時の鐘   作:生崎

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a hot day 篇
a hot day ①


 

 口元に機械仕掛けのマスクを付けた桃色のおかっぱ少女がボロい執務机の前で唸っている。

 

 部屋の中には少女一人。執務机にソファーに本棚、小さなキッチンと冷蔵庫、そして山積みされている点滴の詰まった多くの箱。壁には長点上機学園の制服が掛けられ、それ以外に特徴的なものなど少女以外になにもない。

 

 少女は右手にナイフを、左手にフォークを持ち、執務机の上には純白の皿が一枚。その上に乗るのは、学園都市が新開発した一本のアスパラ。遠方から響く轟音と、衝撃によってギシギシ軋む部屋には目もくれず、少女は右から左から、上から横からアスパラを眺めてナイフとフォークを握りなおす。

 

 機械仕掛けのマスクを外して首元に下げ、舌舐めずりをして酷く顔を(しか)めた少女に合わせ、不意に勢いよく部屋の扉が開き少女は座る椅子の上に崩れ落ちた。折角の気分が台無しだ。

 

「大丈夫ですかネロ所長!」

「……いいや、全く大丈夫じゃないわ涙子。それ以上こっちに寄らず呼吸は最小限に口も開かないで。折角の食事が台無しよ」

「食事⁉︎ こんな時に⁉︎」

 

 忠告は効果がなく、驚き声を上げる佐天涙子(さてんるいこ)の姿に、大きく首を回して少女は呆れる。今一度大きく部屋が軋み肩を跳ねる涙子を見つめ、己が唇に少女は一度舌を這わせると執務机に両肘をつきナイフとフォークを強くカチ鳴らす。マナー違反など最早知ったことではない。耳障りな金属音に涙子は顔を歪めた。

 

「そんな場合じゃないですから! 温度計見て! 今気温五十五度ですよ五十五度‼︎」

「だから見ての通り水着を着て体温調節しているでしょうが」

「だからって」

「静かにっ‼︎」

 

 強い口調で(たしな)められ、涙子は流石に口を閉じた。少女ネロにとって、今は己が人生の中でも重要な時なのだ。

 

 再び涙子の口が開かないのを確認して、恐る恐るゆっくりと少女はアスパラにフォークを突き刺しナイフで切り分ける。無意識に震えてしまう手に歯噛みしながら、一口に口へと放り込み。

 

「うっ、うゔぇへぇぇっ⁉︎」

 

 盛大に吐き出した。舌をべっと出したまま味覚にこびり付いた残り香をこそぎ落とすように指で撫ぜ、皿に残ったアスパラはそのままダストシュート。ナイフとフォークを放り捨て椅子の上に溶けたかのように座り込む。至福の時間が地獄に変わる。

 

「か、化学物質の味がすりゅッ⁉︎ ゔえええええ‼︎ チキショーめがッ! なぁにが完全培養の新商品じゃ‼︎ 育てるためにぶち込んだよく分からん栄養剤の中身の味しかしねぇし‼︎ こちとら薬剤食いたい訳じゃないんだよぉ涙子‼︎ 薬剤でいいなら薬局行くわボケェッッッ‼︎」

「いや、そんなこと私に言われても……」

「じゃあ誰に言えってんだ! お天道様にでも文句を言やあいいってのかい⁉︎ このネロが何のために欧州からこんな東の果てまでやって来たと思ってる? 世界で最も最先端の未来都市なのだろうがよ! そんな未来都市でさえネロが満足して食べられるモノがないとはどういう了見じゃ‼︎」

 

 少女、ネロ=ミシュランは吠えた。生まれてこの方満足な食事というものを取れた試しがない。その鋭過ぎる味覚が、口に含んだモノの味を構成する軌跡さえ感じ取ってしまうから。口に含んだ物の始まりから終わりまでを舌で味わってしまう。

 

 魚が過ごした海や川の水質とそれに溶け込む排気ガスや生活用水の味。牛や豚の餌が育った大地を汚染する化学物質の味。植物が地面から吸い上げる不純物質の味。普通の人間では感じ取れる細部の味をこそより強くネロは感じてしまう。

 

 故に、何を食べても美味いと感じたことがない。

 

 おかげでネロにとっての基本的な食事とは、栄養失調にならないように口に食べ物を入れるのではなく、腕にぶっ刺す点滴のことだ。全く腹に溜まってくれない。

 

 飢えている。ネロ=ミシュランは『暴食』にいつも飢えているのだ。

 

 ただ、こんな時にまでそんな食い意地を張らなくてもいいんじゃないかと佐天涙子は考える訳で。

 

 少しして落ち着いたらしく、普通に呼吸すると味わいたくない大気の味を感じるという理由からいつもしているガスマスクを口元にネロが再びつけるのを待ってから、涙子はようやく口を開いた。

 

「用事を終えたならここから逃げましょうよ所長、迎えに来てあげたんですから」

「逃げる? どこへよ? 生憎だがネロは水分という意味では全く困っていないわ。食事として備蓄している点滴が大量にあるからね。水不足は涙子の方が深刻なのではないかしら? 随分走って来たようだけど、あまり汗を掻いていないでしょ? 体温調節を失敗(しくじ)って、ここでぶっ倒れられてもネロは介抱しかねるわよ。そこまで筋力(パワー)がなくてね」

 

 (あばら)の浮いた長点上機学園指定の水着姿を堂々と曝け出し腕を組むネロに涙子は苦い顔しか向けられない。食品を美味しく食べられないが故に、普段は拒食症のきらいさえあるネロの肉体は貧弱だ。涙子のよく知る初春飾利(ういはるかざり)と比べても酷い。吹けば飛びそうとは正にこのこと。

 

 だからこそ、涙子はまさか熱中症でネロが死んでやいないかと遠路はるばる第七学区の隅にある『ミシュラン探偵事務所』まで足を運んだ。

 

 今や学園都市は異常事態だ。謎の大熱波の到来によって気温は常時摂氏五十五度を超え、エレメントと呼ばれる謎の生物まで街の中を闊歩している。大熱波の影響で多くの場所が水不足に陥り、水の争奪までところによっては起きているほど。未来都市が原始時代まで巻き戻ってしまったような有様だ。

 

 そんな状況下が故に心配して涙子はやって来たのだが、ネロは全く動こうとしない。どころか、涙子に向けて出口を指差す始末。

 

「ご足労いただいたところ悪いけど、帰ってくれて結構。あぁ、なんなら点滴のパックをいくつか持って行ってもいいけど?」

「いやでも……」

「最近友達連中が忙しそうで構ってくれないからって、ネロのところに来られても構ってはやれんよ、今だからというわけでもなく」

「それこそ今関係ないでしょ!」

 

 軽く図星を突かれて涙子は思わず声を上げる。普段よく一緒にいる御坂美琴も、白井黒子も、初春飾利でさえ少し前からやたら忙しそうに動き回っていて、涙子はすっかり蚊帳の外だ。無理に涙子が話を聞こうにも、相手が風紀委員(ジャッジメント)だからこそ、絶対に話してはくれない一線もある。

 

 そんな中で三人に内緒で趣味の都市伝説探しをしていたところ、仕事中のネロ=ミシュランに出会ったのが二人の始まり。その出会いは当然ながら、平和な日常の中での会合ではなかったが。

 

 物の少ない探偵事務所内を見回して、涙子は執務机へと歩み寄る。

 

「だいたい今こんなところに居たって依頼人が来るはずもないですし、いつまでもこんなところにいたら所長だってどうなるか分かりませんよ? エレメントがいつ突っ込んで来るか」

 

 涙子が潜在的に暇ということは勿論あるが、心配なのも本当だ。都市伝説に首を突っ込み人知れず巻き込まれた事件から助けて貰った恩があるということもある。だが、そんな涙子の心配をよそにネロは断言する。

 

「それはない。もし、あったとしてもネロの心配は無用よ」

「なんでですか?」

「涙子、そもそもエレメント(アレ)をなんだと考えてる?」

「えっと……急にそんなこと言われても」

 

 大熱波と共に急に出現した謎の生物。宇宙から飛来して来た宇宙人。学園都市が生み出し逃げ出した謎の実験生命体群。得られる情報が少ない中で、色々な憶測が飛び交ってはいる。頭を捻る涙子の前で、椅子に座り直したネロが手を組み合わせる。

 

「急に到来した大熱波とエレメント。これには関係があると見て間違いはないでしょ。異常が同時発生は流石に怪し過ぎる。ただ、学園都市の崩壊につながる緊急事態なのかと問われれば、ネロは否と返そうかしら」

「え? なんでですか?」

 

 異常な熱で電子機器が駄目になり、植物さえも悲鳴を上げ、誰もが水に飢えている。エレメントと呼ばれる謎の生命体がそこら中で蠢き、これまでの日常生活を送るのも難しい。だが、それでも問題ないとネロは即答する。ネロが気象の専門家でもないにも関わらず。

 

「被害が出てないからよ」

「いや出てますよ⁉︎」

「これは失敬。正確には人的被害が目に見えて出てはいないからよ」

 

 目尻をひん曲げてネロは微笑む。

 

「都市インフラは全て停止し、都市にダメージはあっても、そこらの道にゴロゴロと死体が転がっている訳ではないでしょ? おかしいと思わない? 普通こんな異常気象で、かつ、意味不明な化け物が動き回っていたら、もっと人死にが出てもおかしくないのに。それこそ大量に」

「それは……たまたまじゃ……」

「そう? 化け物だけでもなく、涙子然り、多くの者が水を求めて動き回っているにも関わらず? 意味不明な生物の割に気遣いが上手なこと。他にもおかしなことはある。こんな事態なのになぜ学園都市の上層部は動かないのか、警備員(アンチスキル)などではなくもっと上のことね」

 

 そこから導き出される推測は二つ。学園都市上層部も動けない程の大問題なのか、それとも既に動いているか。

 

 この状態に学園都市が陥って数日。たかが数日、だがその数日は、学園都市の科学力を思えばこそ長い時間と言える。数日で最新が時代遅れになるような街なのだ。学園都市が本気を出せば、数日あれば対抗策の一つや二つ間違いなく出る。それを使う。それがないということはつまり────。

 

「大熱波とエレメント。片方か、あるいは両方か、そもそも学園都市はこの事態に関わっているとネロは推理する」

「本気ですか⁉︎」

「ああ無論。大熱波は今のところ異常気象としかネロにも言えないから確かな推理がしづらいが、エレメントに限って言えばネロは納得いかない。アレらの行動目的が分からないからよ。生物だとするなら、捕食行動や睡眠を取らないのはなぜ? 宇宙人の送ってきた兵器だと(のたま)うなら、破壊活動の規模がショボ過ぎよ。まあショボい宇宙人なんて可能性もなくはないけど。とにかく、エレメントの送り主が学園都市上層部だと考えると思いの外、いろいろと納得できる。学園都市の上がアレらを放っておいて動かないのもそう、思いの外人的被害が出ていないのもそう」

「普通に学生とか襲ってますけど……」

「自衛行動か、アレらのなんらかの基準に引っ掛かってるんじゃない? 襲われたとして実際に誰かが殺された現場を見た者はいる? 未知の生命体に未知の状況。未知に(まみ)れ過ぎて不安と恐怖が先行し想像以上の危険を思い浮かべてるだけじゃないの? 冷静に全体を見れば不可解な点がいくつも出てくる。現状と被害の採算がおかしい」

 

 切羽詰まっている状況であればあるほど、学園都市が動かないことがおかしいのだ。これが初めての異常事態という訳でもない。学園都市の至る所で頻発している小さな問題から大きな問題まで、学園都市は常に目を光らせているのに、コレだけなんの対応もできませんは無理があるとしか言いようがない。

 

「で、でも、そうだとしたらどうしたら……」

「アレらが学園都市が送り出したモノと仮定するなら、何かしらの理由や目的は間違いなくある。大熱波に対してなのか、それとも別の何かか。小市民は静かに座して待つのが吉でしょ。頭の回る幾人かはそれを選ぶでしょうよ。まあ涙子などからすれば、それはそれとしてコレがいつまで続くかが問題でしょうけど。ネロはぶっちゃけどうだっていい」

 

 だって大熱波に包まれていようがいなかろうが、ネロの食生活には微塵も影響してくれないから。

 

 ネロにとって重要なのは、美味しい食事。ただそれだけ。

 

 『暴食』とは、(むさぼ)り食うこと。ただ、不味い食べ物をむやみやたらと食べる者などいない。美味しいものを死ぬほど食べたい。それこそがネロの夢。

 

 未知なる美味を思い描き遠い目をするネロの前で、涙子は(うつむ)く。

 

「でも……それでも……」

「友達が心配なのね」

 

 涙子は頷く。

 

 佐天涙子は知っている。こんな事態、異常な事態であればこそ、いつもその最前線の近くにいるのが他でもない涙子の友人達。

 

 一番の親友である初春飾利は風紀委員(ジャッジメント)であればこそ、白井黒子もまた同じ。御坂美琴は力ある超能力者(レベル5)であるが故か。他の多くの知り合いも、傭兵である涙子もよく知る男もだ。異常な事態が長引くほどに、友人達はより長くより危険と近いところに身を置いているはずなのだ。

 

 何もできず知らずにただ待つのは、それはそれで辛い。たまにではなく、それがいつも。

 

 そんな涙子の姿に、ネロは大きく一度息を吐き出した。

 

「落ち着きなさい助手六号、無駄に動くだけでは良いことないわよ。ネロとて、ただ座している訳ではないわ。ネロからしてもこんな状況じゃ依頼人も来なくて商売上がったりだから、助手一号から五号を送り出し情報収集をさせているから」

「それって……」

 

 かつて屍喰部隊(スカベンジャー)と呼ばれる暗部の組織に身を置いていた四人の少女と、現在休止中の時の鐘一番隊に所属するゴッソ=パールマン。五人のことを涙子は詳しく知らないが、一定以上優秀なことは間違いない。一応とはいえ、ネロも動かせる手は動かしている。

 

「それで、どうでした?」

「それが数日前に送り出してから一回も帰って来ないのよ。サボりも程々にして欲しいわよね?」

「いやそれ大丈夫なんですか?」

「大丈夫でしょ。はぁ、頼んでもいないのにやって来る助手六号の生真面目さを見習って欲しいわ。あの五人は不真面目でいけない」

「悪かったですね頼まれてなくてもやって来て!」

「むくれないむくれない」

 

 涙子には言わないが、片や元暗部の少女四人、片や世界最高峰の傭兵の一人。あまりネロの言うこと聞かないが、無駄死にだけはしないだろうとネロとて一種の信頼はしている。だからこそ、五人が全然帰って来ないということが、よっぽど面倒な事態の証拠にもなっていた。

 

「でも、五人が全員動いてるなんて、仕事の依頼でもあったんですか? 私他の五人と全然会ったことないですけど」

「まさか。学園都市での学生が営む探偵業なんて隙間産業もいいとこよ。大抵は風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)に頼めば済むし、だからこそ来る依頼なんて大抵は冷やかしか、どうでもいいことか、意味不明な頼みか、逆に公の機関に頼れないよっぽど面倒なことか」

「ずっと聞いてみたかったんですけど、じゃあなんでネロ所長は探偵なんてやってるんですか?」

「いい涙子、この世には安楽椅子探偵(アームチェアディテクティブ)という素晴らしい言葉が存在するの。椅子に座って謎を解いているだけでお金が稼げるなんて最高でしょ?」

 

 自信満々にネロは答えるが、首を捻って涙子は少し考えて思い出す。

 

「所長が椅子に座って事件を解決したことありましたっけ?」

「…………あるでしょ」

「そうでしたっけぇ? なんかいつもゼーゼー言いながら今にも吐きそうな青い顔してこの味じゃないあの味じゃないとか呟きつつ歩き回ってる気が」

「は、はぁ⁉︎ このネロが、ネロ=ミシュランがそんなスマートじゃない捜査活動するわけっ。ありえるわけナイアルラトホテプ! なんじゃあ涙子お前! 思い出してみぃ! この前の飼い猫探し!」

「迷子猫の日々の活動範囲を知るためとか言って猫が使ってたオモチャ舐めてませんでしたっけ?」

 

 しっかり涙子は覚えている。バッチリドン引きしたために。

 

「じゃ、じゃあその前だ‼︎ いや待てッ、やっぱ一つ前のじゃなく二つ前‼︎ やっぱ待って三つ前のにしようそうしようジャマイカ!!!!」

「三つ前って確か……ネロ所長が溺れた人の落とし物探すために公園の池の水を啜ってた気が」

「うわあああああああああああああああああッッッ‼︎ 忘れろ忘れろ忘れろビィィィィィィムッ!!!!」

 

 少なくとも無能ではなく有能であることには違いないのだが、推理するための捜査活動がネロの最も優秀である味覚を頼りにしているために、どうしても間抜けな絵面が含まれるのが傷。

 

 ただでさえ美味しくはないものを味わう羽目になるため、ネロ自身こっそりやっているつもりだったのだが、全く隠せていなかった事実に震える。気温が五十五度を超えているのに寒気さえ覚える黒歴史。赤く火照る顔を内心で気温の所為にしながらネロは天を仰ぐ。

 

「や、やってくれるじゃない涙子ッ。こ、これは早急に()()()が必要だわ。とびっきりの何かがね」

「それじゃあ!」

 

 パッと涙子の顔が和らぐ。

 

 ネロの言う口直しは、当然何か食品を口に含むことではない。ネロが美味しくいただける食べ物など、ほぼほぼ存在しないから。だからこそ他の味を味わうしかない。求めるのは、食べる以外で得られる味。一番は勝利の味。勝利の美酒の味。

 

 ガスマスクの奥で歯をカチ鳴らしながら、ゆっくりとネロは立ち上がる。

 

「こんなくそったれな状況を僅かでも打破することで勝利の美酒をいただくとしましょうか。電子機器が使えないなんてアナログに足を使って捜査するしかないのが恨めしいわ。現状に対する情報が足りないこともあるし、一番律儀な助手もやって来たことだしね、こんな状況、娼館や時の鐘学園都市支部(インダイヤル)も動いてそうで面倒なことこの上ないけど」

「し、商館に、いんだ……?」

「気にしなくていいわ涙子。どうせ出会わないように動くから。嫌いなのよネロは、節操なく噛み付く小判鮫も、筋肉で全てを考えてるような脳筋も、色恋だけにうつつを抜かしてる恋愛脳も、動かず悪知恵しか回さない頑固者も」

「動かず悪知恵って、安楽椅子探偵が最高ってさっき」

「忘れろビィィィィィィムッ!!!!」

 

 できるなら、都合の悪いことは明後日へと投げ捨てて美味しい思いだけしていたい。

 

 暴食とは、悪食ではない。自分だけの至高の美食を追い求める偏食なのだ。美味しいモノだけ食べて何が悪い。

 

「さあ行くわよ助手六号。現在を取り巻く原因を究明し、美味しい思いをするとしましょうか。そこの箱に詰まってる点滴をできるだけ持ってくわよ、箱ごと台車にでも乗せなさいな」

「これを⁉︎」

「そ。今はお金よりも水に価値がある。点滴を飲んじゃダメなんてルールないし、交渉には便利でしょうよ。我々はそれで安全ではなく情報を買うというわけ。ネロに万事任せておき────」

「ネロ所長⁉︎」

 

 外へと足を向けようとして、急にネロはばったりと地面に倒れた。慌てて涙子が走り寄れば、ネロは呻くように告げる。

 

「きゅ、急に立ったから立ちくらみが……っ」

「えぇぇ……」

 

 だから心配なのだと佐天涙子は思わずにはいられない。

 

 

 

 

 

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