時の鐘   作:生崎

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憂鬱な初仕事 篇
憂鬱な初仕事 ①


「なあ、早くない? あと俺に何か言うことないの?」

 

 俺は今無性に機嫌がよろしくない。九月一日。九月一日は防災の日なのだそうだ。だからといって別に迫る問題事に立ち向かう必要はない。寧ろ防災の日らしく防災頭巾でも被って机の下に隠れているべきだ。

 

 朝っぱらから小萌先生に生徒指導室に突っ込まれ、冤罪であるというのに学生の恋愛というどうだっていい哲学を俺の頭に詰め込んでくれた。まずは交換日記から始めると良いとの事だったので、ボスに昨日と今朝の出来事をメールで送ったらブロックされた。恋愛に関して俺はもう絶対に小萌先生の言う事は聞かない。

 

 そうして生徒指導室から出て早々、教室に向かうはずであったのに、どこで待ち構えていたのか土御門に拉致された。初日から学校をふける事になるとは、小萌先生の評価がみるみる下がっていく音が聞こえて来るようだ。学校の屋上から見える体育館では、今絶賛校長先生の話という子守唄が歌われている頃だ。それを抜けられたのは喜ばしい事だが、今隣で同じく屋上の柵に肘をかけながら体育館を見下ろしている男がいるのがよろしくない。

 

「なんだ、もう仕事の話か? せっかちだにゃー」

「違う。いやそれも聞きたくないが、昨日の夜クラスのチャットでよくもまあ俺を祭り上げてくれたな。それに対して謝罪はないのか?」

「謝罪? 謝る事なんてないぜい、女子中学生マスター」

「それだよそれ! なんだよ女子中学生マスターって! そんな風に呼ばれたのは初めてだよ! どんな達人⁉︎ 女子中学生のコスプレでもすりゃいいのか⁉︎」

「そりゃ女子中学生を誑かす達人ぜよ、お前うちの義妹に手出したらぶっ殺し確定だから」

「出さねえよ! クッソマジで……」

 

 調子が狂う。これだから、学校というある種の特殊な空間は、浸っていると傭兵であるという事を忘れそうになる時がある。これが学校の効果なのか、それともあのクラスだからなのかは分からないが、いずれにしてもあまりいい事ではない。人目が土御門しかいない事をいいことに煙草を吸う。甘い香りが傭兵としての俺へと戻してくれる。ふーっと紫煙を吐いて間をおくと、土御門も少し真面目な顔になった。

 

「で? 仕事か早速。学園都市は忙しいね」

「悪いな孫っち。オレもまさかここまで早く問題が起きるとは思っていなかった」

 

 そう言って土御門が一枚の写真を俺の方に投げてくる。それを取って見てみれば、漆黒のドレス、歳は見たところまだ二十代。チリチリとした金髪の褐色の肌を持つ女性。見るからに世間から浮いている。魔術師。その言葉が脳裏をよぎる。

 

「この人の護衛か?」

「いや違う」

 

 土御門の顔を伺うと、機嫌悪そうに言葉を切った。珍しい。どうやらよっぽど土御門としても良くない仕事のようだ。口調まで違う。もうその時点でやる気が起きない。土御門が持ってくる仕事は割に合わない。その法則が役立つ時だ。とはいえ暗部に一歩踏み込んだからには、やる時はやらねばならない。給料もであるし、仕事ならやるしかない。だがそれは内容による。

 

「殺しじゃないだろうな?」

「いやそれもマズイ。そいつはシェリー=クロムウェル。流れの魔術師ではなく、イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』の人間だ」

「は?」

 

必要悪の教会(ネセサリウス)』って事は土御門の身内じゃねえか! 禁書目録(インデックス)のお嬢さんといいなんでそう味方とゴタゴタするのが好きなのか。よく組織として保っているものだ。時の鐘で裏切り者なんて出たら全員から射殺されるぞ。俺の機嫌が悪くなったのを悟ってか土御門は言葉を続ける。

 

「イギリス清教だって人の作る組織である以上は一枚岩ではないのさ。いや、構成の特性上、十字教の中でもあれほど複雑に分岐した国教は他にない、それ故にイギリス清教にも様々な派閥と考えがあるんだ」

「無駄に人数増やすからそうなるんだ。宗教の怖いところだ。宗教戦争が一番不毛だよ」

「全くだ。この問題は最悪、科学世界と教会世界の戦争になるかもしれない」

「そこまでか」

 

 あー、聞きたくなかった。戦争。俺には聞き慣れた言葉だ。日本から遠く離れた国では小さな戦争など無数にある。だが、科学世界と教会世界の戦争ときた。ロボットと十字軍が戦う姿を想像し、口端が勝手に歪んでしまう。映画にしたら絶対売れない。

 

「うちが大活躍しそうな話だな。どうしてそうなる」

「シェリー=クロムウェルが今まさに学園都市に攻撃を仕掛けている。堂々と正面からな。学園都市側にはすでにリークされ、風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)が出動した」

「じゃあ任せよう。こういうのは然るべきところに任せた方がいい」

「ああそうだな、だから孫っちに頼んでいるのさ。魔術師を表立って科学側が倒せば大きな波が立つ。だが魔術師が魔術師を倒せばその波も小さくなる」

「つまり俺に土御門さんのサポートをしろって事か?」

 

 全く面倒この上ない。一々倒すのにも制約が必要だとは。魔術という使う技に既に制約があるようなものなのだから、他のところはもっとシンプルにして欲しい。俺の質問に土御門は簡単に頷くどころか、大きくため息を吐く。まだややこしくなるのか。もう帰っていい? 

 

「悪いがオレは上から手を出すなと言われている。放っておけとな」

「はあ? ……ああ、だから機嫌が悪いのか。時限爆弾をただ見ているだけで爆発しないのを祈ってろと。学園都市のお偉いさん方はドM集団なのか? フォボフィリア? だから俺を使うわけね」

「ああ、こういう時のために孫っちが必要なのさ」

 

 必要なのは時の鐘の名前。魔術が科学に倒される。科学が魔術に倒される。どちらもやばい事なのならば、三つ目の力を使うしかない。時の鐘は魔術と科学、両方の世界から認識されている表の組織。科学が倒されても時の鐘だから。魔術が倒されても時の鐘だから。ある意味これで済んでしまう。傭兵という力の使いどころだ。

 

「それに、上はシェリー=クロムウェルにカミやんをぶつける気だ」

「上条さん? なんだよやっぱり上条さん上からも目をつけられてるのか。何というか、流石上条さんだな」

「だがオレとしてはカミやんにあまり無茶をして欲しくない。だから孫っちに頼んでいる。こういう世界は、オレ達だけで十分だろ?」

 

 はあ、『御使堕し(エンゼルフォール)』の一件から土御門に本当の意味で信用されたようで何よりだ。そんな事まで俺に言うとは。自分の内側を俺に見せる気になったらしい。その気持ちは分からなくない。名も無い一般市民を戦場に送り出すくらいなら、俺や土御門のような存在がそこに立った方がよっぽど上手くできる。が、誰もがそうであるわけではない。

 

 力だ。力にも色々な種類がある。

 

 俺のは目に見えて分かる単純な暴力。土御門は底を見せない強かさ。初春さんならハッカーの腕。木山先生なら理的な頭脳。御坂さんなら超能力。その様々な力のどれを必要とするか。上条の力は優しい力だ。その力をわざわざ闘いのために使おうとする。俺は裏でほくそ笑むような奴が嫌いだ。だから俺は仕事を選ぶ。自分の人生は自分の力で描くべき。謀略や策略も力と言えるものではある。だが、木山先生は自分で動き、『電波塔(タワー)』だって自分で動いた。どこにも自分を持って来ず、ゲームでもしているように世界を見るなど、観客は不要だ。

 

「土御門さんの上に誰がいるかなんて知らないが、気に入らないのは確かだな。俺は傍観者が嫌いだ。他人に殴らせようとするぐらいなら自分で殴ればいいんだ。殴った時の爽快感も、拳の痛みも自分だけのものだ」

「耳が痛いな」

「まあ幸い俺と土御門さんはチームだ。傭兵は仲間を裏切らない。結成一週間も経ってないけど。土御門さんの分も俺が殴っとこう」

「頼む。オレは裏で少なくとも死人が出ないように立ち回る。インカムを渡すから着けておいてくれ、それでいつでもオレとお喋りできるぜい」

 

 多少気が落ち着いたのか、聞き慣れた口調に戻った土御門が、耳に引っ掛けるような小さな機械を投げて寄越す。俺が普段時の鐘で使っているものより随分小さい。着けてみて喋ってみた感じ、音の拾う具合も随分とこちらの方が良さそうだ。流石は学園都市暗部。こんなものをひょいひょいくれるとは、超能力とは違うが、科学の力を借りる俺との相性はかなり良い。

 

「いいね。まあ今日は防災の日なんだ。盛大な避難訓練といこうか」

「おうとも、押して、駆けて、もう戻って来ないようにノックアウトですたい」

「はいはい、死は抜きでね。で? 襲撃者は一人?」

「いや」

 

 土御門が大きく首を傾げて拳を握った左手を突き出してくる。びっと天に向けられて突き立てられた指の数は二本。笑いながらVサインを送ってきた。

 

「侵入者の数は報告によると三人だそうだぜい」

 

 おい指の数と合ってないぞ。

 

 

 ***

 

 

 始業式の日はある意味学生にとってはラッキーな一日と言える。夏休みの宿題を提出しなければならないなんて地獄の検問地味た難所はあるが、久し振りに夏休み中会えなかった友人に会え、そして午前中には学校が終わるのだ。

 

 するとどうなるか。訪れるのは混沌だ。今まで夏休みのおかげで浅く広く学園都市に分布していた能力者達が一つの場所に押し込められ、子守唄(校長先生の話)を聞かされた後に一気に解放される。学生達がハッチャケたくなるのも仕方がない。そういう意味では、この一日は風紀委員(ジャッジメント)にとっては良くない一日だ。普段よりも格段と仕事が増える。

 

 学生の密度がいつもの数倍になった大手デパートが集中する駅前の一角を歩く白井黒子の足取りはだからこそ重く、この後の事を考えると更に肩が重かった。

 

 今朝七時前に学園都市の二ヶ所から、ほぼ同時に何者かが侵入した。この内の一人は、黒子の知らない事だが、とある高校のツンツン頭。黒子が追っているのはもう一つの方だ。手に握られた携帯電話に映る画像を頼りに、目立ての人物を探す。画面に映る二人の女性。真正面から堂々と学園都市の『門』に攻撃を仕掛け、重傷者五名を含む三十人に及ぶ負傷者を出し強引に街の中へと入って来た。

 

 これにより対テロ用の警戒レベル『特別警戒宣言(コードレッド)』が発令。学園都市内外の出入りが完全に封鎖された。そうして風紀委員(ジャッジメント)である白井黒子の元にも捜索の命令が下され、始業式にも出ずに数時間学園都市の中を歩き回っていたわけだが、ようやっと見つけた。

 

 金髪の女と茶髪の女。それも一人は何か白く長い棒のようなものを背負っている。人混みの中を悠々と歩き、侵入者のような雰囲気は、画像と同じ、金髪の女が着ている漆黒のドレス以外に何もない。ここでもし荒事を始めれば何人が怪我をするのか。元々装備の整っていた『門』を強引に突破してくるような連中だ。いつ暴れ出すのか分かったものではない。

 

 始末書を書く面倒な時間と、学生達の安全を天秤に掛けて黒子は即座に決断を下す。ポケットから取り出す小型拳銃。学生達に危険を報せる信号弾。それを天に向けて引き金を引く。

 

 ポン、とシャンパンの栓が飛んで行くような音と共に、空に飛んで行った金属筒が季節外れの花火となって人混みを照らした。時を止めたかのような一瞬の硬直の後、蜘蛛の子を散らすように人混みは各々建物の中へと走って行く。治安部隊による避難命令。これからここは戦場になると、普段見慣れぬ閃光が学園都市内外の住民に教えてくれた。

 

 人の居なくなった駅前にぽつんと残されるのは黒子と侵入者の女達。距離は十メートル程。騒ぐこともなく侵入者の女達は悠然と動かずその場に立っている。

 

 一人は金髪の女。漆黒のドレスの端に白いレースをあしらって、擦り切れたように着古された服を着ている。目立つ金髪はチリチリと毛先を跳ねさせ、褐色の肌はガサついていた。ガサツな美人。そんな言葉が似合いそうな女。

 

 そしてもう一人は茶髪の女。黒子はこちらを見て僅かに眉を潜める。身長が高く、ショートカットに切り揃えられたふわりと風にそよぐ綺麗な茶髪。金髪の女よりも明るい小麦色の肌。着ている服を盛り上げる胸とお尻はどちらも大きく大変スタイルが良い。問題は女の着ている服装だ。灰色と緑色を混ぜたような色。両肩から下に向かって取り付いたV字を描く白銀のボタン。肩についた小さな赤い十字マーク。誰にでも似合うように設計された無骨な軍服。黒子はこの服に見覚えがあった。お見舞いに来たタレ目の男と共にいた漆黒の男。その男が着ていた服と全く同じ。

 

「俺の仲間です」、そうタレ目の男は言っていなかっただろうか。小さく黒子は舌を打つが、今タレ目の男を問い詰めている時間がない。

 

「動かないでいただきたいですわね。わたくし、この街の治安維持を務めております白井黒子と申します。自身が拘束される理由は、わざわざ述べるまでもないでしょう?」

 

 黒子の言葉に金髪の女は大した反応を見せないが、

 

「白井? 黒子? ああ知ってんよあたし、孫市(ごいちー)の言ってた子だろ? いやラッキー、孫市(ごいちー)の知り合いに会えるなんてさあ。しかも何? 可愛いじゃんもう孫市(ごいちー)の奴何にも言わないんだからさあ、ほらほらリーク、この子だってうちの孫市(ごいちー)が言ってた正義のポリスガール。いや来たかいあったって。あたしずっと学園都市(ここ)に来てみたかったんだよねー、ねえなんか学園都市で有名なお酒とかない? バーでも良いんだけど、ね、教えてよ」

「は、はあ?」

 

 急に洪水のように口を開いて言葉を吐き出す茶髪の女に、黒子は面食らってしまう。侵入者だというのに全くそれを気にした様子もない。それどころか気安く隣にいる金髪の女の肩を叩きウンザリした顔を向けられているほどだ。ぱっと見友達と旅行に来た二人。しかし、茶髪の女が肩に掛けている白い槍のようなものを見て、黒子は小さく首を振った。

 

「貴女達侵入者だという自覚はありますの? もしあるなら出頭してくださると楽で良いのですけれど」

「顔に似合わず怖っわーいねー。そんな顔してるとうちのハムみたいになっちゃうぞ。なあ? お嬢さんこそ見たところ一人で気張らないでさあ、一緒に酒でも飲めば落ち着くさ」

 

 茶髪の女の減らず口を止めるため、黒子は自身の能力を行使する。空間移動(テレポート)。茶髪の女の目と鼻の先に現れた黒子は、茶髪の女の手首を掴み能力によって地面へと引き倒した。続いて金髪の女のも同じように引き倒し、金属矢を服に打ち込んで地面に縫い付ける。驚いた顔をする侵入者二人。だが茶髪の女の方はすぐに口を笑みの形に変え、強引に立ち上がろうとする。

 

「だから動くなと……って、はい?」

「あーもう穴空いたー。バドゥに怒られるじゃんか。酷いなあったく」

 

 立ち上がれるはずもないと黒子は思っていたのに、金属矢など何でもないというように茶髪の女は普通に立ち上がって来た。手で服に付いた埃を払い、大袈裟にため息を吐く。金髪の女は疲れたように茶髪の女に視線を送ると、重々しく口を開いた。

 

「おいロイジー、お前サボってんじゃねえぞ」

「分かってんよ、お仕事お仕事。でも少しくらい良いじゃんかさあ、友人と学園都市見物くらいさあ」

「無視しないでくださいます?」

 

 動くなら動けないようにすれば良いだけのこと。空間移動(テレポート)で茶髪の女を黒子は掴み、関節を極めようとする。どんな人間も関節を極められてしまえば動きようもない。だが、黒子の掴んだ腕は、黒子がどれだけ力を込めても全くビクとも動かない。

 

「なに学園都市(ここ)ってお触りOK? お姉さん君みたいな可愛い子に触られると嬉しくなっちゃう。でも悪いね、今お仕事中なんだよっと」

 

 茶髪の女が腕を振ったそれだけで、黒子は小石のように路上に駐めてある車の横腹に吹っ飛ばされた。体に叩きつけられた衝撃に黒子の視界に火花が舞う。その視界の中を、ゆっくりと茶髪の女が黒子に向かって歩いて来る。

 

「能力者?」

「のーりょくしゃ? ハハ、違う違うあたしのは体質。昔っから筋力が強くてさあ。あ、体重は聞かないでねん。そうだ、自己紹介がまだだったね黒子ちゃん。あたしはスイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッケ)』一番隊所属、ロイ=G=マクリシアン。孫市(ごいちー)の知り合いなんでしょ? 殺しなんてしないって。でも手足の二、三本は悪いんだけど貰うから。黒子ちゃん面倒そうだからさあ」

 

 黒子に歩いてくるロイを止める事は黒子には出来ない。空間移動(テレポート)を使用しようにも、波打った頭では上手く演算仕切れない。歩いてくる小さな巨人は、笑顔のまま黒子に近寄りその大きな手を黒子に伸ばした。

 

 途端。

 

 目を覆いたくなるような光がロイを包む。宙を切り裂くジグザグは、黒子が何度も見たことがあるもの。

 

「痛た。雷に打たれたのなんて初めて。学園都市ってびっくり人間の集まり? よく孫市(ごいちー)は生活できてんなあ」

「なんの騒ぎか知らないけどさ、私の知り合いに手出してんじゃないわよクソ豚が‼︎」

 

 御坂美琴。学園都市が誇る超能力者(レベル5)の一人。ロイが足を止めたのを確認すると、美琴はその代名詞である一撃を放つ。ロイには避ける事は出来ない。しかし、足元に落とされそうだった超電磁砲(レールガン)は、突如地面から伸びて来た巨大な腕を砕くだけで終わり、その軌道を大きく外していった。

 

「わあお、助かったよんリーク。危うく焼き豚になるとこだった」

「ったく、高い金払わせといてさっさと戦線離脱しようとしてんじゃねえ!」

「高い金って、お友達料金で格安にしたんだからこのくらいはやって貰わないとさあ」

「ったくなんなのよアンタたち」

「お姉様!」

 

 黒子を守るように黒子の前に立つ美琴を、シェリー=クロムウェルから目を外したロイが面白そうに眺める。美琴の体から漏れ出る紫電を見ると、口の端を深めた。

 

「ひょっとして御坂美琴? ほー、たった一人から施設を守るなんて簡単な仕事、孫市(ごいちー)の奴はなんでキレたのか不思議だったけどこりゃ納得。ふざけてんな。あたしでもパスだ」

「ごいちー? 何言ってんのあんた」

「お姉様、この侵入者は法水さんのお仲間さんらしいですわ」

「はあ?」

「そそ、弟分が世話になってまーす」

 

 少しの間驚く美琴だったが、できのいい美琴の頭がすぐに答えをはじき出す。時の鐘は傭兵だ。美琴自身ほんの僅かな間ではあったが、法水孫市と敵対している。『アイテム』という第三者がいたからこそ直接の対決はせずに済んだが、それがなければあの施設で立ちはだかっていたのは時の鐘。時に味方でも、時には敵である。今回は所詮それが目に見えて分かるようになっただけの事。それを理解し、美琴はその凛々しい眉毛を少々吊り上げる。

 

「あっそ、今回はアイツも敵ってわけ」

 

 美琴の一言で黒子の目付きが鋭くなる。やはりあの男ロクでもないと、黒子は今すぐにでも飛んでいって刑務所にシュートしたいくらいだ。それを止めたのは、美琴ではなく他でもないロイ。

 

孫市(ごいちー)はあたしが来てんのなんて知らないさ、言ってないし。それにこれはあたしの仕事だからね。むしろあたしとしては久し振りに姉弟喧嘩みたいな? そうなったらちょっと楽しみ」

「は、え? 仲間なんでしょ? 」

「仲間さ、間違いなく仲間。でもこんな仕事してるとたまにかち合う時もある」

「……やっぱりあのタレ目ロクでもないですの」

 

 黒子のため息を可笑しそうに眺めるロイだったが、これまで黙っていたシェリー=クロムウェルの限界が来たのかロイの頭を引っ叩く。パシーンといい音響かせて、頭をさすりながらシェリー=クロムウェルへと顔を向けたロイの眼に映るのは金髪の悪魔。チリチリ跳ねた髪はシェリー=クロムウェルの怒気に当てられたように重力に逆らっていた。

 

「おいロイジー、いつまでくっちゃべってやがる。仕事よ、分かってるんでしょ?」

「分かってるって。で? 標的はアレ?」

「面倒だけどアレは苦労しそうだから、別のを狙うわ。だからもう行くわよ。こんなところで足止めなんて、ここはもう十分だわ」

「へいへい、全く人使い荒いんだから、さ‼︎」

 

 砕けた人の頭大のアスファルトのかたまりをロイは思いっきり蹴り飛ばす。小さな爆弾が破裂したような音と共に蹴り出された岩塊は、空を切り裂き真っ直ぐに美琴達の元へ飛んで行く。雷撃で砕こうにも岩の速度が速過ぎる。身を捻って避けた美琴と黒子の間を通り過ぎた岩はビルの柱をへし折って、大きな砂煙を上げた。美琴が雷撃でそれを散らしたその先に、もう侵入者の姿は消えていた。

 

「ったくなんなのよあの女! ゴリラが人の皮でも被ってるわけ?」

「大丈夫ですお姉様。初春が風紀委員(ジャッジメント)に回って来た画像を元に身元を調べていますわ、金髪の方は分からないですけれど、あの茶髪のロイと呼ばれていた方なら……来ましたわね」

 

 黒子のポケットに入れられていた携帯が震える。取り出してみれば電話して来た相手は黒子の予想通り初春飾利だった。美琴にも聞こえるようにスピーカーモードのボタンを押す。

 

「白井さん! 大丈夫ですか? 避難命令の照明弾が使われたって」

「ええ、お姉様のおかげで何とか無事ですの。それで調査の結果は?」

「そうですか御坂さんが……、調査の結果金髪の女性の方は分からなかったですけど、茶髪の女性の方はすぐに分かりました」

 

 そう言って飾利は言葉を切る。調べたらすぐに分かったと飾利は言った。孫市の素性に誰より早く気が付いたのは飾利だ。茶髪の女性を調べて行くうちに何処に行き着くのか。そんな事は途中で気が付いた。口に出す事が少し憚られたが、それでも飾利は口を開く。なぜなら飾利もまた風紀委員(ジャッジメント)だから。

 

「茶髪の女性の名前はロイ=G=マクリシアン。法水さんと同じ時の鐘の傭兵です」

「ええ、分かってますの。自分からそう名乗っていましたもの」

「そうですか、あの、法水さんは……」

「無関係だそうですわよ。そのロイという方の言ったことを真に受けるのならばですけれど」

「そうですか」

 

 少しホッとした飾利の声が携帯から聞こえてくる。少なくとも一度二度飾利に力を貸した孫市だ。そこまで悪い男ではないという事も分かっている。その孫市と敵対しなければならないというのは、優しい飾利には少々厳しいものがある。

 

「全くあのタレ目の仲間とは、面倒な相手なんですの?」

「ええかなり、時の鐘の中でもかなり有名な人です。なんでも時の鐘一番隊の部隊長だとか。あだ名はビッグフット。装甲車を体当たりでひっくり返したとか、拳で鉄板に穴を開けたとか、バイクが走ろうとするのを片手で掴んで止めたとか、調べれば調べるほどそういう話が出てきます」

「何よそれ、本当に人間? やっぱり熊かゴリラじゃないの?」

「あ、後酒場の酒を全て飲み干して店を潰したなんて噂まで」

「それじゃあ蟒蛇(ウワバミ)じゃない。何にせよかなり面倒そうね」

 

 ため息を吐く美琴とは対照的に、これまで騒がしかった黒子が静かになった。チラリと黒子に美琴が視線を落とすと、黒子の肩が小刻みに震えていた。

 

「ちょっと黒子、アンタ大丈夫? まさか怪我」

「お姉様……ああ! お姉様! 今になって先ほどのダメージが!」

 

 顔を覗き込もうと腰を曲げた美琴の胸に目掛けてバッと顔を上げた黒子が飛び付く。腰にぐるりと手を回し、慎ましい美琴の胸に頬を思い切り擦り付ける。

 

「ちょ! アンタ、黒子! やめなさいって!」

「まさかそんなゴリラ女が相手だったなんて! 黒子は、黒子は怖いですの!」

「あんた風紀委員(ジャッジメント)でしょうが! 向かってったのはアンタからでしょ! ちょ、離れ、どこ触、っ離れろっつってんでしょうがあ‼︎」

「あぁあ、お姉様ぁぁあぁ!」

 

 ビビビと迸る雷撃と雷鳴に黒子は抱かれて昇天していく。携帯からでも何が起きているのか分かる飾利は聞こえないであろうため息を零し、「とりあえず法水さんに電話してみますから」と通話を切る。駅前に残されたのは、美琴と少し焦げ臭くなった黒子。そして二人には聞こえないくらいに少々遠くから響く電話のコール音だけだ。

 

 

 ***

 

 

 電話だ。電話が来た。

 

 画面を見てみる。初春さんか。

 

 俺は電話には出ずに携帯をポケットに戻し、デパートの屋上で寝転がる。マジかよ。(ねえ)さんなんて殴ったらこっちの手が折れちゃうよ。シェリー=クロムウェル? 知らないよそんなの。

 

「なあ土御門さん、帰っていい?」

「却下」

 

 この世は無情だ。

 

 


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