時の鐘   作:生崎

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兄弟は両の手 ⑨

 ──────ズガンッッッ‼︎

 

 木原唯一を囲む少女達の檻を引き裂くように、二つの影が落ちる。

 

 轟音と土煙を上げて地面を削る二つの影。夜の風が沸き立つ土煙を吹き飛ばした後の落下地点に残されるのは二人の少女。

 

織雛(オリビア)診華(ミルカ)⁉︎」

 

 その少女達の名を誰かが呼んだ。月明かりが照らすシルエットでそれが誰かは分かる。が、その崩れた形を目に多くが口端を引き結んだ。ひしゃげた手足。腕と足がいずれも向いてはいけない方向に向いている。痛みから気絶もできないのか、呻きながら身動ぐ姿は壊れた呪いの人形が転がっているようにも見える。

 

 その二人の影を追って、新たな影が一つ落ちた。二人の少女と同じように手足の砕けた少女二人の襟首を片手で掴み担ぐ男。集まる視線を気にすることもなく唯一の隣に足を寄せると、残った触腕を震わせて立ち上がろうと身動ぐ診華(ミルカ)に向けて、愛燐(アイリーン)姪龍(メロン)の二人を投げ付け吹き飛ばす。

 

「……遅かったですね。しっかり殺しちゃいました?」

「……まさか。暴徒と言えど一般人を殺す訳ないでしょ。そっちの二人は吹き飛ばしたら死にそうだからわざわざ引き摺って来たくらいには気を遣ってますとも」

 

 殺してはいないと告げながら、転がる血濡れの少女達には目を向けず、額から垂れる血も拭わずにところどころ裂けた軍服を法水孫市は脱ぎ捨て狙撃銃を担ぐ。身構える少女達を見回しながら顔を止め、朱く染まった瞳を向けるのは、先頭に立つ去鳴と、少し離れその脇に立つ上条当麻。

 

 顔を強張らせる上条を前に首を傾げると、空いている手でその視線を払う。

 

「なにを突っ立っているんだ上条? いくら寮に門限がなかろうがもうこんな時間だ。さっさと帰れ。お前はもうお役御免だ」

 

 いつもの口調で、呆れたように眉をひん曲げて。戦場で上条の隣に立っている時となにも変わらない口調であったからこそ、上条は少なからず困惑した。

 

「お役御免って、お前なに言って……ッ、いくら仕事でもここまでするのか⁉︎ いくらなんでもッ」

「するよ俺は。聞き分けのいい善良な民間人には相応に俺も振る舞うさ。が、そうでないならこれは範疇の内だ。別に殺した訳じゃない。学園都市の医療技術も知っているし、ただ、今五体満足で立ちはだかられても邪魔だ」

 

 当然と言うように孫市は顔色を変えない。砕けひしゃげた手足を投げ出し転がる一般人の少女達を友人が壊したと信じたくはない。が、事実は目の前にそのままある。

 

 別になにも変わらない。

 

 これまでは、多くの状況の中でただ味方として孫市が上条の側にいただけ。それが必要であるならば、敵として相対した者を変わらず孫市は穿ってきた。ただ上条がこれまで明確に孫市と敵対して来なかったが故に噛み合わないように見えるだけ。

 

 オティヌスとぶつかった際に何千何万と繰り返した世界の中で上条が敵対した時の鐘は、決して都合よく捻じ曲げられたものでもない。敵でそれが殺戮対象であるならば、元に戻ったこの世界でも変わらない。現実をなんとか飲み込もうと喉を鳴らす上条を見据え、孫市はこれ見よがしに指を弾く。

 

「なるほどあれだ。上条、お前から見れば俺や唯一さんはお前と上里の激突に割って入って来た第三者に見えるのかもしれないが、お前らの因縁を抜きにして見れば、寧ろ第三者はお前だよ。つまりお前は被害者。巻き込まれて大変だったな、危ないから離れていろよ、隣に立ってるその女は殺人鬼だぞ?」

「そんな事は知ってる! お前が上里達と敵対してるってことも理解したよだけど! どこまでやるつもりなんだいったい! 上里の右手を切り取ってまでッ」

 

 その上条の言葉に周囲の少女達の目が細められ、怠そうに孫市は小さく舌を打つ。もうなんとも無駄そうな問答だと飽きて来たのか、退屈そうに上里の右手を摘み揺らす唯一を横目に見ながら、孫市はため息を一つ零した。

 

「お前の右手ほど無害な感じならこっちだってそこまでしないさ。が、上里の右手は違う。その気になれば学園都市は穴だらけだ。戦略兵器となんら変わらん。そんなものをほいほいと鋏ぐらいの便利グッズのように使ってもらっても困る訳だ」

「言い分は分かった。でもそんなものでもクソ馬鹿お兄ちゃんの一部だよ。それは上里翔流に預けられた力。どうケリをつけるかもあいつの仕事なんだよ。アンタらみたいな部外者が勝手をして良いものじゃない」

「口を挟むなよ殺人鬼。そんないかにもな理由ではいそうですかと返すとでも思っているのか? 上里が正しく聖人君子のような男で、無闇矢鱈とその力を振るわないならそれでもいいだろう。が、それは既に否定された。他でもない義妹のお前にもな。途中でお前が一線を越えようとしたそいつを蹴飛ばし脱線を防がなければ、果たして上里は上条にどこまでやっていた? 右手をそのまま返したところで上里が心変わりするとも思えないな。上里が魔神を追う以上、結局また上条を狙う訳だろう? それに上条だけでもない」

 

 共にいる禁書目録(インデックス)もまた、言われるがままオティヌスを売る事がない以上標的にされるのは容易に孫市にだって想像できる。復讐のためであろうが、無関係な者を巻き込んだ時点で、この話は既に一つの結論が出ている。加えて今日だけの話でもなく、バードウェイ姉妹の一件で既に交渉は決裂している。

 

「オティヌスにしたって、確かに前は世界の敵だったが今は違う。それを問答無用で消し飛ばそうなんて奴を信じるのわな」

「上里翔流だって今回の件で行動を改めるかもしれないっしょ!」

「本気で言ってるのかお前? オティヌスには少なくとも世界を変えるような自分の力を自分の手で放棄するだけの気概があった。実際に動いた。上里がそもそも自分の右手が気に入らないと言うのであればあれだ、丁度いいから学園都市の技術者に頼んで高性能の義手でも設えて貰おう。これで問題はない」

「アンタこそ本気で言ってんの?」

 

 細められる去鳴の目。大きなため息を孫市は吐き出す。結局話は平行線で、着地点などありはしない。上里勢力の少女達誰もが、上里の一部ということもあるのだろうが、なんだかんだとその右手に執着している。『理想送り(ワールドリジェクター)』が上里の右手である限り、少女達は頷かない。それを再度確認するかのように孫市は周囲を見回し、そんな中、上条が一歩前に出る。

 

「法水、誰にだって間違えることくらいあるだろ! 上里の奴も魔神の理不尽を受けて理不尽なことをやってるとは思うけど、それでもきっとやり直せる! 少なくとも復讐だけじゃない! ここにいる子達やパトリシアを助けたいって気持ちは本物だった!」

「かもな。が、だ。上条お前少し麻痺してるんじゃないか? もし駄目だった場合は? オティヌスを引き渡すお前でもないだろ。突っ掛かって来るのが自分に対してのみだったら上里が満足するまで何度でも続け受け止める気か? お前なら本気でそう思ってるのかもしれないが、覚えてるか? 前にトールが学園都市に来た時の事を。言っていただろうあいつも」

 

 『テメェが今までプロの世界で何となく許されてきたのは、最終的に成功しようが失敗しようが、徹頭徹尾『誰かを助けようと思って』行動してきたからだ。それすらなくなっちまったら、テメェの拳は単なるワガママの道具にしかなりゃしねえんだ!! 』と。

 

 復讐が自分を救うためであったとして、関係のない者へと右手を向けた時にもうトールの言うルールは犯してしまっている。つまるところ、上里は許されない領域に自ら足を踏み入れたのだ。それを平然と許せるようなら、それは余程の聖人か余程の馬鹿のどちらかだ。

 

「いつも言ってるだろう? 馬鹿と鋏は使いようだ。核ミサイルだって、その発射ボタンを押さないからこそ許されている。『平凡』を望んでいようが、ポチポチ気に入らないモノに向けて上里が押すべきではないボタンを押しまくってる時点でその限りではない。断言してやる。その道を進んでいる限り、上里は敵を増やし続ける。今でさえ増えている。行き着く先は誰かの破滅さ。それを止める為には、終止符(ピリオド)をどこかで打つしかない。それが必要であるならば、その役目は俺がやってやる」

「それしかないってのか⁉︎ 話し合えばいいじゃねえか! なにかもっといい方法がまだ」

「くどい。分かるだろ上条、戦場を呼んだのはそいつらだ。そうであるならこれは俺の領分。戦場とは誰にも平等だが、その中身は不平等でしかない。才能、技量、肉体強度、武器性能、数、それらが全く同じに釣り合う事はない。この場を治める方法は二つ。力で相手に勝るか、全員一斉に武装放棄するか」

 

 が、上里勢力が切り取られた上里の右手に執着する以上、後者はありえない。残された道は衝突の道。戦う選択肢以外残されていない。そもそも孫市にやる気がなかったとしても、上里勢力の少女達が既に戦う事を決めている。後の問題は誰がスタートの合図をするのか。上条を残し、誰もがその一瞬がいつ来るかを既に待っている。

 

 そしてそれは、孫市の隣で始まった。

 

「もしもーし、全員起きてる? いい加減退屈を通り越して眠くなりそうですよ。拳をもう握っているのにただお見合いしに来てる訳でもないでしょうに。くすくす、拳を握るついでに恋人繋ぎなんかしちゃったりして!」

 

 ぷっつりと何かの糸が切れる音を孫市は聞いた気がした。

 

 ニヤリと笑い、腕を伸ばして上里の右手と指を絡めて拳を握る姿を唯一は周囲に見せつけるように掲げる。膨れ上がる怒りの空気の中、スタートの合図をしてやったぞとばかりに唯一は孫市へと瞳を流した。吐き出される感情は止まらない。たかが普通の高校生一人に止められるはずもなく、後はもう坂を転がるように加速して行くだけ。

 

「待てお前ら⁉︎」

「もう待てないっしょ! ふざけんな! 時間だって十分稼げたんだしね!」

 

 上条の訴えを拒みながら、去鳴は首から下げた懐中時計に口づけし、その場で腕を振り上げる。狙いは孫市でもなければ唯一でもない。唯一を取り囲むように距離を詰めていた背後の少女に向けて裏拳を放つ。

 

 槍を握る少女は、武器ごとへし折られ体をくの字に曲げると背後に転がり吹っ飛んで行く。避ける動作はなく、分かっていたように去鳴の拳を受け入れて。

 

 上条が何事かと口を開くより早く、去鳴は地を蹴り突っ立つ二人の敵に向けて突っ込んだ。振るわれる右の徒手空拳。その右腕の動きに合わせ、見えぬ刃でも伸びたかのように半月状に地面が抉れだす。

 

 それを前に、唯一は白衣をはためかせながら身を翻し、孫市は体を大きく横に倒しながら、握る狙撃銃を横に振るう。

 

 ギャリンッ! と金属の肌を撫ぜる甲高い音と共に虚空に小さな火花が浮かぶ。白衣の裾が裂かれる音が響いた。が、ただそれだけ。元の立っていた位置へと孫市も唯一も姿勢を直し、好戦的な笑みを浮かべる殺人鬼に無表情を返す。

 

「やるねえ、あれを『逸らし』に来るなんて。見えない斬撃なんてフツーなら一撃必殺っしょ」

「見えない、なんて便利な言葉は乱発するものじゃありませんよ。気流の乱れは空気中の粒子の動きで分かりますから」

「俺は普通に見える」

 

 魔力の波紋と空気の流れ。波の世界から見れば、それが現象として存在している以上、『見えない』などという事はありえない。一見不可視に見える能力者の念動力(サイコキネシス)でさえも、孫市や釣鐘茶寮などからすれば目に見えた攻撃。

 

「ただまあ、そっちもそっちで余裕がなくなってきたんじゃね?」

「そんな訳ねえだろうが。寧ろ余裕度が増した。自ら種明かししてくれてありがとさんよ。浜面に絡んでくれた礼もついでにくれてやる」

「どうやって!」

「こうやってだ」

 

 再度腕を振おうと動く去鳴へと狙撃銃の銃口を向ける。時間を開ける事もなく押し込まれる引き金。吐き出されたゴム弾が去鳴の肩口にぶつかり、体勢を僅かにぶらした去鳴の不可視の一撃は、孫市と唯一の間にある地面を裂くだけで終わった。

 

「何かを供物として捧げその特性を得る的な魔術らしいが、なるほど、その効果はお前の攻撃行為への付加でしかない。つまりお前の拳だの蹴りだのを出させないかズラしてしまえばそもそも攻撃は当たらん訳だ」

「そんな簡単にやれると思う!」

「思う」

 

 身を詰めて来た孫市へと足を振り上げようとした去鳴の右足が、振り切る前に太ももを蹴り抜かれ落とされる。その勢いのまま振われる右手を、右足を起点に身を捻り込んだ孫市の右腕に肩口を掬い上げられ、地面に叩き落とされた。背後に跳ぶのに合わせて銃口を突きつけられ吐き出されるゴム弾。それを去鳴が右手で消し飛ばす間に、再び距離を詰められる。

 

「人間にはありえない挙動ではあっても、中の構造さえ見えるならそこから稼働範囲の予想はできる。身体能力の最大出力が俺より勝っていたとして、それが最高点に達する前に叩き落とせればないも同じ。お前の魔術もこれに同じだ。馬鹿力の相手は昔からしていてな。それにお前はあれか? 時の鐘一番隊にいる中国武術の達人よりも近接格闘技術に秀でている自信でもあるのか? 肉体性能は聖人や第七位よりも劣り、純粋な格闘技術にしたって、魔術師、能力者含めて今の俺より上のやつはそこまで見たことがない」

「ちっ、雷矛(ライム)。リーチが欲しい」

「狙撃手を前に距離を作る馬鹿がどこにいる」

 

 去鳴が呼び掛けられた少女が供物になるため飛び込もうと跳び上がった途端。吐き出されたゴム弾に額を穿たれ地面に転がる。歯噛みしながら腕を振るう去鳴に合わせて、弾丸のように跳ぶ槍の一撃が孫市へと飛来した。

 

 それを分かっていたように首を傾げて避けながら、ボルトハンドルを引き新たな弾丸を装填してゆく。攻撃の質や範囲を変える為、新たに捧げる供物となる少女の名を呼ぼうとも、去鳴に辿り着く前に撃墜される。名を呼ばず一方的に去鳴が少女の誰かに向けて攻撃を振おうにも、そもそも孫市は去鳴の動きを封じるように動いている以上それも難しい。ゴム弾をいくら捧げたところで、銃弾の軌道は孫市の方が勝手を知っている。

 

「ならッ!」

 

 身体能力の差を用いて引き離し、直接叩き壊し捧げればいい。ゴム弾を数発受けようとも、去鳴の体なら耐えられる。体勢を崩されようが、無理矢理突っ込めれば後はどうとでもなる。

 

 地面を蹴り抜き、少女の一人へと去鳴は突っ込む。

 

 そんな去鳴の体を影が覆った。視界の端で揺れる赤い癖毛。奥歯を噛み、より強く地面を蹴る去鳴を追うように赤い影がついて来る。少女に向けて腕を振り切ろうと動く去鳴の下から狙撃銃の銃身が伸び、肘に引っ掛けられ地面に掬い落とされた。

 

「なん、で⁉︎ アンタ魔術や能力は」

「使わないよ俺は。技術しか俺は使わない」

 

 波紋の重なった部分を押し込み威力を上げる技術は、なにも攻撃のみに使われる訳でもない。移動するには地面を蹴る必要がある以上、移動にも使えて当然。言ってしまえば技術の応用でしかない。

 

 朱く染まった魔王の双眸が、殺人鬼の少女を冷たく見下ろす。

 

 首輪を外す、理性を緩め衝動に身を任せる行為は、一流のスポーツ選手達の中で見られるゾーンに入った状態によく似ている。決めた目的に向けて、普段あれこれと考えている不必要な思考が剥がれ落ち、作り上げた土台に積み重なった技術の披露に他ならない。土台がそもそも粗末であれば振るえる技術などあるはずもなく、確固たる目的もなければ何にも向かう事はできないが、土台と目標さえしっかりとしていれば、実現可能な範囲でそれが表に出てくるだけ。

 

「ここからお前が取れる行動は幾つかあるが、一つは今みたいになんとかお前の魔術の力を底上げするため、味方の数を減らしながらお前が頑張る。が、当然俺はそれだけは許さん。二つ目は数で圧倒する事だが、さて、不用意に周囲の奴らが好き勝手突っ込んで来ないのを見るに俺は考える訳だ。上里勢力の中で一番戦闘能力が高いのがお前なんだろう? それが抑えられているからこそ動きづらいのだろうとな。俺一人ならまだしも唯一さんが残っているからな。意味もなく数を減らせば勝率は薄れるだけ。加えて、お前達は数こそ多いが司令役が欠けている。本来なら上里がその役なのだろうが、上里がいないからこそ上手く連携も取れない。三つ目はエルキュール=カルロフなんかに頼る事。俺にとっては俺の技術でも押し切れない奴の登場が一番困るが、残念ながらその手は取れないはずだ。唯一さんが先に闘争の場を整えてしまったからな。アレは自分の関わらないところで始まった闘争を奪うような奴ではない。お前達が先走ったおかげで、アレも出て来ないという訳だ」

 

 正確には、去鳴が上里の義妹であるからこそ、そもそも上里が去鳴を止める上でエルキュール=カルロフに話をしていないのであるが、そんな事は孫市の知った事ではない。

 

 口を動かしながら、目を去鳴から外す事もなく孫市は狙撃銃の引き金を引き続ける。狙いは当然周囲の少女達に向けて。遠距離用の武装を持つ者を優先に狙い、その数を徐々に減らしてゆく。絶対射程距離半径500メートル。波の世界を見つめる第三の瞳があればこそ、いちいち周囲を見回す必要もない。

 

「ぐっ、敵に助言! 随分と余裕だね!」

「助言? んな訳がないだろう」

 

 ただどこまでも現実的に、相手の行動を予測して動きを擦り潰しているだけ。経験と技術をもって戦場を支配する。単純な戦力差なら上里勢力の方が上だろう。が、戦場を支配しているのは法水孫市と木原唯一の二人組。

 

 法水孫市のある程度の情報を上里勢力は共有している。が、木原唯一は完全な想定外。

 

 その未だ底が見えない不気味な存在が『絶滅犯』とぶつかっても怪我なく万全の状態でいるが故に不用意に動けない。不確定要素に翻弄され続ければ、時間を掛けて戦力を削られ行き着く先は敗北。

 

 それを拒む為には常識の枠を越えるしかない。そして、上里勢力には、その枠を超えるだけの狂気がある。

 

「去鳴‼︎」

 

 誰かが少女の名を呼んだ。それを合図とするように、周囲に控えていた少女達が戦場の中心地へと飛び込んだ。一人ずつならまだしも、同時では孫市でも全てを撃墜するのは不可能。

 

 上里勢力の少女達も分かっている。最高戦力である去鳴がいち早く脱落してしまえば、それこそ勝機は著しく下がる。誰かが辿り着ければいい。例えその過程で死ぬことになったとしても、一人でも辿り着き供物として去鳴の戦闘能力を上げられれば戦況は変わる。

 

 それを察して去鳴も動いた。例え行動が制限されるとして、それでも去鳴が動き続ければ孫市の動きもまた制限できる。他の者に銃口が向かないように時間を稼ぐ事は可能。

 

「ところがどっこいはい残念」

 

 だからこそ、その希望をへし折るかのように静観していた木原唯一も動き出す。

 

 孫市と去鳴に向けて突っ込んで行く無防備な少女一人に向けて飛び込み、その土手っ腹に向けて拳を叩き込む。例えそれで絶命しようが、死体となっても孫市と去鳴の間に割り込み時間さえ稼げれば結果勝ち。

 

 そう覚悟を決めて少女は唯一の一撃を耐えようと奥歯を噛み締め──────。

 

「ぎゃふッ⁉︎」

 

 鶏の断末魔のような声を喉の奥から絞り出し、体をくの字に折って丸々とその場に崩れ落ちた。

 

「唯一さん」

「おや殺してはいませんよ? ミオクローヌス。外側から上手い具合に衝撃を加えてやる事で起こる強制的な筋肉の収縮に耐えられる者は存在しない。分かりやすく言えば吃逆(しゃっくり)。防御無視の打撃技術を磨いたらなどと言ったのはあなたでしょうが。理論だけはすぐに思い浮かんだもので実証実験です。だから笑ってないで仕事しろ」

「そうじゃない。約束を守ってくれるなら、俺も躊躇わなくていい!」

 

 理論をすぐ形にして見せるその能力の高さと、なによりも丁度いい的であったにも関わらず、唯一が上里勢力の少女を殺さなかったことに口端を歪める。去鳴の拳の一撃を避けながら蜷局を巻くように身を捻り、その勢いのままに腹部へと拳を捻り込んだ。呻き声を上げながら、吹っ飛んだ去鳴と突っ込んで来ていた少女の一人が衝突する。

 

「こ、ほッ、アンタ、今……ッ⁉︎」

「ああ殺す気で殴った。でもいいだろうお前死なないし」

 

 普通の人体構造と強度であれば、命を奪いうる一撃。それで死なないと分かっているからこそ、孫市は全力で一撃を振るう。向かって来る少女を弾き地面に落ちる去鳴へと強く地面を蹴って肉薄し、振るおうとする去鳴の腕を蹴り上げながら、浮き上がった少女の体へと身を振り拳で殴り落とす。

 

 去鳴の動きの出を潰しながら、ただ純粋に精密に死を招く一撃を叩き込み続け、突っ込んで来る少女達を去鳴を使って吹き飛ばし迎撃する。

 

「ちょ、っとッ」

「なんだアマチュア殺人鬼。他の奴と違ってお前に遠慮はいらないだろう? 殺してるんだ殺されもするさ。それともあれだ。自分は好き勝手気に入らない相手を殺すけど、道を踏み外していたとしても愛する兄は殺さないでとでも言いたいのか? 通るかそんな道理。同じ殺しを生業としていたとして、俺とお前では絶対的に異なる部分がある。それを知れ。人はこうやって『殺す』んだよ」

 

 ただただ純粋に磨かれた人を殺す為の技術が振われる。自然に呼吸を繰り返すように淀みなく急所へと寸分の違いもなく落とされる拳。一撃をくらうたびに、徐々に去鳴の体がひしゃげていく。

 

 一発一発が間違いなくただの一般人なら死ぬ威力。肋骨を砕き肺を破裂させ内臓を潰すような打撃の雨。長い時間を掛けて積み上げられた、ただ人を殺すためだけの殺人技術。その拳が顔へと向き、堪らず去鳴は腕を折り畳み己が頭を守る。次の瞬間視界が掻き混ざった。

 

 宙を数度回転し地面に落ちる殺人鬼の姿に、周囲の少女達の足も鈍る。

 

 どれだけ死を覚悟したところで、目の前で存分に披露される殺人技。もし去鳴が通常の人間であったなら、何度死んでいるかも分からない。それも理解不能なゲテモノやオカルトが相手な訳でもない。誰もが手にできる人間の技という範疇を出ないただの技巧。もし受けるのが自分なら絶対に死んでいると分かってしまうからこそ。

 

 そんな足の鈍った少女達を木原唯一が刈り取ってゆく。ミオクローヌスを引き起こす打撃の苦しみに地面に崩れる。死ぬよりはまだ優しい苦しみに溺れるように。

 

「さあ殺人鬼、攻めでなく守りに徹するのならお終いだ。どうする? さあどうする? 現実逃避せずに頭を回せよ。お前達の勝機はほぼ失せた。ここでお前達全員潰えるのであれば、後は特別苦労もしないだろう上里を狩ってお終いだ。お前の敗因を敢えて教えてやるとしたら、最初にあの四人を俺に差し向けたのが間違いだった」

 

 真っ先に壊れた四人の少女に向けて孫市は顎をしゃくる。上里勢力の中では、実働部隊である四人。狙撃に耐えて肉薄する為、近接戦闘を得意とする者を最初に切ったのはある意味で正しいが、それが失敗に終わった時点で既に必要な手札が足りない。

 

 手傷を受けた獲物の最後を逃さず見つめるような孫市の視線に、去鳴はか細く息を吐きだす。

 

「待っ」

(すが)るなよ俺に。俺に聞きたい答えがあるとすれば、上里の右手は諦めます、学園都市にはもう近寄りません、だ。上里の口からもその言葉を貰おう。なんなら誓約書でも書くか? 上里勢力の多くになんら罪状を書き連ねる事もない。分かるだろう? 上里の奴を説得するならお前だ。お前がやれ。上手いこといけば唯一さんも命ぐらいは見逃してくれるさ」

「そうですね、色々な人体実験に協力でもして貰いましょうか。丁度試したい実験が無数にある。ただ殺すのも面白くないので、妥協してあげますよ。取り敢えず瀕死にしましょうか。蘇生実験から試しましょう。運がよければ後遺症も残りません。運がよければ、ぷぷぷっ、神にでも祈ってみては? あははは!」

「そんなの……ッ」

 

 死んだ方がマシ。そんな為の説得をお前がやれと孫市は去鳴に突き付ける。苦い顔をする孫市の顔にも気づかずに、去鳴は弱々しく口端を引き結んだ。

 

 説得したとしても、上里が応じるとも去鳴には思えない。そうであるなら、上里勢力も止まらない。そうなれば上里勢力の少女達が人質などにされ上里はそれを許さないだろう。

 

 どう転んだところで、行き着くところまで行くしかない。

 

 去鳴にとって最大の誤算があったとすれば、上里にとって『正しき敵』になるだろう者と本格的にぶつかるよりも前に、全く別の敵を作ってしまっていたこと。

 

 そしてその相手が、悪魔的な頭脳を誇る天才と、殺人技術を十二分に磨いた傭兵であったこと。

 

 上里に死んで欲しくはないが、死んだ方がマシのような上里への説得もしたくない。矛盾した答えを口にできず歯噛みする去鳴に咆哮が降り掛かった。

 

 これまで場を埋めていた少女達の声ではない少年の声が。

 

「────法水ゥッッッ!!!!」

 

 これまで完全に蚊帳の外に放り出されていた少年の叫びが響き渡る。少年を避けるように振り撒かれた暴力。容易く身を犠牲にする少女達の危うさと、それを淡々と処理する友人の姿に面喰らいはしたが、どれだけ面喰らおうとも、芯はぶれない。

 

 このまま話が進んで行けば、間違いなく上里翔流、去鳴の両名は死亡する。どんな理由があったとして、その一線を越えることを上条当麻は許容しない。

 

 上里翔流は気に入らない奴ではある。去鳴も『絶滅犯』と呼ばれる殺人鬼だ。イカれた兄妹ではあっても、完全に悪の存在という訳でもない。そこには間違いなく優しさもあれば、誰かの救いになるだけのものはある。

 

 だからこそ上条は握り締めた右手を突き出した。その右手が、友人に簡単に受け止められると分かっていながら。

 

 響くのは骨同士がぶつかる重い音ではなく、左の手のひらが右手を受け止める軽い音。押し出す拳と受け止める手の筋肉が軋む音が薄っすらと周囲を包む。

 

「……平穏の中でふざけて戯れ合うのならまだしも。戦場の真っ只中でほいほいお前に殴られてやると思うのか? 自分が何をしてるのか分かっているのかよ」

「分かってる! お前だって分かるだろ! そこまでする必要があるとは俺には思えない! そんな終わり方、お前だって全部が全部よしとは思わねえだろ! お前に言わせれば俺は甘いんだってことも分かってる! お前が動いてるんだ、俺が言ってることはきっと世間知らずのわがままなんだってことも分かってる! それでも俺はお前にそんなことはして欲しくないんだ! 傭兵として振る舞うお前は怖いよ、正直勝てるとも思ってない。でも、それでも、ここで見て見ぬ振りして尻尾巻いて帰るなんて俺にはできない!」

「なにも知らないお人好しがッ」

 

 牙を剥く唯一の前で、孫市は上条を押し返し唯一の前に左手を掲げる。多くの言葉は必要ない。必死を追う孫市がぶれないように、上条もまた自分の道へと足を踏み出したのならばぶれない。

 

 どれだけ無謀でも、甘ったるくても、現実的でなくても、最高を目指す友人の姿に僅かに口端を持ち上げて、孫市は幻想もへったくれもない拳を握り込んだ。

 

 

 

「お前が誰かを殺してケリがつく。そんなのものを最高の瞬間だとでも吐かすなら、まずはその幻想をぶち殺す‼︎」

「幻想ならいくらでも殺せ。だがロマンは殺させない。さあこの物語に終止符(ピリオド)を穿とうか‼︎」

 

 

 

 

 

 

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