時の鐘   作:生崎

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残骸 篇
残骸 ①


  おかしいな。部屋の大型テレビを睨み、かちゃかちゃテレビのリモコンのボタンを連打しても全く反応がない。上条が病院から帰って来てから数日、禁書目録(インデックス)のお嬢さんも帰っていき、あれから久々に再熱した俺の数少ない趣味に最近何もない放課後は時間を割いていたのだが、たったの数日でテレビが壊れた。このテレビは学園都市に来てから買ったばかりの最新式のものだ。まだ半年も使っていない。夏休み初日に部屋が上条とステイル=マグヌスのせいで水没した際は少し焦ったが、それでも壊れず今に至る。

 

  この数日数々の名作映画を見せてくれていたというのに、ニュースを見る以外本格的に使い始めたら途端に壊れるなんて事があっていいはずがない。

 

「やあ」

 

  電源ボタンを押してみる。画面の映像は固定されたように動かず、電源を切る事も出来ない。音量ボタンのマイナスを強く押し込むと、テレビの画面に表示された数字はゼロになっているにも関わらず、テレビは音をあげている。

 

「おいおい、そこまでするかねえと」

 

  俺の行動を指図するとは面白いテレビだ。静止の言葉も聞かずにテレビの裏に手を伸ばし、電源コードを引っこ抜く。プツンッと電波の糸が切れる音がして、テレビの画面はようやっと黒一色へとその色を変えた。ホッと息を吐くと横から聞こえる電波の糸が繋がる音。

 

  木山先生のパソコンが勝手に起動し、テレビと全く同じ画面を写す。画面の中、中央で可愛らしい椅子に優雅に座ってこちらを見る一人の少女。長い茶髪。首に掛けられた大きなヘッドホン。常盤台中学の制服の上に羽織られたダボついた薄汚れた白衣。そして白井さんの敬愛する少女と全く同じ顔。まあ少し超電磁砲(レールガン)よりも気怠げな空気を放っているが、そんな事はどうでもいい。たまにテレビを見ていると急に画面に写り込んで来る奴が、今日は画面全てを占領し俺の部屋の電子機器の中に居座っている。

 

「いい加減話をしようじゃないか。とミサカは疲労」

「うるさいな、なんだ急に。生きてたんだったら正面から来い、毎回毎回俺しかいない時にテレビをジャックするとかいう地味な嫌がらせしやがって、お経でも読めばいいのか?」

「そんなもの意味はないよ、眠くなるだけさ。生きてはいるんだが、今の私はミサカネットワークの中を漂う……いやいい、だからそんな顔しないで欲しいねえ。難しい話はなしにしようじゃないか。とミサカは提案」

 

  いやもう難しい話以前に嫌な話だ。雷神(インドラ)計画なんていう頭の痛くなるような話を推し進めていた奴の話なんて聞くだけ疲れる。パソコンの電源も引っこ抜こうと手を伸ばすと、画面に映る電波塔(タワー)の口が小さく笑みを作った。

 

「それはやめた方がいい。もしやるなら電源を抜かれる瞬間にこのパソコン内のデータをまるっと消去する事になる。とミサカは脅迫」

 

  何なんだよこいつは。新手のウィルスか何かか? 初春さんを呼んで駆除して貰いたい。このパソコンには木山先生に頼んでいる仕事のデータが全て入っている。電子機器にそこまで詳しくない俺では、電波塔(タワー)相手に電子戦を挑んでもどうなるかは明白だ。伸ばしていた手を下げ、時の鐘への通信の際に座る無機質な椅子に腰を下ろす。こいつは学園都市に来てから出会った相手の中で、間違いなくトップクラスに上ってくる面倒な相手だ。口から自然とため息が溢れる。それを煙草を咥える事で塞いだ。

 

「で? なんだよ、部屋の趣味でも変えた自慢か?」

 

  電波塔(タワー)の背後に映る景色は、あの十七学区で見た工場のように見えるが、ところどころファンシーな小物や観葉植物、絵が飾られ、至る所にある大きな窓からはそれぞれ違った景色を覗かせている。電波塔(タワー)はそれらを見回した後、「そうだねえ」と一度間を置いた。

 

「今まで缶詰状態だったからね、私も俗世に塗れたんだよ。ほらこれはゲコ太の等身大ぬいぐるみを再現したものだ。私は別に好きではないんだが、一時期ミサカネットワーク内で流行ったので置いてみた。触り心地は悪くないよ。と、ミサカは自慢」

「あーっそっすか、じゃあ話も終わったな。さっさと帰れ」

「冷たいねえ、だがそうもいかない。今日は仕事の話で来たのだよ。とミサカは依頼」

 

  仕事? その言葉に少し耳を疑う。電波塔(タワー)が仕事を持ってきた。つまりそういう事らしいが、どういった風の吹き回しなのか。雷神(インドラ)に潰された時にこちらから持ち掛けた時は蹴ったくせに今更仕事を持ってくるとか。それに絶対面倒なものに決まっている。そんな考えが表情に出ていたのか、電波塔(タワー)の笑みが深くなった。それが鬱陶しい。

 

「なんだよ、木原幻生を殺せとか? 生憎時間切れだ」

「ハハ、違うさ。君達時の鐘がどういった仕事なら受けるのか、ちゃんと調べたよ。して欲しいのは探し物だ。とミサカは解答」

「探し物? 落し物なら警備員(アンチスキル)を訪ねろよ。訪ねられるかは知らないけど」

「いやいや、確かに落し物ではあるんだが、それは神の落し物と言えるほどとても価値があり、警備員(アンチスキル)ではどうにもならない連中が追っている。私はそれが欲しいんだ。とミサカは要請」

「はあ、つまり仕事の内容は物探しというわけだ。それが一体どんなものでどんな形状か分かるのか? 分からないんじゃあ」

 

  その先の言葉は電波塔(タワー)の笑い声に潰された。口を引き結び噴き出さないように堪えてはいるが、耐えきれずに口の端は歪み、笑い声が普通に漏れている。

 

「ふくく、分かっているさ。というか君も知っているものだよ。ダメだねえ、電話するにしても盗聴は警戒しないと。いや、警戒はしていたね、でも残念ながらアレくらいじゃあ私にはないも同じだよ。とミサカは警告」

 

  そこまで言われてこれ見よがしに舌を打った。だから、出て来たわけだ。俺の携帯の着信履歴の一番上にある名前は、今電話でもかかって来ない限り土御門。そしてその下はクリスさんだ。あるモノを追って遂に国際連合が動いた。とはいえ、俺に動けという事ではなく、誰が動いたのか監視をしろというもの。クリスさんの話では、各国の諜報員達がこぞって別々に動き出したそうだ。つまり自分達で動くから、俺にはその見張りをしろという事。結局国際連合の俺の使い方はいつもと変わらない。俺達は遊ぶからお前審判な! みたいなものだ。そして土御門の電話もそれに関する事であった。ただ今回は監視に徹しろと。前回俺は派手に暴れすぎた。魔術も科学もそっちのけでガチの殴り合い。しかもその後重症だ。然るべき奴ら相手に目立ち過ぎた。おかげで今回国際連合からの目も良くない。前線に立つのは控えろとの事だ。

 

「ならお前もアレが欲しいわけだ。だが残念ながら俺は今回観客なんだよ。見ている事しか出来ない」

「見ているだけでいいさ。拳を振るう必要はないし、ナイフを突き立てる必要もない。ただ、見ている中でたまーに指を動かしてくれればいいんだよ。とミサカは提案」

「何だよそれ、争いの火種になるくらいだったら壊せって? バレたらどうする気だ」

「バレないさ。狙撃手なんて君以外幾らでもいる。姿さえ見られなければどうという事はないんじゃないかな? とミサカは質問」

 

  ふざけてやがる。これは罠だ。確かに狙撃手は幾らでもいる。が、腕の立つ狙撃手であればあるほど逆に特定は容易だ。俺は時の鐘の中で最弱でも、単純に狙撃手としてなら時の鐘でも上の方、それに日本の中でなら間違いなくトップクラスなのは間違いない。嬉しくはあるが、それを喜ぶ事は出来ない。例えば長距離の狙撃になればなるほど誰が撃ったのか特定は簡単で、逆に近いと姿を見られる可能性が高くなる。

 

「そうだとしてだ。まず一つ、回収なのか破壊なのかはっきりしろ。そして二つ、受けるとすると今回の報酬はかなり高額になる。お前に払えるとは思えない。最後に三つ、俺はお前を信用してないから仕事を受けたくない」

 

  俺の言葉を受けて、初めて電波塔(タワー)は顔を苦いものにした。自分の思い通りにならないものが気に入らないのか、少しの間映像の中の窓の外を眺めて再び俺の方に目を合わせる。ため息と共に。

 

「だめだねえ、どうも私にこういうのは向いていない。どんな話にも必要のない考えを回してしまうよ……まず一つ目だが、回収したいというのは科学者としての私の意見だ。破壊を優先してくれて構わない。二つ目に関しても心配はいらないよ、こう見えて金はあるんだ。全て支払ってもいい。そして三つ目に関しては私にはどうする事も出来ないねえ、信じてくれとしか言えない。……、ミサカネットワークに潜ったのはある意味失敗だったよ、今、妹達が頑張っているみたいでねえ、生まれた順番を考えれば私の方が何歳かは上、お姉様も動いている。私も妹だが、姉でもあるのだよ。まあそんなところかな、とミサカは赤面」

 

  パソコンのディスプレイの中でそっぽを向く電波塔(タワー)の顔は赤く、嘘を言っているようには見えない。外に出たことによってより感情豊かにでもなったのか。贖罪か、罪の意識でも感じているのか。これまで何年もミサカバッテリーの研究をしていた彼女だ。それを気負うような性格だとは思えないが、こんな時俺は感情のないロボットのようでいたいと思う。電波塔(タワー)の事は嫌いだが、少し興味が湧いて来た。国際連合が追っている物を誰がどう使おうと俺にとってはどうだっていい。それなら、この電波の海を漂うお嬢さんが何をしたいのか見てみるのも一興か。

 

「まあどうせアレの動向を追わないといけないのは確かだ。だがいいのか? お前の存在がバレるかもしれないぞ。どこぞの誰かしらがお前を捕らえるために動くかもしれない」

「それならそれでいいさ、退屈な生活からおさらばできるかもしれないしねえ。それに私だって残骸だからね、残骸は残骸らしく一度壊れたら同じ事を繰り返すべきではない。とミサカは達観」

 

  そう電波塔が言い終えるとパソコンの画面に地図が映し出される。動く赤い点。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』、その『残骸(レムナント)』、演算中枢(シリコランダム)を示す位置。今どれだけの数がその赤い点を追って動いているのか。アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ・中国、幾つの国が動いているのかも分からない。たった一つの鉄くずを手に入れるだけで未来の預言者を手に入れられるのと同じ。俺は未来なんてわざわざ知りたいとは思えないが、そうとは思わない者も大勢いる。本棚にある一冊の本、『はてしない物語』を押し込めば、ファンシーに染まりかけている部屋のファンシーではない部分が姿を現わす。白い相棒を手にとって、書き置きを残して部屋を出た。

 

  『今日は晩御飯はいらない』

 

  学校には間に合うといいんだけどな。

 

 

 ***

 

 

  ビルの屋上に漂う風は大分涼しくなって来たような気がする。ビルから見下ろす街の風景はいつもと全く変わらない。表では学園都市の外でも見られる学生達の何でもない生活が繰り広げられ、裏では吐き気を覚えるような、戦場でもお目にかかれない陰謀が渦巻いている。眺める街の中を歩く学生、研究者、服装はマチマチ。それを漠然と眺めながら相棒を構える。距離にして一キロと数百メートル。遠過ぎず、そして近くはない距離。スコープを覗き狙いを定める。歩いている学生服を着た男。どこにでもいそうな顔つきで、特別何かを持っているようには見えない。だが、歩く方向とその歩き方が、自分は一般人ではありませんという何よりの証拠。しばらく観察した後に引き金を引いた。

 

  結果は見ない。すぐに場所を移動する。相棒をバッグに押し込んで、屋上からビルの中へ。エレベーターに乗って一階のボタンを押す。音も無く下がっていくエレベーターの駆動音代わりなのか、「見事だねえ」とインカムから乾いた少女の声が聞こえてくる。

 

「彼の端末に潜ってみたら、ロシアの工作員だったよ。どうやって見分けているんだい? とミサカは疑問」

「別に、姿勢と歩き方で分かる。俺じゃなくたって少しでも慣れてる奴は見れば分かるさ」

 

  歩き方というのは、普段意識しないものだが見れば一番その人物がどういう者なのかを教えてくれる。長年やって来た努力に対するクセというのはなくならない。足運び。重心の預け方。視線の動き。これらを完璧に消し去る事はほぼ不可能だ。俺にだって無理。そういう者達ばかりならば浮かずに済むが、学園都市にいるのはほとんどが学生。警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)という訓練を積んだ者もいるにはいるが、やはり国レベルの工作員、諜報員となると練度が違う。3D眼鏡をかけているように浮き上がって見える。

 

「それにしても映像で確認しても人が多くて分からなかったんだけど殺したのかい? とミサカは質問」

「まさか、いくらなんでも殺しはマズイ。麻酔弾だよ。まあ衝撃で打撲か、悪ければ骨折してるだろうけどね」

 

  そう言いながらエレベーターから降り街の中、人混みに紛れる。少し遠くでは騒ぎになっているようだが、気にせずそこから離れて、また別のビルへと入っていく。普段なら防犯カメラを気にして歩かなければならないのだが、電波塔がいるので気にせずに動き回れるのは楽だ。エレベーターを使ってそこそこ上の階で降り、男子トイレへと入る。表には清掃中の看板を置いた。

 

  すぐにバックから相棒を取り出しスコープを覗く。騒ぎになっている場所から少し離れたところ。耳に手を当てながら離れて行く学生服を着た少女。視線は上の方に注意を払っており、その姿が次の標的である事を表していた。焦ったな。少女の視線が俺のいる方向から反対へと向いたところで引き金を引き、すぐにその場を離れる。この繰り返し。今に至るまで九人は撃ったが、出るわ出るわ。アメリカ、ロシア、中国、多くの国の諜報員が動いている。今まで大人しかったものを、それほど今回はどこの国も『残骸(レムナント)』を欲しているという事か。

 

「今度はアメリカだった。これで三人目だねとミサカは報告」

「そりゃそりゃ、そろそろ俺も残骸(レムナント)に近づくとしようか。つゆ払いはこのくらいでいいだろう」

「いいのかい? 狙撃成功が六人。外れたのは三人。その三人が君を追っているんじゃないのかな? とミサカは心配」

「別に、当たろうが外れようがどっちでもいいさ。狙撃されたという事実が大事なんだ」

 

  この人混みの中全く気づかずいつのまにか頭上から弾丸が落ちて来る。その恐怖はいかほどか。足元に落ちるよりも寧ろクリーンヒットして意識が飛んだ方が幸せだ。狙った九人は誰しも一キロ以上離れた相手だ。狙撃手の存在にはもちろん気付いているだろうが、俺を見つけられるものなら見つけてみるといい。俺は一人に対して一度引き金を引いたのみ。二度は狙わず俺の狙いに気付いた時には俺はもう残骸(レムナント)の近くだ。ビルから離れて雑多な人の波に紛れる。

 

残骸(レムナント)の位置は?」

「ん、こちらでナビゲートしよう。ついでに暇つぶしにお話でもしようかね、君の持ってる銃、君は相棒と呼んでいたかな? 前見た時より短いみたいだけど、背でも縮んだのかい? とミサカは苦笑」

「短い銃身に変えたんだよ。お前に相棒を壊されてからちょくちょくアタッチメントを送って貰ってるのさ、もう少しすればぜんぶ揃うな」

「ふーん、面白いね。『雷神(インドラ)』にもいくつかのバージョンを作ったんだが、披露する機会はなかったねえ」

「おい……アレまだあんの?」

 

  思い返す光る四つの目と黒金の身体。できればもうやりたくない。攻略法は分かっている。体に引っ付いているミサカバッテリーの一つでも破壊すれば『雷神(インドラ)』の動きは止まる。しかし、俺一人でアレから零れ落ちる雷撃を掻い潜って弾丸を当てられるかというと、不可能に近い。御坂さんさえいればどうとでもなるが、御坂さん頼みというのはなんとも情けない。それは俺の主義に反する。一度戦った相手なら、二度目はより近づき、三度目四度目と距離を詰めて行く。そうでなければならない。頭の隅で戦術を組み立て始める俺の耳に、「いや」と短く切られた電波塔(タワー)の声が届く。

 

「あの施設も私がいなくなりとっておきの我が子を出したせいで大破。機能は完全に停止した。新たな『雷神(インドラ)』はもう作れないよ、ああ見えてあの施設はなかなか替えの効かない施設でね。クローンの培養装置に生命維持装置の生産、そして『雷神(インドラ)』の製造をあの施設一つで賄えた。最高の缶詰だったんだけどね。とミサカは残念。次左」

「なら俺とドライヴィーは缶切りか。よかったじゃないか、井の中の蛙が大海を知った」

「知ったのは寧ろカエルかな? ただ私はゲコ太よりもゲコ太郎の方が好きなんだよねえ、とミサカは宣言。次右」

「知るかよ……」

 

  電波塔(タワー)の言葉に従い道を行くが、どうも進みが悪い。周りを見るといつもより道を行く人々の数が多い。車道を見れば学園都市では珍しい車の行列。渋滞なんて学園都市に来てから見た事なかったが、まさか今日見る事になるとは。防犯カメラの映像で車道を見ている俺を見ているのか、電波塔(タワー)の薄い笑い声が聞こえて来た。

 

「なんだよ」

「いやいや、その渋滞は信号機の配電ミスだそうだよ。タイミングのいい事だね、とミサカは爆笑」

 

  白々しい。学園都市の信号機が配電ミス? ありえない。一つの信号機ならなくもないかもしれない。だが点灯している信号機を見てみると、いくつもの信号機が赤青黄と忙しなく点滅させている。学園都市の機械の不調は、まず誰かしらの能力者を疑ってかかるべきだ。今追っているのは『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の『残骸(レムナント)』。電波塔(タワー)は御坂さんも動いていると言っていた。『妹達(シスターズ)』の件であれだけ派手に動いた少女だ。今回も随分派手に動いているらしい。

 

「また御坂さんが絡むのか……嫌だなぁ、まあなんだっていいけど、目標は?」

「うーん……あ、良いニュースと悪いニュースがある。とミサカは愉快」

「聞きたくないな。で?」

「良いニュースは風紀委員(ジャッジメント)が動き始めたみたいだよ。ヘタな奴らに奪われたりするよりはずっと良さそうだ。悪いニュースは『残骸(レムナント)』が奪われた。黒いスーツの集団にね。とミサカは報告」

「どっちも悪いニュースだよ! クソ!」

 

  大きな声で叫んでしまったせいで周りの人々の目が俺に集中した。が、少しすると「またか」みたいな呆れ顔を何人かは浮かべて顔を背けた。度重なる騒音被害を起こしているらしい俺の身の上が今回ばかりは役に立った。しかし、風紀委員(ジャッジメント)か。間違いなく白井さんが来るな。シェリー=クロムウェルが学園都市に攻撃を仕掛けて来た時もそうだが、風紀委員(ジャッジメント)が動く時、一番槍となるのは白井さんの確率がえらく高い。白井さんの相棒である初春さんの情報収集力。いち早く現場に駆けつけられる白井さんの機動力。風紀委員が動いた時、この二人を躱す事は容易ではない。舌を打ちビルを見る。この人混みの中走るよりビルの上から目標を探した方が早そうだ。

 

電波塔(タワー)さん、俺はビルの上を飛び移って現場に向かう。カーナビは終わり。空からナビゲートしろ」

「了解、楽しくなって来た。一度でいいからこういう事してみたかったんだよね。とミサカは悦楽」

「楽しむのは結構だが、それで失敗しても恨むなよ」

 

  人混みを避け路地裏へと足を進める。エレベーターや階段を使っている暇はない。ビルに張り付いている配管や壁に手を掛けて登って行く。時の鐘での訓練は基本山の中。木登りは慣れている。動くならただっ広い平野より、見晴らしのいい森が一番肌に合う。森は森でも学園都市にはコンクリートジャングルばかりだが、動く分には悪くない。十分も登れば屋上に着く。ビルの屋上に辿り着くと、俺の頭上を見慣れたツインテールが飛んで行った。お早い事で。

 

「クッソ、風紀委員(ジャッジメント)がもう行ったぞ。回収は破棄、漁夫の利を狙い破壊を優先する」

「それでいい、場所を教える必要はなくなったね。彼女の向かった先が『残骸(レムナント)』の場所だ。とミサカは休息」

 

  何が休息だ良い気なもんだよほんと。白井さんを追ってビルの上を走り、縁を踏み切り飛び移る。同じくらいの背のビルが多いからこそできる芸当だ。だが、空を行く白井さんとの距離は開いていくばかり。その背に追いつく事は出来ない。白井さんの姿が消え、新たに空に姿を現わす事はない。つまり下に降りた。近くのビルの屋上に飛び、銃を構えた。距離にしておよそ八百メートル。スコープのまあるい世界の中で、白井さんよりも背の高いスーツを着た十人ばかりの男達を、白井さん自慢の能力と体術で軽く捻り潰していく。

 

  空間移動(テレポート)

 

  味方だとこれほど頼もしい力はなく、敵だとこれほど恐ろしい力はない。前回白井さんと共にロイ姐さんと闘ったとき、姐さんに負けなかったのは白井さんのおかげだ。俺一人では絶対勝てなかった。

 

  男達が奪ったとみられるキャリーケースを白井さんは能力で簡単に奪うと、それで男達を殴りつける。視界の中を飛び続ける少女の影。数分もするとスーツの男達は床に転がり、立っているのは白井さんだけになっていた。

 

「へー、彼女、私の子と一度遊んだ子だね。流石、私の子が初めて倒し損ねた子だ。とミサカは賞賛」

「当たり前だろ、白井さんだぞ。だが言っておくが白井さんの最も優れているところは能力じゃあない」

「それは?」

「どこまで行っても風紀委員(正義の味方)なところだよ」

 

  電波塔(タワー)の唸るような声を聞き流し、白井さんの手に握られたキャリーケースを見る。狙うなら今だ。邪魔だった男達も地に伏せ、キャリーケースから手を離して白井さんが手錠をかけて回っている。

 

  キャリーケースに照準を合わせ息を整える。だが、引き金は引けなかった。あのキャリーケース、ただのキャリーケースではない。これまで仕事で物を守る仕事にも就いた事があるから分かる。やたら密閉性の高い作り。周りの風景を写すキャリーケースの表面素材。

 

「撃たないのかい? とミサカは質問」

「いや、考え中だ。あのキャリーケース、一度で撃ち抜ける可能性がかなり低そうだ。もしそうなれば、白井さんは空間移動(テレポート)を使って空へと飛ぶ可能性が高い。撃ってすぐ身を隠そうとしてもここには隠れられる場所もない。今回バレるのはマジでマズイんだよ、学園都市の暗部にも国際連合にも監視に徹しろと言われている。仕事だと言っても限度がある。暗部と国際連合を敵に回して生き残れるほど俺は強くない。故に撃てないんだ」

 

  電波塔(タワー)にはそう言ったが、別にキャリーケースより先に白井さんを撃てばいいだけの話ではある。が、それは俺のポリシーに反する。白井さんは善人で敵でもない正義の執行人。ただ別の側から『残骸(レムナント)』を追っているに過ぎない。それを撃つのは躊躇われた。

 

  一発、たった一発の弾丸が全てを変える。例え命を奪わなくても、人生が変わる事はよくある事だ。引き金は簡単に引く事ができるが、それだからこそ重い。能力者の能力のように、魔術師の魔術のように、俺にとってはコレがそうだ。

 

  迷っている間に、白井さんは手錠を掛け終えキャリーケースの上に腰を下ろした。これでより引き金を引けなくなってしまった。白井さんは俺に気づかず呑気に電話なんかしている。初春さんだろうか。例えそうでも、今回電波塔(タワー)が味方にいてくれるので機械的な目を気にする必要はない。俺はここにいるがここにいない。初春さんがどれだけ探してもそう見えるはずだ。

 

  そうやって誰も知らないところで一方的に状況を掌握していた矢先、ふと、視界に収めていたものが忽然と姿を消した。消えたものはキャリーケース。白井さんが仰向けに倒れた。驚いている間に、白井さんの表情が痛々しく歪む。赤く染まる白井さんの右肩。突き刺さったコルク抜き。警戒していたにもかかわらず視界に貼り付けたように急に異物が現れる現象。空間移動(テレポート)だ。だが白井さんではない。

 

  スコープを白井さんが立つ路地の入り口へと動かすと、キャリーケースを傍らに置いた正体不明の女性が立っている。髪を頭の後ろで束ねブレザーを肩にかけたサラシを巻いた女。また痴女か。遠くから覗いていたからこそ分かる。触れなければモノを空間移動(テレポート)できない白井さんと違い、正体不明のサラシ女はキャリーケースには触れていなかった。白井さんとはタイプの違う空間移動能力者(テレポーター)。面倒な事この上ない。余計に引き金を引くわけにはいかなくなった。どちらかを撃てばどちらかに気付かれる。

 

  スコープの中で始まる空間移動能力者(テレポーター)同士の闘い。モノと人が消えては現れるタネも仕掛けもない唯一無地のマジックショー。

 

「どうする法水君。観客に徹するのかい? とミサカは残念」

「残念もクソもあるか。空間移動能力者(テレポーター)っていうのはな、狙撃手の天敵なんだよ。下手に撃っても外れるし、誰に当たるか分かったもんじゃない」

 

  消えては現れ現れては消え。これが俺と一対一ならまだある程度の予測はできる。が、俺をそっちのけで闘う二人の空間移動(テレポート)先を読んで銃弾を当てるのは俺には至難の技だ。それに距離も悪い。俺が必ず当てられるという距離はだいたい五百メートル。俺の今いる場所から白井さんのところまで約八百メートル。三回に一回は外れるだろう。相棒の銃身を短くしたせいで長距離狙撃はいつもより精度が悪い事もある。

 

  見ているしかない状況の中で、白井さんの体が血に染まっていく。相棒を握る手に力が入る。あのサラシ女は白井さんと違い容赦がない。白井さんも容赦がない方だが方向が違う。サラシ女の方はタイプでいえば俺に近い。目的のために使える手は使う。面識のない情もない人間を盾に使う。

 

  ただ見ていて分かった事もある。自分を空間移動(テレポート)させる白井さんと違い、サラシ女の方は自分を空間移動(テレポート)させずに周りのモノしか空間移動(テレポート)させていない。自分の空間移動(テレポート)ができないのか。それならば俺にとっては的だ。だが撃てない。歯痒い想いが口から重い息となって零れ落ちる。

 

  それを合図にしたように同時に動く二人の少女。次の瞬間白井さんの体が崩れ落ちた。去っていくサラシ女から目を離さずに地面に転がる白井さんを見下して、サラシ女は去っていく。キャリーケースをしっかり持って。

 

「追うかい? とミサカは確認」

 

  白井さんとサラシ女を見比べて、舌を打ち電波塔(タワー)に返事はせずにビルから飛び降りる。表と違い路地裏ならば手に掴めるものは多い。地面に打ち付けられる事なく降りる事など造作もない。

 

「姿を見られては困るんじゃないかな? とミサカは忠告」

「うるさい、黙ってろ!」

 

  そんなことは分かっている。だが白井さんが重傷だ。体に何本も刺さっている白井さんがいつも振るう金属矢。肩に刺さったコルク抜き。こんな事なら引き金を引くんだった。俺の迷いが白井さんを傷つけた。それが自分勝手な傲慢であるという事は分かっている。白井さんは俺に気付かず、自分の力で闘いそして負けた。俺は引き金を引けたが引かず見ていただけ。見ていただけの観客が舞台に上がっていた役者に対して言える事など何もない。

 

  だが、困った事に白井さんには大きな借りが一つある。姐さんと闘い初めて負けなかった。白井さんのおかげだ。それがどれだけ嬉しかったか、それは俺にしか分からない。だから一度、一度くらいは俺が危険を冒しても白井さんに貸しを返さなければ俺の気が済まない。一生俺より若く小さな、しかし大きな少女に貸しを作ったままなど、俺の人生(物語)にあってはならない。それを白井さんが望んでいなくても、俺は俺のためだけに動くのだ。

 

  耳元でグチグチ何かを言っている電波塔(タワー)の言葉を振り切って、路地に降り立ち白井さんの前に立つ。虚ろな白井さんの目が俺を捉えた。

 

「…………法水、さん?」

 

  悔しそうに噛み締めた震えた声で白井さんは俺の名を呼ぶ。目尻に薄っすら溜まった綺麗な雫は、自己嫌悪の結晶だろう。俺を視界に収めた白井さんは、噛み締めた口の端を歪め、大きく目を伏せる。きっと白井さんが敬愛する御坂さんには絶対に見せたくないだろう表情。それを俺に見せたくないのだ。

 

  何も言わず、白井さんを抱き上げる。おぶったのでは白井さんの体に刺さっている金属矢がより深く突き刺さってしまうだろうから、不本意なお姫様抱っこ。いつもなら目を釣り上げて般若の形相を浮かべるだろう白井さんだが、今は顔を背け何も言わない。だから俺も何も言わない。

 

  白井さんの小さな体を決して離さず、まずは治療をしなければと白井さんを抱え路地裏の闇に姿を消した。

 

 

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