時の鐘   作:生崎

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憂鬱な初仕事 ③

 人のいない地下街というのは思ったよりも音が反響する。『特別警戒宣言(コードレッド)』の発令。及び避難命令の出された地下街は戦場だ。隔壁が降り、生活感がまるごと取り残され、人の匂いはするのに人の姿がない。パニック映画を見ているような光景であるが、そうではないとひりついた空気が言っている。

 

 地下街に響く三つの足音。それが反響し自分の元に帰って来るごとに薄くピリピリとした空気が辺りに舞う。御坂さんと白井さんの顔も普段と違って少々険しい。一度闘ったからこそ油断なく周囲に警戒しながら足を進めている。

 

 漠然と視界に捉える店の看板や通路に立ち並んだ衣服。見るのではなく観る。視界は広く保ち、見えるモノの中に不自然なものがないかを探す。人がいない分よく見えるが、やはり障害物が多い。隠れる分には楽だが、この中で狙撃を当てるのは少し厳しい。何より相手には痛みも気にしない大地の巨人が盾と矛として控えている。この狭い地下街ではこちらの動きが制限され、まともに避けられるかどうかも怪しい。それは相手も同じだが、スペックを考えると相手の方が地理的に優位だろう。

 

「御坂さん、何か不思議なものとか感じるか?」

「全然、静かなもんよ」

 

 常に体から微弱な電磁波を出しているらしい御坂さんはレーダーとして役に立つが、いざ戦闘に入ったら彼女をアテにはできない。学園都市で彼女以上の戦力を望むなど贅沢に過ぎるが、白井さんでも御坂さんでもなく俺が最終的には倒さねばならないのだ。そういう意味では御坂さんは居て欲しくはない競争相手であるのだが、一人でいんじゃね? と思うほど有能だ。科学と魔術という強大な線引きさえなければ、是非とも力を借りたい。

 

 ままならない仕事へのイライラを煙草で誤魔化すわけにもいかず、仕事に集中することで頭の片隅に追いやる。強く足を踏み出そうとしたが、その足はピタリと宙で止まった。目に見えるモノには変化はない。白井さんと御坂さんの目が俺へと向いた。

 

「どうかしまして?」

「猫の鳴き声が聞こえる」

「猫ですの?」

 

 白井さんがそう言って足音と話し声が消えた。静かになった地下街の薄暗い空気に混じって聞こえる弱い猫の鳴き声。それがまだ遠いがこちらに向かって来ている。たかが猫。野良猫なんてどこにでもいる。この未来都市にさえだ。だが、なんだ猫かと気は抜けない。

 

 白井さんと御坂さんは肩の力を抜き、動物に興味がないだのあるだの緊張感が少し抜けてしまったのはマズった。相手の一人は魔術師だ。何がどう魔術に作用するのか分からない。故にたった一匹の猫であろうと、魔術師が相手の闘いならば気を抜くのはご法度。そうでなくてもネコ爆弾なんていう珍兵器が実際に昔考えられた事もある。戦場では蟻一匹にさえ気は抜かない。すっごい白井さん達に言いたいが、魔術絡み。秘匿されている魔術のことを今俺が二人に言うわけにもいかない。これは魔術と科学が戦争にならないようにするための仕事なのだ。わざわざ導火線をばら撒くような事はできない。

 

 二人を横目に歩を進める。猫の鳴き声が近くなって来た。相手はどうやら曲がり角の向こう側。

 

 この距離なら二つ目の相棒、ゲルニカM-002の方が早い。腰にゆっくり手を伸ばしならがら、止まる事もせず、隠れもせずに曲がり角から姿を出す。

 

 虚をつくため。異常な事態にはそれ相応の振る舞いというものがある。特殊部隊のように機械的に動き出を潰す。それもいい。だが相手は非常識。ならこちらも非常識を持って制す。明らかに異常な空間でなんでもない日常にように動く事で、一般人かそうではないのか疑心暗鬼を誘発させる。聞こえる足音だけで相手を警戒するプロであるほど虚をつける。そうでなくたって猫一匹。普段通りに動いた方が相手も警戒しない。

 

 そうして俺の目には確かに猫の姿が映った。

 

 ただそれに加えて転がっている人間が三人。学生服を着た二人に真っ白い修道服の少女。まじかよ……。

 

「……上条さんに禁書目録(インデックス)のお嬢さん」

「あ、あれ? 法水?」

「まごいちだ、どうしたの? なんでここにいるの?」

 

 どうしたって? 最悪だよ。エンカウントが早えよ‼︎

 

 なんで歩けば棒に当たるように上条が転がっているんだ。もう仕事の達成が不可能に思えてきた。俺の背後からひょこっと顔を出してきた白井さんに御坂さんも呆れた顔をして上条を見ている。まあぱっと見禁書目録(インデックス)のお嬢さんが上条を押し倒しているように見えなくもない。

 

 御坂さんの前髪が跳ね紫電が舞う。上条さんこの子引き取ってよ。

 

 御坂さんが上条に突っかかっていったのでもう放っておく。日常会話に気を割いている時間はない。そう思っていたのだが、上条達の話が進むにつれてどうも雲行きが怪しくなってくる。

 

『禁書目録』、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』、『虚数学区の鍵』、全部ぶっ壊しちまえば手っ取り早い。

 

 そう、上条達の元に現れた大きな目玉が言っていたらしい。間違いなく魔術。シェリー=クロムウェルだ。上条達が上条達で盛り上がっている事をいい事にその場から少し離れ耳に付けたインカムを小突く。「土御門さん」と小声で呼び掛ければ、すぐに返事が返って来る。意外と暇してるんじゃなかろうか。

 

「どうかしたか孫っち」

「良い知らせ、いや悪い知らせだ。シェリー=クロムウェルの目的が分かった。シェリー=クロムウェルの狙いは上条さん、禁書目録(インデックス)のお嬢さん、それと虚数学区の鍵? とかいう風斬とかいうお嬢さんらしい」

「虚数学区の? クソッ! そういう事か」

 

 壁でも叩いたのか、衝撃音に合わせて珍しく声を荒げた土御門の声が俺の鼓膜を叩いた。

 

「っい、急に叫ぶな。どうした?」

「いや、悪いにゃー孫っち。こりゃ本格的に上の思惑通りに事が進んでるみたいだ。狙ったように集まっているカミやん達。そしてそれを狙う敵。オレ達がどうしようと向こうの方からカミやんを狙われたんじゃどうしようもない」

「ならどうする? 仕事は取り止めか?」

 

 少しの沈黙の後、「いや」と土御門の低い声が返って来る。

 

「どちらにしろシェリー=クロムウェルにはご退場頂かないとな。こうなったらカミやんと協力する以外にない。カミやんはもう魔術師の間では有名人だ。本当なら孫っちに倒してもらいたいが」

「もう何人も魔術師を倒している上条さんならそこまで問題にはならないか。はあ、分かった。引き続きシェリー=クロムウェルを追おう。やれたらやるよ」

「頼んだぜい」

 

 通信を切り上条達を見る。その中に混じっている眼鏡を掛けた美人さん。話を盗み聞いたところ風斬さんというらしい。土御門が声を荒げたのは彼女の名前を出した時。彼女にも何かあるようで。そんな彼女と一緒にいる上条。

 

 全くこれだからこの友人はクソ面白い。

 

 また上条と一緒か。悪くない。本当なら土御門も一緒に来たいだろうに。それに、上条がいればシェリー=クロムウェルを任せる事ができる。そうなれば俺は姐さんにのみ集中すればいい。上条がいようと『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ではどうにもならない一枚の壁。これをぶち抜かない事にはシェリー=クロムウェルには近付けない。

 

 小さく笑いながら上条達を見ていると、何があったのか白井さんが御坂さんと禁書目録(インデックス)のお嬢さんを掴み空間移動(テレポート)した。ちょっと。協力者が早速居なくなったんだけど。入る前にアテにしてるどうのこうの言っていたのはなんだったんだ。その場に残っているのは上条と風斬さん。二人の困ったような顔が俺に向けられた。

 

「なに?」

「いや、悪いな法水、お前も残しちまって。ほら向こうの隔壁の前に避難し遅れてる学生がいてさ。白井が予定を変更して救助を優先するっていうからインデックス達を先に送って貰ったんだ。俺には空間移動(テレポート)は効かねえし、法水は」

 

 そこまで言って上条は俺が肩に掛けている相棒を見た。風斬さんも物珍しそうに俺の相棒を見ている。上条は察したんだろう。顔を苦いものにして、噤んだ口を再び動かした。

 

「まさか仕事か?」

「その通り。よく分かったな」

「いや分かったなってそれ持ってれば分かるだろ。服は制服だけど。まさかまた土御門まで」

「さあ?」

 

 そうはぐらかす俺に上条は何か言おうと口を開いたが、再び地下街が大きく揺れ、上条の口を強制的に閉じさせる。なんとも間の悪い。それも外で感じた揺れと違いかなり近い。洞窟のように暗い通路の奥から、男女入り混じった絶叫と、銃撃音が飛んで来る。

 

 チラッと上条の方へ視線を送る。上条の顔を見れば分かる。行く気だ。また隣に立つ少女のため、隔壁の前で狼狽えている学生のためにシェリー=クロムウェルに立ち向かうつもりなんだろう。利益もないのに、自分が嫌だから。

 

 それが素晴らしい。

 

 相棒を握る手に力が入る。

 

 上条や土御門と共にいると気分が高まる。時の鐘の仲間達と共にいるかのように。なぜなら彼らは迷わない。どこまでも自分の道を進む。それが交わらなかろうと、向かう先が違くとも、彼らが歩いていると分かれば、俺の足も自然と前に進むのだ。

 

「俺は……あれを止めてくる」

 

 そう風斬さんに言い残し走って行ってしまう上条の後を追う。なぜ上条はこうも俺の前を行くのか。身体が勝手に追って行ってしまう。

 

「法水⁉︎」

「仕事さ。禁書目録の時と同じ。俺の仕事もあれを止める事だ。本当なら白井さんと二人で突っ込む予定だったんだが、どうして上条さんと二人で今走っているのやら」

「法水……いや、言うだけ無駄だな。頼もしいぜ」

「お互いな」

 

 

 ***

 

 

 銃声と絶叫。

 

 聞き慣れた戦場の音にロイ=G=マクリシアンは指でリズムを取りながら盾のように警備員(アンチスキル)の前に立ちはだかっているゴーレムを背に口から紫煙を吐いた。地下街にシェリー=クロムウェルと共に身を移してから十分もしないうちに地下街は封鎖された。思ったよりも早い学園都市の反応に、思わずロイは楽しくなってくる。

 

 ロイにとって酒で酔うのも戦場で酔うのも同じ事。人生は楽しまなければ損だ。人生などあっという間。ならば少しでも楽しいことをしなければ、すぐに墓の下だ。

 

 規則正しい警備員(アンチスキル)の射撃を耳に、ロイはシェリー=クロムウェルの顔を眺める。つまらなそうに舌を打って眉を潜めた無愛想な顔。それを肴にロイはニヤついていたが、気が付いたシェリー=クロムウェルの機嫌悪そうな目がロイに落とされる。

 

「ロイジー、この騒音止めなさいよ」

「えーいいじゃんリーク騒がしくって。あたし騒がしいの大好き」

「お前の好みとか聞いてないから。働け酔っ払い」

 

 雇い主に言われては仕方がないと渋々ロイはその大きなお尻を持ち上げる。といっても警備員(アンチスキル)の方に振り向いても見えるのはほとんどゴーレムの背中だけ。僅かな隙間から見える警備員の動きは悪くはない。

 

 組織だった連携のとれた動き。だが練度としてはまあまあ。

 

 警備員(アンチスキル)は学園都市の教師によって作られている組織。戦うことを前提として日夜身体を鍛え修練を積んでいるロイ達からするとまだ甘い。装填時間を無くすために三人セットで動き、誰かが撃っている時は誰かが装填というのはいいのだが、撃っているものはただ弾をばら撒いているだけだ。足止めが目的ならいい。しかし、制圧を目的とするなら駄目だ。

 

 ゴーレムの背中からいくつかの隙間を覗き警備員(アンチスキル)の様子を伺っていたロイだったが、一人が手榴弾を手に持ったのを見て笑みを深める。使うならさっさと使えばいいのだ。無駄弾を撃つ暇があるなら、吹っ飛ばした方が早い。

 

 ロイのように。

 

 ロイは思いっ切り足を振り上げ、ゴーレムの背中を蹴り飛ばす。銃弾でもビクともしないゴーレムが、女性の蹴りの一撃を受けてゆっくりと警備員(アンチスキル)の方へ、地下街の壁を削りながら飛んで行く。速度は無くとも威力は十分。地下街の店のテーブルなどで作られていたバリケードを吹き飛ばし、黒い装甲服の者達が薄暗い地面を転がっていく。

 

「テメエ、エリスになんてことしやがる!」

「だってこっちの方が早いんだもんさあ」

「もんじゃねえ! テメエ狙撃手なら狙撃手らしくしなさいよ! その手に持ってるのは飾りか!」

「そう、いいでしょ」

 

 超大型の狙撃銃ゲルニカM-003をバットの素振りのように振るロイを見て、シェリー=クロムウェルは顳顬を抑えた。本当なら禁書目録も幻想殺し(イマジンブレイカー)もロイの狙撃でさっさとケリをつける予定だったのだが、何もしてない一般人は殺さないという時の鐘の理念と、楽しくないからというふざけた理由によって、シェリー=クロムウェルが当初計画していた通り真正面から突っ込むことになった。

 

 これだったら心労が増えない分一人の方が良かったのではないかとシェリー=クロムウェルは思うが、楽しそうに落ちている看板を投げ警備員(アンチスキル)を吹き飛ばしているロイを見ていると、これも悪くはないかと思えてくるから友人とは不思議だ。

 

「ほらリーク楽しまないと、目的がどうあれ楽しんでれば悪い結果にはならないさ」

「それで戦争になってもなわけ?」

「どんな時でも仲間と酒があれば最高よん。それを教えるために戦争起こすんでしょ?」

「チッ、そんな慈善事業家みたいな安っぽくお優しい理由じゃねえよ」

「ヒヒヒ、あいあい、ほら、ウィスキー落ちてた。飲む?」

 

 オイルパステルでシェリー=クロムウェルは空にさらりと字を描く。ゴーレムエリスの拳骨がロイの頭に落とされた。普通なら頭が砕けて血の池を地下街に作るだろう一撃はロイの頭にたんこぶを作るだけで終わり、シェリー=クロムウェルのため息がロイのたんこぶを冷やす。

 

 そんな二人の元に、また大勢の足音が近付いて来る。重い足音とガチャガチャ装甲服とぶつかり合う銃の音。ロイ=G=マクリシアン、シェリー=クロムウェルの口元が弧を描く。

 

 ゴーレムとビッグフット。二つの怪物は止まらない。

 

 

 ***

 

 

 おおうこれはまた。

 

 上条と共に走り曲がり角を曲がった先は戦場だった。辺りに漂う血と硝煙の香り。

 

 見える地面の割合よりも多く下に横たわった怪我人の山。

 

 ぐにゃりと骨がないみたいに形の変わった手足を見るに相当派手にやられたらしい。だが息はあるようで、何人もの警備員(アンチスキル)が治療にあたっているが、通路の奥からひっきりなしに新しい怪我人が運ばれて来る。血管が詰まってしまうかのように、このままでは戦線離脱した警備員(アンチスキル)に通路を塞がれてしまいそうだ。

 

 上条を見ると足を止めている。それもそうだろう、こんな光景超能力や魔術よりも俺は見慣れた光景だ。魔術や科学が関わっていながら、今回の件は俺の領分にこれまでで最も近い。だが逆に上条からは遠いだろう。

 

 何も言わずに先に行こうか。それとも何か声を掛けるべきか。

 

 上条は一般人だ。それを思えば、ここで足を止めていた方が人としては正しい。わざわざ死地に飛び込む必要などない。警備員(アンチスキル)は教師の組織だが、義務ではなく志願制。自分達が能力者よりも弱いであろう事を知っていながらそれでも戦う事を選んだ者達。

 

 そういう意味では彼らは強い。死ぬ覚悟があるわけではなくとも、死地を広げぬためにここにいる。

 

 警備員(アンチスキル)と上条を見比べて、俺は何も言わずに足を進めようと足を上げたところで、仲間の治療をしていた女性の警備員(アンチスキル)が大声を上げた。

 

「そこの少年達! 一体ここで何をしてんじゃん⁉︎」

 

 女性の声に周りの警備員(アンチスキル)の目がこちらに集中する。俺目立つの嫌いなんだけど。それに何って仕事だ。警備員(アンチスキル)と同様俺も仕事でここにいる。とはいえそれを言うわけにもいかないので黙っていると、装甲服の中からでも分かるように大きく舌を打たれた。

 

「くそ、月詠先生んトコの悪ガキ供じゃん。どうした、閉じ込められたの? だから隔壁の閉鎖を早めるなって言ったじゃん! 少年達、逃げるなら方向が逆! A03ゲートまで行けば後続の風紀委員(ジャッジメント)が詰めてるから、出られないまでもまずはそこへ退避! メットも持っていけ、ないよりはマシじゃん!」

 

 悪ガキって。俺はそういうくくりに入れられているのか。

 

 警備員(アンチスキル)の女性から装備を投げ渡された上条は、しばらくそれを眺めていたが、受け取ってモノに背を押されるように通路の奥へと足を進め出した。それを止めようと警備員(アンチスキル)が動くが、全く力が入っていない。俺も肩に置かれた手を払ってみたが、埃を払うように簡単に外れた。

 

 こんなにまでなっても俺達を止めるために動くとは。彼らにとっては生徒の安心や笑顔が報酬。その為に彼らは頑張るのだ。ふと木山先生の顔が頭に浮かび口角が上がってしまう。

 

 学園都市はふざけた街だ。そこに住む者達はいけ好かない者も多いが気に入ってしまう者も多い。

 

 警備員(アンチスキル)の制止の声を聞き流して足を進める。地面に横たわった警備員(アンチスキル)を掻き分けて。警備員(アンチスキル)の姿が減り、銃声がさっぱり聞こえなくなった頃、通路の先、薄暗い通路の真ん中に金髪と茶髪の女が立っていた。傍らには通路を塞ぐほどの土くれ人形。体の端々から鉄パイプやら蛍光灯を覗かせた不気味な石像だ。

 

「うふ。こんにちは。うふふ。うふふうふ」

孫市(ごいちー)! やーっぱりそっちに雇われてた」

 

 場にそぐわぬ明るい声。そして聞き慣れた姐さんの声。銃声の消え去った後に通路を包む声として正しいものとは思えない。ここに来て俺も口が歪む。

 

 上条と二人。あっちも二人。

 

 だが戦力差が激し過ぎる。主に俺と姐さんの差でだ。姐さんの着ている軍服を見て、上条の目が見開かれた。何か言おうと口を開きかけたが、声が出ていない。不自然な上条の呼吸音を、シェリー=クロムウェルの言葉が塗り潰す。

 

「くふ。存外、衝撃吸収率の高い装備で固めているのね。まさかエリスの直撃を受けて生き延びるだなんて。……まぁ、おかげでこっちは存分に楽しめたけどよ」

「ね、学園都市のすっごい技術。あたしが本気で殴っても砕けないなんて」

「どうして……」

 

 こんな事をという上条の言葉は続かなかった。ニヤついた二人の侵入者は悪びれもせずに映画の感想を言うような気楽さで言葉を紡ぐ。

 

「おや。お前は幻想殺し(イマジンブレイカー)か」

幻想殺し(イマジンブレイカー)? あー孫市(ごいちー)の友達ね。バドゥに聞いてんよ、どーもー」

「虚数学区の鍵は一緒ではないのね。あの……あの……何だったかしら? かぜ、いや、かざ……何とかってヤツ。くそ、ジャパニーズの名前は複雑すぎるぞ……別に何でも良いのよ、何でも。ぶち殺すのはあのガキである必要なんざねえし」

「何だと?」

「そのまんまの意味よ。つ・ま・り。別にテメェを殺したって問題ねえワケ、だっ!!」

 

 シェリー=クロムウェルがオイルパステルを凪いだ。指揮者にオーケストラが追随するように、その動きに合わせて石像が大地を踏みしめる。それによって巻き起こる局地地震。

 

 震源地は目の前。

 

 上条はコロンと地面に転がり、俺はなんとか足の指で地面を掴みその場に立つ。だが動くのは厳しい。そんな中で目の前の二人の女は何も変わらずその場に立っている。

 

「地は私の力。そもそもエリスを前にしたら、誰も地に立つ事などできはしない。……はずなんだけど、お前らどんな鍛え方してんだ」

「そりゃ尋常じゃない鍛え方さあ。ただ揺れすぎてちょっと気持ち悪い」

「俺は足()りそう」

 

 シェリー=クロムウェルに睨まれる。こう揺れていては相棒の照準が定まらず当たらないだろう。だがおそらく姐さんは普通に動けるはず。はっきり言ってゴーレムを舐めていた。

 

 同じ巨体でも『雷神(インドラ)』とはまるでタイプが違う。地は力というのはその通りなんだろう。

 

「お、前らっ!」

「お前でなくて、シェリー=クロムウェルよ。覚えておきなさい……っと言っても無駄か。あなたはここで死んでしまうんだし、イギリス清教を名乗っても意味がないわね」

「あたしは時の鐘(ツィットグロッゲ)のロイ=G=マクリシアン。悪いけど孫市(ごいちー)の友達なら分かるだろ? お仕事さ」

「仕事って……法水ッ!」

「前にも言ったろ、俺達は傭兵だ。こういう事もある。俺がやめろと言っても意味はないし、言いもしない。上条さん、あれは敵だよ」

「おっおー、言うようになったね孫市(ごいちー)。姐さん嬉しい」

 

 俺の言葉に上条は歯を食いしばる。これまで何度も上条には傭兵だと言って来たが、その本質を上条は分かっていなかったんだろう。俺以外の時の鐘の者と味方になってもこれまで敵対をする事はなかった。それが今回は上条にとって気に入らないだろう惨状を起こした敵。

 

 俺は味方にも敵にもなる。その可能性が今まさに目の前にある。

 

 上条は俺の事を友人だと言ってくれたが、いつか闘う時が来るかもしれないそんな可能性が。

 

 そしてそれを上条が飲み込むのには時間がかかるようだ。何も言わなくなった上条を一目見てから、俺はシェリー=クロムウェルへと視線を移す。

 

「帰ってもらえませんか? そうすればお互い怪我をせずに済む」

「はあ? ロイジーといいお前ら時の鐘っていうのは話を聞いてねえのか? 周りを見なさいよ、今更怪我? 戦争を起こすんだよ。その火種が欲しいの。だからできるだけ多くの人間に、私がイギリス清教の手駒だって事を知ってもらわないと、ね? エリス」

 

 一応の確認だ。楽に済むならそれに越した事はない。

 

 シェリー=クロムウェルは俺の言葉を否定しながら、俺の存在も否定するようにオイルパステルを横に振るった。石像が腕を持ち上げる。人一人簡単に潰せる巨岩の拳。上条の制服を掴みなんとか後ろに下がろうと思ったが、

 

「離れろ、少年!」

 

 地面に横たわっていた警備員(アンチスキル)の一人が、手に握ったライフルをゴーレムに向けて引き金を引く。俺達を守るために。横で響く銃声は狭い通路に反響し、岩に鉄の杭を打ち付けたような音がゴーレムの足に集中した。

 

「うわっ⁉︎」

 

 そこまでは良かった。が、上条が叫び声を上げたように、打ち込まれた銃弾達ゴーレムの太い足を貫通する事は叶わずに通路の中を跳ね回る。これでは誰を狙っているのか分かったものではない。ホローポイント弾を使え!

 

 元気よく通路内を跳ねる小さい死から逃げるように上条を引っ掴み転がっている店のテーブルの背へと身を隠した。どこに向かうか分からぬ銃弾のおかげでゴーレムは盾としての役目を全うすることに留まり動きは止まった。

 

 が、こちらも動けない。警備員(アンチスキル)の優しさ故の行動が今は邪魔だ。小さく打った舌打ちは銃声に紛れてすぐに聞こえなくなってしまう。リロードの時間が来れば動けるが、上条が飛び出しゴーレムを消してもその先には姐さんが待っている。

 

 頭を回し続けて思考する俺の意識を変えたのは、背後から聞こえてきた足音と上条が振り返る音。俺がゴーレムと姐さんの動きに注意しながら振り向いた時には、上条は叫び、眼鏡を掛けた美人さん、風斬さんの頭が跳弾を受けて吹き飛んだところだった。

 

 何度も見た光景がフラッシュバックする。

 

 急な一点に集中した衝撃を受けて身体が不自然に跳ねる動き。

 

 やがて重力に引っ張られ地面に吸い込まれるように倒れて動かなくなる人の動き。

 

 そこにあったはずのものがなくなり、人がモノへと変わる瞬間。

 

「か、ざ───きりィ!!」

 

 慌てて立ち上がろうとする上条の体を強引に肩を掴んで抑える。敵を見るような上条の目が俺を見る。だが手の力を緩めるわけにはいかない。

 

「離せ法水! 風斬が‼︎」

「馬鹿か! 現実を見ろ‼︎ 戦場に慣れてない素人にだって分かる! 即死だ! そしてまだ敵がいる! 一々死に対して気を割いてる暇はないんだよ!」

「テメエ法水! まだ分かんねえだろ‼︎」

「分かる‼︎ 今までどれだけの人の死を戦場で見たと思ってる、どこに弾が当たれば死ぬのかぐらい俺は上条よりも知っている! お前だって本当は分かってるんだろうが! ここでのこのこ出て行って、わざわざ的になる必要は」

「う……」

 

 上条が唸ったのかと思った。だがその声は高く、何より横になった死体から聞こえてきた。

 

 俺の手から力が抜け、上条が風斬さんに近寄ろうとして動きを止めた。

 

 弾は確かに当たっていた。

 

 その証拠に風斬さんの頭の半分が無かった。

 

 そしてその中身もまた無い。

 

 ペラペラの肌だけがそこにあるように、肌色の膜が風斬さんを形作っている。ぶちまけられたはずの脳の姿はなく、代わりにあるのは肌色をした三角柱。

 

 風斬さんは人ではない。人ならもう死んでいる。

 

「あ……れ? ……めがね。眼鏡は、どこ、です……か?」

 

 身を起こした風斬さんは朝起きたかのように寝ぼけた事を言って欠けた顔面へと手を伸ばす。その動きはどこまでも人間のように見えた。

 

 だからこそ不気味で異常だ。

 

 自分の顔が半分無いことに気がついた風斬さんは身を震わせ、叫び声を上げてゴーレムの方へと走って行く。パニック。彼女には今何も見えていない。羽虫を払うように走って来た風斬さんをゴーレムは払い、人形のように人では動かない方向へと四肢の形を変えて宙に浮いた風斬さんは、ドチャリと呆気なく地に身を落とす。

 

 それでも死なない。

 

 もぞりと芋虫のように身を動かし、立ち上がった風斬さんはそのまま通路の奥へと絶叫と共に走り去っていった。あまりの出来事に俺も上条も見ていることしかできない。

 

 まるで夢だ。不出来な夢が現実になった。

 

「エリス」

 

 ポツリと呟かれたシェリー=クロムウェルの言葉とオイルパステルの動きに合わせてゴーレムは通路の支柱を殴り、落ちて来た天井が孤軍奮闘していた警備員(アンチスキル)を潰した。生きているのか死んでいるのかも確認せずにシェリー=クロムウェルは鼻を鳴らして風斬さんが消えた方向を見る。

 

「ふん、面白い。行くぞ、エリス。無様で滑稽な狐を狩り出しましょう」

 

 ゴーレムが巨体を(ひるがえ)し通路の奥へと進んで行く。シェリー=クロムウェルは風斬さんを追う気だ。俺はテーブルの影から身を出して、相棒の引き金を引いた。警備員(アンチスキル)のライフルとは違い、銃弾は跳ねずにゴーレムの肌にめり込む。だが突き抜ける事はない。

 

 シェリー=クロムウェルはチラッと俺に目を向けたが、止まる事なく歩いて行く。

 

 俺を気にしないその理由は……、

 

「なーに孫市(ごいちー)。やる気なわけ?」

 

 姐さんは進む事なく嬉しそうに顔を綻ばせて俺を見ていた。手に持つゲルニカM-003を肩に掛け、背を向ける事なく身体を俺へと向ける。

 

「仕事だ姐さん」

「そ、あたしもお仕事」

 

 姐さんが肩に掛けていた銃を地面に投げた。姐さんの強さは狙撃よりも拳の強さ。

 

 狭く距離もない通路では、ステゴロの方が姐さんは強い。

 

 本気だ。マジで俺を潰す気だ。

 

「言っとくけど手加減しないから。遊びは本気でやるから面白いんだ。なあ?」

 

 調子を確かめるように拳を鳴らす姐さんを止める言葉も術もない。俺は仕事でここに居て、姐さんも仕事でここにいる。

 

 ならばやるしかない。

 

 相棒を握った手に力を込めて、上条へと目を落とす。

 

「上条さん、ここは先に行け」

「え、でも」

「上条さんと姐さんの相性は最悪だ。それに姐さんは俺より強い。長くは保たない、だから先に行け」

「なら尚更!」

 

 相棒の銃身を上条の頭に落とす。ガツンと痛い音が鳴り、上条は頭を抑えて(うずくま)った。涙目になった上条の険しい目が俺に向けられる。煙草を咥えて火を点けて、その視線を吹き散らす。

 

「何すんだよッ⁉︎」

「どうせ追うなら今も後も変わらん。それに行くなら今しかないぞ」

「そーそー、あたしも孫市(ごいちー)がいるなら隙は見せられないし、今なら見逃してあげんよ」

 

 伸脚しながらそんな事を言う姐さんと俺の顔をしばらく見比べ何かを考えていた上条だったが、やがて小さく息を吐き出すと目の色を変えた。考えがまとまったようで何よりだ。

 

「……任せた法水。死ぬなよ」

「死なんよ。それにそれはお前もだ」

 

 というか時の鐘のルールで仕事でも仲間での殺し合いは禁止だ。それをわざわざ覚悟を決めただろう上条に言って話の腰を折る必要もない。上条は姐さんを睨みながら横を素通りし、俺は小さくなっていく上条の背を見送って煙草を踏み消す。

 

「いいのか姐さん。姐さんの狙いも上条じゃないのか?」

「あたしの仕事はリークの手助け。お前を行かせる方がリークの邪魔だろ? それにあたしは一般人は殺さない契約でここにいんの。あの子の相手をしても殺すわけでもないし、だったらお前と遊んだ方が面白いじゃん。それに、孫市(ごいちー)だってそう思ってるんだろ? 口元、ニヤケてんぞー」

 

 姐さんに言われて店のウィンドウに写った自分を見る。確かに口は勝手に弧を描いていた。

 

 全く困った身体だ。六年。六年だ。姐さんと一緒に過ごして六年。

 

 ふざけてじゃれ合う事はあったが、本気で姐さんと闘った事は一度もない。その強さはきっと学園都市にいる誰より知っている。

 

 それと本気で真っ向から、それも一対一で邪魔もない。

 

 ……勝てないだろう。

 

 経験と記憶から来る警告が身体の内で暴れている。

 

 だがそれでも。

 

 俺はどこまでやれる? どこまで行ける?

 

 きっと俺は必死になれる。

 

「姐さん。殺す気で行く。俺にはそれしかないから」

「知ってんよ。ほら姐弟(きょうだい)喧嘩といこうか。マジのな」

 

 相棒から外した銃身を構える。この距離では撃っても当たらない。十年近く時の鐘で鍛えた俺の力がどれほどのものか。

 

 試すなら今だ。

 

 相手は最高。状況も最高。

 

 これでやらねば一生後悔する。

 

 大地を踏みしめ亀裂を残して前に跳ぶ。能力者に匹敵する速度を叩き出し、身を落とし体重を乗せて放った銃身は、確かに姐さんを捉えた。

 

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