Q.『窓のないビル』の下にはなにがある?
A. 地下の大空間の天井にロケットエンジンのノズルスカートが並んでいる。
それを予想できるものがどれ程いるか。おそらく製作者以外は答えられない。地盤を支える柱が一つもない広大過ぎる空間には、赤、青、黄、緑、四色の光を明滅させる巨大なワニや肉食尺取虫の群れ。エレメントに囲まれた中心には、空間に似合わない小さな
そこに近寄ると、「熱いッ!」と釣鐘と円周は軍服を脱ぎ捨てる。気温を上げているマイクロ波を遮断しているこの空間では、またすぐ「寒いッ!」と軍服を着込むことになるだろうが。
「……ただいま戻りました」
「常盤台はどうだったかにゃ?」
笑顔の唯一さんが出迎えてくれる。怖い。行き先を伝えなかったのに、やっぱりばっちり把握されている。赤いビキニの上に白衣を纏い、この状況を随分満喫しているらしい。外と違いここは十二月の陽気変わらず、結構寒いはずなのだが。
「……予想通り、高位能力者が揃っている分、他の場所と比べて快適そうでしたよ」
「見てきたのはそれではないでしょう?」
「まあ……ね」
少しばかり目を逸らす。いるのが女ばかりで水着姿に目のやり場が困ったわけではない。単純に返答に困った。御坂さんが既に既存の『
いや、唯一さんのことだから既にそこまで予想できているだろう。
「アレイスターさんの頼みを完遂するのは相当難しいですね。人の頭の中にあるアイデアや知識を狙って除去できるはずもなし、個人的にそういった洗脳の類は嫌いですし、どうしたものやら」
「だから言っているじゃないですか。殺してしまうのが手っ取り早い」
「それを唯一さんが選ぶと言うなら、残念ながら俺が手を貸すのはここまでですよ。御坂さんの件も了承したとはいえ、全てが全てそうというわけでもない」
疑わしきは罰せとばかりに、御坂さんが兵器を手にし作り危険だから殺そうは短絡的過ぎる。一般人に向けている訳でもなければ、現状御坂さんが誰かを害しているわけでもないのだ。はっきり言って、俺も一応は了承したとはいえ、完全に納得したというわけでもない。
「だいたい学園都市の危険の基準が今一つ分からん。兵器を手にしたから危険などと、高位能力者はそもそも普段から武器を手にしてるようなものだ。それを普段から取り締まっているわけでもなく、急に危険度が十から十一になったから即殺なんてな。極端過ぎる。唯一さんだって今の状況に思うことの一つや二つあるでしょう?」
「当然ありはしますよ。急にアレイスターのクソ野郎が横槍入れて来たんですからね。その分アレを利用させては貰うとして、こちらの第一目標に変更はない」
ショーケースの中に冷却され飾られている上里の右手を眺め唯一さんは鼻で笑う。一番の標的は上里であり以前変わらず。御坂さんは『
「それじゃあそっちの居場所は」
「忌々しいことに漠然としてますね今は。エレメントの破壊状況から割り出そうとはしていますけど、それを分かっているのか場所はまちまちで散発的。もっとエレメントを活発に動かせば割り出しも楽ができるんですが」
それは二つの意味で不可能。一つはあまり無差別に無軌道に動かし過ぎると被害が大き過ぎるため、二つ目にそもそも照射されているマイクロ波が邪魔で本来想定されている成長性が阻害されているから。
結局のところ、現状が安全の最低ライン。それも此方からの視点であり、現状で既に手一杯の者達も数多いだろう。これ以上を求めることはそもそも不可能なのだ。理性的な人間の範疇にいたければ。今でさえかなり危ういのに。
「まあ、いいでしょう。常盤台に行ってみた感じエレメントの調査は大分進んでたみたいですからね。『水晶の塔』に気付いて御坂さん達が行動に移すのも時間の問題でしょうし」
水晶の塔。第七学区のほぼ中央に位置する球場ドームに生やした半透明の塔。宇宙から降り注がせているエレメントの降下を地上から管制誘導する役割を持っているわけでもない、作り出した見せ掛けの標的。
要は、エレメントをなんとかしようと動く者達が気付くであろう分かりやすい囮である。
「現在常盤台で最大戦力の御坂さんが出るのは必須、その間に常盤台にある御坂さんのラボは破壊できるでしょう。大量生産が不可能な今だからこそ、一先ず開発できる場所を叩くのは重要だ。それに」
此方が動けば、上里側も動くだろう。上里側にとって分かりやすく敵である俺か唯一さんが出張り目立てば、あちら側から接敵して来る可能性は高い。
「上里側を炙り出せたとして、御坂さん然り問題はどう相手するかですがね。前回のように混乱に乗じては無理でしょう。この状況でそもそも相手は警戒してるでしょうし、俺が倒しても唯一さんは満足しないでしょ」
「当然」
「……難しいですね」
色々と。
唯一さんはどこまでやれれば満足なのか。今は上里という明確な目標があるからいいが、上里を倒したところで満足するとも思えない。唯一さんの復讐の終着点が全く見えないのが恐ろしい。
「なにがです?」と唯一さんは可愛らしく首を傾げてるが、全く可愛く見えない。周りの気温以上に冷ややかな空気を感じるだけ。
「……唯一さんがいつまで、どこまで復讐し続けるのか分からないからですよ。まさか人生を復讐に費やそうとまでは思っていないでしょう? 上里の件に協力するのは吝かではないですがね、それ以上は俺は手を貸せないでしょう」
「構わないですよ? 別に私からお願いしてるわけではないのですし、本当なら最初から私一人でやる予定だったのですしね。勝手に首を突っ込んで来たのはそっち、残りはこちらでやりますから」
「……その時は多分、俺は敵ですよ?」
ほぼ間違いなく。アレイスターさんが現れる直前、唯一さんは明確にアレイスターさんに敵意を向けていた。アレイスターさんは相手になると言っていたが、場合によっては土御門伝に俺まで話が回ってくることだってあるだろう。そうなったら俺が唯一さん側に立つのは難しく、アレイスターさんに反逆する理由も俺にはさしてない。
アレイスターさんの考えはさっぱり読めない。学園都市のことに無関心なのか関心があるのかも分からない。学園都市の闇の部分を放っておきながら、ただ、素晴らしい面も確かにある学園都市を作ったのはアレイスターさんだ。
唯一さんは、つまらなそうに冷ややかな吐息を吐く。
「それは、敵になる前に今のうちに殺しておけという貴方なりの忠告ですかね?」
エレメントの明滅が強みを増し、怖い顔を僅かに俺に向ける。なぜそうなるっ。この場には円周や釣鐘、木山先生といった学園都市支部の面々もいるのに喧嘩を売るわけない。
「俺は唯一さんと戦いたくないだけですよ。唯一さんのやり方は過激ではありますけど、善悪であれば悪だけど、好悪であれば好ましいでしたっけ? そこからは外れないでしょ。その部分を気に入ってはいる。アレイスターさんに怒っているのは、脳幹さんが唯一さんよりアレイスターさんを選んだからですか?」
「……黙れ傭兵」
「でもアレイスターさんも言ってましたよ、唯一さんを動かすために散っていったと。自分は負けると分かっていたとして、それでも動いたのは唯一さんがいたからでしょ。唯一さんなら勝つと信じていたから。きっと唯一さんに頼んだのは復讐じゃ」
「黙れ!」
椅子を後ろに倒して勢いよく立ち上がり、目の前の椅子を蹴り倒し突っ込んで来た唯一さんに胸ぐらを掴まれる。
「なにも知らないガキがッ、私が理解しないと思うのか?
他の誰も木原脳幹の詳しいことなど知らないのに。そう目で訴えてくる唯一さんと見つめ合う。目は逸らさない。その目が相手の破滅を願う復讐者の瞳ではなかったから。ただ願っているのだ。無駄ではなかったと脳幹さんが報われることを。自分のためではなく他人のため。
それが復讐者か……っ。
「……なら、唯一さんは『木原』を超えないと。それが唯一さんの必死でしょう? 復讐ばかりしていても、きっと超えられるものでもないでしょう。唯一さんがそれほど慕う人ならば。それこそ脳幹さんが報われない」
「知った口をッ」
「今貴女に並んでいるのは俺ですからね、俺だって願っているんですよ」
「なにを? 私の優しさとやらにでも期待したりしちゃってます? 私のことなどなにも知らないくせに?」
「そうですね。ただ俺は俺の信じる円周が唯一さんを慕っているのは知っている。俺はね、唯一さんの必死が良いものになるように願ってる。……木山先生」
胸ぐらを掴む唯一さんの手を引き離し、木山先生へと顔を向ける。多くは言わず、「準備はできている」と大きめの机の上に並べられた物を見て、そっちに足を向けた。
並ぶ等間隔に穴が空いた細長く四角い筒が五つと大きなアタッシュケースが一つ。
『
「それは制御棒だとでも思ってくれ。勿論銃身でもあるがね。新たな武器は君の波を拾う知覚に重きを置いているから、
大きなアタッシュケースを手で示され、開ける。と同時に目を細めた。ケースの中にはこれといった分かりやすいものが詰まってはいなかった。敢えて言うとすれば、水が詰まっていた。水面波打つ白銀の水が。
「それが法水君の新しい決戦用狙撃銃の本体。『
「…………これが?」
水面と木山先生を見比べて口端を持ち上げるが、どうにも引き攣る。予想の斜め上と言うか、正直想像していたどれとも違う形をしている。水を差し出されて兵器ですと言われても……。御坂さんの兵器群を見た後だからか、余計にそう思ってしまう。
俺の表情から察したのか、木山先生も苦笑する。
「気持ちは分かる。だが、これはかなり画期的な代物だよ。私とて同じ物を二つと作れないだろう。今我々が持つ魔術と科学の集大成だ。それを君の技術で振るってもらうわけだからね。さあ手に取ってみてくれたまえ、そうすれば分かるさ」
「手に取れって…………これを?」
「それをだ。安心したまえ、噛みつきやしないさ」
生きているわけでもあるまいし、おっかないことを言う。
恐る恐る手を伸ばし、水面の表面に触れればとても冷ややかだ。手のひらに吸い付くようなそれを掴めば、手から零れ落ちてしまうことなく、なんと普通に掴める。木山先生に目で催促され、思い切り引き上げればズルリとアタッシュケースの中身が全て外へと飛び出した。ってかちょッ、重いんだけどッッッ。
思わず手を離す。すれば床に重々しい水のような音を打ちたてて白銀の水溜まりの出来上がりだ。白銀の水溜まりから外へと伸びる白銀色の無数の糸。浜辺に打ち上げられた
「重たッ、なにこれッ」
「それは言ってしまえば
「……そっすか」
いや重いよっ、四〇キロって、エリコンSSGやゾロターンじゃあるまいし、対戦車ライフルとそこまで重さ変わらんぞ。いや、初期の決戦用狙撃銃であるアバランチシリーズを思えば対して変わらんか……。
「その
木山先生が一発の弾丸を取り出すと水溜まりへと放る。そのまま木の葉のように弾丸は浮き、
「別に魔術的な効果で収納しているわけではない。一種の形状記憶合金として作り上げられたそれは、
「服⁉︎ これが⁉︎」
「見ての通りだ」
どう見ても服には見えねえ……っ。
再び引っ掴み持ち上げてよく見れば、袖を通す為の線というか、流体であるために液体同士がぶつかりできた隙間のようなモノが内側に二つ。袖を通し纏えば、ずっしりとした重量が双肩にのし掛かる。
なんとも妙な気分だ。時の鐘の軍服も服としては軽い方ではないが、軽く動いてもはためかず、水面が波打つように服が揺れ動いてるが正しい。服を着ているというより着られている気分だ。生きてる対爆スーツかよっ。
「二番と四番の筒を捻り振るえば、銃の本体としての形を取ってくれるよ、
「アース線?」
「ああ、君の注文通りさ。星の胎動、地盤の振動を拾い上げた場合、間違いなく人体への影響が致命的だ。だから逃げ道を作る必要があった。
そこで一旦木山先生は言葉を切り、細々と息を吐いた。そして続ける。
「正直私はあまりそれを君には使って欲しくはないんだ。
「……武器の製造に関しては木山先生とマリアンさんを完全に信頼してるよ。使い所を間違えはしないさ。俺は良い生徒でしょう?」
「無茶さえ
微笑まれ釘を刺されてしまった。
俺の武器は渡し終えたと木山先生は身を翻し、すぐに別の物を机に並べる。それを見て水着姿の釣鐘が机に乗る勢いで飛びついた。大変良い笑顔で。
「私の番すね‼︎」
「ああ、
「ひどくないっすか?」
不満であると釣鐘は
机の上に並べられた四本の細長い小太刀。その一つを手に取り、鞘から抜いて刀身に指を這わせる釣鐘に木山先生は説明をしてくれる。
「
「はーい!」
本当に分かってるのかこいつは……。分かってはいると思うのだが、なんとも微妙な返事に不安を掻き立てられる。
四つの小太刀を抱えてニヤける釣鐘の横で、木山先生が準備するまでもなく、四角い筒を抱えて歩いて来る笑顔の円周。当然水着姿で。二人は寒くないのだろうか。そんな薄い布だけ纏ったまま
「円周君の
「うん! 大丈夫だよ! 代わりに私が木山先生っぽく説明を」
「しなくていいしなくていい!」
不機嫌に円周が頬を膨らませるが、
「……もったいないことですね木山春生。
「ならば私はそうならなくてよかったと思っているよ。残念ながら私にはマッドサイエンティストの才能はなかったらしい。大きな成果のために小を切り捨てる。それを割り切れるほど私は人間を捨てられないのさ。科学はみんなを幸せにするものだと信じたい質でね」
「それならば片田舎にでも隠居して細々とドブネズミのように生きればいいものを。武器開発を
「ひょっとすると本質はどれも、なにも違わないのかもしれないね。食事一つ取っても人間は食べやすい生き物を選び食べるためだけに育て消費しているわけだ。人にできることは結局のところ選んだ命に最低限の敬意を払うことだけかもしれない。少し話が逸れたが、私の時の鐘での役目は君が正に言った綺麗事から目を逸らさないことだと思っている。彼らのような年端もいかない若者を戦場の最前線に送るのは見ていて辛いが、学園都市ではそれが日常だ。
一旦言葉を切り、木山先生は力無く椅子に腰を落とす。
「君はそれを科学者の仕事ではないと言うかもしれない。いや、言うのだろうね。学園都市はそうやって成り立っている。力を夢見る若者達と、より強い力を生み出そうとする科学者達によって、なかなか救いようのない話じゃないか。そんな中で、正しく教師の鏡とでも言うべき少数の者達がいつも身を削っているわけだ。私はそうはなれなかったが……。それでも、良心を
言いながら、木山先生は円周へと顔を向ける。
「それにそうは言っても、円周君のような『木原』もいる。君が慕う人もそうじゃないのかな? 定義というものは漠然としたもので、全てを枠内に収められるものでもない。科学に犠牲はつきもの、成果を生むにはリスクがある、だとしてもそれを減らす努力を科学者としてはやめてはならないはずなんだ。我々が科学者でいられるのも、いられたのも、周りの人々のおかげなのだしね。君だってそうだろう?」
「ふふふっ、なんですかそれは? 私に困っている人をただ助ける町の気の良い発明家でも目指せと? それは手段を知らないからですよ。『
「ふふ」
「なにが可笑しい?」
目を鋭く尖らせる唯一さんとは対照的に木山先生は目元を和らげる。自分で答えを言っているじゃないかと言うように。
「それならば、君は既に矛盾しているね。取れる手は無数にあるはずなのに、人的被害が出ないようにしっかり気を遣っているじゃないか?」
「はっ、それは」
「あぁ君が慕う先生を尊重してのことなのだろうね。私も教師の真似事をしていたから気持ちは分かる。生徒には幸せでいて欲しいものだ。問題児ほど気になって愛着が湧いてしまったりしてね。そんな子が良いことをしたら褒めたくなってしまうんだ。君の慕う先生もきっと同じさ。これは『先生』と呼ばれる者の確信だよ。君にも意外と教職が向いていたりするんじゃないかな?」
「……馬鹿らしい、ガキの相手なんてごめんですよ」
それだけ言うと唯一さんは黙ってしまった。俺はというと、木山先生達が話し出していそいそと寒くなったのか軍服を再び着だした円周と釣鐘を待ち、三人仲良くコソコソ離れた。大分離れたところで「行ってきます」と木山先生に手を振って、すぐに三人で急いで表を目指す。
「…………怖いよなんか、唯一さんの相手は木山先生に任せよう」
「大丈夫っスかね?」
「大丈夫だろ、教師モードになった木山先生は強いぞ。下手に首突っ込んで木山先生に怒られたくないよ俺。釣鐘は行ってみたら? お前の好きなスリルを味わえるぞ」
「私だって嫌っスよっ。あれもう技巧とか関係ないスリルじゃないっスか、教師からの説教とかごめんですよ私だって」
「私鳥肌立っちゃった……唯一お姉ちゃんは寒くないのかな?」
三人揃って小さく振り返れば、唯一さんは肩から落ちそうになっていた白衣を引き上げ着直していた。若干ばかり縮こまるように。
木山先生を敵に回したり怒らせるのはやめよう。三人で頷き合い戦場を目指す。
時の鐘の先生は偉大なのだ。
250話記念の幕間はこの章が終わった後の方がキリがいいので、そこで書きます。アンケートにお答えいただきありがとうございました
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