時の鐘   作:生崎

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兄弟は両の手 ②

「先に言っておきますが、これから見るモノに関しては一切の他言無用です。もし外部に情報が漏れた際は一番にあなたを疑いますのでそのおつもりで」

「早速『お手伝い』の領域を逸脱してませんか?」

 

 学生寮近くに待たされていた黒塗りの車に乗せられ早数分。唯一さんから早速謎の忠告をされる。円周と俺にと言うより完全に俺個人に向けて。もう車を降りたくなってきたが、一度乗った以上それは許されないだろう。

 

 が、それをわざわざ告げると言うことは、俺の同行は許されたと見ていいだろう。武力による排除との労力が見合わないとでも思われたのなら御の字だが、謎の武装はしているようだし気は抜けない。俺の持つ武器は学ランの内側に収められた軍楽器(リコーダー)しかないのであるし。

 

「これでも先生に免じて最低限の譲歩です。円周ちゃんと接触すればあなたがついて来るのは想定内でした。情報の漏洩を防ぐという点から見れば排除するのが一番ですけど、蜂の巣を焼き落としても蜂が生きていては意味ありませんし、今それに気を割くのもあれですからね」

「……そういうこと普通言いますか?」

「もっと洒落た言い回しでも必要でしたか?」

 

 インターホンを押して馬鹿正直に尋ねて来たのも『優しさ』だとでも言いたいのか。奇襲によって制圧したところで既にあの場に垣根がいなければ浜面もいなかった事が分かっていた上での判断か。全てを同時に一網打尽にできなければ、後々面倒だからと。逆に一網打尽にできるならやっていたと言える。半ば不死身レベルである垣根の存在を思えばこそ、一部隊を制圧する為の労力のコストはかなりお高くなるだろうし。

 

「それより先生と言うのは誰ですか?」

「脳幹ちゃんだよ孫市お兄ちゃん」

「の、脳幹ちゃん?」

 

 唯一さんが円周に組み上げてくれとか言ってた御仁か。にしても脳幹って名前やべえな。どんな人につけられたんだ……。『木原』に先生と呼ばれるレベルの『木原』って事は、『木原』という名を持つ中では余程の重鎮か? 資料でも見た事ない。先生に免じて的な事を唯一さんは言うが、会った記憶もないんだが。

 

「あなたには関係ありません」

 

 ぶわりと膨れ上がる唯一さんの怒りの波紋に両手を挙げる。なにがなにやらさっぱりだが、少なくとも木原脳幹さんとやらの話は『地雷』らしい。触らぬ神には祟りなしである。この同行は情報収集の為ではなく、円周を必要とするような厄介事を見極める為のもの。不必要に唯一さんを刺激してもいい返事が返って来るとは思えない。

 

「……それでどこまで向かうので?」

「もう着きますよ」

 

 そう唯一さんが口にしてすぐに車は止まった。待つのはやたらどデカいよく分からん工場。工場見学に行く訳でもないと釣鐘には言ったのに行き着く場所が工場とはこれ如何に。「降りてください」と事務的に告げながら夜の寒空の下へと一足先に行ってしまう。唯一さんを追って車を降りれば、唯一さんはさっさと工場の扉の隙間からするりと中に入ってしまった。

 

「ま、こんなもんですか……」

 

 そう呟き待っていた唯一さんの入った工場の中は仕切りなどがない大空間であり、影を塗りつぶすかのように高過ぎる天井にぶら下がった無数のハロゲンライトが倉庫の中を照らしていた。一見博物館のような印象を受けるも、吐き出した白い吐息が照明に照らされた先に佇んでいるのは、工場の外観に見合った製造機械などではない。

 

「……戦争でもしましたか?」

 

 見慣れぬ軍用兵器群が、見慣れぬ壊れ方をして大空間の中に転がっている。大型のミサイルコンテナ、火炎放射器や液体窒素の噴霧器、どの規格も見た事がない間違いなく学園都市製の代物。外部の漏洩を気にしていたが、ファイブオーバーなどの科学兵器と比べると随分と無骨だ。

 

 誰もが思い浮かべる兵器からは少し首を傾げるような形状の多い学園都市の兵器の中でも異質。なんと言うか武器の形をし過ぎている。『そういった武器である』と敢えてその形にしているかのように。目にする兵器の一つを指で弾けば唯一さんに睨まれるが、響く波紋にだけ注視する。

 

 波の世界で見える景色がおかしい。見た目の素朴さに反して、破壊され残されている部分だけでも内部の構造が複雑過ぎる。ただのミサイルポッドだとしても、その形である為に絶対必要でない部分の方が多い。時の鐘の戦車達の方がよっぽど簡素だ。原動機付自転車を作るのに、最新鋭の戦闘機を丸ごと無理矢理中に押し込むような手間である。それが洒落でもなく余す事なく全て必要であるのなら……。

 

 見た目以上の性能を誇るのだろうが、なんとも腑に落ちない。

 

 何より腑に落ちないのは()()()だが。

 

「『これ』を()()()()()、円周ちゃん」

 

 そう言う唯一さんに意識が引き戻される。

 

「先生がやられたなんて未だに信じられませんけど、事実は事実です。そして私は先生をああしたクソ野郎に相応の報いを与える、こいつは確定事項。……ところがまあ、あの先生を倒すくらいですからね、おそらく相手の戦力は完全なオーバーキル。現場で当たって砕けて調べましょうなんて言っていたら一発でやられる事間違いなしなんですよ、困った事に」

 

 荒くなった言葉。隠し切れぬ唯一さんからの怒りの鼓動に僅かに肩が跳ねた。その顔色はよく知っている。最初事務所にやって来た時から鍋に蓋をするように抑えていたが、壊された物達を前にした事で蓋がズレたか。抉られ消失したような兵器群と、残っている手形のような跡。脳幹さんとやらは倒されたらしいが、似たような破壊痕をつい数刻前に見ている。

 

 赤いボロ布お化けと黒いヘドロの槍を掴み抉った右手の影。それと同じであればこそ。相手は間違いなく上里何某。

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)と同等の反則技とはオティヌスから聞いてはいたが、目の前にポンと置かれると実感する。理想送り(ワールドリジェクター)はターゲットを『新たな天地』へ放り捨て、その存在を抹消してしまう効力を持つなどとネフテュスは言っていたが、異能に対してだけじゃないのか? 幻想殺し(イマジンブレイカー)と違って機械的な物質にまで通用するとはどういうこっちゃ。

 

 この兵器群が実は幻想由来のありえない物質ででもできているのか、単純に理想送り(ワールドリジェクター)が普通の物質にも作用するのか。それを思えばこそデタラメではある。

 

「あのう、唯一ちゃん。やっぱり脳幹ちゃんのストレージやクラウドからは何も出なかったの? 私に頼っているって事は暗号化が複雑過ぎたとか」

「ええと……開くには開けたんですけど、あんなドーベルマンのバーチャルフィギュアやこんなグレートピレネーズのリンク集、果ては第一五学区のご当地土佐犬アイドルとの電子握手券とかワンクリックで即印刷注文できるセントバーナードの抱き枕データとかが出てきまして。うん、ここをほじくり返すのは流石にロマンに反するかなあと……」

 

 そして唯一さんの話も意味不明だ。脳幹さんの思考パターンを円周にトレースして欲しいらしい事はもう分かったが、脳幹さんはめっちゃ犬好きの人なのか?ご当地土佐犬アイドルとの電子握手券とか誰が欲しがるんだいったい。他人の趣味をどうこう言う気はないが、転がっている兵器の残骸達と犬好きらしい脳幹さんとの接点がよく分からん。

 

 先を行く二人を追ってついて行けば、中心の空白部分に辿り着く。並べていた脳幹さんの情報を打ち切って、急かすように唯一さんは続ける。

 

「それじゃ、始めてもらえます?」

「良いけど、唯一ちゃん、怒らない?」

「何がですか」

「だって、さっきからなんか顔がすごく怖いよ」

「まったく。般若も()くやですね。先程から怒りの感情が漏れ出し過ぎていて隠せていませんよ」

 

 少なくとも、これから『お手伝い』を頼む相手に向けていい顔ではない。今すぐにでも拳銃でも抜き放ちそうな有り様だ。加えてさっきの怒り模様とも質が変わっている。先程兵器群を前にしていた時の何処ぞの誰かしらに向けていただろう顔が円周に向いている。俺の方へと小さく舌を打ちながら唯一さんは円周に告げた。

 

「……ご心配なく。ただ、私の知らない先生を知っているかもしれない人間が目の前にいる、という可能性にイラついているだけですから。あなたはそういうスキルを持っているだけで、あなたは何も悪くない。でしょう?」

「それ言ってること大分やばいですよ。一々口にして自己暗示掛ける程ですか?」

「ぶっ放さないだけマシでしょう? あなた達にだけは言われたくないのですがね、それを力とするあなた達に」

「流石にそんな理由で引き金引いた事ないですよ」

 

 お姉様大好き不治の病を患っている黒子でも流石にそこまでは…………言わないこともなくもないこともないと思うこともない訳もない。

 

 木山先生やオティヌスもそうだが、一定以上の知識を備えた者が説明口調になるのは研究者としての暗黙の了解だったりするのか? 仮説と実証を繰り返す癖があるからなのか、時たまとんでもなく物騒だ。ただ、『それを力とするあなた達に』とは、俺が思う以上に唯一さんは色々知っているらしい。情報強者の相手は苦手だ。

 

「うん、うん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 俺と唯一さんをそっちのけで、久しぶりに円周は首にぶら下げた端末を覗き、深く個人と思考パターンを擦り合わせ潜る。

 

 瞬間、バチリと円周の波紋が弾けた。

 

「円周っ」

 

 画面を注視したまま円周は不規則に肩を震わせ痙攣し、慌てて駆け寄る俺を遮るように唯一さんが円周の背を支える。

 

「何が見えました?」

「あ、あう……あうう……」

 

 円周の背を摩る、と言うより抉るかのように指を円周の背に這わせる唯一さんに舌を打ち、唯一さんから円周を引き剥がす。円周の波紋の乱れが著しい。瞳を震わせ呼吸を乱す円周の首筋に手を添え、俺の呼吸のリズムで円周の呼吸のリズムを整えるように鼓動を合わせる。喉に詰まった何かを吐き出すように円周は告げた。

 

「分から、ない。でも、似ている感覚は知っている。これ、加群おじさんの『奥』に潜り込んでみようと思った時と、同じ感覚……」

「にゃるほど」

 

 何かを納得するように笑みを深める唯一さんに目を細める。驚きの『お』の字も見えぬ顔。この野郎『こうなること』が半ば予想できてて円周に頼みやがった。しかし、ベルシ先生の『奥』だと? 脳幹さんの思考パターンに合わせてなぜベルシ先生に繋がるのか。

 

「ふぅ……でも、加群おじさんともちょっと違う。脳幹ちゃんの『中』に読み込み不可能な破損ファイルがある訳じゃない。なんていうか、リンクだけ貼ってあって、迂闊に踏むと別の場所に飛ばされるようなイメージ。脳幹ちゃんを特別にしていた源は、きっと脳幹ちゃんの『外』にある……」

「それは……」

 

 脳幹さんがどうかは分からないが、ベルシ先生に限って言えば特別な部分が一つある。学園都市の出でありながら魔術師の領域に踏み込んだこと。考えれば、前にも似たような事がなかったか? ハワイで魔術で武装したトライデント相手に一方通行(アクセラレータ)が一定の手順を踏まされ無意識に簡単な魔術を使わされてダメージを負ったのと同じ。

 

 円周も無能力者(レベル0)だが学園都市の学生であることには違いない。俺とは違い僅かだとしても開発を受けている可能性が高い。魔術サイドの情報だけならまだしも、深く思考パターンを合わせた結果、魔術の術理に関する部分までもエミュレーションしてしまい副作用として弾かれた? 多分だが、表層から奥へと潜るような形である為にこれだけの軽傷で済んでいる。ただし、土御門の話では、確か副作用で即死するような危険性もあったはず。

 

「わたし……私、唯一ちゃんの役に立てた? こんな有り様で、ほんとうに……」

 

 荒い呼吸を整えながら、円周は言葉を絞り出した。

 

「ええ、大丈夫です……ねえ円周ちゃん。そんなに心配でしたら、この私、木原唯一をエミュレーションしてみれば手っ取り早いのでは?」

 

 円周に近寄り、優しい声色で微笑を浮かべた唯一は答え、

 

「却下ッ‼︎」

 

 その提案をばっさりと切り捨てる。

 

「これ以上はもうダメだ。円周ここまでだ。唯一さん、貴女の目的はもう達せられたのでは? これ以上は円周の身の安全が保証できない。『お手伝い』に命を賭けろとまで唯一さんも言わないでしょう?」

「……そうですね。そうでしょうね。あなたならそう言うと思いましたよ。円周ちゃんのおかげで裏が取れました。バゲージシティで、ダイヤノイドで、つい数刻前も、どの渦中にもいたあなたも『向こう』を知る者の一人」

 

 顔から笑みを滑り落とし、俺の顔を覗き込むように一度見上げると唯一さんは身を翻して外へと足を向けた。滲む怒。てっきり拳でも向けて来るかと思ったのだが、怒りと別の感情を滲ませて何かを考えるかのように、白衣のポケットから取り出した葉巻ケースから葉巻を一本取り出すと咥えた。

 

 なんとも言い難い。結果さえ見れれば円周にもう全く興味はないといった素振りもそうだが、怒りに身を沈めているように見えて思いの外冷静なのか、なんと言うか危うい。円周が初めて出会った時に『やりたくないけど木原なら』と言っていた『やりたくない』という部分が存在しないような、ベルシ先生とも、木原那由他とも違う。だとすれば、これが『木原』という存在だとでも言うのか?

 

 円周を抱き上げ、外に向かった唯一さんを追う。こんな工場にいたところでどうしようもない。唯一さんの用事が済んだと言うならさっさと退散だ。これ以上関わってもなんら良い事があるとも思えない。唯一さんを追い工場の扉から外へと出れば。

 

 ばぢんッ、と。

 

 稲妻が弾ける音。目を向けた先で小さな女の子が小型のペットロボットに繋がれたリールから手を放し崩れ落ちる。たまたま通りがかった通行人か。ポケットからスタンガンのような物を取り出す唯一さんに目を見開き、胸元から取り出した軍楽器(リコーダー)の一つを唯一さんのスタンガンへと投げ付け弾いた。

 

「なんですか? 殺してはいませんよ?」

 

 ただイラつきを顔に浮かべる唯一さんへと一歩踏み出し足を止めた。地面倒れた少女から感じる鼓動。意識はないが生きている。外傷もない。ただ気絶しているだけ。

 

 ただ────。

 

「……なにがしたいんですか唯一さんは?」

「なにが、とは?」

「なにがはなにがでしょうよ。円周にも、その子にも、貴女がなにがしたいのかはおおまかには理解しましたよ。工場に置かれた破壊された兵器群に、倒されたらしい脳幹さん、相手が誰かも。なによりも、俺の親友と似たような顔をするのだから。何を目指しているのかは予想できる。それを含めて──────なにがしたいんですか?」

 

 ふらつく円周を扉の横へと立たせて唯一さんと距離を縮める。女の子がつれていたペットロボットを拾い上げ内部メモリを覗く我関せずな唯一さんの気を引くように床に転がる短かな軍楽器(リコーダー)の鉄筒を踏みつけ、舞い上がったそれを掴み取る。

 

「俺の同行を許容したのも、唯一さんにとって大事らしい物を前に、本心では嫌らしいのに円周を近づけたのも、所謂『優先順位』の違いだろう事も分かりましたよ。本当ならその女の子同様に俺達の意識も奪いたいのかもしれませんが、後々の面倒を考えてそれをしないだけなのだろう事も。それを踏まえて、なにがしたいんですか?」

 

 その問いに、最初言葉は返されない。大きな大きなため息を唯一さんは吐く。スイッチを切ったペットロボットを足元に置きながら、唯一さんは俺へと向き直った。冷め切った顔のまま。

 

「分かっているなら手を突っ込むなと少し前にも言ったはずですが? 復讐は無駄だからやめておけ。それはただの自己満足だなどと分かったようなことを口にして説教地味た事でも言いますか?」

「別に俺はそれを否定しない。仲間がやられれば俺だって腹は立つ。が、その相手が誰か分かっていればこそ、円周やその子は無関係でしょうによ、なにより円周はまだしもその子はただの一般人にしか見えない」

「だから優しくしろとでも? 効率的とは言えませんね」

「だから。唯一さんはなにがしたいんですかね? 善人振りたいんですか? それとも悪人振りたいんですか? 復讐のためならなんでもする復讐鬼なのか、仕方なくワル振ってるのか。それが今一つ分からない」

 

 慈悲の心などさっぱり見えない。滲む波紋は怒りや苛つき。地面に伏した女の子に向けて、案じるような気配は微塵もない。寧ろ目撃者はさようならと銃弾でも落とす方がそれらしい。仕方なく見逃すとでも言うような空気がチラついて仕方ない。

 

「はぁ? それがそんなに重要ですか? 私が嫌々こんなことに手を染めている可哀想な女だとでも? お目出度い頭ですね」

「生憎と、戦場でそういった手合を幾らも見たことあるのでそういう分野での人を見る目はそこそこあると思っていますよ。唯一さんは全くそういったタイプじゃないでしょう。だからこそですとも」

「だから、なんですか? 回りくどいですね。見逃されている自覚があるなら弁えるべきでは? 優先順位の順番を変えても構いませんよ私は? どうせあなたの順番も()()()()()ですしね」

 

 俺へと向く唯一さんに目を細め、ゆらりゆらりと身を小さく左右に振るう。嘘の気配も躊躇の気配もない。それならそれでも別にいいと、唯一さんは本心から思っている。今はただ、一番の優先目標があるからこそ損得勘定で後回しにしているだけ。邪魔であると判断したなら唯一さんは迷いなく俺を殺すだろう。

 

 唯一さんとの衝突は望むところではない。明らかに学園都市上層部と繋がっており、かなり多くの情報の手札を持っている。学園都市の防衛を主な仕事とするからこそ学園都市側と敵対する理由は薄く、それに唯一さんの狙いが上里何某であるのならばこそ、はっきり言って俺が敵対する理由はない。

 

 ただただ危うい。何かを知る為に円周の命を最悪使おうとした事もそう。目的の為ならどこまでやるのか分からない。その姿が親友と重なるからこそ。

 

 ただその衝突は、一本の電話に止められた。

 

 どちらが足を踏み出すよりも早く、けたたましく唯一さんのポケットで振動する携帯。揺らしていた体を止め、出ればいいと間を開ける。顔を顰めて顔を俺からは逸らさずに取り出した携帯端末の通話ボタンを唯一さんが押せば、余程相手は焦っているのか、スピーカーモードでもないのに容易にその言葉を拾えた。

 

『すいません唯一さんッ‼︎ 未元物質(ダークマター)が急に襲って来てグリフォンドライバーがッ‼︎』

「………………なるほど」

 

 唯一さんの顔が激しく歪む。瞳の照準が俺に定まる。

 

「必要もなさそうな会話は時間稼ぎというわけですか。えぇ? 役立たずどころか邪魔しかしねえのかスイスの山猿」

「ちょっとタイムッ」

 

 やばいッ。携帯端末をヒビが走る程に握り締め、怒りがフル加速している唯一さんを前に両手を掲げて降参の意を示す。

 

 ちょっと待てちょっと待てッ、なんで特に連絡もしてないのに垣根が唯一さん関連の何かを襲ってんの? 理解が追いつかないッ。

 

「いやあのそれは俺無関係ですッ‼︎」

「あぁそうですか」

「いやちょッ⁉︎ 垣根ぇぇぇぇええええッッッ‼︎」

 

 拳を振り被り距離を詰めて来る唯一さんから思い切り背後に飛び下がり、地面を転がり拳を避けながら、ライトちゃんの名を呼びスピーカーモードで垣根に電話を掛ける。追撃しようと動く唯一さんを膝立ちし突き出した手で制しながら。数度のコール音の後通話は繋がった。

 

『なんだ法水? まだ仕事があんのか? それとも報酬の件か? 別に給料と一緒でも構わねえが? 無駄話なら切るぞ』

「違うッ‼︎ なにをよく分からん何かを襲撃してるんだお前はッ⁉︎ 今それに関わってるっぽい人の一人と一緒にいるんだがお前に襲われたとか電話が掛かってきて俺は針の(むしろ)になりそうなんだよッ‼︎ なにやってんのッ‼︎」

『あぁ? 金髪の餓鬼に張り付いてた奴の後片付けはすると言っただろうが。俺の能力の一端を勝手に使われるのは気に入らねえ。また前の野郎みたいに自我でも持たれちゃ面倒だからな。一々お前の許可はいらねえだろ』

「それはそうだけどもタイミングが」

『知るか』

 

 ぷっつりと電話が切れる。掛け直すが電源でも切られたのか繋がらない。唯一さんを見上げれば果てしなく冷めた視線を落とされる。

 

「…………そういうことらしいんですけども」

「は? 役立たずどころか部下の統制もできないんですか?」

 

 なんも言えねえッ、傭兵部隊として自主性を重んじる自由度の高さが裏目に出たか。大変タイミングが良くない。一度能力に自我を奪われかけた垣根であればこそ、自分の意思とは無関係に動く能力由来のものを消したいことは理解できるが。早過ぎんだよ後片付けがッ。

 

「……仕方ありませんね、今回ばかりは大目に見ましょう。もう帰っていただいて構いませんよ?」

「……それを俺が信じるとお思いですか?」

「いいえ。ただそうでないと言うのであれば、ボロ雑巾になること覚悟で身でも捧げてくださいよ。あなたを餌にすれば第二位を誘き出す事もできるでしょうし、あぁ、他にも使い道はありますかね? そうしましょうか、そっちの方が手っ取り早そうです。ねえ?」

 

 唯一さんが一歩足を出す。非常にマズイッ。学園都市の上層部と不必要にコトは構えたくないが、ここで逃げるのも悪手。時を開ければ間違いなくこちら側以上に超科学の兵器で武装され圧殺される。かと言って、ここで唯一さんを殲滅すれば敵対も必須。俺の予想通りなら、完全に唯一さんと敵対した場合相当数の相手を敵に回す可能性が高い。

 

 唯一さんに従うのも地獄、敵対するのも地獄。どちらの地獄がより地獄か、選びたくはない二者択一だ。見た感じの肉体性能的には俺の方が上。およそお互い丸腰の今なら制圧できる可能性の方が高そうではあるが……。

 

 ゆっくりと観察するように歩いてくる唯一さんを第三の瞳で波の世界から見つめ、膝立ちのまま僅かに躙り下がりながら身構える。

 

 どうする? どうするのが正解だ? 『木原』ならばなんらかの特異な技術を修めているはず、少し見てみたくもあるとかそんなこと考えてる場合じゃねえッ。不用意に敵対すれば誰を敵に回すかも分からない。かと言って謝ったところで許してくれる空気でもない。

 

 どうする? どうする? どうすればいいッ?

 

「……唯一お姉ちゃん、孫市お兄ちゃんを頼ってあげてよ」

 

 ふらふらと、向かい合う俺と唯一さんの間に未だ悪い顔色のままの円周が歩み寄る。もう優しげな笑顔を唯一さんは浮かべない。

 

「私は『木原』だし『時の鐘』だから、二人が戦うところは見たくないな……。唯一お姉ちゃんが何をしたいのか、私には全部は分からないけど、唯一お姉ちゃんが必要なら私だって力を貸すよ。孫市お兄ちゃんもきっと力を貸してくれるよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、脳幹ちゃんもそう言うんだよね」

 

 唯一さんの足取りが加速する。円周に向けて両手が伸びる。両の手は拳ではなく開かれた手のひら。円周の首を鷲掴もうと伸ばされる唯一さんの両の手首を、駆け寄り円周の背後から伸ばした両手で掴み取る。それでも唯一さんの勢い止まらず、ギチギチと筋肉の軋む音を奏でながら唯一さんは円周の顔を覗き込んだ。こいつ円周の首を絞めるどころかへし折る気かッ。

 

「……円周ちゃん、ねえ円周ちゃん、本気で言ってるんですかッ? 先生がこの状況で『時の鐘』を頼ると? あの役立たずをッ、動かず見ていただけの奴をッ」

「うん、うん、間違いないと思うよ。さっきちょっと潜ったばかりだから、脳幹ちゃんならきっとそう言うんだよね。『木原』だけじゃできないことも、『時の鐘』とならきっとできるよ。私を、私にしてくれたから」

「馬鹿げてますね。偽善を掲げる悪の巣窟を頼る? 私は他の誰でもない唯一にならなくてはいけないッ、例えあなたが先生をエミュレーションしたとしても、先生を越えなければならないなら先生が絶対選ばないような道だとしても」

「選んだ道を見てからでも、それはきっと、遅くないよ。それともそれが唯一お姉ちゃんの『必死』なの? 脳幹ちゃんの道から外れて唯一になるのが? それとも、脳幹ちゃんの道を超えて唯一になるのが? 私だったら、怒られる道は選びたくないな」

「知ったような口をッ」

「うん、うん、分かるよ、唯一お姉ちゃんなら……ッ」

「円周ッ」

 

 言いかけて、再び円周の波紋が弾ける。ふらりと俺の方へと倒れ背を付けて、円周の意識が途切れた。掴む唯一さんを押し返し、崩れ落ちようとする円周を抱える。脳幹さんのみならず唯一さんに波長を合わせても拒まれるとはッ。少なくとも円周の命に別状はなさそうで安堵する。円周が倒れた事で多少は気が落ち着いたのか、奥歯を噛み締め唯一さんも足を止めた。

 

 何かを思案するように目を泳がせる唯一さんに目を向け、口を開き、何も言わず閉じた。

 

 おそらく今俺がなにを言ったところで好転はしない。全ては唯一さんが決めること。円周は『必死』を唯一さんに問うた。ならその答えは唯一さんにしか出せない。なんのどんな道を唯一さんが選ぶのか、それを知らぬ俺には言えることはない。

 

 やがて唯一さんはゆっくりと顔を上げた。

 

「…………法水孫市」

「……なんですか?」

「なににしても、失われたサンプル=ショゴスの代わりが必要です。あなたにはその分を補っていただきます。断ると言うのであれば」

「断りませんよ。垣根に助力は頼めそうにないですがね。円周の代わりになるかは分かりませんが、唯一さんの必死に円周が懸けた分は俺が微力を尽くしましょう。ただし、ゴミみたいな仕事なら蹴るのでそのおつもりで」

「傭兵の癖に選り好みしますか、どうしようもないですね。…… ええ、ええ。ケースCが発生、対応は四番で、『目』は潰してありますので対処不要です。そちらは二〇分以内に現場からの全撤収と痕跡の消毒に専念を。次の候補地は──────」

 

 ひび割れた携帯でどこかと連絡を取る唯一さんを尻目に、円周の頭に手を置く。俺は『木原』の全てを知っている訳ではない。ベルシ先生や円周のような者もいれば、木原病理や木原幻生のような者もいる。唯一さんがどんな『木原』であるのかは知らないが、隣り合う以上はこれから『木原唯一』を知ればいい。

 

 これまで俺が見てきた円周がここまで懸けたのだから。俺は見るなら見たい輝かしい瞬間を追う。円周もきっとそうだと、エミュレーションなどなくとも俺は見て知っているのだから。

 

 

 

 

 

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