部屋に残されていた俺の書いた書き置きを破り捨ててゴミ箱に捨てる。木山先生に残したものだったが、無駄になってしまった。事前に今日は春上さんと枝先さんのところにでも遊びに行ってくれと連絡すると、短い沈黙の後「分かった」と力無く返してくれた。
白井さんは、治療も終わり今は初春さんと連絡を取っている。白井さんの能力のおかげで部屋に入るのも苦労なく、突き刺さっていたコルク抜きに金属矢を引き抜く事なく取り出せたおかげで治療は簡単に済んだ。俺も応急処置なら手慣れている。白井さんに拒まれるとも思ったが、治療を優先したようで、下着姿の白井さんを拝む事になった。なんだよあの下着は。引いた俺が白井さんに叩かれたのは俺と白井さんだけの秘密だ。
初春さんから電話がかかって来た時、俺は切ろうかとも思ったのだが、手で制した来た白井さんを信じ白井さんに任せた。電話中何度もこちらに視線を投げて来たが、一度も俺の名を出さない。今は白井さんの電話が終わるまでベランダで煙草を咥えている。
「女子中学生の下着姿に欲情した? とミサカは質問」
静かに時間を潰したいのに
「うるさい、黙れ、いやマジで。その話は絶対この先するな。いいな、俺は何も見てないし、お前も何も見なかった。それでこの話はおしまいだ」
女子中学生の下着姿を見て、その体に包帯巻いたんだ。なんて噂が広まればどうなってしまうか分からない。ただでさえ女子中学生好きとかいう不名誉な噂が俺には張り付いているのだ。このままでは噂が皮膚を食い破り食い込んでくる。それだけはあってはならない。
だいたい女の下着姿なんて見慣れている。ロイ姐さんのせいだ。後スゥのせい。スイスにある時の鐘の寮ではとんでもなくだらしない二人。そんなだからクリスさんやガスパルさんに怒られる。吐いたため息は風に乗ってすぐに遠くに消え去ってしまう。噂もこんな風に消え去ってくれればいいのに。
クスクス笑う
「フフフ、何をそんなに焦っているのかは知らないが、だから人間は面白いよね。とミサカは嘲笑」
「お前だって一応は人だろ。男子中学生好きのレッテルを貼られてみろ、俺と同じ気持ちになるさ」
「そうかな? 男子中学生と会った事がないからねえ。とミサカは疑問」
なんだってこんな話をしなければならないのか。頭を抱える俺そっちのけで、
「それにしてもあの
「ああ初春さんか。いいだろう、先に俺が目をつけたんだからな」
「なるほど、君の好みはあんな感じの子なんだね。とミサカは納得」
何が納得なんだよ。全然意味が通じていない。もし今目の前にいたら躊躇わず眉間を撃ち抜いているところだ。それが絶対できないからこそ歯痒く、本当に面倒で気に入らない。ゲルニカM-002に伸ばした手は銃を掴む事なく行ったり来たり、結局ベランダの柵の上に落ち着いた。
「それで? どうするんだい? あの
だが白井さんだった。それが全てだ。他に理由はない。彼女には大きな借りがある。白井さんがそうは思っていなくても、俺にとってはそうなのだ。仕事と私情。仕事は大事だ。俺にとって人であるための深く強い大きな線引き。
だがそれよりも、優先すべき私情がある。例え仕事中であったとしても、俺が俺の望む俺であり続けるために絶対に目を逸らしてはいけない私情。借りのある少女が怪我をしてそれを放っておくなど、だってそんなの……カッコ悪いだろう。
俺の
「良くないんだよなぁ……困った」
「君は……馬鹿だね。とミサカは閉口」
うるさい。そんなことは俺が誰より分かっている。だがそれでも目を反らすわけにはいかないのだ。ベランダの柵に顎を乗せて項垂れる俺の背中に、「法水さん」といつもより弱い聞き慣れた声がかけられる。
振り返れば白井さんの姿。ボロボロの常盤台の制服を再び着たようで、ところどころ穴が空いている。初春さんとの電話が終わったようだ。だがその表情にはいつもの力強さがない。
「初春さんとの話が済んだみたいだな。俺の名前を出さないでくれて助かったよ。分かってると思うが俺も仕事でね。それも今回は俺の存在がバレるのは良くないんだ。それで、
「ええ、そうですわね」
白井さんが言ったのはたったそれだけ。本格的に様子が変だ。いの一番に煙草を咥えている事に突っ込まれると思ったのにそれもない。目は俺を見ずに少し反らし、肩は見るからに沈んでいた。部屋の中に入り煙草を灰皿に押し付ける。それでも白井さんはチラリとこちらを見るだけで何も言わない。
「注意しないのか?」
「……何がですの?」
「煙草」
そう言っても「あなたはスイス人ですからね」と弱く言うだけで「ここは学園都市」というお決まりの言葉は飛んで来ない。白井さんがこんなだと俺の調子まで狂ってしまう。普段絶対自分の弱気を周りに見せない少女だ。上条も初春さんも白井さんも、その強い在り方がなりを潜めてしまうと悲しくなってくる。
「どうした? そんな顔して白井さんらしくない」
「わたくしらしくない? 貴方はわたくしの何を知っていますの?」
そう言われて頭に浮かぶのは、
「何も」
「でしょうね」
白井さんに鼻で笑われる。そして俯く白井さんの顔。俺が何も言わないのを良い事に、白井さんは時間をたっぷり使って再び口を開く。
「貴方がわたくしの事を知らないように、わたくしも知らない事が多いですのよ。本当に。でも貴方はわたくしの知らない事を知っている。
白井さんの言葉をただ静かに聞く。否定も肯定もしない。こういった駆け引きのようなものは俺は苦手だ。すぐ顔に出るし、喋ればボロが出る。だから学園都市での監視任務だの、調査や捜査など苦手なのだ。誤魔化すために新しく取り出した煙草を咥える。白井さんは何も言わずに言葉を続ける。
「あの
「いや、初耳だ」
「そうですの……、ではお姉様が関わっている事は?」
言おうかどうか迷ってしまった。その一瞬の間が答えになる。ならば黙っているよりはマシだ。俺を見る白井さんの顰めた目を見返して、頷いてみせる。
「なら、あの実験とはなんですの⁉︎ 八月二十一日に何があったんですか! お姉様はなぜ! 貴方はあの上条とかいう殿方とも親しかったですわよね! 知っているのでしょう!」
詰め寄って来た白井さんに冬服となった制服、学ランの襟元を強く掴まれる。
実験。八月二十一日。もちろん知っている。俺は全く関わっていないが、何があったのかは全て知っている。『
「知っているが言えないよ」
「なぜ⁉︎」
「御坂さんとの約束だ」
「お姉様と、の……」
白井さんの手が力なく落ちた。御坂さんという言葉が、強烈な一撃となって白井さんの心を殴りつける。よろよろと後ずさり、ソファーにぶつかり座り込むと、白井さんは弱々しく笑った。
「そうですか、またわたくしは力になれなかったですのね……」
「言っておくが御坂さんは白井さん達のためを思って」
「そんな事は分かってますわ‼︎」
キツく絞られた白井さんの目が俺を射抜く。
「お姉様がわたくし達に心配をかけないように一人で何かをしている事なんて当然知ってますの! わたくしがこれまでどれだけお姉様と一緒にいると思っているのですか! いつもいつも……今回も。わたくしは後で知るだけ、なのに、何故貴方は知っているのかしらね? 傭兵なんて意味の分からない貴方が何故……そしてわたくしは何故知らないんですの……」
上を向き顔を手で覆う白井さんは泣いているのかいないのか。どっちでもいい。白井さんの想いは白井さんだけのものだ。それは彼女の
煙草を消して次を咥える。白井さんが顔から手を離し小さく動いた。その目は薄っすら赤かったが、涙の跡は見られない。
「……今回の相手、相当に厳しいですわ」
「だろうね、見てて分かった」
「勝てないかもしれませんの」
「かもな」
「そんな経験は?」
「俺にそれを聞くのか? ハハ、言ってもいいが長くなるぞ。きっと明日になっちまう」
ボスにガラ爺ちゃんにロイ姐さん。ドライヴィーにハムにゴッソ。カレンに神裂さんに禁書目録。御坂さんに
白井さんと同じ能力を持つ少女。それも白井さんより強いかもしれない相手。同じ事をやるからこそ分かる壁。俺は数えるのも億劫になる程ぶつかっている。それこそ潰されそうな勢いで。今もだ。俺は狙撃で世界一には絶対になれない。よく分かってる。
俺の答えを聞いて、白井さんがようやく小さな笑みを浮かべた。
「そうですのね」
「聞かないのか?」
「明日になってしまうのでしょう? だったらそれは今度二人っきりの時にゆっくり聞きますからいいですの」
「デートのお誘い? 珍しいね」
俺の返しに顔を歪めると思ったのに、返って来たのは満面の笑み。
「デート? 勘違いしないで欲しいですわね。尋問の間違いでしょう? 学生の分際で喫煙。銃の不法所持。騒音被害もまた上がって来てましたわよ? そう言えば防犯カメラの映像で学園都市の中を車でスピード違反まで。長くなりそうですわね法水さん?」
「……マジ?」
よっぽどおかしな顔でも浮かべてしまったのか、白井さんに笑われてしまった。さっきまで項垂れていたくせに。駄目だ。女心は俺が最も理解できないものだ。どれだけ頭を捻っても分からない。そんな俺の顔を白井さんは本当に面白そうに見つめてくる。そして少しすると顔をいつもの見慣れた白井さんの顔に引き結ぶ。
「……例えお姉様が何も言ってくださらなくても、わたくしはお姉様の力になりたい。それをお姉様が望んでいないと分かっていても、見ているだけなんて絶対に嫌ですの」
「それは御坂さんに言った方がいいんじゃないかな、俺に言わずに」
「別に貴方じゃなくても構いませんの。これはわたくしの誓い。ただここにいたのが貴方だっただけの事ですわ」
「ハハ、良いね。俺の好きな白井さんに戻った」
「馬鹿言わないでくださいません」そう言われると思ったのに返されるのは笑顔だけ。やっぱり女の子というのはよく分からない。俺には一生理解できない気がする。
俺の目の前で太腿に愛用の金属矢がつけられたホルダーを巻き付け、ふわりと御自慢だろうツインテールを靡かせる。
「行くのか?」
「ええ、言っておきますけどこれはわたくしの闘い。女同士の闘いですわ。男である貴方が手を貸そうか? なんて無粋な事を言うとは思いませんけど」
「言わんさ、絶対、誓って」
「そうですか。でも貴方も仕事。着いて来るのでしょう? ……ならもしもわたくしが負けた時は……後はお任せしても?」
「白井さんは負けないよ。俺は白井さんの事は何も知らないが知っているのさ、白井さんが強いって事」
「馬鹿おっしゃい」
ふらつき笑う白井さんの肩に優しく手を置くと景色が変わる。夜景に沈んだ学園都市の街が目の前に広がった。耳に聞こえる「砂糖吐きそう、ブラックコーヒーが欲しい。とミサカは注文」という
***
午後八時三十分。俺は白井さんと夜の街を飛んでいる。断続的に肌に感じる涼しくなった学園都市の空気が、逆に俺の気分を温めていった。白井さんと話を咲かせたいところだが、生憎白井さんは初春さんと電話中だ。ここで俺がうっかり声を出して初春さんに気付かれるような事態は避けたい。仕方がないので、俺は周りに広がる夜の学園都市を眺めることで時間を潰す。
渋滞は緩和されたようで、足元には留まる事なくいくつかの光が流れて行く。この時間帯に走る車は教員か業者のものだけ。それが分かっていても地を這う流れ星のように俺の目には映った。
消えない流れ星が小さくなって行くのを見送っていると、隣で初春さんと会話する白井さんの声を掻き消して、夜空に浮かぶ星々の輝きを塗り潰すジグザグが暗いキャンバスに描かれた。続いて響く雷鳴の音。雲一つない空に雷が落ちる現象には心当たりがあり過ぎる。そしてそれは白井さんも同じだ。
「お姉様‼︎」
白井さんが叫び携帯を閉じて景色が跳んだ。行き先は先程の稲妻が教えてくれる。一度ならず続けて空に線を引く稲光と雷鳴。まるで白井さんを呼んでいるかのようだ。その手招きに乗ってどんどん雷が落ちる落下地点を目指して景色が進む。
雷鳴と夜空を照らす閃光が目と鼻の先となり、現場の近くビルの角へと空間移動する。稲妻の光から隠れるように白井さんと二人顔を出して様子を伺う。
その先に居たのは案の定だ。
建設途中のビルの前にマイクロバスが転がっていた。その奥には大地に突き刺さった鉄骨が十数本、それを盾にするようにいる三十人近い男女の姿。銃を持つ者、学生服を着ている者、その者達の視線を一身に受け止める小さくも頼もしい背中が目に映った。
戦力差としては一見厳しそうに見える。三十人近い者達が何者なのかは銃を見ればピンと来る。白井さんが路地裏で倒した者達が持っていたものと同じものを彼らは持っている。学生服を着ている者達がどの程度の実力かは分からないが、銃を持つ者の練度は白井さんが倒した者達と同等くらいと見積もって良いはず。それに加えて学生服を着ている者達はおそらく能力者。合計およそ三十人。俺や白井さんなら正攻法で制圧するには少々時間がかかってしまうだろう。
だが常盤台中学の制服を着た彼女にはそれは当てはまらない。
御坂さんが一枚のコインを指で弾く、そんな動作で一切合切を吹き飛ばす。音速の三倍で放たれると言われる彼女の
スカスカの建設途中のビルは、ただでさえ少ない身体の一部を削られて小さく崩れる。それを包む稲妻の雨。鉄骨を通して全方向から弾ける閃光に残った者達は身を焼かれ、三十人近い者達が制圧されるまでに一分かかっていない。
学園都市の頂点。超能力。その笑ってしまう強さに変わりがなくて何よりだ。何度見ても勝てる気がしない。
「出てきなさい、卑怯者。仲間の体をクッションに利用するなんて感心できないわね」
おぉ、御坂さんの言葉に一瞬肩が跳ねてしまった。白井さんと違い俺は敵でなくても味方でもない。俺に言われたのかとも思ったが、御坂さんは全くこちらを見ていない。耳元で響く
「仲間の死は無駄にはしない、という美談はいかがかしら?」
御坂さんの言葉に言葉を返すのは若い女の声。白井さんでも
「流石お姉様、カックイー。とミサカは自慢」
「うるさい、静かにしろ」
こんな忍んでないといけない状況にも関わらず
「いや、でもねえ、君に指示を出してた時は楽しかったんだけどね、ゲームみたいで。それがこうも見ているだけだと映画を見ているようで退屈だよ。とミサカは倦怠」
「知るか! お前が持ってきた仕事だろうが! 真面目にやれ!」
「いやいやほら、私はこれまで一つのことしかやってこなかったから真面目と不真面目というのがよく分からないんだよ。そう言われてもね。とミサカは鼻高」
小声で怒鳴ってみるが、
「そうだ、じゃあ賭けないかい? 誰が
「黙れ! 頼むから、あっちに集中できない!」
「うるさいですわよ! 誰と喋ってるんですの!」
腹に弱く肘打ちされ、白井さんに小声で怒られた。当然だろう。しかし誰と言われても言えることは一つだけで、「い、依頼人?」としか言えない。俺の耳に取り付けられたインカムを見て、白井さんは目を細める。
「依頼人て、誰ですの?」
「仕事なんだから言えるわけないだろ。あ、ほら、御坂さんが動いたぞ」
「ハハハ! 下手な誤魔化し方だねえ。とミサカは落胆」
「お前は俺に協力しろ! 誰の味方だ!」
「女性の声? それにどこかで聞いた事があるような……法水さん?」
やばい。白井さんの目がジトッとして来た。確かに
「法水さん? 誰なんですの?」
「おやおや、これが修羅場かな、初めてみた。楽しくなって来たね。とミサカは期待」
「法水さん?」
「さあどうする法水君。この局面をどう乗り切るんだい? とミサカは煽動」
うるせえな‼︎ だいたい依頼人のはずの
「あの……そう……御坂さんの……妹?」
ごめん御坂さん。今度仕事一回
白井さんは俺の言葉を聞いて、一度目をパチクリと動かした。顔は怒りでも喜びでもない表情を浮かべ、スルリと想いが滑り落ちたような顔をしている。少しの間を置いて、白井さんの表情が一気に崩れた。
「おぅねぇえ様のいもぉうとですってぇ⁉︎」
「おわあっと‼︎」
白井さんの叫びに合わせて瞬く稲妻の輝き。周囲の音を飲み込む雷鳴。白井さんの口を手で急いで塞ぎビルの影から御坂さんとサラシ女を覗いてみるが、こちらに気付いた様子はない。良かったが、どうせならもっと早く雷を落として欲しかった。
「ああ私はムカついてるわよ私利私欲で! 完璧すぎて馬鹿馬鹿しい後輩と、それを傷つけやがった目の前のクズ女と、何よりこの最悪な状況を作り上げた自分自身に!!」
ああ、御坂さんが白井さんの為に怒っている。どうして知っているのか。寮に戻っていない白井さんを心配して初春さんにでも電話をしたのかもしれない。どうせなら白井さんにしっかり聞いて欲しかったが、白井さんに目を落とすと俺の手の内でふごふご何かを言いながら殺さんばかりの勢いで俺を睨みつけている。
手で分かる口の動きの感触から言って、「なぜお姉様の妹と知り合いなんですの⁉︎」、「どういう事か説明なさい‼︎」、「というか紹介しなさい‼︎」と言ったところか。ごめん御坂さん。ほんとごめん。
口元に人差し指を当て静かにするようにジェスチャーを送り、仕方がないのでもうどうにでもなれと耳から外したインカムを白井さんに向け、俺は白井さんの口から手を離した。
「んっん、ええと、わたくし白井黒子と言いますの。お姉様、あ、御坂美琴さんとは寮でルームメイトをさせていただいていますわ。ええと、お姉様の妹さん?」
「んーよろしくね黒子君。私は
「ああ妹様、そんなわたくしなんて」
……なにこれ。まず白井さんの反応が俺と喋る時と違い過ぎる。そして
「なにお前、人心掌握術でも学んだの?」
「おや嫉妬かい? 男の嫉妬は見苦しいよ? とミサカは忠告」
「そうじゃねえよ。心にもない事言いやがって。詐欺師だ詐欺師」
「他人とのコミュニケーションが上手くいかないからって
引きこもりにコミュニケーションの何たるかなんて教えて貰わなくて結構だ。
御坂さんとサラシ女の方を見ると、どうも二人の激突は終盤に差し迫っているようだ。ほとんど見てなかった。最悪だ。事態がいったいどう転ぶのか二人の話をほとんど聞いていなかったから分からない。
数十人の人間が御坂さんとサラシ女の間に急に姿を現し、
「この中に、私達とは関係ない一般人は何人混じっているでしょう?」
そんなサラシ女の言葉に、サラシ女に向けて放たれた電撃が僅かに鈍った。その隙にサラシ女は姿を消してしまう。その場に残されたのは呆然と立つ御坂さんだけ。残りは全て地面に転がっているのに、肝心の一人を逃した。
「お姉様……」
俺の下でいつの間にか復活したらしい白井さんが御坂さんの顔を見て呟いた。話は聞いていなくても、悔しさに泣き出しそうな御坂さんの表情一つで白井さんは察したのだろう。ビルの壁の縁を掴む白井さんの手に力が入る。
「行きますわよ、ここからはわたくしの闘いですの」
「分かってるさ」
白井さんの肩に手を置いて、景色がまた変わっていく。