時の鐘   作:生崎

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憂鬱な初仕事 ②

 作戦会議。作戦会議だ。俺にはそれが必要だ。

 

 今回は今までと違い倒すべき最終目標がはっきりとしている。敵戦力も分かった。が、それが問題でもある。理解できる高い障害。禁書目録(インデックス)のお嬢さんの時も、『電波塔(タワー)』の時も、『御使堕し(エンゼルフォール)』の時も強敵が急に現れたおかげで驚愕が他のものを塗り潰しすぐに手を動かさなければならなかった。故に今回は最終目標を達成するのにようやく作戦立てて行動する事ができる。だが、シェリー=クロムウェルは別として、もう一人の強さは嫌という程知っている。

 

 ロイ(ねえ)さん。初めて会ったのは今から六年前。酒の味を覚えたボスが、ある日酒場からふらりと時の鐘に連れて来た。それから六年。投げられては壁を突き抜け、肩を叩かれ脱臼し、のしかかられては地面にめり込んだ。そんな(ねえ)さんとマジでやる羽目になるとは、この世界の怖いところであり、面白いところである。

 

 デパートの屋上で五分程ただただ寝転がり、耳につけたインカムを小突く。(ねえ)さんも仕事で来たのだろう。避けては通れぬ道。今どこにいるのか分からないが、頼りにはなるだろう天邪鬼(あまのじゃく)な悪友へ言葉を放る。

 

「土御門さん、確認だ。今回はシェリー=クロムウェルとかいう魔術師を殺さずに無力化する事が仕事でいいんだな」

「孫っち、ようやっと再起動は終わったかにゃー。ああ、それが目的だ」

「そうか、なら作戦会議といこう。今回は土御門さんはシェリー=クロムウェルについて詳しいだろうし、(ねえ)さんの事なら俺が詳しい。情報のすり合わせといこうじゃないか。無謀にも突っ込んだりしたら挽肉になっておしまいだ」

 

 本当に。戦車に向かって何も考えず突っ込む馬鹿はいない。どれだけ体を鍛えても、大きな足に轢き潰される。(ねえ)さんに真っ向から向かうというのはそういう事。

 

「そうだにゃー、どっちの事を言ってるのかは分からないが、まあどっちもか」

「最悪だな、で? シェリー=クロムウェルはどんな魔術師なんだ?」

「シェリー=クロムウェルは王立芸術院で最も寓意画(ぐういが)の組み立てと解読に優れた魔術師だぜい」

 

 ロイヤル=アカデミー=オブ=アーツ。王立芸術院。イギリス最古の国立芸術組織。解剖学,建築,絵画,遠近法,幾何学についての美術教育を行い、また美術館としての機能も持つ。俺も一度仕事ではなく観光で行った事がある。剛健な城壁のような外観を持ち、地に根を張った堅牢な作り。芸術というものを俺は全く理解出来なかったが、石造りの大型建築物から浪漫を感じるには十分だった。

 

「王立芸術院なら知ってる。だが寓意画ってなんだ?」

「寓意。絵の表現方法で抽象的な事柄を具体的に表現すること。有名な画家だとフェルメールとかだにゃー。魔術師は寓意画として魔道書の内容を絵に隠す事がある。シェリー=クロムウェルはそれを解読するスペシャリストってとこだぜい」

「なるほど、ただそれより俺はフェルメールって魔術師だったんじゃね? っていう予想がさっきから頭の中で流れて気になってやばい」

「おいおい」

 

 いやだって寓意画が魔道書の内容を隠したものなんて言われるとそう思ってしまっても仕方がない。フェルメールの名は俺でも知っている。そんな有名な画家が嬉々として絵に魔道書の秘密を隠している姿を想像すると笑える。

 

「まあシェリー=クロムウェルは偏屈な芸術家だとでも思っておけばいいか、で? 使う魔術はなんだ。地面から手が生えてたぞ」

「シェリー=クロムウェルが使うのはイギリス清教独自の術式を用いた魔術だ。あんまり知られても困るから、詳しい事は省くぜい」

「それでいい、俺もいらない厄は来て欲しくない。何ができるのかだけ教えてくれ」

「分かった。簡単に言うとゴーレムの作成だ」

「ゴーレム?」

 

 土人形がトテトテと頭の中を歩き回り、先ほどのフェルメールを踏んづけた。芸術とゴーレムの共通点が思い浮かばない。ゴーレムは土を捏ねて作るとどこかのファンタジー小説で読んだ事があるが、あの侵入者の金髪魔術師は、超電磁砲(レールガン)を阻むのに別に土を捏ねてなどいない。何より学園都市の地面はアスファルトだ。人の手で簡単に泥団子を作れるようなものではない。

 

「俺でも知ってる事と言えば、ゴーレムってのには確か真理、emethを刻み、meth、つまり死。eの字を取り除けば壊れるってのは知ってる。つまりあれからも刻まれたeを除けば壊れるのか?」

「かもしれないが、シェリー=クロムウェルは寓意画組み立てのスペシャリスト。見てすぐに分かるようにはなっていないだろう。それにゴーレムは孫っちの言うユダヤ教のゴーレム以外にも多数の神話や伝承がある。そう簡単に壊れるようなものは作らないだろうにゃー」

 

 これだから魔術師は。土御門の話を聞いていると小難しくて頭が痛くなってくる。そんな生活に必要のない土くれ一つになんでそう頭を使わなければならないのか。その狂気とも言えるような想いの強さが魔術師の強さだ。俺には理解できそうもない。そんな俺と同じように、鉄の筒を持ち歩きただ遠くのものを撃つ事に精を出す俺達をきっと魔術師達は理解できないのだろう。

 

 ただ困った。単純でないとすると、あの大地の巨神を壊すのは苦労しそうだ。あの大きな一本の腕を構成していたアスファルトに地下に埋まっていただろう電線や水道管をごちゃ混ぜにしたような腕。相棒の銃弾が貫通するか怪しい。そうなるとあれを破壊するには、手榴弾のような爆発物の方が向いているだろう。しかし、今回すでに学園都市の治安部隊に追われている侵入者に対して爆発物をみまうのは、俺が目立つしあまりいい手段と言えない。

 

「で? そっちはどうなんだ?」

「ん、(ねえ)さんか」

 

 デパートの屋上で頭の後ろに手を組みながら思案する俺の思考を、土御門の声が切り替える。頭の中のゴーレムを姐さんの剛腕が吹き飛ばした。

 

(ねえ)さんはゴーレムなんかよりも単純だ。狙撃の腕はそうでもない。動かないものへの狙撃なら(ねえ)さんもできるが、動くものへの狙撃は俺よりも下手だ。ただ(ねえ)さんには生まれついて他人よりも随分強い力がある」

「力?」

「筋力だよ。分かりやすいだろ?」

 

 ゴーレムよりもえらく単純。

 

 腕力が強い。脚力が強い。ただ力が強い。

 

 分かりやすくこれほど強力な力があろうか。誰もが持っているからこそこの脅威は分かりやすい。インカムから土御門の唸るような声が聞こえる。

 

「どれくらい強いんだ?」

「さてね、正確に測った事はないと思うけど、クルマのドアはひっぺがすし、口径の小さな銃からの銃弾なら筋力だけで止めてみせる」

「怪獣の話でもしてるのかにゃー?」

 

 あだ名がビッグフットだからね。生きる伝説だよほんと。時の鐘の女達はどれもこれもクセが強すぎる。

 

「そんなわけで困った事になった。ゴーレムの消し方が分からないならゴーレムが二体いるようなものだ。あの二枚の壁を打ち抜くのは俺一人では不可能だろう。一番静かで確実なのは遠距離からの狙撃なんだが」

「無理だろうにゃー、オレの調査の結果今シェリー=クロムウェルは地下街みたいだ」

「距離が限られるな、障害物も多そうだ。相手から俺が見える距離となると(ねえ)さんに阻まれるな」

 

 同じ時の鐘の傭兵だ。時の鐘の狙撃がどういったものであるのか、そんな事は(ねえ)さんだってよく分かっている。例え地下街でなかろうと、俺が学園都市にいる事を知っている(ねえ)さんならば絶対俺からの狙撃を警戒する。自分の手が届かないところから一方的に攻撃される厄介さと恐ろしさは、俺達が誰より知っているものだ。

 

「土御門さんが動けないなら手が足りない。何より(ねえ)さんがいるとなると上の言う通りやり合った場合上条さんがヤバイぞ」

 

 (ねえ)さんの力は幻想でも何でもない。超人体質。ドライヴィーのメラニズム同様稀に人の中に現れる突然変異。もし上条と(ねえ)さんが殴り合えば負けるのは上条だ。精神論ではどうにもならない事もある。上条と(ねえ)さんの拳がぶつかり合った時、上条の拳は粉々に砕けるだろう。

 

「それなんだけどにゃー孫っち。言いたくないがかなり困った事になった。カミやんなんだが、今丁度地下街にいるらしい」

「何? 全くこんな時でも……いやこんな時だからか? ほっといても向こうの方から上条さんの方に行くんだから」

 

 上条は相変わらず不幸を呼び寄せるらしい。もう人型の魔術師ホイホイだ。上条の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』は異能を打ち消すために異能を引き寄せる効果まであるらしい。

 

「全くだぜい。オレ達が何をしようとしなかろうと気が付けば上の思惑通りに事が進んでいる。オレが孫っちに仕事を頼んだのも織り込み済みかもな」

「いけ好かないな。とはいえ、こう問題が目と鼻の先にあり、上条さんが一方的にやられるかもしれないのをただ見ているのはな」

 

 しかも相手が(ねえ)さんだ。いくら俺でも友人がボコボコになる姿も、(ねえ)さんが友人をタコ殴る姿も見たくない。俺も土御門も、ただ見ている事も、手を出してそれを止めようとする事もできる。即座に決めても、どれだけ考えても行き着く先は同じだ。

 

「どうせやるしかないんだ。なら上条さんと協力するか? それならゴーレムの問題は消える」

「確かににゃー、でもそれだと今後カミやんに重荷がかかり過ぎる。ただでさえカミやんの右手は目立つ」

「だがきっと上条さんは巻き込まれるだろうなあ、でもそれでも俺達は俺達で動くしかないか。土御門さん、俺は仕事の成功のためなら使える手は使う。風紀委員(ジャッジメント)に連絡を取るぞ。どうせ一度あっちはあっちでやりあったんだ。風紀委員(ジャッジメント)の力を借りる」

 

 情報収集という点でならいつものように初春さんの力を借りるが、今回は既に必要な情報は揃っている。何より魔術師相手だと、初春さんの分が悪い。魔術師は人払いとかいうふざけた密室を作れる者達だ。それに対するアンテナ役には今回土御門がいるため問題ない。なら必要なのは戦力。戦力を売る傭兵が戦力を必要だとはとんだ笑い話だ。

 

「大丈夫か? 同じ時の鐘、問答無用で拘束されるかもしれないぜい」

風紀委員(ジャッジメント)には知り合いがいる。それも俺が傭兵だと知っている知り合いがね。ついさっきも連絡があった。二度ほどもう手を組んだ事のある相手だ。仕事柄治安部隊と組む事はしょっちゅうだし、何より土御門さんよりは信用できる」

「全くひどいぜい、ま、何か必要な事があったら連絡をくれりゃできる事はするからにゃー」

「フフ、ああ俺は俺で動いてみるよ。じゃあな」

 

 インカムの通信を切って携帯を取り出す。見てみれば着信履歴にずらずら並ぶ同じ名前。デパートの屋上で黄昏ていた五分と、土御門との作戦会議で大分お待たせしてしまった。その七つほど並んだ名前を眺めていると、丁度着信が入る。八つ目の同じ名前。繰り返すコール音を二度見逃して耳に当てた。

 

「はーい、こちら時の鐘(ツェットグロッゲ)、法水孫市」

「法水さん! なんですぐ出てくれないんですか!」

「取り込み中だったんだよ初春さん。さっきまで(ねえ)さんが仕事の壁だと分かって項垂れてたところ」

 

 そう言うと初春さんが息を飲み込む音が聞こえて来る。続いて響く慌ただしくキーボードを叩く音と、それに混じった小さなため息。初春さんの顔は見えないが、きっととてつもなく呆れた顔をしているだろう。

 

「……仕事ですか?」

「そう、仕事。今初春さん達が追っているだろう金髪女。俺も追ってる。学園都市から追い出せってさ」

「一体どこから」

「それは言えない。仕事だからね」

「はあ……もう、いいですけどね。詮索しても面倒そうですし。今大事な事は法水さんの力が借りられるかどうかです」

 

 金無しで。初春さんはそう言いたいんだろう。

 

 いくら学園都市からちょろまかしてもそう何度も中学生が払える金額ではない。そして今回は初春さんの期待通りだ。俺にも初春さん達の力が必要だから。

 

「丁度良かった。俺も初春さん達の力が必要なんだ。というか今回は白井さんの力かな。俺だけではどうにもならない。(ねえ)さんはやばいんだよ、それは初春さんならもう調べはついてるだろ?」

「はい。ただ法水さんよりは詳しくないと思いますけどね。あのロイ=G=マクリシアンという人の弱点とかないんですか? もし教えて頂けたら、法水さんの力を借りなくても私達でどうにかしてみせます」

「姐さんの弱点ねえ」

 

 教えれば俺抜きで頑張ってくれるそうだ。是非そうして欲しいが、そうもいかない。初春さんの優しい手を俺は取るわけにもいかない。頭の中でずらりと(ねえ)さんとの思い出を漁る。弱点か。弱点ね。別に教えない理由もない。今回は(ねえ)さんは敵だ。だが、

 

(ねえ)さんに弱点があるとすれば普通の人間と同じだ。水の中で呼吸はできないし、空だって飛べない。超能力もなしだ。まあ超能力みたいに力が強いがな」

「じゃあ弱点はないんですか?」

「敢えて言うなら力が強いが故に武術めいた技は使わない。そんな必要なかったからな。それと酒に目がない。学園都市で一番高い酒でも送ってみるか? 後は……恋人募集中」

「どれも使えないじゃないですか。何ですか恋人募集中って、ホストクラブでも紹介すればいいんですか?」

「え、初春さんそういうとこ行ってるの?」

「行ってません‼︎」

 

 ああ、急に叫ぶから。耳がキーンとした。

 

 急いで耳から携帯を離す。おそらく一番簡単に(ねえ)さん含めてシェリー=クロムウェルを倒すなら学園都市の超能力者をこれでもかと集めてフクロにすれば確実だが、それでは仕事を達成できない。誰が倒したのかフクロの中じゃ分からないからな。警備員(アンチスキル)に頼むとしても、ただの戦場のような状況にすると(ねえ)さんに分があり過ぎる。やはり猟師が狩をするように何匹か犬をけしかけて俺が討つ形がベストだ。

 

「ああ、とにかく今回こそマジで共同戦線だ。『幻想御手(レベルアッパー)』に『雷神(インドラ)』の時みたいに弱点を突くんじゃなく、お互いの力を合わせて敵の力に対抗する」

「分かりました。白井さんには連絡しておきます。信じていいんですね? 途中であっちについたりは」

「誓ってしないさ」

「分かりました、なら私も協力します。いつもこう簡単ならいいのに」

「なら風紀委員(ジャッジメント)にでも入るか? やだよ俺は、正義のおまわりさんは似合いそうもない」

「……そんな事ないと私は思いますけど」

 

 いや似合わない。風紀委員(ジャッジメント)の証である腕章を腕につけて学園都市の街を練り歩く自分の姿を想像してみる。だって風紀委員(ジャッジメント)ですって一々言って腕章を掲げないといけないんだろう? それに時の鐘に暗部に風紀委員(ジャッジメント)なんて足を伸ばしすぎだ。それではまるで土御門じゃないか。

 

 多重スパイできるほど俺は残念ながら器用じゃない。すぐ表情に出る。スパイする前にバレて射殺だ。

 

「初春さんその話は後で二人っきりの時にゆっくりしよう。初春さんが時の鐘(ツェットグロッゲ)に入るか、それとも俺が風紀委員(ジャッジメント)に入るか。まず後者はないから前者の話をしようか。で? 白井さんの場所は?」

「だから入りませんって言ってるのに……はあ、白井さんは現在地下街に潜伏したと見られる侵入者を追ってそこに向かってます。地下街の入り口で白井さんに待っていて貰うように連絡しますから法水さんも向かってください」

 

「了解」と言って通話を切る。携帯を放り投げて代わりに煙草に手を伸ばした。ゴーレムとビッグフット退治だ。いつからこんなにこの世界はファンタジーになった。勇者を連れてこい。どこにいるか知らないけど。あんまり白井さんを待たせるとまた俺の履歴書に罪状を追加されそうだ。

 

 もう出会う度に支部に連れ込まれ反省文を書かされるのは嫌だから、この一本だけ吸ったら向かうとしよう。

 

 

 ***

 

 

「遅いですの! 淑女を待たせるなんて男としてどうなんでしょうかね?」

 

 ダメでした。普通に怒られた。

 

 煙草を吸っている間に、燃え尽きる灰のように事件が解決していないかなという思惑は宙を漂いすぐに消えてしまう紫煙と同じように霧散してしまう。怒りでふわふわうねっている白井さんのツインテールを目に入れないように視線を外す。

 

「あのですね、白井さん。これでも急いだんですよデパートの屋上から。飛び降りたりせずに階段使って。エレベーター使えば良かった」

「そんなのどうだっていいですの。今も捕まえられず侵入者が地下街にいるんですのよ? それにあのなんでしたかしら、あの茶髪の」

「ロイ(ねえ)さんね」

「そうそのロイとかいう方。わたくしを小石のように扱ってくれて。ふふふ、どうお返ししようかしら」

 

 おう、ロイ(ねえ)さんに吹っ飛ばされてまだそんな事が言えるとは流石白井さん。まあ白井さんがもし暗殺者なら(ねえ)さんを殺すなんてわけないのだろうが、その力を正しくしか使わないところが白井さんの良いところだ。今回は俺の仕事も死は抜きだから(いが)み合う事もない。

 

「白井さん元気だね。頼りにしてるよホント」

「貴方の実力は一度見せてもらっていますから期待はさせて貰いますけれど、貴方はいいんですの? あのゴリラ女は仲間なのでしょう?」

「ゴリラ女って……そうだけど。良いんだよ。俺達は個人で仕事を受けられる。稀によくある事だ。まあ最低限の仲間内ルールでお互い殺し合うのは禁止。超実践的訓練みたいなもんだ。やりたくね」

 

 俺のやる気のない言葉に白井さんの目が鋭くなる。誰より一般人が問題に関わる事を嫌う彼女だ。仕事と言っても俺が関わるのが嫌なんだろう。ただこの件には白井さんも俺の力が必要なはず。俺の持つ白い相棒をちらりと見て苦い顔をする。そう言えば白井さんの前でこれを撃った事はほとんどなかった。初春さんの前でもそうだな。御坂さんの前ではかなり撃った。白井さんの隣に立つ少女を見る。続けて腕を。風紀委員(ジャッジメント)の腕章は付けていない。

 

「それで、なんで御坂さんも居るの?」

「それは……」

「何よいちゃ悪いって言うの?」

 

 悪いよ。めっちゃ悪い。シェリー=クロムウェルを超能力者(レベル5)に倒されるわけにはいかないのだ。魔術師を科学で倒させるわけにはいかない。だというのになぜ今ここに学園都市の頂点がいるんだ。やめてくれ。仕事が大変になる。

 

「白井さん一般人がいるよ、避難していただかないと」

「アンタも一般人でしょうが!」

「俺傭兵。一般人違うよ、白井さん」

「んっんー! さて、もうそろそろ警備員(アンチスキル)の封鎖が完了しますわね。そうしたら残された一般人の避難も含めて侵入者の捜索をしませんと」

 

 めっちゃ白井さんに目を反らされた。おい見る方向が違うよ。見るのは横の同じ制服着てる人。周りにめっちゃいる黒い装甲服に包まれた人じゃない。ダメだ全然目を向ける気がない。逆に御坂さんはめっちゃこっちを睨んでくる。俺この子怖いから苦手。すぐ放電するんだもん。

 

「そうね、それでむしろアンタは帰った方がいいんじゃない? 能力者でもないんだし」

「仕事なんだよ。それに前は御坂さんを助けてやったろ」

「んぐッ、だいたいアンタあんなに部屋にガチャガチャ銃詰め込んでるくせになんでいっつも同じ銃しか持ってないのよ、アレは見せかけ?」

「ちょ」

「何ですって?」

 

 なんで白井さんコレには反応すんの⁉︎ くっそ、貸してやった銃はポルターガイスト事件の時に役立ったとか言ってたくせに。しかもその時壊してくれて。アレは相棒がない時の代用品なんだよ。

 

「んっんー! さて、警備員(アンチスキル)の封鎖はまだかな?」

「何話をそらしていますのこのタレ目。わたくしは貴方の部屋に銃が詰め込まれているという話を聞いているのですけれど?」

「ねえちょっと、白井さんの耳都合良すぎない? じゃあほら御坂さんが一般人なのに参加しようとしてるって話は?」

「……警備員(アンチスキル)の封鎖はまだかしらね」

 

 おいまじかよ。白井さんの弱点は御坂さんか。でもこうもあからさまな反応普通するか? クッソマジで。初春さんといい白井さんといい俺の扱いが粗雑過ぎる。今この光景をクラスメイトの連中に見せたい。どこが女子中学生マスターなのか。マスターじゃなくて女子中学生にバスターされちゃうよ。

 

「とにかく法水さん。その話はこの件が終わったらゆっくりと法水さんの部屋でお聞きしますからそのつもりで」

「俺もうこの後初春さんと予定あるのに……」

「はい? 何貴方達こんな時に逢い引きの約束なんてしていますの? 初春は後で説教ですわね」

「それがいい、だからうちには来なくていいよ」

「それとこれとは話は別ですの」

 

 やめてよ。俺の部屋木山先生が我が物顔で居座ってるんだよ? その木山先生の目の前で俺白井さんに説教されるの? いや説教で済めばいいけど逮捕なんてしないよね? いや、白井さんなら普通にしそう。あーこの事件終わらずに長引かないかな。

 

「黒子そいつと仲良かったのね、意外だわ」

「な! お姉様! わたくしがこんな男と仲良いわけがないですの!」

「そお? どこからどう見ても痴話喧嘩にしか見えないけど」

「おぅねぇさまッ!!!! わたくしはこんなにもお姉様一筋だというのに! 黒子は、黒子は」

 

 おい白井さん泣き出したぞ。うわ鼻水まで出てる。これのどこが淑女なんだ?

 

 うわぁマジ泣きだ。女子中学生のマジ泣き。

 

 御坂さんも罪な女だな。御坂さんこっちを見るな。俺は救いの手なんて差し伸べたりしないよ。このドサクサに紛れて俺の部屋の話は有耶無耶にしよう。

 

「ぐぅぅ、やっぱりこんなロクでもない男さっさと逮捕するのでしたわ! 絶対後で手錠をかけてあげますの!」

「え、また俺に矛先向いた? マジかよ」

「あの男といい貴方といいどうしてこう面倒な方ばかり近くに寄ってくるのか分かりませんけれど、お姉様のつゆ払い、この白井黒子をあまり舐めない事ですわね!」

「いや俺は白井さんを舐めた事なんてないよ。ていうかあの男って誰?」

「あなたの寮の部屋の隣に住んでいる男ですの!」

 

 上条か。また知らないところで女の子を引っ掛けたみたいだ。そう言えば上条は『妹達(シスターズ)』と知り合いだし、入院していた時に確か御坂さんもお見舞いに来てたな。白井さんとはどこで知り合ったのか知らないが大分嫌われているらしい。白井さんは御坂さんラブみたいだし当然か。とりあえず白井さんには言わなくてはならない事ができた。

 

「おいおい俺は上条さんみたいに節操なしじゃないよ。目に付いた女の子全部助けるような善人じゃないし。上条さんみたいに常時モテ期なわけでもない」

「あぁそんな男の魔の手にお姉様がかかってしまうなんて」

「か、かかってないわよ! 黒子アンタ何適当なこと言ってんのよ!」

「かかってんじゃん……」

 

 御坂さんから電撃が飛んで来た。俺に避ける術があるはずもなく普通に当たる。気絶するような強さでないし、俺の痛覚はほぼ死んでいるせいであまり痛みはないんだが、こう電撃のせいで勝手に痙攣する筋肉が気持ち悪い。シビビと揺れ動く視界はそのまま大きく揺れていき、御坂さんが電圧を上げたのかと思ったが、そうではなかった。

 

 大地に巨大な槌を打ち付けたような大きな音。そしてその後に続く大きな振動。地震ではない。強く鋭く短過ぎる振動は、地下街から響いて来た。まるで爆発物を鍋に突っ込み破裂させたような感じだ。あの大地からにょっきり生えた大きな腕で壁でも殴りつけたのだろうか。何よりそれが開戦の合図になったのは確かだ。姿は見えずとも、ここにいる全員の意識が切り替わる。

 

 白井さんと御坂さんの顔つきが変わる。警備員(アンチスキル)の身に纏う雰囲気も見るからに変わり、握られた銃の手に力が入っているのが分かった。警備員(アンチスキル)も訓練をし、ある程度実戦を経験しているとはいえ此度の相手は文字通り格が違う。本物の戦場を何度もその剛腕で潜り抜けて来た本物の兵士。そして科学を信じる者の宿敵、一級の魔術師が相手だ。この二人を相手にするのは御坂さんでも骨が折れるだろう。御坂さんに相手をして欲しくはないが、ここで帰ってくれないなら俺にできることはない。だって御坂さんに勝てないし。

 

 続いてすぐに二回目の衝撃が地から響いて来る。シェリー=クロムウェルも遂にやる気になったらしい。何を目的にやって来たのか分からないが、それをさせるわけにはいかない。相棒のボルトハンドルを握り弾を込める。俺も意識を変えねばならない。無駄口は終わりだ。

 

「行くのか白井さん」

「ええ行きますわ、準備はいいですわね法水さん。あまり言いたくはないですけれど、期待させて頂いて構いませんわね」

「他の人がやるよりかは(ねえ)さんの相手は慣れてるよ。ただもし勝つ気なら白井さんの力が必要だ。悪いが俺は御坂さんより白井さんを頼りにさせて貰うよ。同じく組織に身を置く者同士、分かるだろう?」

「はいはい、私は除け者ってわけね、なら二人で仲良くやりなさい」

「はあ、お姉様ったら、黒子のために拗ねてしまわれなくても……とにかく法水さん、アテにしますからね」

 

 返事をする代わりにボルトハンドルを一度引く。

 

 さあ行こうか。


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