時の鐘   作:生崎

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魔○‘s ⑤

 学園都市、第二三学区と第一八学区の境界線。その手前の背の高いビルの上。遠く遠く、豆粒程の大きさに見える上条をスコープ越しに見つめて顔を外し、狙撃銃を肩に担いだ。上条の方からビルの上に伸びる白銀の槍が見えているのかも怪しい距離。第二三学区がただっ広い為に視認するのには困らない。

 

 手の中で一発の弾丸を転がして握り込む。特殊振動弾。たかが一発、されど一発。たった一発の弾丸を外す訳にはいかない場面には幾度となく遭遇したが、これほど外すのが怖いのは久しい。例えこの一発で殺す必要がないのだとしても、引き金を引けば何かが変わる。

 

「……英国でバンカークラスターを撃ち抜いた時は外す気なんて微塵も感じなかったんだけどな。ナルシス=ギーガーを穿つ時も。待っている時間の方が煩わしい」

「撃つ時は違うんですの?」

「撃つ時はな。相手がいて、自分がいる。それしかいない。迷っている時間も必要ないから、削ぎ落とせるんだ。スイッチが切り替わるような感じなんだよ。葛藤も、矛盾も、その時ばかりは爆ぜる火薬と一緒に弾けてゆく」

 

 隣に立つ黒子に返事をしながら、屋上の柵を背に腰を落とした。右の手のひらの上で転がる独特な溝の走った弾丸の輝きに目を落とし、しばらく見つめて空を仰いだ。相手がいなければ放つ事もない弾丸。当たる先もなくただ漂うだけの弾丸のように、心の浮つき落ち着かない。相手が魔神であるということを差し引いても、この時ばかりは気味の悪い感触が体の中を駆け巡る。

 

 だからさっさとやって来い。失敗するかもしれない、外すかもしれない、どんな不安も消えるから。隣り合う者を、穿つべき相手を、その目で見れば心は決まる。自分が何かを思い出せる。そうでありたい自分を。

 

 手の中の特殊振動弾を指で摩り握り込み、ゆっくりとボルトハンドルを下に引いた。弾丸を一発中へと押し込み、ボルトハンドルを押し上げる。その音こそが檻の鍵を開ける音。身の底で回遊する大鮫を浮上させる為の呼び鈴。理性と本能が同じ方向を向く合図。

 

 

 ─────ガシャンッ‼︎

 

 

「……来たな」

 

 その呟きに軽く肩を押し上げて、柵に手をついた黒子が第二三学区の方へ顔を向けて目を細める。世界を覆う巨大な魔神の力の波の中に身を浸していようとも、来ると分かっているならば、その震源地を察して居場所を探る事はできる。波の世界が歪んでいる。大質量の点が第二三学区の中を悠々と動いて行く。見ようと思わなければ気付かない広く巨大な魔神の波紋。

 

 それに飛び込む恐怖と、それに立ち向かう者達の波の優雅さに口の端を歪めながら細く息を吐き出し、息を吸う。一定に、リズムよく、自らの波紋に呼吸を合わせて、息を吐き出す度に不必要なものを削り落とす。震源地である魔神が上条の前で動きを止めた。鈍い音を奏で巨大な泥の腕が二本持ち上がる。ここから先は。

 

「黒子、撃つべき時が来たら、三角飛びのように蛇行しながら魔神の近くへ跳んでくれ。目と鼻の先ほど近くなくていい。五〇〇メートル。俺の絶対射程圏内まで近づければ外さん」

「分かってますの。ですけれど……よろしいんですのね?」

 

 黒子を見上げれば、第二三学区から俺へと顔を落とす黒子と目が合う。魔神に突っ込む事を聞いているのではない。その段階は既に終えている。わざわざ黒子が聞いているのは、魔神に対して引き金を引く事。弾丸を放つ事だろう。コーラ=マープルが魔神を穿てるかもしれない方法を口にした時、黒子は賛成しなかった。だからこそ今一度の確認。

 

「いいさ、できるのにやりませんでしたで最悪を見る羽目になるよりも。例えそれで誰に目を付けられる事になっても、俺がやるべき事は変わらない」

 

 誰の思惑だろうと、見たくないものは見たくない。上条を、ひいては学園都市を守る為に、風紀委員(ジャッジメント)が、警備員(アンチスキル)が、多くの者が動いている。そんな中で俺ができる事は穿つだけ。それさえもやれなくなったら、俺は何故ここにいるのか分からない。一発の弾丸が助けになるのならば、引き金を引くのに迷う事はない。

 

「それに黒子が守ってくれるんだろう? そんな黒子を俺も守るさ。超えてはならない境界線は分かっている。だが、超えなければならない境界線も分かっているよ」

 

 腰を上げて黒子の隣に並び立つ。上条と僧正がどんな会話をしているのか、遠過ぎて波を拾おうにも拾えないが、向かい合っている事だけは分かる。未だ超えていない境界線の向こうに上条当麻は立っている。俺を親友だと言ってくれる男が。

 

 魔神()

 

 魔神一人一人にどんな思惑があるのかは分からないが、僧正とは違っていても、既に相対したというのならこの先も上条の前に出てくるのだろう。契機となった夏休みからおよそ四ヶ月。カレンダーを捲るように、いとも容易く新たな境界線が目の前に引かれ、上条はそれを越えてきた。別に越えずに放っておいてもいい場面もあっただろうに。坂を転げ落ちるかのように、いつの間にか魔神達の(うごめ)く領域にまで。

 

 それを見過ごす事も俺にはできる。なんだかやってるなと観客のように傍観して。境界線の手前で足を止めて。変わってゆく世界に踏み込む事なく。

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 世界は変わる。己が世界も、周囲の世界も。それを見送った途端に待っているのは停滞だ。駆けてゆく誰かの背中に未来永劫届かなくなる。見れたかもしれない瞬間を見る事なく、傍観したまま『その時俺は足を止めた』と自分で自分を呪うだけ。そんな己が人生(物語)を歩むのは御免だ。

 

 例え何も変わらなかったとしても、俺の中では何かが変わる。誰より先に脅威に向かう友人を前に、見過ごしたなどという結果はいらない。魔神よりもなによりも、その『瞬間』こそが最も恐ろしい。見たい必死が魔神という境界線の向こうにあるのなら、踏み越えない理由など存在しない。

 

 大地を伝う波が大きく膨らみ、第七学区から第五、第一八と経由して、第二三学区と走り抜けた。

 

 ボゴボゴボゴッ‼︎ と、アスファルトが砕け地下の空洞が大地を吸い込む音が響き始める。揺れ動くビルの屋上の地を踏み締めて、指で小突くのは耳のインカム。

 

「垣根ッ!」

 

 学園都市が誇る超能力者(レベル5)第二位の、信頼できる『時の鐘(ツィットグロッゲ)』の仲間の名前を口にする。ビルの柵を掴み、第七学区へと続くひび割れた地面に目を向ければ、その下から顔を出す白い物体。車のエアバッグのように膨らんだ未元物質(ダークマター)が空洞の隙間を埋めている。無限に増殖し崩落を止める第二位の優しい手。例え落ちる者がいたとしても、未元物質(ダークマター)が受け止めてくれるだろう。

 

 垣根の事だからキャラじゃないだの、面倒なボランティアだのとでもボヤいているかもしれないが。

 

「……さて、避難は上手くいったかな?」

「初春が安全なルートを割り出していますし、怪我人が出た時のためにとある製薬会社も手を貸してくれているそうですからつつがなく。円周さんの準備した映像も問題なく流れてますわ」

 

 少し離れたビルのディスプレイに映っている奇妙な映像を一目見る。飾利さんがいてくれて助かった。映像のジャックも問題ない。慌ただしく逃げ惑う人々を統制するかのように足を止めて避難誘導している風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)をビルの上から見下ろし大きく息を吐き出した。心残りを吐き出すように。

 

 例え今日が防犯オリエンテーションだからという訳ではない。例えなんでもない日であったとしても、彼らは彼らで今日と変わりなく動くのだろう。こちらで手を打ったからという訳でもなく、多少危機感を煽る円周の弾丸にも目もくれず避難誘導をしている者が多くいる。そんな街だから俺も引き金を躊躇(ためら)わず引ける。その輝きに並ぶ為に。

 

「街は無事でも、今この瞬間穴の開いた第二三学区の穴は埋めようがない。上条達もそれは分かっているだろう」

「ええ、終わりにしましょう。その合図はもう見えているのですし、行く以上終わりにできなければ、他の風紀委員(ジャッジメント)の方々に顔向けできませんの」

 

 第二三学区に顔を戻した先。伸びる泥の巨腕が燃えている。いや、溶けているの方が正しいのか。大地から持ち上げた泥の腕に混じった異物。大量の高圧ボンベの爆発が熱を生み、マグマ化した泥が滴り落ちた。御坂さんの考えた策の一つであるらしいが、超能力者(レベル5)の頭の中を一度見てみたい気分だ。よくもまあ思い付く。オレンジ色に輝き崩れる巨腕を見つめる横で、伸びた黒子の手が肩に触れた。

 

 そして景色が切り替わる。遠回りに、ジグザグと空を跳び、コマ送りのように上条と僧正の姿が近付いてくる。呼吸を整え、黒子に身を任せる。引き金を引き、弾丸を当てる。それが俺のすべき事。それ以外は今は必要ない。

 

 ただ近づく度にこれまで拾えなかった僧正の声が、上条の声が、耳を塞ごうと思ったとしても関係なく骨を揺らすように聞こえてくる。届くその声が────。

 

『もしもあの小娘のせいで右手が使えないというのなら、それは立派な害悪であろう。もしもあの小娘のせいでその幻想をぶち殺すと言えないのであれば、もはや足を引っ張っているだけであろう』

 

 空虚な魔神の言葉に心の波が畝る。

 

『だからさっさと言っちまえよ。御坂、俺の後ろに下がっていろ。チョロチョロしていると邪魔だから、余計な事をしないで隅っこで丸まっていろ、と』

 

 身の内の大鮫が浮上する。魔神の言葉に引き上げられてではない。黒子の波がブレたから。俺に触れているからこそ、振動を中継する様に黒子も魔神の言葉を拾ったのか。そうでないとしても何かを察したのか。そのほんの小さなブレに引き上げられる。

 

 己が日常であればこそ、心配するのは当然で、来て欲しくない時もあるだろう。ただそうだとしても、誰かの行動を決める事などできない。拳を握るのも、引き金を引くのも己の意思。誰かの所為にしてしまったら、それは自分のものではなくなる。それを足を引っ張っているなどと、見た目通り木乃伊に見る目がないのか。

 

 だからこそッ。

 

「ふざけてんのか僧正。赤の他人が、知ったような口で俺を語るんじゃねえよ!!」

 

 轟く上条の言葉が一気に心の底から大鮫を引き上げた。相手は魔の神。そんな事も関係なく、当たり前に放たれた上条の言葉に。機嫌を損ねれば蟻を指で潰すように殺される。そんな事は上条の方が分かっているだろう。ただそれでも、幻想殺し(イマジンブレイカー)がなかったとしても、上条はきっと同じ言葉を口にした。

 

 役に立つから一緒にいる訳ではない。ただその輝きに並びたいから。魔神から見た世界などどうだっていい。必要なのは己が目から見る世界。隣り合いたい日常を否定できる者など誰もいない。

 

 穿つべき相手は目にできた。魔神だとかもうそんなのどうだっていい。隣り合う世界を必要としないのなら、それはただの侵略者だ。魔神と上条の会話が肌を撫ぜ、理解するよりも早く後ろへと流れて行く。会話の波を引き裂いて、身の内の鼓動が膨れ上がる。伸びた手が掴む銃身、軍楽器(リコーダー)を捻る。合わせるのは己が波紋。抑えきれない衝動に。絶えず共にあった己の底に。

 

 今にも煌々と煮えたぎる木乃伊へと突っ込もうかという上条を視界に捉え、銃身を捻りながら身を捩る。

 

「黒子、もう大丈夫だ。もう我慢できん。吐き出せなければ身が裂けそうだ」

 

 黒子の方へ瞳を移せば、口を引き結んだ黒子の手が肩から離れ背を叩く。空間移動(テレポート)による狙撃。五〇〇メートルより尚近い。身を包む浮遊感の中、狙撃銃を構え、スコープは覗かない。レンズの中の狭い世界に木乃伊の姿を入れたくない。

 

「人が畏れ崇め奉るのが神と言うなら、テメェは神なんかじゃねえ。噛み付くのに遠慮は必要ないな。俺達の日常に神はいらない」

 

 向かい合う脅威は、立ちはだかる壁は穿ち壊し進む為に存在する。己を壁だとでも言う気なら、撃ち壊し前に進むのみ。魔神が他を気にもしないならそれでいい。上条が拳を握り込むように、俺はただ引き金を押し込むのみ。感情こそが起爆剤。その想いに嘘はない。我儘に一方的に他人を決め付ける魔の神の手など欲してはいない。焦がれる輝きが消えてしまわぬように、歪な波を噛み砕くように、狭い世界が弾丸となって唸りを上げる。

 

 

 ────ゴゥンッ‼︎

 

 

 その咆哮に上条の肩が僅かに跳ねた。音を聞き付けた魔神が手を振って体の向きを変えるがもう遅い。ただの弾丸だと甘く見るか。石飛礫(いしつぶて)にも劣る鉄の塊だと。そうだとしても、本質は違う。特殊振動弾。宙を走り尾を引く波の軌跡は心の軌跡。誰もが持つ感情を、焦がれる羨望を穿ち噛み付き引き千切る。

 

 

 GYAAAAAAAAAA!!!! 

 

 

 羨望の悪魔の叫びが魔神の右足に滑り込んだ。追い求めて届かない『嫉妬』の薄暗い感情が心に穴を開け、『嫉妬』を刺激し、心の穴は体の穴に。弾丸が肉体に穴を開ける。そんな当たり前のような形となって、魔神の右足に穴が開き、膝から下に崩れ落ちた。誰もが持つ感情と同じく、誰に対しても平等に破滅を与える暗い輝き。『羨望の魔王(リヴァイアサン)』の鋭牙が木乃伊の魔神に突き刺さる。

 

『……お? カァッ‼︎ 感情にへばりつく寄生虫如きが急に湧き出しおっ』

「おおァァァあああああああああッ‼︎」

 

 魔神の言葉は御坂さんの叫びに掻き消され、降り注いで来た大量の瓦礫によって身を押し潰された。燃える魔神の姿が視界から消え、新たに(そび)え立つのは瓦礫の山。

 

「私達の勝敗は、相手を倒すかどうかじゃない。無事に今日という一日を乗り越える事よ! ここに落ちる前から決めていたでしょう!!」

 

 瓦礫と同じく降って来たアクロバイクを上条は掴み、御坂さんと共に瓦礫の山から遠去かる。できたのは時間稼ぎでしかない。眉間を穿つつもりでいたら、振られた魔神の手に当たって手に穴が開いて終わっていただろう。足に穴を開けられたお陰で瓦礫の山を魔神が除けるにもおそらく少しばかり時間が掛かる。

 

 それでいい。本命はこれではないのだから。

 

 横に降りて来た黒子の手が俺を掴み、またすぐに景色が移り変わった。向かう先はメンテナンス用の鉄扉のその奥。魔神が残された()()()()()()()()()()()へと逃げる為。先に黒子と扉の前に跳び、扉を開けてアクロバイクに乗ってすっ飛んで来る上条達を向かい入れ扉を閉める。

 

 魔神を殺せるかどうか確証はなくとも、導き出された確実に魔神を外へ追いやれる御坂さんの狙撃。

 

 新たに生まれた小さな力の波が、大きく膨れ上がり周囲の波を飲み込んだ。膨大な電力の大波が、指向性を持って打ち出される。向けられる先は重力の向きとは逆方向。青い空の更に先。未知の詰まった黒い世界へ。

 

 

 地下サイロ式マスドライバー。

 

 

 地上から第一宇宙速度にまで加速したコンテナなどを放り上げる代物。発射からおよそ十分弱で大気圏を突破する巨大な狙撃銃。その衝撃と振動に、一時的に感覚が吹き飛ばされた。轟音が音を掻っ攫って生まれた静寂の中で目を瞬き、驚き詰まった喉を広げる為に小さく咳き込む。分厚い鉄扉を閉めていたが、至近距離でスタングレネードを投げ込まれたような具合だ。

 

 復活し始めた目で辺りを見渡せば、上条達は驚いた為か床に転がっており、各々咳き込むように口を開閉している。電気を扱う御坂さんは慣れている為か逸早く立ち上がり、上条に肩を貸して立ち上がらせた。それを見て何か言いたげに口を開けて目を剥く黒子の背後に立ち、両脇を持ち上げて立ち上がらせる。

 

 こんな時ぐらいお姉様病は寝ていてくれ。

 

「そ、僧正は……?」

「ガチのマスドライバー使ったのよ。お月様の向こうまでぶっ飛んだでしょ……」

「自称神様らしく空の向こうに帰ってくれたのなら是非もないけどな」

 

 地球外にぶっ飛んだ為か震源地である魔神の位置を拾えなくなり、ようやく口から深い息が漏れ出た。魔神と聞けばどうしてもオティヌスの姿が先行して思い出されるが故に気を張ったが、世界を壊せる槍などを持ち出される事もなく、思いの外上手くいったものだ。御坂さんの狙撃が魔神を穿った。見る目のない魔神には丁度いい皮肉だ。

 

「それより法水、御坂からお前が魔神の足止めに協力してくれるとは聞いてたけどさ、普通に魔神に銃弾効いてなかったか? いったいどうやって……」

「話せば長く……もないな。どこぞの情報屋の思惑通りの結果で喜べばいいやら嘆けばいいやら、それは後でゆっくり話そう。とにかく今は外に出ようぜ」

 

 どうせ寮の部屋は隣同士。話す時間は幾らでもある。いつもの事だからか上条は肩を竦めて「分かった」と言うだけだったが、御坂さんは何か言いたい事でもあるのか、鼓動が大きく波打っている。とは言え御坂さんが何も言わぬのならわざわざ聞くことでもない。

 

 鉄扉を開けて外に出ようにも『砲身』内部に帯電する余剰電力を完全に除去しない限り触れるのはNGらしいので、魔神が泥の腕を持ち上げ開けた空洞の縦穴へと向かう。鉄扉を強引に押し開けて手足を失いたくはない。

 

 煙草を咥えて火を点け、風に揺れる紫煙を追って縦穴を目指して先頭を歩いていれば、隣に黒子が並んで来た。一度目だけで後ろの上条と御坂さんを見つめるも、すぐに瞳を前へと戻す。

 

「おや珍しい。いいのか黒子」

「わたくしだって常にお姉様におんぶに抱っこじゃありませんの。わたくしも空気ぐらい読みますのよ。今だけは類人猿に華を持たせてあげますわ。地獄は後で見てもらうとして」

「あぁ……そんな感じ」

 

 結局地獄は見てもらうのか……。ただでさえ魔神に追われやっと巻けたというのに、上条にはもう少し優しくしてやろうそうしよう。煙草を口にしている事を黒子が見逃してくれている内に少しばかり足を早め、上条と御坂さんから距離を取る。一先ず魔神を凌ぐ事はできたが、これでまだ一体。他の魔神相手に何度もマスドライバーで宇宙へ投げ出す事などできないだろう。

 

「本当に穿てましたわね」

「穿てちゃったな……とは言え、魔神が上条に執着し他がアウトオブ眼中の最中、不意打ちできてようやくだ。実感乏しいが、この結果を受けて気を緩めたりはできない」

 

 真正面から撃った場合果たして上手くいくか。そうは思えない。悪魔と呼ばれさえする本能に巣食うナニカ。オティヌスが知っているらしいのと同じく、一瞬の会合ではあったが僧正も知っていたようだった。上条達が会ったらしいとはいえ、他の魔神の姿が見えないのが観察する為だったとするならば、他の魔神に通用するか怪しい。どころか率先して此方を潰しに来かねない。一般人に目を向けられないだけいいのかもしれないが。

 

「この先魔神達が好き勝手動き続けるようなら、一々仕事とか気にしていられないかもなぁ。放っておくと学園都市が何度もなくなっちまいそうだ」

「だからわたくしは言いましたのに。それも自業自得ですの」

「分かっているさ。どうにか魔神を監視できる手でもあればいいんだが。難しそうだ」

「まったく、貴方という方は……」

 

 一足早く縦穴に辿り着き、黒子の空間移動(テレポート)で上へと上がる。青い空が待っているはずの地上は何故か薄暗い。

 

 冷や汗が垂れる。鳥肌が立つ。

 

 何かに引かれるように顔を空へと持ち上げれば、ぼんやりとした太陽の周りに浮かぶ光の輪。黒子が穴の下で待つ上条達を引き上げる為に空間移動(テレポート)するのを見送り、歪な太陽を見上げ続ける背後で、やって来た御坂さんの呟きが背を叩く。

 

「……ビショップ環……元々、地球には毎日一万トンもの宇宙塵が降り注いでいるの。こいつは変化の乏しい深海の海底が千年でミリ単位の新しい層を形成し続けている事からも証明されている。ビショップ環はそんな宇宙塵が一際大きい時に太陽の周りに現れる、ぼんやりした光の輪って言われているわ」

「何だ、そりゃ。どうしてこんなタイミングで……」

「分からない。ビショップ環が作られる理由は一つじゃないもの。例えば、地球の周りを回っているデブリの嵐が一斉に大気圏へ突っ込んだ時とか、ロケットやシャトルの事故とか、大量の宇宙塵を撒き散らす彗星が接近してきた時とか…………彗星が接近……」

 

 上条の質問にそこまで御坂さんが答えようやく思い出す。テレビで確か言っていた。一七〇〇年振りに地球に最接近する彗星があると。ただ、接近するだけのはずだ。それが明らかに軌道を変えている。地球を過ぎ去る輝きではない。アローヘッド彗星。その素材の大部分は氷と塵。だが少しでも大地があれば、土や泥がほんの少しでもあれば僧正は操れるとでも言うのか? 

 

 彗星を地球に落とすなど……。

 

 現実離れし過ぎていて笑えてくる。ふざけろッ。

 

 オティヌスが手にした世界を壊す槍などなくとも、これでは世界が壊れてしまうッ。

 

 これが魔神。

 

 どう止める? バンカークラスターを撃ち落とす比じゃないぞ。彗星? 彗星だと? 五キロを超える狙撃の命中率は良くはないしそもそも大気圏外まで届かない……マスドライバーで撃ち抜く? にしたって再装填までどれだけ掛かる……いや、待て、魔王の牙の本質が心を穿つ事にあるのなら、心ない彗星は撃ち抜けずとも、それを操る僧正さえ穿てればコントロールを失うはずだ。だがコントロールを失ったところで結局落ちてくるんじゃないか? 馬鹿待て、諦めず頭を回せッ。問題はそこまで届ける方法だ。いや……いや手持ちの物では賄えない。だから黙って見過ごすなどと……頭を回せ、何か……な、にか…………ッ。

 

「アン、タ……?」

 

 御坂さんの声に引っ張られ瞳を移したところで、視界の端に映り込む右手を彗星へと伸ばす上条の姿。手を伸ばしたところで届かない。それでも尚天に掲げられる上条の右手。

 

 

 ピシリッ、と。

 

 

 上条の体から何かを破るような音が響く。と同時。拾い切れない不気味な波紋を掬い上げ、口から煙草が落ち、それを追って鼻先から血が垂れる。痛い。鼻の奥が燃えるように熱い。卵の殻にヒビを走らせるような音が続き、その音が爆ぜる度に、身の内で本能が跳ね回る。不可能を可能に。その姿こそが。

 

 

「……鄒ィ縺セ縺励>縺(うらやましいぜ)ッ」

 

 

 例え身が砕けても、並び立ちたい瞬間がある。大鮫が水面を押し上げて大口を開く。誰もが持つ身の内に燻る感情。それを伝い広がる源泉。穿つなら、心の弾丸は、形がなくてもそこにある。

 

 海を泳ぐ時は波が逆巻き、口から炎を、鼻から煙を吹く。吐き出される弾丸に姿形は必要ない。そうであるなら、引き金さえ引けるなら。喰らいつく相手さえ見えるなら。噛み千切っていいのなら。開いた口を突き立てる事を誰が止められる? 

 

 

 例え待ち受けるモノが破滅であったとしても、心を火薬に、肉体を銃身に、引き金は────。

 

「孫市……さん?」

 

 俺の顔を覗き込む黒子が僅かに視界を掠めた。上条が伸ばす右手を追って彗星を見上げる。亀裂の走る音が大きさを増す。

 

 

 そして、そして────どこぞより飛来した何かが彗星にぶち当たり、大爆発が空を覆った。

 

 それに合わせて上条から溢れる亀裂の走る音も止み、降り注ぐ衝撃に吹き飛ばされ、叩き落とされるように本能は引っ込み体が地に転がる。空を見上げたまま、どうにも声が外に出ない。

 

 

 ちょっと待って。何がどうしてどうなったの? 

 

 

 

 

 

 

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