手に持つものは相棒だけ。
距離を考えれば、頼りにできるのは自分の拳と隣に立つ小さな少女だけだ。
だが、拳となるとどちらに分があるか、それはつい先程嫌という程結果は分かった。ただでさえ知っていたのにより強く。姐さんはもうゲルニカM-003を放り出し、両手を軽く振っている。もう姐さんと殴り合うのは勘弁だ。
「白井さん
「ちょっと、そこまでする相手ですの?」
「相手だよ、俺は嫌という程知ってるし、白井さんも分かるだろう?」
俺と白井さん二人の筋力を合わせても姐さんの力には勝てない。白井さんは少し俯いた後に顔を上げ、小さく頷く。
「仕方ありませんわね。ただ相手が動いていると厳しいですわよ」
「了解、そこは俺がどうにかするしかないな」
「ほらお二人さん行くぞ! あたしを楽しませてくれ!」
姐さんが力強く足を踏み込む。アスファルトが砕けてヒビが走った。円柱型の警備ロボが飛び跳ねて姐さんの方へと寄っていく。それが行くのを見送り、相棒を地面に置いて警備ロボを盾に白井さんと共に姐さんに突っ込む。
「邪魔ぁ‼︎」
姐さんの剛腕が円柱型の警備ロボに衝突した。鉄が凹むなんて音じゃない。
戦艦の主砲が火を噴いたような音。
警備ロボがひしゃげ残骸が宙を舞う。その影に隠れるように飛び込み姐さんの足に飛び込み絡みついた。
「同じ事を!」
振り上げた姐さんの足に蹴り出されるように空に放り出される。地下街の通路でやった時と同様。しかし、今度は天井が無い。それにもかかわらず背に感じる小さな衝撃。
靡くツインテール先端が視界の端に見える。
チラッと背後を見て合図を送ると、俺の見る世界が変わる。足を振り上げた姐さんの姿が目の前に現れ、目を見開いた姐さんの顔がゆっくりこちらに向いて来る。
今だ。今しかない。
残った姐さんの足に向かって全力で体を動かす。地面を転がる遠心力を片方の足に全て乗せ、足を踏み込むその為だけに筋力を総動員した。
狙うのは膝の裏。人の可動域の反対方向に力を入れてへし折るような真似はきっと姐さんの筋力に阻まれてしまう。しかし、伸び切ったその方向に動く部位に関しては、力はより強く伝わる。例えそれに耐えようと、もう片足で姐さんの足首を抑え、てこの原理を用いればいくら姐さんといえど地面に引き倒す事ができる。
そんな思惑の通り姐さんはビタンとアスファルトの上に倒れた。大地は友人。地面の上、大地に体を付けた同じ態勢なら、こちらの技に引き込める。姐さんを倒し、止まる事なくそのまま姐さんの上を転がって姐さんの左腕を取る。膝を使って姐さんの手首を百八十度回し抑え、関節を固定した。
「ハハ、
残った片腕で立ち上がろうと姐さんの体が浮いていく。
長くは持たない。
全身の力で姐さんの片腕を抑えても、徐々に俺の体が動いていく。
「白井さん‼︎」
俺の言葉を引き金に、ベシャリと姐さんの体が地面に再び倒れた。
俺の抑えている左腕ではなく、肘を曲げ力を入れている姐さんの右腕の肘に白井さんの金属矢が貫通した。
力なく地面に投げ出された右腕を姐さんは無表情で眺めていたが、それも一瞬。すぐに口を横に割いて笑い声をあげる。それに隠れるように俺の抑えている左腕の肘に現れる金属矢。
音もなく、血が飛び散るわけでもなく姐さんの左手に入っていた力が抜けていく。
戦車の装甲すら凹ます姐さんの両腕を封じた。だがこれで終わりではない。強引に立ち上がろうとした姐さんは動かない腕を乱暴に振り回し俺の体が姐さんから離れる。ゴロゴロ無様に地面を転がり、顔を上げた先には両腕を垂れ下げ立ち上がった姐さんの姿。
その顔は、六年間で今まで見た事ないほどに、ただ歓喜に満ちていた。
「ハハ、ハハハ‼︎ 見ろ
「貴女頭大丈夫ですの?」
姐さんの背後に姿を現した白井さんが冷めた顔でそう言うが姐さんは笑ったままだ。
寧ろその笑みをより深くする。
「そう言うなよ黒子ちゃん。分かるか? 生まれながらに強いっていうのはある意味とても退屈だ。こっちは全力でなくてもいつも周りは必死な顔であたしに向かい呆気なく倒されて終わり。闘いなんて生きるのに必要ないなんてのは知ってる。だがそれならこの力はどこで使えばいい? あたしだって全力を出したい。でもそうすると呆気ないが積み重なるだけなのさ。あたしだって人間だ。少しでも生を感じたい。
笑う姐さんは心の底から楽しそうにそう言って、口で肘に突き刺さっている金属矢を両方引き抜き地面に吐き捨てた。そして空いた穴を面白そうに見つめると強引に腕を持ち上げる。靭帯も繋がっていないだろうに筋肉で無理矢理動かす痛みに顔を歪めながら、一歩をしっかりと踏み出した。
「さあ
「姐さんもボスも似た者同士だからね。姐さん。俺は今ここで姐さんを倒すよ」
「できるもんなら、やってみな!」
姐さんが俺に向かって突っ込んで来る。それに向かって俺も走り、姐さんが腕を上げたところで地面の上を滑るようにそれを避けて、白井さんに向けて突っ込む。
白井さんの差し出された腕を掴めば、一瞬にして目の前に姐さんの姿。
驚く姐さんの腕を取り、十字固めの要領で腕を極める。いくら筋力で腕を動かしても、その大元にある靭帯が機能しない姐さんの腕を抑えるのは、普段の姐さん相手よりもずっと容易い。残った腕で俺を掴もうとする姐さんの腕は、
肘に空いた穴に指を這わせ、顔を歪めた姐さんはあっさり膝をついた。それを見た白井さんが手錠を取り出し姐さんの手に掛けようとしたが、体を振った姐さんに俺も白井さんも弾かれる。
「ハハ、黒子ちゃんやっぱり邪魔。そんなに小っこいのに強いんだから。お姉さん惚れちゃいそうだよ!」
「ッ、貴女に好かれても嬉しくないですの」
俺と白井さんを見比べて、姐さんは白井さんに狙いを定める。立ち上がろうとする白井さんが動くより早く、人外の脚力を持って距離を詰めた姐さんが腕を振りかぶった。
衝撃。
は来なかった。音もしない。
振り上げた腕は振り上げたまま、何かに引っ張られるようにその動きを止める。
姐さんの振りかぶった腕の左手首に光る銀色の輪っか。その先は俺の右手首と繋がっていた。全身を使いたった一本の姐さんの腕を止める。
「法水さん!」
「そんな腕の姐さんの拳なら俺にだって止められる。白井さんは殴らせない」
「ならお前が殴られりゃいいさ‼︎」
振り向いた姐さんの拳が俺の顔面を捉えた。
骨と骨のぶつかる鈍い音。本来なら骨が砕けるような一撃は、姐さんの腕に上手く力が入らないおかげで、一瞬意識が飛ぶだけで済んだ。
視界が赤く染まり、足がふらつく。それでも俺も拳を握り姐さんの顔に向かって振り抜く。拳が痛い。
「ほら
殴る。殴られる。殴る。殴られる。
手首の手錠が俺と姐さんを引き止めて、殴り合えと強要する。
姐さんは笑顔だ。それを潰すために拳を放つが、それを引き戻す先に姐さんの笑顔。
姐さんの拳が腹部に突き刺さり、はっきりと今度は骨が折れる音がした。
肋骨が逝った。呼吸をするだけで体の内側が痛む。
それでも膝は折らず、姐さんに向かって拳を振るう。
何をしているんだろう。時の鐘の仲間と。六年共に過ごした姐さんと血を撒き散らしながら殴り合っている。
何のために。仕事のため? それにしては利益が合わない。
鼻血を噴きながらも姐さんは笑顔だ。
なら俺は? 俺はどんな顔で拳を握っている?
ふと生まれた疑問は、姐さんの放つ拳に吹き飛ばされる。リセットされた頭でまた拳を握り、放った後に同じ考えが再び脳内に渦巻いて来る。
きっと意味はないのだ。
姐さんにとっては今楽しいかそうじゃないのかが全て。顔を見れば分かる。
でも俺は、こんなものは俺の求める必死ではない。
よたつく体で放った左拳は、姐さんの右拳とかち合って耳に痛い音を奏でた。
拳が割れて血が噴き出す。それでも拳を緩めずに、再度姐さんに向かって振るう。
二度ぶつかり合った拳は、肘の方から嫌な音を上げて垂れ下がった。それでも俺は拳を上げる。
痛みなんて慣れている。三度かち合うかと思われた俺の拳は空を切り、俺の顔を捉えた姐さんの拳は、手錠の鎖を引き千切り俺をアスファルトの上に転がしてくれた。
くまなく全身から痛みを感じ、もうどこを怪我しているのかも分からない。呼吸をすると口から血が垂れて来る。
赤い糸を空に引き、なんとか体を持ち上げる。
「ぐう、ふぅ、まだ、まだッ」
「ハハハ、ゾンビか? あたしよりボロボロの癖して、頑丈さならお前が時の鐘一だろ」
「まさか、姐さんには敵わないよ、はぁ、しんどい、ぐぷ、あぁ、なんでこんな事してるのかな」
「なんだよ
「さて、なんでかな」
俺は姐さんみたいに全力を出したいがために戦うわけじゃない。
俺はいつだって全力だ。
上条みたいに誰かを救うためでもない。俺はそんな善良じゃない。
土御門のように自分の信念を曲げないためでもない。姐さん相手だ、本当ならもう帰りたい。
白井さんのように誰かを守るためでもない。俺は人殺しだ。
仕事のため? 俺が人でいるために?
きっと違う。
姐さんと本気で殴り合っている時点で、人としてどうかしてる。
ではなぜ? なぜ?
チラッと姐さんの奥に立っている白井さんを見る。そして頭の中を一瞬過ぎるカレンのうざったらしい顔。
「少し上条の気持ちが分かったな。自分が認めた相手の前では倒れたくないし、それに誰かのせいにしたくない。これは俺の
「ハハハ、ようやっと笑ったな。いいぜ
姐さんと俺の距離がゆっくり詰まる。
走るほどの力が出ない。振り上げた腕は力なく、姐さんの拳が腹に刺さる。
俺の体が地面に転がる事なく崩れ落ちた。
体の力が抜けていく。
あぁ、暗幕が降りて来る。
クソ、クソまだだ。
まだなのに……、
俺は──。
「法水さん‼︎」
白井さんの声が聞こえる。
白井さんに向かって姐さんが歩き、その距離を徐々に縮めていた。
駄目だ。力が入らん。
薄れていく視界の中、姐さんの拳を空間移動で避けた白井さんの俺を呼ぶ声が再び聞こえる。
少しして目の前に落ちる純白の槍。
ああ……そうだった。
白井さんとの距離を詰める姐さんの足に狙いを定めて腕をなんとか持ち上げる。
五百メートルもない僅かな距離。こんな距離なら問題ない。
指を引くだけ。それだけの力があればいい。鐘を打ったような音が響き、姐さんの膝に穴が開く。猛威を振るったビッグフットは、ようやく地面に倒れ込み、起き上がろうとするが足で立つ事ができていない。
「孫市!」
「……姐さん、俺、狙撃手だぜ」
「…………そうだな、そうだった。……ははっ、負けたよ。流石にこれじゃああたしも動けねえ。膝に大穴開けやがって、治るのか?」
「知らね」
そう言うと姐さんは体を広げてアスファルトに横になる。俺のぼやけた視界には、ツインテールの少女の顔が飛び込んで来て俺の顔を覗き込んだ。
「法水さん大丈夫ですの⁉︎」
「どうかな、生きては、いるみたいだ」
「全く何が仲間同士殺し合いはなしですの? ほとんど殺し合いじゃないですか」
「いや、でも、生きてるし、俺が姐さんと殴り合ってた時、白井さん何もしなかったじゃないか」
「それは……貴方を見ていたら止めづらかったからで、目が入って来るなと言ってましたわよ?」
「本当? そりゃ朗報だ」
白井さんの見慣れた呆れ顔が俺を見下ろした。さて、俺はもう動けそうもないが、白井さんにダメージはほとんどないと言っていい。これなら白井さんに禁書目録のお嬢さんのところに向かって貰ってもどうにかなるはず。
「白井さん行け、ゴーレムの方へ」
「怪我人二人を置いて離れろと?」
「死にはしないさ、だから早く」
「それなら……今丁度初春からメールがありましたわ。石像は崩れ去って動きを止めたそうですの」
白井さんがそんな事を言う。そして今来たという初春さんからのメールを俺に見せて来た。上条がやったか。結局俺がした事は姐さんと喧嘩をしただけ。仕事達成なんてものじゃない。ふざけてやがる。やっぱり土御門の持って来る仕事は割に合わない。
笑えてくる。そう思って笑うと体の内側に響く。口からはため息の代わりに血が垂れた。
「ほら動かないでくださいまし。はあ、やっぱりあなたはロクでもない男ですのね。一度たっぷりお説教ですの」
「ひどいな、功労者の扱いがこれか? だが、悪くなかったな相棒」
「ええ確かに、見事な銃ですわね」
「今のは白井さんに言ったんだ」
白井さんの顔がものすごい勢いで歪んでいく。それを最後に安心してか力が抜け、荒くなっていく視界が狭まり消える頃、白井さんは笑っているように見えなくもなかった。
***
気に入らない。とっても気に入らない。ベッドの上で煙草をふかす。
病院に搬入されて数日、姐さんが俺よりも早く全快し学園都市を強引に脱出した事でもなく、姐さんとガチでやったせいでやり過ぎだとボスに怒られた事でもない。俺の目の前で大変いい笑顔で俺を見下ろすツンツン頭。
なんだその顔は。
「よー法水。あれ、お前まだ入院してんの? へー」
「なんだよ」
「いやー今回上条さんは入院してないんだよなーこれが」
そう言って上条は、机の上に放り出されている俺の怪我の種類が書かれた紙に目を落とした。
俺はもう見飽きた。肋骨の粉砕骨折。頭蓋にヒビ。肋骨が内臓に刺さり、少々内臓も破裂した。右手の骨と靭帯もイカレ、剥離骨折だの複雑骨折だの、たったの一回の戦闘で骨折のフルコースだ。
学園都市の中にいなければ今頃死んでいてもおかしくない。魔術や超能力より医療技術が一等おかしい気がする。あれから数日でもう普通に歩く事ができる。まだ体の内側は気持ち悪いが、カエル顔の医者に感謝だ。
「いや、凄えな。なんて言うかさ、法水って一回の怪我がやばいよな。無事な時は無事だけど怪我する時は怪我するっていうか」
「姐さんのせいだ姐さんの」
そう投げやりに言うと、上条の顔が険しくなる。白井さんもそうだった。理解できないのだろう。
仕事。それだけのためにお互い闘う事も普通にする。
俺も姐さんも喧嘩ぐらいにしか思わないが、周りから見れば、白井さんの言う通り殺し合いにしか見えないのだろう。
「なあ法水」
「何も言うな上条さん。これが俺達だ」
「でもよ、ステイルもそうだけど、そこまでするかよ普通」
そこまで、とは殺すまで。そう上条さんは言わなかったが、そういう意味だろう。俺は傭兵でステイル=マグヌスは魔術師。その在り方は違うが、きっと考える事は同じだ。生き死にの絡む戦いに身を置く者は誰もがきっと同じ。
「仕事というのは方便だ。それよりも大事なもののために俺も、きっとステイル=マグヌスも『
「だからって、他にやりようはねえのか? そんな怪我までして」
「いつか死ぬって? そんな事も生きてりゃあるさ。ステイル=マグヌスがどうなのかは知らないが、俺は時の鐘じゃなきゃダメなのさ」
そうとも。時の鐘じゃなきゃ嫌だ。他の道がある。方法がある。そんな事は知っている。俺の選択は俺の道を狭めているだけ、全てを放り出しただの一学生として学園都市にいる事だってやろうと思えばできる。だが俺はそんな道が見えていても見るだけで決してそっちには足を向けない。それが地獄よりも険しい道だとしても。
「俺には分かんねえよ」
「それでいいんだ。相手の考えが全部理解できたとして気持ち悪くてしょうがない」
「だけど」
「入院してない上条さんがそんな顔をするなよ。上条さんは上条さんらしく上条さんの道を行けばいいのさ。俺は俺の道を行き、土御門さんは土御門さんの道を行く。例え交わらなくても、それは悪い事じゃない」
相手が気にいっているとしても、友人であろうとも、別に同じ道は行かなくていい。この世にいる全員と同じ道など歩けない。それに道とは歩いた後にできるのだ。それが何より大事な
「人は誰しも自分に呪いをかけている。それが自分の歩く道なのさ」
「そんな幻想」
「俺は抱えていたいよ」
拳を握った上条さんの手が力なく落ちた。いつかその拳が俺に振るわれる時が来るのか。その時俺は人か怪物か。少なくとも俺は人でいたい。きっとその時は上条が俺の必死になってくれるかな?
「ほら上条さんもう行くといい。
「ん、ってもうこんな時間⁉︎ やべえまた噛み付かれる⁉︎」
病室に掛けられた時計を見て、上条は慌ただしく走って出て行く。忙しい奴だ。だが事態に追われて駆け回っている方が上条らしい。俺みたいな奴に上条の時間を裂くこともない。
特にこんな話なら。
煙草を握り潰し、灰皿に放る。上条さんが消えた入り口から入れ替わるように入って来る男。やはり来ていた。匂いがした。日本の香の独特な匂いがあの男が来るとする。
「お見舞いに来たぜい孫っち」
「だと思ったから上条さんには帰って貰ったよ。したくもない話をしてね」
「よく分かるにゃー」
「人間五感が一つ死ぬと他が鋭くなるんだ」
と、よく時の鐘の仲間の一人が言っていたのを思い出す。本当かどうかは分からないが、俺が一般人よりも鼻も耳も多少いいのは確かだ。体の力を抜いてベッドに沈み込む。土御門の顔が見づらい。
「そんな顔するなよ、仕事は失敗でも成功でもない。シェリー=クロムウェルはイギリスに戻され謹慎だ。培って来た術に生かされたな」
「そりゃ何より、でも俺にとっては失敗もいいとこだ。シェリー=クロムウェルを追っていたのに姐さんと殴り合っただけだ。狙撃手のやることじゃないよ全く」
「そりゃオレのせいもあるしそんなに気にするなよ。今回はオレも少し切羽詰まってたしにゃー」
「風斬さんか」
眼鏡の美人さんを思い出す。別におかしなところのないどこにでもいる学園都市の学生に見えた。だがその薄皮一枚捲った中身は人とは呼べない。三角柱が形作る人に似た何か。
「ああ、虚数学区・五行機関。その鍵。その正体はAIM拡散力場そのものだぜい」
「まじかよ。じゃああれが『
「この話をそんなすぐに投げ出すあたりある意味孫っちが仲間で頼もしいぜい。頭が悪いわけじゃないだろうに」
うるさい。ニヤついた顔を俺に向けるな。科学がどうのこうのという話は頭が痛くなる。魔術がどうのこうのという話もだが、人一人も満足に理解できないのにそんな話はNOだ。だがそんな俺にも知っておきたい事はある。
「で? 土御門さんの上にいるのは誰なわけ? 俺も仲間だっていうなら教えてくれてもいいだろう。依頼人の名前ぐらい知っておきたい」
「そうだにゃー、まあいいか。どうせバレたところでオレにも孫っちにもどうにもできない」
そこまでの相手か。土御門が大分深いところにいるだろう事は分かっている。どんな名前が出て来るのか。土御門の顔が少し真面目なものになった。
「学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリー」
「アレイスター=クロウリー?」
あれ? おかしいな。聞いた事ある名前なんだけど。
「本当にアレイスター=クロウリー?」
「なんだ孫っち知ってるのか?」
知ってるも何もガラ爺ちゃんとキャロ婆ちゃんからその名前は嫌という程聞いている。なんでも猥談好きの変態だとか。青髮ピアスみたいな奴だというのが俺の印象だ。時の鐘の装備が世界的に見ても相当質がいいのは、ガラ爺ちゃんとキャロ婆ちゃんにアレイスター=クロウリーが借りがあるからだとか。毎年二人の誕生日になるとアレイスター=クロウリーの名前でめっちゃ高い酒が届く。そのアレイスター=クロウリーが依頼人?
やっぱり世界って狭いわ……。
「なんか、なんかなあ。え? アレイスター=クロウリーが依頼人で学園都市のトップ? 俺アレイスター=クロウリーって変態の足長おじさんみたいなイメージしかないんだけど」
「どうしてそうなったんだ……」
「まあいいや、まさかガラ爺ちゃん達の知り合いだとはね」
「そうなのか?」
「ああ、なんでも学園都市設立の時に当時結成されたばかりの時の鐘からガラ爺ちゃん、あー、ガラ=スピトルが派遣されてな。それ以降アレイスター=クロウリーとは腐れ縁なんだと、よく酒をたかってたってさ」
「アレに?」
「どれか知らんけど、まあ爺ちゃんの知り合いなら気にしてもしょうがねえや。信じはしよう」
「……それはやめた方がいいんじゃないかにゃー」
なんだろう珍しく土御門が心配してくる。アレイスター=クロウリーってそんなやばい奴なの? 学園都市が危険な場所だという事はもう十分分かっている。だが、そのトップに君臨しているのがよく話に聞いた変態だとは。いや、変態だからこんなものを作れたのか? そう考えると妙に納得できる。
「なんにせよ、これからもこういう仕事が回って来るわけだ。国際連合にも目をつけられながら学園都市の奥底を泳ぐのはやだなあ」
「お互い苦労するな。裏も表もこの世は大変ぜよ」
「こんな生き方今からしてたらロクな死に方できねえな」
二人揃ってため息を吐く。自分の道を歩くのはいいが、道に生えている雑草が多すぎる。それが花であれば見る楽しみもあるのだが、あまりに大きな雑草過ぎて抜く事もできない。
「除草剤でも撒いてみるか?」
「縁起でもないな、それにすぐに数を増やして復活しそうだぜい」
「だよなー、だがこれだけは言えそうだ。俺絶対手を貸す組織を間違えたわ」
このまだ名前もない組織は絶対ブラックだ。
俺と土御門は顔を見合わせもう一度ため息を吐いた。
憂鬱な初仕事編、終わり。ここまで読んでいただきありがとうございます。