時の鐘   作:生崎

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載舟覆舟 ④

「いいか鰐河(わにがわ)さん、この世は働かざる者食うべからずなんだよ。鰐河さんの能力は一度資料で見てるから知っている。上条の部屋と事務所を繋げているあの扉、取り敢えずめっちゃ重くして開けられないようにしてくれ」

「食べる物もないのにですかぁ?」

 

 うるせえ揚げ足を取るんじゃねえ。折角スーパーで買った食材はエルキュール=カルロフとのゴタゴタで食べる前に紛失した。今食べる物がなかったとしても、勝手に冷蔵庫を一度空にしたのに文句を言うんじゃない。

 

 鰐河雷斧(わにがわらいふ)重力円環(グラビティスリング)大能力者(レベル4)

 

 対新入生の仕事の際、斥候役を手に入れる為に土御門から受け取った資料に釣鐘と共に載っていた少女の一人。少年院を水面下で支配し好き勝手やった春暖嬉美(しゅんだんきみ)のお仲間として釣鐘と共に名前が連ねられていたが、詳細に何をやったのかは極秘扱いらしく、情報を得るには飾利さんの力を借りる以外にはないだろう。

 

 黒子も関わっているあたりお断りされそうではあるが、暗部抗争や英国に行かねばならなかったりで忙し過ぎて、俺は寝耳に水である。ってか今はそんな事どうでも宜しい。

 

 ソファーに座りすげえ適当に釣鐘が俺の手足に包帯を巻いてくれている(かたわら)、食卓の椅子に座っている鰐河さんと春暖さんの方へ目を流す。俺が帰って来て食事だとでも思ったのか、居候の癖にいい気なものだ。

 

「仕事は受けたよ俺も。理想送り(ワールドリジェクター)からの護衛の仕事はな。ただアレは今のところ関係ない訳だ。レイヴィニアさんが絡むと無償で絶対顎で使われる訳だ。それ以前に下手したら俺はレイヴィニアさんにボコられる訳だ。ただ観光しに学園都市に来る訳がない。用事があるんだろうから、重たい扉を開けて俺をボコってる暇なんてねえやと思わせたい訳だよ俺は」

「それより私はエルキュール=カルロフでしたっけ? 『ストレンジの帝王』、そっちの方が気になるっスね! どうだったっスか? 出て行ったと思ったら法水さんボコボコで、もうズルイっスねー!」

「釣鐘、お前また減給するぞこの野郎ッ、ご覧の通りだくそッ、できれば会いたくはない」

 

 無論顔を合わせ戦闘になるようなら仕方ないが、エルキュール=カルロフ相手だとどうにも、身の内の衝動が意思に反して勝手に強まる。コーラ=マープルや、メイヴィス=ド=メリクールの時もそうではあったが、それ以上に振り切った。結果がアレだ。あの状態のおかげで大怪我はしなかったと言えるが、味方が近くにいる時にアレは困る。

 

 魔力の波紋で魔術の動きや誰か知る事ができたとしても、俺は魔術の専門家でもないから、上条の部屋に運び込まれたレイヴィニアさんの容態を確認したところで然程意味もなく、魔神達や禁書目録(インデックス)のお嬢さんもいるなら専門的な話となって俺は必要ではないだろう。

 

 レイヴィニアさん以上に俺が考えるべきは、仕事と関係のある理想送り(ワールドリジェクター)の事だ。レイヴィニアさんが気にならないのかと聞かれれば、それなりに仕事も一緒にしたし気にはなるが、どうせお節介な上条が首を突っ込み後で知る事にはなる。だからこそ、レイヴィニアさんに上条達の目が向いてる間、俺ぐらいは理想送り(ワールドリジェクター)一味に対して目を向けていた方がいい。

 

理想送り(ワールドリジェクター)がどんな能力かも分からない内に、『強欲』まで登場だ。どこで知り合ったのかも分からないが、学校にも行っていなそうなエルキュール=カルロフを追うのも容易ではないだろう。実際エルキュール=カルロフの着る服はジーンズに黒いシャツというなんでもなさそうな物だったしな」

「『強欲』ってよく分からないっスけど、能力者なんスか?」

「いや無能力者(レベル0)だ俺と同じな。マジで俺と同じだ。違うのは衝動とでも言おうか。そのおかげで性質が異なるようだが、エルキュール=カルロフはおそらくロイ姐さん以上の超人体質。あそこまでくると怪人体質とさえ言えそうだ。発達し過ぎた筋肉の所為かそれを支える骨の強度も異常、電気信号の強さも一般人の比じゃない。近接戦闘で勝つのはほぼ不可能と見た」

「人間の話しっスよね?」

 

 勿論人間の話だ。この中で魔王と呼べる悪魔の衝動が俺の身に渦巻いていると知る者はいない。円周は勘付いているかもしれないが、生憎詳しく話している時間はない。魔術や能力以上に面倒な話。この世におそらく七人しかいないだろう者の話をしても、出会う事があるかも分からないのだから、今は一旦保留だ。幸いに電脳娼館の面々は好戦的ではなさそうだし。

 

 どことなく嬉しそうな顔を浮かべる釣鐘に苦い口元を返していると、食卓の方から零される笑い声。目を向ければ春暖さんがこれ見よがしに含み笑っている。春暖さんから溢れるえも知れぬ独特の波紋に目を(しか)めていれば、食卓の上に頬杖突きながら鋭い目尻を愉快そうに曲げて俺の方に顔を向ける。

 

時の鐘(ツィットグロッケ)は人型の戦車のようだと聞いていたが、(オレ)が思う以上の異物か? 初春飾利といい、貴様ら全員怪物か? ジョーカーに勝つ最弱のカード。見た目は特別変わらぬ癖に」

 

 なぜそこで飾利さんの名前が出て来るのかは知らないが、飾利さんを突っついて痛い目にでもあったのか。見た目以上に飾利さんの持つ技術の鋭さにしてやられたのか。どちらにせよ、この情報社会で飾利さんが最弱のカードなどありえないだろうに。

 

 何か分かったような事を言う春暖さんに口をへの字にひん曲げて返せば、俺の頭上で釣鐘が大きく笑った。なぜお前が笑う。

 

「嬉美、想像以上っスよ。平の時の鐘一番隊で見た限り誰もが大能力者(レベル4)と同等かそれ以上、部隊長や総隊長でそれより上。我らがボスの法水さんは支部長っスよ? 超能力者(レベル5)とも殺り合える」

「それはちと語弊がある。装備を整え準備すればだ。これは誰にでも言えると思うが」

「なんでもいい、面白ければな」

 

 鼻で笑う春暖さんにうんざりと首を一度回し、好戦的な空気を滲ませる少女を一度睨み付ける。居候なのは別にいい。前にも居たし隣室にもいる。だが、立場を履き違え好き勝手に動くようだと困る。

 

「先に言っておく。鰐河雷斧、春暖嬉美、青星さんは分かってるだろうが、お前達は釣鐘がこれまで頑張ってくれた恩赦としてここにいる訳だ。俺が呼んだ訳でも、ましてや時の鐘でもないお前達が勝手に暴れるようなら即鎮圧だと思っておけよ。その時は時の鐘学園都市支部が相手になる」

「学園都市第二位に時の鐘一番隊、加えて木原が敵とは穏やかではないな。吾をそう(たかぶ)らせるな」

「やる気ですかぁ?」

「よした方がいいっスよ雷斧。雷斧じゃ法水さんにはまず勝てないっス」

 

 煽るような事を言うんじゃない。

 

 ニコニコ何が嬉しいのか笑う釣鐘を尻目に鰐河さんは目を細め、相手をするのも面倒なので煙草を取り出し咥えようとすれば煙草の先端で波が揺らぐ。煙草の先端がへし折れないように手を離せば、加えられた重力に引っ張られ素早く落ちる煙草を宙で包むように掴み引き上げ、顔を背けて煙草を咥え火を点けた。

 

 目を瞬く鰐河さんに釣鐘が一言。

 

「法水さんは無能力者(レベル0)っスけど、私と同じでAIM拡散力場を見れるんすよ! おそろいっス!」

「む、別におそろいなのは茶寮ちゃんだけじゃないかなーって」

「円周はちょっと違うじゃないっスか」

「違くないもん。おそろいだもん」

「似たような技術なんだからなんだっていいだろ別に。ってか群がって来るんじゃない! 俺は女子寮の気のいい管理人さんか⁉︎ ここは時の鐘の事務所であって決して女子寮じゃねえんだよ! 俺の部屋だ元は! なのになんでこんな女子率が高いんだよ! おかしいだろうが! せめて仕事させろ!」

「初めに私を連れ込んだ君が言うことかい? すごく今更だね」

 

 木山先生の正論が鋭い刃となって胸に刺さる。それだって一時的なはずだったのに、蓋を開ければご覧の有り様。黒子に言われた事がある通り、仕事以前にまずは実生活を見直さなければならない気がする。何が嬉しくて俺はこんな肩身狭い部屋で学生としての日常を謳歌しなければならないのか。小萌先生が家庭訪問でもしに来でもしたら社会的に死にそうだ。

 

「これで想像以上と言われてもな」

 

 うるせえぞ! 居候の癖に何か呆れている春暖さんに牙剥こうとも思ったが、こっちから喧嘩を売っていたら世話ない。力なくベランダに繋がる窓辺へと歩き、包帯の巻かれたエルキュール=カルロフに裂かれた足を振り窓を開ける。防弾製で丈夫なのと二三学区から離れていただけに事務所の窓は割れずに済んだ。

 

「はわわっ」

 

 風に揺らぐ紫煙を長い袖に覆われた手で払いながら、紫煙の線を追うように窓辺に小走りで寄って来る鰐河さん。黒子宜しく咥える煙草でも奪いに来たのか、自分の部屋でぐらい好きに煙草を吸わせて欲しい。釣鐘と円周がわちゃわちゃやっているのを横目に、ニヤついた顔でこっちを見て来る春暖さんを見つめる。

 

 煙草を取りに来た訳ではない。

 

 初めて釣鐘に会いに行った時と同じ。獲物を見つめるような視線。煙草に重力加えたのは挨拶代わりか。そんなに戦いが好きなのか。技術の比べ合いは嫌いではないが、不必要な戦闘は嫌いだ。

 

「私と遊びませんかぁ隊長さん? やって来てから何もなくて暇ですしぃ。隊長さん忙しそうで話す時間もなかったですからね」

「……遊びで選ぶのがそれなのか? さっき忠告したばかりだろうが。TVゲームなら一応あるぞ。円周が釣鐘や隣人と遊ぶのに使ってるのが。今は仕事中でもあるから俺はパスだ」

「いいじゃないですかぁ、私は知りたいんですぅ」

 

 見上げて来る鰐河さんを咥える煙草越しに見下ろす。瞳孔の開いた瞳。なんなの釣鐘の仲間は。全員戦闘狂なの?

 

「隊長さんは戦場の嫌われ者なんですよね? でも弱者の味方? それがよく分からないなぁ〜って。隊長さんはヒーローですか? それとも悪者なんでしょうか?」

「傭兵だよ俺は。どちらかと言えば悪だ」

 

 まぁたヒーロー談議か。学園都市での小さな流行なのか知らないが、どうだっていいと言えばどうだっていい。善か悪かの二択。当て嵌めようと思えば誰であろうが当て嵌める事ができるだろう。ただ、何らかの問題を前にしている訳でもないなら、世界はもっと複雑で二択になど絞れない。俺が気にする事があるとすれば、必要か不必要か。必死はあるのか。それが全て。

 

 鰐河さんの袖が俺の顔に伸びる。それを掴もうと伸ばす手が、軌道を力任せに変えようと(うごめ)く波に絡め取られた。その波の流れを巻き取るように腕を伸ばし掴んだ袖の中で照明の明かりに輝く鋭い付け爪の姿。

 

「最近の女子中学生は物騒だな。そんな爪で引っ掻かれちゃ堪らん」

「……それだけの力があるのに悪ですかぁ?」

「俺は軍人で傭兵だからな。残念ながら活人とは程遠い。選べるのは使い方だけだ。力を正義と言う気なら、それは違うと思うがね」

「だとしても、力なき正義は悪ですぅ」

 

 体にのし掛かる重圧。足で踏む床が軋み凹む。面倒な。釣鐘よりも面倒くさいタイプの戦闘狂だ。純粋な技量を見つめる釣鐘の方がどちらかと言えば俺に近い。悪だ善だの考えて動けなくなるぐらいなら悪で結構。例えそれを選んでも、己が詰んだ技術を吐き出すだけ。

 

「力なき正義に力を貸すのが俺達なんだよお嬢さん。それで悪なら悪上等。禅問答で遊びたいなら寺か教会に行け。ここから先は戦場だぞ。ただの学生が来る場所じゃないだろうさ」

「……茶寮は」

「釣鐘は時の鐘だぞ」

 

 目を流した鰐河の先で、釣鐘は笑顔で緩やかに手を振るう。唇を尖らせる鰐河さんの腕から手を離し、重たい体を揺り動かして灰皿まで歩けば足の形に凹む床。煙草を灰皿に押し付け消せば、体に加えられていた重力が解けた。

 

「……一度本気で遊んで貰えません?」

「嫌だ。どうせ遊ぶなら釣鐘にでも遊んで貰え」

「よいではないか。吾は遊ぼうにも腕っぷしでは敵いそうにないからな。代わりに雷斧と遊んでやってはくれないか? 代わりに吾は大人しくする。貴様の言いつけは守ると約束しよう」

 

 どういった判断なのか、春暖さんは鰐河さんに乗っかると? 戦闘狂同士結束が固いのか、仕事中、事務所内ということもあってこんな事に時間をあまり掛けたくはないのだが、釣鐘までもがソファーを指で叩きモールス信号でお願いしてくる。

 

 釣鐘にしては珍しい。

 

 力を比べていったい何が知りたいのか分からないが、新しく煙草を咥えようと胸元に伸ばし掛けた手を止めて、鰐河さんに向き直り左右に小さく身を揺らす。メトロノームのように体を振る。鰐河さんから溢れる波紋に乗るように。

 

「嘘はいい。俺には分かる。何が知りたい?」

 

 なぜ戦いたいのかはもうどうでもいい。それが釣鐘達の必死ならば、向けられる必死には応えよう。

 

「……私はヒーローと戦いたいんです。みんなを守るヒーローと」

 

 嘘はない。波紋は微塵も揺らがない。『みんな』という漠然とした囲いが何を指すのかは分からないが、ヒーローと呼ばれる男なら取り敢えず隣室にいるぞとでも言えばいいのか。……仕事が増えるだけだろうな。

 

「武器は使わないよ。素手でやる」

「狙撃手なのにですかぁ?」

「この距離なら銃を取りに行くより素手のが早い。から、そう目を泳がせるな。銃が欲しいならソファーの裏と右足の横の床の下、俺の背後の壁、天井にも収納されてるが取るか?」

「……いらないですぅ」

 

 無論武器を取るような素振りを見せたならさせずにぶん殴るが、それに釣られたりはしないらしい。取り敢えず現状を把握し、相手が使えるだろう物と自分が使えるだろう物を探るのはいいのだが、事務所内の事ぐらい俺は把握している。把握していないのは木山先生のパソコンの中のデータくらいのものだ。

 

 身を振りながら拳を振るう。腕が軌道をずらされるかのように重力に巻き取られる。ので、腕をそのまま滑らせて、捻る身で振った足で鰐河さんの足を掬い上げて転ばせた。

 

「これで一つ」

 

 目を見開き立ち上がりながら膨れ上がる鰐河さんの波。体に増された重力が降り掛かる。奥歯を軽く噛んで突き出される爪を首を捻って避けながら、軽く跳び浮かんだ鰐河さんの肩に手を置いて床に足を付けさせる。

 

「これで二つ」

 

 目を(しか)める鰐河さんの波が大きく膨れ上がるのを目に、肩に置いた手を滑らせて鰐河さんの下顎に手を添える。

 

「スリーアウトだ。能力強めて事務所の床を落とそうとするな。一手目で足を砕けたし、二手目で鎖骨ごと肩を砕けた。これ以上やると言うなら顎を砕く。派手にこれ以上やるようなら修繕費が馬鹿にならん。隣人の友人じゃないが、不必要な経費は御免だ」

「……まいりましたです」

 

 肩を竦めて身を翻し、手に取った煙草を咥えながら後ろ蹴りを放つ。両手を開き十の鋭利な爪を光らせる鰐河さんの耳を掠め、鰐河さんは尻餅をついた。それを見送って煙草に火を点けようやっと長い吐息を吐く。

 

「嘘はいいと言っただろう? 不意打ちも俺にはそうそう決まらん。俺といい勝負がしたいなら、八ヶ月前、俺が学園都市に来たばかりの時にするんだったな。今は色々知り過ぎた」

「……色々?」

「色々だよ。本当に色々だ。人が変わるのに一年という月日も必要ではないらしいね」

 

 学園都市、暗部、超能力者(レベル5)、魔術、魔術師、魔神、魔王。

 

 一年も経たずに目まぐるしく俺を取り巻く世界は変わっている。今も尚だ。学園都市にやって来たと思えば半年とちょっとで時の鐘本隊は活動休止、英国でクーデターがあり、瑞西でもクーデターがあり、第三次世界大戦が始まって終わったと思えば魔神が現れ、身の内の衝動に魔王と名がある事を知り、魔王と魔神のオンパレードに加えて理想送り(ワールドリジェクター)の登場。

 

 何より初めて恋をした。

 

 これまでの月日を思い浮かべても、これほど濃密な一年間などなく、何よりその一年がまだ終わってもいない。よく考えれば末恐ろしい。この一年未満で何十年も得体の知れない目新しい戦場を駆け回ってる気分だ。

 

「……あなたはなんで、そんなことしてるんですか?」

「傭兵?」

「です」

 

 歩み寄った食卓の上にワイシャツの胸ポケットからペン型の携帯電話と煙草の缶を置き、小さく吐息を零す。

 

「俺が選び決めた道だから」

「弱者の為に力を貸すのは?」

「俺の必死の為」

「暴力を振るう大義名分の為ですか?」

「いいや、俺の必死の為」

「賞賛され、承認欲求を満たす為ですか?」

「必要ない。俺の必死の為」

「傭兵という矜持の為ですか? そういう育てられ方をしたから?」

「俺の矜持、俺の必死の為」

「……全部答えが一緒ですぅ」

「それが全てだ」

 

 どれにも答えようと思えば、それらしい別の答えを差し出すこともできる。が、結局のところ突き詰めれば俺にはそれしかない。身の内に(くすぶ)る衝動以上に、俺には見たい追い求める一瞬がある。他の事柄はそれに必要な過程でしかない。だが、その過程が大事だから一枚一枚積み重ねるのだ。その厚みが望む一瞬まできっと届かせてくれるはずだから。

 

「人間は欲望や衝動に従えば『悪』と呼ばれる生物じゃないんですか?」

「だから従った結果こうなった」

 

 澄んだ鰐河さんの波紋を目に、思わず苦笑してしまう。

 

 欲望や衝動。世界に七つ。誰より大きな魔王の衝動を抱える俺は、鰐河さんに言わせれば純然たる巨悪に違いない。だが俺は、コーラ=マープル、メイヴィス=ド=メリクール、エルキュール=カルロフ。他の魔王を目にしたが、それを『悪』と呼べそうにない。

 

 強いて言うなら『人間』だ。従う衝動が『悪』であろうが『善』であろうが、それを選び吐き出せるのは『人間』である。性悪説を信じているだけに、より強くそう思う。

 

「あなたは……変人さんですか?」

「なんでだボケ」

 

 純粋な疑問を聞かれたから純粋に答えたのに結果が変人認定とかふざけてやがる。福笑いのように激しく顔を歪めている鰐河さんを見るに取り敢えず何かしらの納得はしたらしい。釣鐘の大爆笑を聞き流しながら、取り敢えず今着ている千切れた学生服はもう着れそうもないと、ワイシャツと制服のズボンを脱ぎ捨てる。すぐ近くの壁を叩けば、開く壁の中に収まっている時の鐘の軍服。それに手を伸ばす俺の背後で響く小さな悲鳴。

 

「はわわ⁉︎ なんで急に服脱いでるんですぅ⁉︎ 中身が変人なら行動は変態じゃないですか⁉︎ まさか負けた私にお仕置きと称してあんな事とかする気ですか⁉︎」

「なんでだよ⁉︎ 理不尽に罪を押し付けるんじゃねえ!」

「だから前から言ってるじゃないっスか法水さん。着替えるにしても女の子の前で服を脱ぎ出すとか正気じゃないっスからね?」

「なんで? 瑞西では男女別に関係なく着替えてたぞ? 仕事中に気にしないよ誰も」

「時の鐘って戦場渡り過ぎて全員頭逝っちゃってるんじゃないっスか?」

「そんなお前も時の鐘」

 

 そう言えば、初めて釣鐘は愕然とした表情を浮かべて手で顔を覆いソファーに身を沈ませる。何がそんなにショックなのか、首を傾げながら軍服のズボンに足を通し、軍服用のワイシャツと上着に袖を通す。学園都市の中でももう着慣れた軍服のワイシャツのボタンを閉め、壁に立て掛けていた軍楽器(リコーダー)をバラし軍服の懐に収める。胸ポケットにペン型の携帯電話と煙草の缶を押し込めばいつも通り。結局学生服よりも、軍服の方が気分が落ち着く。

 

「そんな着替え方してたら、いつか絶対恋人に愛想尽かされるっスね」

「はわわ⁉︎ 変人さんなのに恋人いるんですか⁉︎」

「しかも中学生で法水さんと同じ変態っスよ。しかも風紀委員(ジャッジメント)

「隊長さんて人間ですか?」

「なぜ今の話を聞いて大前提としてそんな質問を俺にする? 俺に恋人がいるのがそんなおかしいのか?」

「はははっ!可笑しいに決まっておろうがよ! 茶寮が認めた殺人術の技の冴え! それでいて茶寮の言う通り吾の考えの真逆を行くとは愉快じゃ愉快! 吾はここが気に入って来たぞ!」

「なんでだ!お前らはさっさと出てって学校にでも行け!傭兵の俺でも行ってんだぞ!」

「……隊長さん、時の鐘ってどうしたら入れるんですか? 少し興味が出て来たです」

「時の鐘じゃなくて学校目指せって言ってんだろうが! 押し掛けで入って来るのなんて鞠亜一人で十分なんだよ!見ろ青星さんのあの苦い顔を! 後輩できそうみたいな嬉しそうな顔を円周はするんじゃねえ!」

 

 大きなため息を一度吐き、軍服の収まっていた開いてる壁を押して閉じ、本棚に収まっている本を一つ押し込めば、別の壁が開き中に居座るゲルニカM−003の本体が姿を現す。その横の棚に並んでいる特殊振動弾を一発手に取り握り込んだ。俺の戦装束姿に頬を緩める釣鐘を諫める為に顔を向ける。

 

「お遊びはもうこれまでだ。釣鐘、円周、今回は前に出るな」

「なんでっスか⁉︎ やっぱり一人で楽しむ気っスね!」

「仲間外れ反対だよ孫市お兄ちゃん!」

「お遊びはこれまでと言っただろう?」

 

 真面目な顔を向ければ、釣鐘は唇を尖らせて頭を掻き。円周も口元の笑みを消す。「やばいっスか?」と問う釣鐘と向かい合い、ゲルニカM−003を肩に背負う。

 

「エルキュール=カルロフの相手はお前達では無理だろう。近江さんでも怪しいレベルだ。何より上里何某の能力もよく分からん。出番があるとすれば上里何某にエルキュール以外の協力者がいる場合だろうが」

 

 そこで唇を動かすのを止める。

 

「ブラのつけ方も分からないような子が何を言っているのかなんだよ……ッッッ!!」

「ああん!? ブラは関係ねえだろブラは!! というか胸がある=ブラというその固定観念こそが貧相な想像力そして胸囲を示していると言っても過言ではないなぁーっ!!」

 

 開けたベランダの窓から飛び込んでくる禁書目録(インデックス)のお嬢さんとレイヴィニアさんの叫び声。細長く紫煙を吐き出して小さく頷く。

 

「よし鰐河さん、時の鐘の話は俺も少しばかり考えよう。だから今は取り敢えず上条の部屋に続く扉を重くするのだ。開けるのが気怠くなる程にな」

「お任せですぅ、隊長さん!」

 

 可愛らしく敬礼し、鰐河さんが扉に対して能力を行使するのと同時。重さを増した扉に留め具が耐えられなかったのか、上条の部屋とを繋ぐ扉がベシンッ! と音を立てて床に張り付く。

 

 開けるどうこう以前に扉がお亡くなりになられたんですけど……。

 

 死んだ顔を鰐河さんに向ければ、こつりっと手で自分の頭を小突き、可愛らしく舌を出す。わざとやったのかそうでないのか俺に分からないとでも思っているのか。よし分かった。鰐河雷斧には払うべき最低限の礼も必要ではないらしい。

 

「鰐河お前正座な」

 

 

 

 

 

 

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