『人らしくない肉体で、ピザ切りカッターを口にし、その特性を得ているあたり『ウィッカーマン』の伝承に近いのかもしれんな。知っているだろう孫市?』
カレンの話を聞きながら、記憶の保管庫からケルト文化の伝承を引っ張り出す。
ウィッカーマン。
ドルイド教における供犠、人身御供の一種。巨大な人型の檻の中に生贄として捧げる家畜や人間を閉じ込めたまま焼き殺す祭儀であり、ガイウス=ユリウス=カエサルの著した『ガリア戦記』にも記述されている。
曰く、『ある者らは、恐ろしく巨大な像を持ち、その編み細工で編み込まれた肢体を人間たちで満たして、それらを燃やし、人々は火炎に取り巻かれて息絶えさせられるのである』と。
『人ではないが人の形状を持ち、人の体が呼吸をして取り入れた酸素を用いエネルギーを燃焼させている以上、これだけである程度の形は取れる。海神マナナンの名を口にしたのも、海神や水神への人身御供の伝承が多いからかもしれんな。どれか一つの伝承を模すと言うよりも、『生贄』にフォーカスした魔術である可能性が高い。それならば『殺人鬼』などという称号もある意味では良い方に作用するだろうからな。マナナン=マクリルの風貌を模しているのは、偶像崇拝、魔術の効果を高めるためだろう。生贄が神への供物であればこそ、神の姿を模した方が効果は大きい」
「でも生贄って生物限定じゃないのか? ピザ切りカッターもいけるもんかね?」
『馬鹿者、日本にも
「十分だよ」
いやマジで。流石腐っても
『それにしてもだ。新たな『魔神』に加えて『
「無茶言うな、魔神が湧いたのも上里勢力が湧いたのも昨日の今日だぞ? お前に一々連絡してる暇なんぞねえわ。今だって仕事中なのに」
『貴様はスイスが外交として、対外組織への手札として通用する者の一人だ。軍事のトップとしては動向ぐらいは知っておきたい。『クリムゾン』の一件も不本意ながら、個でもやりようによっては大国の戦力にある程度は対抗できるという証明になったからな。現状、スイスの裏の戦力として時の鐘、私達スイス軍部、トールの三つが要だ。おかげで国の戦力としては持ち直せている』
部隊や軍部に並ぶ個人の異質さよ。トールの奴もうまくやっているようでなによりだ。自覚を持てなどと、常時頼られる立場に就任したからか、
「三つとは言うがな、時の鐘の残った面子は今ほとんど学園都市だろ? それで通用してるのか?」
『学園都市の内部は別にして、学園都市の外部には中での情報などほぼ出回らないから問題はない。ドライヴィーが動いてくれているから、牽制だけなら存在をちらつかせるだけで事足りる。問題は貴様だ。なかなか混み入った状況のようではないか。学園都市上層部との仕事に、魔神絡み、黒子には話したのか?』
「……いや」
話せる内容にも限度がある。黒子が
「お前に話したのは、俺もスイス軍部に属していて、お前が『
『故に真正面から力の差を思い知らせ戦う心を折るか……。難しい話だ。貴様一人で可能なのか孫市?』
「厳しいな……が、やる以外にない。ほら、連合軍に追われた時を思えばそれよりはマシだ」
英国に、米国に、学園都市に、グレムリン。戦力差としては比べるのも
『トールが言っていたが、貴様は並ぶ相手によって性能の振れ幅が変わるとな。並ぶ相手を間違えるなよ?』
「一度並ぶと決めた相手から逃げる事はしないさ」
『それは任せるが……スイスの復興も
「そりゃそうだ」
カレンとの通信を切り、ほっと一度息を吐き出す。見上げた空は既に夕焼け色に染まっている。上里達は『絶滅犯』と上条が行動を共にしているからか、狙いが絞れるが故に今は動かず。ビルの屋上にうつ伏せに寝転がりながら、横に並んだ気配に目を細める。
ぽすりと視界の端、床に置かれるのはコンビニでよく売られているあんぱん。ニヤける釣鐘の横顔を見ながら、袋を開けて口の中へと詰め込む。
「……軽く食料も持って来てくれとは言ったがなぜあんぱん?」
「見張りはあんぱんて相場が決まってるっス。ほらドラマでもよくやってるでしょ?」
「カロリーメイトとかでもいいだろ別に……」
足が速いのはありがたいんだが、チョイスがよ……。あんぱん食うとすげえ喉乾くんだよ……。などと思っていると、追加で置かれるパックの牛乳。お約束はしっかりと準備していたらしい。
「ゲルニカM-002に? ゲルニカM-004でしたっけ? 使えるんすか? 使ってるの見たことないっすけど」
「使えるよゲルニカシリーズは一通り。これまでは波の技に集中するために使用してなかっただけだ。今なら多分前より上手く使える……だからそんなニヤけてんじゃねえ」
なんとも嬉しそうな顔をしている釣鐘の相手はせず、後方に向けて身を起こし、持って来てもらった武装を確認する。シングルアクションリボルバーであるゲルニカM-002と、射出装置の組み込まれているゲルニカM-004が五本……一本足りねえ……。
釣鐘の方を見れば明後日の方向へと顔を向けて口笛を吹いている。目を細め、釣鐘のセーラー服の下から手を突っ込み、ちょろまかし隠し持っていたゲルニカM-004を引っ張り出す。
「ちょッ⁉︎ エッチ! 変態‼︎ そこまで手入れるっすか普通⁉︎」
「こんな時に掠め取ってんじゃねえ! 銃弾の数は……よし、減ってないな」
「銃弾とか使わないっスもん私。それ射出式のナイフでしょ? 良いじゃないっスか一本くらい」
「お前も時の鐘なんだから必要なら支給するよ。これ一応時の鐘の標準装備の一つだぞ」
「じゃあ百本‼︎」
「…………メインで使う気?」
予備含めてなのか知らないが、百本は多過ぎんだろ……。苦無の代わりなのかなんなのか。百本は流石に本国から取り寄せなければそこまでの数は事務所にない。円周はゲルニカシリーズ-003を気に入ってくれたが、釣鐘はゲルニカM-004か。別にいいけどね、ガラ爺ちゃんもメインで使ってるのはゲルニカM-002だし。
「必要なら個人的な武器も依頼して作成できるぞ? ドライヴィーなんかはカランビットナイフ頼んだりしてるし」
「うーん今はいいっスかねー。木山先生達は法水さんの武器製作に忙しいみたいだし、たまに事務所で集まって鉄色した動く水溜り眺めてるっスよ? 大分形になってるとか」
「それ武器製作の話だよね?」
鉄色の水溜りと武器の繋がりが分からん。達って事はマリアンさんなんかも来てるんだろうが、魔術的な変な実験でもしてるんじゃなかろうな。俺から頼んでおいてなんだが不安になってきた……。ちゃんとした形の狙撃銃は果たしてできるのだろうか。まさか黒子の『
今期待するのはよそう。できるとしても今日中に完成したりする訳じゃなかろうし。今渡されたとしても使い切れる気がしない。
兎に角今はある物で最良の状態に整えるしかない。リュックに詰められている大量のゴム弾に目を落としていると、インカムからライトちゃんが通話を知らせてくれる。相手はメールを送ったアンジェレネさんでなければ、レイヴィニアさんでもなく唯一さん。しかも、上里達が学校にいないのをいい事にか、モールス信号でもなければ、生声で。
「どうしました? なにか問題でも?」
『昼に『絶滅犯』と上条当麻が学校に飛び込んで来ましたよ。それと秋川未絵に正体がバレたようなので一応ご報告を』
思わず噎せる。えぇぇ……? 上里にでも上条にでも青髪ピアスにでもなく化粧院明日香の妹分にバレたの? 近しい者にしか分からない細かな差異にでも目を付けられた? にしてもあの変装を昨日今日で見破るとか、褒めるべきは寧ろ秋川未絵か。無関係の化粧院明日香の名と場を借りてしまっているのはこっちだし。
『愕然として一言もなく脂汗を垂らす姿は愉快でしたね。思わず微笑んじゃいましたよ。ふふふっ』
「そんな可哀そうな……悪いのは此方ですよ。大丈夫なんですか?」
『問題はありません。秋川未絵にとっての異常事態、頼るとすれば同じ異常な相手でしょう。化粧院明日香の入れ替わりと同時期の変化として、ここ最近化粧院明日香と関わり出した上条当麻かあのクソ野郎の二択。どちらが釣れようが、最終的にあのクソが釣れる事は変わらないでしょうからね』
上里を頼るようならそれでよし、上条を頼ったとしてもそれを追っている上里が寄って来るといった寸法か。上条と上里が小競り合いしている現状で二人が秋川未絵の訴えを聞くのかといった話ではあるが、バードウェイ姉妹の問題に二人して突っ込んだ前科がある以上、間違いなく聞く。
秋川未絵が上条と上里とそこまで親しくないことも思えば、言葉そのままを一〇〇パーセント信じる事もないだろう。出会って即右手でパンチなんて事はないはず。半信半疑の間にでも『そんな訳ない』とでも言って手でも握れば間合いを殺せると。
「その感じだと、秋川未絵の動きでタイムリミットが大幅に削れますよ。長い目で見ても明日。早ければ数十分後かも」
『いずれにしても今日までです。別口であのゴミが上条当麻のクラスメイト達を焚き付け今夜デコイとして使用中の焼却炉を使いくだらないパーティーを企画しているらしいので、デコイがデコイとして機能せぬまま燃え尽きそうな勢いで』
「パーティーってどんな?」
『エロエロなグッズ焼却パーティーだとか』
はぁ? そんなクソみたいな理由で焼却炉がデコイとして利用される事もなくお亡くなりになりそうなの? なにそれ。ちゃっかり唯一さんの中でクソからゴミに上里の奴降格してやがるし。
そもそもの話、焼却炉を使うと旧式の為に火の粉や煙が盛大に舞い、放火未遂など罪状がずらずら並ぶ故に使用できないからこそ使われないだろう事を踏まえてデコイとして使用するという話だったはず。防犯カメラなど諸々学園都市に多い事を思えばこそ、いくら焚き付けられたからとしてもうちのクラスメイト達がやるとも…………思うな普通に。
青髪ピアスを筆頭に要らないエログッズをタダで処分できるというクソみたいな理由で簡単に靡くはあいつら。嘘ではあるが、普通まさか焼却炉に生徒会長が監禁されているなど思わないだろうし、監禁されていたとしても青髪ピアスなら近付けば気付くだろう。
だいたいこういった祭り事なら、寧ろいかに監視カメラなどを欺き開催するかに既に思考がシフトしていてもおかしくはない。此方としては大変面倒な事態であるが、そんな事は何も知らないクラスメイト達からすれば、それこそ知った事ではないだろう。
もし全部バレている上で上里が焚き付け動かしているのだとすれば、此方の動きは知らずのうちに筒抜けで奴の手のひら上状態。そうだとするなら、なんて野郎だと毒の一つでも吐きたいが、それにしては報告をくれた唯一さんは思いの外余裕そうで──────。
「……唯一さん、秋川未絵にワザと確信与えましたね?」
それ以外にない。
そもそも、学校外の情報ならまだしも、学校内の情報は潜入中の唯一さんの方が詳しい。クラスメイト達のお焚き上げパーティーの情報も逸早く拾っていたはず。それを踏まえた上で、デコイが役割を全うせずにお亡くなりになる前に起爆剤を仕込んだに違いない。秋川未絵が夜のパーティーまでには間に合うと予想して、誰も幽閉などされていない空っぽの焼却炉を中心に事態を動かす気か。
「……秋川未絵に悪いですね。必要のない心労です」
『使えるモノを使える時に使えねば機会を逃しますよ。別に命を賭けさせる訳でもないですし、ここで上里に近寄れなければ、いずれにしてもより多くの時間や人材、経費が掛かる』
「どれだけ掛かろうが唯一さんは別に気にしないでしょ」
潜入に使っている技術だけでも、値段として表せば相当のはず。これまで相手にしてきた暗部で、唯一さん程潤沢に学園都市の最新技術を積んできた相手はいない。ここで上里を逃せば、絶滅犯と上条を追って動いている勢力の面々が学園都市内に散ってしまうという問題は勿論あるが、少なからず事態がごちゃついている今、一度離れて状況を整える選択肢もない訳ではない。それを唯一さんが微塵も選ぶ気配がないのは……。
「なんとなく現実的っぽい理由はいいですよ別に。恐いんですか?」
『は? なんですか急に? 私があのゴミを恐れているとでも?』
「違いますよ。時間が経って怒りが風化してしまうのが」
作戦の破綻が薄っすらと見えている今、わざわざその作戦が成功するかどうか分からぬ博打を打つ必要性は薄い。確実性を求めるなら、不安要素がない状態で挑んだ方がよっぽどいい。秋川未絵に疑惑を覚えさせた事で、成功と失敗の比重で言えば、失敗の可能性の方が高いだろう。なぜならば、もうこれは秋川未絵の動くタイミングによって全てが決まると言っても過言ではない。
「関係のない第三者の動向に策の要を託すのは、それこそ現実的じゃない。秋川未絵が間に合わず、エロ本だのなんだの焼却炉で普通に燃やされてお終いなんて事もあり得る。すれば残された唯一さんは孤立無援。上里側が圧倒的に有利だ。デコイの消失と変装バレ、この二つが見えている今、この作戦の破綻も半ば見えている。上里の撃破効率を重視するのなら」
『……ぐだぐだとうるさいですね。あなたの意見を聞きはしますが、決定権は私にある。あなたに望む答えは、『はい』か『YES』の二択のみ。そうでなければ邪魔なんで消えてください。それとも消して欲しいんですかね? 私の心情を察せなどと頼んでなどいませんが? 傭兵だと言うなら与えられた指示通り動け』
「無論やれと言われればやれる範囲で全力は出しますよ。ただ心配なだけです唯一さんが」
『あなたの心配など必要ありません』
その言葉を最後に通信は切れる。唯一さんを怒らせるようなつもりはなかったのだが、いよいよ状況が怪しい。『絶滅犯』の登場だけでも色々と面倒そうなのに、それに加えて学校側でも一抹の不安。最悪のタイミングで秋川未絵が動けば、上里勢力などに唯一さんが袋叩きにされる未来もあり得ると言うのに。
「大丈夫っスか?」
顔にでも出ていたのか、隣から釣鐘の心配した言葉まで飛んで来る始末。唯一さんとはどうにも噛み合わない。
「……まぁこんな事もある。唯一さんの言い分が分からない訳でもない。上里が学校外にいる以上、秋川未絵が最初に接触する可能性が高いのは上条だし、現状上里に化粧院明日香の入れ替わりがバレる可能性はどちらかと言えば低いから今はまだ様子見として作戦の継続も分からなくはないんだが……」
自爆しないか、それこそが心配だ。ある意味で、上里勢力を排除したい学園都市側の目的と、唯一さんの復讐相手が同じ事が問題だ。この二つは似ているようでまるで違う。主に入れ込み具合が。仕事と私情、その違い。
「……俺は脳幹さんのことをよくは知らないからなぁ」
「いちいち相手に共感できる部分を探すの疲れません? それ、法水さんの悪い癖っスよ」
「今一緒に動いてる味方の向いてる先くらいは知りたいだろう?いくら俺でも敵にまで気を向ける事もないさ」
「オティヌスには手を貸したでしょ? そんなだから裏切り甲斐ないんすよ」
「オティヌスの時は依頼くれたの上条だろうが。だいたい裏切り甲斐ってなんだよ、いる? そのパラメータ」
ジトっとした目を向けてくる釣鐘の視線を手で払い、腰の後ろのベルトにゲルニカM-002とゲルニカM-004を装備していく。いずれにしろ、戦う為の準備は既にできている。唯一さんがやれと言うのであれば、やらなければならないのも事実。波の世界で蠢きだす群衆を見つめ、弾薬の詰まった鞄と狙撃銃を背負い立ち上がる。
「事務所の方は任せたぞ釣鐘」
「あんまり無茶するようなら黒子に告げ口するっスよ」
「無茶するのが俺達の仕事だろうが。あと黒子には言うな。ぶつよ?」
斜めに断ち切られた焼却炉の前で、上里勢力と上条達は向かい合っていた。
秋川未絵の訴えを聞き、化粧院明日香が幽閉されているらしい焼却炉へと、クラスメイト達によって火を焼べられる前に止めようと動いた結果中身は空っぽ。「まあこんなこともあるよ」なんて『勇み足』を踏んだ上条は青髪ピアスから慰めの言葉まで掛けられた。
本物の生徒会長は何処に消えたのか。当事者以外の消えた空間で、秋川未絵の糾弾の声が上里に叩き付けられる。
全ての元凶、全ての黒幕、そうであるはずだと向けられる言葉に、上里翔流はゆっくりと眉を顰めた。
「高等部の生徒会長って何の事だ? そんな話は初耳だぞ」
その言葉が沈黙を呼び、場を支配する。
そんなはずはない。焼却炉の中には生徒会長が閉じ込められていて、上里に焚き付けられたクラスメイト達はそうとは知らずに焼却炉に火を入れる計画を練っていて、それを止めなければクラスメイト達は殺人犯になってしまう。そう見せかけ動かした上条を道化に仕立て上げ居場所を奪うのが目的。そのはずなのだ。
のに、そんな
「ぼく達の戦闘を見せたかった。
故に嘘も躊躇もなく、上里翔流は投げつけられた疑問に真実を告げる。狙いと思惑からズレている。この場にいる誰もが蚊帳の外。
「もしも、生徒会長が他の誰かと入れ替わっていたとして。もしも、それがぼく達にもきみ達にも全く心当たりのない誰かだったとして」
だからこそ気付かない。上里が上条だけを、上条は上里だけを追っていたから。それしか見ていなかったから。お互いがお互いを宿敵と認め、お互いしか気にしていなかったから。
「……だとしたら、そもそも生徒会長になりすましているのは誰なんだ?」
無貌の足音が音もなく響く。蚊帳の外だと思っていたのはそいつの勝手、そんな様だから、復讐者こそが新たな復讐者を作り出した事に気付かない。見つめていた世界の外側から、新たな世界へと押し出す右手を断ち切る刃が滑り出す。
──────さくり。
ケーキを切り分けるような気軽さで。上里翔流の隣で長い黒髪と大きなリボンが静かに揺れる。
「あ、あああ、あああああああああああああ──────ッッッ⁉︎」
ぽとりと落ちる。枯れた椿の花弁のように。新天地へ消し飛ばす出鱈目な右手が少年の手首の先から簡単に。
叫び血を撒き散らしながら転がる上里へ目を向けることもなく、頬に付いた返り血を舐め取りながら切り落ちた右手を手袋でも拾うように『誰か』は摘み上げる。
「ふっふっふーう、のふう、上里翔流の右手が最大のネックだった」
『誰か』が右手を目の前に掲げるのに合わせ、蛇が脱皮をするかのようにズルズルと生徒会長だった影が剥がれ落ちる。リクルートスーツの上に白衣を羽織った女性の姿に。復讐者の前に復讐者が顔を出す。
「あーあーあー、宿敵の能力を奪って無双三昧、そんな最初の予定とはズレましたが、着地点は変わらない。ふくっ、ふくくくっ! 目的のモノをいざ目の前にすると、どう料理しようか迷いますよねぇ? 今はそんな気分ですよ!」
「なん、だ……アンタは、一体誰だ……?」
疑問の声が再び投げられる。上里にでもなく、当事者のはずが蚊帳の外へと知らずに追いやられた上条から。理想へ送る右手を摘んだまま腕を垂れ下げ、崩れぬ笑みを携えた女性の双眸が質問者へと僅かに落とされる。
「私は木原唯一」
あっさりと女性は名を告げる。合理性を考えれば名乗る必要はない。興が乗ったと言えばそれまでだが、必要なのだ。復讐者には名乗る名が。誰が復讐者なのか教える為に。誰が来たのかを相手が忘れぬように。刷り込む為に。
「誰にも追い着く事のできないロマンを求める者の一人。『誰だ?』、それにしても、ぷっくく! あっはっは!! 何バカ正直に答えてんの私!? あははははは‼︎ 私は他の誰でもない唯一にならなければならない! さあロマンの幕開けです! クソ気に入らない者さえも使ってその道を踏破して見せましょう‼︎ そのクソ野郎も! その取り巻きも! 纏めて擦り潰してあげますよ‼︎」
「去鳴!! 右から回り込め!!」
「いちいち敵さんの前で口に……ああ、にゃるほど。まあいいです。昨日の友が今日の敵、なんていうのも一種のロマンでは? あなた達にとっては最初から敵ですがね。ほぉら耳を澄ませてくださいよ。聞こえるでしょう? アレも一応戦場のロマンではあるそうで」
その音に、状況を把握し動こうとした上条当麻の足が止まる。『絶滅犯』の顔が歪む。笑顔を浮かべた木原唯一の背後から弾丸が降り注ぐ。
────────ゴゥンッッッ!!!!
時の鐘の音が戦場の始まりを告げる。
「作戦上手くいくんだ……」
孫市は心底そう思った。