元気そうで何よりです総隊長!」
あぁ、俺のいない時に来てるって事は当然学校に行っていない円周や釣鐘も会っている訳か。微妙だった反応に納得だ。円周が躾けられた犬みたいになっている……いいのかそれで。多分ちょっかい掛けて一度痛い目を見たなあれは。
「貴女も元気そうね円周、それで孫市、黒子から聞いたのだけれど、貴方撃たれたそうじゃない? ねえ?」
「えーそうなんですかー? 知らないなー」
「あらそう、まあいいわ、ようやく学園都市支部が形になったそうだから一度見に来たのだけれど、連絡助かったわインデックス」
「これくらいお安い御用なんだよ!」
マジかぁ‼︎ 間者はまさかの隣人かよ! 全員集まるタイミングを待ってやがったな! しかも黒子普通にボスに話してやがる⁉︎ 普通に撃たれて腹に穴が空きましたなんてボスに知られたらあばばばば。立ち上がる釣鐘と垣根に紛れて逸早く立ち上がり、ソファーの方へとボスを促すが。
「別に腰を落ち着ける気はないわ孫市」
「もう帰るんですか?」
「まさか、総隊長である以上支部の人員でも技量は把握しておくべきでしょう?」
「言う事は分かりますけど、え? ここでやる気ですか? じ、事務所が壊れ……」
「できる事しかやらないわよ。まずはそうね、腕は落ちていないでしょう? 孫市」
ボスが指を鳴らせば、クロシュがゲルニカM-003を持ってくる。それをボスは受け取ると俺へと投げ渡して天井を指差した。
「上に上がりなさい。まずは『
休日を返上してまさかの技量把握会である。俺は慣れているからいいのであるが、他の面々はそこまで楽しそうな顔はしていない。ただ抜き打ちテストと言うように、抜き打ちだからこそ技量を把握できるというもので、寮の屋上、いつもの調子で一定に呼吸を繰り返し狙撃銃の引き金を引く。遠くボスに指定された木の枝を撃ち抜き、スコープから顔を外した。
「ジャスト五キロ。良かったわね、貴方はまだ時の鐘の一番隊よ」
「どうも」
「よく当たるな法水。初めてちゃんと見たけどさ」
「で? なんで上条までいんの?」
双眼鏡片手に観客している上条は一体何なんだ。てか外野がうるせえ。
「彼らは一般人の参考役よ。観客が居た方がやる気が出るでしょう? 『
「ほとんど仲間からの野次でしょそれ」
外した時の大爆笑は、思い出すだけで腹が立つ。全員が狙撃手であるだけに、狙撃練習の時の『
そうしてボスは俺の手から狙撃銃を受け取ると、次の者へと差し向けた。
「じゃあ次は上条当麻、貴方がやりなさい」
「なんで俺⁉︎ 俺『
「言ったでしょう? 一般人の参考役だと、さっさとなさいな」
「いや俺銃とか撃ったことないし! 百メートルでも当たる気しないって!」
「待てよ上条、上条は本業の傭兵以上に戦地をこれまで渡り歩いている。お前が思う以上に色々な部分が鍛えられているんだ。弾は練習用で実弾でもないんだし、一度試しにやってみろ。多分お前が思う以上の結果が待っているさ」
そう言って上条の肩に手を置き頬笑めば、上条は渋々狙撃銃を手に取りそれっぽく構える。反動で肩をやらないように少し手直ししてやれば、いつも俺の狙撃を見ていたからか、形だけはなかなか様になる。上条が息を吸い、息を吐き、引き金を押し込めば、弾丸は狙いが逸れて彼方に消え、反動で上条は屋上の床にひっくり返った。
「じゃあ次は浜面頑張って」
「ねえせめて何か言ってくれない⁉︎ 後頭部打ったみたいで痛いんだけど⁉︎」
「あぁ上条、お前はもう銃は持つな」
「他に言うことないのかテメェッ!」
「他にって、笑う以外にできそうもないぞ」
「やらせといて悪魔かお前は⁉︎」
そんなこと言われても、褒めるべきところが何もなかったのに、何を褒めればいいと言うのだ。やっぱり上条は銃じゃなくて拳を握ってた方が良さそうぐらいしか言えそうな事がない。上条が狙撃手を目指すと言うのであれば別であるが、積み重ねようとも思っていない事を積み重ねさせるのは面白くない。そうして全員狙撃にチャレンジした結果。
「垣根が二番かよマジかお前」
「
「そんな事言えるのも今だけだよね! すぐに私が追い抜くもん!だよね茶寮ちゃん!」
「それは下から数えた方が早い私への嫌味っすか?」
「はッ! やれるもんならやってみな」
「いやでもお前二番だからね、なあ浜面」
「それは最下位だった俺への当て付けかコラァ! 事務員にさえ負けるとかッ」
「クロシュもやる時はやるのです、とクロシュは胸を張ろうと思いましたが、よく考えれば下から数えた方が早い結果に絶望します」
能力を使わずとも垣根が二番。
「じゃあおまけよ孫市、次は六キロ。どこまでやれるか見てあげるわ。次は私も参加するから」
「いいんですか? 最長狙撃距離更新しちゃいますよ? ボスに勝ったら」
「たまには私が夕食を作ろうかしら」
「よっしゃはいきた! 負けんぞ俺は!」
「いやもうそれは二人だけでお願いするっス」
負けられない勝負というものがある。そして俺は惨敗した。知ってたよ。微塵もボス外さないんだもん。少しは外すかもくらいの素振りを見せてくれよ。狙撃コンピューターと勝負してるようなものだ。それでも最長狙撃成功距離が九キロ台に乗った事には素直に喜んでおこう。観客達は一緒に喜んでくれるどころか引いていたがな。なんて奴らだ。
画して狙撃演習を皮切りに始まった技量把握会は数時間続いた。
鍵開け、運転、能力者は能力の披露、お互いに何ができて何ができず、何が得意で不得意か。自分の事をひた隠し結集している組織ではないからこそ、いざという時の連携などのため、技量の把握は必須ではある。とは言え本格的に訓練でも様々な技量をわざわざ披露する事などないだけに、ボスが来てくれたのはある意味で良かった。それぞれの結果を踏まえて分かった事は。
「垣根がほぼ満遍なく得意だな。学園都市第二位の冠は伊達じゃない。素の身体能力でも三番目だったし、寧ろ不得意な事ってないの? とかそんな感じだ」
「当たり前だろと言いてえところだが、おまえ達も十二分におかしいんだよ。
ぶっきらぼうに垣根は口にし具体的な内容は避けているが、特化した分野に限り垣根を凌ぐ結果がある。浜面の鍵開けと運転技能、心理関係は円周が、隠密の技術を必要とする項目は釣鐘の独壇場だった。能力ありきなら結果も違うのだろうが、それぞれに勝るものがある。規格を揃えることが強みとなる事もあるが、規格を揃えないからこその強み。小隊としての能力は十分過ぎる。
「後は模擬戦と言いたいところだけれど、貴方達との模擬戦を十分にできる場所がないのが残念ね。中途半端にやってはそれこそ面白くなさそうだし」
「それを聞いて安心しましたよ。本気でやるには垣根は目立ち過ぎるし、喜ぶのは釣鐘くらいでしょうし」
「残念っスねー、私はやる気満々なんすけど」
妖しくにやける釣鐘に肩を竦め、夕日の差し込む窓を見やり腰を上げる。
「少し早めの夕食とするか。急に始まった演習会だったが、こんな日があってもいいだろう。全員で飯を食う事もそうないのだし、垣根と浜面も食べていけよ」
「なら私も手伝うんだよ! とうまはお皿を持って来て!」
「料理? 私もやってみたい」
「おい林檎」
「垣根は座ってて、私が作る。ガレット食べたい」
「そうじゃねえ、ちゃんと食えるもんが出てくるんだろうな」
「俺に
「うん! 垣根と初めて食べた!」
「ほっほう?」
「なんだ?」
いや別に何でもないですけども。垣根に睨まれるので顔を背けて冷蔵庫を開け食材を確認する。
世界三大料理の一つ、フランス料理に分類されるブルターニュ地方の有名な郷土料理。『円形で薄いもの』という意味を持ち、ソバ粉に水、塩などを混ぜた円形の生地を薄く焼いて、その上に様々なトッピングを乗せる。ブルターニュ地方は雨が多く小麦の育成には不向きな土壌であったため、痩せた土地でも十分に育つソバをイスラムを経由した十字軍が持参し植えた事で食べられるようになった。ソバ粉の代わりに小麦粉を使うクレープの元になったのもこのガレットだ。
「ガレットの定番はベーコンとチーズに卵だが、それ以外にジャガイモとリンゴなんかを使ってスイス風のも一つ作ろうか。ただソバ粉がないんだなぁこれが、釣鐘、ひとっ走りして買ってきてくれ」
「えー、私っスか〜?」
「働かざるもの食うべからすだ。円周、垣根、浜面、滝壺さんもジャガイモとリンゴの皮を剥いてくれ」
冷蔵庫を閉めて財布からお札を一枚取り出し投げ渡せば、受け取った釣鐘は窓の外へと身軽に飛び出す。流石忍者。外から見ている者には投身自殺者に見えなくもないかもしれないが、噂にならない事を祈ろう。そうして包丁と食材を渡していると、ぶうたれる者が一人。
「皮を剥けだぁ? めんどくせえ、そんなのは
「阿呆かお前は! ガレットが
「訳分かんねえ事言ってんじゃねえぞ! 包丁だろうが
変わるわ、気分が変わるわ!
「肉とかネギはこっちで先に切っておくとしようか、
「痛ってえ指切ったッ!」
分かり易く指を切っている浜面を指差してやれば、無言でこくこくと杠さんは頷く。
「はまづら見せて、こういうのは舐めると良いって聞くよ?」
「た、滝壺……」
「あぁそれ迷信だぞ。綺麗な水で洗い流した方がよっぽど良いらしい。怖いね感染症は」
「法水ぅ! 今それ絶対言うべきタイミングじゃねえだろ! 怖いねじゃねえわ! 俺は滝壺の目が怖ぃぃぃぃッ⁉︎」
「それは俺もこわい……あ、黒パンもあるぞ。どうだオティヌス、スモーブロー作ってやろうか? それならついでに作れるぞ」
「露骨に私の方に逃げてくるんじゃない傭兵、まあ食べてやらない事もないが」
「要は具材てんこ盛りのオープンサンドだから簡単簡単」
「お前はデンマークの伝統料理を馬鹿にしているのか?」
別に馬鹿にはしていないが、料理が初めてらしい杠さんの準備運動には丁度いいのだから仕方がない。台所の上でのオティヌスの喚きは聞き流す。
スモーとは、バター。ブローとは、パン。スモーブローは、バターを塗ったパンに前夜の残り物を乗せたのが始まりであるとか。デンマークのみならず、北欧が発祥とされている名物料理。ハムに教えて貰った数少ない北欧の料理である。小さめにスライスした黒パンにバターをひと撫でして幾枚か広げ、まな板の上に生ハムやチーズ、トマトなどを並べる。
「さあ包丁を使う練習だ。食材を切って好きにパンの上に乗せればそれで完成! 隣で
「了解、隊長さん」
「お、おう、そうな」
「わわ! 包丁持ったままじゃ危ないんだよりんご!」
包丁を持った手で敬礼してくれる杠さんに敬礼を返せば、
「いんでっくしゅ……初めて料理した時はカレンにめっちゃ怒られてたのに……」
「えぇぇ、泣くほどぉ?」
「まぁ分からなくはないわね」
「嘘だろ……マジかよボス」
ゴンッ! と響く拳骨の衝撃に頭を回している横で、上条とボスが手を握り合っている。なんだ保護者か此奴らは。生暖かい空気がむず痒いので離れていよう。
「できた!」
「おうできたか」
「ちょっと待てお前達! スモーブローと言い張る気ならもっと綺麗に盛り付けろ! 北欧の出としてそんな適当に乗せましたみたいなものをスモーブローなどと!」
「ここは俺に任せて先に行け杠さん! さあ垣根に見せてやれ!」
「こら邪魔をするな傭兵!」
「痛え⁉︎ 指を噛むな!」
指に齧りつきぶら下がっているオティヌスをひっ摘み、スモーブローを両の手のひらに乗せて林檎の皮を剥いている垣根の元に歩いていく。盗み聞きをする気はないのだが、骨が勝手に会話を拾ってしまう。
「垣根、私が作った。垣根にあげる」
「あ? 俺に食えってのか? …………悪くはねえんじゃねえか?まあそんな料理を不味く作る方が難しいと思うがな」
えぇぇ……。
「聞きまして上条さん、垣根の野郎普段はプレイボーイぶってるくせにあれですのよ? ぶってるだけですわねあれは」
「まあまあ嫌ですわねぇ法水さん、学園都市第二位なのにもっと気の利いたこと言えないのかしら」
「なんだテメェら気色わりぃッ、ぶっ殺すぞ」
「ただいまっスー」
「お帰り釣鐘! さぁリンゴとジャガイモの皮剥きも終わった! ガレット作りといこうか杠さん!」
「了解、隊長さん!」
「……おう、そうな」
杠さんが再び敬礼をしてくれるが、杠さんの中で俺はどういった位置付けなのか非常に気になる。色々と味を占めたのか元気よく台所に戻ってくる杠さんと
ガレットはそこまで時間の掛かる料理でもない。ソバ粉に塩を入れ、水、牛乳を少量ずつ加えてダマがなくなるまで混ぜ合わせ、卵を加えてさらに混ぜる。
「よろしくなんだよまごいち!」
「あぁ、俺は泡立て器の代わりなのか、そこはやろう」
混ぜ終えたら冷蔵庫で一時間ばかり寝かせれば本当はいいのだが、今回は人数も多いしちゃっちゃっと作ってしまった方がいい。熱したフライパンで円形の生地を焼き、焼けてきたら生地の真ん中にベーコンをまぶし、卵を割り落としてチーズを乗せ、生地の上下左右を折り畳めばもうガレットの形。最後に黒胡椒などで味を整えれば完成だ。
定番のガレットと、細かく切ったリンゴとジャガイモとチーズのガレット。幾枚か作ったガレット達は、形の不格好さで誰がどれを作ったのか一目瞭然であるが、味にさして違いがある訳でもない。机に並んだガレット達に「いただきます!」とそれぞれ手が伸びるが、ガレットとは違うもう一皿が食卓に並ぶ。
細切りしたジャガイモを炒め、表面がカリッとするまで薄平い形にして焼きチーズを乗せた簡素な料理。勝負には勝てなかったのに。
「……
「
「
「な、なんだって?」
「とうまは気にしなくていいんだよ、はいこれも食べて!」
別に気など遣ってくれなくてもいいのに。焼き加減は抜群だが、凝った料理という訳でもない。塩とチーズとジャガイモの味。ただ形の不格好さなど関係なく、作った者によって忘れられない味に変わる。初めては何があっても忘れない。きっと垣根も、杠さんも、上条も、
急に始まったボスの視察ではあったが、急な来客もたまにはいいのかもしれない。他の者達にも分け合いながら、ガレットよりもレティシュの皿へとフォークを伸ばした。
ピンポーン。
レティシュの味の余韻に浸る間もなく、事務所に響くインターホンの音。タイミングが悪いと言うか、いやある意味良かったか。食事ももう終わり、このままでは余韻に沈んで椅子から腰を上げるのが重くて困る。荷物でも届いたのかと玄関へと向かい扉を開ければ。
「あ、どうも初めまして、私は青星と言いまして、少年院から二人場所を移すので指示は貴方に聞くように言われたのですけれど。まあその、私も含めて。えーと、それでですね────」
「茶寮が世話になっているそうだのう
「はわわ、お兄さんはイイ人なんですかぁ? それとも噂通りの悪い人?」
「
扉を閉める。
ふざけんじゃねえ、やっぱり急な来客とかクソいらねえわ。