なんとも言えない空気の中で、耳に付いているインカムを小突きながら言いようもないため息を吐く。レイヴィニアさんの容態は良いとは言えず、また、半死半生の魔神までも一緒であるにも関わらず、仲良く並んでテレビを見ているこの惨状。
問題を押し売りにやって来たネフテュスはどうだっていいが、レイヴィニアさんの容態を漠然とでも手にできる俺としては気が気でない。とは言え、レイヴィニアさんがバラさずにいるのに俺が差し迫っているだろうリミットをぶち撒ける訳にもいかず、俺の部屋、兼事務所に続くぼろぼろになってしまった扉を背に座りながらコソコソ第二案を煮詰めるしかない訳で。
「どうだ?」と小声で口遊めば、通信で繋がっている者達が返事をくれる。
『クソみたいなドラマっスね。追っ手を撒くにしても過程が雑過ぎません? 素人以下っスよこいつ、滾らないっスね。私なら秒で首跳ねられるっス』
『このヒロインは多重人格者なのかなって。シーン毎に人格変わってない?』
「……お前ら部屋挟んで同じドラマ見てんじゃねえ」
壁一枚挟んで不必要な同時視聴プレイを繰り広げてんじゃねえぞっ。別に俺はドラマの感想聞いた訳じゃないんだよッ。
「……ドラマとして見ればおかしくもないんじゃないか? 現実と重ね合わせるのはナンセンスだろう」
「ほら、法水もそう言ってるぞ」
「ドラマと現実の区別ぐらいついている。単純に面白いか面白くないのかの話だ」
そうオティヌスが聞いてくるので、仕方がないと感想を返す。
「クソつまらないに決まってるだろ聞くなそんなこと。追っ手を撒く間に無駄な話が多過ぎる。追っ手よりパンツ気にしてんじゃねえ死にたいの? って話だ。追い込まれたッ⁉︎ じゃない。自分から袋小路に突っ込んだんだ馬鹿め。こいつがもし時の鐘ならクビだクビ。必死さを感じん」
「お前が一番辛口じゃねえか‼︎」
うるせえっ! 傭兵に戦闘系のドラマなんか見せんじゃねえッ! どうせならもっとファンタジーチックだったりSFチックなのやれ! 違和感なく見てる上条もそうだけど十分現実の方がドラマより奇なりなんだよ!
辛口コメントばかりなのを見かね上条がテレビのリモコンへと手を伸ばすが、ポタポタ垂れる雫の音に手を止めた。目と鼻から透明な線を流す魔神の姿。号泣しているネフテュスに若干引く。波紋の揺らぎ方の振れ幅がエグい。
「ばっ、ばぶあ、へぐぶぐ……」
「良く分かんねえけどとにかくティッシュ!!
「えぇ、腹ペコ個性はもうお腹いっぱいだぞ……。
「ぶっ殺すわよ『嫉妬』、うぇぇ、ふぐぶぐ……」
「泣きながら俺の殺害予告だけしっかりしてるんじゃねえッ‼︎」
なんなのこの神様⁉︎ 上条に渡されたティッシュを丸めて涙を拭う姿からは全く威厳を感じられない。オティヌスの方が初めて会った時まだ全然威厳あったぞ。この神様は威厳も涙と一緒に流しちゃったの?
「ええ、ええ、ちょっとごめんなさい。私こういうのに弱いというか……ああ、もらい泣きが存在の本質に絡み付いているというか、とにかく、もうダメだっ、もっかいきた! ふええっ!!」
「また滝みたいになってるよっ! 何をどうしたらチャンネル替えて三〇秒で号泣できるんだ!?」
「ああ、そいつのルーツは金をもらって葬儀の場で泣き喚く『泣き女』にあるからな。やたら涙もろいのはそういう所にあるんだろう」
「なんだそのプロのサクラみたいな神様。神としての格超低そう」
「ぶっ殺すわよ『嫉妬』」
「俺へのツッコミの殺意の高さよ。ねえコレ護衛対象から外しちゃダメ? どいつもこいつも魔神は俺に護衛させる気がなさ過ぎる」
「魔神と魔王で漫才をするな」
「鏡を見ろ、そんなお前も元魔神」
ネフテュスの鼻水を啜る音が響く中で、オティヌスと睨み合う。魔神の俺を毛嫌いする奴率の高さが酷過ぎる。オティヌスも上条のおかげで丸くなったとはいえ今でも刺々しい時は刺々しいし、『原罪』抱えてるらしいからってちょっと魔神達からの前評判どうなってんの? ネフテュスとか隙あらば死を願ってきやがるぞ。呆れる俺に同じく呆れたようにオティヌスは鼻を鳴らす。
「どんな安っぽいメロドラマで号泣しようが大人も楽しめる絵本でほっこりしようが、
「共感能力高い自慢みたいなのされてもな……あぁだからお前俺達のことやたら嫌ってんの?」
「……ぐす、ひっぐ、ふ、ふんっ、別に特別気にしてなんてないもんっ」
「気色悪っ」
「分かった! 分ーかった! ネフテュスは左行って法水は右行ってぇ‼︎ お前達が混ぜるな危険なのはよく分かったから‼︎ 頼むから法水ッ、お前だけはそんな喧嘩腰にならないでくれ‼︎ 上条さんの部屋が⁉︎」
「分かった分かった。じゃあ俺はベランダででも煙草吸いながら時間潰してるよ。何か決まったら呼んでくれ」
ビニールシートを潜り抜け、寒々しいベランダへと足を伸ばす。何にせよ此方も今は時間が必要だ。ベランダへ出て足を止め、一度瞼を閉じて深呼吸をする。
鼓動が乱れる。舌を打つ。
いや、分かってはいる。規模の縮小したオティヌスは別として、穴だらけになろうがネフテュスは未だ魔神としての波紋を広げている。俺個人の波紋を見つめる瞳がぼやけていたとして、学園都市の目があるはず。
煙草を咥え火を点ける。紫煙を吐き出し夜を見つめた。
「……土御門はどうした?」
「────さぁなぁ? オレの知った事じゃねえ」
シュルシュルと土御門の部屋のベランダに蔓性の植物が絡まっている。俺の隣、ベランダの手すりに腰掛けている巨大な影。サーカスで見られる自転車を漕ぐ熊の姿を想起するが、馬鹿らしいと鋭く一度息を吐き切る。土御門のことだ。本気でヤバければ何の連絡もなく、痕跡も残さずに消える奴ではない。
ブラフか、又は本当に知らないのか。
どちらにせよ……。
「待てよ、少しお喋りでもするとしようじゃねえか? なぁ? どうせ始まれば一瞬で火が点く。始めてぇなら始めてもオレは構わねえがなぁ」
舌を打ち懐に伸ばしていた手を止める。含み笑いと共に吐き出される押し殺したような声。お喋りしたいのは本当らしい。
ただ俺達を潰す為であるのならば、ここでカルロフに暴れられた方がずっと困る。時間稼ぎか、はたまた交渉か。ただ一度相まみえただけだが、そういった会話が必要な相手だとは思えないのだが。インカムを軽く指で小突きながら首を傾げる。
「お喋りねぇ? 目的は?」
「あぁそんな話はいらねぇ、闘る事はもう決定事項だ。どこぞのお人好し共が
「あぁ……そぅ」
その話し合いとやらには俺は邪魔だから行かないように見張りに来た訳か。その話し合いが
インカムを小突きながら紫煙を吐き出し続けしばらく、動かないカルロフへと目を移しベランダの手摺りに寄り掛かる。仕事の内容は魔神の護衛。相手に戦闘の意思がないのであれば此方から手を出すのは悪手であるが、戦闘が決定事項であるのなら、さてどうするべきか。『お人好し』と吐いたカルロフの言葉を鵜呑みにするか否か。
「……誰かの為に率先して動くタイプにも見えんがなぁお前は」
「当たり前だろうが、下拵えってヤツさ。情けは
「なら今から離れてみればいい。随分優秀なバックがいるようで……今も何人か見ているな? 狙撃手といった具合ではなさそうだが」
「試しに撃ってみりゃいい。オレはそれでも構わねえぜ? 見せ物としては楽しめそうだ」
「生憎と依頼主は殺害NGでなぁ。上里何某もお前も、殺し屋の類には見えないし、
随分と手慣れた統制の取れた動きを見せてはくれるが、カルロフ然り、上里何某も軍属には全く見えないし見えなかった。演技された動きであるなら大したものであるが、気取らないカルロフを見るに下手に深読みする方が手痛い結果を招きそうな気もする。かと言って安く見る訳でもないが。
そもそも俺達の居場所を俺達より早くどう探り当てたのか。
魔術か、超能力か、科学技術か。どれにしたって敵に回すと面倒そうな話だ。
「想像よかお優しいな法水孫市。問答無用で殺しに来てくれた方が面白くはあったんだがよ」
「そういうのは殺人鬼にでも頼め。生憎と俺はそれなりの矜持のもとお仕事でやってるんだよ。不必要そうな仕事をできれば増やして欲しくはないな」
「不必要なお仕事だぁ? 魔神共の壁になるお仕事とは笑えるぜ。その魔神を相手にもする癖によぉ」
「それは────」
「法水、ちょっと土御門から食材分けて貰ってくる。少しくらいならあるだろあいつのとこに」
ブルーシート越しに飛び込んできた上条の言葉を聞いて言葉を止め、カルロフから隣のベランダへと目を滑らせる。『話し合い』が目的だと言うのなら、どちらかと言えば上条もそれに乗るだろう。が、果たして行かせていいのか悪いのか。
上里何某が土御門の部屋を一時占領しているらしいのは、多分もう片方の隣の部屋が俺の事務所で占領が怠い為、留守の多い土御門の部屋を狙ったのだろうが、ここで上条を行かせなかった場合、壁をぶち破り強引に上条の部屋に侵入される恐れがある。
数瞬考えを巡らせ、生返事を上条に返しカルロフへと目を戻した。
「ほう、行かせるのか」
「隣室を既に上里何某が占領しているのであれば、魔神を消せる手とやらを使って目的遂行した方が早いだろうからな。それをしないという事はそういうことだろう? 話し合いで終わるのであれば、俺としてもその方が助かる」
「まぁ終わらねえだろうがなぁ。そんなんで終わったら拍子抜けで暴れたくなっちまうぜ」
「分からないな。ただ暴れたいだけなら奇襲成功させれば一方的に優位に立ち回れるだろう。上里側にどれだけ戦力がいるかも分からないが、俺が思う以上にいるならもっと上手く立ち回れるはずだ」
「くだらねえ質問をすんじゃねえよ」
カルロフが吐き捨てたと同時、叫び声を上げて土御門の部屋から上条が窓の外へとすっ飛んで行く。それを追って同じく宙を飛ぶ一つの影。横目に上里を確認し、表情を崩さないカルロフの顔と見比べインカムを指で小突く。俺の部屋である事務所から僅かに伸びる狙撃銃の銃身が二つ。
上条に叫ばせておいて他の者達にバレずに話し合いの形にしたつもりなのか?
上条達の落下地点に貼られている網のような影を一瞥し、「なんだ?」と部屋から溢れてきた漠然とした問いに、「上条の奴転んだっぽい」と適当に返しカルロフに向き直る。
「万全でもねえ魔神とやっても退屈だ。魔神に限らずなぁ、狡い手使って勝ったところで何を誇れる? 悪知恵で闘争に勝利したところで面白くもねえ。勝てば官軍だと誰かは抜かしやがるが、オレからすりゃあ知略で勝ったところで無価値だぜ。頭の出来を褒められても苛つくだけだ。オレが奪いてえのはそれじゃあねぇ」
「……例えお前がそうでも
「オレの闘争の邪魔さえしなけりゃなんだっていい。邪魔をすんならそこまで、一緒にすり潰しちまえばいいだけだ。そうだろう? オレもお前も神だの天使だの関係ねえ。誰も彼も変わらねえ。オレはただ力を示すだけよ。手を丸めるのは祈るためなんかじゃあねえ。救いだのなんだの鬱陶しい。この世にただ一つ絶対的に平等なのは暴力だけだぜ。奇襲、謀略、超能力、魔術、聖人、魔神、あらゆるものを己が力で叩き潰すためにオレはいる」
「それはなんとも……」
荒んでいる────訳ではない。
単なる非行や現実逃避ではなく、その言葉には薄暗い気配や葛藤は感じない。エルキュール=カルロフはそうあるべきと決めて口に出している。カルロフの力への理を口の中で転がし紫煙と混ぜて吐き出した。
「それならより強い力で潰されても文句は言えんな」
「言う気もねえ。寧ろやって見せて欲しいもんだ。井の中の蛙に大海を教えてくれよってなぁ? ただ大海とて飛び込んでくる蛙一匹知っているとは思えねえ。オレはただ全力でぶん殴る。それで殴り返してくるようならより強くぶん殴る。分かるだろう?」
そう言ってエルキュール=カルロフは小さく笑う。
「生物としての本能よ。弱者も強者も闘う権利は誰もが持っている。力、力、力。魔術だの超能力だの技術だの、どれも所詮は『力』という肉体的な暴力の後を追ってやって来た二番、三番煎じだぜ。筋力に任せた最強を目指す事こそ生物の本懐だ。だろうがよ。他の強さなんてのは二の次、向けられる闘争は誰も断る事が許されねえ生き物としての根源だ。遠回しのかったるい手なぞ必要じゃあねえのさ」
そこで一旦言葉を切り、月明かりに照らされたカルロフの赤っぽい瞳が俺へと向いた。
「だから闘争の場に立ちながら闘わねえなどと吐く奴はいらねえ、横槍入れて来た癖に尻込む奴はもっといらねえ。欲しいモノを欲しいと言い捨て、剛腕で真っ正面から奪い取る事こそ真理よ」
「……図体に似合わず寂しがりだなお前。そうやって殴り返してくれる相手を探している訳か?」
「まぁそういう事だなぁ、殴り返しもせず祈るだけならへし折るだけだぜ。だから分かるだろうオレがここにいる意味が」
なるほど、困った。こいつは強い。
ある種の弱味が滲むか皮肉を口にし突いてみたが、否定するどころか肯定してくるとは。
エルキュール=カルロフにとって、これから俺と闘う事は覆らない絶対事項。この会話は余興でしかないのだろう。上条と上里との話し合いが決裂するだろうと予想しながら未だ動かないのは、スタートを同じにして自分の闘争に水を差されないようにするため。この距離で暴れ回れば、カルロフよりこちら側の被害の方が大きそうである為動くに動けんと。
暴力の化身が悪魔の石像のように既にこの場を掌握している。
「はぁ、まぁそっちがその気なら上条達にお前を近付けるわけにも行かない以上、俺が相手をするのは吝かではないが、どうせなら場所変えねえ? 事務所が壊れると修繕費が馬鹿にならん」
「そこまで気を遣う必要はオレにはねえよなぁ? オレが優位な状況を手放す理由がねえ。奴らは別に人質にはならねえぜ? 試しにそこにいる奴らに引き金でも引かせて見せろよ」
「無駄弾撃たせる気は俺にもないよ。どうせ対策してるのだろうし、話し合いから戦いの火蓋をこちらから切るメリットも薄い。ただ待っているだけってのが暇過ぎる。煙草でも吸うか?」
煙草を差し出せば、お礼を言うはずもなく一本引き抜きカルロフは口へと小さな煙草を咥える。ライターを投げ渡し、火を点け終えると粗雑に投げ返された。夜に上る白線二つ。カルロフの舌打ちがその二本線を小さく揺らす。
「その余裕そうな風が苛つくぜ。芸術家と一緒だなぁ。技とやらを磨き自分だけの何とやらを作って喜んでる小判鮫の分際で。それがそんなに偉いかね」
「別に褒められたくてやってる訳じゃあない。俺が俺を磨いて積んで何が悪い。分かり切っている事で突っ掛かって来るんじゃない」
「あぁあぁ、分かるからこそって奴だ。価値観の違いだなぁ、『嫉妬』の技ってやつも、『怠惰』の悪知恵も、テメェら総じて気に喰わねえ。学園都市の
「お前に勝てれば肉体的暴力に俺の技はほとんど通用するだろうのと同じようにな」
鼻で笑うカルロフを鼻で笑い返す。無限に話し合おうとも永遠に混ざらない平行線。理解しているからこそ、互いに引かないという事も分かる。それは『強欲』に限った話ではなく、『怠惰』や『色欲』に対しても同じ事。『原罪』を抱えている奴らというのは、自分の価値観をある種決め切っている。弱さも強さも一括りに。その根本を変える事は不可能だろう、だから『原罪』足り得るのだろうが。
理解できない不快感はなく、理解できる不快感が一番気味悪い。
力を求める心は理解できる。俺もそうであるが故に。傭兵として弱くては話にならない。『強さ』というモノが上限のない不毛な道であると分かっていても、力を必要とされる世界に身を置いている以上、『最強』を目指さないのは嘘だ。
狙撃の腕でボスに勝てずとも、格闘技術で上にどれだけいたとしても、無数にある頂のどれかを目指して邁進している。目指す先が違かろうと、同じ称号を目指している以上、交われば譲る事はない。何より他でもなく、俺もエルキュール=カルロフも譲れぬ『衝動』を抱えていればこそ。より一層に。
『……ああくそったれ!!』
ガコンッ‼︎
少し遠くから上条ではない男の叫びがほんの薄っすらと聞こえる。続くのは金属の缶が転がる音。
『なあ許せるか? こんな一人視点で世界が回る、誰も彼もの事情を考えやしない、上書き上塗りのご都合主義が許せるのか上条当麻!! ぼくは別に女の子に注目されたい訳じゃなかった。幼馴染みとは会話がなくなったって、クラスの引っ込み思案の園芸部員と糸口がなくたって、それで良かった。いつもの風景が当たり前に広がっていて、そこでは普通の人が普通の心で自由に動き回っている。そんな中に没入できれば満足だったんだ!! それを! あの『魔神』どもがっ!! どうせニヤニヤ笑いで語り合っていたんだろうさ。ちょいと複雑な役を与えるから、見返りにモテモテにしてやろう。なあに些細なお礼だよ、言ってくれれば褒美は増やしてやっても構わない。そんな風にな。そんな風にか? そんな風に人の情を想いを好き放題捻じ曲げたってのか!? 人に信仰されなければ歴史から忘れ去られる程度の神様風情が人間様の心の中まで土足で踏み込みやがってッッッ!!!!』
なんだかよく分からないが、話し合いとやらは随分と難航しているらしい。カルロフの言う通り交渉の決裂は間近だろう。上里とやらが魔神を恨んでいるらしい事だけは分かる。二人並び紫煙を吐き出せば、「くだらねえ」と『強欲』は呟いた。
「上里の野郎も小難しい事に頭を回しやがる。一人視点で世界が回る? 寧ろ回せってな話だなぁ。随分と神様とやらにご熱心な狂信者だぜ。他者をそこまで気にできるってのもある種の才能だ。見てる分にゃ面白えがなぁ」
「それが上里何某とお前がつるんでる理由か?」
「あれでなかなか奪うのが上手えからなぁ。それに野郎は自分の事を『平凡』と抜かしやがるが、『平凡』ってえのは中々難しいもんだ。そもそも『平凡』なんてのは人によって尺度が違え。プラスにもマイナスにもならず、過不足なく平均点を叩き出し続けるなんざ至難の技だ。それを平然と言ってのけ目指すってのは」
「良い意味で世界の基準点だなまるで」
僅かにカルロフと視線が交差する。どこまでも『平凡』を謳い続ける異常性。寧ろ常人の道から外れる事の方が簡単だろう。傭兵である俺や、『ストレンジの帝王』などと呼ばれるエルキュール=カルロフもそれは分かっているはず。学園都市では寧ろ『平凡』を探す方が難しいかもしれない。暗い路地裏に足を踏み入れなくても、そこらの道に容易に平凡成らざるものが立っていたりする。
「アレはアレで欲深い人間だぜ。右手一つで何が変わる? お前だってそうだろう? オレだって変わらねえ。抱えた『衝動』? んなもんなくたってオレは最強を目指すんだよ。人なんて誰もが『強欲』なもんだぜ。だろうが」
「言えてるな。例え今『衝動』が消えたところで何も変わらん。俺は焦がれた瞬間を追い続ける。何故だと問われればそれが俺だからだ。一々それに理由を求めるのももう馬鹿らしい。理由など並べようと思えば並べられるが、それは自己満足でしかない。蔑まれようが咎められようがそれ自体はどうせ止まらん。それをどう思われようが、それはもう他人の勝手だろう。考慮はするし情も消えないが、それはそれ。己は曲がらん。だってそう生きて来たんだからな。必死を追うのが我が人生。最強を目指すのがお前の人生か?」
「人生なんて軽く言うんじゃねえ。それが全てよ。馬鹿だと言う奴には言わせておけばいい。それを捻ってオレは進むだけだ。オレに奪えねえモノはねえ。相手が神だろうが天使だろうが悪魔だろうがなぁ」
不敵、と言うよりは宣誓に近い言葉。それ以上言葉は必要ないとばかりにエルキュール=カルロフは咥えた煙草を消費し続ける。一分、二分と時が経ち静けさが辺りを包み出した頃に、勢いよく上条の部屋の扉が開く音がした。話し合いを終えて家主が帰還したらしい。
「すぐにでも上里翔流はやってくる」
上条はそう口にする。
「すでにこの場所もバレてる。第一目標はオティヌスとネフテュスの『魔神』組。でも第二の対立軸としてバードウェイもあるみたいな感じだった。俺とインデックス、法水は邪魔者扱いしてくるだろう。つまり誰も安心できない」
ブルーシート越しに聴こえて来る上条の話を聞き流し、握り潰した咥えていた煙草が風に拐われ夜に消える。同じように煙草を握り潰すエルキュール=カルロフを横目に見ながら、懐から
「レイヴィニアさん達の件はどうする気なんだそっちは?」
「あぁ? オレの知った事かよ? パトリシアはそこまでつまらねえ女じゃあねぇ」
「答えになってないぞ」
「ならテメェで
「『果実』のサイズが大き過ぎる。完成する頃には私の身体は内側から破裂しているかもしれない。いや訂正する、絶対にそうなる。これは設計段階からの仕様だ」
「何だって!?」
レイヴィニアさんから『果実』の秘密を何故か今聞き出しているらしい上条の驚愕の声が横から飛び込んで来る。上里の話し合いで何があったのかは知らないが、どうにも話の雲行きが怪しい。耳に取り付けたインカムを小突けば、事務所の窓から伸びていた銃口が内へと引っ込む。
「だとすると、今のバードウェイにあまり無理強いはできそうにないな……おい法水、いい加減ベランダから……ッ⁉︎」
ばさりとブルーシートの捲られた音がした。腰掛けていたベランダの手擦りを軋ませて、エルキュール=カルロフがベランダへと足を着ける。上条の部屋と繋がっている事務所のオンボロ扉が開け放たれ、顔を出す釣鐘から投げられた狙撃銃の本体を受け取った。
「さぁて、待ちくたびれたぜ。邪魔な野郎共の相手は上里がしてくれるからなぁ。そろそろ始めるとしようぜ『嫉妬』」
「邪魔なのは寧ろお前なんだが……、釣鐘、具合は?」
「もう少しっス!」
「連絡した通り上条達の護衛はお前に任せた。こっちは気にするな。第二案は主導を円周に任せる」
「準備は終えたかよ」
「あぁ今終わった」
狙撃銃の本体を
技と力の衝突。断る事は許されず、差し向けられる純然たる暴力から生き残るには、逃げ続けるか立ち向かう以外に方法はない。そして、生憎と逃げ続けるのは性に合わないのだ。