時の鐘   作:生崎

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幻の第六位を追え! ②

「なるほど、君も面白い事を考えるね」

 

  机で手を組みそこに顎を乗せた木山先生がそう呟く。俺の発案は木山先生をして悪くはなかったらしい。そういう意味では今回思い付きではあるが、音楽に手を出すというのはかなり良いかもしれない。久し振りに研究者としての顔を覗かせる木山先生と、不思議な顔をしている黒子さんが台所に立つ俺に目を向けている。

 

「貴方何してますの?」

「何って、料理だよ。当番制なんだ。木山先生ばかりに任せていると腕が錆びる」

「いや、何と言いますか。エプロン似合いませんわね」

 

  ほっとけ。時の鐘はわざわざ料理人を雇ったりしていないので、寮でも戦地でも料理を作るのは自分自身。その在り方から世界折々の料理が食べられる……なんて事はなかった。元々料理よりも別の事に力を注いで来た者達の集まりだ。俺は小さな頃はボスと二人で暮らししていたため、家事は俺がやってたおかげで一通りはできる。

 

  ボスもああ見えて実は料理が上手い。滅多に作らないけど。後はスゥとガスパルさん、ラペルさん、アラン&アルド、キャロ婆ちゃんあたりが料理が上手い人達で、他は全滅に近い。この者達がいないと戦場で美味い飯が食えないというある意味致命的な時の鐘の弱点だ。

 

  そんなに俺が料理ができるのが意外なのか、眉を顰める黒子さん。言っとくと時の鐘内ではスイス料理なら俺とボスがツートップだから。今に見ていると良い。

 

  スイス料理はスイスの周りを取り囲むフランス、ドイツ、イタリアの料理の影響を受けながらスイス伝統の料理も消えずに今に至るまで続いている質素でありながら、どこか面白い料理の数々。常盤台はお嬢様学校だし、今日はフランス寄りにしようか。

 

  西洋ネギに包丁を落とす俺の姿に黒子さんは目を丸くし、何とも微妙な顔をする。俺が料理できるのがそんなにおかしいのか。どうせ戦闘能力以外しか才能がないよ俺は。俺と黒子さんを面白そうに見る木山先生は何も言わないようで微笑を浮かべるばかり。そんな木山先生に言葉を投げる。

 

「それで、引き受けてくれるか木山先生?」

「良いとも。というか渡りに船だったよ。君に頼まれていた手のひらサイズのAIMジャマー。なかなか開発に難儀していたんだが、確かに幻想御手(レベルアッパー)のように音楽で共感覚性を刺激して脳波を調律したように阻害できれば、それでジャマーになる。君の注文通りだ。いやそれ以上かな」

「貴方そんなの頼んでいましたの?」

 

  そんなのって、当たり前だ。闘い方にはいくつかの種類がある。御坂さんのように強力な地力で真正面から叩き潰すのもありだが、能力者相手だとなかなかこれが難しい。強能力者(レベル3)であろうと能力の相性によっては普通に負ける可能性がある。なら相手の強みを奪う事が一番の勝利への近道だ。

 

「そうなると一つで多くの音を出せるものがいいな。それも常備できるもの。笛なんかが最適だろうね」

「笛か。いいね。軍楽隊ぽいじゃないか」

「しかし、いや研究としても面白い。幻想御手(レベルアッパー)は巨大な演算装置を構築するためのものだったが、確かにこれも科学の産物ではあるが、技術でもある。一つのデータとして物を作るのではなく人の技術として落とし込もうとするとは。新たな研究テーマとして悪くないよ」

 

  木山先生が生き生きとして来た。最近は先生としての姿の方が多かったが、研究者としての新たな目的ができたようで良かった。俺では思いついても音楽とAIM拡散力場を結びつける事はできないだろう。木山先生が協力者で本当に良かった。

 

「でもそんな簡単にいきますかね? 難しそうに感じますけれど」

「いや、そうでもない。電撃使い(エレクトロマスター)電撃使い(エレクトロマスター)の、発火能力者(パイロキネシス)発火能力者(パイロキネシス)の、AIM拡散力場に特徴がある。そこを刺激してやればいい。各能力のAIM拡散力場の特徴ならもう一通り体験した、一万人分ほどね。個人に合わせる方が効果は大きいだろうが、まあ体系化して落とし込むのにそこまで時間はかからない。元々のデータもある。一週間以内に簡単な形にしてみせよう」

 

  流石研究者。木山先生の頭脳は見事だ。アーサー王が従えたマーリン。豊臣秀吉に仕えた黒田官兵衛のように、智を力に持つ者は頼もしい。

 

「いいね、その笛が完成すれば是非ゲルニカの名を冠そう。ゲルニカM-011だ。色は純白にしてくれ」

「それはいいんだが、それだけかな? さっきそれ以上と言っただろう? AIM拡散力場、人の感性に働きかける以上他の効果も期待できる。歴史的に見てもだ。例えば賛美歌、日本なら能だな。魔術的側面も兼ね備えられるかもしれない。魔術は私の専門ではないから何とも言えないが」

「そうだなあ、AIM拡散力場、科学には科学の譜面、魔術には魔術の譜面が必要になるか。ただ科学よりも魔術の方が幅が広い。大宗教から民話、地方伝承。各専門家を取り揃えなければならなくなるな。それに俺は超能力もそうだが、魔術も試した事がないから使えるのかも分からない。そこまで試すより、まずは広く万人に効果があるような基本からやっていこう」

 

  魔術か。うっかりしていたが確かに音楽と宗教の結びつきは強い。使いようによっては音で魔術式を組み、何かしらの効果を発揮できるかもしれない。現代のハーメルンの笛吹き男か。笑える。

 

「ちょ、ちょっと」

「ん? どうした黒子さん。ああいや音楽に目が向いたのは元々時の鐘の狙撃銃のおかげさ。あの発砲音独特だろう? アレが聞こえれば近くに時の鐘がいると仲間に知らせる事ができる」

「いやそうではなくてですね。お二人共何の話をしてるんですの? 魔術? 何を言って」

「ん、ああ、魔術は魔術さ。俺に着いて来るならそこを知っておいて貰わないとどうにもならないな」

 

  魔術は秘匿されている。そんな事は分かっている。が、俺に着いて来るなら、そこを知らずに踏み込まれると取り返しがつかない事態になり得る。目を白黒させて信じられないものを見るような黒子さんに一度肩を竦めてみせる。

 

「魔術ってそんなオカルトな。ここは学園都市ですのよ?」

「ありえない? だがここの外は学園都市ではない。不思議な力が超能力しかないというのは偏見過ぎると思わないか? だいたいオカルトというのは超能力よりも歴史が古い。世界最古の宗教と言われるゾロアスター教が生まれたのが紀元前の話」

 

  そう言っても眉を動かすだけで黒子さんははっきりしない。まあ科学の海に沈んでいる学園都市にどっぷり浸かった能力者に、魔術の話をしても簡単に信じられないのは分かる。俺が魔術師だったりすれば見せることもできるのだが、それは不可能だ。

 

「ふざけていたりするわけでは」

「違うさ。黒子さんも一度魔術師とやっているよ、つい最近」

「つい最近? ……初春が調べても何も出て来なかった金髪の女」

「そうとも」

「アレが能力ではなく魔術? 学園都市の外にアレほど強力な力を持った存在が?」

「アレ以上なんてまだまだいるさ。良かったな社会勉強だ。魔術関連は頭が痛くなるようなルールが多くある」

「今まさに頭痛の最中ですの……」

 

  顳顬(こめかみ)を押さえる黒子さんを尻目に、ようやく夕食ができた。パペ・ヴォードワ。西洋ネギと玉ねぎ、白ワインとチキンブイヨン。マッシュポテトとクリームを共に煮込み、粗挽きのソーセージを乗せる。それにチーズと黒パン完璧だ。食卓に並べると黒子さんも考えるのをやめたようでフォークを掴む。

 

「はあ、飲み込むのに時間がかかりそうですわね」

「多分飲み込め切れないぞ。ある程度で諦めた方がいい。とりあえず知っておいて欲しいのは、魔術は隠されてるからその存在を簡単に学園都市の研究者や学生には言わない方がいいぞ。というか黒子さん帰らなくていいの?」

「はあ、言えるわけないですの、風邪でもひいたのかと思われますわ……門限はお気になさらず、風紀委員の仕事と言って出て来てますから」

 

  職権濫用じゃないか。苦い顔を浮かべる俺の目の前で、俺の事など気にせずに料理を口に運ぶ黒子さん。「美味しいのが癪ですの」とか言わないで欲しい。それを笑顔で見る木山先生が保護者的な立ち位置は何なのか。俺も口にソーセージを運ぶが、うん、悪くない出来だ。

 

「そういえば初春さんから連絡はあったか?」

「ええ、先程メールが。孫市さんの注文の内容で引っかかったのは『藍花悦』という方一人だけ、でも何故かどこの学校に入学したのかは分からなかったと」

 

  駄目じゃんか。もう無理じゃね? 仕事以外の事が上手くいってもどうしようもない。力なくフォークを持っていた手がテーブルに落ちる。名前なんて元から分かっている。そんな事を知りたいわけではなかったのだが、これではどうしようもない。項垂れる俺の肩を木山先生が小突いた。

 

「なんだ第六位を追っているのか。能力は何だったか」

肉体変化(メタモルフォーゼ)

肉体変化(メタモルフォーゼ)か。珍しい能力だから研究施設が限られる。確か知り合いが肉体変化(メタモルフォーゼ)の研究者だったな。訪ねてみるといい、連絡はしておこう」

 

  おお地獄に仏とはまさにこれだ。木山先生様々である。

 

「最初から木山先生を頼るんだったよ」

「AIM拡散力場を生み出すのは人間だからね。脳も人体の一部。肉体変化(メタモルフォーゼ)は人体構造の研究に役立つのさ」

「他に何かないかな。超能力者(レベル5)を探す方法とか」

 

  「そうだね」と言って木山先生は少し考え込む。その答えを期待して口にパンを放り込み待った。飲み込む頃には木山先生は顔を上げ、何か思いついてくれたようだ。

 

「御坂君との闘いでも思った事だが、超能力者(レベル5)はその能力の強大さ故に能力を使わなくても周りに影響を与えている。意識しなければ無意識にね。例えば御坂君は周りに電磁波を放っているし、第一位も紫外線を反射していると聞く。なら第六位もそうであるはずだ」

 

  つまり能力を呼吸するように使える弊害といったところだろう。使おうと意識しなければ能力を使えない低能力者(レベル1)などと違い、日本の神道のようにもう生活に根付いている程の練度の能力。そこまで行くともう生物が違うとまで言えそうだ。

 

肉体変化(メタモルフォーゼ)の能力者に無意識に出る能力って何だ?」

超能力者(レベル5)クラスの肉体変化(メタモルフォーゼ)なら、おそらく状況への適応だろうね。暗闇で目が効く、些細な音も拾う。後は単純に足が速い力が強いなどかな。自分がこう動こうと思った以上に状況に合わせて最適に動けるといったところだろう」

 

  また分かり辛いな。御坂さんなら電磁波探知機でも持って歩けば、その強さで判別できそうなものだが、肉体変化(メタモルフォーゼ)だとそうもいかなそうだ。それに超能力者(レベル5)クラスの肉体変化(メタモルフォーゼ)なら見た目を好きなように変えられるだろう。つまり見た目が分かったとしてもそれで追っても意味がない。肩を落とす俺に木山先生は小さく笑うと携帯のような長方形の四角い箱を渡して来た。

 

「これは?」

「AIMジャマーを開発してた時にできた副産物でね。AIM拡散力場の強度を簡単にだが測る事ができる。ただ周りに多くの人がいると正確には測れないんだが、今は白井君しかいない事だし試してみようか。この横にあるボタンを押せばいい」

 

  長方形の四角い箱のディスプレイ画面に、一本の線が現れる。それが何かを拾ったように波打つと、少しすると大能力者(レベル4)と画面に表示された。これは凄い。

 

「一人ならね。二人以上いるとブレる。まあ超能力者(レベル5)相手なら何人いたとしても画面に超能力者(レベル5)と表示されるさ。誰かは分からないけどね」

「いや十分だ。これは役に立つ。AIM拡散力場の専門家ならではだな。というか売れるんじゃないか? 木山先生一攫千金狙えると思うぞ本当に」

「ええ本当に。わたくしも一台欲しいですわね。正確に分からなくてもその場にいる一番強い能力者は分かるのでしょう? それが分かれば警戒のしようもありますし。風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)には必需品になりそうですの」

「そう手放しに褒められると照れるな」

 

  本当に木山先生を協力者にしておいて良かった。あの時の判断は間違ってはいなかった。おかげで第六位を追う手が増え、これでまだ追える。名前だけで追うのは厳しい。

 

「木山先生のおかげで糸が切れなかったな。今日はもういい。明日木山先生の知り合いの研究者を尋ねるとしようか」

「分かった。そうメールを送っておこう」

 

  これで一日目が終わった。残り二日か、なかなかタイムリミットが苦しい。

 

 

 ***

 

 

  怪我人である黒子さんを寮に送り届け、夜の街を歩く。夏休みが終わったからか人に影は疎らだ。よく見かけるのは風紀委員(ジャッジメント)の腕章をつけた学生や警備員(アンチスキル)の姿。大覇星祭まで残り数日。準備の為に幾つかの見慣れぬ器具などが道路の脇に置かれていたりする。

 

  風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)がいつもより多いのは街のお掃除のためだ。勿論ゴミ拾いというものも含まれているだろうが、無能力者集団(ゴミ)拾いの側面が強い。大覇星祭は、これまで理由がなければ外部の人間お断りだったところを曲げて、外部の人間が立ち入りを許可される特別な日。

 

  理由は様々。学園都市全土で繰り広げられる体育祭で頑張る我が子を見に来る親。世界唯一の超能力者による体育祭を取材しに来るジャーナリスト。またはこの機を狙ってやって来る外部の研究者や、犯罪者の数々。どんな理由はあれ、外部の人間に見られても恥ずかしくないように風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)も街の美化活動に従事している。

 

  そうなると動き辛いのは俺や暗部、又は紛れ込んでいる魔術師や各国の諜報員だ。夜も九時を周り、この時間になるといつもはそうでもないのにそろそろ帰るように注意される。俺の場合留学生という立場が面倒臭い。顔も名前も日本人。しかし国籍はスイスだ。おかげで一度でも職務質問されると、長々と説明する羽目になる。

 

  それがもうこの帰り道で三度。家に着く頃には日が昇って来そうな勢いだ。それが嫌なので路地の裏に逃げる。風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)が多いといっても、薄暗がりの中を全て調べる事は不可能。見た目からして危なそうな奴がゴロゴロしている。

 

「よう、兄ちゃんひとり〜」

 

  一人で歩けばこんな風に絡まれてしまう。ニヤついた男が二人。今日は少ない方だ。多い時は四人にも五人にもなる。こういう所は世界中にあるスラム街同様、すっかり慣れてしまって笑えもしない。むしろ学園都市の外の方がひどい。何も言わずに銃を向けて撃ってきたりする。それを考えればまだ口が先に来るだけお優しい。

 

「今帰宅中でして、通してくれませんか?」

 

  道を塞いでいる気になっている男二人にそう言うと、ニヤつくばかりで退いてくれない。「通して欲しいって?」と言って男の一人が間を置くと、拳を振りかぶって来る。

 

  能力を使われる方が厄介だ。男が拳を振り抜くよりも右足を蹴り上げれば、拳は顔の横を過ぎ去って男は崩れ落ちた。手足が届く距離で大股広げているからそうなる。暗いアスファルトの上で泡を吹いて倒れる男にもう一人の男の目が点になる。それがこちらを見る前に、腰を落とし遠心力と重さを叩きつけるように背中を繰り出す。

 

  軽自動車に当たったような鈍い音が路地に響き、男が背中から路地の壁にめり込んだ。頬を叩けば呻き声をあげる。生きている事を確認して帰路を急ぐ。放っておいても風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)が見つけるだろう。

 

  こんな風に学園都市の夜の路地裏とは危険なところだ。学園都市の学生なら一ヶ月も学園都市で暮らせば誰でも知っている。だからわざわざこんな所に足を踏み込んで絡まれているような奴は知らない。自分でなんとかして欲しい。

 

  二人の男を張っ倒し、しばらく先を行けば路地の壁に向かってたむろっている五人の男女。誰かが的にでもかけられたらしい。男女の隙間から一人分の制服のスカートの端が見える。

 

  何を思って一人でこんなところを通ったのか。それも女の子一人でだ。楽しくもなさそうな厄介ごとは勘弁だ。上条と違い見ず知らずの者を助けるような救世主精神は俺にはない。男女達の背中を通り過ぎてそのまま抜けようとも思ったのだが、必要のない本能がチラリと床に尻をついている女学生へと目を送ってしまう。

 

  目尻に涙を溜めて悔しそうに顔を歪める少女。だからどうした。よくある事だ。別に知り合いであるわけでもなく少女の名前も知らない。仕事でもない。無視して行ってもいいのだが……やはり人の情とは面倒なものだ。呪いのように逃れられない。

 

これも時の鐘の宣伝だ……

「ぁあ? なんだお前」

 

  自分に言い聞かせて男女の方に足を向けると、厳つい男の顔が俺を見た。こういう時はどうすればいいものか。どうも仕事が絡まないと俺は人付き合いが苦手でいけない。仕方がない。友人の真似でもするしかないか。確か、

 

「おーいたいた、こんなとこにいたのかー、駄目じゃないか、はぐれちゃあさあ」

 

  みたいな感じだったような。男女の間を強引に通り抜けて少女の前まで行く。おかっぱ頭の女学生の呆けた顔が俺を見た。そんな顔をしないでくれ。俺だってどんな顔をすればいいか分からないから、すっごい無理矢理口角を上げている。女学生の手を取って力任せに立たせてやる。後はもう去るだけだ。

 

「すいません私の連れが、いやあどうもどうも」

「いやお前通り過ぎようとしてたクセに何言ってやがる」

 

  ですよね。やはり慣れない事はするべきではない。急に割って入って来た俺に向けられる十の目。

 

「だいたい先に喧嘩売って来たのはそいつだぞ」

「えぇぇ……」

 

  何それ、意味不明なんだが。自分から喧嘩売ってたのに男女に囲まれて座ってたの? 振り返っておかっぱ少女の顔を見てみると、気まずそうに小さく頷いた。やばいよ、俺超お節介野郎だ。戦場で敵に追い詰められたよりもある意味辛い。

 

「お前ただのお節介野郎か? それともマジでそいつの味方か?」

 

  お節介野郎です。マジすいません。

 

「味方だったらお笑いだぜ、そんな奴なんかの仲間なんてな」

「いやどんな奴かは知らないですけど」

「はッ! 聞いたら笑うぜ、そいつ藍花悦だって言うんだぜ?」

「はい?」

 

  藍花悦? え、藍花悦⁉︎

 

「え、お嬢さん藍花悦?」

「え……あの……その、はい

 

  なんか声が小さいが認めた。この少女が藍花悦? 無能力者集団(スキルアウト)に囲まれて泣いてた第六位ってどうなんだろう。悪いが信じられない。だが、本当に第六位だったら話が違ってくる。偶然とはいえこんなところで会えるとは。

 

「悪いな、話が変わった。ここは引け。さもなくば制圧させて貰う」

「はあ?」

 

  片眉を上げて不思議な顔をする男女達。よほど俺が情緒不安定の精神異常者にでも見えるんだろう。だが引くわけにはいかない。お節介から仕事に状況が変わった。俺は第六位に話がある。

 

  おかっぱ少女から手を離し、ゆっくり右腰に手を伸ばし相棒であるゲルニカM-002を掴む。空いた左手で弾をゴム弾に入れ替える。抜いた弾丸は左手で握り、準備はできた。

 

「忠告はもう一度だけだ。ここは引け」

「お前この数相手に勝てると」

 

  こちらの襟首を掴もうと伸ばされそうになる腕。左手で握った弾丸を五人にばら撒くように投げつける。それによって硬直する五人に向けて相棒を向けた。それと同時に左手で五回撃鉄を弾く。闇夜に反響する五発の発砲音。それが闇に飲み込まれる頃には、地面に五人が転がっている。

 

  相棒を腰に戻して振り返れば、耳を抑えて座り込み目を瞑った少女の姿。同じ超能力者(レベル5)で中学生の御坂さんでも、目の前で相棒を撃っても然程驚かなかったのだが、ますます第六位には見えない。試しにポケットから木山先生から貰った仮称強度測定器(レベルセンサー)を取り出してスイッチを入れてみるが、いつまで経っても強度(レベル)は表示されない。つまりそういうことだ。木山先生が不良品を作るとは思えない。

 

「はあ、お嬢さんどうして嘘なんかついたんだ?」

「え?」

「いやだからどうして嘘なんかついたんだって」

 

  目を開け耳から手を離した少女だが、恐怖にやられているのか俺の顔を見る少女の顔は恐怖に押し潰されており、歯が噛み合っていない。路地裏の狭い夜空を見上げて頭を掻く。これまでなんだかんだ会う奴会う奴荒事に慣れていた者ばかりだったからこういった反応は久し振りだ。

 

  両手を上げて何も持っていない事をアピールしながらしゃがみ込んで視線の高さを合わせる。気分は野良猫を手なづけようとする気分だ。俺を見る少女の目にはまだ恐怖の色が見えるが、さっきよりかは落ち着いたらしい。

 

「お嬢さんなんで嘘なんかついたんだ。藍花悦じゃないんだろう?」

「あ……いや、あの、藍花悦です

 

  なぜそうなる。縮こまった少女は頑なにそう言う。バレていないと思っているのか。木山先生から貰った強度測定器(レベルセンサー)がなくても少女が超能力者(レベル5)でない事は態度で分かる。こんなひ弱な超能力者(レベル5)は見た事がない。仕方がないので、強度測定器(レベルセンサー)を少女の見える位置に掲げた。

 

「これは簡単に相手の強度を調べられる機械でな。この結果によるとここには超能力者(レベル5)はいない。つまりお嬢さんが藍花悦というのはありえないんだよ。俺は仕事で第六位を探していてね。できればわけを知りたいんだが、お嬢さんは第六位と知り合いだったりするのかな? それで名前を借りたとか?」

 

  すぐに答えが返って来るはずもなく、少女は黙り込んでしまう。チラチラと恐る恐る俺の顔を見ては、俺の背後に倒れている五人の男女に視線を投げる。死んでいるのか気になるのだろう。

 

「生きてるよ。撃ったのはゴム弾だ。額に受けた衝撃で気絶しているだけさ」

「……風紀委員(ジャッジメント)なの?」

「いや、知り合いに風紀委員(ジャッジメント)はいるが俺は違う。俺は大覇星祭実行委員会の依頼で第六位を追っているんだ。大覇星祭の開会式の宣誓をしてくれないかの交渉でね。全くふざけてるだろう?」

 

  そう言っても信じられていないのか少女は背後に転がる男女を見るばかり。ここは笑うところだと思うのだが、全くその気配もない。

 

「それで、俺はお嬢さんが藍花悦だと名乗ったわけが知りたいんだが」

 

  かなりしつこいと思うが、何か手掛かりとなるなら聞いておきたい。これに答えない事にはどうにもならないと思ったのか、少女の力ない顔が俺を見た。

 

「あの、私の幼馴染がその人達に財布盗られたって、大事な写真が入ってるからどうにかしないとって幼馴染が取り返しに行ったんだけど乱暴されて入院しちゃって……それで私、どうにかしようと。そしたら、女の人が藍花悦の名前を貸してくれるって言うから。このIDも一緒に」

 

  そう言って渡されたIDカードを見る。IDカード自体は本物に見える。このデータを読み込めれば学校も分かるかもしれない。

 

「その女の人が藍花悦だったのか?」

「名前は知らないけど知り合いの人だって……あ、それより」

 

  少女は俺の背後がどうしても気になるようで、しきりに背後の男女を見る。仕方がないので少女の要件を先に済ませた方が良さそうだ。背後に振り向いて倒れている者達を見る。誰も格好は似たり寄ったりだが、俺に話しかけて来た男がおそらくリーダーだろう。服を漁れば、ゴツい男が持つのには似合わない可愛らしい財布が男の服の内ポケットから出て来た。広げてみれば小さな少女が二人写っている写真。

 

「これだろう、いい幼馴染だな」

 

  そう言って少女に財布を渡してやると、ようやっと少女は笑顔になった。

 

  藍花悦。まだ顔も知らない奴だが、悪い奴ではないのかもしれない。正体が分からない事をいい事に自分の名前を貸し与えるとは。名前を騙るのではなく貸すというのが大きい。いざとなったら自分でその貸した相手の責任まで背負う気なのか。もしそうなら上条にも負けないほどのお人好しだ。

 

  少女に財布を渡してしばらくすると、いくつかの足音が暗闇の方から響いて来る。相棒を撃ったせいだろう。銃声を聞きつけて風紀委員(ジャッジメント)警備員(アンチスキル)のどちらかが駆け付けて来たらしい。これで俺はお役御免。もし居合わせたら銃を誤魔化すのが大変だ。近くのビルから路地裏に伸びているパイプに飛び付く。

 

「じゃあなお嬢さん。できれば俺が銃を撃ったのは秘密にしておいてくれ。それと、これは報酬として貰っていくよ」

 

  藍花悦の名前が書かれたIDカードを掲げれば、少女は小さく頷いてくれる。するするとビルの上に登って行く俺の背に、これまで小さかった少女の声と違い、はっきり聞こえる大きな少女の声が飛んで来る。

 

「あ、ありがとう! あの、名前は!」

「俺はスイス特殊山岳射撃部隊『時の鐘(ツィットグロッゲ)』一番隊所属、法水孫市。何か御用の際は御連絡を、防衛、護衛、制圧、捜査なんでもどうぞ、世界最高の傭兵さ」

 

  そう少女に言ってやると、少女は目を丸くした後に笑って手を振って見送ってくれる。たまにはこういう事をするのも悪くはない。藍花悦のIDカードをポケットにしっかり入れて、ビルの上を跳んで帰った。

 

 

 


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