時の鐘   作:生崎

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魔○‘s ③

「こういう時に限ってすーぐ私を頼るんですから、その癖いつもはこそこそ動いて、私にだって私の都合があるんですからね! 頼るなら頼るでもう少し色々教えてくれてもいいと思いませんか? 『電脳娼館』なんてまたそんな都市伝説まで引っ張り出してきて、学園都市の大事なら風紀委員(ジャッジメント)として見過ごす訳にはいかないですけれど限度があります! これがバレたらどうなる事やら、安全なラインを確保するのだって簡単じゃないんですよ? 私は魔術師ではないんですから呪文を唱えたらはい終わりみたいには、だいたい────」

「法水達の『ブレイン』はなかなか独り言が多いねぇ〜、もう一人もそうだっけ? 仲良くなれそぉ〜」

 

 馬鹿、黙ってろ! 

 ただでさえ防犯オリエンテーションで忙しかったからか、飾利さんの機嫌がそれはもう良くはない。飾利さんがずらずら文句を並べている時に突っついては、こっちもこっちでまた無理難題を飾利さんから押し付けられる。だいたい俺達の『ブレイン』てなんだよ。もう一人って誰? まさか電波塔(タワー)じゃないだろうな? 抱き枕を下敷きに寝転がっているコーラ=マープルを軽く足で小突いて黙らせる。呻いたところで知った事じゃない。

 

 風紀委員(ジャッジメント)、第一七七支部所属。

 

 防犯オリエンテーションで教師含めて大半が外に出払っていたおかげで、支部を占領できて助かった。支部に置かれたパソコンはその多くが画面に光を灯し、それぞれ違う映像を映している。映像の多くは、空から映していると思われる上条と僧正と呼ばれていた魔神の追いかけっこの映像。……で合っている筈だ。合っていて欲しくはないが……。

 

「アクロバイクに乗った上条を木乃伊(ミイラ)みたいな野郎が走って追ってやがる……なにこれ」

「ふざけてても魔神だからねぇ〜、甘く見ちゃダメだよぉ〜?」

 

 甘くなんて見てねえよ、寧ろ血の気が引くわ。アクロバイクは電動補助付きの自転車で普通の自転車ではない。時速六〇キロ以上出る自転車を走って追っている僧正がおかしい。一瞬拮抗するどころか、常時だぞ。あんなからっからの見た目でフィジカルまで異常とかッ、これだから魔神はッ。更に魔神を追い並び蠢いている巨大な泥の腕が二つ。画面の中の遠近感が狂う。

 

 コレを見てどう舐めろと言うのか。黒子も画面の一つに噛り付き、目を白黒させている。

 

「あんの類人猿がッ!!!! おぅ姉ぃ様と二人……ッ、二人乗りでランデブーなどとォォォォッ⁉︎ 少し目を離した途端にこれですの⁉︎ わたくしだってッ、わたくしだってまだッ‼︎ まだッ‼︎ ウガァァァァッ‼︎」

「ちょ、ちょっと白井さん! ひび! 画面にひびがッ⁉︎」

 

 ……なにも言うまい。

 

 学校の近くに御坂さんが来ていたが、たまたま上条の奴が拾ったのか知らないが、寧ろコレはありがたい。直接上条が魔術の相手をするならまだしも、何かを介した時点で幻想殺し(イマジンブレイカー)の力は意味がなくなる。御坂さんからの本気の超電磁砲(レールガン)を弾き飛ばし、へし折れたビルを握る泥の巨腕。振り下ろされるビルには幻想殺し(イマジンブレイカー)も効果はない。降って来るビルを磁力でか受け止める御坂さん達から視線を切る。上条だけでなく御坂さんがいるおかげで多少安心していられるが。

 

「魔術もさる事ながらあの耐久力。『六枚羽』に『一〇本脚』もまるで折り紙で作った玩具だな。本気で言ってるのか情報屋、アレを穿つ方法があると」

「嘘は言わないよ? わたちは苦手だけど法水は多分できるよ。その為にあのクソジジイは『時の鐘(ツィットグロッゲ)』を作ったんだからねぇ〜」

「そのクソジジイってもしかしなくてもガラ爺ちゃんか? はぁ、俺よりも『時の鐘(ツィットグロッゲ)』に詳しいようで」

 

 腐っても伝説の情報屋か。平坦にコーラから紡がれる情報が心を揺さぶってくるが、この女の言葉に一々乗っかっている暇もない。再び画面を見つめ、蹴散らされて逃げ惑う控えていた警備員(アンチスキル)を目で追った。

 

「飾利さん」

「……はい、警備員(アンチスキル)には撤退命令が出ているみたいですね。風紀委員(ジャッジメント)の方にも現場に近寄らず学生の避難を優先せよと。無人機で対処すると命令が出ているようですけど」

「全く対処できていないな。それに加えて暗部の方にも音沙汰なしときた」

 

 耳に付けているインカムを小突いてみるが、新たになんの連絡もない。飾利さんが映像を拾っている間に土御門に学校の被害状況含めてどうなのか軽く連絡を取ってはみるも、幸い学校の方で怪我人がいなかった事ぐらいしか良い情報は得られなかった。それから予想するに、おそらく俺達含めてよく知る暗部は誰も動いていないだろう。

 

 動いたところで無駄だからか。あるいはこの件に関わらせたくないのか。それともその両方か。コーラは魔神討伐に足並みを揃えればアレイスターさんに下手に目は付けられない的な事を言っていたが、それを信じていいのかどうかも怪しい。

 

 ただ言えるのは、コーラの話を聞こうが聞かなかろうが、魔神がなりふり構わず街を壊し一般人を追っているのなら、止めなければどうなるか分からないという事。結局コーラの言った通りになっているような感じで面白くないが。だからと言って放っておく訳にもいかない。見たところ、魔神が遊んでいるだろう内がチャンス。魔神が本気になったらそれで終わりだ。

 

「上条と御坂さんは一体どこに向かっているんだ? 永遠に鬼ごっこを続けられはしないだろうし、もし足を止めるとしても周囲に人がいないところだろうが」

「進行方向から考えるなら……一番近い開けた場所は第五学区のセントラルパークですけれど」

「黒子と一緒に空を行ければ間に合うかもしれないが……コーラ」

 

 寝転がっている情報屋の名前を呼ぶ。間に合ったところで、手がなければ壁にさえなり得ない。無茶と無謀の違いくらい俺にだって分かっている。無策で突っ込めば犬死だ。超電磁砲(レールガン)を羽虫でも払うかのように弾く魔神が相手。特殊振動弾さえ効くのか分からない。ってかアレは多分効かない。相手がどんな魔術を使っているのかも分からず、それでいて通用する手が本当にあるのか。コーラ=マープルは特に焦る事もなくのっそりと上半身を持ち上げた。

 

「はいは〜い、魔神達に通用する手の話ね。答えは簡単だよぉ〜、法水、その為の弾丸はもうここにある」

「……どこに?」

 

 ここにあると言いながら、特にコーラは手を動かして抱き枕の中を漁る事もなく、引っ張り出すような素振りさえ見せない。既に俺が持っているとでも言うのか。通常弾も、氷結弾や炸裂弾、特殊振動弾さえ通用するとは思えないのに。だが、コーラは俺の予想を肯定するかのように伸ばした人差し指で俺を指差した。

 

「そこにぃ〜」

「……お前ふざけてる?」

「心外だなぁ〜、わたち達のどうしようもない衝動こそが、そのまま魔神に通用する弾丸になるんだよ」

 

 そう言ってコーラは抱き枕を引き摺りながらヨタヨタと立ち上がった。飾利さんのキーボードを叩く音だけが響く空間に、気怠げなコーラの声が混ざってゆく。

 

「サンジェルマンちゃんの時に円周ちゃんが使った手はテレビを見てたから知ってるよぉ〜、要はアレとおんなじ。ただわたち達の場合は円周ちゃんの技ほど融通効かないけどねぇ〜」

「それは、なんだ。俺達の本能をそのまま何かに乗せて相手に届けるのがお前の言う方法なのか?」

「そう言うことぉ〜、円周ちゃんとわたち達の違いは、誰もが持つ『原罪』を背負っている事なのら。それを統べるわたち達の衝動は他に類を見ない。それを無理矢理叩き付ければ、要は『バグる』。心を乱して法則を乱せる。『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』や魔術師の願いに不純物を差し込んで自滅させる事ができるんだよぉ〜。と言ってもコレは相手が爆発しちゃうとかそんな奇天烈なものじゃないんだよねぇ〜。撃ったんだから死ねよって、結果としては弾丸が通って普通に銃撃の結果が残るだけ。心を穿った結果がバグの放出として肉体に反映されるとでも言おうかなぁ〜? 心ある者には誰にでも通じる『原罪』の牙。幻想殺し(イマジンブレイカー)と違って壊す事しかできないけどねぇ〜」

 

 円周まで知ってるのかコイツ……。円周が放った心の弾丸。それと似て非なるもの。己が優しさや考えを伝える事もできる円周の学習装置(テスタメント)の技術由来の弾丸と違い、俺ができるのは、要は相手の『嫉妬』を『羨望』で喰らい穴を空けるようなものであると言うことか。その心に空いた穴が体を突き破るように肉体にも穴を開け、結果見た目弾丸で穿つと同じになると。

 

「円周が見せてくれたんだ。理論は分からなくもないが、そんなのどうやって放つ? 俺はそんな方法試した事も」

「あるでしょぉ〜? 似たようなのはもう何度かねぇ〜。無限を描き己が波紋を叩き付ける。そうでなかったら聖人や全能神と殴り合えるわけないじゃんねぇ〜。意図せずともバグらせていた筈だよ? 波を合わせるのは己に。大鮫が強く浮上して来るのが嫌なのは分かるけどぉ〜、それを吐き出すように叩き付ければいいのら。法水は知ってるでしょぉ〜? その方法をさぁ〜」

 

 学ランの内ポケットに入っている軍楽器(リコーダー)を服の上から撫ぜる。波紋を調律し合わせる技術と狙撃の技術。確かに必要な材料は揃っている。心の底で回遊している魚影を檻を破って浮上して来させる事も今ならできる。その為に、それを可能とする為に『狙撃』を鍛える『時の鐘(ツィットグロッゲ)』が存在しているとでも言うのか。

 

「本当なら『白い山(モンブラン)』が望ましいけどぉ〜、軍楽器(リコーダー)と特殊振動弾があれば、振動数を己と合わせて『羨望の魔王(リヴァイアサン)』の牙が撃ち出せるよぉ〜? 法水なら、準備をして計画を立て調律すれば超遠距離から魔神を撃ち殺せる。魔神達を排除できるんだよねぇ〜って」

 

 追って、追って、追い続けて、行き着く先が神殺しとは。笑えばいいのか、呆れればいいのか。神話の一ページでも音読されてる気分だ。幻想殺し(イマジンブレイカー)のような優しさはなく、ただ破滅の為にのみ使える悪魔の御業。放たれた弾丸は命を刈り取る為にしかない。心を貪る魔王の牙。貪った心はどこに行ってしまうのか。形はどうであれ弾丸であるのなら、後は撃つ俺が誰を、何を狙うのかという事だけだ。そうであるなら。

 

 

 

「お待ちなさい」

 

 

 

 不意に思考を遮る凛とした声が響いた。画面に釘付けになっていた黒子はいつの間にか俺の隣に立ち、俺の顔を覗き込んで来る。その強い瞳に見つめ返すが、黒子はすぐにコーラに向き直ると一歩前に足を出す。立ち塞がるように。

 

「孫市さん、今は仕事でもないのですし、余計なお節介でも口を挟ませて貰いますの。口を挟まずにはいられませんから」

「それはいいけど白井ちゃん、早くしないと御坂ちゃんがどうなるか」

「白井ちゃんなどと気安く呼ばないで欲しいですわね。お姉様も、お姉様がご自分であそこにいる事を選ばれたのでしたら、心配はしてもわたくしに言える事は多くはないでしょう。わたくしが話があるのは貴女にですのよ、コーラ=マープル」

 

 細められた黒子の目がコーラを見下ろし、コーラは気怠そうな目を少しばかり見開いた。読み合いを得意とするらしい情報屋の予想でも外れたのか、それとも予想通りなのか、仁王立つ黒子にコーラは口端を歪ませる。僅かに平坦だった身の内の波紋を揺らめかせて。

 

「何かなぁ〜?」

「魔神を撃ち殺せる。それはきっと凄いことなのでしょうね。スケールが大き過ぎてピンとはあまり来ませんけれど、ただ疑問があるのですけれど、それを孫市さんがやらねばならない理由はなんですの?」

「いやぁ〜、そんなの」

「孫市さんならきっと当てるのでしょうね。その為に磨いて削ってきたのですから。ですけれど仕事でもなく孫市さんがやる理由は? 撃ち殺す。えぇ、情けを掛ければ次の瞬間片手間に殺されてしまうような相手なのでしょうし仕方ないのかもしれませんけれど、孫市さんがやらなくてもいいですわよね」

「黒子」

 

 黒子の名を呼び肩に手を置いたが腕で払われた。瞳を動かし睨みつけてくる黒子に口を塞がれる。今は黙っていろという空気を滲ませて、黒子はコーラに向き合い続ける。偽善を届ける怠惰な情報屋に。

 

「意思ある本能だの、魔王だの、『原罪』だの、詳しい話はわたくしには分かりませんけれど、孫市さんなら殺せるからと、そんなものを積み重ねて欲しくはありませんの。孫市さんの振るう技は、誰かが平和を謳歌している時に多くの者にとっての当たり前を削ってまで努力を重ね続けた結果。魔神を撃ち殺す為に設えたものではないですのよ? 孫市さんは傭兵で軍人、結果誰かの死を孫市さんが背負う事になる瞬間をわたくしも見て来ましたけれど、だからそれも背負えと押し付けないでくださいませんこと?」 

「なら白井ちゃんが魔神を逮捕でもしてみる? 白井ちゃんに魔神を倒す力があるの?」

 

 黒子の言葉をコーラが遮る。引き摺っていた抱き枕を手放して。

 

「わたちにできるなら、共闘なんて申し込まずに自分でやってる。でもね、ダメなんだよ。ダメなの。頭はどれだけ動かせても体が追い付いて来てくれない。わたちにはわたちの快適を守れるだけの力がない。わたちを快適でいさせてくれる者を守れるだけの力が。だから頼るしかない。知りたくはない真実だろうと嫌われようと情報を吐き出して」

「ならその頭でもっと考えなさい! それは一種の諦めで、まだきっと何か方法が」

「ないんだよ。そもそも、『憤怒』はアレイスターの近くに居て接触できないし、『強欲』は交渉できる相手じゃない。『暴食』はわたちと同じで満足に体が動かせないし、『傲慢』は居場所さえ分からない以上、頼れるのは『羨望の魔王(リヴァイアサン)』だけ。他の悪魔の衝動を持つ者は『原罪』の派生でしかないから、その本能を孕む者の人数的に大罪の魔王程の衝動の出力をそもそも出せない。魔神に対するわたちが打てる最善の一手がこれしかないの、甘い手を打っても被害がただ増すだけだからさ」

 

 そこまで言って、手放して地面に放り捨てられていた抱き枕の上にぽすりとコーラは腰を落とす。重々しく吐き出す吐息には何の色が込められているのか。こうなる事が分かっていたとでも言うようにゆっくりと膝を抱え身を揺らす。

 

「噛み合わないねぇ〜、仕方ない事かもしれないけれど……。悪魔の衝動があるなら逆もまた然りだよ。御使堕し(エンゼルフォール)で大天使が表面化した事から分かってた事だけど、本能を囲う檻としての、首輪としての理性じゃなくて、理性を後押しする本能としての衝動じゃぁ……、わたち達と違って『バグ』も起きないんじゃぁさぁ……眩しいなぁくそぉ……」

「……お前なに言って」

「そりゃあオメーが恋だの愛だのを知らねェからだぜ頭でっかちのクソガキ」

 

 

 ────バンッ! 

 

 

 と、扉を蹴り開ける音と共に新たな声が侵入して来る。入室の為にチェックが必要な支部の扉をどう開けたのか、入って来たのは、乗馬服のような服を身に纏った亜麻色の髪の女。

 

 防犯オリエンテーションの犯人役でそんな格好をしているのか知らないが、その赤っぽい瞳を見た瞬間に、コーラ=マープルと初めて会った時と同様に肌がぞわりと逆立ったような感触を覚える。……この女もまた同じ。一日に二人もどうなってんだ。

 

風紀委員(ジャッジメント)の腹黒空間移動能力者(テレポーター)、噂よりずっといい女じゃなァい? オメーの祈りもうちには分かるぜ? その情熱の高揚が。『嫉妬』なんかにゃ勿体ねェ、うちはメイヴィス。メイヴィス=ド=メリクール。初めましてだお嬢さん方。よろしくなァ? 喇叭吹き(トランペッター)、オメーとはよろしくしねェ」

「め、メイヴィス⁉︎ おばさんなんで⁉︎」

「おばさん言うなッ! うちはまだ大学生だッ‼︎ えェこらクソガキ、合理的なら最悪どうにかなると思ってるオメーや喇叭吹き(トランペッター)の時間はおしまいだ。そうだろう黒子? 大義名分や必要悪だの正義だのそんなの全部知ったこっちゃないじゃなァい? 情熱に勝るものはなし、身も心も焦がす熱以上のモノなんてないよなァ? 分かるゥ?」

「……誰ですの貴女」

 

「そこそこ有名なはずなんだけどなァ」とやって来たメイヴィスと名乗る女は黒子の返しに本気で肩を落とすが、すぐに肩を上げ直すと座っていたコーラを足蹴にして横へと転がす。ゴロゴロ転がって行くコーラを一瞥する事なくコーラのいた位置に陣取ると、ゆっくりと黒子に向けて手を伸ばす。

 

「テメェ急に来てッ」

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 メイヴィスの言葉に、メイヴィスの伸ばした手を掴む為に伸ばそうとした動きが固まった。体の内が暑い。メイヴィスから溢れる波紋は炎の揺らめきのような熱を内包し、熱気が周囲のものを弾くように俺を拒む。その目に見えない領域に踏み込むように無理矢理手を伸ばせば、掴もうとしたメイヴィスの手が引っ込められ、虚空を掴んだ。

 

「強引な男は嫌いじゃァないぜ。オメーは別だがなァ。えぇ? オメーとコーラはまァ似てる。自分にできるなら、それがてっとり早ければなんだかんだでやっちまう奴らだ。周囲にいてくれる奴らに傷が付かないのならそれでいいってな。だがそりゃァ周囲の事を考えていないも同じだぜ? オメーは追い続けられれば満足なんだろうけどなァ」

 

 腰に手を当て軽く屈み見上げてくるメイヴィスの瞳を見返して、どうにも拭えぬ嫌悪感が舌を打たせる。俺とメイヴィスの間に割って入るように地面を転がって来たコーラは再びメイヴィスに足蹴にされ、そのまま止まらず壁の端まで転がって行った。

 

「……お前の言いたい事は分からなくもないがな。それは脅威を見過ごせと言っているのか? 台風がやって来たなら避難するのが当然でも、それを穿てる可能性がゼロでないなら誰かが矢面に立たねば、ただ壊されるだけだ。何より災害に手足が生えたようなのに追われているのは俺の友人達なんだぞ。実際に聞いたのは魔神の笑い声だけだが、それだけで常識が通用するような性根の相手でない事は十分に分かる。解決できる手を持っている奴がいたとして、見て知ったなら例え上手くいかなかったとしても、それが出て来るまで俺に待つ気などない」

「馬鹿だろオメー、そんな事は()()()()()つってんだよ。分かったうえで話してんだ。きっとうち以上になぁ」

「……黒子」

 

 メイヴィスの熱っぽい視線を追って黒子の方へ振り返る。瞳の輝きは変わらずに口の端を歪める黒子の方へと。風紀委員(ジャッジメント)、他でもない学園都市を守る者であればこそ、学生の避難も大事であるが、魔神をどうにかしなければならない事も分かっている筈だ。建物の中に避難し凌げば過ぎ去り戻って来ない脅威とは違う。学園都市の学生を追い、何らかの目的を果たす為、いや、果たしたところで消えるかも分からない脅威。俺以上に黒子の方が学園都市の安否に気を遣っているはずだ。黒子の日常である学園都市を守る為に。それでも……。

 

「……ロシアの時も、オティヌスの時も、わたくしは孫市さんを信じていましたけれど、怖くなかったかと言えば嘘ですの。貴方はいつも戦場の最前線に居て、それも相手はわたくしの想像も及ばない魔神で、姉様でさえ軽くいなしてしまうような相手。それも一人でもないと。もし、もしも魔神を撃ち殺せてしまったら、一度できたのだから次もまた。きっとその次もまたと。孫市さんの戦場は絶えず危険になるばかりで、目を離してしまったらいつ消えてしまうのかも分からない。分かってますの。分かっているんですのよッ。でもそれをわざわざ背負わなくてもいいでしょう? きっと一歩を踏んでしまったら……ッ」

 

 目に見えない領域をまた一つ超える。魔術の世界。学園都市の暗部。『グレムリン』、これまで多くの領域に踏み込んで来た。最後まで黒子は言わなかったが、言おうとしている事は分かる。新たな領域に踏み込んでしまったら、もう戻る事は叶わない。一度目にすればどうしようもなく目に入る。知らなかったには戻れない。

 

 広がった世界はそのまま広大で恐ろしく、ついて来てくれなどとは言えそうもない。学園都市の学生の常識の領分を大きく逸脱した存在が相手。学園都市の学生どころか、一般的な魔術師にとってもそうだろう。理解の外側にいるという意味では、きっと魔神も魔王もそう変わらない。

 

 学園都市から大きくはみ出した相手であればこそ、その相手をするべきか否か。普通に考えれば相手をしない方が吉だ。人の形をした災害を隠れ潜みやり過ごした方がきっと賢い。仕事であれば断る選択肢などそもそもないが、仕事でないのなら仕事以上に残念ながら放っておけない。なぜならば。

 

 

「……もう踏み込んでしまってる奴がいる」

 

 

 自分から踏み込んだ訳でもないだろうが、踏む必要もなかった領域が自分の方から足の下に滑り込んで来たかの如く、踏まされ脅威に相対している者がいる。上条当麻はもうそこにいる。未だ隣にいるのなら、「あそこは危なそうだから放っておこう」と言う事もできるのだろうが、同じ領域に立たなければ、肩も叩けぬ場所にきっと踏み入ってしまっている。相手に踏まされたのだとしても、上条はもう戻る事はないだろう。きっと前に進んで行く。ただの学生である友人一人災害に向けて突っ走って行く姿を見過ごす必死など、そんなものは存在しない。存在させる訳にはいかない。

 

「学園都市でも、ロシアでも、デンマークでも、俺がやるべき事は変わらない」

「……そうでしょうね」

「ただ殺す事が全てでもない。オティヌスの時もそうだったしな。どこぞの野朗の所為で殺す事が全てのような感じになっているが、必要なのは上条と御坂さんが無事である事だ。結果魔神が死んでいようが生きていようがどっちでもいい。黒子、飾利さん。力を貸してくれ。魔王の牙とやらが手元にあったとしても、俺に必要なものは、それ以前に既に全部ある。頼めるか黒子」

「……分かってますわ。元々そのつもりではいるのですし、初春」

 

 頷き飾利さんの方へと足を寄せる黒子の背を見つめていれば、隣に燃え盛る熱源が並び立つ。その鬱陶しい熱気から遠ざかるように足を一歩横にずらせば、同じく熱源も一歩足を遠ざける。気に入らないのはお互いに同じ。

 

「分かっていてもってやつだぜ。急に恋人の中に知らない何かがいると聞かされて、それも人の形をした別世界の天災を殺せるかもなんて、理解からは程遠いからなァ、オメーも上条当麻も、度し難いったらないじゃなァい? それでもきっとあの風紀委員(ジャッジメント)は諦めねえぞ? 電撃姫もなァ、こりゃ女の勘だ」

「お前よりも黒子の事は知ってるよ。お前コーラの仲間だろ? それにお前も俺と同じだな。急にやって来て随分好き勝手言うじゃないか? それがお前達の言う共闘なのか? ただでさえ気に入らないのに余計に嫌いになりそうだ」

「オメーに嫌われようと知ったこっちゃねェがなァ、うちは惚れた相手の涙は見たくねェだけだ。どこぞのクソガキが何をどうしたくて手を打ってるのかなんてどうでもいい」

「勝手にやって来てそれはないんじゃないかなぁ〜って。法水の事はどうだっていいけどぉ〜、白井ちゃんには必要なんだよ」

「……何がだ?」

「教えると思う〜?」

 

 そこは教えろよボケが。俺なら魔神を殺せるかも的な事を言って、黒子の不安を一々煽って何がしたいのか。言葉の端々に嘘が見えないが故に特別危害を加えるつもりはないのだろうが、いまいち何がしたいのか分からない。危害を加える気ならその時はその時。この二人が味方だったとしても、どんな思惑があれ、心の底から信用する気はどうにも起きない。足元で横になっているコーラの襟首の後ろを掴み吊り上げて軽く左右に振り回す。

 

「言っておくがこの先お前にも協力してもらうぞ。共闘する以上使えないと判断したら窓の外に放り捨てるからな」

「それはいいじゃなァい。その時は是非うちにやらせろ」

「どっちの味方なのさぁ〜。第一プランが駄目だったとしても、最高の被造物を起こすのは容易じゃないんだよ。悪魔じゃないんだから。対である自覚がそもそも必要なんだからさぁ〜、はぁ、ダッリィ」

 

 何が最高の被造物だ。干された洗濯物のように、吊られたまま抵抗もせずにプラプラ揺れる情報屋が面白くないのでそのまま手を離して床に落とす。一番何を考えているのか分からず気味悪い。俺が魔神を撃ち殺せると口にした癖に、それが必要であったとしても、その実口にした本人が一番どうだってよさそうにしているように見える。実際にどうだっていいのか、それとも面倒なだけなのかは分からないが。

 

 牽制するようにコーラを見下ろし、時折隣に立つメイヴィスへと目を流していると、飾利さんが微妙な顔をしてキーボードを叩く手を止めた。

 

「上条さんと御坂さんがセントラルパークに留まらず通過。ただその際に学園都市の関係者じゃなさそうな人が木乃伊にその……轢かれたようで、御坂さんの携帯から救急車の要請が……もしかして法水さんの知り合いじゃ」

 

 飾利さんの寒々しい声が背筋を撫で上げ、画面の一つに手を添え覗き込む。どこぞの衛星からの映像であるのか、セントラルパークに転がる影が一つ。恐れていた事態だ。ここは学園都市で、一年近くの滞在で増えた知り合いが数多くいる。上条や御坂さんだけの話ではない。いつ誰がやられるのか分からない。脅威に向かい合うと決めた者は、別に俺だけという訳でもない。

 

 魔神関係……再びレイヴィニアさんがやって来たのか。それともベルシ先生、マリアンさん、トールがやって来ていても不思議ではない。魔神に思うところがあるだろう者達だ。アニェーゼさん達や、『必要悪の教会(ネセサリウス)』の誰かの可能性さえある。よく知る相手であればある程、いざという時の無力感は広がるばかりで……横たわる赤い影を目に、ある意味で背筋が凍った。

 

「右方のフィアンマ……ッ⁉︎」

 

 神の右席筆頭じゃねえかッ⁉︎ なんでいやがるんだッ⁉︎ いやそれよりも……魔王の牙だか知らないが、フィアンマを軽くあしらうような奴にそもそもどうやって撃ち込めと? 答えを求めて『娼館Belphegor』の情報屋達の方へ振り向けば、揃って顔を逸らされた。

 

 お前らマジでふざけんな。

 

『うーほほーい☆』

 

 どこぞのマイクが魔神の声を拾ったのか、嗄れた笑い声がスピーカーから零れた。

 

 お前が一番ふざけんじゃねえくそったれ。

 

 

 

 

 


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