時の鐘   作:生崎

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幻の第六位を追え! 篇
幻の第六位を追え! ①


  学園都市には七人の頂点が存在する。

 

  第一位から第七位。どれもこれも理解に苦しむ絶対強者達。その存在こそ有名ではあるが、深く調べようとすると軍事機密のようにそのプライベートな情報は隠されているため、CMなんかで見る以外調べても顔を知るのにも苦労する。すぐに分かるのは名前ぐらいのものだ。まあ分からない奴もいるが。

 

  例えば第一位。上条が倒したという学園都市の頂点の頂点。『一方通行(アクセラレータ)』。その能力と名前、居所もどこぞの悪そうな顔をした能力者を突っつけば知る事ができる。俺も学園都市に来て一ヶ月もした時には能力も居場所も分かっていたのだが、目が合うと殺されるという噂があったので接触はやめた。だって死にたくないし。しかも本名さえ分かっていない奴だ。そんなものに手を出したらきっとすぐ死ぬ。間違いない。

 

  後は良く知る第三位。黒子さんが慕う電撃姫。十億ボルトに及ぶ電圧。相棒の弾丸を空中でピタリと止めてみせる磁力を操り、人類に最も栄華を与えた電気を操る雷の神。見た目はただの可愛らしい少女だが、その身にある棘は極大だ。しかも常盤台という名門お嬢様学校に通っているという非の打ち所がない……わけでもない超少女(スーパーガール)。しかも一万人妹がいて、俺が学園都市でトップクラスに嫌いな電波塔(タワー)の姉。おっかない。

 

  それと一度会った第四位。宇宙戦艦の擬人化みたいな奴。怖い。ただただ怖い。話が通じないし、口が汚い。俺の相棒を学園都市に来て最初に壊しもしてくれた。指で下手に触れようとするとその先が消失する。同じ超能力者(レベル5)でも、御坂さんにはこうなって欲しくない。暗部にいる事から、この先どこかで絶対また会う事になる確率が高い。今から憂鬱だ。

 

  そして学園都市第六位。名前の分からぬ第一位と違い、第六位は名前は分かっている。『藍花悦』それが名前らしい。だが逆に名前以外の全てが分かっていない。なんじゃそりゃ。秘匿は大事ではあるが、そんないるのかいないのかも分からないようなのが学園都市の第六位とはどうなんだろうか。だが少なくとも第六位に記録されているということは、少なからず表に出た事があるという事だ。

 

「なあ土御門さん、第六位の能力ってなんだ?」

「確か肉体変化(メタモルフォーゼ)だったかにゃー」

「へー、どんな奴?」

「知らん」

 

  そう言われて土御門にかけた電話が切られるくらいに第六位の事は分かっていない。アレイスター=クロウリーの使い(パシリ)なんてやってる癖に、もっと知っててもいいと思うのだが、それだけ暗部も隠したいという事なのだろうか。

 

  兎にも角にも、俺はそんな第六位を追わなければならなくなった。趣味や興味が湧いたからなんてものでは勿論ない。学園都市の超能力者(レベル5)は、誰も彼も拳一つで人を殺せるような人型決戦兵器集団だ。わざわざ自分から近づこうとも思わない。

 

  俺が第六位を追うのは仕事だ。しかし暗殺任務のような物騒なものではない。九月十五日を無駄に潰し、一日経った十六日。急遽俺は呼び出された。俺を呼び出したのは大覇星祭実行委員という、これまでのなんかキナ臭い連中と比べると大分学校行事臭の強い者達。なんでも、開催まで後数日に迫った大覇星祭の開会宣言を超能力者(レベル5)にやらせるらしく、その交渉として現在超能力者(レベル5)達に人をあてがっているのだそうだ。

 

  まず一つ言える事は、遅えよ。という事。後数日に迫ってようやく交渉って……。やはり学園都市の上層部は馬鹿だ。超能力者(レベル5)だろうと一般人相手だろうと、大事なデモンストレーションだというなら数日前に準備させるな。普通に断られても文句言えんぞ。いくら学生とはいえ予定がある。それも超能力者(レベル5)なら多忙だ。実験協力だの、プライベートでだって、学園都市の頂点という肩書きが、一般人のようには過ごさせてくれない。

 

  そんなわけで学園都市の大覇星祭実行委員に呼び出された俺は、仕事として超能力者(レベル5)達の交渉に力を貸す事になったわけだが、第一位から第七位まで、怖いし会いたくないなぁと言っていたら第六位を押し付けられた。仕事として引き受けた以上は、何が何でも第六位を見つけなければならない。俺も時の鐘の傭兵として学園都市の上層部にはなかなか名が売れているらしく、しっかり金が支払われた。

 

  ただそれは大覇星祭実行委員の予算から支払われたそうで、出向いて早々、「金がないんだ……資金が底をついたんだよね!」と、ある種の精神崩壊を起こしたような大覇星祭実行委員長に嫌に明るく宣言されてしまったため、大覇星祭実行委員の力をアテにする事は出来ない。しかも土御門に聞いてもアレだった。はっきり言って出だし早々で詰んだ。

 

  俺はどうしようか悩んだ末に今第七学区にある喫茶店で休憩がてらほぼ諦めている。目の前には俺の方を死んだような目で見る黒子さん。だってもうこれ無理だよ。アレだけの怪我だったのにまさか一日で黒子さんが退院してくるとは。車椅子だし。もう帰ろう?

 

「まさか最初に体験する貴方の仕事が人探しとは、戦場はどこに行ったんですの?」

「傭兵の仕事は多岐に渡る。スイスに居た頃はほとんど戦場に送られたさ。紛争地帯の一般市民の避難地域の防衛とか、潜伏しているテロリストの排除とか、大量破壊兵器の破壊とかね。でも王族の護衛や物資の輸送なんかもあったし。何よりここは学園都市だ。戦場よりも怪しいが、戦場程毎日火の手が上がっているわけでもない」

 

  そう言えば黒子さんは少しつまらなそうな顔をする。そんな顔されても。だいたい昨日の今日でまたドンパチなんてやってられない。ここは戦場ではなく学園都市。学生がほとんどを占めるこの街で、血生臭い話しかないなんて、それでは名を変えただけの戦場だろう。だからたまにはこういうのもいい。

 

「でも第六位だなんて、お姉様が良かったですわね」

「仕方ないだろう。一番の安パイだから実行委員会の方で行くってさ」

「はあ、やる気が起きませんわね」

「そりゃいいけど、黒子さん風紀委員(ジャッジメント)の方はいいのか?」

「この怪我ですわよ? 上からは安静にしていろと。それを利用してここにいるのですから」

 

  そこまでして着いてくるのか。白井さんの笑顔を見ていた方が第六位なんかを追うよりはいいのではないか。仕事とはいえ全くやる気の起きない俺たちの元に頼んでいたコーヒーとケーキがやって来る。店員がそれを並べた後、黒子さんが膝に置いた鞄から十数枚の紙を取り出し机の脇に置いた。

 

「何これ」

「新しく何か始めると言っていたでしょう? ですから兎に角いろいろ集めてみましたのよ」

 

  目の前に広がるのは多くの通信講座から道場や同好会などのポスター。中には怪しげな超能力野球同好会だの、超能力サッカー倶楽部だの、何をするのか分からないものまである。これで鍛えるのはどうなのか。だいたい超能力が付いているという事は俺には関係ない。

 

「兎に角ってできそうなものがないぞ。超能力が頭に付いてるのばかりじゃないか」

「学園都市ですもの。いよいよ開発を受けてみてはどうかしら?」

 

  黒子さんの言葉に店員が持って来てくれたコーヒーを飲む事で誤魔化す。開発。能力者。折角受けなくてもいいように国際連合と取り合ったというのに、ここでそれを曲げるのはどうだろう。だいたい能力が発現するかどうか運否天賦の要素が強いのが気に入らない。強さに運は関係ない。その出だしがあんまり好きではないのだ。もし開発を受けたとして無能力者(レベル0)だったら目も当てられない。黒子さんのよく口にする演算が俺にできるとも思えない。

 

「いやそれはきっと俺には合わない。もっと人の手に馴染むようなものがいい」

「そんなワガママな。なら何ならいいんですの?」

「そうだなぁ」

 

  いくつか適当にポスターを漁る。超能力が必要なものは全てはぶき、俺にもすぐにできそうなものを探す。面白そうなのは……。

 

「吹奏楽かな?」

「えぇぇ……それはどうなんですの?」

 

  すごい引かれた。そんなに駄目だった? だがこれが琴線に触れた。

 

「いやいや、軍楽隊っていうのがあるように、音楽と軍隊っていうのは密接に関係してるんだよ。味方を鼓舞したり、音楽で状況を味方に伝えたり、そうでなくとも音楽と人間ていうのは相性が良い。そういえばうちの部隊軍楽隊がないし、ある意味専門家もいるから習うなら最適かもしれない」

 

  専門家と言っても音楽の先生の事ではない。自分を高める為に新しいものを始めようと思ったのに、ただ音楽をやるのでは意味がない。俺の考えに黒子さんは当たりをつけたのか、凛々しい眉毛がへの字に曲がった。

 

「まさか……幻想御手(レベルアッパー)?」

「そのまさかさ。面白いと思わないか? 対能力者用の軍楽。どうせやるなら一時的なものじゃなく長くやりたいからな。スイスに戻っても役立つし、そうなると時の鐘初の軍楽隊になれるんだよねこれが……軍楽隊って言っても俺一人だけど」

 

  そう、できる事なら何でもやる。たかが音楽とはいえ、それで木山先生は一万の脳を束ねて超能力者(レベル5)にまで迫った。木山先生の誇るAIM拡散力場と共感覚性を用いた音楽技術。どうせならこれを覚えない手はない。しかも時の鐘内で唯一の軍楽家。悪くない、悪くないぞ。笑う俺を見て黒子さんが肩を竦めた。

 

「無駄に発想力が高いですわね。そんな事を思いつくなんて」

「だがやる価値はどうだ?」

「……ありますわね。能力ではない別の方法でアプローチをかける。貴方の得意分野ですか」

「得意分野なのは木山先生、それをこれから学ぶのさ」

 

  いいな、わくわくする。新しく何かを始める時はいつもそうだ。自分がどう変わっていくのか。人生に新しい何かが加わる瞬間。口角が上がる。何より昔から人が研鑽して来た技術。音楽は銃よりも歴史が古い。四万年も時を遡る。この先俺の努力次第でどこまで近づけるか楽しみだ。ひょっとすると俺が思うよりもずっと効果的で、面白い結果を拾えるかもしれない。

 

「……貴方でもそんな顔しますのね」

「どんな顔かは知らないが、黒子さんもやるんだろう?」

「わたくしはヴァイオリンなら弾けますけれど、そんな変な音楽をする事になるとは。それも木山先生が言うなれば顧問ですか。変な縁ですの」

 

  確かに。木山先生といい黒子さんといい、ここまで深い仲になるとは思わなかった。片や仕事のターゲット。片や困った知り合い。それが今やどちらも協力者で、上条や土御門よりも近くにいる。面白い縁だ。スイスから遠く離れてこれほど多くの知り合いができるとも思わなかった。

 

「木山先生には俺から言っておくよ。暇してるだろうからきっと引き受けてくれる」

「なら孫市さんの部屋が音楽室代わりですのね。どうせ防音性なのでしょう?」

「まあそうだけど、はあ、現実逃避はこのくらいにして問題は仕事だ」

「そうでしたわ、でもそれならそろそろ」

 

  黒子さんの言葉を遮り彼女の携帯が鳴る。ディスプレイに表示された名前は、俺と黒子さんが良く知る人物。風紀委員(ジャッジメント)の仕事の合間に関係ない事を頼んでしまったのだが、快く……はなかったが引き受けてくれた。報酬はケーキバイキングだそうだ。黒子さんがスピーカーモードで携帯の通話ボタンを押した。

 

「はーい、お待たせしましたー」

「待ってないよ初春さん。連絡したの喫茶店に入る少し前だったのに、すごい早さだ。流石だよ」

「まあ初春の唯一の取り柄ですから」

「むー、白井さん酷いです」

 

  そう言われて黒子さんは小さく笑う事でそれに応えた。きっと電話の向こうでは初春さんは頬でも膨らませて、むくれているのだろう。少し間を置いて、電話から聞こえてくるのは、何かしらの言葉ではなく小さなため息。どことなく初春さんの元気がない。

 

「どうした?」

「ああいえ、早かったのには当然理由がありまして。結果を言えば第六位の事はほとんど分かりませんでした。名前は分かってるんですが、能力も、居所も、よっぽど深い所に隠されているみたいで、ちょっとだけ学園都市の上層部のデータに潜ろうとしたんですけど、あの防壁を突破するとなると私でも時間がかかりますね。それこそ大覇星祭が終わっちゃいます」

「それでは意味がありませんわね。大覇星祭まで残り三日。タイムリミットは今日含めて三日だけ。何でこんな条件の悪い仕事受けたんですの?」

 

  黒子さんから睨まれた。しかし、当然理由はある。言うなれば仕事の幅を広げるためだ。これまで学園都市で請け負った仕事は、ほとんどが護衛や防衛。初春さんや電波塔(タワー)が持ってきた仕事の方が珍しいぐらいだ。このままではただの用心棒。時の鐘は他の事だってできるのだと価値を高める必要がある。それはこの街で身を守る事にも繋がるのだ。そういう意味では超能力者(レベル5)の中でも、最も謎多い第六位を見つける事の意義は大きい。つまり今回の仕事は今後のためという側面が強い。さらに失敗しても第六位だからで済む。成功すれば大黒字だ。

 

「珍しく割りに合う仕事だからさ。今回この仕事は利益にしかならない。第六位を見つけられればこちらの価値が上がり、しかも会ったとして闘うわけでもない。平和的に利益を得られる。最高じゃないか」

「見つけられれば、の話ですけどね」

「まあそういう事だ。初春さん、頼んでたもう一つの方はどうだった?」

 

  「そうですねぇ」という初春さんの声と合わせてキーボードを叩く音。先程よりも声が軽く、頼み事の心配はなさそうだ。というかもし駄目なようならここで終わり。王手がかかり本格的に詰む。体の内側に張り付くような喉の渇きをコーヒーで潤す。キーボードの音が止み、初春さんの声が聞こえる。

 

「分かりました。第六位が超能力者(レベル5)に認定されたのは今から七年前みたいですね」

「そうか……、すると、黒子さん。超能力者(レベル5)っていうのは、開発受けてすぐに超能力者(レベル5)って具合なのかな?」

「まさか。時間割り(カリキュラム)や素質、努力に左右されますけれど、最初から超能力者(レベル5)なんて能力者は聞いた事がないですの。お姉様だって最初は低能力者(レベル1)。わたくしだってそうですし、常盤台が誇るもう一人の超能力者(レベル5)も最初からそうではなかったと聞いてますわ」

 

  なるほど。中には例外もいるとは思うが、基本がそれなら話が早い。肉体変化(メタモルフォーゼ)なんて変わった能力だ。習得するのにもかなり苦労するだろう。

 

「初春さん、悪いんだがそこからさらに八年前から十年前の三年間の間に学園都市の小学校、中学校。高校に入学、及び編入して来た学生の中で肉体変化(メタモルフォーゼ)の能力者を探してくれないか?」

肉体変化(メタモルフォーゼ)ですか? 確か肉体変化(メタモルフォーゼ)は希少な能力で学園都市に三人しかいないはずですからそれはいいんですけど、なんで肉体変化(メタモルフォーゼ)なんですか?」

「第六位の能力だから」

「へー……、え? ぇえ⁉︎ 法水さん何で知ってるんですか⁉︎」

 

  黒子さんもこれには驚いたようだが、すぐに目がジトッとしてくる。そんな目をされても。いくら俺でも名前だけで追って第六位を見つける事など不可能だ。百万を超える学生達の中から一人を見つけるなどやってられない。だが三人の中から一人を追うならいけそうだ。だから仕事を受けた。成功率ゼロパーセントの仕事など受けるわけない。例え僅かでも成功しそうだから受けたのだ。初春さんには聞こえないように口パクで『あ』『ん』『ぶ』と口を動かすと、黒子さんの顔がものすごい歪んだ。少し楽しい。

 

「はあ、では初春、悪いですけれどまた何か分かったら連絡くださいましね」

「え、ちょちょっと白井さん私まだ聞きたいことが」

 

  一方的に電話を切りやがった。ひどい。それよりも何でも切れそうなくらいに鋭くなった黒子さんの視線をどうにかしなければ。全く面倒くさい助手だな。一般に正義と呼ばれる漠然とした善の行為を行動の指針とすると俺の行動はほぼアウトだ。黒子さん自身そこら辺融通は利くのだが、暗部は駄目らしい。

 

「いつからですの?」

「夏休み終わる頃だから本当につい最近。新進気鋭の部隊過ぎて名前もまだない。二週間も経つのにな。しかも受けた仕事はまだ一回、ほら、黒子さんと一緒にやった学園都市に来た侵入者を追い返した奴さ。暗部は暗部でも良い暗部なんだよ」

「暗部とか言ってる時点で良いもクソもないでしょう」

 

  おっしゃる通りで。

 

「まあわたくしがいる限り死者なんて出させませんけど」

「別に黒子さんは時の鐘に入ったわけでもないんだし暗部でもないから何も言わんさ。まあ頑張ってくれ」

「何ですの、その他人事みたいな反応は」

 

  そう言われても俺は殺る時は殺らねばならないし、黒子さんが止めようが止めまいがそれは関係ない。死者を出すのが嫌なのなら、そもそも俺は時の鐘にはいない。死よりも大事なものがあるから俺は傭兵なんてやってるんだ。ただ、

 

「言っておくが仕事の邪魔だけはしないでくれよ。俺だって一般人を殺るような事はしないし、あんまりしつこいようだと黒子さんに引き金を引かなきゃいけなくなる」

「……分かってますの。そういう条件でしたからね」

 

  本当に分かっているのかいないのか。それが証明される時は、いざその場面に遭遇するまで分からない。俺の予想では、黒子さんはどんな悪人が相手だろうと死なせないように動くはずだ。そうなると俺としてはかなり邪魔になる。

 

  少し気まずい空気が流れて、俺と黒子さんの間、机の上に置いた俺の携帯のバイブ音だけが静かになった空気に響いた。開いて見てみれば木山先生から。要件は分かったという事と、夕食を買って来てくれという短い文面のメール。コーヒーを飲み干して席を立てば、黒子さんも残りのケーキを一口で食べ皿を片付ける。

 

「初春さんの調査が終わるまで木山先生のところに行こう。時間は有意義に使わないとな」

「はあ、これから男子学生の部屋に入り浸るだろう事を考えるとお姉様の事をとやかく言えませんわね」

「もう俺の部屋はただ寝て一夜を明かす漫画喫茶とそこまで変わらないな。部屋って感じがしない。それと木山先生に頼まれたから夕食を買ってかないと」

「あら、スーパーにでも寄りますの?」

「いや、まあ行けば分かるさ」

 

  黒子さんの車椅子を引いて喫茶店を後にする。ここからだと行きつけのパン屋が近い。ただ、少し憂鬱だ。黒子さんが訝しんで俺を見るが、なに、その理由はすぐに分かる。

 

 

 ***

 

 

「いらっしゃーせぇえええ!!!!」

 

  休みだと期待していたのにいやがった。うるせえ。声が大きい。ただでさえ低い声をしているのに叫ばないで欲しい。腹に響く。しかもすごい目つきでこっちをガン見してくる。店員としてどうなんだろうか。クビにした方がいいと思う。今度投書でそう書こう。レジの前で立っている青い髪の男を完全にスルーして、メイド服のような店の制服を着た女性に話し掛ける。

 

「どうも誘波さん。いつものをお願いできますか?」

「いらっしゃい法水さん、ちょっと待っててね」

 

  そう言うと誘波さんは、俺がいつも買う黒パンを袋に詰めに行ってくれる。素直ないい子だ。彼女は彼女で訳ありらしいが、何であの男と同じ下宿先など選ぶのか。店はいい。ここの店主のパンは、非常に口にあった。もうここのパン以外は家では食べたくない。ただあらゆるこの店のプラス面を一人の男が消している。その男に目をやると、まだこっち見てやがった。俺は客だぞ。

 

  俺が何も言わないのを良い事に、青い髪の男はレジを飛び越えるように俺に近づいて来ると、大きな手で肩を叩いて来た。近い近い。何故そこまで顔を近づける必要がある。糸のように細い目が俺の顔のすぐ横にある。気色悪いんだが。

 

「ほー、ほーほー、良いご身分やなー、え、孫っち。白昼堂々パン屋で包帯プレイとは、流石や先生(ドク)

 

  不意打ち。車椅子のハンドルから握っていた手を滑り上げるように撃ち放つ。低い声で耳元で囁く青い髪を視界から討ち亡ぼすため。顎をかち上げ、ひっくり返ると思っていたのに、紙一重で避けられた。土御門といい上条といい何故こうもこいつらは身体能力が高い。結構本気で放ったのに、ふざけてやがる。

 

「ここの店員は喧嘩を売るのが仕事なのか? パン屋ならパン屋らしく小麦粉を捏ねていろ」

「なんや猫かぶりはおしまいなん? いっつもいっつも誘波ちゃんに敬語でへつらいおってからに。ボクゥの目が黒いうちはパン以外あげへんよ」

「パン以外いらねえよ」

 

  青い髪の男。通称青髮ピアス。本名は知らん。前に一度出席簿を覗いた時に見た気もするが、さっぱり覚えていない。どうせ田中太郎みたいな特徴のない名前だったんだろう。クラスメイトで上条や土御門同様よくつるむうちの一人。そして三人の中で最も俺が理解に苦しむ相手だ。

 

「それにしても先生(ドク)、いっつも英雄がどうや、冒険がどうや言うてるくせにまさかの女の子とデートとはな。はあ、え? 死にたいん?」

先生(ドクター)言うな。殺すぞ。それにデートじゃない」

「はっはっは! 死ねぇえええ‼︎」

 

  青髮ピアスの渾身の一撃が空を切る。俺の頭があった場所を寸分違わず貫いた。あまりの速さに空気を裂く音が聞こえるほどだ。この野郎、と睨んでいると、細い目を僅かに開き殺気の込められた視線を送ってくる。

 

「カミやんならまだしも孫っちまで⁉︎ おかしいやん! この世はどうなってるんや! なんでボクのとこには女の子が落ちて来んのですか先生(ドクター)ぁあああ‼︎」

「うるせえぇえええ‼︎ 知るか! そんなどうだっていい事を俺に聞くんじゃねえ!」

「ど、どうだっていいやとテメエ! 孫っちにはボクの苦しみが分からんのや! 神様は不公平や、こんなに望んどるボクのとこには女の子を寄こさず孫っちなんかに」

 

  なんかは余計だ。これさえなければこの店は最高なのに。俺より背が高いくせにしょんぼりする青髮ピアスの姿はエラくシュールだ。黒子さんは我関せずを決めつけたようで、冷ややかな目を俺達に送っている。いやそれは誘波さんもか。慣れたように相手をされず、俺の頼んだパンを黒子さんに渡していた。

 

「分かった! この通り! ボクに女子中学生を堕とす秘訣を教えてください! ええやん友達やろ?」

 

  こいつは何を言ってるんだ? 仕方ないので優しく肩に手を置いてやる。

 

「いいか、一度しか言わないからよく聞け青髮ピアス。そんな秘訣は……ない」

「ウソやぁああああああん⁉︎」

 

  百八十を越す長身が音を立ててドシャリと崩れ落ちた。こいつにはプライドというものがないのだろうか。ぶつぶつ小声で「先生(ドク)、女の子とイチャイチャしたいです」と呟いている。ある意味凄い奴だ。悪い意味で決してブレない。だが俺はそんな人生(物語)は歩みたくないのでもうスルーする。笑う誘波さんと、真顔の黒子さんがこっちを見ていた。

 

「誘波さんこいつに襲われそうになったら言ってくれ。俺と上条さんと土御門さんで鎮圧に来るから」

 

  このパン屋にはできれば長生きして欲しい。看板娘である誘波さんには、頑張って欲しいものだ。誘波さんは笑ったまま、首を小さく横に振って床に崩れている青髮ピアスの方を見た。

 

「大丈夫。(あお)君はこう見えていい人だから」

 

  マジかよ。誘波さんの目は節穴か? ていうか青君って。崩れている青髮ピアスには聞こえていないのか、全く反応しない。そういうところがチャンスを逃しているのではないか。つま先で突っついてみても起き上がってすら来ない。邪魔だ。

 

「孫市さん、こう言っては何ですけれど友人は選んだ方がいいんじゃありません?」

 

  黒子さんそう正論言うのは辞めてあげて。床の上で青髮ピアスが悶え始めた。すっごい邪魔なんだけど。

 

「孫っちぃいい、孫市さん? 孫市さんやて? おかしいなぁ、幻聴が聞こえるやん。夢でも見てるんかな?」

「この方大丈夫ですの?」

「安心していい、平常運転だ。こいつは元からおかしい」

 

  もう青髮ピアスは無視して代金を支払い黒子さんの乗った車椅子のハンドルを握る。青髮ピアスは退く気がないのか未だに店の床の上。店長に怒られるんじゃないか? 激しく邪魔である。

 

「おい青髮ピアス、退け。さもないと車椅子で轢くぞ」

 

  そう言ってやると、ピクリと一度体を震わせて、何かを考えるように動かなくなった。しばしの沈黙。床に向けていた顔をころりと寝返りをうち天井に向け口を開く。

 

「……寧ろご褒美です」

 

  そう言うので黒子さんの車椅子で轢いて店を出る。「あふぅん」と気持ち悪い声が上がったのはいらないサービスだった。せいぜい誘波さんにでも看病して貰ってくれ。たったの数分で凄く疲れた。早く家に帰ろう。

 

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