「
十円玉を大量に抱えていた不良っぽい少女は
ビルの上に姿は見えないが、しこたま無線機詰めたリュック背負って首筋にインプラントぶち込んだ巨大風船片手に年中無休で遊覧飛行している未確認飛行パジャマ少女の
目視でおよそ一キロ離れたビルの上。本当なら三キロ近く離れたかったが、上里勢力にどんな者達がどれ程いるのか探る以上、遠く離れ過ぎると建物の影などに潜んでいる者には気付けないため仕方ない。
午前八時を過ぎすっかり徹夜。僧正騒動からまだ一日。余程重要なビルでもない限り、修復作業に忙しく忍び込みやすくてありがたいことだ。これまで恐るべき過密スケジュールで最前線、最前線と動き続けていたが、久しぶりにいかにも狙撃手らしく動けている気がする。
上里勢力の少女三人は、自分達が上里達を監視していても、されているとは考えないのか、はたまた
「────どうっスか法水さん、楽しんでるっスか?」
「そうだな、学校をサボって学校を監視なんて悠々自適生活だよ」
驚かせるつもりだったのか、挨拶も音もなく後ろからにゅっと顔を伸ばしてきた釣鐘にそう返せば唇を尖らせる。ってか呼んだ訳でもないのに何故いるのか。目を細めれば俺に顔を向ける事もなく、目の上に水平に手を翳し、日差しを遮りながら俺の見つめる先に顔を向ける。
「まさかとは思うがつけられてないだろうな?」
「それこそまさかっス、一流には及ばずとも私だって忍者っスよ? 法水さんこそバレてません?」
「馬鹿言えよ、仕事として俺はこっちの方がずっと長い。よく考えればこれまでがおかしかったんだ。学園都市に来てから狙撃手なのに近接戦が多過ぎる」
「自業自得っスよそれ、私はその方がいいっスけど。それより円周が目を覚ましたっスよ、どうします?」
俺にというより円周に釣鐘なりの気を遣ってくれたのか、それは朗報。釣鐘に視線を落とすが、顔を向けてくることもなく動かない。仕事に徹している時はすこぶる優秀なのに、抑え切れないらしい趣味が顔を覗かせるとアレになるのが玉に
「カルロフはどうしてる? 一番邪魔なのがあれなんだが」
「さぁ? 少なくとも通って来た道すがらにも、近くにもいないっスよ。昼寝でもしてるんじゃないっスか?」
「時間を考えろ時間を。今寝ててもそりゃ昼寝じゃなくて寝坊だ」
まああいつは学校生活とかマジで興味なさそうだしな。転校して来たらしい上里のように学校に行く気は微塵もないらしい。学校での情報収集を唯一さんが選んだ理由にはそれもあるだろう。カルロフ自体協調性が然程あるようには見えないが、それも当たりか。上里勢力と常時一緒にいる訳でもないようだ。上里と違ってカルロフは上条に興味なさそうだしな。
「それで? 私達はどうするっスか?」
「んー? 事務所待機」
「えー」
「えーじゃない。ちゃんと理由がある。約束した以上俺個人の力を唯一さんに貸すのは当然だが、学園都市支部は別だ」
唯一さんはかなり高位の学園都市上層部なのは間違いない。俺たちの学校の移動先も決定でき、サンプル=ショゴスだのサンジェルマンウィルスなどを培養さえできる立場にいる。
「唯一さんは学園都市統括理事長に上里殲滅を依頼されるような人の関係者だ。俺が杞憂なく動けるようにの保険だよ保険」
唯一さんがなぜ復讐を誓ったのか、先生と呼ぶ脳幹さんがなぜ上里とぶつかることになったのかは、上里の情報を共有する上で簡易的な資料を渡されていたので確認済み。それが嘘でない事も波紋を手繰り確認済みだ。
本来防衛を仕事として回されている『シグナル』そっちのけで学園都市が動いているなど、それほど面倒な問題なのか、それとも『シグナル』よりよっぽど信頼している証か。いずれにせよ、唯一さんと出会わなくてもいずれ上里勢力制圧の仕事でも投げられていたかもしれない。
「唯一さんは少し危うい。正直どこまで踏み切るかが分かりづらい。俺もやりたくない仕事はやりたくないからな。事務所が人質になど取られたくない訳だ。加えて、どれだけ数のいるか分からない上里勢力とコトを構えた時に、場所がバレている俺の事務所が襲撃される恐れもある。お前と円周が事務所にいてくれれば俺も安心できるというものだよ」
「退屈っスねー、浜面さんと第二位は?」
「あの二人は現状事務所にいないことが利になってるんだよ。これが自主性を重んじる時の鐘の組織としてのメリットでもある。一網打尽にされる可能性が減る」
まあその分集団でない以上瞬間的な最高戦力を出しづらいデメリットもあるし、個々に確かな強さと技量が要求されるが、その分時の鐘の敷居は低くはないので問題ないという訳だ。何より時の鐘学園都市支部の面子は俺自身が選んだからこそ信頼できる。
「だから」
そこまで言って口を閉じた。見つめていたビルの上に集中する。波の世界を注視する俺の空気の変異を感じてか、俺の視線の先を見つめ目を細めた釣鐘が、絵恋の唇の動きを口ずさむ。
「
「……表で有名な大量殺人鬼だ。表ではその名は消されたはずだが」
『絶滅犯』。時の鐘の仕事柄聞いたことは一度や二度ではない。寧ろとある理由から聞いた数は多い。曰く終末思想カルトなどの凶悪犯罪者集団を皆殺しにする凶悪犯罪者専門の殺人者。一部の界隈では英雄視している者もいたりする。こちらとしてはある意味仕事として殲滅対象の部類に入る相手だが、凶悪犯罪者集団なぞの依頼を時の鐘が受けるはずもなく、また、相手も犯罪者ばかりを狙うので戦場で相対するようなことはなかった。
が、問題は別だ。
時の鐘はサタニズムの集団だ。神も天使も悪魔も信仰しないが、ある意味ではサタニズムという宗教を信仰しているとは言える。そんな
まあハム=レントネンの両親殺害と絶滅犯の出現時期が合わずに見送られたが。
「時の鐘とどっちが表で有名っスか?」
「軍事関係者で時の鐘を知らないならもぐりだ。同じく警察関係者で絶滅犯を知らなければもぐりレベルだな。凶悪犯罪者しか殺さない殺人鬼という事で支持する者がいたりしたからな。とは言え殺人鬼は殺人鬼。専門家はミッション系のシリアルキラーなんじゃないかと予想立てているが、捕まっていない以上真相は闇の中だ」
「法水さんこういった類の話ほんと詳しいっスよね。なんでっスか?」
「釣鐘さんよ、本来は俺ガチガチの軍事関係者だよ? 対魔術師だの対能力者に特化した専門家じゃないんだけども? 犯罪者界隈の方が寧ろ詳しい」
マジで。だから態とらしく驚いたような素振りを見せるんじゃねえ。学園都市には能力者ばかりがいるから相手せざるをえないだけだ。でなければ、誰が好き好んでどんな凶器を持っているか分かりづらい能力者と率先して敵対したいと思えるのか。魔術師ならまだしも能力者に関してだけ言えば、八ヶ月前に学園都市に来てから詰め込みで勉強したレベルだぞ。理論だのなんだの小難しいことは木山先生に聞いた方がよっぽどタメになる。
「まぁなんにせよ、なぜかは知らんが今『絶滅犯』の名前が出たのが問題だ」
絶滅犯など、普通の日常会話で出る名前ではない。なにがあれば上里達を監視中に少女達の口から『絶滅犯』の単語が出るのか。
正体不明の殺人鬼。それを現状全く関係のなさそうな今名前が出るということは、少なくとも上里側には問題がある。絵恋とやらも分かりやすく『問題は』などと漏らしているしな。
大事なのはその問題の内容であるが。上里勢力が正体も行方も現状不明である絶滅犯の標的にでもなっているのか。だとしたら御愁傷様だ。絶滅犯が凶悪犯罪者ばかりを狙う以上、自業自得としか言えない。が、心底面倒そうな様子は見せても、少女達は強烈な恐怖の表情などは浮かべない。その答えを形とするように少女達の唇が動く。
「
「うへー、
『も』ってなんだ『も』って。まあ大概俺の妹も面倒だけども。妹どころか兄も姉も妹も全員面倒だけども。姉の一人が比較的マシではあるか?
「面倒ではあるが、滾るっスー、っていつもみたいに言わないのか? 殺人鬼だぞ殺人鬼」
「はぁ、分かってないっスね法水さん。殺人者ならなんでもいいって訳じゃないんすよ。だってそういう分類で言えば法水さんも近江様も総隊長さんも殺人鬼でしょ? 大事なのは技巧の冴え。包丁で滅多刺しとか美しくない。どこまでも鮮烈な死を一撃で叩き込める芸術のような技こそが美しい。例えば、逃げても逃げても振り切れず、どうしようも無く上へ上へと追い詰められ開けたビルの屋上なんかに出るんすよ。登る朝日に目を細めると同時、遥か彼方に点のように映る法水さんを見つけた瞬間膝の力が抜ける。上から垂れる赤い雫。触れれば眉間に穴が一つ。急激に色を失う世界の中で狙撃銃の銃身を掲げる狙撃手を見つめながら絶命とか! くぅ〜〜〜〜ッ‼︎」
「そう言えば八重の奴の姿も見えんな。アレもアレで別行動中か? 上里勢力は特殊な連帯感を有するって話だったが、カルロフと言い例外はあって然るべしか」
「無視はなくないっスか?」
だって釣鐘その話になると長えんだもん。そんな私の考えた最高の殺され方みたいなの並べられて俺にどうしろと言うんだ。殺さないよ俺は? 裏切り大好きみたいな事言いながら実際は身内に甘々で気遣い村の住人だって俺知ってるからね。思いの外面倒見いいし。人差し指で突っついてくる釣鐘をガン無視し頭を回す。
絶滅犯が上里側なのだとして、少女達の顔色を見る限り良好な関係には見えない。特殊な連帯感……があるからこそ、連帯感の外側にいる者とは逆に連携が取りづらい可能性もあるか? なんにせよ今唯一さんに連絡を取る訳には…………。
「ぶふっ!」
「え? なんで急に笑ってんすか? ひどくないっスか? 噴き出すのはなくないっスか? 法水さん? 法水さん?」
「悪かった悪かった! 悪かったから指で突っつくな!」
昇降口付近で移動して来た上条達と話してる唯一さんの格好がやべえ。磁性制御モニターを使っているから実際に服などを着込んで変装している訳ではないが、眼鏡を掛けた男子生徒の背に隠れている某生徒会長。長い黒髪に頭には大きなリボン。見た目もなんだかちっちゃくなっちゃっている。化粧院明日香の中身がまさか唯一さんだとは誰も思うまい。絶対中身無表情のままだぞ。
お互いにインカムは付けているが、下手に連絡すれば青髪ピアスには拾われる恐れがあるからな。絶滅犯の情報も共有したいが今は無理だ。しかし、見たところ学校内にいる上里勢力は上里何某のみ。油断しているのかなんなのか、勢力の規模は小さくないらしいが、肝心の上里の内側が読めない。
「それで法水さんどうします? 事務所に戻りがてら『絶滅犯』だか探ってみるっスか?」
「お前も興味薄いなら敢えて探らなくてもいい。『絶滅犯』自体都市伝説に近い正体不明だ。相手の力量が分からないのが一番怖い。俺はしばらく事務所に帰れない可能性もあるからな。事務所周辺の警戒を強めてくれ。家を守るんだ、その点に関して言えば鰐河さんや春暖さんまで使っちまえ、家賃代わりにな。その二人との連携は釣鐘なら大丈夫だろう?」
「
「もし事務所帰った時に諸々壊れていた時はお前の給料からさっ引くから問題ない。それが嫌ならあの二人にバイトでもさせろ」
「ひどいっス⁉︎ あの二人がバイトとか多分無理っスよ⁉︎ 上手いのは猫被りぐらいのもので」
「お前と同じじゃん、最悪事務所防衛のために同盟として近江さんを頼っても構わん」
「おら用事思い出したんでもう帰るっスね! 法水さん愛してるっスー!」
近江さんの名前を出せば意気揚々と釣鐘はビルから飛び降り姿を消す。いい気なものだ。一箇所に留まり続けると誰に捕捉されるかも分からないので、傍に置いていたゲルニカM-003の本体を手に立ち上がり場所を移す。
そんなことを繰り返していたら昼過ぎになって浜面から電話が来た。
俺も昼休憩とばかりにビルの屋上で適当に買ったサンドイッチを食べながら監視を続けていた時のこと。唯一さんは某学校の中等部に在籍する化粧院明日香の妹分と戯れたりしていた時のこと。
『なあ法水、ピザ切りカッター噛み砕いて銀行の建物を斜めにズラした奴がいるんだけどどう思う?』
と。
意味が分からない。徹頭徹尾意味不明だ。まずピザ切りカッターと建物がズレる話の共通点が見出せない。
「……今仕事中なんだけどその話いる?」
『あ、マジで? 悪い全然気付かなかった。面倒事か?』
「面倒じゃない仕事は来ないさ。それに敢えて連絡しなかった。俺個人の仕事だから気にしないでいい。浜面は普段通りに過ごしてくれ、それが今は時の鐘学園都市支部のためにもなる。詳しい説明は省くが必要になったら連絡するさ」
『おう、んでさっき滝壺の口座を作りに銀行に行った時なんだけど』
「は?」
話を続けるのか以前に、なんだその話は? 惚気か? 惚気なのか? お前は仕事中かもしんないけどちょっと聞いてくれよこの幸せを分けてやるぜ的なアレか? はぁ? キレそう。
「滝壺さんとの口座を作ったので給料はそっちに的な話でしょうか? 分かりました良かったですね。で? 婚約でもしたんで御祝儀くれとかそういう話ですか? いいですよ別に? 祝ってあげますよ盛大に?」
御祝儀は何発がいい? 拳が唸るぜ。
『違えよ⁉︎ なぜに敬語⁉︎ 婚約とか気が早え⁉︎ そ、そうじゃなくてだな、そこでなんか絡んできた素肌の上に半透明のレインコート着た女がピザ切りカッターもぐもぐしたと思ったら金庫ごと建物を真っ二つにしてだな』
「聞いた限りその痴女っぽい奴に鼻の下伸ばしてたら滝壺さんに殴られたって?」
『そうそって違えよッ⁉︎ のわあッ⁉︎ 滝壺⁉︎ 滝壺さん⁉︎ 鼻の下なんて伸ばしてねえって⁉︎ そんな状況でもなかったよな⁉︎ なんか喧嘩売って来ただけだったけど明らか変な奴だったから法水に聞いた方がいいかなってよ!』
電話の向こう側からミシミシなにか怖い音が聞こえてくる。どうやら滝壺さんも一緒らしい。なら今の話は冗談だのなんだのではない訳で、学園都市に住む浜面が変な奴と言う以上、その行動から能力者ではない何かを感じたということか。つまりは唯一さんの言う『向こう』側の手合い。要注意な魔術師が入って来ればだいたい土御門から先に連絡が来ることが多いのだが、唯一さん曰く別行動中らしいし土御門方面の面倒事か? わざわざ魔術師が浜面に喧嘩を売ったというのは気になるが。
「その情報だけだとなぁ、ピザ切りカッターを食ってビルを真っ二つにできる繋がりが分からん。中国での話だが、パンダがUMA扱いだったその昔、文献で『
『他に……サニーだのレインだの言ってたような……』
なんじゃそりゃ。天気の話?
『あー……なんだっけ? 海神マナナンがどうたらこうたら……』
「……………… Manannan Mac Lirだ」
『なんだって?』
「海の神でマナナンとくれば、ケルト民族の伝承、ケルト神話に出てくるマナナン=マクリル以外にない。『Echtra Bran maic Febail』という冒険譚なんかに出てくる海神にして魔術師。歴史上実在した人間と子を成したなんて伝承までありやがる。銀の冠、白い頭、偉大な戦士なんかの異名があってな、名前の由来は『山』だの『上昇』だの、数多くの宝物を持ち、足が速く、マン島という英国の隣にある小島のかつての王とされていたりする。ケルトの聖職者的存在と言えば
『そういや銀髪だった気がする』
「姿まで模してるならまず当たりだ。レインコートなのは海から水を連想してだろう。寧ろ雨=嵐とかで、荒ぶった時の海神を表していたりするかもしれんな。とは言え、ピザ切りカッターとの繋がりは分からんが。今の伊国、昔ローマだった時代に繋がりがあるからなぁ、大陸のケルト文化がローマ文化に染められた伝承でももじってるのか。ケルト文化は一応スイスにも残っていたりするし、だいたいそんなのになんで喧嘩売られたんだ?」
ただでさえ上里の件で忙しいのに、別口で魔術師が学園都市に侵入しているなど面倒なことこの上ない。偶然に浜面が襲われたのだとしたら不運過ぎる。いや、喧嘩売って来ただけならただ絡まれただけか。そんな予想は浜面の次の言葉に否定される。
『分かんねえけど、俺だけじゃなく法水や上条の大将、麦野や滝壺、絹旗にフレンダの名前まで口に出してたぞ? 『アイテム』のことも知ってたし、なんかすげえ馬鹿にされたけどやけに詳しかったな。実入りが少ないだの言われてかかってはこなかったけどよ。ひょっとして暗部の誰かとかか?』
「そんな目立つような奴が暗部にいますと今更言われてもな。それなら土御門あたりが元々知ってそうな話だし、
『ぶッ⁉︎ スイスの軍事のトップにわざわざ電話掛けられるか⁉︎』
そんなこと言われても……、
『まあ多分一度来て何もせず去ってったから大丈夫だと思うけど、一応『アイテム』と一緒にいることにするわ。法水も気を付けろよ、そっち行くかもしれねえし』
「絶賛狙撃手ムーブ中の俺を捕捉できるかどうかは分からんがな。気にしてはおこう」
『……狙撃手ムーブってなんの仕事してんだ?』
「あー……今は学生達のマラソンを見てる」
『……なんで?』
なんでってマラソンしてるからだよ。正体を隠す気があるのかないのか、一人先頭に出たと思ったらバック走しながら女子生徒に顔を向けている青髪ピアスを見る。そして上条は何故か吹寄さんに頭突きされていた。それを学校に行かず遠く離れたビルの屋上から眺める俺。
なんだろうこの感じ……。
上里勢力との避けられない決戦が控えているというのに、絶滅犯だのケルトの魔術師だの何をこのタイミングでポンポンと湧いているのか。視線の先で描かれる平和そうな日常と外の荒んだチグハグさに、深く大きなため息が一つ出た。