魔○‘s ①
迫り来る四駆を前に、男は薄い笑みを浮かべた。
肌を撫ぜる冷たい風を引き裂いて迫り来る鉄の塊の怯む事なく足を踏み締め宙へ舞う。四駆を飛び越え着地する柔らかな音はブレーキ音によって掻き消され、開くドアの音とアスファルトを蹴る幾つもの足音が続く。
男は笑みを消す事なく肩を竦め、迫り来る無数の手を前に、風に乗るように緩やかに身を振った。伸びる腕を躱し、体当たりして来る者の足を払い、抜き去った者の背中を肘で小突きまた腕を躱す。闇の中で踊るように人波を躱し続ける男を線路を走る電車の明かりが柔らかく照らし、電車が過ぎ去る頃には男は人の波を完全に脱した。
男を追い振り返る数多の視線。それを背に受けながら、男は振り返る事もなく壁に立てかけられていたアクロバイクのチェーンを踏み砕き颯爽と跨る。
アクロバイク。
最高速度は時速五〇キロを超え、さらに電子制御式のサスペンションによってあらゆる衝撃を緩和、前輪と後輪をそれぞれ左右から挟み込む巨大な円盤型ジャイロのおかげで、車体が七〇度以上傾いても決して『倒れる』事もない。サスペンションの力を借りれば垂直に二メートル以上跳躍できる電子補助付きの高性能自転車。
背後で聞こえて来る銃声を耳に、男は迷う事なくペダルを漕ぎ出した。
「へ、えへへ。上条ちゃん達にもお願いしたのですけれど、こ、こんな感じにですね、是非とも法水ちゃんにもイベントを盛り上げて貰いたいなーと」
「え? 本当にいいんですか? 体当たりで壁ぶち抜いたりしても?」
「うーん……今回に限り許可しちゃうのです! 頑張ってください法水ちゃん!」
十二月三日。師が走り回る程忙しいと言われる十二月。十二月三日には色々な記念日がある。国際障害者デー、日本ではカレンダーの日や奇術の日。だと言うのに全く学園都市で行われるイベントと関係ない。世間では違かろうと、学園都市では今日は防犯オリエンテーションの日である。元は放火犯対策から始まったらしい小さなイベントだそうだが、今や第七学区、全域の生徒が参加する一大イベント。
適当に流そうと思っていたが、小萌先生から、
『うっ、うええ、うえええ────ん!! ただでさえ一学期の出席日数がアレだったのに、二学期の十二月に入ってもこの有り様。このままじゃどこをどう帳尻合わせようとしても上条ちゃんと法水ちゃんの進級は絶望的なのですよーっ!!』
と上条共々泣き付かれてしまったのだからしょうがない。なによりも、小萌先生からのある意味依頼とも言える頼みを断るのも忍びない。普段迷惑を掛けているのだから、小萌先生の依頼ぐらい完遂しなくては。
だからこそ肌色の全身タイツに身を包んでいたとしても、腰に一枚白ブリーフを穿いていても、古めかしい洋画に出て来るようないかにもなトレンチコートを羽織っていたとしても問題ではない。仕事なのだ仕方ない。これが今回の仕事着だ。与えられた仕事、防犯オリエンテーションの暴漢役。どんな格好であろうとも、恥ずかしがるなど下の下である。
「その程度の逃げ足では我が白ブリーフの染みにすらなりえん。出直すがいい」
教室の中、目を回して壁を背に座っている人質役の女子生徒の肩をポンと叩き、そのまま教室の扉へと向かう。別に自棄になっている訳ではない。小萌先生から何をどうしようが冬の補習は確定だからと聞いたからとか、ようやく時の鐘の人員だけになった事務所にまた居候みたいなのが増えたからとか、面白くない事は色々あるが、それを別にこれで発散しようとか思っちゃいない。
だから教室の扉を蹴り抜いて廊下に出ても、これは暴漢役としてとにかくみんなを驚かせる為であって、決して丁度いいからストレス解消している訳ではないのだ。そうして廊下に出れば、吹き飛んだ扉に驚き固まっている俺と同じ格好をした上条当麻が。
「何やってるんだ上条」
「いやそれはこっちの台詞だから! 意気揚々と変な登場の仕方してるんじゃねえ! てかいいのかそれは! 学校の備品ぶっ壊すとかッ」
「問題ない。小萌先生からGOサインを貰っている。寧ろ今回はやっちゃって盛り上げてくれとな!」
「本当か⁉︎ 本当なのか⁉︎ その感じだと法水お前マジの暴漢にしか見えないぞ!」
「これも仕事だ、もう人質役を五人はタッチしたんだが、これってどんな計測方法なんだろうな?」
「うわー……」
なぜ引く。小萌先生からの頼みなのだから真面目にやらなければ失礼だ。へーこらしている暴漢役など暴漢役ではない。トレンチコートをはためかせて白ブリーフ一丁で腕を組んでいると、新たに階段の方から慌ただしい足音が響いてくる。追われているらしい他の暴漢役。警戒する上条を横目に、役を演じ切る為に薄っすらと笑みを浮かべて来訪者を待てば、やって来たのは見知った顔。その者の名を上条が叫ぶ。
「あれ? 土御門?」
「に、にゃー……ッ! カミやん、孫っち、ここは危険だ、早く……うっ!?」
土御門を追って青髪ピアスまでもが階段から廊下に飛び込んで来る。『シグナル』が揃いも揃って肌色タイツに白ブリーフ、トレンチコート。何の組織だこれは。学園都市の暗部以上に禍々しい何かが蔓延っている。一目見られたら通報待ったなしと言うか、いや待て一人違う。青髪ピアスの野郎だけ頭に三角形の神秘の布を被ってやがる。暴漢役なのをいい事に遂にやりやがったのかこいつッ。自前で用意していたのだとしてもそれはそれで引くのだが。
「おー、カミやギュッッッ‼︎⁉︎」
出会いの挨拶さえ終わらぬうちに、青髪ピアスの体が首を起点にくの字に折れる。なにこれ……。階段の方から飛んで来たU字のサスマタが、青髪ピアスの首を抑えて向かいの壁まで吹き飛ばす。ふざけていても学園都市第六位。連射されたサスマタが青髪ピアスの手足や胴体を押さえ付けて拘束する様は悪夢でしかない。
アレは本当にサスマタなのか? 絶対に使い方が違う。サスマタという名の学園都市が作った新しい弾丸か何かか? アレは手に持って暴漢の胴体を押さえつけるものであって、決して射出し相手を壁に縫い止めるものではない。
「ぎ、ぎゅう……く、首を絞めながら行為に及ぶと気持ち良いって、本当なんかな───ごぎゅう!?」
「喜んでいるだとッ⁉︎ この状況であの啖呵ッ、ふっ、あの男こそ我ら四天王の中でも最強の男」
「最強なのかよもうやられてんじゃねえかッ! だいたい法水は暴漢役のロールプレイそれでいいのか⁉︎ というか支給されていたのはブリーフであってぱんてーではなかったはずだ!! 青髪ピアスのやつ一体どこからそんなものを……ッッッ!!」
「馬鹿野郎カミやん、死人に構っている場合かにゃーっ!?」
土御門の叫びを合図とするように、規則正しい足音がゆっくりと近づいて来る。波紋を第三の瞳で見つめなかろうと誰かは分かる。とある高校の中に限ってのみ、なんかもう色々なものをすっ飛ばして公にしていないとはいえ、
口元から蒸気のようなものを吐き出し、両眼を赤く光らせながら、いやそんな持ってても使わねえだろと思いたい程の量のサスマタを背負った長い黒髪を靡かせる死神。
青髪ピアス……相手が女子高生でさえなければッ。
「吹寄さん!? いいや秘められた能力がついに明かされるとかそんな展開じゃないはずだ! だってお前の能力はアレがああしてアレじゃない───ッ!!」
「おーとーめーをー泣かした罪は重いのよ変態どもォォォおおおおッ!!!!」
「とほほー。このおやっさんはいつも通り話を聞いてくれないのだぜいー」
「ああここそういう場面? にしても青髪のヤツ、余計な真似してとばっちりだけ押し付けやがって!!」
「世紀の大泥棒さえ捕まえそうな勢いだなおい。だが俺も今回は小萌先生からの依頼なのだ! 今回は脅威に向かわず逃げさせて貰う!」
何を思ったのか窓の外へと身を乗り出す中々に暴漢役になりきっている上条を横目に、土御門がサスマタの集中砲火を浴びている間に別の教室の扉を体当たりでぶち破り、そのまま窓ガラスに突っ込み外へと逃げる。学校の外壁に手を這わせて勢いを殺し地面に着地。降り注ぐ窓ガラスの破片を靡かせたトレンチコートの裾で払い落とし、校門に向けて足を向けた。
「
だのに治安役なのか何なのか、本職の人に、それも良く知る
…………なんでだよ。
右腕に巻かれた緑の腕章を引っ張り上げる白井黒子と見つめ合い時が止まった。
確かに防犯オリエンテーションは学校単位ではなく第七学区全域が対象ではあるが何故いるッ。別に俺が暴漢役だとわざわざ伝えていないし、
「……お姉様を追っていた最中に学校に本物の暴漢が紛れ込んでいるかもしれないと通報を受けまして、近くに居たのでやって来たのですけれど」
「……へー、うちの学校に?」
「……えぇ、なんでも扉はぶち破るはサスマタは蹴り壊すは押さえつけようにも能力さえそもそも当たらないとか、暴漢役ではなくきっと本物の暴漢だと」
「……へー」
「……ちなみに特徴は赤い癖毛にトレンチコートを羽織った白ブリーフ一枚の変質者ですの」
「……奇遇だな、俺と一緒だ」
「……そうですわね」
間が苦しい。
誰だいったい通報した馬鹿野郎はッ! 同じ学校の学生の顔くらい覚えていろ! 何が嬉しくてこんな格好で黒子と対面しなければならないのだ!
あぁ黒子の目が死んでいる……。そりゃそうだわ、俺でもそうなるわ。防犯オリエンテーションとは言え説明なくトレンチコートに白ブリーフ一丁の知り合いに出会ったら何も言えねえもん。だからこそ、手首に手錠が落とされたのはある種当然と言える。その硬質な音がもの悲しい。
「……あの、黒子? 一応俺防犯オリエンテーションの暴漢役」
「……こう言ってはアレですけれど、暴漢役だとしてもその格好はありえませんの」
「ですよねー! だと思った! だけどびっくり先生からの指定なんだよこれが!」
「はぁ、孫市さん? そんな格好を強要する先生などいる訳ないでしょう?」
いやいるんだよそれが。じゃなければ上条達とわざわざ合わせるにしてもこんな格好を選ぶ訳がない。だいたいこの格好ってどちらかと言えば暴漢と言うよりも露出狂の格好だし。この格好で暴漢役を演じた俺を寧ろ褒めろ。どうやら本気で演じ過ぎたらしいがなッ。
黒子に引っ捕らえられた数は数知れないが、その中でもこの状況はワースト過ぎる。暴漢役やってたら暴漢だと間違われて逮捕されましたとか間抜け以外の何者でもない。
「待て黒子少し話し合おう、この格好に手錠という組み合わせは非常によろしくないッ、変態度というパラメーターがあったとしたらこの手錠の所為でそれが増しているッ、
「いえ、ですからマジの暴漢として通報されてるんですの」
「待った! 他の奴から話を聞こう! そうすれば誤解がッ」
下手な罪状が人生の中で増えぬようになんとか頭を回す中、強烈な視線を感じて飛び出して来た窓を見上げる。そうすれば顔を覗かせている土御門を制圧し終えたらしい
「おーいおい! 吹寄さん! 吹寄さん? あれおかしいな? なんで教室の方に戻っちゃうの? なぜ目が死んでたの? そこは誤解を解いてくれるところじゃねえの⁉︎ 救いはないんですか⁉︎ せめて小萌先生を呼んでくれ‼︎」
「はい孫市さん、詳しい事情は
「いや今聞いて⁉︎ だいたいいいのか黒子! このままじゃ恋人の経歴にマジで必要のない傷がつくかもしれないんだぞ!」
「
「そんな君が俺は好き。じゃねえんだわッ! こればかりはそうはいかんぞ! これも仕事であるのなら! 例え手錠を引き千切ってでもッ!」
「わたくしだって公私混同していいのでしたらこんな……こんなッ! …………孫市さん? 拳とビンタどちらがいいですの?」
あぁ……寧ろ気を遣ってくれてるのね。ぶっ飛ばされないだけマシだと思えと。顔から表情が滑り落ちる。ミシミシ音を鳴らして拳を握っている黒子に殴られるくらいなら、一度ちゃんと調べて貰って誤解を解いた方がマシかもしれない。どうせ飾利さんが調べてくれるんだからすぐ終わるだろ。いや、そもそも今電話でもして聞いてくれ。防犯オリエンテーションの暴漢役だってすぐ分かるから。
────ドッゴォンッ!
そんな風に肩を落としていると、防犯オリエンテーションには必要なさそうな轟音が響き渡る。それも我が学校の校舎から。校舎を揺らす衝撃は一度では治らず、人の膂力ではおおよそ難しい現象。ただ自然現象の類ではなく、明らかに人為的な意思を感じる。
「なんですの今日に限って次から次へとッ! 防犯オリエンテーションはオリエンテーションであって合法的に犯罪を起こしていい日じゃありませんのよ! やり過ぎてるのはどこのバカですのいったいッ!」
「いや黒子、この波は多分……」
言葉を言い終わらぬ内に黒子に掴まれ視界が飛ぶ。
「常盤台のバカでしたねはい……ねえ黒子、アレこそマジの暴漢じゃねえの? と言うかもう暴漢と言うよりテロリストじゃないのアレ。窓ガラスを割らず校舎を揺らす絶妙な力加減、流石学園都市第三位だな!」
才能の無駄遣いがすごい!
「お、おお、お姉様……ちょ、ちょっとこれはマジでやべえですの。あぁ目眩に頭痛が……ッ、夢ですのこれは? 孫市さん、一度思いっきりぶん殴ってくださいません? そうすれば目が覚めるかもしれませんの。さあお早く! きっと目が覚めればまだわたくしは常盤台の寮の中、ベッドの上でお姉様に寄り添ってッ‼︎」
「おぉいッ⁉︎ 黒子の方が現実逃避してどうする‼︎ 目を覚ませ! 御坂さん! ちょっと御坂さん‼︎ 後輩も見てるんですよ! もし例え俺と同じ防犯オリエンテーションの犯人役なのだとしてもどんな役なんだそれは! テロリスト役とか項目あったっけ⁉︎」
「うげッ⁉︎ く、黒子⁉︎ 違うのよこれはちょっと校舎の壁に尋常じゃない変態が…………」
ギギギッ、と錆び付いた歯車のような固い動作で御坂さんが振り向けば、見慣れすぎたツインテールに気が付いたのか、顔を青くしたり赤くしたりしながらブンブン顔の前で手を振り言い訳を並べる。並べていたのだが、隣に立つ手に手錠を嵌められた俺に気がつくと、ぴたりと動きを止めて面白いぐらい表情をぐにゃぐにゃと変えだした。
「あ、アンタ……嘘でしょその格好……まさかアンタ達の学校ではその格好が流行って」
「んな訳ねえだろ」
流行るかぁッ‼︎ 流行ってたまるかこんな格好ッ‼︎ 例え犯罪者を育成する学校があったとしても、トレンチコートに白ブリーフなんて格好が流行ることなどないッ!
「防犯オリエンテーションの暴漢役なんだよ、俺の前に誰を見たのか知らないがな」
「な、なぁんだ! 私はてっきり遂にあいつの知っちゃいけない『答え』を知っちゃったのかと……それでアンタは……アンタはどうしたの?」
「防犯オリエンテーションで暴漢役を演じていたらマジの暴漢だと勘違いした野郎に通報されてご覧の有り様だよ。どう思うこれ? しかもたまたま近くにいたらしい黒子に捕まるとかどう思うこれ?」
「あ、あはははは……」
笑って誤魔化してんじゃねえ! どうせ笑うならそんな乾いた笑いはやめろ! 虚しいは、ただただ虚しい。なぜこんな日に限ってうちの学校の生徒でもないお嬢様学校の生徒達にこぞって目撃されねばならないのだ。常盤台中学に帰りなさい。お前達のホームはあっちだろうが。
「と、とにかくアンタが犯人役って事はあいつも犯人役って事ね、私は治安役だし丁度いいわ。アンタは黒子に捕まってるみたいだし……黒子?」
眉を顰める御坂さんの視線を追って黒子の方へと顔を向ければ……あぁ、これはもう駄目だ。白目を剥いてやがる。きっと色々と見たくはない事態が重なって現実に意識が追いつかなかったのだろう。黒子の目の前で手を振ってみるが、全く反応してくれない。
「御坂さん、取り敢えず今の内に逃げた方がいいぞ。黒子は俺が見ておくからな。現実を飲み込み終えて復活した黒子に捕まれば間違いなく説教コースだ。御坂さんと揃って黒子の説教など受けたくはない」
「ええ、今回ばかりは感謝するわ。ただアンタ、その格好はもうやめた方がいいわよ?」
「ご忠告どうも」
校舎の外周に沿って走って行く御坂さんを見送りため息を吐く。御坂さんの言うあいつ、間違いなく上条を追うことを諦めはしないのだろう。葛藤に決着が着いたのかは知らないが、御坂さんもまああれで中々積極的になったものだ。その結果どうなるのかは俺の知った事ではないが、下手に深入りして馬に蹴り殺されるのは勘弁だ。
御坂さんの背中が見えなくなり、忠告に従って暴漢役の服を脱ごうと白ブリーフに手を掛けたところで、思考停止していた黒子の肩がぴくりと一度跳ねた。
「はっ⁉︎ ……お姉様……がいない。という事は先程までの事はやはり夢……。白昼夢を見るなどと、いけませんのわたくしとした事が。そうですわね。流石のお姉様でも他校の校舎に威力低かろうと
「あ……どうも……」
首を横に動かした黒子と目が合う。再び固まった黒子の前で白ブリーフに手を掛けている俺。黒子の顔に影が差し、ツインテールがうねうね動く。そして顔面を小さな拳の衝撃が襲った。
バゴンッ!
と小気味いい音を立てて、校舎の入り口近くまで殴り飛ばされる。もうアレだ、今日は厄日だ。暴漢役を引き受けてしまったのが悪いのか、それとも普段の行いの所為なのか。しばらくアスファルトの上に寝転がり青い空の偉大な広さに想いを馳せ、立ち上がろうと地面に手をついたところで、ムニっとアスファルトではない柔らかな感触が手のひらに返ってきた。
「ぐぇぇ……中身が出るぅぅ……こんなところまで死ぬ思いで歩いて来たのに…………ダッリィ」
綿菓子のような白く小さな少女が地面の上に抱き枕を手に倒れていた。眠たげな目をした小学生低学年くらいの小さな少女。所々極彩色の飴玉のような髪留めで纏められた長過ぎる髪を、全身汗だくで着ている背に似合わぬ大きなシャツの上から巻き付けている。肌も白。髪も白。アスファルトの上に白い絵具をぶちまけたように全身白い。おかげで髪留めとシャツと抱き枕が浮き上がって見える。
うちの学校の生徒ではない。こんな特徴だらけの奴一度見たら忘れない。ゼェゼェと呼吸と共に「死ぬ〜」と繰り返す脆弱さ。後ろから歩いて来た黒子も地面の上に転がっている白い物体に気が付いたのか、足を止めて目を瞬いた。その感じから黒子の知り合いでもないらしい。
ただ……なんというか、初対面、初めて見るはず、なのに、そうだ。
名前も知らない。何も知らないはずなのに知っているような気がする。なんだ? 無意識に拾う少女の身の内から溢れる波紋が掬いづらい。何かとぶつかりそのノイズが波を歪めるように。
「俺……こいつ……嫌いだわ」
「孫市さん?」
「それはお互い様だよねぇ〜って、言ってあげる」
ゴロリと寝返りを打つと、少女はようやっと気怠そうに目を開けた。赤っぽい瞳が俺を見つめる。その眼光が余計に癪に触る。遥か昔から知っているようなその眼差しが気色悪い。それは相手も同じであるのか、小さく舌を打つと重たそうに身を起こし、抱き枕を引き摺って俺の前へと一歩足を落とした。
「お前……能力者でも……魔術師でも、ないなお前……なんだお前。黒子、ちょっと離れてろ。コイツは」
「それはオススメしないかなぁ〜。快適の為とはいえわたちも来たくなかったけどぉ〜、ようやくこっちも地に足ついたから動ける時に動かないとぉ〜って。ねぇ
小首を傾げて見上げて来る少女を前に、細長く息を吐き出した。無意識に拳を握ってしまうが、記憶の引き出しをどれだけ漁ったところで何の情報も出てこない少女。その不気味さを前に拳を急に振るうのは、一般人かもしれないのに、『
「お前、そうか、初めて確信が持てた。お前俺と同じだな」
「浮上したばかりの癖に目敏いよねぇ〜そういう事は。ガラ=スピトルがサボってるみたいだからわたちが動くしかないんだよぉ〜あのボケジジイ。他の誰かを経由してもよかったんだけどぉ〜、情報の信憑性に疑問を持たれても困るからさぁ〜、こうなったら顔を合わせた方がわたち達は早い」
「誰ですの貴女? 孫市さんのお知り合いではなさそうですけれど」
問うた黒子の方に顔を向けると、少女はこれまで俺に向けていた顔とは違う柔らかな表情を向けてふにゃりと微笑む。そして抱き枕の中に手を突っ込むとゴソゴソ漁り、取り出した名刺を黒子へと手渡した。俺にはないらしい。いや別にいらないけど。
「答えてあげるよぉ〜白井ちゃん。わたちはコーラ=マープル。
「娼館? ベルフェゴル? あの都市伝説の情報屋か?」
「流石にそっちは知ってるねぇ〜、わたちは偽善の配達人。気に入らない相手でも、今日は情報をお届けにねぇ〜?」
「……受取拒否は?」
「できると思う? 話を聞くくらいいいでしょぉ〜? それにこれはわたち達にとっての防犯オリエンテーションなのら」
全てを見透かしたような顔が腹立たしい。初対面なのにコーラ=マープルと名乗ったこいつにはなんか負けたくないというか色々がそこはかとなく気に入らない。アレだ、アレに近い、仲の悪い兄妹を見ている時の感覚に近い。
目を細めてコーラ=マープルを見下ろしていれば、俺を見回してコーラ=マープルは小さく噴き出した。頬を膨らませていかにも馬鹿にしていますと言うように。
「ぷふっ、それにしてもぉ〜、今代の『
「ぶっ飛ばすぞ『
特に考える事もなく、滑るように口から原罪の悪魔の名前が飛び出る。お互いに。底に眠る衝動同士が久し振りに対面しているかのように。
白いブリーフごと肌色のタイツを破り捨て、下に着ていた学ランとの間にある綿が宙を舞う中、コーラの顔に掴むブリーフとタイツを投げ付けてやれば、抱き枕で叩かれる。舞う綿を掴み投げる。抱き枕で叩かれる。綿を投げる。叩かれる。綿を投げる。
「女の子の前で着てる服を破り脱ぐとかこの変態ぃ〜!」
「中身は学生服だろうがこのクソガキッ!」
「幼稚園児の喧嘩ですの貴方達…………」