やばいやばいまずいやばいなんでだッ。
朝日が作るビルの影の中、壁に張り付きながら、狙撃銃の本体の入った袋を背負い直し細く一度息を吐き出す。
なんか上里勢力の人数急に増えてね?
昨日と同様に遠方から監視を始めたのはいいものの、動く唇が紡ぐ名前の数と、明らか一般人が通らぬ道を蠢く影、昨日まで実質的に動いてるのは
おかげでビルの影の中、逆に捕捉されないように昨日よりもずっと窮屈な出だし。唯一さんになんと言ったものやら。流石に報告するべきと耳元のインカムを小突きモールス信号で『上里勢力十人以上に増えてやばい』と送ったものの、返って来たのは『どうにかしてください』のみで終わり。
「やべえよライトちゃん、まだ追われてる訳でもないけど、下手に手を出して見つかったら間違いなく蜂の巣にされるッ。人数差がエグいッ。向こうも手練れが何人かいるっぽいしな。洗練された動きの奴が何人かいる」
『
「なーるほど……人数増えて携帯電話使い出したのがいる訳ね……ライトちゃん、『絶滅犯』の名を口にした奴を捕捉して追跡してくれ、逆探知されない範囲でいい」
『
そりゃまあそうだろうが油断は禁物だ。表向き転校してきているのは上里翔流だけであるはずが、五人も十人もぞろぞろといつの間に学園都市に入って来ているのか。相変わらず変な部分で学園都市のセキュリティはガバガバだ。
にしたって『絶滅犯』も上里勢力の一員ではあるのだろうに、急に昨日の今日で人数増やして『絶滅犯』の探索とか……、エルキュール=カルロフや八重同様に上里勢力の中でも例外か? 今回に限って言えば相手の全体の動きが読みづらいから例外が多いのはあまり歓迎できない。
だいたい何故よりによって『絶滅犯』などという厄ネタが急浮上して来ているのか。
今の状況を見るに、カルロフ以上に言うこと聞かなそうな人材とかなんだそれは? 『原罪』孕んでる誰かじゃないだろうな? まだ会った事がないのは『憤怒』、『暴食』、『傲慢』の三人。『電脳娼館』宜しく一組織の中に二人もいるのならかなり面倒そうな話だ。
ただ、気になる部分があるとすれば、そんな捜索に二桁以上の一般的でない人員を必要とするような手合いなら、なぜ一昨日のバードウェイ姉妹の一件でその札を切って来なかった? 学園都市にまだいなかっただけなのか、それとも制御不能過ぎて使えないのか。
前者なら侵略に来たくせに手が遅い。後者なら、義理の妹だとしても戦力の一人として組織に組み込んでいる意味が分からない。まぁ公的な組織と勢力として組織名がある訳でもない団体の違いかもしれないが、例外が多過ぎるのは組織的にはNOだ。それでは動きの方針を決定しても十全には動けない。ある意味で今の上里勢力がいい例だ。
上里勢力にとっては困り事だろうが、監視してる此方としてもそれは同じ。
『
「勢力一人一人追っても意味ないし、目が足りなくて追い切れないから勢力は一旦保留だ。大きな纏まりなく動く勢力の面々を追うと、捜索網に引っ掛かって此方が捕捉されかねない。バードウェイ姉妹の一件から、例外は置いといて勢力が上里を起点に動くのは確認済みだ。なら俺自身は上里を張れば自ずと全体の動きが見えてくるとな。唯一さんも学校から動いてる訳でもなし」
だから勢力の面々の漠然とした個の動きはライトちゃんに見ておいて貰えばいい。全体の細かな動きは二つの視点から割り出すとしよう。『
壁の貼られていない剥き出しの鉄骨に寄り添い第三の瞳で見つめる先は某学校の裏門。上里翔流が学校へと足を踏み入れ……何故かいの一番に上条の奴が寄って行っている。なんでだッ。
足早に上条は足を寄せ口を開き、上里もまた口を開く。
「
必死そうな風な様相に加えて、並ぶ言葉が中々に物騒だ。無用な流血は避けたいがどこまで本当なのかは定かではないが、学園都市内だけでの安否確認では足りないとか、危険生物かよ『絶滅犯』は……。上条と敵対しているはずなのに、上条に情報を渡す程に制御不能なら何故味方でい続けているのかマジで疑問だ。
上里はなおも言葉を続ける。
「
『WAO!』
全くWAOだ。それじゃあもう自分で生きていると言えないだろ。そんなになるまで放っておく方が悪いのか、『絶滅犯』の自業自得なのか。いずれにしても、凶悪犯しか潰さないなんて噂から
「しかもそれで一命取り留めたぁ?
『crazy』
「ああ、噂以上にシリアルキラー感が増したな。釣鐘に追わせず正解だったかもな」
釣鐘も戦闘狂ではあるが、戦闘狂と殺人鬼にはどうしようもない差が存在する。釣鐘も命が軽い方の考え方はしているが、少なくともそれを無関係の一般人などに差し向ける事はない。その後の話も無防備な知り合いを集中的に狙うだのなんだの物騒な話が続くばかり。
つまりはそんな危険な輩が彷徨いていて、既に上条の知り合いにちょっかいを出しているという話らしいが、上条の知り合いだと言うなら俺の知り合いである可能性も高い。所謂上条勢力と上里勢力などという漠然とした括りの中では、俺は上条側に属しているらしいからな。
とはいえ、『絶滅犯』の話は上里側からしか聞いていないのだが。
昨日変わった事があるとすれば、浜面がケルトの魔術師に遭遇したらしい事と、急に御坂さんが俺に狙撃習いたい的なこと言いだしただの黒子から連絡がきたくらいか。……『絶滅犯』と関係はあまりなさそうな気がするのだが、それ以外特別な話を聞いていない以上、まだ学園都市内の情勢やら確認中で潜伏中?
徹頭徹尾怠い。大きな括りで見れば『絶滅犯』も上里勢力の一人でしかないのだし、『絶滅犯』だけを追うのは間違いな訳で、上里勢力内の内輪揉めまで気にしてられん。ただ、それはそれとして一般人を襲うようなのは気に食わないのだが、上里の位置は分かっているのに、居場所も狙いも分からない奴を追うのはデメリットしかない。
「それにしてもよく分からん連中だな、上里も上里勢力も。無用な流血は避けたいなどと言いながら上条までも狙い、加えて制御不能の暴力装置のような奴まで一緒とか。それこそ矛盾だ。良い奴ぶりたいのか、ワルぶりたいのか、ある意味唯一さんと似てるな」
不必要な被害は出さず他人を巻き込むことを避ける努力はするが、それはそれとして計画の邪魔をするなら死ねと。上里も魔神への復讐が目的らしいし、『復讐』を目指す者達は誰もがその矛盾を孕むとでも言うのか。
「……難しい話だ」
『
「『復讐』がさ。ハムの奴もそれを追ってるし力になりたいとも思うが、最早罠だよ、救いがない。それ自体が『復讐』というシステムに組み込まれているみたいにな」
相手が同じ傭兵や軍人であるのなら、殺し殺されしてもそれは仕事。怒りを抱きはしても、頭の片隅には『死』の可能性がある以上、ある種の割り切りはできる。が、それがない者に対しては話が変わる。言ってしまえば耐性がない。それでいて向こうから戦場に踏み込んでくるのだから、野次馬のように人が人を呼び、復讐が成功しようがしまいが芋づる式に連鎖が続く。
「今も見ての通り、『魔神』を追って来た上里が暴れ、それを鎮圧しに動いた脳幹さんがやられて唯一さんが動いた。どちらが勝とうが、上里を倒したら次は上里勢力の残党でも動くのかね? もし俺と唯一さんが負けても、新たな人員がその排除に当たるだけだろう。敵を潰す時は全員潰せとはよく言ったもんだ。それを思えばこそ、上里側もよくやる。必敗は決まってるようなものなのにな」
『
「そうとも」
現状上里を追って動いている学園都市側の者が唯一さんだけであるのは、脳幹さんを倒されたという一件があって己の手で上里を下すためだからなのと、被害を大きくしない為だ。被害やコストを考えなくていいのであれば、学園都市全体を動かし、圧倒的な物量差で押し潰せばいい。いくら上里の右手が
「俺や唯一さんを退けたとして、それを続ければ危険度は上がり、より多くの相手と戦わなければならなくなる。勢力の規模は立派だが、例外は多いし、学園都市に潜入するまではいいが、速攻で居場所が唯一さんに筒抜けなんて有様だ。勿論『力』もあれば『手数』もある。が、戦闘や戦争のプロではない」
どちらかと言えば、上里達がやっている事も唯一さんの潜入に近い。短期間ならまだしも、長期的に見ればバツもバツ。そもそも上条と一度カチ合い魔神を撃破できなかった時点で、本気なら身を隠すなりなんなりするべきだった。
つまるところ、似合わないというか性に合っていない。上条と同様に『日常』こそを尊び身を浸す在り方と、『復讐』という形が合っていない。
よく言えば染まっていない。悪く言えば中途半端だ。魔神を倒すという目標を目指しながらも、それを追うのに不必要な要素を短期間でも捨て切れていないのはマイナス。
「結局、学園都市に限らず、国なんかを相手に一勢力が中途半端にやって対抗できると考えるのがおかしい。それを覆せる『魔神』が規格外な訳ではあるが、『
向き合い話し合っていた上条達の話はズンズン進み、『絶滅犯』を誘き寄せる為に、何やら共闘するような話の流れになっている。
「……そりゃ悪手だろ」
なにをやってるんだあいつは……っ。
なにやら『絶滅犯』の動きの元にあるのも結局上里のためだかららしいが、だとしても誘き寄せた結果、その瞬間に『絶滅犯』と上里に上条が挟み撃ちされるだけじゃね?
上里が魔神を追っている以上、元とはいえ魔神であったオティヌスを狙わない事はなく、上条がオティヌスを売らないのであればこそ激突は必須。一時休戦だとしても、なんて自分側にメリットのない休戦協定であることか。今そんなお人好しを発揮してるんじゃない。フリでもなく喧嘩を装って上里ボコボコにして『絶滅犯』を釣った方が絶対いいぞ。
「やばいっ、頭痛がしてきた……ッ。あの危険地帯でタップダンスしてる草食動物どうするべきだ? 俺が上条に連絡して唯一さんは怒らないと思うか?」
『
「だろうなぁ……。上里追跡するなら上条も追えはしそうだが、引き金引こうものなら俺という伏せ札の効力は消えるか。唯一さんとの約束もあるし、もう仕事である以上は上条にあまり肩入れできんな。最低限見守っててはやるか」
上条に忠告して上里側に捕捉されましたなんて唯一さんに報告しようものなら、上里勢力とぶつかる前に、間違いなく唯一さんに殺される。日常的に友人を作る大切さは知れたが、傭兵という仕事柄、友人が多いとこういう時にしがらみが……。いや、率先してそういう事に突っ込んで行く友人達の方がおかしい気がしないでもない。
「…………
一昨日襲って来た時点で既に加害者な気しかしないのだが、ハーレムが嫌なら好いてもいない奴はさっさとフるなりすりゃいいだけなんじゃ? それかさっさと一人選べばいいのに。
「やばいライトちゃん、上里にイライラしてきた。なんだろうなぁこの、アレだ。目指す先は決まってはいるのに二の足を踏んでる感じ。必死さだ。必死さを感じねえ。だからだ多分」
『
「分かっている。追うとしよう。学校外に出るようだし、唯一さんにも報告しておくか」
携帯を取り出し勢力の面々に連絡をしているらしい上里と、何やら話し叫び声を上げている上条を尻目に耳のインカムを小突きモールス信号を送る。『了承』の返事を貰い、学校から出た上条達の影を追って工事中のビルから隣のビルへと跳び移る。外壁の縁に手を掛け登る中、鼓膜をライトちゃんの電子声が叩く。
『
「どんな風に?」
『
誘き寄せた『絶滅犯』を捕らえるために人手がいる。だとしても、さて、問題はそう上手くいくのかどうか。オティヌスを討つのに上条が絶対立ちはだかる以上、『絶滅犯』なんていう上里側の身内を捕らえる以上に上条を嵌めるには絶好の好機。ある意味で、上里側のこの立ち回りで上里側の方針は分かる。
必要な流血を出したくないという言葉が本当なのか、捕縛を装い戦力を集めて上条を討つ気なのか否か。
「まあそもそも、上里の話をどこまで信じるかって話でもある。なんて言っても『絶滅犯』の情報は噂程度ぐらいしか知られていない。ただ殺人鬼だとは知れている。危険だなんだと吹聴しても『やっぱりな』ぐらいにしか思われんだろう」
『
「かもね。ただただ不安を煽って上条を釣っただけかもしれない。まあそれにしては話通り今日はまだ
持ち上げていた体を静止し、ビルの影の中に飛び込み壁にへばりつく。すればすぐに数百メートル先の上空を飛んで行く……なんだアレは?
「……コスプレか? なんだアレに似てる。ほら、
『
「いや正式名称は別に……」
上条達の方へと寄って行ってるあたりアレも上里勢力? なんなんだマジで。機械的な振動と魔力の波紋を感じる。
建物の隙間の路地へと降りて行く魔法少女っぽいのを見送り、壁の上を滑り手近のビルの屋上に降り立つ。魔法少女っぽい奴だけではない。同じ方向へと急速に動き出す幾つもの影。
海賊の被る三角帽子を被った少女に、大きな風船片手に空を行く少女。赤いドレスを纏う少女。何人も何人もよくもまあ集めた。『絶滅犯』を捕らえる為だろうが、上条を討つためだろうが、集合してくれたおかげで上里勢力の多くの人員が割れた。
「……ライトちゃん、なんかこう上手い具合に映像撮れない? 多過ぎてすぐには覚え切れない」
『
「……っ」
上条達の佇む場の一つのビルの屋上で膨らむ魔力の波。『絶滅犯』が来たのかそうでなければ──────小雨のような硬質な波紋を奏でながら、上条に降り注ぐ幾数百の銭貨。
叫ぶ上条が身動ぐのを遠巻きに見つめながら目を細め、上里の唇の動きを追う。
「
『
背負う狙撃銃を包む布を捨て去り、懐から取り出した
『
「保険だっ、まだ撃つと決めた訳じゃないっ。ギリギリまでは見守るッ。今は唯一さんとの約束が第一だからな。……それにしたって、アイリーン、ライム、リサ、メリー、アンナ……多過ぎて名前も覚え切れねえクソが」
上里勢力に属する少女達の名を上里が口遊むごとに路地から姿を現す少女達。狙撃銃にゴム弾を装填しボルトハンドルを押し込む。
ガシャリという音が頭のスイッチを切り替えてくれる。なるほど、上里の行動が妹のためなのだとして、上条を討つのはもう『魔神』もなにも関係がない。一線を越えやがった。俺が上里の敵になるのにもう躊躇は必要ない。越えてはならぬ線を越えたなら、それはもう外道だ。外道に掛ける情けはいらない。上条に携帯電話を向ける上里を睨み、
「…………んッ⁉︎」
遠くのビルの屋上で高速で動く影を目に、狙撃銃を構えようとしていた手を止める。上条達へと飛来した影が、三角帽子を被る少女を蹴り飛ばす。片腕のない地肌に透明なレインコートを纏った銀髪の少女。痩身の見た目関係なく上条を肩に担いだ少女は口を開いた。
「……
アレが『絶滅犯』? アレが『絶滅犯』⁉︎ なんか予想と違えッ‼︎ ってか浜面が言ってたケルトの魔術師と容姿が一緒ッ‼︎
つまりケルトの魔術師=絶滅犯? なにそれ? なにそれは? 表で有名な殺人鬼が魔術師とか予想できるか‼︎ 普通に浜面の奴『絶滅犯』に襲われてんじゃねえかッ‼︎
「しかも……
『crazy!』
「まあそれはそれとして、上里のためになるなら人殺しもするとか言っちゃってるからな。上条殺すのは反対らしいが……なんなのあの兄妹。……あっ」
痛む頭を抱えていると、『絶滅犯』が飛来してきた方向から感じる見慣れた波紋。学園都市第一位
なんで?
とりあえず上条は危機は脱したらしい。が、さてどうするか……。インカムを小突いて唯一さんにモールス信号を送る。
『上条が『絶滅犯』に拐われた。上里の監視を続けますか? 『絶滅犯』追いますか?』
『わざわざ答える必要がありますか?』
上里を追えか。まああの様子なら上条は心配なさそうだが……。
「……あの殺人鬼、千切れてた腕から血が垂れてなかったな」
『
「いやぁどうかね? 少なくともフロイライン=クロイトゥーネさんみたいな異常な波紋は感じなかった。魔術の一種なのかなんなのか、カレンやアンジェレネさんに続けて聞くとしよう。『絶滅犯』が出てきて上里の動きが決まったなら」
上里の注意が別に向いている今こそが、唯一さんと俺が動くには絶好の好機。『絶滅犯』が跳んで行った先が元の学校の方であったあたり、上里もそれを追うとなれば、化粧院明日香に変装している唯一さんがおかしくない範囲で動けるだけの隙が生まれる可能性も高い。そうなれば、今日を逃せばいつ大きなチャンスが来るか分からぬ以上、唯一さんが動くのも今日だろう。
「ライトちゃん、カレン達に早急に連絡くれるよう頼んでくれ。釣鐘に追加の弾丸と武装も持って来てくれるようにも頼む。戦争の準備を終わらせておくとしよう」