時の鐘   作:生崎

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残骸 ③

  結標淡希の肩にコルク抜きが突き刺さる。建設途中ビルのすぐ近く、高級ピザの専門店というなんともイタリア人が喜びそうな店の窓際で、下を見下ろしていたサラシ女の肩に唐突に。

 

  少し離れたビルの屋上から覗くスコープの中。唐突に始まった非日常に、店の中にいる客達の目が点になる。熱々のピザを前に始まる風紀委員(ジャッジメント)が織り成す英雄(ヒーロー)ショーとは、ご愁傷様だ。

 

  驚愕と痛みに顔を歪めるサラシ女に続いて、脇腹、太腿、ふくらはぎへと白井さん御愛用の金属矢が突き刺さる。最悪の初見殺し。恐ろしい力だ。もし白井さんが悪の使徒であったらサラシ女はもうこの世にいない。その力を持ってしても悪事をなさないからこそ白井さんは最高なのだ。

 

  だがしかし、今回に限っては多少異なる。侵入者であるロイ姐さんに対してさえ肉体に直接金属矢を空間移動(テレポート)するのを渋った白井さんが、嬉々としてサラシ女に金属矢を撃ち込んでいる。

 

「慌てる必要はありませんわよ。急所は外してますの。……分かりやすいですわよね。自分がやられた場所をそのまま貫けば良いんですもの。ああ、そうでしたわね」

 

  電波塔(タワー)に繋げて貰った追加のインカムから白井さんの声が聞こえる。普段のお淑やかさを押し出した声ではなく、嘲笑うような白井さんの声。怖いよ。白井さんが怒るとこうなるらしい。

 

  白井さんが精一杯の悪役のような笑みを浮かべ、ポケットからチューブ型の止血剤をサラシ女の足元へと投げる。

 

「どうぞ、ご自由にお使いなさって? 服を脱いで、下着も取って、みっともなく這いつくばって、ついでに男にやらしい手つきで体中に包帯巻かれながら傷の手当てをしてくださいな。そこまでやって初めておあいこですのよクズ野郎」

「だってさクズ野郎。とミサカは罵倒」

 

  おい、治療した俺がクズ野郎呼ばわりはおかしいだろう。だいたいいやらしい手つきなんてしていない。そんな無駄な手は俺にはない。なんてアレンジしやがる。周りの客達の目がドン引きしたものとなった。特に女性の哀れみの混じった目がやばい。

 

  白井さんの嬉しくない罵倒が店内に響き終え、ドン引きした態勢に引っ張られるように二人を残して客達は出口に殺到する。静かになった店内にかかったフレンチポップスの有線放送だけが薄くインカムの先から聞こえてくる。白井さんとサラシ女の距離は十メートル前後。二人がその気になればお互い一撃決殺の距離。

 

  だがそれは静かな闘いになるだろう。テーブルに腰掛ける白井さん。悪役気取って余裕を見せているわけではない。本当なら白井さんを路地裏で拾った時に病院に連れて行った方がいい程の怪我だった。それを風紀委員(ジャッジメント)の応急キットと俺の応急処置の腕でなんとか動けるレベルに保っているだけだ。

 

  俺と違い白井さんは少し動くだけで今も身体の内に激痛が走っているはずだ。激しく動けば傷も開く。ロイ姐さんと闘った時とは俺と白井さんの状態が逆だ。だがあの時と違って、白井さんが援護してくれたように俺が援護するわけにもいかない。

 

  サラシ女は残骸(レムナント)の入ったキャリーケースに腰掛け、白井さんと対面する。体に突き刺さった鉄の矢をそのままに赤い筋を垂らしながら。なんとも血生臭い女子会だ。

 

「まずいですわよね、こんな騒ぎにしてしまったら、あの聡明かつ行動的なお姉様はすぐにでもここへ駆けつけてしまいますの」

 

  始まれば決着は一瞬だからか、心理戦に移行する。それにしたって御坂さんをダシにするとはなかなか悪どい。核兵器のボタンを手に持ちチラつかせているに等しい。風紀委員(ジャッジメント)として悪人と何度も言葉を交わす白井さんだ。こういった駆け引きは強いだろう。舌戦に自信がないのなら、口よりも手を動かしたほうがいい。既に闘う事が決まっているなら、よーいどんなど必要ない。

 

  俺ならゲルニカM-002を抜き放つが、サラシ女は闘い方は嫌らしいが、こういった事はあまり得意ではないのか、目を見開くだけで何も言わない。

 

「貴女の性格から考えて、勝てる人間から何もしないで逃げるような真似はしませんわよね? わたくしにやったように、無意味な傷をたくさんつけて優越感に浸りながら消えていくのが、貴女のやり口かと思っていたんですけれど」

 

  嫌な言い方だ。一種の勝手な決めつけを口にされるのは相手を煽るには最適だ。その言葉は相手の心を折ることもできれば、奮い立たせる事もできる。初春さんが木山先生に見せた優しい一撃と違い、白井さんが見せる攻撃的な一撃。サラシ女は微笑を浮かべて何かを言っているが、口元が小さく引き攣っているのが見え見えだ。白井さんとは距離があるので残念ながら何を言っているのかは聞こえない。

 

  一応読唇術はゴッソに習っているが完璧ではない。御坂さんと第一位がどうのこうのとサラシ女は言ってるらしい。

 

「でも、それにしても、わたくし達ごときに届く領域かしらね。あの超能力者(レベル5)の世界が」

 

  白井さんの言葉しか聞こえないが、舌戦では白井さんに分があるようだ。それは聞こえてくるブレない白井さんの言葉に含まれた自信からよく分かる。超能力者(レベル5)の話なら全幅の信頼を寄せられる超能力者(レベル5)の相棒である白井さんを言葉で突き崩す事は容易ではない。

 

「無理ですのよ、貴女に逃げ切る事はできない。分かっていますわよね? わたくしと貴女は大変良く似ていますもの。この状況で、この怪我で、この場所で、この能力で、あのお姉様に追われて……さてどうするか。貴女の行く先を、同系統の能力者であるわたくしが予測できないと思っていますの?」

「!? やって……くれる…わね……ッ!?」

 

  インカムから離れているにも関わらず聞こえるサラシ女の声。手に取るように分かる焦りの感情。その一言こそ負けを認めたようなもの。馬鹿だ。その一言を言ってしまったが故に、サラシ女の立ち位置が決まってしまった。この場に限って言えば白井さんが上、サラシ女が下だ。

 

「わたくしがハッタリでも使っているとお思いですの? だとしたらその楽観は即座に捨てなさい。書庫からの事前情報、貴女と刃を交わした時に得た経験、そして同系統能力者としての、似たような心理構造。わたくしは自分の直感を、すでに様々な情報で補強していますわよ」

 

  おう、狙撃手同士の闘いを見ているようだ。白井さんには狙撃手が似合うかもしれない。空間移動狙撃手(テレポートスナイパー)……いいんじゃないかな。しかもおそらくツーマンセルで白井さんは最も能力を発揮する。ロイ姐さんと闘った時は何というか凄い噛み合った。初春さんと一緒に白井さんも時の鐘に入ってくれないだろうか。……ただすっごい疲れそう。

 

「そう。貴女の勝利条件はただ一つ。お姉様が到着する前に、このわたくしを排除する事。対してわたくしには三つ。直接貴女を倒すか、お姉様の登場を待つか、最後は秘密にしましょうか。フフ……どちらが優位か宣言しなければなりません?」

 

  秘密にされた。まあまさかサラシ女も白井さんが負ける事が勝利条件だとは思うまい。

 

  白井さんの話に冷や汗を垂らしていたサラシ女だったが、小さく首を振ると深い笑みを浮かべた。おそらく、第三位の名を前面に出し過ぎた、空間移動能力者(テレポーター)にも関わらず、ここに御坂さんを連れて来ていない事に違和感を感じたんだろう。心理戦は一度でも尻尾を掴まれると芋ずる式にズルズルと引き摺られる。

 

  攻守が逆転した。白井さんの顔から笑みが消える。座っていたテーブルから手を離し自分の足で立つ白井さん。それを見て俺はインカムを小突く。

 

「いいのかい? とミサカは確認」

「いい」

 

  短くそう言えば、白井さんが息を吸い込む音を最後に白井さんの声は聞こえなくなった。

 

  心理戦の行き着く先は、必ず感情に直結する。チェスゲームのような思考の潰し合いの末に吐き出される感情の波。自分の内側の奥底にある本音。白井さんは自分の足で立った。ならば自分の想いを吐き出すはずだ。

 

  それを聞く気は俺にはない。それを聞いてしまったらきっと俺はもっと白井さんの事を気に入ってしまうだろう。聞けるか聞けないかを選べるのなら俺は聞かない。ただ銃を構えてスコープを覗き息を整える。聞こえて来るのは電波塔(タワー)の呆れた声だけ。

 

「どうせなら聞けばいいのに。彼女、カッコいーよ。とミサカは賞賛」

「そんなの知ってる。だからだ。これ以上気に入っちゃったらもし白井さんを撃つ時が来た時躊躇する。それはあってはならない。そうなる可能性が例えごく僅かでも」

「傭兵だから? 全く難儀な生き方だねえ。とミサカは呆然」

 

  大きなお世話だ。俺は狙撃手。自分の道から他人を眺める事はあっても決して追い掛ける事はない。自分がどういう人間か。鏡合わせで見つめてみて、いい人間だとは思わない。たまに近くを歩く事はあっても、隣り合う覚悟など俺にはない。上条とも土御門とも初春さんとも木山先生とだって、俺はいつか学園都市を去る。俺の本来の居場所は戦場だ。俺はそこから離れない。

 

  あっちから寄って来てくれないかな、なんて女々しい期待を僅かに覗かせ、一般人の平和で楽しい日常を眺めているだけの臆病者。苛烈で刺激のある生活から俺は抜け出せない。それが来る事を心の底で望んでいる俺が、平和を望みそのために尽力する彼ら、彼女達と共に本質的に同じ道を歩む事は絶対にないのだ。

 

  相棒を握る手に力が入る。しかし引き金には指をかけずに。きっと白井さんの言葉を聞けば、それが引き金となりついつい撃ってしまいそうになってしまう。それは俺にとっても、白井さんにとってもよくない事だ。サラシ女との決着は白井さんが必ずつける。

 

  スコープの中で見つめ合う二人の少女。白井さんが何かを叫ぶ毎に四つの目が鋭さを増していく。糸を両端から強く引っ張るように、限界まで張った糸はいつか切れる。その時が終わりの始まり。勝負は一瞬。瞬きもせずにそれを覗く。

 

  白井さんが勝つと信じているが、白井さんの勝利条件の三つ目に上げられてしまったからには、そのための形は整えなければならない。

 

  二人は口を引き結び合図を待っている。糸はもう限界まで張ってしまった。小石一つでも床に落ちればどちらかが動かなくなるまで二人は動き続けるだろう。ビルの間を駆け抜ける風の音と、アスファルトを滑る車の走る音。それに混じって鐘を打ったような音が上がる。近くの建設途中のビルの一部が崩れた音だ。

 

  それを合図に二人が動いた。

 

  白井さんがテーブルを叩き、乗っていた皿が四散した。サラシ女が軍用ライトを引き抜いて、それらを白井さんの元に転移させる。空間移動能力者(テレポーター)の対決は刹那を集めた高速戦。一度の瞬きが死に繋がる。別の場面を切り貼りしたかのように、洗練されていた店内が、時間が飛ぶように崩れていく。限られた世界の中で彼女達にしかできない命の取り合い。

 

  椅子が消え、現れる。白井さんが消え、現れる。振るわれるキャリーケース。吹っ飛ぶキャリーケース。消えては現れ白井さんの頭を殴りつけた。消える白井さん。吹っ飛ぶサラシ女。目が追いつかない。

 

  時間に置き去りにされた気分に、小さくホッと息を吐く。緊張感に蝕まれる俺と違って、インカムからは格闘技の試合を観戦するような電波塔の声が聞こえて来た。頭を左右に振ってもう一度スコープを覗く。

 

  消えたテーブルの山。地面を転がる白井さんの上に雨となって降り注ぐ。それは白井さんの上で山となり、サラシ女が軍用ライトを振ると大きく崩れた。

 

  勝負はあった。

 

  引き金に人差し指を伸ばすが、ふと白井さんの顔が浮かびその動きが止まる。

 

「撃たないのかい? とミサカは質問」

 

  電波塔(タワー)には返事をしない。まだ目を開き、大きく胸を上下させる白井さん。サラシ女は勝利を確信したからか、とっ散らかった店内を弱々しく歩き回りながら白井さんに何かを言っている。白井さんはそれから目を離さない。

 

  まだだ。まだ終わっていない。俺が引き金を引くにはまだ早い。電波塔は耳元で相変わらずどうするのか聞いて来るが、小さく「黙れ」と言うと口を噤んだ。一秒を十秒に、十秒を百秒にするように二人の一足一挙動を見逃さないように集中する。

 

  引くか。引かないか。引くか。引かないか。

 

  白井さんの勝率はかなり低い。今ならまだサラシ女は白井さんに注意が向いている。撃てば当たる。俺がいるのは向かいのビルの屋上だ。距離は百メートルもない。引き金に人差し指をかける。まだ白井さんはやる気だ。だが、今撃てば白井さんがこれ以上傷つかずに済む。それならば……だがしかし……。

 

「お断りですわ、そんなもの」

 

  迷う俺の耳に低い白井さんの声が聞こえる。この距離で聞こえるはずがないのに。強くハッキリと、俺の内を揺さぶる白井さんの声が。

 

電波塔(タワー)

「んー?」

 

  とぼけやがって。白井さんがつけるインカムと回線を繋ぎ直しやがった。

 

「当たり前の事にいちいち反応しないでくださいな。そんな自分に酔っ払った台詞で、この白井黒子を丸め込めるとでも思っていますの? 今までの余裕は、もしかして貴女に共感したわたくしが、さらにお姉様を説得するかもしれない、なんて思っていたんじゃありませんわよね? あら、もしかして貴女。わたくしに冷めた目で見られる事でゾクゾクしたかったんですの?」

 

  いけない、これは毒だ。白井さんの言葉に聞き入ってしまう。強く眩しい白井さんの内に潜むその輝きに。身の内のはるか奥底に転がる白井さんの固い意志。その夜空に浮かぶ満月よりも美しい光。自分を持つ少女だけの必死。つい手を伸ばしてしまいたくなる。何より俺が欲しいものを彼女も持っているから。

 

「おい電波塔(タワー)

「馬鹿馬鹿しい、と切り捨ててあげますわね。たとえ今からどれほどの可能性が出てきた所で、すでにわたくし達が能力者になってしまっている事に何の変化がありますの、と申しているんですよ、わたくしは」

「おい電波塔(タワー)、通信を切れ」

「能力が人を傷つける、なんていう言い草がすでに負け犬してますわよ。わたくしならその力を使って崩れた橋の修復が済むまで、橋渡しの役割でも担ってあげます。地下街に生き埋めにされた人々を地上までエスコートしてご覧にいれますわ。力を存分に振るいたければ勝手に振るえば良いんですの。振るう方向さえ間違えなければ」

 

  冒険譚のページを捲るように、白井さんから目が離せなくなる。インカムに伸ばした手が、それを掴んで放り投げる事もない。ただスコープを覗き、白井さんの声と、体から流れ落ちる赤い池に手を付けて、体が引き裂かれる事も気にせずに、白井さんに乗っかったテーブル達が揺れ動く。

 

「わたくしから見れば、貴女の寝言など屁理屈にもなりませんの。力が怖い? 傷をつけるから欲しくない? 口ではそう言いながら! 人にこんな怪我を負わせたのはどこの馬鹿ですのよ!! 自分達の行いが正しいか否か知りたければわたくしの傷を見なさい! これがその答えですわ!!」

 

  ああ駄目だな。奥歯を強く噛みしめる。これだから、これだから俺は。何があっても彼女を嫌いになる事はできない。初春さんも、上条も、土御門も、彼らを彼ら足らしめるその宝石のように輝く目。絶対にブレない信念が、俺の心を掴んで離さない。俺が憧れる英雄達と隣り合うように佇むその姿の宏麗な事よ。

 

「危険な能力を持っていれば、危険に思われると本気で信じていますの? 大切な能力を持っていれば、大切に扱ってもらえると真剣に考えていますの? 馬鹿ですの貴女は! わたくしやお姉様が、そんな楽な方法で今の場所に立っているなんて思ってんじゃないですわ!! みんな努力して、頑張って、自分の持てる力で何ができるか必死に考えて行動して! それを認めてもらってようやく居場所を作れているんですのよ!! あの男だって‼︎」

 

  肩が跳ねる。呼吸が乱れた。相棒を掴む手から力が抜ける。

 

「結局貴女の言い草は、自分が特別な才能を持つ能力者で周りは凡俗なんていう、見下し精神丸出しの汚い逃げでしかありませんわ! 今からその腐った性根を叩き直して差し上げますの。例え才能がなくたって、人は闘える。骨を折り、体中から血を垂れ流しても己が身で立ち、何があっても前を見る。そんな人間もいるということをわたくしは知っていますから。そんな、そんなあの男と同じ、この凡俗なわたくしに倒される事で、存分に自分の凡俗ぶりを自覚しなさい! そして今からでも凡俗な貴女を凡俗な世界に帰して差し上げますわよ!! 才能も、能力も、関係ないのだと‼︎」

 

  白井さんが立ち上がった。ふらふらな今にも倒れそうな足取りで。弱く強く拳を握る。そうとも、そうでなければならない。才能も、能力も、そんなものは関係ない。壁にぶち当たり、人の手はその悔しさに握りしめるためのものではない。例え当たらなかろうとも、握った拳は振るうために存在する。その小さく固い白井さんの握った拳を、振り上げることなく下に垂らし、一歩。また一歩と結標淡希に向かって足を出す。

 

  結標淡希が後ろに一歩下がった。

 

  一歩。たかが一歩。だが決まりだ。白井さんが勝った。誰がなんと言おうと白井さんの勝ちだ。白井さんの輝きに目を背けた時点でサラシ女は白井さんに負けを認めてしまったのだ。ならば、もう俺は我慢できない。その輝きに手を伸ばさずにはいられない。能力も使わずにサラシ女は白井さんに向けて、俺のよく知る獲物を向けた。

 

「おいおい何をしてるんだい。とミサカは」

 

  ビルの屋上。反対方向に一度走り身を翻す。電波塔(タワー)の言葉など聞いていられない。後先なんて考えない。ただ前に進むためだけに全身の筋肉を稼働させる。夜空を視界に収めて短くなっていく地面を気にせず、その縁から思い切り飛び出した。

 

  生温い空気が肌を撫でる。下に広がる暗い大地。恐怖はなかった。何より眩しい輝きが目の前に広がっているからだ。サラシ女が引き金を引いたのと、俺が薄い透明な壁をぶち破ったのは同時だった。聞き慣れた乾いた音と、制服に新しく穴を開けた白井さん。砕けたガラスの上を転がって、すぐに白井さんのそばに寄る。ふらりと揺れる白井さんの小さな肩に手を添えた。

 

「法水、さん? 貴方……なに、来てますのよ」

「ついさ。手を伸ばしちまったんだ。本当に掴みたいものは、見てるだけじゃ満足できないんだ」

「貴方……後で……お説教ですの」

 

  薄く白井さんは笑い、俺の体に身を預けた。ボロボロで、血に濡れて、それなのに安らかな顔をして。

 

「あ、貴方誰よ? 急になんなのよ‼︎」

 

  白井さんをガラスの散らばっていないシーツの上にゆっくり下ろす。こんなになっても意識を保つとは。これ以上彼女が傷つく事はない。もう十分だ。もう十分彼女の強さは見せて貰ったから。

 

「御坂美琴でもない、誰かも知らない男が! 何しに来たってのよ! なんでそいつばっかり! 白井黒子とこの私と! 一体何が違うってのよ‼︎」

 

  叫ぶサラシ女の周辺の物が次々と姿を消してはあらぬところに姿を現わす。不思議と恐怖はなかった。ただ、拳に力が入る。彼女に突き刺す言葉は白井さんが全て言った。ならば俺が言う言葉などありはしない。

 

「……殺す! 貴方が誰でも、白井さんと一緒に殺してあげる! 私は何があっても貴女達を殺す。離れた場所にいたって、私は仕留められるのだから。不出来な白井さんと違って、優秀な私なら」

「そうか、俺と一緒だな」

 

  拳を握りサラシ女へと足を向ける。一歩を踏み出しまた一歩。拳を大きく振りかぶり、俺を穿とうとしながら見当違いに物が飛び交う間を縫って、外さない。俺は外さない。俺が俺のために引き金を引く時、それは当てねばならんのだ。ただ、今回は、今回だけは彼女のために引き金を引こう。

 

  ──メギリッ。

 

  という音がした。踏んだ硝子の欠片が弾け、サラシ女が鼻血を噴きながら窓の外へと吹っ飛んでいく。その口を卑しく歪めながら。新たに硝子を突き破り透明な破片に包まれながら、サラシ女の姿が消える。しぶとい野郎だ。

 

  白井さんの隣によって、両手で掬い上げる。相手が居なくなったのならこの場から早く離れなければ。白井さんももう能力は使えない。なら俺が足を動かすしかない。

 

「法水さん」

 

  弱く俺の手を掴む白井さんの手に力が入るが、掴むなんてものではない。ただ手を添えているようなもの。そんな白井さんは目だけを動かし横を見た。まだ追えというのか。そちらを見れば転がっているキャリーケース。やべえ、すっかり忘れていた。だが白井さんを抱えてはキャリーケースは持っていけない。俺にはどうだっていいものだが、これの破壊が仕事である。

 

  どうしようか悩んでいる間に、カンカンと素早いリズムで誰かがここに上がって来る音がする。一体誰だと俺が当たりをつけるより早く、腕の中で白井さんが強く揺れた。怪我を気にせず、力強く。

 

「駄目、ですわ! こちらへは、来ないでくださいですの!」

 

  白井さんの態度から誰か分かった。御坂さんか。俺の姿を見られるのはマズイ。が、白井さんはなぜ来るなというのか。その答えはすぐに分かる。

 

「これからここに特殊な攻撃が加わります! このフロアへ来るのは危険ですの! いえ、このビルから離れてください! きっと建物ごと崩壊してしまいますわ!!」

「嘘ぉ」

 

  もっと早く言え‼︎ そう言うより早く周りの空間が軋み始める。空間移動(テレポート)の際に起こる薄い輝きを強くして、その光が部屋を満たし始めた。白井さんの体を覆うように抱え込む。俺がここから逃げる術はありはしない。それならば。白井さんだけでも助けなければ。彼女はこの街に必要だ。俺と違って。

 

  衝撃に備える俺の身に、強い振動が襲い掛かる。だが、それはサラシ女の攻撃などではなく、床から天井に向かって突き抜ける稲妻の軌跡。それを追って床が捲り上がり、底が抜けた。その下に見えたのは、

 

「か、上条さんか⁉︎」

 

  なぜかいるツンツン頭。マジでなんでいるんだこいつ。俺が驚き終わるよりも早くその右手を握り、そして影が俺達を覆った。サラシ女の攻撃。今度こそ来た。背中に感じる嫌な悪寒。それをさらに影が覆う。

 

「お姉様だけにカッコはつけさせないよ。とミサカは登場」

 

  そんな声がインカムの外から一帯に響き、眩い紫電が辺りを覆った。続いて吹き荒れる暴風が、降り注ごうとしていた巨大な塊を突き破った。月明かりに反射する黒鉄の身体。星々よりも怪しく光る八つの目。そして腕のあるはずのところにある大きく力強い鋼鉄の翼。

 

「これぞ、新しい我が子だよ。とミサカは自慢」

「て、テメエもう作れねえって言ってたじゃねえか‼︎」

「これまでのをバラして組み直したものさ。バッテリーも新型なんだよねえ。私が精神だけになった時にあの子達も一緒に引っ張って来ちゃってね。あの子達のAIM拡散力場に反応して電気を起こす電波電池。それとこれは貰っていくよ。とミサカは奪取」

わーい、お兄ちゃん(Hey brother )!」

「うるせえ!!!!」

 

  空を舞う『雷神(インドラ)』から伸びたワイヤーがキャリーケースに巻き付いて引っ張っていく。相棒で撃ち落としたいのに、白井さんを抱えているせいで構えられない。あの野郎マジでロクでもねえ‼︎ やっぱり仕事なんて受けるんじゃなかった。隣を見ると「俺なんでここにいんの」と言いたげな上条の顔が見える。

 

  背中に感じる衝撃に、しばらく呆然としていると、身を起こした白井さんと目があった。すっごいジトッとしてる。これはマズイ。退いてくれないかな。しかもその背後に光る四つの目よ。その奥に見える随分小さくなった黒鉄の影。

 

「ねえアンタ。さっきのアレ何か知ってんでしょうね? え?」

「法水、お前なんでいるんだ? しかもその銃また仕事かよ」

 

  呆れた顔の上条と髪からバチバチ紫電を散らす御坂さん。インカムを小突いてみてもあれほどうるさかった声が今はもうさっぱり聞こえない。あいつマジで……マジでもう、もう‼︎

 

「ふふ、法水さん。貴方って、本当にロクでもない大馬鹿野郎ですの」

 

  血に濡れた白井さんの笑顔が月の光に包まれて薄紅に輝く。そしてその笑顔は残して景色が変わった。崩れたビルの欠片も映らず星空を背にした白井さんは、目を瞑るとそのまま俺の上に崩れ落ちる。律儀な少女だ。身を起こして辺りを見ればビルの上。少し離れた空に稲妻が走った。俺の上で寝る白井さんは笑顔だ。結果はどうあれ、久々に仕事は成功か。金以外の報酬としては悪くない。白井さんの体を優しく抱える。うん、とりあえず病院に行こう。




残骸編、終わり。短くてすいません。

*ちなみに、結標淡希は二度殴られる。(文句は一方通行の方へお願いします)

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