時の鐘   作:生崎

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憂鬱な初仕事 ④

 あれから何分経ったのか。時間の感覚が消えた。

 

 顔の横を姐さんの剛腕が通り過ぎる。台風の時のような唸る風音が俺の髪の毛数本を引っぺがし、風圧が刃となって肌に薄っすら線を引く。

 

 人間戦車。この言葉がぴったりだ。

 

 俺の身体を破壊しようと振るわれる姐さんの拳は一度当たれば無事では済まない。『雷神(インドラ)』といいカレンといいなんで俺の相手は一発アウトの相手が多いんだ。舌を打って転がるように後ろに下がる。

 

 姐さんの笑った目が俺を見下ろした。

 

「おいおい孫市(ごいちー)、避けてるだけじゃ何にもならないぜ」

「手は出してるでしょ、効果ないみたいだけど」

 

 姐さんが突っ込んで来る。足を振り上げ蹴り出された脚は戦斧と変わらない。地下街の重い空気を強引にかち割って迫る戦斧を転がるように避けながらその力を利用して姐さんの残った軸足を銃身で叩く。

 

 普通なら相手はバランスを崩すというのに、姐さんの脚はビクともせず、逆に銃身を弾かれてしまう。

 

 筋肉の鎧。身体を包むように存在する姐さんの筋肉を打ち破る事は容易ではない。盾であり矛。先程からこれの繰り返しだ。

 

 分かった事は、俺の技、時の鐘の軍隊格闘技は姐さんに通用する。ただこれは攻撃が当たりはするというもので、攻撃が効くかどうかは別問題だ。そして、こちらの攻撃は有効打にならない。

 

 場所が狭いために勢いもつき辛い。対して姐さんは拳の間に数ミリの隙間があれば決死の一撃を放てる。それに加えて掴まれてもアウト。全く人間相手の戦いじゃない。

 

 踏み下ろす姐さんの足を避ければ、大地が割れて身体が跳ねた。それを利用して立ち上がる。あーもう、肩でしている呼吸を安定させるため大きく息を吸い込んで額から流れてくる汗と血を拭う。

 

 俺の方はもうボロボロだ。瓦礫が散乱する地面を転がったのと空気を引き裂く姐さんの剛力に確実に身体を削られている。

 

「上手いもんだねゴロゴロゴロゴロ。時の鐘ではよく見る光景だけど、実際に本気で相手をするとメンドいな」

「そういう技だもの。姐さんもやったら?」

「んー、そういうちまちました感じのあたしには合わないんだよね。でもそう、あたしも覚えたよこういうのはね」

 

 姐さんの動きが変わる。両の拳を柔らかく握り、肘を曲げて体の前面にゆるく折り畳む。

 

 ボクシング。拳だけで闘うシンプルイズベストな競技。

 

 最悪だ。統制された暴力ほど面倒なものはない。

 

 それも姐さんの暴力は一級品。

 

 リズムよく踏むステップは死神のダンス。時の鐘の軍隊格闘技が地面を転がるもので良かった。真正面から打ち合って勝てる相手では絶対にない。

 

 揺れていた姐さんの体が僅かに落ちて目の前に迫る。

 

 早い。筋肉がある事は遅いとは言えない。

 

 アスリートや格闘技の試合を見れば分かる事だ。姐さんの左手が揺らめくように動く。ジャブ。曰く格闘技における最速の打撃。コンビネーションの始まりや牽制のために使われる技術だが、姐さんにはその意味は通用しない。

 

 ジャブがあれば相手を殺せる。

 

 最初の一発をなんとか避けるが頬を擦り、バランスが強引に崩された。それを狙って迫る右のフック、命を奪い取る強大な釣り金。銃身を盾に拳を受ける。かち合った瞬間肘は威力を吸収できず簡単に押し込められてしまう。

 

 抵抗はしない。すれば腕の骨がオシャカだ。

 

 銃身の丸みを利用して、コロの原理を使い死の先端を僅かにズラした。鼻柱を掠めた剛腕が目の前を通り過ぎる。

 

 宙に舞った赤い雫と、視界に映る振り上げられた右の拳。体を捻り打ち下ろされる拳の動きに合わせるように俺も体を捻る。小さく狙っても意味はない。捻った体を急停止するように両足を踏みしめる。細かく砕ける地面に更に体重を落として放つ背撃。拳を避けながら体の側面で受けた姐さんの体が宙から離れて通路の壁まで飛んで行く。

 

 ドンッ。と重い音を通路の壁はあげ、その身を大きく凹ませた。パラパラと小さな破片が天井から落ちて来る。

 

 それを払い姐さんは背撃を受けた方の肩をぐるりと回した。ダメージはあまりなさそうだ。今のは姐さんの力を利用して押し出したに過ぎない。

 

 やはり姐さんに勝つにはカウンターか。狙うなら目か口内。又は関節。耳の奥でもいい。しかし、それが難しい。

 

「あー、やるじゃん孫市(ごいちー)。素手相手に吹っ飛ばされたの久々」

「はいはいどうもね」

 

 銃身を地面に放る。これ以上姐さんの打撃を受けては、いかに丈夫な相棒の銃身でも折れ曲がって使い物にならなくなってしまう。鼻からポタポタ流れ落ちる鼻血が気持ち悪い。片鼻押さえて地面に噴き出す。

 

「で、次はどうするー?」

「そんな楽しみにしないでくれよ。俺はマジシャンじゃない」

「そんなこと言って……ってウッソ⁉︎ お前あたし相手にそこまですんの⁉︎」

 

 うるさい。そこまでするよ。右の腰に差した二つ目の相棒ではなく、手を伸ばすのは左の腰。

 

 三つ目の相棒、ゲルニカM-004。時の鐘に正式に配備されている軍用ナイフ。

 

 分かりやすく言うならスペツナズナイフ、刀身の射出を可能にした特殊ナイフだ。他のゲルニカシリーズの例に漏れず真っ白い色をしており、持っている姿は氷柱を握っているようにも見える。その形状ゆえ切ると言うよりも突き刺す事に最大の効果を発揮し、射出した時の殺傷能力も高められている。

 

 ナイフまで射出させなければ気が済まないとは。時の鐘は面白い部隊だ。

 

「ナイフの扱いならラペルさんに習った。少しは使える」

「あの包帯塗れの拷問卿にね〜。アレと仲良いのお前ぐらいだって」

「そんな事ないよ、ドライヴィーとかキャロ婆ちゃんとか」

「はあ、全くゲルニカシリーズ全部扱えんのなんてバドゥとお前とハムとゴッソくらいだっての」

「訓練すればいいじゃないか」

「あたしには合わねえ、こっちのがいい」

 

 そう言い姐さんは拳を構える。確かにそっちの方が姐さんは堂に入っている。ゲルニカM-004を逆手に持ち、切っ先を姐さんに向ける。いつ放つか分からないという状況が選択肢を絞らせる。ゲルニカM-004を知らない相手にはあまり有効ではないが、同じ時の鐘の相手ならこの牽制は効く。

 

「ヒヒヒ、やっぱやるなら素手だ。この緊張感が最高」

「それは姐さんが勝てるって知ってるからさ。でも、それも今日で終わりだ」

 

 地を蹴って姿勢を落とす。相手に近づくという意味でなら、時の鐘の軍隊格闘技は優秀だ。時の鐘の軍隊格闘技の元になった酔拳は地功拳、地面を背にして闘う拳の一種。

 

 ゴーレム程ではないが、俺だって地面とは友達だ。

 

 俺に向かって振るわれる姐さんの拳は、地面を転がる事によって避け、姐さんの足に絡みつく。狙うのは膝の裏。そこに向かってナイフを突き立てようとして、姐さんが無造作に足を蹴り上げた。掴んでいた手は強引に離され、手から姐さんの足が滑り外れた。姐さんの姿が遠のき天井へと叩き付けられる。

 

 口からゴポッと空気が漏れ出た。だがゲルニカM-004は手放さず、目は姐さんから外さない。掴んでくれているわけでもない天井は俺をあっさり手放し、パラパラと大地に落ちる天井のカケラと共に体が落ちる。それに合わせて拳を構える姐さんの姿。空いている右手を腰に伸ばす。撃鉄を弾くのに左手が空いている必要はない。ゲルニカM-002を抜き、ナイフを握った左手で撃鉄を弾いた。狙うはこちらを見上げる姐さんの目。

 

 しかし、放った弾丸は俺が腰に手を伸ばした事で察していたであろう姐さんに避けられてしまう。続いて撃鉄を弾く。いずれも狙うは目だ。

 

 避ける姐さんの態勢が崩れた。地面を転がるように避ける姐さんを視界に収めながら着地し撃鉄を弾き続ける。中に残っていた三発の弾丸は、立ち上がろうとした姐さんの肩や腹部に当たるが、防弾の軍服と姐さんの筋肉に阻まれて貫通するどころか頭を多少めり込ませただけで止まってしまう。だが姐さんの動きは止まった。

 

 走る、姿勢を低く。

 

 ゲルニカM-002を持っていても装填できないので姐さんの顔に向かって投げつける。軽く右手で姐さんはそれを払い遥か遠くにリボルバーを追いやった。その隙があれば十分だ。肉があるところに突き立てても効果無し。両手でナイフを握り姐さんの顔に突き立てる。体重と速度の乗った一撃。姐さんのバランスの崩れた体を押し込んで、店のウィンドウを突き破った。砕け散るガラスと砂埃。視界を遮るそれが晴れた先には心の底から笑うような姐さんの顔。

 

 片手だ。

 

 片手で抑えられた。体重を乗せて突き立てているナイフがほとんど動かない。ジリジリと僅かにナイフの切っ先が姐さんの顔に迫っているが、姐さんの右目まで残り二センチ。

 

 近いようでその距離は空に浮かぶ月ほどに遠い。

 

「どうした孫市(ごいちー)。これで終わりか?」

 

 まだだ。

 

 ゲルニカM-004の柄の背を親指で押し込む。

 

 カチっとした音を残して純白の刃が飛んでいく。僅か二センチの距離を埋めるために。

 

 俺はそれの結末を見る事はなく左に弾き飛ばされた。姐さんの残っていた左手で払われたと気が付いたのは宙を飛んでいる最中。通路の壁を削りながら地面に転がっている瓦礫と同じように地面に横たわる。立ち上がろうとすると右の腕に力が入らない。ダラリと垂れ下がったまま。

 

 右肩に感じる弱い痛みから折れてはいない。姐さんに叩かれた右肩が外れた。それを嵌め直し姐さんの方を見るより早く、また視界が横合いに吹っ飛んだ。続いて感じる腹部からせり上がってくるような吐き気。胃液と空気を宙にぶち撒け、体が通路の壁を砕きめり込んだ。

 

 揺れる視界の先、赤い蛍光灯に照らされて姐さんが立っている。

 

 頬に突き刺さっているナイフの刃を引き抜いて、ゴミを捨てるように放り投げた。

 

 カランッと鳴る甲高い音が終了の合図。指先に力が入らない。

 

「しばらく寝てろ、途中から笑みを消しやがって。理性がお前の本質を上回ったな。あたしじゃお前の必死にはなれないかよ。全く可愛くない弟だ」

 

 それだけ言って姐さんは背を向けた。

 

 まだだ。

 

 頭ではそう声が響いているのに、体がついて行ってくれない。限界だ。何度も何度も身に染みて知っている感覚。訓練とは頭の中のイメージと体の動きを擦り合わせ近づけていく事。毎日同じ動きを続ければどんどんそれは近づいていき、最終的に体の動きはイメージと合致する。

 

 だが、どれだけ努力しようと僅かにイメージとブレたまま体の動きが追いつかない。

 

 限界。これがそうだ。

 

 悔しさというより空虚。何度も身を浸した感情に包まれて、身の入っていない笑いを最後に俺の視界に暗幕が降りやがった。

 

 

 ***

 

 

 ハンバーグと豆腐ハンバーグ。例えるならそれ。

 

 俺と他の仲間達、彼らには確固たる技術と信念がある。俺は彼らに憧れて、時の鐘としての自分でありたかった。だから彼らに近付くために努力をした。

 

 しかし、どれだけ努力を繰り返しても、俺は決してハンバーグにはなれない。

 

 似たようなものになり、極限までそれに近付けてもモノが違う。

 

 狙撃はできてもボスのように上手くはない。どれだけ筋トレやランニングをしても姐さんのような力は振るえない。ガラ爺ちゃんのような手品地味た早撃ちはできないし、クリスさんやキャロ婆ちゃんみたいに馬にも戦車にも乗れない。

 

 なら俺には何があるのか。結論を言えば何もない。俺がコレが俺だと言える要素は、俺がどれだけ探したところで見つからない。

 

 努力? そんな事は大前提だ。この世界に居てまるで努力をしない者など存在しない。そんな奴はすぐに死ぬ。なら俺が時の鐘に齎すものは何だ。

 

 ただの数合わせなのか? そんなのは嫌だ。

 

 俺はコレが俺だと言えるものが欲しい。

 

 それは料理や芸術というような才能や技術ではなく、目に見えて分かる力という形で。贅沢を言っている事は分かっている。でも俺はそれが欲しい。

 

 だから俺は自分の内側で、いつもそれを探している。

 

 超能力や魔術になんて構っている暇はないのだ。俺の二つしかない天秤の秤には、片方には時の鐘が乗り、もう片方には才能が乗っている。他の要素が入る余地はない。俺の人生(物語)は時の鐘の物語だ。

 

 ここまで約十年。何も変わらず今に至る。

 

 少しは強くなれたがそれだけ。俺はいったいいつ見つかるんだ。学園都市に来ても変わらず、スイスにいても俺は変わらない。

 

 だが、それでいいのだと上条や土御門、青髮ピアスと一緒にいると言われているような気がする。

 

 それはとても嬉しいが、同時に怖い。

 

 俺の歩みが止まってしまいそうで。それでいいのだと自分で完結させたら最後俺はもう進めない。

 

 母に捨てられ、父に捨てられ、家に捨てられ、俺はボスに拾われた。

 

 なのに、俺は何も拾っていない。

 

 俺に残されたのは法水孫市という名前だけ。

 

 それを消し去ってしまえば、俺は俺だと分かるのか?

 

 俺は自分が欲しい。俺は自分が欲しいのだ。

 

 俺の人生(物語)にはそれが必要だ。俺の人生(物語)にはそれが欠けている。

 

 俺の名前が消え去っても俺だと分かるナニカが足りない。必死になればそれが手に入るのなら、

 

「……才能が無いと分かっていても、俺はコレを手放せない」

「はあ、全く。何言ってるのか分かりませんけど、生きていて何よりですの。少し肝が冷えましたわ」

 

 目を開けた俺の視界に映るツインテール。呆れた顔の白井さんが見える。

 

 周りを見ると転がっていた警備員(アンチスキル)達の姿はなく、既に避難したらしい。残っているのは俺と白井さんの二人だけ。抉れた壁の縁に手を掛けて体を起こす。意識を失う前に力の入らなかった指先に力が戻った。俺を止めようとする白井さんだったが、俺が強引に立つと諦めて上げていた手を力なく下ろす。

 

「俺はどのくらいこうしてた?」

「さあ? ただ侵入者が捕らえられたという話もないですし、そこまで長くないと思いますけれど、大丈夫ですの?」

「ああ、うん、肋骨に何本かヒビが入った。少し痛いが気色悪いという違和感の方が強いな。こういう時この体は便利だ」

 

 そう言い笑顔を白井さんに向けてみるが、白井さんの顔は相変わらずの呆れ顔だ。

 

「侵入者とやったようですわね、その様子ですと」

「見事に負けたよ。そうじゃないかと思ってはいたけど、実際負けると嫌になるな」

「はあ、ならもう避難してはいかがかしら。それともまだやりますの?」

「ああ」

 

 当たり前だ。ここでやめたらただの負け犬だ。

 

 それに……、口に残った血を地面に吐き捨てる。

 

「……なあ白井さん、人が生きるのにルールは必要だと思うか?」

 

 ルールというのは曖昧だ。時と場合によってよく内容も変わる。どうだっていいものから、人の生き死にに関わった重いものまで。そして自分の決めたものまでだ。俺の質問に白井さんは心の底から呆れたというような大きく深いため息を吐く。そしてさも当然と言うように小さな口を動かした。

 

「何を言うかと思えば、それが人と動物の違いでしょうに。礼節が人を作る、でしたかしら?」

「おい、それ何かの映画の台詞じゃなかったか?」

「そうでしたっけ? なんでもいいですけれど、馬鹿な事言ってないで、逮捕して欲しいのならそう言ってくださらないかしら」

「分かった、務所暮らしは嫌だ。フフフ、馬鹿な事か、そうだなあ」

「ほら、行くのでしたら前を見なさい。貴方がそんな様ではアテにできませんの」

「そうだな、コレが終わったら何か新しく始めてみようか。なあ相棒」

「気色悪い事言わないでくださいまし……」

「白井さんに言ったんじゃないよ」

 

 落ちている銃身を拾い相棒を復活させる。結局俺に残っているのはコレだけだ。

 

「で? 白井さんどこに行く?」

「さて、聞いた話ですと先程警備員(アンチスキル)と一人の学生が侵入者と対峙したそうですけれど、逃げられたそうですわよ? ただ金髪の女一人だけで、茶髪の女はいなかったそうですけれど」

「ああ姐さん方向音痴だから、誰かがいないとよく道に迷うんだ。今もまだ地下街にいるのか、歩くのがめんどいと思ったら多分隔壁破って外に出るな」

「なんですかそれは……なら一度外に出ましょうか」

 

 そう言って白井さんは曲がり角を曲がり隔壁の方を見た。上条と風斬さんはまだ地下街だろう。シェリー=クロムウェルと姐さんもまだ中か。それを放っておいて外に出ていいものか。いや、そのための目は既に持っている。

 

「白井さん初春さんに連絡取れそうか? それで外の様子は分かるだろう。もし外に侵入者の二人が出れば目立つだろうからすぐに分かるはずだ」

「なるほど、試してみますけど電波が繋がるかどうかは半々ですわね」

 

 白井さんが携帯を取り出し俺は少し白井さんから離れて耳のインカムを小突く。魔術と科学二つの目。この目から逃れられる者など存在しない。少しすると土御門の声が聞こえて来た。声の様子からして、少し焦っている。

 

「孫っち、無事か」

「一応な、土御門さん侵入者の二人がどこにいるか分かるか?」

「シェリー=クロムウェルもロイ=G=マクリシアンもまだ地下街のはずだ。そこから魔力を感じるし外には誰も出て来ていない。が、良くない話もある。外の禁書目録の方にゴーレムが現れた。孫っち、そっちに行けるか?」

「ゴーレムだけ? そうか、幸い行く手段はあるが」

「シェリー=クロムウェルの方はもうカミやんに任せるしかない。さっきから地下街で魔力が生まれたり消されたりを繰り返しているからな。おそらくカミやんとシェリー=クロムウェルは戦闘中だ」

「了解、一旦外に出よう」

 

 土御門と短い会話を終えて、白井さんを見るとまだ何か話し込んでいる。電波が悪くて上手く話ができないのか、何度も同じ事を聞いているようだ。俺が白井さんの近くに寄ると、焦った顔の白井さんが俺へとその顔を向ける。

 

「法水さん外に出ますわよ! 初春の話ではあの石像に一般人が襲われているようだと! 掴まってくださいまし!」

 

 早くしろと白井さんは隔壁の方へ目を移す。俺が白井さんの左肩に右手を置くと、一瞬のうちに世界が変わった。これまで何度も白井さんが空間移動(テレポート)する姿は見てきたが、俺自身空間移動(テレポート)を体験したのは初めてだ。

 

 じっとりと重い地下街の空気が一瞬にして残暑の残った暑い空気に変わる。暗闇は消え、青い空が天に映っていた。白い雲がゆっくり流れるように、風が肌を撫ぜる。

 

 地下街とは真逆の情報が一気に脳に叩きつけられ、軽く目眩をしてしまう。

 

 これが超能力か。凄まじい力だ。これをただ一人自分で使う事ができる白井さんは本当に凄い。羨ましい。白井さんを見つめる俺に気がついたのか、白井さんの目が俺の目を見た。

 

「呆けてないで続けて行きますわよ。まさか酔ってしまいましたか?」

「俺は白井さんに酔いそうだよ」

「気持ち悪い事言わないで欲しいですの」

 

 そして視界が次々と切り替わる。

 

 ビル、空、人。

 

 コマ送りするかのように視界が移り変わり、段々と地面が遠くなっていった。空に向けての連続空間移動(テレポート)。いつのまにか視界に映る人の姿は蟻のように小さくなり、周りにあるのは背の高いビル達だけ。「見つけましたわ」そう白井さんの声が聞こえ、白井さんの見ている方へ目を向ければ、灰色の巨人が確かにいた。なまじ体が大きいおかげで遠くにいてもよく分かる。

 

「行きますわよ」そう言おうとしただろう白井さんの言葉は最後まで聞こえなかった。

 

 周りのビル達の背が伸びていく。

 

 落ちている。

 

 白井さんが自分だけ空間移動(テレポート)したのではない。見えたから。ゴーレムではなくそこから少し離れたところ。白く長い誰より遠くに手を伸ばせる時の鐘の槍が見えた。

 

 俺が白井さんの肩を押し、程なくして鐘を打ったような音と共に背後のビルの窓が割れた。

 

 もし白井さんを押していなければ白井さんの左肩と俺の右手は弾け飛んでいただろう。肌を打つ空気の中遠く離れた姐さんを見る。白い槍の切っ先は上を向き、もう撃つ気はないらしい。まあ撃たれなくてもこの高さから落ちれば死ぬ。後は死にたくないならどうにかしろという事か。

 

 しかし、ビル達は手の届くところになく、掴めるものは何もない。

 

 風と近付いてくる地面に歯を食いしばっていると、俺の横に白井さんが現れた。小さな手を精一杯に俺の方に伸ばして来る。

 

「法水さん!」

 

 空気の圧を破るように腕を突き出し、白井さんの手をなんとか掴む。

 

 瞬間。目の前の地面は姿を消し、少し宙を浮いた感覚の後に重力に襲われ、地面に吸われるように足をついた。

 

「あぁ、あー俺もう君から離れないよ……白井さんに言ったんじゃない、彼に言ったんだ」

 

 地面を足で突っついてやる。だからそんな嫌そうな顔をするんじゃないの。

 

「……それより今のは」

「姐さんだ。ゴーレムの方に行くなら姐さんと当たるな、こっちが貧乏くじだった」

「なんにせよ行くしかないですわ、わたくし達も早く」

 

 体を動かした白井さんの頬に何かが掠った。背後にあった自動販売機を打ち壊し、襲われた事に対して警報を鳴らす。それに集まって来る学園都市の警備ロボ。

 

 だが、そんな事も気にならないくらい、飛来して来たものが問題だ。

 

 甲高い警報の音よりも向かって来るゆっくりとした足音の方が気になる。そちらに目を向ければ茶色い髪。俺が突き立てたナイフの傷には申し訳程度の絆創膏が貼られていた。

 

「何孫市(ごいちー)追って来たの? さっきの今でもうやるわけ?」

「姐さん、ああ第二ラウンドだよ。それに先に撃って来たのは姐さんだ」

「だってさあ、黒子ちゃんが一緒みたいだったから。やっぱりあの時にやっとくんだったなぁ」

「乱暴な方ですわね。法水さん、やれますわね」

「ああお互いリベンジといこうか」

 

 幸い周りに人はいない。相手は一人、こっちには今度は白井さんがいる。白井さんを見てみれば、もう既に覚悟を決めているようだ。今度は負けるわけにはいかない。

 

 姐さんの立つその先で禁書目録(インデックス)のお嬢さんが待っている。

 

 魔術相手ならば禁書目録(インデックス)のお嬢さんがすぐにやられるとは思えない。ステイル=マグヌスと神裂火織の二人から一年間も逃げていた少女だ。とはいえあまり時間は掛けられない。

 

「背中は任せたよ」

「先に倒れでもしたら許しませんの」

 

 


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