時の鐘   作:生崎

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兄弟は両の手 ⑩

 

 

 握られた右拳と右拳が交差する。硬い激突音。伸び切った右腕が赤い癖毛を掠めて虚空へと突き抜け、朱滴を空へと散らしながら普通の高校生の体が地面の上を転がった。

 

 特に驚くこともない結果に唯一は小さく肩を竦め、孫市は殴った感触を散らすように軽く右手を振る。

 

「俺が怖いか」

 

 呟きながら、上条に向けていた瞳を孫市は去鳴(サロメ)へと戻す。零された言葉は、(うずくま)る殺人鬼の少女に向けられたものではない。孫市の視界の端で持ち上がる人影、鼻から垂れる血を右腕で強引に拭いながら身を起こし、上条は休む暇もなく再度孫市に向けて突っ込んだ。

 

 握り締められる右拳。その腕を上条が振り被れば、それに合わせられるかのように踏み込んだ足の膝を蹴り抜かれ体勢が崩される。よれた脇腹に叩き込まれる横蹴りに骨が軋み、肺の中から空気を吐き切るように叫びながら転げるも上条は再び歯を噛み締めて立ち上がる。

 

「ああ怖いっ、だけ、どッ、怖くねえ‼︎」

 

 振るう上条の右手が孫市を捉える。が、右足の付け根を支点とするように身を捩り捻られ、拳撃の威力を返されるかのような肘打ちが上条に叩き込まれた。

 

 歪む視界を整えるかのように小さく左右に頭を振って、奥歯を噛み痛みに耐えながら上条は去鳴の前を塞ぐかのように立ち上がる。口端から垂れる血を拭いながら。

 

「ごほっ、確かに、俺じゃあお前には勝てない。だけど、これだけは言える。お前は絶対に俺を殺さない。ひょっとしたらお前は俺の友達の中で一番人を殺すのが上手いのかもしれない。でも、友達だからこそ分かってる。いつでもそんな技を披露できるように振る舞っても、それをただの一般人に向けるような奴じゃない!」

 

 だからこそ、上条は躊躇(ちゅうちょ)せずに孫市へと突っ込んで行ける。殺すための技術をどれだけ積み上げていたとしても、それは必要な時に必要な相手に向けられるもの。引いているのはどんな混戦の中でも、間違えてでも善良な市民を殺すような事を許容するような一線でもない。

 

 上条当麻が現状去鳴(サロメ)や上里の味方をしているとして、それが上条を殺す理由にはなりえない。『誰かを救う』、その道からぶれてはいないからこそ。殺されないと分かってさえいれば、勝てなかったとしても痛みに耐えて折れさえしなければ挑み続けることはできる。

 

 『普通の高校生』を名乗る上条ではあるが、右手を除いても上条は普通の域にはいないのだ。普通なら最初の一撃で終わっている。数多の戦闘経験から無意識に急所を外す体捌きと耐久力。

 

 それらを頼りに一回でダメだったとしても、十回でも百回でも試せばいい。体が動き続く限り。単なる情報以上にこれまでやたら濃い半年間を孫市と過ごした上条だからこそ、孫市が己に課しているルールをどんな状況でも容易に投げ出さないという信頼。

 

 相手の優しさにつけ込むような上条の策ではあるが、それを孫市もズルいなどとは言わない。より多く身を削るだろう者が上条ということもあり、寧ろ孫市は感心すらする。

 

 だが上条の策には穴がある。細く一度息を吐き出し、突っ込もうと足を踏み込む上条へ向けて、孫市は自ら足を向ける。

 

「ならお前もズルいと言うなよ」

 

 身構える上条を前に孫市は足を突き出す。

 

「なッ⁉︎」

 

 その蹴りは上条には向かず、そのまま横を素通りするかのように通り抜ける。上条の背後で響く打撃音と呻き声。動こうとしていた去鳴を孫市は上条を気にせず蹴り飛ばす。

 

「法水お前!」

「俺が馬鹿正直にお前の相手だけをするとでも思ってるのか? お前の策は正しくはある。だがしかし、と後に続くがな」

 

 上条と孫市の一対一ならそれでもいい。だが、そうでないからこそ孫市も分かっている。上条が上里勢力側に回ったとしても、相手の最高戦力は以前変わらず『絶滅犯』去鳴(サロメ)。上条がどれだけ暴れたところで、去鳴の戦闘能力と比べれば雲泥の差。戦場で磨かれたとは言え、普段から特別相手を殴るためだけに磨かれている訳でもない上条の拳よりも、魔術で底上げされた去鳴(サロメ)の一撃の方が孫市にとってはずっと脅威だ。

 

 加えて、上条の策は『攻め』の時にこそ最も効果を発揮する。突っ込んで来るから対処しなければならないが、『守り』に上条が回ってしまえば、幻想殺し(イマジンブレイカー)では打ち消せぬ打撃。技術によって打ち出されるそれを完璧に(さば)く術が上条にはない。

 

 必要なものは勝利であり、上条は横から突如通過点に滑り込んで来た小石も同じ。これは仕事であり、上条を叩き潰す事が必死でもない以上、それだけを孫市が相手にする訳もない。

 

 よって、何度も立ち上がり向かって来る上条を転がしながら、孫市が突っ込むのは去鳴に向けて。ブラコン殺人鬼が自由に動けないようにする事を一番に行動する。

 

「止まれ法水ッ‼︎」

「口ではなく止めてみろ」

 

 言葉で止まるはずもなく、孫市は殴り掛かって来る上条を引き摺るかのように目標へと肉薄し去鳴を轢き転がしてゆく。聖人や能力者のように人外の身体能力を持たずとも、鍛え抜かれた軍人の肉体は一般人からすれば雲の上なことに違いはない。

 

 状況は然程変わらず、去鳴(サロメ)が壊れるまでの時間が少しばかり伸びるだけで、右へ左へ転がる去鳴(サロメ)を追って動く上里勢力の面々は、身を捻る動きによって引き抜かれた孫市の早撃ちや、自由に動ける唯一によって各個撃破され徐々に地に伏せる数を増やした。

 

 ただどこまでも、誰もが使えるはずの技術の極地で潰されてゆく今をひっくり返せる裏技などない。本来なら裏技に相当する魔術や能力にさえ近付いた技術という理不尽。目に見えぬモノでさえ、それが現実に及ぼす影響の機微を波や粒子の動きを読み取って、時に弾き躱かわす、科学者と傭兵という怪物二匹。

 

 終わりの時は着々とその距離を縮めていた。

 

 

 

 ────────()()()()()

 

 

 

「……なに、今の……?」

 

 時を同じくして、上条や上里勢力、孫市達が激突している夜の学校の近くを学園都市第三位、御坂美琴が通りがかったのは運命の悪戯か、はたまた誰かの画策か。

 

 つい先日、夜の街で遭遇したレインコートの少女。学園都市の常識とは別の力を振りかざす『新たな可能性』こそを望み、少女自身が新しいナニカを得る為の、新たな刺激を得るための旅をしていた結果かもしれない。

 

 いずれにしても、ナニカを望んでいた少女の耳に、求めていたナニカの音が届いた。少女の知らない新しいナニカ。追い駆けたい、とある少年の背中に追いつくための次のステージ。

 

 ただ、辿り着いたそこにあるモノは少女の求めているモノとは違っていた。

 

 そこは、少女も名を知らぬとある中高一貫校。金属製のフェンスは千切れ、ところどころ抉れた地面には多くの少女達が倒れ伏していた。

 

 ただ、問題はそれではない。それではないのだ。

 

 美琴を一度一蹴してくれたレインコートの少女が手足をあらぬ方向にひん曲げながら地面に転がり、最後の手段とばかりにほとんど壊れた少女を抱だき抱かかえるかのように覆い被さるボロボロのツンツン頭の少年。

 

 そして、地に伏せる者達とは対照的に立つ二つの影。リクルートスーツに白衣の女と軍服の少年。

 

 向かい合う見知った二つの少年の影にこそ、美琴の頭の中の温度が急速に落ちた。声を出そうにも不気味に喉が鳴るだけ。絞り出した声は絶叫となり、美琴はフェンスの裂け目からツンツン頭の少年の下へと走る。その足音に顔を上げた上条の目が小さく見開かれ、少女の来訪を拒むように唇を動かすが、美琴はそれを聞き入れない。

 

 故に、別の声が少女を追いやる為の言葉を紡つむぐ。

 

「仕事中だ御坂さん、こんな時間に出歩いていると寮監に怒られるんじゃないか?」

 

 普段と変わらぬ声音、普段と変わらぬ態度。ただ違うのは、普段はしない完全武装と爛々と赤く輝く眼光。予想外の来訪者に多少眉を顰めるも、淡々と少女に忠告しながら、法水孫市は担ぐ狙撃銃からその銃身である軍楽器(リコーダー)を引き抜く。

 

「……アンタ、なに、やってんの…………?」

「御坂さん」

「なにやってんのって言ってんのッッッ‼︎」

 

 バチリッ‼︎ と美琴の髪先から溢れた稲妻が一度強く地面を叩く。その音が唯一の舌打ちに塗り替えられ、孫市は顔色を変えることもなく、細長く息を吐き出しながら、地面に軽く突き立てた軍楽器(リコーダー)の側面を足先で擦るように蹴り奏でる音を変える。

 

「仕事中だと言っただろう? 御坂さんにそれ以上の説明が必要か?」

 

 必要であれば味方にも敵にもなる傭兵。上条以上にそれをよく知るはずである美琴にそれより多くの言葉は必要ない。どんな過程があったのかは美琴の知るところではないが、一つの事実が目の前にある。

 

 今回はただ、瑞西の傭兵が上条当麻の敵としているだけのこと。

 

「先に断っておくが、割り込んで来たのは上条であって、俺の狙いは上条ではない。そこらに倒れてるお嬢さん方がどちらかと言えば敵だ」

「そんなこと聞いてない! だってアンタッ、こいつの友達なんでしょ! それをこんな……アンタまたッ」

「仕事中だと言ったはずだ。これ以上踏み入るな。あぁ、折角来たのならそのまま上条を連れて帰ってくれ」

「……帰らないって言ったら?」

「言う必要あるか?」

 

 バチリと再び紫電が宙に瞬またたく。それと同時。孫市が軍楽器(リコーダー)を地面に突き立て響いた音色が、稲妻を弾くように掻き消した。それに合わせて美琴を襲う瞬間的な頭痛。目を白黒させる美琴の顔を覗き込むように孫市は僅かに身を屈める。

 

「な、に……がっ?」

電撃使い(エレクトロマスター)のAIM拡散力場を乱す音色はライトちゃんやクロシュがいるおかげで一番練習できたよ。一度御坂さんに負けてから、俺がなんの対抗策も練っていないと思ったか? 問題があるとすれば御坂さんのみならずライトちゃんにも影響があることだが、今は別にいいだろう。短時間でも乱せれば十分過ぎる。帰れ。二度目はないぞ」

「ッ‼︎」

 

 大覇星祭から数ヶ月。目の前の傭兵がその時とはまるで違う。ハワイの時よりも。デンマークの時よりも。たった数ヶ月。だが数ヶ月。いつか御坂美琴に強くなると宣言した通り、御坂美琴が敵わなかったレインコートの少女を一方的に半壊できる程に。足りないモノを積み上げ続け、美琴の知らないステージに立っている。

 

「なんでアンタはそこに立ってんのよっ」

「そことはどこだ? 今ひとつ要領を得ないが、偶然と必然の両方だ。敢えて聞き返すが、御坂さんこそなぜ今そこに立ってる?」

 

 美琴が聞きたいのは今ここにいる理由ではない。美琴の知らないナニカをなぜ孫市は掴んでいるのか。能力者とは違う可能性。加えて言えば、レインコートの女とも違う可能性。修練さえ積めば誰にでも使える技術しか使わないにも関わらず。

 

「ぐッ!!!!」

 

 (ほとばし)る無数の電撃が、キィンと地面に叩かれる軍楽器(リコーダー)の音色に演算を狂わされ(ことごと)くが迎撃される。キャパシティダウンほどの阻害力は持たないはずの金属音が、ただ技術に押し出され的確に美琴の耳を突く。

 

 幻想御手(レベルアッパー)の技術を戦闘技術に落とし込み、無能力者(レベル0)でありながら波を手繰る怪人。下手な能力者よりもずっと不気味だ。そんな不気味な存在に数ヶ月で孫市はなってしまった。御坂美琴の知らない間に。遠いのは上条当麻だけでなく────。

 

「アンタにまでッ」

 

 乱れた力場を整えて、美琴が次の一手に超電磁砲(レールガン)を選んだのは、最大の一撃が必要だという本能から発せられた警告か。ポケットへと手を入れ取り出したコインを弾く美琴の動き。その内部の細部の微々たる動きを第三の瞳で波の世界から映し取った孫市は即座に軍楽器(リコーダー)を再び地面に叩きつけ音を奏でる。

 

 得られるのは微々たるズレ。超電磁砲(レールガン)を止められるほどの拘束力はない。だが、そもそも孫市に当てようと放たれたモノでもない。殺す気はなく、衝撃波で吹き飛べと放たれた稲妻の砲弾は、ほんの少し斜め上へとかっ飛び校舎の一部を吹き飛ばした。

 

 広がる粉塵。埋もれた視界に歯噛みする美琴へと孫市は声を投げ掛ける。

 

「なにを焦ってるのか知らないが、邪魔をしてくれるなよ。上条に、御坂さんまで。大枠で一般人だとして、此方が気にすることなく見過ごせるほど小さくもない。これ以上暴れるようなら、御坂さんから制圧する以外にないぞ」

「できるもんならッ」

 

 やってみろとばかりに粉塵を地面から持ち上げられた砂鉄の刃が空を裂く。

 

 法水孫市が御坂美琴の考えるよりも先のステージにいたとして、去鳴(サロメ)と同じように理解できないという訳でもない。魔術よりも技術は科学に近いから。少なくとも理解不能な法則に則っている訳でもないのだ。

 

 御坂美琴にとって一番邪魔なのは軍楽器(リコーダー)。磁力を操り強引に手繰り寄せれば、手放すはずもなく軍服姿の男も一緒についてくる。軍楽器(リコーダー)に絡ませ引っこ抜こうと美琴は砂鉄の剣を絡ませ、そして、黒い刃は孫市が懐から取り出したゲルニカM-002(ナイフ)に食い千切られる。

 

「そんッ、は⁉︎ なんなのよそれは⁉︎」

 

 単純に繋がりを断たれた訳ではない。小さな爆弾でも放られたように弾け飛んだ。

 

 砂鉄同士の擦れ合う振動を増すように刃を当てただけ。言葉にすれば単純だが、実際に行うとなると話が違う。幻想御手(レベルアッパー)から得たAIM拡散力場を乱す技術では説明のできない芸当。それとは違う別の技術。砂鉄の剣の切れ味が、切れ味とは違う別のモノによって阻害される歪な感触。

 

荳ヲ繧薙〒繧?k縺九i荳ヲ繧薙〒縺上l繧(並んでやるから並んでくれよ)

 

 煌々と感情を押し固めた赤い瞳が第三位に落とされる。理性を緩めた感情の発露。誰もが持つが、誰より強いとある頂点の瞳が別の頂点を見つめる。人の瞳とは言えそうもない瞳孔の開いた大鮫のような瞳を前に、御坂美琴の足が竦む。

 

 追いつきたい並びたい。

 

 御坂美琴がとある少年にそんな想いを抱く以前から、常にその道を歩いて来た者の瞳。羨望の瞳。ほんの数日前にそれを抱いた者とは年季が違う。羨望という同じ世界に入るのであれば、その世界の王は既にいる。

 

 美琴がポケットに再び手を突っ込み、それに合わせて孫市に足を払われすっ転ぶ。

 

「こんな状況でやたらめったら超電磁砲(そんなの)を撃たせるかよ。御坂さんの取れる手は知ってる。第一位や第二位のように特殊な能力で必要な譜面を揃えづらい訳でもない。約束通り俺は並んだぞ」

 

 握る手札を増やし、できることを増やして、対抗策を準備して、いつでも第三位と戦えるところまで。

 

「はっ……あっ」

 

 相手の電気信号を感じ取り、実際に相手が動くより先に動作の起こりを拾える美琴であるが、それは波を拾える孫市も同じこと。弱い電撃では孫市は止められず、手の届く距離では大技を使う為の間が隙になる。故に動けず、だから動くのは別の者。

 

「ナイス……ッ!」

 

 時間にしては短な時間。だが、美琴の作ったその時間に笑みを浮かべ、ひしゃげたままの腕を去鳴(サロメ)は無理矢理振り上げる。腕がひしゃげていようが攻撃は攻撃。上乗せされていた不可視の一撃が地面を抉り、多くの砂埃を巻き上げる。それを掻き分け空へと飛翔する三つの影を目で追いながら二つの舌打ちの音がそれを追った。

 

「……困りましたね唯一さん。御坂さんがやって来たのは流石に予想外。上里勢力に直前まで気取られぬ為に検問張ったり隔離しなかったのが裏目に出ましたか」

「少し遊び過ぎましたか」

「ええ、()()()を追います?」

 

 御坂美琴さえ来なければ、既に勝負はついていた。

 

 相手の取れる手を完全に潰す為、上里勢力から潰していた唯一と、相手をしなければ横槍で台無しにされるだろう第三位と対した孫市。その隙に上里の姿は既になく、第三位と去鳴(サロメ)が振り撒いた煙幕に紛れて逃げられた。

 

 上里勢力と去鳴(サロメ)、どっちを追うか。多くがグロッキーな上里勢力と同じくボロボロの去鳴(サロメ)、追えばどちらかは捕まえられる。少しの間唯一と孫市は顔を見合わせ、同じ方向へと顔を向ける。

 

 

 

 

「嘘でしょッ」

「……そりゃそうなるか」

 

 御坂美琴は苦虫を噛み潰した顔を浮かべ、去鳴(サロメ)はどこか冷ややかに苦笑する。去鳴(サロメ)を背負う上条を担ぎ磁力を用いてビル壁や看板を足場に空を跳ぶ三人を追う影が一つ。振り向けば真っ赤な双眸が夜景に紛れて瞬いている。木原唯一を背負った法水孫市が。

 

「くそっ、法水のやつなんでこっちにッ」

 

 上条も同じく苦い顔を浮かべるが、別におかしなことはないと答えを告げるのは半壊している背中の少女。

 

「お兄ちゃん共々『逃げる』を選択した時点で優先順位が変わったんでしょ。散り散りに逃げてるだろうあのクソハーレム連中の誰が上里翔流をつれてるのかは分からないから、そっちを追えば無駄に時間を掛けることになる。人質取るにも相手は選ぶってこと」

 

 理想送り(ワールドリジェクター)を唯一が保持している以上、それを取り返す為に上里側から再び唯一達の方へ向かうのは確実。放って置いても上里側から唯一達の前に姿を現す。その時に一番邪魔なのは、右手のない上里ではなく、上里勢力の最高戦力である去鳴(サロメ)

 

 孫市からしても、ここで去鳴(サロメ)を逃し、しっかりと準備されて整えられた外的御供で遠距離から超高火力の攻撃を投げつけられるのが最も困る。戦いの様相が逃走に変わった以上、場所の分からぬ第一目標よりも、場所の分かる一番強い奴。

 

「それは分かったけどっ、それよりあいつなんで追って来れるのよ⁉︎ あいつあんなに……ッ、一体いつからッ」

 

 ビル間を磁力で跳躍する美琴達を追う影。一般人以上ではあっても、人の域からは出ていないはずだった。それが今は、明らかに常人を超えた速度で美琴達を追って来ている。ビル風によって震えるビルを足場に跳躍力を増した大鮫が。

 

「ぐ……ッ⁉︎」

 

 ついでに狙撃を伴って。その反動さえも利用して加速的に。

 

 ゴム弾を稲妻で迎撃しながら、大粒の汗を美琴は垂らす。

 

「イかれた狂人の方がまだマシっしょ。どこまでも冷静に遊びなく追って来る狩人の相手はキツイっ。上条ちゃん、どうにかする手立てない?」

「俺に聞くなよ! だいたい法水のことだからアレだって誰もが使える技(ただの技術)の延長線のはずだ! だとしたなら」

「最早誰でも使える技なんて便利グッズみたいな代物じゃなくなってるように見えるけど、結局中身がただの技だと潰すには本人潰す以外にない訳で」

「ッ」

 

 詰んでいる。誰も言葉にしないが、追いつかれれば終わり。第三位も、幻想殺し(イマジンブレイカー)も、去鳴(サロメ)も近付かれれば封殺できる手を揃えられてしまっている。他でもない、木原唯一と法水孫市の幻想を必要としない技術によって。単純な殴り合いでは勝てず、何より単純な殴り合いしかさせてくれない恐怖。

 

 だが、それだけということでもない。

 

「疲れたからそろそろ止まってくれよ」

 

 上条も美琴も聞き慣れた声が後ろで響く。ゾッと冷たくなった背筋に引っ張られたように後ろを振り向いた上条の前で、孫市は手に握る銃のような物を伸ばす。それは、狙撃銃(ゲルニカ)ではなく、運動会で用いられるスターティングピストルのような物だった。

 

 移動中に唯一から孫市が手渡されたそれの名は『横紙破り(ULエクスプローダー)』。『滞空回線(アンダーライン)』、統括理事長が散布しているナノデバイスをかき集めて起爆し、粉塵爆発を巻き起こすアレイスター泣かせの一品。

 

 ゴム弾も弾丸も迎撃できる美琴の足を止める為、孫市は唯一が作り出したオモチャの引き金を引く。

 

 

 ドゴォッッッ!!!!

 

 

「うおおおぉぉぉぉォォォォォォォ────ッッッ⁉︎」

 

 花開いた炎の衝撃に、上条達は宙へと投げ出される。ビルの二十階以上の高さから大地へと突き進む上条の脳裏に一瞬死が過ぎる。が、それを許す美琴でもない。御坂美琴が助けに動くだろうとある種信頼しての孫市の一撃は信頼通りの結果を呼び、三人の足取りが停滞する。

 

「こんのッ」

 

 磁力を手繰り美琴は体勢を立て直し再びビル壁を蹴るが、それを追って宙で大鮫が喰らいつく。空に向けて『横紙破り(ULエクスプローダー)』の引き金を引き、爆風さえも移動に利用して。御坂美琴と他の二人を引き離す。『横紙破り(ULエクスプローダー)』で第三位を弾きながら、孫市達が追うのは街路樹へと落っこちた残りの二人。

 

「終わりだ上条、殺人鬼を引き渡せ。御坂さんにはやられたよ、上里を追うのはこれで振り出し────ッ?」

 

 上条の方へと足を寄せ、背負う唯一を下ろそうとしたところで、不意に孫市の肩が強く引っ張られる。あまりの力強さに振り向いた孫市の先で、唯一の顔は全くの別方向を向いていた。

 

 上条でも、追っていた去鳴(サロメ)でもなく、唯一の瞳の先は御坂美琴の落下地点。

 

「……さわる、な……」

「……唯一さん?」

「先生の遺したモノに、手垢のついたその手で触るなァッッッ‼︎」

「ちょ────ッ⁉︎」

 

 強引に捕まっていた孫市の肩を飛び降りるように、木原唯一は走り出す。御坂美琴の、正確には、御坂美琴の落ちた倉庫にある物に向けて。

 

「おい⁉︎」

 

 一番混乱したのは孫市だ。去鳴(サロメ)を確保できる一歩手前で急な方向転換。雇い主が一人関係ない一般人へと走り出すのをただ見送る訳にもいかない。木原唯一の走る先、倉庫の中で御坂美琴が佇むその横にある物を視界に収めて孫市も僅かに顔を歪めるが、それ以上に顔を(しか)めると勢いよく唯一へと向けて孫市は地面を蹴った。

 

 大きな波を感じる。御坂美琴ではなく、上条当麻でもなく、他でもないボロボロの去鳴(サロメ)から。ボロボロでもひしゃげていても、ついているなら腕は振れる。三分。外的御供の連鎖時間が切れていれば、特に気にする必要のない一撃。

 

 ()()()()()()

 

 逃げている最中、上条のフードに詰めていた去鳴(サロメ)の造られた体を構成する中身(ぶひん)を喰らい破壊し連鎖を続けていなければ。

 

 振るわれる去鳴(サロメ)の一撃に、動作以上の波を感じて狙いの定められた唯一へと孫市は飛び付いた。開いた数十メートルの距離も関係ない。空を裂く破壊の奔流、目に見えずとも見えるそれから唯一を抱えてなんとか体を捻る孫市の体が切り裂かれる。

 

 間一髪、致命傷を避け、血を滴らせながら孫市は振り返りボルトハンドルを引き弾丸を押し込む。押し込むのは瑞西の結晶。時の鐘の代名詞。これ以上殺人鬼に破壊を振り撒かれては堪らないと、許容も限界とばかりに超振動の礫を、白銀の槍を走り突っ込んで来る上条達へと向ける。

 

「────鐘の音を骨で聞け」

 

 法水孫市ならば上条当麻には当てない。去鳴(サロメ)だけを喰い千切る。だがそれは本当に可能か? 上条の背中に密着し張り付いている少女だけを喰い千切れるのか? なによりも、向けられるそれは第二位さえも撃墜した瑞西の至宝。

 

 殺ると言ったら殺る。法水孫市は殺せると御坂美琴も知っている。最初出会った時から変わらないものもある。仕事であるなら、ハワイで実際に冷徹に人を殺す場面を見てもいるから。

 

「だ、め……」

 

 だからこそ、そんな言葉が御坂美琴の口から転がり出る。引き金が引かれる瞬間を見たくはない。止めなくてはならない。だが、中途半端な一撃では止められない。

 

 ただ、その手が美琴にはない。

 

 上条当麻はずっと先の、ずば抜けたステージに立っていて、御坂美琴の代名詞である超電磁砲(レールガン)くらいなんでもないステージが目の前に立ちはだかっているのだと。

 

 レインコートの女も、瑞西の傭兵も、上条と同じステージに立つ者には手立てがない。そう思ってしまったから。

 

 御坂美琴は、瑞西の傭兵を信じ切れなかった。それ以上に、上条当麻が死ぬかもしれない可能性を見たくなかったから。

 

「そんなの絶対にダメぇぇぇぇええええッッッ!!!!」

 

 急激な電磁波の膨らみに思わず孫市は瞳を動かす。御坂美琴の周囲を取り巻いていた兵器群が、一人の少女を中心に姿を変える。誰もがそうだと見て分かる大雑把な戦闘機械を、まるで初めから設えていたかのように纏う少女の姿。

 

 次の瞬間、閃光が孫市の視界を覆い、孫市と唯一の姿はそこから消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なん、じゃ、ありゃ……」

 

 ズタズタの身体をなんとか起こそうと身動ぎ、身体中が痛いのでやめる。直撃はしていない。していたら間違いなく死んでいた。

 

 咄嗟に唯一さんを庇い動いたが、衝撃波だけで上条達も見えぬ程に遠くへ吹き飛ばされた。どこの道に横になっているのかも分からない。腕も脚も折れている。デタラメな一撃。超電磁砲(レールガン)を超えた超電磁砲(レールガン)とでも言うのか。

 

「唯一さん…………無事ですか?」

 

 感覚があやふやで波を拾えず、霞む視界で横を向けば胸が上下しているリクルートスーツを見つけて安堵する。少なくとも雇い主は守れ、俺よりかは軽症らしい。

 

「まったく……なんでこうなるかね」

 

 予想外も予想外、予想外続きだ。上里勢力だけならば、上里だけならば、奇襲からの混乱に乗じて勝てていた。上条の介入もある程度は想定の範囲内。完全に想定の外だったのは御坂さんだ。あと加えるとするなら去鳴(サロメ)の執念とでも言うべきか。

 

「ふ、ふ。時の鐘を使った結果がコレですか……」

「いや……もうコレ、時の鐘云々関係ないでしょ。アレを想定して作戦立案して動けてたら予知能力者の類いでしょうよ……。たまたま御坂さんが現場に立ち寄って、たまたま御坂さんが落ちた倉庫がとんでも武器の宝庫でって……普段の行いでもよっぽど良いんでしょうよ」

「死ね」

 

 八つ当たるな俺にッ。だってもうしょうがないとしか言いようがない。運が悪いとか嘆くのも馬鹿らしい。あんなモノを倉庫にホイホイ置いてる学園都市が悪い。ただ最低限の収穫はあった。

 

「上里の右手を確保できただけでも良しとしましょうよ。コレで少なくとも呼び寄せられるだけの餌はある。あっちから飛び込んで来てくれるなら、準備もできるし上条や御坂さんを次は気にする必要もない」

「本気でそうお思いで?」

「……まさか」

 

 餌は手に入った。が、それはそれとして俺にとって状況は最悪だ。上里一派は今日あそこで倒しておくべきだった。なりふり構わなくなった相手がどう動くか予想できない。俺や唯一さんだけではなく、俺に関係ある者を狙い、人質とするために動いた場合。それが最も困る。

 

「……まだ続けますか唯一さん?」

 

 少なくとも今回で、上里勢力は木原唯一という脅威を知ったはずだ。学園都市という檻の中で、木原唯一はあらゆる科学技術を用い、更には格闘技術を用いて大多数を一人でも相手にできる強者だと。だから身の程が分かったかと右手を返し学園都市から追い出す。

 

「当たり前でしょうが瑞西傭兵」

 

 そんなはずはないと答えを受け取り、一度細く息を吐き出す。

 

「ただその前に、少しお話しなければならない野郎がいますがね」

「……お話?」

「ええ、私も理解しましたよ。先生を使い潰したクソ野郎に」

 

 怒気を孕んだ瞳を隠そうともせずに唯一さんは立ち上がる。へし折れた手足をなんとか動かし、風力発電のプロペラの柱に背を預けながら身を起こせば、唯一さんの見つめる先が視界に浮かび上がる。窓のないビル。懐から取り出した上里の右手(ワールドリジェクター)を唯一さんは撫でながら告げる。

 

「ねえアレイスター、()()()()()()()()()()……?」

 

 その問いに答える者はいない。

 

 そのはずだった。

 

 そのはずなのに。

 

「は?」

 

 まるで初めからそこにいたかのように、長い銀髪の手術衣を纏う人間が唯一さんの横に()()した。そうとしか言えない。空間移動(テレポート)の波も感じず現れたソレは、男と言われれば男に見えるし、女と言われれば女に見えた。大人か子供かも定かでなく、質素な(たたず)まいは聖職者にも浮浪者にも見ようと思えば見える。

 

 不意に出現した人間へと唯一さんが振り向き手を伸ばすよりも早く、その首根っこを掴み上げられると唯一さんは俺が背を預ける柱に叩き伏せられた。あっという間に、なんでもないと言うように。

 

「座っていろ法水孫市。貴様にも今暴れて貰っては困る。私を殺したいのならそれでも構わない。目的さえ果たすなら途中でどんな寄り道をしても。そういう願いがあるならいつでも受けて立つ」

「……アンタ……まさかッ」

 

 俺を知っているこの人が誰であるのか。不意に湧いた疑問は、そんなはずはないとすぐに否定されてくれない。手を柱につきながら、折れた足を動かしてなんとか立ち上がる。立ち上がらなければならない。

 

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「ふ、ははは! あははは‼︎ あはははははははははははッ‼︎」

 

 答えを告げられた唯一さんの笑い声が虚しく響く。予想していた答えが、その通り予想通りだよと悪びれもせずに告げられたからなのか。その笑い声を手繰るように、右手をなんとか持ち上げて唯一さんの首を掴む腕に置く。

 

「アンタが……そうなのか? 貴方が……?」

「座っていろと言ったはずだ法水孫市。君の肉体強度は人間の範疇を出はしないだろう。無理に動けば控えめに言って死ぬぞ」

「だとしてっ、唯一さんを掴み取られて座ったままなどごめんですよ。貴方がそうなら、分かっているはずだッ」

 

 アレイスター=クロウリーであるのなら、時の鐘(ツィッドグロッケ)を知っている。

 

 頷きもせずアレイスターさんは続ける。

 

「ならば君も自分の仕事を完遂しろ。どの道私はもう戻れない。それなら安全地帯で煙に巻くのももう終わりにしよう……」

「……仕事?」

 

 唯一さんの首から手を離し、アレイスターさんは答える。無表情のまま、ただ第三の瞳の先で大きな波紋を上げながら。

 

「上里翔流は元々の脅威であるとして、御坂美琴が対魔術式駆動鎧(アンチアートアタッチメント)と接触した事で別の脅威が芽吹いた。あれは元々『ドラゴン』絡みのネットワークを構築するための素材の一つに過ぎん。つまり重要なのはクローンであって本体ではない。『計画(プラン)』全体を阻害するのであれば排除する」

「……は、排除?」

「一度では理解できないか?」

「そうじゃない!」

 

 アレイスターさんの腕を掴む手に力を入れるが上手く力が入らない。

 

「御坂さんがよく分からないナニカに手を出したとして、そんなのあんなとこに見張りもなくほっぽって置いた学園都市側の責任でしょうよ! 確かに御坂さんは邪魔でしたけど、めっちゃ邪魔でしたけど! だからと言って一方的にそれで排除は酷過ぎる! アレイスターさん! 正直見た目が想像と違くて俺もまだ混乱してますけど一度貴方に聞きたかったことがある!」

「それが今必要か? 君が選べるのは仕事をやるかやらないかそれだけだ。君がやらないのであれば、別の者が対処するだけのこと。それを気に入らないと言うのであれば、君が対処しろ。いつものように悪目立ちして、感情論でどうにかなるのならやってみればいい。君が選べ」

 

 それだけ言って、アレイスターさんは離れて行った。最後に夜空を見上げて何かを呟いて。残されたのはボロボロの俺と、同じくボロボロの唯一さん。

 

 もう立っていられずその場にへたり込み、顔だけは唯一さんに向ける。

 

「…………まだ続けますか唯一さん?」

「……当たり前でしょうが瑞西傭兵」

 

 唯一さんの復讐は別として、目的に変わりはない。どころか目的が増える有様。その至るだろう結末が気に入らないのであれば、内側から変えるために動くしかない。(さい)は投げられたのだ。俺の力ではどうしようもない(さい)が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 仕事も落ち着いてきたので、たまに更新できたらいいなぁ
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