「ってなわけで俺の友人は病院にまるでホテルのスイートルームのように寝泊まりしてるわけですよ」
「君も変わった友人を持つね」
寮の部屋でいつも通り時の鐘本部へと報告をする。シェリー=クロムウェルの件は先に姐さんが戻って報告をしているので俺から別に報告する事はない。というかその話はあまりしたくない。お互い別々に雇われ、時の鐘同士潰し合うこととなった学園都市侵入者騒ぎは、俺は姐さんとの相打ちとして決着がついた。そのせいで、時の鐘が出来レースを演じたとか騒ぎ出す輩がそこそこ出てきたらしく、ドライヴィーが噂の元を断つために世界中を周っている。マジごめん。ただ悪い噂にしたって出来レースは酷すぎる。出来レースで内臓破裂や頭蓋にヒビまで入れるわけないだろ。そんなわけでこの件に触れると愚痴しか出てこないので話すのはやめ。しかしそうなると別段話すことがあるわけでもなく、禁書目録のお嬢さんが来る前と同じ、大して面白くもない俺の日常を話す他ない。
「そういえば知ってるかい孫市。なんでも最近『法の書』の解読者が出たそうでね、相変わらずローマ正教がバタバタしていたらしい」
「知ってますよ。俺今朝退院したんですけど昨日の夜その友人が救急車で搬送されて来ましたからね。その件を解決したそうです」
「へー、面白い子だね。僕も会ってみたいな。ただ『
「そりゃいい気味だ。塩でも送っとこうかな」
そう言うと「また君は」と言ってクリスさんの笑い声が聞こえてくる。何が可笑しいと言うのか。マジで送ってやろう。どうせなら高い奴がいい。ヒマラヤ産の塩がいいかな。
「にしても『法の書』なんて、魔術師じゃなくとも知ってるくらい有名ですよ。本当に解読出来たんですかね?」
「さてね、僕は興味があるけどガラさんが変態が書いた本なんて読みたくもないって言っていたし、キャロルさんも同意見だった」
「まあ書いたのはアレですからね」
アレイスター=クロウリー。ひょんなことから依頼主になっている学園都市統括理事長。どれだけ俺の世界は狭いのか。ひょっこり聞いた事のある名が意外なところから出て来たりする。小説や映画みたいに限られた人々によってこの世は回されている気さえして来る。
「それで孫市、学園都市の方はどうなんだい?」
「どうと言われても、今のところ特に何にも、『
「確かにそうだけれど、あっちの方だよ」
クリスさんの声が少し低くなる。あっちとは下。つまり底。学園都市の暗部についてだ。時の鐘の中ではクリスさんは外交官のような立ち位置だ。国際連合と話すのもボスでなければクリスさん。国際連合が知りたいであろう学園都市のドロドロとした部分について聞きたいのだろう。交渉の時に力になるのは情報。相手が知っていることに対しての情報は何の価値もない。国際連合に俺がこき使われるかどうかは、その情報を国際連合より早く入手できるかにかかっている。俺が暗部に潜ったと知って、国際連合の動きも変わってきているらしい。そうなると俺の命運は直接国際連合と話しているボスとクリスさんが握っていると言ってもいい。しかし、
「今現在大きな動きはないですよ。『アイテム』だの『スクール』だの他の暗部組織は元気に活動してるみたいですけど、俺の属する部隊はまだ名前もなくて俺と土御門の二人だけ。これじゃあ部隊とも呼べない」
「まあそこはおいおい増えていくんだろうね。しかし、君達の部隊に指令を出すのは話に聞いたアレイスター=クロウリーだ。一度動けば大きな動きになるはず。とはいえ情報の価値が高すぎてアレイスター=クロウリーの事は国際連合には言ってないけどね」
「それでお願いしますよ。アレイスター=クロウリーを暗殺して来いみたいな無理難題をいきなり寄越されても困りますからね」
「それはこっちも困る。学園都市のトップを時の鐘が殺したなんて知れれば学園都市から潰されるよ。僕らも弱くはないが、組織の規模が違い過ぎる。何より学園都市創設の際に護衛の任に就いたというのにそのトップを暗殺なんて二度手間もいいところだ。ガラさんもキャロルさんもいい顔しないだろうしね」
ガラ爺ちゃんもキャロ婆ちゃんも何だかんだ言ってアレイスター=クロウリーの事を気に掛けている。あの二人と長い事友人をやっている人だ。本質が悪人だとは思えない。ならば個を殺すような仕事は受けない。アレイスター=クロウリーにはできれば平穏にやっていって欲しいものだ。
「じゃあそろそろ通信は終わりにしようか。僕もこの後イギリスのトップと話があってね」
「イギリスですか、『
「ああ、それに友人の見舞いだとイギリスに行っているロイも回収しないといけないからね。全く、彼女には部隊長としてもう少ししっかりして欲しいんだけどな」
「ならクリスさんが手綱を握るしかないですよ。一夜を共に過ごしたみたいに」
「その話はやめてくれ、思い出すと体の節々が痛む。君ももう少し子供らしい話をしてくれ、ロイに毒されてるぞ」
「了解、ロイ姐さんによろしく。あ、ロイ姐さんとそのまま新婚旅行に行くって言うなら」
切られた。この話題になるとクリスさんは逃げるようにいなくなる。そんなんだから部隊全員からからかわれるのだ。俺もドライヴィーもハムでさえお節介を焼いてしまう程にあの二人はお似合いなのに全く関係が進展しない。お互い悪くないと思ってるのは見てれば分かるのだが、なんとも痒いところに手が届かない二人だ。
通信設備のスイッチを切りうんと伸びをする。身体の違和感もすっかりなくなった。カエル顔のお医者様には頭が上がらない。そのまま仰け反るように背を反らすと、台所に立つ木山先生が目に入る。相変わらず上はワイシャツ一枚にエプロン。もう慣れてしまって何の文句も出てこない。しばらく見ていると木山先生と目が合った。最近木山先生の隈が薄くなって来ている。これも度々部屋に不法侵入して来る枝先さんのおかげだろう。初春さんも佐天さんも春上さんもなぜインターホンを押さないんだ。ここは俺の部屋で寄り合い所ではない。入っていいと言ってないのに入って来るんだから。おかげで俺の部屋は武器が隠されている以外男の部屋とは思えないほどファンシーだ。なんだよゲコ太ポスターって、余り過ぎたからって持って来るな。自分の部屋に貼ってくれ。
「どうかしたかな? また凄い話をしていたな。聞かなかった事にした方が良さそうだ」
「木山先生はその方が良い。目的も果たせたんだし、後は隠居生活みたいにゆっくり余生を過ごせば良いさ」
「この歳で隠居生活は些か早い気がするがね。君は一人でどんどん遠くに行ってしまうな。協力者としては少し怖いよ」
「仕事だもの」
「そうだな」と言って木山先生は小さく息を吐いた。何を言っても意味はないと分かっているからだろう。こういうところが木山先生と居ると楽だ。大人という事なのか、他人の深いところまで聞いてこない。だが、俺が話を振れば絶対タメになる事を教えてくれるし、なんだかんだ離れずにそばにいる。小萌先生もそうだが、木山先生はやっぱり先生だ。研究者よりも、そっちの方が似合っている気がする。木山先生はエプロンを外して朝食を持って来てくれるのだが、丁度それに合わせたようにインターホンが鳴った。
別に郵便物なんて頼んでいないし、時間が早過ぎる。となると間違いない。匂いを嗅ぎつけて来たに違いない。ため息混じりに席を立ち玄関を開ければ真っ白いシスターが猫を手に突っ立っている。
「迷える子羊には施しをあげるべきなんだよ」
「よく言うよ。迷わずこっちに来ただろう。上条さんからは連絡を貰ってるよ。
「よろしくねまごいち! はるみも! おはよう!」
そう言って勢い良く部屋の中に入って来た
箸を握る笑顔の
「そう言えば君は今日は学校に行くのかな? 退院したばかりだが」
白米に箸を突っ込んだところで木山先生が聞いてきた。学校か、本当なら行っておきたいのだが、
「いや、怪我が怪我だったからね。小萌先生から今日は休めって朝連絡した時言われたよ」
「そうなの? わーい、じゃあ今日はまごいちに遊んでもらお」
「えぇぇ、折角の休みが」
「ぶー、だってとうまもガッコーがあると昼間いないから暇なんだよ」
「ならお見舞いにでも行くか。俺の家にいてもやる事ないし、あるとしてもアレだけだな」
俺の家にあるのは銃と木山先生のパソコン、大型テレビ、暇を潰せるようなものがあるとすればスイスから持ってきたものと新しく買ったものも含めた大量の冒険小説や英雄譚の数々。俺はもう内容を理解しているので読み返す事は滅多にないが、背表紙に書かれたタイトルを見るだけで楽しい気分になる。
「海底二万マイルに指輪物語? まごいちはこういうのが好きなの?」
「ああ、それに人外魔境に地底旅行、冒険小説以外ならフランケンシュタインやジーキル博士とハイド氏、吸血鬼ドラキュラも読んだ。原文でな。それらが俺を作ったんだ」
「どれも有名だな。私も題名は知っているが読んだ事はないな」
「私も魔道書はいっぱい読んだけど、こういう本はあまり読んだことないかも」
なんて勿体無い! 論文や魔道書にうつつを抜かしてもっと大事な本を見逃している。なんて奴らだ信じられん。
「嘘だろ……、じゃあグレート・ギャツビーは? ホームズやポワロは? ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ。赤毛のアンやオペラ座の怪人なら……マジかよ」
「まごいちって文学少年?」
「意外だな」
うるせえ! なんて事だ。なんて事だ! イギリス清教は何を教えているんだ!
「よしよしいいだろう。分かった。今日は魔術や科学より不思議な世界の話を嫌という程聞かせてやる。本が嫌なら映画もあるぞ、バックトゥザ・フューチャーにジュラシックパーク、2001年宇宙の旅、なに一日なんてすぐ終わる」
「……地雷踏んじゃったかも、カナミンの方がいいんだよ……」
「……思ったより君は子供っぽい科学が好きなんだな」
***
くっそー、昼過ぎに部屋を追い出された。俺の部屋だぞ。朝食からずっと果てしない冒険の話をし続け、インディジョーンズの映画の途中で放り出されるとは、クリスタルスカルの謎が謎のまま終わってしまった。いいのかそれで、いや良くない。絶対にいつか第二回を敢行してやる。
平日の昼間は学園都市は静かなものだ。ほぼ全ての学生が学校に行っているせいで街はすっからかんにも見える。学生服を着た者は俺のように正式に休みを貰って暇してる者か、学校に行っていない
しかしそうなるとやる事がない。仕事に追われたまの休日にぽけらーっとしているサラリーマンの気分だ。むしろサラリーマンらしく公園にでも行こうか。ふと前を見ればコンビニが。御
コンビニの中はまだ残暑の厳しい外と違い涼しくて心地いい。だが近いうちに来る冬に備えてか、ホットの飲み物も置き始めているようだ。学園都市の自動販売機にはおかしな飲み物があるのをよく見かけるが、好んで飲む奴は頭がおかしい。缶ならコーヒーがいいだろう。そう思い手を伸ばすと、横から急に伸びてきた手とぶつかる。なんだよ、この人のいない時間帯になんでこうなる。
「あァ? なンだオマエ」
なんか凄い当たりの強い奴だ。顔を見れば赤い目に白い髪。白兎みたいな色をしている。ただすっごい目つきが悪い。よく見ると肌も白く、アルビノのようだ。ドライヴィーとぜひ隣同士で立って欲しい、対比として面白いだろう。視線を落とすと白い男は大きな杖を右手に握っている。立ち姿を見るに足が悪いようには見えないが。
「すいませんね、お先にどうぞ」
「……ッチ、悪いな」
悪いと思うなら舌を打つな。なんて奴だ。しかもこいついくつ缶コーヒーを買うんだ。ブラックばかり。黒い山がカゴの中にできている。
「血糖値気にしてるんですか?」
「あァ、なンだ急に」
「いや今とてつもなく暇でしてね、ちょっとした暇つぶしですよ」
「なら他の奴を当たれ、俺に構うな」
そう言われたので周りを見て見る。当然人影は無い。これで誰を当たれっていうのか。
「他が見当たらないんですけど」
「知るかァ」
何という拒絶体質。ここまで人当たりの悪い人間を見たのは久しぶりだ。ブラックコーヒーを詰めたカゴをガチャガチャ揺らしながら男はレジまで歩いていく。どことなくゴッソに似た雰囲気がある。俺の苦手なタイプだ。放っておきたい。だが、
「あの先に会計いいですか? 缶コーヒー一本だけなので」
「あァ、なンだオマエ、順番も守れねェのか?」
「いや、合理的に考えてここは私が先の方が。だってその量会計するのを待つのはちょっと」
「だったら隣のレジに行けや、オマエの目は節穴かァ?」
「いやこの時間店員さん一人ですから、っていうか店員さんいないんですけど」
この時間に客が来ないと高を括っているのか店員の姿がどこにもない。遠くでサボっているのか呼んでみても出てこない。業を煮やした白い男は、レジに無造作に金を置き缶コーヒーをビニール袋に入れると出て行ってしまう。うん、これなら。俺も続けてコンビニを出る。
「いやあご馳走様です」
「はァ?」
「あのお釣りの額なら私が払わなくても良さそうだったので」
「イやオマエそれ万引きだろォが、ざけンじゃねェ」
「まあまあ、私は法水孫市、お礼に家までそれ持って行きましょうか?」
「いらねェからもォどっか行けやァ! 何なンだオマエはッ!」
怖いよ。こう初対面でなぜこうも攻撃的になれるんだ? よっぽど荒んだ生活でも送っているのか。戦場になった街で出会う一般市民並みの当たりの強さだ。
「いや暇なんですって、俺の部屋なのに居候に追い出されまして、冒険小説の話をしてただけなのに。学校の担任に今日は休めと言われたせいでやる事もない」
「だったらその小説よろしく一人で冒険でもしてろ、仲間がいるならそこらの奴でも誘え」
そう言われて辺りを見回すと今度は一人居た。道の脇に停まっている車の前でなんかガチャガチャやっている。金髪で服はジャージにジーンズ。見るからに
「おっしゃー! 見たかコラー!」
「アレを誘えって?」
「いねェよかマシなンじゃねェか?」
絶対本心から思っていない。だってこいつジャージの男の方全く見てないし、しかもジャージの男の方も見たかって誰に言ってるんだ? 俺とこの白い男が居なければ少し遠くの警備ロボしかいない。しかもジャージの男が叫んだせいで警備ロボが反応した。馬鹿だ。
「クソ……ヤベェ、早く行かねえとって……なんだコリャ、どうエンジンかけりゃいいんだよ⁉︎」
なんかジャージの男が戸惑っている。言葉を聞く限り内部の構造が複雑らしい。見たところスポーツカーだがかなり古いタイプだ。今時の車の方が手慣れているんだろう。放っておいてもいいんだが。白い男が手に持つ缶コーヒーの山を見る。頭を抱えているジャージの男を見る。そういえば最近運転してないなあ。よし。
「ドライブといきましょう。いい暇つぶしになりそうだ」
「オイ⁉︎ オマエ⁉︎」
白い男の手から缶コーヒーの入ったビニール袋を奪い取り、ジャージの男の方へ歩く。ジャージの男の目が俺へと向き、ジャージの男が何か言う前に運転席からビニール袋を後部座席に放り投げる。そして男が覗いているダッシュボードの下へとジャージの男に代わって手を伸ばした。
「な、なんだよアンタは⁉︎
「いやいや、フェアレディ1500なんてものが学園都市にあるとは、久々に見ました。古いが故にエンジンのかけ方にコツがいるんですよね、仲間の一人が車の整備が得意で旧車好きでね。おかげで今の車より古い車の方が詳しくなっちゃいました」
「オイオマエ俺から引ったくりやがるとか命知らずかァ? 死にたいンならそう言ェやァ、最ッ高な方法であの世に送ってやるよォ」
「今度はなんだよ⁉︎」
うるさい。ベルみたいな男だ。いちいち返事をするのも面倒なので、口を動かすよりも手を動かす。少しすると叫ぶジャージの男と白い男の話し声を掻き消してエンジンの鈍い音が響いた。
「うぉ、凄え‼︎ どうやったんだ?」
「教える代わりに少し貸してください。んー、運転は久しぶりだ。大丈夫免許は持ってますから。貴方も乗ってください送りますよ、コーヒー代の代わりに」
「……ッチ、まあ歩くより楽か」
屋根を下ろしオープンカーとなった後部座席に白い男が横になり、助手席にジャージの男が飛び乗る。俺は運転席に座り、バックミラーを見て迫る警備ロボを視界に収めた。ハンドルを握りアクセルを踏み込む。時代錯誤な大きなエンジン音、これがいい。学園都市は科学技術を進歩させ過ぎて古き良き浪漫を少し蔑ろにしている。
「フゥー! いい音だな! やっぱいい車だぜ、アンタ名前は? 助かった」
「私の名前は法水孫市、今日一日暇してるただの学生ですよ。後部座席の彼は知りません、さっき会ったばかり。ただ缶コーヒー一本の借りがある」
「……ッチ」
「俺は浜面仕上だ。なんだっていいけどさ、さっきの技教えてくれよな。後この車なんだけどよ」
「少し転がしたらお渡ししますよ。さあ久しぶりのドライブだ。ただ、んーいい音だ」
人のいない学園都市の中をドリフトで爆走する。白い男の舌打ちとジャージの男の歓喜の叫びをBGMに、今日は悪くない暇つぶしができた。一期一会というのも悪くない。まあこの男達ともう会うこともないだろうな。追ってくる警備ロボを振り切るようにアクセルを強く踏み込んだ。